第63話
横を向いて寝ていたゆりだったが、身体を上に向けると右手が何かにあたった。
ん？ なんだ？
手が何かに触れて、それをべたべた触り、でっぱっている何かをつまんでみると「こら」と声が聞こえた。
目を開けてみると、自分の横に、金髪で焼けた肌の男が寝ているではないか。
「うわっ、びっくりした！」
ゆりは驚いて手をひっこめつつ、きょろきょろと周りを見た。見慣れた調度品ではない。
「えーと、まだガーベラなんだ……いつからいるの？」
「さっきからだ」
横にいたハロルドも身体を起こしていた。いつの間にハロルドが横で寝ていたのか、ゆりにはさっぱりわからなかった。
先ほどつまんでいたのはハロルドの鼻らしい。ハロルドは自分の鼻をなでていた。
「髪が短いと確かに邪魔にならんでいいな」
ハロルドの言葉にゆりははっと背中に手を回した。
「髪がない。ねえ、のびてない？」
ゆりはハロルドに背中を向けた。くりっとした髪は首にもついてはいなかった。
「全くのびてない」
「そうなの？ 神様ならすぐ伸びそうなのにね」
「お前はいつまでいるんだ？」
「さあ」
「さあって、あっちはどうなってるんだ。ずっと寝てるんじゃないだろうな」
「あっちには、ガーベラがいるんじゃない？」
ゆりがあっさり言って、ハロルドは驚いていた。
「あいつ人間になってるのか？ 何やってるんだか……」
「環境を変えたらちょっと落ち着くわよ」
ハロルドはあごに指をあてて何か考え込んでいた。
「まあいい、他で聞くか」
「ねえ、何も食べないのは寂しいの。何か食べたい」
神様なのでお腹がすいてはいないのだが、なんだか口寂しいのだった。
「ああ、サントスのところにいけば、果物ぐらいいつもあるだろう。もらったらどうだ？」
「わかった」
「じゃあな」
ハロルドはベッドから降りて行こうとしたが、ゆりはついハロルドの腕を握りしめていた。
「なんだ？」
ハロルドが振り向いた。
「あのー……もう行くの？ もうちょっといてよ」
ハロルドはきょとんとした目をゆりに向けていた。
「相変わらずの欲求不満か？」
「違うわよ」
ゆりは全力で否定していた。
「朝っぱらからそんな要求はしてません。ただもうちょっと一緒にいたかっただけよ」
「ふーん」
ハロルドは上から女神の胸の谷間を見ていたが、今はそういう気じゃないのか、女神の顔に視線を向けた。
「夜に来る。一人でここにいろ」
「夜？」
「ああ。期待してろ」
そう言ってハロルドは去って行った。
「え……」
まるでラクシュミが言いそうなセリフだったので、ゆりはどきっとしていた。
こっちの男ではハロルドが一番心配してくれてるし……ハロルドって私にとっては、こっちでは夫的立ち位置なのかも？
じゃあ、ハザーク様の位置は……ラーズ？
ゆりは想像しながらもかなり恥ずかしくなっていた。
「別にそういうんじゃないのに。ただもうちょっと横で話をしたりしたいだけなのにー、なんですぐそっちかと
思うんだろう……」
ゆりはぶつぶつ言いながらも、（そういや王様もいつも誤解してるな……）と思っていたのだった。
「まあいいや、夜にはどうなってるかわからないから、深く考えないでおこう」
今晩にも交代は終わるかもしれないのだから今から考えても仕方がない。
「かわいい服に着替えましょう」
ゆりはベッドから降りて、ガーベラの服を物色した。
今までは数時間しかいられなかったが、しばらくいられるとなると一体何をしたらいいのか迷ってしまう。
「とりあえず、サントスに何かもらって食べて〜火の神殿にいこうかなー。髪が短いと水に入るのが楽でいいわ」
ガーベラの服はどれも胸元が開いているのばかりである。ゆりはピンクの布の服に着替えて、腰紐をつけた。
そしてサントスの元に移動したのだった。
カサンドラの神殿の外にいたサントスは、ゆりを見るなり腰を抜かしたように地面にしりもちをついていた。
「ガ、ガーベラ？」
「サントスったら、なんで昨日来なかったのよー」
「ガーベラ……」
サントスは地面に座り込んだまま、ぼんやりと女神を見上げていた。
「たまにはこういう髪型もいいでしょ？ ねえ、何か果物ちょうだい」
「は、はい……」
「神殿にいるわねー」
ゆりはカサンドラの神殿の中に入って行き、サントスは女神の背中をぼんやり見ていたのだった。
神殿の中に入るとカサンドラがいた。
「ガーベラ、なんとまあ、短くなってしまって……」
カサンドラもあっけにとられて女神の髪型を見ていた。
「自分で切ったというのは本当なのか？」
「まさか。アシュランには口止めされたけど、カサンドラには言ってもいいよね。急に髪が抜けたんだけど、
そういうとみんなが不安がるから、自分で切ったことにしろって」
ゆりは説明しながら部屋の中をきょろきょろしていた。
「そうであったか。おかしいとは思ったが。サントスも驚いていたであろう」
「ぽかんとてましたよ。ネルは？」
「まだ寝ておる」
「見てこようっと」
ゆりは奥の部屋に行ってみた。すると、ベッドの上で眠る小さな女神がいた。
「かわいい」
ネルはぐっすり寝ているので、ゆりはそっと部屋を出た。
「ネルは最近よく寝ておるのだよ。もしかしたら、少し成長するのかもしれない」
「そうなんだ。大きくなったらサントスがまた心配しそう」
「外でサントスに会ったか？ 驚いていただろう」
「とっても」
「それにしても、そんなに短くなって、よく立ち直ったのう……」
カサンドラはそこに感心していた。
「ちなみにカサンドラは、どうして私の髪が抜けたと思います？」
ゆりは知恵の女神に聞いてみた。
「うーむ、私にもわからぬが、もっと素晴らしく美しい髪が生えてくるのではないか？ 私はそう思うぞ」
「そうだといいなあ」
カサンドラと話していたらサントスが部屋に入ってきた。
「果物を持ってきました。どうぞ」
サントスは籠をテーブルに置いてくれた。大きなぶどうがひと房、桃が二個にリンゴが二個入っている。
「ありがとう」
「いえ……」
サントスは突っ立ったまま、女神の頭をずっと見ていた。
ゆりはぶどうに手を伸ばしていた。
ぶどうを食べながらサントスを見ると、ちょっと照れた様子である。
「隣に座ったら？」
「ガーベラが元気になってよかった」
「落ち込んでても髪は生えないからね。横に座って」
「はあ」
サントスが横の椅子に座ると、ゆりはサントスの膝の上に乗っていた。
「ガ、ガーベラ！？」
「サントスって相変わらずね。そこがかわいいんだけど。あーん」
ゆりはぶどうを一つサントスの口の中に突っ込んでいた。
一生、サントスとガーベラが抱き合うことなんてないのかなあ？
サントスは膝に乗るだけで真っ赤になっていた。
ゆりはぶどうと桃を食べて後、カサンドラの神殿を出て、火の神殿へと移動した。
広間に行くと、サラディンの他に、ライオネルまでいた。
「おーガーベラか？ 随分かわいくなったなあ！」
獣姿のライオネルは女神に気づくなりでかい口を開けていた。
「おれはこっちが好みだ」
「そりゃどうも。なんでいるの？」
「もててしょうがなくて」
「そう。ルティアナはどこ？」
ゆりはライオネルの言葉はさらりと受け流していた。
「ルティアナはまだ寝てる」
サラディンが答えた。
「そうなの？」
「カサンドラがいうには、眠い子供は寝かせた方がいいらしい」
「そう。ねえ、お風呂に入っていい？」
「まだ湯が入ってない。夕方に入るぞ」
「じゃあ夕方に来るわねー。ルティアナにもいっておいてね」
「ああ」
ゆりはさっさと神殿を出て行った。
「……髪がなくなっても、結構元気だな」
女神が消えた後、ライオネルがぼそりと言っていた。
「一時期は落ち込んでたぞ。まあ、髪はそのうちはえるだろう」
「俺はあのままの方が好きだけどなあ」
「お前の好みはどうでもいい」
サラディンは渋い顔で言っていた。
一方、ゆりと別れたハロルドは、クーリーフンを探してラーズの神殿に来ていたのだが、クーリーフンはいなかった。
ラーズも行方は知らないという。
「うーん、クーリーフンを見たら、私のところにくるように言ってくれ」
「ああ、わかった」
「ところで、今までガーベラにおかしなことが起こったりしたか？」
ハロルドはラーズに聞いてみた。
「おかしなこと？ 今起こってるが」
「これじゃなく、以前だ。だいぶ前かもしれない」
「うーん、まあいろいろおかしなことはあったぞ」
「一番といったらなんだ？」
「なんだろうなあ……」
ラーズが考え込んでいると、ぱたぱたとサーラが飛んでくるのが見えた。
「ふああああ」
サーラはあくびをしながら飛んできて、ラーズの膝に乗っていた。そして眠そうに目を閉じている。
「いろいろありすぎてわからないなあ」
「そうか。わかった。じゃあな」
ハロルドは部屋を出て行った。
「まあ、いろいろあったよな……今が一番変わってると思うが……」
なんといっても中身が別人なのだから、言葉の通り変わっていることになる。
「ガーベラ、今日は何をするんだろうなあ……」
サーラはラーズの膝の上ですーすー眠りだした。
どうしても水に入りたかったゆりは、手っ取り早く、ラクアの元に移動していた。
ラクアは神殿にいた。ラクアの子供たち、ユリアナとイオナは起きていた。二人とも、
女神の顔を見て目をまん丸くしている。
「ガーベラ、今日も素敵だよ」
ラクアは、女神の顔を見ると微笑んで頬にちゅっとキスしてくれた。
「ラクアも素敵よ」
「カカ様、髪はどこにいったの？」
「なくなったの？」
子供たちがゆりの周りをぐるぐる回って聞いていた。
「髪はそのうち戻ってくるわよ。子供たちと外で遊んでもいい？」
「もちろん、僕はちょっとでかけなきゃならないんだ。側にいられなくてごめんね」
「ううん。いってらっしゃい」
ラクアは女神の体をぎゅっと抱きしめてから、神殿を出て行った。
「カカ様別人みたいね。でもかわいい」
「かわいいね」
「ありがとう。外で遊びましょう」
「うん！」
ゆりは小さな水の女神たちと湖に入って遊ぶことにした。澄んだ湖のような髪の色の
子供たちは相変わらずそっくりである。
いまだにどちらがどちらかさっぱりわからない。親なのに困ったものである。
「泳ぐのうまくなった？」
「「うん」」
「泳いでみせて」
「「はーい」」
子供たちはそろって湖を泳ぎだした。以前ゆりが教えたクロールで泳いでいたが、息継ぎもしないですごい
距離を泳いでいる。
「すごい」
ゆりは裸になり、水に入って感心してみていた。水は冷たいが、天気はよかったので気持ちがいい。
子供たちは神殿の周りを一周してきた。
「素晴らしいわ。水泳大会があれば、優勝できるわ」
「海の子の方が早いよ。魚みたいに泳ぐんだもん」
「ねー」
「そう。でも十分上手よ」
「見てみてー」
子供たちは水をびゅんと空に飛ばしていた。
「すごいすごい！」
「きゃははは」
ゆりはしばらく湖で子供たちと遊んでいたのだった。
クーリーフンはこのころ神の国にはいなかった。ガーベラの様子が気になって、人間界にやってきている。
行ったり来たり、忙しいものである。
朝、誰もいなくなったのを見計らい、クーリーフンは部屋に入って行った。
「あら、クーリーフン」
ガーベラはすぐに気づいた。
「ちょっとは元気になったね」
「うん、あっちはどう？ 元に戻った？」
「ううん、アシュラン様にあったんだけど、髪は伸ばしてもらえなかった」
「アシュランに会ったですって！？」
ガーベラはかなり驚いて頬を両手で挟んでいた。
「あのままアシュランに会ったの？」
「会わなきゃみてもらえないでしょ」
「ひー」
ガーベラは恐ろし気な様子である。
「大丈夫だよ。みんなかわいいっていってるし」
「みんな？ みんなってどういうこと？ 他に誰にあったの？」
「いろいろ。あっちのお母さんは、びっくりしてたけど、驚くべき速さで立ち直ってたよ」
「信じられないわ。あんなちんちくりんな髪でひと前に出るなんて、私には無理だわ」
「じゃあまだこっちにいるつもり？」
「髪が伸びたら呼んでちょうだい」
（だめだこりゃ）
クーリーフンはあきらめて去って行った。
クーリーフンもショックから立ち直っていないくらいだ。ゆりのように、これはこれでかわいいと思える心境までは
まだたどり着けない。
「はあ……」
クーリーフンは力なく飛んで行った。
「……あれでひと前に出るなんて信じられない。ダーナにもあったのかしら？ きっと笑われたに違いないわ。
ああ、なんだかいろいろとショックだわ……」
ガーベラはまたずーんと落ち込んでいた。
シスとラギが部屋に入ってきた。
「ねえ、お母さん食欲がないみたいだけど、大丈夫？」
ラギが心配して聞いていた。ガーベラは昨日も今朝も食堂にはいっていなかった。人間になっている
以上は食べないと死んでしまうので野菜などは食べているが、ちょっとなので、侍女や子供たちは
心配しているようである。
「ああ、肉が今欲しくない気分なの。心配しないで、元気よ」
ガーベラは微笑んで答えた。
「ねえ、もう一人の母様」
シスが聞いたが、ゆりの左目は変わらなかった。
「ごめんね。もう一人は今休養中なの。しばらくしたら帰ってくるわよ」
ガーベラはすぐに理解して普通に答えていた。
「休養中？」
シスとラギは目を合わせていた。
「心配しないで、元気でいるわよ」
「そう？」
「…………」
「…………」
両者はしばらく沈黙していた。
「ねえ、王様にはばれるまで黙っててね。休養中のこと」
ガーベラが頼むように言った。あんまり騒ぎにはしたくはない。
「どうして？」
シスが聞いた。
「あなたたちは賢そうだから言うけど、実は今、あなたのお母さんと体を取り換えてるの。
今、ここにいる私はガーベラなの。二人とも私に協力してね」
ガーベラは真面目に二人に頼んでいたが、二人ともぽかんと口を開けていた。
「ん？ 今お母さんが言ったこと、わかった？」
ラギがシスに聞いた。
「母様がガーベラって聞こえたけど……突然何を言うの？」
「やあね、お母さんがガーベラになってることは知ってるんでしょ？ ならたまにその逆があってもいいじゃない」
ガーベラはなんでもないことのように言った。
「じゃあ、本当にガーベラ様で？」
シスが引きつった顔で聞くと、ガーベラはうなずいていた。
「どうしてガーベラ様が？」
「実は私、すごく落ち込んで神の国にいたくないことがあったの。だからちょっと変わってもらってるの。
だから、何かあったら私を助けてね」
「はあ」
ガーベラは立ち上がり、二人をまとめてぎゅっと抱きしめていた。
ゆりの部屋を出た二人は青くなっていた。
「今の話、どう思う？」
シスが小声で聞いた。
「お母さんの冗談だと思いたいけど……」
「冗談じゃなかったら？」
「お母さんがついに自分はガーベラだと言い出しちゃったとしか……」
二人はゆりのことを心配していた。
「でもさ、確かに、母様がガーベラになるんだから、その逆があってもいいけど……」
ゆりが時々ガーベラになっていることは、妄想ではない、それは二人もわかっていた。
「えー、じゃああれがガーベラ様だっていうの？ 本気でそう思う？ 神様のオーラみたいなのもなにもないけど」
「うーん」
「何をしてるんですか？」
廊下をやってきたのはミカエルだった。
「母様に会いにきたの？」
「そうですよ」
ミカエルはゆりの部屋をノックして普通に部屋に入って行った。二人は心配だったのか、扉をちょっと開けて
中をのぞいている。
ミカエルはゆりとちょっと話をして部屋をでてきた。
「どうしたんですか？」
ミカエルは、二人がずっとみていたのに気付いていたようである。
「随分早かったね、なんで？」
ラギが神妙な顔で聞いた。
「これから仕事なので、王妃の顔をみに来ただけですよ」
「母様って……母様だよね？」
シスが聞いた。
「はあ？」
「ごめん、なんでもないんだ」
ミカエルは首をかしげて去って行った。
「ちょっと落ち着こうよ。僕ら、なんか変だよ？」
「そうだね。頭が混乱して……」
ゆりの部屋の前を離れた二人だったが、この日は勉強や修行どころではなく、ゆりの部屋の前を何度も
行ったりきたりしていたのだった。
神の国にて、ゆりは水の神殿の外で子供たちと遊んでいたが、子供たちは疲れて眠いと言い出したので、
陸に上がっていた。子供たちは神殿の周りを５回以上は回っていた。あれだけ遊べば疲れるのもしょうがない。
水の妖精が３人やってきて子供たちのお世話をしてくれていたので、ゆりは服を着て神殿の外に座っていた。
髪が短いと、やはり乾かすのが楽でいい。
「ガーベラ〜」
どこかから女性の声が聞こえてくる。周りを見ても誰がいない。
「こっちよ、探していたのよ」
空を飛んできたのはダーナだった。風の神ウィルと一緒である。
ダーナは地上に降りた。
「私、『えだげ』ってやつを探してみたのよ。なかったんだけど、髪が傷んだ時のことを具体的に教えてちょうだい」
ダーナはかなり必死の様子で聞いてきた。
「えー？ みたところ、あなたの髪は大丈夫よ」
「だけど気になるのよ」
ウィルはゆりの後ろに回り、ゆりの髪をみていた。
「ちょっと、ウィル、あっちにいってて」
ダーナがウィルを追い払い、ウィルが飛んでいくと、ゆりの横に座った。
「髪はいいんだけど、気になってることがあるのよ。私、最近肌の衰えを感じるの」
ダーナが真剣な表情で言い出して、ゆりは口をぽかんと開けていた。
「どこが衰えてるの？」
ダーナの肌にはシミもシワももちろんない。どこもかしこも綺麗なものである。
「輝きが薄れてるのを感じるの」
「気のせいじゃない？」
「本当のことよ。だから、あなたの髪が傷んだと聞いて、私にも何か起きるんじゃないかと思ったの」
「気のせいだって」
ゆりは気楽に言った。確かに、ガーベラの髪事件で、女神たちは不安になっているようである。
「女神といえど、最高にずっと輝いてるってのは難しいのよ。ヒルデリアも最近肌のことを気にしてるのよ。
頻繁に美容液をほしがってくるし」
「へーそうなの」
「そろそろあるんじゃない？ あれ」
「あれ？」
ゆりは首をかしげて聞いた。
「あれよ。女神たちを救うあなたの儀式よ」
「？？？」
なんのことやらゆりにはさっぱりわからない。
「本気で期待してるの。お願いね」
「はあ」
ダーナは空を漂っていたウィルを呼んで、空を飛んで行った。
「ガーベラの儀式？ なんだろう。クーリーフンに聞いてみよう」
ガーベラの儀式、と聞くだけで、なんだかすごそうである。
そろそろどこかに行こうかと思っていたら、ラーズが飛んでくるのが見えた。
「ガーベラ、みつけた」
「探してたの？」
「探してた。今から仲良くしよう」
「え？」
ラーズはすぐにゆりの体を抱き上げて空を飛んでしまった。
「え、あの……」
「ガーベラの神殿に行こう」
「あのー……」
困ってる間にも、ガーベラの神殿にやってきていた。
「あのーラーズ、その、私、夜ハロルドと約束しちゃった」
ゆりは降ろされてから、おずおずと言った。
「夜？ 今はまだ昼前だよ？」
「そうだけど、夜があるから昼間はいいかなあと」
「私は髪が短いガーベラと最初に仲良くなりたい」
ラーズははっきり言った。
「だから仲良くなろう」
ラーズに抱きしめられて、ゆりはどぎまぎしていた。
今日もなんかいい匂いがする……ラーズのことは好きだけど、夜絶対ハロルドに怒られる
それは楽に想像できたので、ゆりは今はラーズと仲良くなるのは控えたかった。
「どうやって抱かれたい？」
「え……」
「君が望むようにするよ？」
ラーズは甘い言葉をささやきながらも口づけてきた。
そ、そんなこと言われたらどきどきする……だめだわ。夜が怖い。
ゆりは必至になって欲望を押さえていた。
「ラーズのことはすっごく好き、だけど……」
「ならしよう」
ラーズはすばやくゆりが着ていた服を肩からずらしていた。もともと脱げやすい服である。
胸があらわになって、つい「きゃ」と小さい悲鳴をあげていた。
「かわいい。もっといって、きゃって」
「えー」
「おいでおいでー」
あれやあれやといううちに、ゆりの体はベッドまで運ばれていた。そのころにはもう上半身は裸になっている。
時間をかけてキスされているうちに、もはや、逃げることは完全に不可能になっていた。
ラーズが体を押さえつけて逃がさないようにしているとかではない。あくまで肌に触れるては優しく、なでるようである。
だめだ、ラーズってば素敵すぎる。やっぱり好きなんだからしょうがない！ もういい、怒られよう
ゆりはハロルドに怒られるのは覚悟したようである。
「ガーベラ、どうやって抱かれたいの？」
ラーズに耳元で聞かれたゆりは、
「いっぱい優しくされたい」
と答えていた。
「いいよ。いっぱい優しく愛してあげるよ」
ラーズは優しく女神の肌をなでて、胸に触れ、舌と指で愛撫を始めた。
今回は外ではなかったので、ゆりはラーズに身をまかせていた。
なんだろう。身体の奥からわきあがってくる、この思いは……
興奮が高まるにつれて、なんだかよくわからない衝動に突き動かされ、ゆりはラーズに抱き着いていた。
「ラーズ好き！」
「ガーベラ、こんなに抱き着かれてちゃ、何もできないよ」
「好き好き好き好きすごく好き！ 翼も、このいろいろな色な髪も、顔も、優しいところも好き」
「ガーベラ？」
ぎゅっとラーズに抱き着いていたら、頭の後ろがもぞもぞしてきた。
「ん？ なんか頭がかゆい」
「髪がのびてる！」
「ええ！？」
ゆりは驚いてラーズから離れた。
頭を触ってみると、確かに少しのびているかんじである。
「ガーベラ、やった！ お祝いにしよう」
「きゃっ！」
ラーズは女神の太ももをつかみ、足を大きく広げていたのだった。
そのころ人間界では、シスとラギがずっとゆりの前の廊下をうろうろしていたので、ついにはラクシュミに
呼ばれていた。まだガーベラが入っているゆりは不審がられていないようである。
「お前たち、ずっとゆりの部屋の前にいるそうじゃないか。どうかしたのか？」
ラクシュミに聞かれて、ラギとシスは返答に困っていた。
お母さんが心配で、といえば、ここにガーベラが呼ばれてしまう。
今のゆりが100パーセントガーベラだとは二人は思っていなかったが、もしかしたらという思いも捨てきれなかった。
「あの、お母さんが好きすぎて、つい……」
ラギが恥ずかし気に言うと、シスも、
「僕も、母様が好きでしょうがなくてつい……」
と言っていた。
ラクシュミは、「はあ？」と笑っている。
「最近いろいろなことがあったから、ほら、内緒にしてることもあるし……」
シスは小声でドルイドのことをにおわせていた。
「だからといって廊下をうろちょろしなくてもいいだろう。ゆりがおかしいのか？ 食欲がないようだとは聞いたが、
ちょっと呼ぶか」
ラクシュミの言葉に慌てた二人は、
「だめですよ」
「僕が、これから母様と遊ぶからだめです」
と言っていた。
「なんなんだ？」
「母様は普通ですよ。それじゃ、僕たちいきますね」
「失礼します」
二人はぽかんとしているラクシュミをおいて部屋をでた。そしてシスの移動でゆりの部屋の前に移動したのだった。
扉をちょっと開いてみると、中に誰かいた。
「イシュタールがいる。泣いてる」
「えええ？」
二人は小声で言って驚いていた。
ゆりを訪ねてきたイシュタールは、ゆりの中身が違うことにすぐ気づいたのだった。
となれば、前回のことを思いださずにはいられない。
「王妃ー王妃ー今度は王妃に何がー」
イシュタールはぼろぼろと涙を流し、ガーベラは
「大丈夫よ。今回は私の事情だから、本当に大丈夫。あなたの王妃は元気でいるから」
となだめていた。
「本当ですか？ 本当に本当ですか？」
「本当に本当よ」
「ならいいですが、で、あなたはどちらの妖精さんでしょうか？」
ガーベラはその言葉に思わず肩を落としていた。イシュタールは、ゆりに入っているのがガーベラとまでは
わからなかったようである。そこまでガーベラはゆりに同化しているようだ。まさか神が入っているとも
思わなかったのだろう。
「私は花の妖精です」
ガーベラが答えると、イシュタールは
「花の妖精さんですか。いつまでいらっしゃるんですか？」
と聞いていた。
「わからないけど、まあそのうちに戻るわ」
「わかりました。何かあれば相談してください」
イシュタールはそこで扉のところに子供たちがいるのに気付き、
「王妃は今日も素敵です」
などとわざとらしく言って去って行った。
シスとラギはうかがうように部屋に入ってきた。イシュタールの様子に、やはりゆりではないのだと
思ったようである。二人とも頬がちょっと赤くなっている。
「母様って呼んでもいいですか？」
シスが聞いた。
「もちろん」
「お母さん……」
ガーベラがお母さんだと思うと、ラギもわくわくしてきた。
「あ、そうだ。ちょっと聞きたいことがあったの。赤ちゃんが飲んでいるミルクなんだけど、
まずいんじゃないの？ いっつもミルクを飲む時嫌そうな顔をしてるわよ？」
ガーベラは、レーヌを観察して感じた疑問を子供たちに聞いていたのだった。
つづく
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