第62話
女神ガーベラの短い髪にアシュランは驚きまくっていた。
「あのね、私が自分で切るわけないでしょう。突然抜けちゃったの。元に戻してください」
ゆりは冷静な表情で言った。
「ぬ、抜けた？ 髪が抜けたのか？」
アシュランの目はまん丸くなっている。
「抜けたの」
「なんでだ」
「私が聞きたいわよ。アシュランは抜けた歯だって戻せるんでしょ？ 髪をのばすくらい朝飯前よね？」
ゆりは言いながらも、（神様は朝ごはん食べなかったか……）と思っていた。
「髪が抜けるとは……ちょっと来い」
「はーい」
ゆりは光り輝くアシュランに近づいていき、頭を寄せていた。
アシュランは女神の頭を眺めている。そして髪に触ったりしていた。
「しかし、見事に抜けたな……」
「早く元に戻して〜〜〜」
「うーん、うーん……うーん……」
アシュランは女神の頭を触りながらうなっている。
「これは、髪が抜けたのは何か理由があるに違いない。このままにしておこう」
アシュランは頭から手を離して、あっさり言ったのだった。
「えーそんな！」
「何か理由があるだろう。人間のように病気でないのなら」
「神様だって病気になるかもしれないじゃない」
「神気は正常だ。まあ、大丈夫だろう」
「はー……」
「丸坊主じゃなくてよかったな」
「冗談じゃないわよ」
ゆりがちらりとクーリーフンを見ると、クーリーフンの顔はさらに青ざめていた。
そこにグレンが正面のカーテンを開けて入ってきた。
「お話し中すいません、ダーナ様がどうしても入れてほしいと……」
冷静な声で言っていたグレンは女神の頭を見て、「はあっ！？」と驚きの声をあげてのけぞっていた。
「ああああああああああ髪が……どどっどっどっど」
グレンは狼狽しまくっている。そこにカーテンがばっと開いてダーナが中に入ってきた。
「ガーベラ！ はあ？ ちょ、ちょっと、どうしたの？ 髪はどこにいったの！？」
ダーナは入るなり女神の髪がないのに気付いていた。
「なんでもない。ガーベラが長い髪に飽きて、切っただけだ」
アシュランはあっさり説明し、ゆりは「え？」とアシュランを見た。
「それが切りすぎてしまったらしい」
「ちょ、ちょっと！」
「まったくおっちょこちょいだな。ガーベラは」
アシュランは今度は笑っている。
「本当なの？」
青ざめるグレンの横で、ダーナが聞いていた。こちらは幽霊でも見るような顔つきである。
「本当だ」
アシュランがすぐに答えた。
（そんなわけあるか！）
とゆりは心の中で突っ込んでいる。
「ばかね。なんでそんなもったいないことをしたのよ！ 大馬鹿！」
ダーナは今度は怒り出し、アシュランはグレンにサインを送っていたので、グレンはダーナを促して外に
出していた。カーテンがちゃんと閉められてから、
「そういうわけにしておいてくれ」
とアシュランはゆりに頼んでいた。
「冗談はやめてよ。私が自分で髪を切るわけないでしょ！ あほかと思われるじゃないの」
「髪が抜けたなんて言ってみろ。みんな混乱するぞ？ 混乱していいことなんて何もない。まあ、明日の朝には
元通りということもあるかもしれない。ちょっと様子を見てみよう」
アシュランは足を組んで言った。
「えー……みんなに呆れられちゃうじゃない。ねえ、クーリーフン」
クーリーフンを見ると、クーリーフンは床に座り込んでうなだれていた。だんだん悪化しているようである。
「あらら、クーリーフン、大丈夫？」
「ここに来ればすぐなおると思ったのに……」
クーリーフンは小声でぶつぶつ言っている。
「自然に元に戻るだろう」
アシュランは元気づけるように言っていたが、クーリーフンはすっかり意気消沈していた。
「ねえ、恋人たちには本当のことをいうわよ。いいでしょ」
「ちゃんと口止めするんだぞ」
「わかったわ。じゃあ、いきましょ。クーリーフン」
ゆりはクーリーフンの腕を引いた。
「お母さんの髪……」
「大丈夫だって、そのうちに戻るって」
こんなに悲し気なクーリーフンも初めてである。
クーリーフンは床に落ちていたでかい布をとり、またゆりにかぶせようとしていた。
「もういいわよ。隠れてるほうがおかしいし」
「でもー髪がないお母さんをみんなに見せたくない」
「髪がなくても私は綺麗なの。ほら、いくわよ」
ゆりはクーリーフンを引っ張ってカーテンの外に出た。そこには泣きそうな顔のグレンが立っていた。
ゆりはグレンと目を合わせて、「短い髪も似合うでしょ？」と聞いてみた。
グレンは、「はあ……」と気のない返事をしただけだった。グレンにとってもショックなことらしい。
ゆりはぼんやりしているクーリーフンの手をひっぱっていった。
広い廊下にはダーナがいた。ダーナはこちらに気づくなり近づいてきた。
「ガーベラ、まさか、本当なの？ なんで切ったの？」
「なんでってそれは……実は髪が傷んでいたのよ。それで切ったの」
髪を切る理由を考えると、もうそれしかなかった。
「髪が傷んだですって！？ まさか？」
ダーナはそれだけでもびっくり仰天だった。
「髪が伸びれば元通りになるわよ」
ゆりは自信満々に答えた。
「ならなかったらどうするのよ！」
「大丈夫だってー」
ゆりはクーリーフンを引っ張りながら歩いていき、今度は神殿に入ってくるハロルドに出くわしたのだった。
ちなみに広い廊下には他の妖精やらもいて、みな女神の短い髪を見て驚き、青ざめていた。
腰を抜かしている者もいる。
「ガ、ガ？」
ハロルドは驚きすぎて、ガーベラということもできずに固まっていた。
「なななな、なんだ！ どうしたんだ！ その頭は！」
「あーもう、説明するのが面倒くさい。髪は枝毛ができたから切ったの。大丈夫。また伸びるって」
「は？」
「えだげって何？」
聞いたのは後ろからやってきたダーナだった。
「枝毛ってのは、髪が傷んで先が二つに裂けちゃうことをいうの」
「ええ？」
ダーナはあわてて自分の髪の先を見ている。
「お前、まさか……」
ハロルドは青ざめた顔でゆりを見ていた。
（ハロルドってば、ガーベラの髪を私が切ったと思ってない？ 冗談じゃないわよー）
ゆりはげんなりしていた。
「とにかく、いきましょ。クーリーフン」
ゆりはクーリーフンの腕を引っ張ったが、クーリーフンは動かなかった。
「僕もう飛ぶ元気もないよ。ハロルド、母さんを連れて行って」
クーリーフンは力なく言った。
「ああ、かわいそうなクーリーフン、元気を出して」
ダーナはクーリーフンを抱きしめている。
「いきましょ」
ゆりは面倒だったので、今度はハロルドを引っ張って神殿の外に出た。
ハロルドは微妙な目つきでゆりを見ている。とりあえず、こちらの誤解を早く解きたい。
「ペガサスを呼んでよ」
ゆりは雲の上に出て言った。
「うわっ。わー……」
「あっ！」
雲の上でペガサスや馬車の手配をする妖精が、女神の頭を見て驚きのあまり後ずさり、雲から落ちてしまった。
「大変！ ちょ、ハロルド、何をぼんやりしてるの。誰か落ちたわよ」
ゆりはあわてて雲の上を走って行った。
「あーまあ死にはしないだろう」
「えー……」
ゆりは雲の際にしゃがんで下を眺めてみたが、何も見えない。
「おーい、大丈夫？！」
「だ、大丈夫です……」
と下から声がした。どうやら誰かが幸運にもつかまえてくれたようである。上に男と一緒にあがってきたのは
風の神ウィルだった。
ウィルは女神の頭をみるなり、「うわっ」と驚いて、男から手を離してしまった。
「わー！ ……」
男は再び落ちて行った。
「やばっ！」
ウィルは下に飛んで行った。
ペガサスが雲の上に飛んできた。
ハロルドはゆりをペガサスに乗せるなり、
「なんでだ。どうしてだ？」
と泣きそうな顔で聞いたのだった。ハロルドの目がうるんでいる。
ガーベラの髪がないのが相当ショックだったようである。
「あのね、一つぴしっと言っておくけど、私が切ったんじゃないのよ。髪はガーベラの時になぜか抜けちゃったの。
だから今回は、私は関係ないのよ」
ゆりははっきりと説明した。
「本当か？」
「あのね、私はガーベラの髪を切るくらいなら、ハロルドの頭を剃る方がよっぽどいいわよ。そんなことするわけないで
しょ？」
「本当か？」
ハロルドはさらに聞いてきた。
「本当よ。神に誓って」
「…………」
この場合どの神なのか。アシュランにはあまり誓いたくないな、と思ったゆりだった。
そのころ人間界にいる、ゆりに入ったガーベラは、終始ぼけーとしていた。
ぼけーと、侍女がレーヌの世話をするのを眺めている。
「うええ。うええ」
レーヌはミルクを飲みながらも不服げな声をあげていた。
女神の体から離れて現実逃避したガーベラは、ちょっとは冷静な気分になっていたが、ショックが抜けたわけ
ではないので、精神的には沈んだままだった。なにせ髪が一気に全部抜けたのである。
普通の女性でもショックだろう。
こんな驚きは生まれて初めてのことだった。普通大人で生まれた神は、髪型を自分で変えたりはあまりしない
ものである。髪も勝手に短くなったりはしないのだ。
ガーベラは、離れた所にいる自分の体を思い出し、ため息をついた。
あの子も驚いたでしょうねえ、泣いてるかしら……
「王妃様、ちょっと抱っこしていてください」
侍女にレーヌを渡されたので、ガーベラはそのままレーヌを抱っこした。
「あー、あー」
赤ん坊は腕の中でもぞもぞ動いている。侍女は部屋の掃除をしているようだ。レーヌのベッドの
シーツやらを変えていた。
「あーあー」
「大きくなったわね」
腕に暖かいぬくもりを感じる。
レーヌが神の国に来た時は、ガーベラがレーヌを抱っこすることはなかった。ちらりと姿をみただけである。
「元気になってよかったわね」
「きゃは」
レーヌは無邪気な顔で笑っていた。
「かわいい……」
赤ん坊の笑顔には、女神でさえ癒されるものらしい。
しばらく赤ちゃんを眺めてたら気もまぎれるかも。そうしましょう
ガーベラは部屋にあった蛇のおもちゃを持ってきて、レーヌをあやしだした。レーヌはよろこんでいるようである。
この子の目、両方黒かった気がしたけど、変わったのかしら？
ガーベラはレーヌのらんらんと輝く左目を見て首をかしげていたのだった。
神の国では、ゆりが入ったガーベラはペガサスに乗ってガーベラの神殿に帰ってきたのだが、
神殿の前でラーズに見つかっていた。どうやら女神が帰って来るのを待っていたらしい。
ラーズは女神の頭をみるなり仰天して、しまいには本気で泣いていた。
ゆりはハロルドとラーズをさっさと神殿の中に入れて、ラーズにも勝手に髪が抜けたことを説明したのだった。
「かわいそうなガーベラ、なんでだ。抜けたのが私の髪ならよかったのに！！」
ラーズは泣きながら言っている。ハロルドはぼんやりしたままだった。
「二人とも聞いて、他のみんなには、私が自分で髪を切ったということにしておいてくれって、アシュランに頼まれたの。
いい？ わかったわね？」
「ガーベラー」
ラーズはしくしく泣いていた。
「個別に言うのは面倒だわ。一気に恋人を集めてしまいましょうよ。そこでみんなに説明するわ」
「はあ」
ハロルドはため息をついた。
「私が元気になってるんだから、元気を出しなさいよ！」
逆にゆりの方が男たちを元気づけている。
髪ってガーベラという女神にとっては重要なものだったんだなあ……
ゆりは再認識していた。確かに、ゆりだって、あの豪華な巻き毛は大好きだった。あれを毎日見ている人々は、
今のガーベラを見るとかなり物足りなく感じるのかもしれない。
「落ち込んでたって髪は元通りにならないんだから」
「そうだな、すまない。いまのままでもガーベラはガーベラだもんな」
ラーズは涙をふいていた。
「そうよ。私のおっぱいがなくなったわけじゃないんだから」
「同じぐらいの衝撃があるぞ」
ハロルドがぼそっと言った。
「なによ。私の髪が好きだったわけ？」
「…………」
「私はおっぱいのほうが」
とラーズが言った。
「とにかく、どこかに恋人たちを集めてくれない？」
「わかった、じゃあ、夕方にはジンラの神殿に集まるようにしよう。私がみなに言って回るよ」
ラーズが立ち上がって言った。
「お願いね」
「ああ」
ラーズは神殿を出て行った。どうやらラーズは大丈夫らしい。
ゆりは力が抜けているハロルドを見た。
「私が元気なんだからそっちが落ち込まないでよ」
「本当のガーベラはどうなってるんだ？」
「激しく落ち込んでるみたい。外に出たくないっていうんで、私が変わったの。アシュランの元に行けばすぐ
戻ると思ったのに……クーリーフンもショックを受けちゃって……」
「なんで髪が……本当に、本当にお前の仕業じゃないんだな？」
ハロルドは、切羽詰まった様子で再び聞いてきた。
「次に聞いたら殴るわよ？」
ゆりは両手を腰に当てて言ったのだった。
陽が暮れる頃、ジンラの神殿にガーベラの恋人たちが集まってきた。今回はサラディンもやってきているが、
サントスは今回もいなかった。
「サントスはいいのか？」
ジンラがラーズに聞いた。
「自分は来る資格がないとかいってこないんだ」
「ラーズはガーベラに会ったんだろう？ 一体なにがあったんだい？」
心配でたまらない様子でラクアが聞いた。
「いや、別に、たいしたことじゃ……」
ラーズは言いながら、なぜか天井を向いていた。
「あやしい。どきどきする。ああ、何があったんだろう」
ラクアがハロルドを見ると、ハロルドは無表情で椅子に座っていた。こんなに精気がないハロルドも珍しい。
ガーベラの神殿にいたゆりは時を見計らって、恋人たちの元に移動したのだった。
部屋に突然現れた女神を見て、恋人たちは目を見開き、それぞれ声をあげて、椅子に座っていたラクアは
のけぞって後ろに椅子ごと転んでいた。
「大丈夫か？」
ラーズが聞いていた。
「ガー、ガーベラ？」
「どうしたんだ。その頭は！？」
ジンラに続き、オルガが聞いた。
「ガーベラ、ガーベラ？ 本当にガーベラか？」
サラディンはぽかーんと口をあけたままである。
「なんでかわからないけど、突然髪が抜けちゃったの。それでこうなっちゃった」
「えええええー！！！！」
ハロルドとラーズ以外の恋人たちは、驚きまくっていた。
「髪が抜けるなんてことがあるのか？ 初めて聞いたぞ？」
オルガが奇妙げな顔で聞いた。
そこでサラディンははっとひらめいたように、「心配ごとでもあったのか？」と聞いた。
「人間は心配しすぎると髪が抜けるんだぞ。神もそうなんじゃないか？」
サラディンはどうやらイシュタールのことを思いだしたようである。
「そんなに心配するようなことはないと思うけど……」
ガーベラ自身がどうだったのかは不明だが、そんなに深く悩んでいることでもあるのなら、クーリーフンが教えて
くれるだろう。
「だからショックで神殿にこもっていたんだな」
「こんなに見事に抜けたんじゃびっくりしただろうな」
ジンラに続いて、オルガが同情気味に言った。
そこに部屋の様子をちらりと見に来たアマンザが、女神の頭に気づいて「あ！」と声をあげていた。
「お、お母さん……」
「アマンザ、新しい髪型、どう？」
ゆりはそう聞いてみた。
「え？ かわいいですよ。でも、極端に短くなりましたね」
「そうなの。アシュランったら、私が自分で切ったことにしろっていうのよ。髪が抜けたってみんなが知ると、
不安になるからって」
「確かにそうだな。特に女神たちは不安になるだろうな」
ジンラが言った。
「でも私が自分で自分の髪を切るなんてどう考えてもないでしょ」
「だがまあ、そういう髪型も新鮮でいいじゃないか」
オルガはあっさり言った。
「そうだな。にあってるぞ。ガーベラ」
サラディンはさほど気にしていないようである。ジンラもうんうんうなずいていた。
「そうだね。でもそのうちに、きっと元に戻るよ」
ラクアは自分に言い聞かせるかのように言っている。
恋人たちはハロルド以外は元の様子に戻っていた。髪型よりも、女神がこうしてこの場にいることのほうが
うれしいようである。仏頂面をしているのはハロルドだけだった。
ゆりはハロルドをじろりとみた。
「私がせっかく立ち直ろうとしてるのになによー」
「お前の髪型に文句があるとかじゃない。短いのが似合うとか、似合わないとかの問題じゃないだろう。
問題はなぜ髪が短くなったのか、ということだ。今まで、みだりに髪型が変わった神は見たことがないぞ」
ハロルドは真剣な表情で言った。ハロルドが心配しているのは別のことのようだ。
「いや、いるぞ。アシュランは昔、髪を長くしてた」
オルガが言った。
「そういやたまに髪型を変えてるな」
とジンラ。
「アシュランは自分で変えてるんだ。いきなり髪が抜けたなんて話は今までないだろう」
「それはそうだけど……」
とラクアがちょっと不安げに言った。
「あ、わかった。きっと、私の髪に何かがあったのよ。たとえば、気づかなかったけど、
巻き毛が激しくからまってたとか。それで抜けたんじゃない？ そのうちに綺麗に長くなるかも」
ゆりはひらめいて言った。恋人たちはつい、からまった巻き毛を想像していた。
「それくらいで抜けるか？」
とハロルド。
「じゃあハロルドは何だと思うの？」
ゆりは逆に聞いてみた。
「わからん。考えてもわからん」
「誰かののろいで髪が抜けたりする？」
ゆりは一番近くにいたジンラに聞いてみた。
「そういうことはないと思うが……そういう理由なら、アシュランが気づくはずだ」
「そうよね。アシュランは何もわからないようだったし……」
「まあ、ガーベラが元気ならよかった。私は神殿に戻る」
サラディンは立ち上がって言った。
「じゃあな」
サラディンはこちらに近づいてきて、女神の頭をなでて去って行った。
「ガーベラの神気は正常だし、髪も本当にからまってたかなにかして、抜けたのかもね。神ってのは、
自己回復機能のようなものがあるだろうから、そのうち元に戻るよ」
ラクアはそばにきて、やはり女神の頭をなでていた。どうもなでたくなる頭らしい。
「首と背中がはっきり見えるのは新鮮だな」
ラクアは女神の背中に回って言っていた。
「私も行く。また何かあったら言ってくれ」
ハロルドは何もせずに去って行った。
「せっかくだから酒でも飲むか？」
ジンラが言い出して、ゆりはガーベラの恋人たちとお酒を飲むという珍しいことになったのだった。
ハロルドの頭からは、嫌な予感が消えなかった。最近嫌な出来事があったばかりである。もしかしたらその続き
なのでは？ と思ってしまうのも当然であろう。
ハロルドがそのまま雲の上の神殿に行くと、アシュランの間では、ヒルデリアがやってきて話をしていた。ヒルデリアが
部屋から出て行き、ハロルドは中に入った。
「ガーベラの頭はすでに相当知られてしまったようだなあ」
アシュランが言った。
「あれだけ変わったらみんなびっくりするのもしょうがないな。ガーベラは女神で一番髪が長いくらいだしな」
ハロルドはアシュランのすぐ近くに来て、小声で聞いた。
「ガーベラに何が起こってるんだ？ 本当のことを教えてくれ」
「本当のこと？」
「何かよからぬことでも起きてるんじゃないのか？」
「いや、よからぬことはないぞ。何も」
アシュランは目をぱちくりさせて言った。
「だが、おかしいだろう？ 何かの災いを受けたとかじゃないのか？ 向こうがらみとか」
「このことは向こうとは関係ないぞ。ガーベラの神気はまったく正常だ。そのうち元に戻ると思うぞ」
アシュランはあっけらかんと言った。
「本当か？」
「ガーベラが髪が抜けるようなのろいでも受けたとでも思ったのか？ それなら私だって気づくし、そういう理由なら
私が元通りにしてやれる。これはガーベラ自身のことで、髪は生え変わるために抜けたとすれば、どうだ？」
「生え変わるために抜けた？」
「神々にはいろいろな節目のようなものがあるからな。さっきバスティアンに聞いていろいろ思いだした。
まあ、心配することはない。なんだ？ 髪が短いガーベラにはその気にならないのか？ 女ってのは髪で
結構印象が変わるもんだなあ」
「ばかな。そういうことじゃない」
「しばらく新鮮な気分を楽しめばいいじゃないか」
「本当に心配いらないんだな？ 本当だろうな？」
ハロルドは確認するように何度も聞いていた。
「まあ今はな」
「今は？」
「ガーベラの髪が再び綺麗に生えそろった時、何か起きたら怖いな」
「え？」
「前回も大変だったからなあ」
アシュランは斜め上を向いていた。
「そりゃなんのことだ？」
「まだナイショだ」
「はあ？ 私はかなり心配してるんだぞ？」
「そういう心配はしなくていい。むしろ別の……これで話は終わりだ」
アシュランは一方的に話を切ってしまった。こうなったら何も聞き出すことはできない。
「気になってしょうがないじゃないか。髪が戻った時、何が起きるんだ？ さっぱりわからん」
ハロルドは頭を悩ませながら神殿を去ったのだった。
そのころダーナの神殿では、風の神ウィルと太陽の神アリアスがガーベラの髪のことについて話をしていた。
「そんなに短くなったのか？」
「ああ、あれはびっくりしたなあ。本当、ばっさり切っちまってさ」
「想像できないな」
ウィルが昼間みたガーベラの姿をアリアスに話していたのだった。
「ところでダーナは何をしてるんだ？」
アリアスは同じ部屋にいるダーナを見た。椅子に座っているダーナの後ろでは、
妖精が３人がかりでダーナの髪の束をもって何かしている。
「ねえ、ある？ どうなの？」
と時々ダーナは妖精達に聞き、妖精達は「いえーないですー」と答えていた。
「なんか、ガーベラが「えだげ」ってやつができたから髪を切ったとか言ってたらしくてさ、ダーナも自分にそれが
ないか調べてるんだ」
ウィルが説明した。
「えだげってなんだ？」
アリアスも初めて聞くことばらしい。
「髪が傷んで裂けることらしい」
「ええ？ そんなことがあるのか？」
髪が長いアリアスは、自分の髪の束を持って先を眺めていた。
「こっち見てくれ」
ウィルは髪をもたされたので、仕方なく先っぽを眺めて枝毛を探し出した。
一方、ガーベラの恋人たちとお酒を飲むことになったゆりは、不謹慎だと思いながら、
かなり幸せ気分だった。今まで何度もガーベラになったが、こういう状況は初めてである。
ジンラにオルガにラーズ、ラクアがかわるがわるに、「かわいい」などと言ってくれるのである。
ハロルドがいたら睨まれそうである。
一対一だったら変な雰囲気になりそうだけど、相手がいっぱいいるからそうはならないんだろうなあ……
なったらどうしよう。まあ、なるわけないだろうけど、ガーベラはいつも一対一なのかしら。たまには
恋人二人とそうなったり、とかないのかしら……
ゆりは酒がちょっと入っていたので、ついそういう想像をしてしまっていた。
でも私の儀式の方がすごいかもなあ……
などと思っていると、
「ガーベラ、今夜は誰と過ごす？」
とラクアに聞かれ、ゆりは現実に引き戻されていた。
「え？」
「せっかくだからさ、誰かと過ごそうよ」
「え？」
ゆりはきょろきょろと４人を見た。
「いえ、今夜はその、想像だけで」
「え？」
「私もいろいろ疲れたからまたね」
言いながらも女神の頬が赤くなっている。
「そうだな。いろいろあったし、そろそろ神殿に送るよ」
とラーズが立ち上がった。
「そうね。じゃあみんな、またね」
ゆりは別れを言って、ラーズに神殿に送ってもらったのだった。
今のガーベラはあの子なのかな？ だから元気になって出てきたのか？
頬が赤くなってきたところで、ラーズはようやく気付いたようである。
自分の神殿に結界を張っていたのだから、相当ガーベラは落ち込んでいたはずである。
立ち直りが早すぎるといえば、早すぎる。
（ってことは、ガーベラ本人は、まだ落ち込んでいるのかな？）
ラーズはゆりを抱っこして飛びながらもそんなことを思ったが、ゆりには聞けなかったのだった。
つづく
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