第57話

ドルイドはとうとうハインリヒと対面した。今夜はそれを自ら望んでいたともいえる。

なんといって切り出せばいいものか、ドルイドはいろいろ考えてはいたのだが、いざこの時になると、何の言葉も

出てこなかった。


１５年、あの時から１５年も経ったのか……


ハインリヒがこの時代にやってきて１５年、その間のんきに暮らしていたわけではないことは、一目見て

わかった。過去の時代のように外見に凝ることもなく、むしろ野性的になり、男としての魅力は増したようである。

実戦経験も相当積んだに違いない。

今のハインリヒの方が、過去の時代でも女性にもてそうだ。

ドルイドはつい、言葉を発することなくハインリヒを観察していたが、ハインリヒの方も、

どうやらどまどっているようだった。

ドルイドと距離を置いたまま、側によろうとしないのである。


ばれたかな？　どうだろう。うーん、知らない人で通してしまおうかなあ……


ドルイドはどうしたものかと頬をかいていた。やがて、驚いた表情のハインリヒの顔つきが、ふてぶてしげに

変わってきた。

「お前、ドルイドだろ」


あっ！　ばれた！


ドルイドは驚いている。ハインリヒはすぐそばによってきて、ドルイドの顔をじろじろと眺めていた。

「やっぱりドルイドだろ。そのへったくそな気の変化を戻せ」

ハインリヒは腕を組んで命令口調で言った。１５年たっても、ハインリヒの中身はそのままのようだ。

ドルイドは口をへの字に曲げて、気質を戻した。

すると、いつものドルイドの気になった。

「やっぱり、お前どういうつもりだ？　どうして、どうして最初に私に会いに来なかったんだ？」

今度は責めるような口調になった。

「その前に、よくわかったな」

ドルイドは冷静に聞いた。

「わかるさ。いや、今まではわからなかった。こうして側で見て、ようやく思いだした。昔、お前が授業で

気質を変えていた時の気に似てると気づいたんだ。人あてゲーム、私は得意だったからな」

「そうか。ばれないと思ったんだがなあ……」

「ばかやろう」

ハインリヒは泣きそうな顔をしていた。

「私だって、お前に別れを言いたかった。知らないうちに死んじまうなんて……お前、何度かここに来てるんだろう？

なぜ、一体どうしてここにいるんだ。そういえばディランがお前を見たとかいう話を聞いたぞ。姿が変わってたというのは、

お前のその姿のことだろ？　一体どういうことなんだ？！」

ハインリヒにとっては聞きたいことが山のようにあったに違いない。ドルイドににじり寄っている。

悲し気なハインリヒの顔を見て、ドルイドの方は、ちょっと申し訳なさげな表情になった。

「まず、今の私の姿は、いつもこうなわけじゃない。この姿は魔法のようなものなんだ。私は毎晩現れてはいないし、

いつ現れることができるのかも自分ではわからない。せっかくだから有効に使いたかった。だから、シス様の元に

現れて、古代語の授業のようなことをしたりしていた」

「昔なじみに挨拶くらいしろよ」

ハインリヒは憎々し気に言った。

「ゆり様にも会ってないし、ハインリヒに会って昔話をする気分でもなかった」

「お前ってやつは……なんて冷たい奴だ」

「よく言うな。そっちこそ、30年も私をほっておいたくせに」

「え？　30年？」

「そっちが先に大人になってから、全く遊んでくれなくなった」

「え……」

ドルイドはついぽろっと、昔の話を持ち出していた。

ハインリヒはちょっとたじろいでいる。頭の中の記憶をたどっているように上を向いていた。

「昔の話だろ。大人になってから、私はいろいろと忙しかった。お前が大人になってからは

お祝いをしたじゃないか」

「ディランがしてくれたんだ」

ドルイドはかみしめるように言った。

「そうだっけか？　ああ、思いだした。金は私が渡したんだぞ。本当だ。本当に忙しかったもんで、

ディランに酒を頼んだんだ。ほら、御祝い品に高いペンも渡したろ」

「あれは捨てた」

「はああ？　特注で作ってもらったんだぞ。高かったんだぞ」

初めて聞いたのか、ハインリヒは驚きまくっていた。

「私は、ハインリヒに直接来てほしかったんだ」

「う……それは悪かった。私は騎士長を目指していたんで、本当に忙しかったんだ」

まさか、今頃になって昔の恨み言を聞かされるとは、ハインリヒも思わなかったに違いない。

「本当に本当に本当に忙しかったんだ」

「もーいい。そうだ。私は今だからこそハインリヒに聞きたいことがある。あの時代の騎士の順位のことだ。

あれは、本当に正当な点数で順番が決まっていたのか？」

ドルイドは長年疑問に思っていたことを口に出していた。

「いや、談合だ」

ハインリヒはあっさりと返答した。

「だ、談合？」

ドルイドの目が見開かれた。

「談合ってどういうことだ？」

「お前には内緒にしておいたが、1番から８番くらいまでは、はっきり言って、トーナメントや試験の点数はそう変わらない。

騎士長に決定権があって、他の騎士達の文句が出ないように数人の話し合いで上の順位を決めてる。

前騎士長と上の連中が一気に抜けて私たちと入れ替わったろう？　私は前騎士長から、とっくに引継ぎを

受けていたんだ。騎士長候補には他の連中もいたんだが、あいつらは補佐の方がいいといって

私と張り合う気はなかった。４番にお前を持ってきたのは私だ。そのために騎士見習い連中の教官補佐の

仕事を前々から割り振ってた。相談役だったから、若い連中に人気があったろ？」

「え……割り振ってたって、お前が騎士長になる前から私の仕事を決めてたのか？」

「決めてた。お前は目立たない方だったから、なんとかして上に行かせようといろいろ工作したんだ。

お前は魔力は高いし頭もよかったが、騎士の順位には人気投票もあるからな」

開いた口がふさがらないとはこのことである。

「じゃあ、じゃあ私の正当な順位は何番だったんだ？」

「さあな、だが正当にいったら、陛下のいとこのジュリアーノ殿が４番に入ってしまうな。あの人は力はあるが、

めんどくさい仕事はしたくないらしく、本人の希望で８番になってる。上の連中は他の騎士たちをまとめるのが

仕事だからな」

「…………」

「お前はよくがんばったよ。私とディランの遊びについてこれるのはドルイドくらいだったからな。

絶対上に来れると思ってた」

ハインリヒはよいしょするようにドルイドの肩に手を乗せていた。

「なんであんなめんどくさい仕事ばかりやらされるのかと思ってた……」

ドルイドは飽きれた目つきである。

「まあまあ、もういいじゃないか。全部すんだことだし」

「はあ……聞くんじゃなかった」

ドルイドは自分で聞いておいて後悔していた。

「そうまでしてなった騎士長の座を、よく放り投げる気になったな」

「あっちは、私がいなくてもなんとでもなるからな。ところで、こっちからお前に会いたい時はどうすりゃいいんだ？」

ハインリヒが聞いた。

「それは無理だ。私はきまぐれに現れてるだけだからな」

「じゃあ、いつもはどこにいるんだ」

「さあ」

「お前はどこに存在してるんだ？　その姿は誰の姿だ？」

「さー」

ドルイドは目をそらしている。

「ドルイド、はっきり言え」

「しなくてもいい苦労を……」

ドルイドはぼそりとつぶやいていた。

「陛下とも仲良くなれたしいいじゃないか」

「陛下をだましてしまった気分だ……」

「陛下もご存知だぞ？　トーナメントで１０番以内に入ったんだから４番にだってなれたんだ。

お前ががんばったからだ」

「はあ、もう帰る」

ドルイドは疲れたように言った。

「どこに帰るんだよ」

「さあな、そうだ、子供が生まれたんだって？　おめでとう。ちゃんと遊んでやれよ」

ドルイドがちらりと見ていうと、ハインリヒは「お前に見せたい」と言い出した。

「じゃあさよなら」

ドルイドは静かに消えたのだった。


どうもあやしいと思っていたが、やはり裏でそういう根回しがあったとは……


騎士の順位の真相を聞き、ドルイドはやっぱりな、と今更ながらに納得していたのだった。


なんで４番だったんだろうと自分でも思ったもんな。努力はしたが、それにしてもと……


「はあ……」

げんなりしながらも、心のどこかではウキウキするような、そんなはしゃいだ気分さえ感じていた。

どうやら、久しぶりにハインリヒに会って話したことが、自分にとってはうれしいことだったらしい。

「遊んでやれよ、か。ふっ」

ドルイドはハインリヒがついてこないのを確認し、苦笑しながら自分の寝室に戻ったのだった。



一方、ハインリヒは夜の庭園にたたずんだまま、ドルイドに触れた右手を眺めている。

「感触はあった。あれは人間だった。普段も身体はどこかにあるはずだよな……」


一族の人間のような感じだったし、いつもは力がない男なのか？

うーん、わからん！


ドルイドのあの姿が自分に似ているとまでは、ハインリヒも思わなかったようである。


あくる朝、ハインリヒは、朝食後部屋に戻ったであろうシスを尋ねた。

ドルイドがシスには何か話しているはずだと思ったのである。

部屋に行くと侍女はなく、シスの他にラギもいた。

「おはようございます。シス様にちょっと聞きたいことがあるんですが」

「おはよう。昨日の夜のこと？　庭園で彼に会ったんでしょ？　僕も知ってるよ。実はこっそり見に行ったんだ。

といっても遠くから眺めてすぐ帰ったけどね」

シスがにまにま笑って言った。

「いいなあ。僕も早く顔が見たいよ」

横でラギが愚痴っている。

「ひどいじゃないですか。ドルイドに会ったことを私に秘密にしておくなんて」

ラギも知ってそうだったので、ハインリヒはそのまま話しをつづけた。

「だって、ドルイドの考えだったし、ここまでくるのに時間がかかったよ。母様にだってまだ会ってないんだからさ。

ドルイドが自分で言ったの？　それともハインリヒが気づいたの？」

「私が気づきました。まったく驚きましたよ」

「そりゃ驚くよね。ドルイドが自分の息子になっちゃうなんて」

ラギの言葉にハインリヒは「え？」と声を発してさっと顔色を変えたので、ラギはまずったという表情をした。

「それ、どういうことなんです？」

「それ？　あれ？　僕今何を言ったかな？」

ラギは適当にごまかそうとしていたが、ハインリヒは目を細めて二人を見ていた。

「どういうことなんです？」

ハインリヒはすごみのある声で聞いた。

ラギは口を閉じてシスに助けを求めている。シスは困ったように口元を引きつらせていた。

「あ、僕そろそろ行かないと」

ラギははっと時計を見て立ち上がったが、ハインリヒは立ったまま腕を組んだ。

「話してくれるまで逃がさないですよ」

どうやら全くごまかせそうにない。

ラギはおとなしく座りなおした。

「実は、過去の時代で死んだドルイドは、転生して、また転生して、ハインリヒの子供として生まれ変わったんだよ。

よかったね。ハインリヒ。いや、まさかこんなことがあるなんて、世の中不思議だよね」

シスは半笑いを浮かべて言った。

「本当に不思議だよね。はは」

ラギもあわせている。

ハインリヒはぽかんとした顔をして、きょろきょろと視線をさまよわせていた。

「今のどういうことです？」

「子供のドルイドが、実は転生した過去のドルイドなんだよ」

「はあ？　だって、昨日会ったのはでかかったですよ」

「ひょんなことからガーベラに会って、それで転生前の出来事を思いだしちゃったんだって。それで時々大人に

なっちゃうんだよ。ほら、時々子供のドルイドが服を破って裸でいたって言ってたじゃない。

あれは前の晩に大人になっちゃったから服がやぶけちゃったんだよ。最初は服がなくて困ってたよ」

「え……えー……あっ！！」

ハインリヒは何かを思いだし、そのまますぐ瞬間移動して消えた。ハインリヒが礼もなく消えるのは珍しいことである。


ハインリヒがすぐに向かったのはカレンの屋敷だった。ハインリヒはすぐさまドルイドの寝室に直行していた。

そこにドルイドの姿はない。ハインリヒは部屋の中を見回して、ベッドに視線を向けると、ベッドの下に

上半身を突っ込んでそこにあった箱を引っ張り出した。ふたを開けるとそこには、昨日出会ったドルイドが着ていた

黒いズボンとシャツが入っていたのである。そして下着も。

ハインリヒはそれをふるえる手で握りしめて、「ド、ドルイド……ドルイド！」と叫びながらドルイドを探した。

ドルイドは食堂で、母親のカレンと一緒に朝食を食べていた。

服を握りしめたまま慌てふためいた様子で現れたハインリヒに、二人ともきょとんとしている。

「ドドド、ドルイド……」

ハインリヒは小さいドルイドを泣きそうな顔で見ていた。

「どうかなさったんですか？」

カレンが聞いた。

「ドルイド、昨日……昨日……昨日、そうだ。ドルイド、またパジャマを破らなかった？」

ハインリヒはカレンに聞いた。

「あら、ご存知なんですか？　今朝も破ってしまいましたわ。ね、ドルイドちゃん」

「うん、あつかったの！」

ドルイドは無邪気な顔で言っていた。

「いいのよ。パジャマなんてたくさんあるし、ハインリヒ様、一体どうなさったんですか？」

ハインリヒは黒い服を握りしめたまま目を潤ませている。

「どしたの？」

ドルイドも不思議そうに聞いていた。


まさか、まさかこのドルイドが大人になったのが、あのドルイドだったなんて！！

そういわれれば似てる。髪の色も同じだったし、目も……なんてことだ！


衝撃の事実に愕然とするハインリヒである。

「ドルイド、ドルイド、昨日、昨日、なあ……」

ハインリヒは涙がこらえきれずに、ついには泣き出してしまった。

まさか、ドルイドと名付けた息子にドルイドの魂が入っていたとは。

「ハインリヒ様？」

「とー、どっかいたいの？」

「ドルイド、ドルイド……」

ハインリヒは黒いシャツで目元を拭きながら、昨晩のドルイドの言葉を思い出していた。

「ドルイド、今度の休み、一緒に遊ぼうな」

「うん」

ドルイドはうれしそうにうなずいたのだった。



つづく

第9部

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