第64話
レーヌは、哺乳瓶の吸い口が気に入らなくて機嫌が悪いらしいと、ガーベラはシスとラギから聞いていた。神の国の吸い口は
そんなにすいごごちがよかったのだろうか。赤ちゃんにしかわからないことである。
吸い口ねえ……今度クーリーフンがきたら頼んでみようかしら？
ガーベラはうーんと考え込んでいた。シスとラギは部屋を出ている。
部屋にぱっとミシェイラが入ってきた。
「ねーまー、石ふえた？」
ミシェイラはガーベラにべったりくっついて聞いた。
「石？」
「あれよ」
ミシェイラは棚の上をさしている。ガーベラはそちらに移動してみた。棚の上には立派な平べったい木箱が置かれていた。
「中みせて」
「うん」
ガーベラは木箱を開けようとふたに手をかけたが、ふたはまったくあかなかった。
「え？ どうして？」
ガーベラは「くっ！」と力をこめたが、やはり無理である。ゆすってみると、からからと音がした。
中に何個か入っているのがわかる。
「どうしたの？」
ミシェイラが聞いた。
「開かないみたい」
「なんで？」
「なんでかしらねー？」
ガーベラは木箱を持ち上げたりして眺めていた。
この箱……一体なんなの？
「これはまーしかあけられないんだよ」
ミシェイラに言われてガーベラはどきっとした。
「え？」
ミシェイラはじーとガーベラを見上げている。
「箱さんも休憩中なのよ。きっと」
ガーベラが微笑んで言うと、ミシェイラは「そうなの？」とあまり気にしない様子だった。
ミシェイラはまだ自分の母親に違和感を感じていないようである。以前入った妖精よりは、ガーベラの方がかなり
ゆりに近いのかもしれない。
「じゃあね」
とミシェイラは部屋を出て行った。
ガーベラは箱をみつめて、もう一度ふたに手をかけた。
「くー……」
やはりどんなに力を込めてもふたはびくともしない。
「だめだわ。この箱、なんか神の国っぽい装飾ね。そうだ、さっそくあの子たちに聞いてみましょう」
部屋を出るにはレーヌをどうにかしなければならない。侍女に世話を頼むかつれていくかしなきゃと、ガーベラは
部屋に置かれていたベビーベッドをのぞいた。昼寝をしていたレーヌの顔の横には大きな巻貝がおいてある。
「あら？ さっきはなかったと思うんだけど……」
ガーベラはどこかでみたような巻貝だと、それを手に取っていた。そして何気に耳にあてると、なんと男の歌声が
聞こえてきた。
「え？」
ガーベラはもう一度耳に巻貝をあててみた。
『しずかな夜に〜輝く星々 心を照らす、月の光よ〜心やすらかに、眠れねむ〜れよ。朝日が昇るまで〜♪』
うっとりするような男性の歌声だった。落ち着いた大人の男の声である。
「このいい声は……」
ガーベラの頭の中にいろいろな神の顔が浮かび、オルガで止まった。
まさかオルガ？ オルガの声だわ！ ということは、これはオルガが贈った伝言貝？
ガーベラはかなり驚いて伝言貝を見つめていたのだった。
オルガは普段はあまり歌わない。ガーベラでさえ、オルガの歌を聴くことはまれである。オルガはひと前で歌うのはいやらしい。
「それなのにどうして歌を贈ったのかしら？」
ハロルドに続いて、オルガもあの子を気に入ってたのかしら？
ガーベラはガーンとショックを受けた。自分もこんな贈り物をされたことがないのにと。
「だけど、女性に贈る歌なら、愛の歌よね？ これは子守歌っぽいし……そういうえば、オルガがこの赤ちゃんを
助けたんだったわ。赤ちゃんに贈ったのかも？」
そう考えると納得できる。
「きっとそうだわ。オルガって、そういう優しいところがあるのよね」
ガーベラは巻貝をレーヌの顔の横に戻した。
「うーん、私が知らない間に、ここではいろいろなことがおこってるみたい。他にも何かあったりして」
ガーベラはきょろきょろと部屋の中を見回した。そして棚に近づいた。棚の上には竪琴が飾ってあったり、宝石箱のようなもの
もある。木の台にひっかけてあったネックレスに目が止まった。
「んー？」
いろいろな色に輝く石がついたネックレスだった。
ガーベラはそれを手に取っていた。その石からは、なんらかの力が感じられた。
「これ、神石じゃないかしら？ ははーん、あげたのはハロルドね。彼女はこれが何か知ってるのかしら？
知らなかったりして……」
ガーベラはネックレスを元に戻した。
一方神の国にいたゆりは、ついラーズと仲良くなりすぎていた。
ラーズは女性を抱く時も優しさがにじみ出ていた。常にゆりの反応を気にしてくれて、それが恥ずかしいのだが、
うれしくもある。
ゆりは興奮しまくり、その結果、女神の髪は首のあたりまで伸びていた。
「やったなガーベラ！ きっと恋人たちと愛し合えば、髪が元に戻るんだよ」
ラーズはゆりを抱きしめたまま言った。
「そうみたいね。よかった。髪が伸びて」
「よかった。よかった」
ラーズはすごく喜んでいる。
「次はだれとする？」
「え？」
「夜までまだ間があるから、もう一人くらいいけるんじゃないか？」
「えー……」
ゆりは思わずのけぞっていた。ラーズは早く元のガーベラに戻ってほしいようだ。
ハロルド以外の誰かって言われても……いや、もう無理。そうだ。ガーベラにいえば、すぐ変われるんじゃない？
ガーベラが恋人たちとすればいいんだし！
「ラーズったらやーね。こういうことは、もっと、もっと余韻に浸らなきゃ。そんな次々とするもんじゃないの」
ゆりはまっとうなことを言った。
「そうだけど、早く元に戻りたくないのか？」
「戻りたいけど、今はもっとラーズといたいの」
怪しまれないように、ゆりはかわいいセリフを言ってラーズにくっついた。
「かわいいな。ガーベラは」
ラーズはゆりの頭をなでている。ひっついていると、また変な雰囲気になりそうである。
「あ、そうだ。クーリーフンにこの髪をみせたいわ。ねえ、ラーズ、クーリーフンを連れてきてくれない？」
「そうだな。わかった」
ラーズはベッドを下りて服を着て、寝室を出て行った。
はあ……まあ髪がちょっと戻ったのはよかったかな。クーリーフンにいって、ガーベラに戻ってもらおう。
夜にはあっちに戻ってるかもね。ハロルドのことはちょっと残念かも、まあ怒られなくてすんでいいかなあ……
ゆりはそう思いつつ服を着ていた。
それにしてもラーズって、やっぱり素敵な神様だな……優しくって、なんかちょっとだましているような気がして
後ろめたいけど……
中身がガーベラではないと知ったら、さすがのラーズも眉をしかめるに違いないとゆりは思った。
ラーズに嫌われるのはやだなあ……
そのラーズが、実は中身がゆりだと知っていてしたことだとは、ゆりはまったく気が付かなかった。
ベッドに寝転んでいたら声が聞こえてきた。
「お母さん？」
「ここにいるわよー」
ゆりはベッドから降りて部屋を移動した。部屋の中にクーリーフンとラーズがいる。
「ほんとだ。髪がちょっとのびてるね！」
クーリーフンはゆりの後ろに周り、喜んでいた。
「きっと、愛を感じると髪が伸びるのよ」
「そうなの？ じゃあどんどんいこうよ。次は誰がいい？」
「え？」
「ジンラでいい？」
「ちょ、ちょっと待って、待ちなさい。ごめん、ラーズ、二人にしてくれる？」
ゆりはにこやかにラーズにいい、クーリーフンを奥に引っ張って行った。
「いやー、助かったよ。お母さん」
「髪が伸びることがわかったんだから、ガーベラに変わってよ。ガーベラが恋人たちと仲良くすればいいでしょ」
ゆりは小声でまくしたてた。
「いやーそれがさ、まだお母さんが帰る気じゃなくて」
「髪が伸びるとわかれば帰ってくるって」
「せめてもうちょっと、ここあたりまでのびれば大丈夫だと思うけど」
クーリーフンは、ゆりの背中の真ん中に線を引いていた。
「えー！」
「いいじゃない。ジンラと仲良くなってよ」
「無理だって」
「なんで？」
クーリーフンは心底わからないという顔で聞いた。
「みんなのこと好きじゃないの？」
「好きよ。だけどね。私にとってジンラはもうそういうんじゃないの。憧れの神様なの。話をするだけで幸せなの」
「意味がわかんないよ。じゃあラクアかサラディンか、オルガ……もちろんハロルドでもいいけど」
「ハロルドとは夜に会う予定なの」
「そう、じゃあハロルドでがんばってのばして」
「はー……」
ゆりはちょっと困った顔つきでため息をついていた。ラーズと愛し合って首までである。一気に背中の真ん中まで
伸ばすのは大変そうだ。
その時、ラーズはガーベラの神殿の外に立っていた。するとペガサスが神殿の近くに降りてきた。ハロルドが
やってきたようだ。
「クーリーフンはみたか？」
ハロルドはペガサスから降りるなり聞いた。
「ああ、今中にいる」
ラーズは神殿の中を指した。
「何をやってるんだ？」
ハロルドはラーズを上から下まで眺めている。
「今取り込んでるんだ。ガーベラの髪がちょっと伸びたんだぞ」
「何？」
ハロルドはずかずか神殿の中に入って行った。
「おーい、クーリーフン！」
奥にいたゆりはぎょっとしていた。
「あ、ちょうどハロルドがきた」
クーリーフンはよろこんでいるようだ。
「わっ、なんで？ 早すぎじゃない？ もう夜？」
「まだ夕方にもなってないよ」
クーリーフンに続いてゆりも部屋に移動した。
「お前、探してたんだぞ。どこにいたんだ？ あ、本当だ、髪が伸びてる。どうして伸びたんだ？」
クーリーフンの後ろから来たゆりを見て、ハロルドはすぐ髪に気づいたのだった。
「自然に伸びたの」
ゆりが笑顔で答えた。
「自然に？」
「愛し合ったら伸びたぞ」
部屋に入ってきたラーズが言った。
「何？」
ハロルドがゆりを見た。その鋭い眼光にゆりはかなりびびっていた。
「次にハロルドと仲良くすればいいじゃない。ね、お母さん」
クーリーフンは気楽に言った。
「ははは……」
今はもうそれも遠慮したいくらいである。
「私が強引にくどいたんだから、ガーベラを責めないでくれよ」
ラーズがハロルドに言っていた。
「まあいい、その話は置いておいてだ、クーリーフンに聞きたいことがあったんだ。昨日、アシュランが
気になることをいってた。ガーベラの髪が元に戻ったら、何かが起きるかもしれないと、どういうことだ？」
ハロルドはクーリーフンに聞いた。
「え？ どういうことだろう？」
クーリーフンもさっぱりわからないようだ。
「バスティアンに聞いても教えてくれないんだ。昔、ガーベラに何か大変なことがおこって、それがまた起こるとかじゃないのか？」
「え？」
クーリーフンはラーズを見た。ラーズも表情が引き締まっている。
「ガーベラにあった大変なことってなんだろうな？」
ラーズが首をかしげていた。
ゆりはわかるわけがないので、みんなの顔をただ見回している。
「今以上に大変なことってあったかなあ？」
クーリーフンも頭を悩ませているようだ。
「もしかしてあれじゃ……」
「あ！」
ラーズも何か思いついたように声を出していた。
「あれ？」
ハロルドが聞いた。
「…………」
クーリーフンは黙り込んでしまった。
「あ、そうだ。さっきダーナがね、ガーベラの儀式が待ち遠しいって言ってたわよ。儀式、前回はいつあったっけ？」
ゆりはさりげなくそのことを聞こうと言ってみた。
すると、
「やっぱりあれだー！」
クーリーフンは叫びながらよろよろとしゃがみこんでしまった。
「クーリーフン！ どうしたの？」
ゆりがあわてて近寄った。
ハロルドがラーズを見ると、ラーズの顔が真っ青になっていた。
「なんだ？ あれってなんのことだ？」
「あれが再び……前回はいつだっけ？ もうだいぶ前だ。人間の歴史では、4000年くらいは昔のことじゃないかな？
ガーベラの髪が元に戻ったら、あれがまた起きるのか？」
ラーズの声は震えている。クーリーフンはひしっとゆりにしがみついていた。
「お母さん、やっぱりしばらく髪は戻らなくていいや」
「え？」
「というわけで、ハロルドはお母さんとひっついちゃだめだよ。わかった？」
クーリーフンは引きつった顔で言っていた。
「なんでだ。あれってなんなんだ？」
「僕しーらなーい。そうだ、今夜は僕と寝ようね」
クーリーフンはゆりと腕を組んでいた。
「おい」
ラーズはハロルドの肩をぽんぽんとたたき、外に促した。
「昔、そんな大ごとがあったか？」
神殿の外に出てからハロルドが聞いた。
「自分は当事者じゃないから覚えてないんだろう。といっても、私たちもあまり記憶がない。
死にかけたことは覚えてるんだが……」
「なぜ神が死にかける」
「まあ、まだそうと決まったわけじゃないし、しばらく体力を温存しよう」
ラーズは青い顔のまま飛んで行ったのだった。
「なんだ？ 昔そんな大ごとがあったか？ ちょっとジンラのところにいって聞いてみよう」
ハロルドはペガサスを呼んで移動したのだった。
神殿の中では、クーリーフンはゆりと腕を組んだまま立っていた。クーリーフンはすっかり
別人のようにおとなしくなっている。
「ねえ、ガーベラの儀式に関係してるの？ 一体どういう儀式なの？」
ゆりは気になってしょうがなかった。
「お母さんは気にしなくていいよ。僕にも心の準備が必要だから、しばらく男と愛し合っちゃだめだよ」
クーリーフンはじろりとゆりを見て言った。
「さっきはすぐにって言ったくせに……」
「事情が変わったんだよ。まさか今あれが起きるなんて……違ってたらいいんだけど……」
「ガーベラの儀式って、やっぱりすごいの？」
「すごいなんてもんじゃないよ。そして、一番大変なのは僕」
ゆりにはガーベラの儀式の内容はさっぱり想像できなかった。
ハロルドはジンラの神殿の近くでジンラに会い、ガーベラの儀式のことを聞いてみた。すると、ジンラは恐れおののいた
表情になったのだった。
「ガーベラの儀式？ なんでそんなことを知りたがるんだ？」
「いや、その、ひょんなことからそういう話になったんだが、クーリーフンもラーズも詳しく教えてくれないんで気になって……」
神々がおびえるガーベラの儀式とは何なのか、ハロルドはどきどきしながら聞いていた。
「我々は、儀式の最中のことは覚えてない。ただ、死にかけたことしか……」
やっぱり死にかけるのかー！？
ハロルドの顔は引きつっていた。
「そんな大変なことがあったか？ 私はさっぱり覚えてないが……」
「女神たちの争いがすごかった。これは覚えてるんじゃないのか？」
「女神たちの争い？」
ハロルドは記憶を手繰り寄せて、何かを思いだした。
「あ、美の花？ 女たちが美の花を取り合った、あれか？」
「それだ」
ハロルドは女たちがどうしても花を手に入れたいとやっきになっていたのを思いだした。
「ガーベラがその花を儀式で作ったんだったか。どんな儀式だ？」
「それは、わからん。覚えていない。おそらく、オルガやラクアも覚えてはいないだろう。次に儀式があるときは、
男が増えてるからちょっとは楽になるかもな」
「どんな儀式なんだ……カサンドラなら知ってるかな？」
「やめておけ。変な噂が立つと女神たちが興奮するぞ。ガーベラがおかしいのか？ 髪が短くなったのは
まさかあの儀式の前兆だとでもいうのか？」
ジンラははっとそこに気づいてた。
「確かではないが、もしかしたらとアシュランが……」
ジンラの顔はさらに青くなった。
「そうか。ああよかった。アマンザがいて。私に何かあってもアマンザがいる」
ジンラはうれしいようなせつないような微妙な表情で言っていた。
「おいおい」
「ハロルドも、ジェイクがいてよかったな」
ジンラはハロルドの肩に手を乗せていた。
「不気味すぎるぞ。死にかけるってなんなんだ」
「さあ、まあいいじゃないか。ジェイクがいるし」
「そういうのやめてくれ！」
結局ジンラに聞いても、ガーベラの儀式が一体どういうものなのかまではわからなかったのだった。
ガーベラの神殿には愛の女神シャリィがやってきていた。シャリィは女神の髪が伸びたことにすごく喜んでいた。
シャリィが出て行き、ゆりは、「外に出ていい？」とクーリーフンに聞いた。
「どこに行くの？」
「だって、ここにいてもつまらないし……私夕方には火の神殿に行く約束しちゃったの。温泉に入りたくて」
「サラディンとしちゃだめだよ」
「わかってるわよー」
「僕、迎えに行くからね」
「はいはい。じゃあ夕方までどこか観光地に連れて行ってよ」
「観光地？」
「どこでもいいわよ。私が行ったことないところってある？」
「うーん」
クーリーフンは、小高い丘に連れて行ってくれた。いくつか光が昇っているのが見える。
お花畑は色で分けられていた。色のグラデーションになっている場所があって綺麗である。
「あの奥の光がハロルドの神殿、左の方にある光の柱がアリアスの神殿だよ。それから……」
クーリーフンはいろいろ説明してくれた。
「どこか妖精が隠れてる場所ってないかしらね？」
ゆりが唐突に聞いた。
「妖精が隠れてる場所って？」
「この前虹の妖精が虹の中にいたみたいに、またああいうことないかなって思って」
「さあね」
ゆりは部屋にあるアシュランからもらった木箱のことを思いだしたのだった。今はそれどころじゃないが、落ち着いたら
石を増やしたいものである。
しばらくしたら日が暮れてきた。アリアスの馬車が西の空を走る頃、ゆりは火の神殿に移動したのだった。
雲の上の神殿では、ガーベラの髪のことは騒ぎにはなってはいなかった。だが、皆ひそひそ噂話はしているようだ。
アシュランの間の後ろ側にやってきたグレンは、座り込んでいるライサを発見していた。
「これ」
肩をゆするとライサははっと目を開けた。どうやら寝ていたらしい。
「どうしたんだ？」
「えーと、なんだか眠くて寝ちゃったみたい？」
「眠いなら神殿に帰りなさい」
「いえ、もー大丈夫です」
ライサは立ち上がって頬を軽くたたいていた。
「あ、お父さん、ガーベラ様を見たんでしょ？ そう聞きましたよ。髪が短いガーベラ様、どうでした？」
グレンはそんな報告は娘にはしない。どうやら噂をきいたらしい。
「どうって、まあ、髪が短くなってたとしか」
「どうして短くなったんでしょうか？」
「さあ」
「私も髪が短いガーベラ様がみたいな」
「用もないのにいかないように」
「はーい」
ライサは素直に返事をしていたが、あやしいものである。
グレン自身、あのガーベラにはかなりのショックを受けていた。他のことをしながらも気になってしまうくらいである。
アシュラン様は大丈夫だと言っておられたし、早く元に戻ればよいが……
ライサを見ると、柱にもたれて目を閉じていた。どうやら相当眠いらしい。
「器用だな……」
グレンは立ったまま眠る娘につぶやいていた。
夕方、ゆりは予定通り、ルティアナとお風呂に入っていた。
「最近なんか眠くてしょうがないんですよ」
ルティアナが言っていた。
「成長するからじゃない？」
「成長しちゃうのかなあ。お母さんみたいなおっぱいになったらいいなあ」
ルティアナはまだそこに憧れているらしい。
「ははは」
ルティアナはゆりの髪をじろじろ見ていた。
「お母さんを見たときはびっくりしちゃったけど、この調子なら、明日には髪が元に戻ってるんじゃない？」
「どうだろうね」
恋人たちと仲良くならないと髪が伸びないとなれば、明日明後日というわけにはいかないだろう。
同じ相手と仲良くなったらどうなんだろう？
そこはまだわからない。だが、恋人は平等というのなら、ラーズとばかり仲良くなるわけいにもいかない。
「ふわああああ」
ルティアナはあくびをしていた。
「あんなに寝たのに眠い」
「眠い時は寝ればいいのよ。でましょう」
今日は歌も歌わずに、二人はお風呂を出たのだった。
「お母さん、今日はお父さんと仲良くしていけば？」
ルティアナが目をきらきらさせていっていた。
「いやあ、クーリーフンが迎えにくることになってるから……」
広間に行くと、クーリーフンはもう来ていた。
「それじゃいこうかー」
「じゃあねー」
ゆりはルティアナとサラディンにお別れを言って、去って行ったのだった。
その夜は、クーリーフンは同じベッドで寝ていた。よっぽど男と引っ付かせたくないらしい。
ゆりはこれはこれでうれしかったが、クーリーフンは子供姿だったので、ときめくこともなかった。
これからどうなるんだろう。あっちのガーベラはどうしてるかな？ みんなに怪しまれてないかなあ？
ゆりはいろいろ考えていたのでなかなか眠れなかったのだった。
人間界ではその日の夕食時、食堂にゆり姿のガーベラが現れていたので、シスとラギは緊張しまくっていた。
アナスターシャがそんな二人を見て、「変な顔してる」と言っている。
ガーベラの前にはサラダの盛り合わせが乗っていた。
「母様、お肉食べないの？ やせたいの？」
ナナミが聞いた。
「体調を整えてるだけよ。あなたたちはいっぱい食べてね」
「はーい」
ガーベラが野菜を口に入れるたびに、シスとラギはぽかんとしてみていた。
─ガーベラ様がなんか食べてる！
─なんだか感動するね！
二人はガーベラに気を取られて、まったく自分の食事に手をつけていなかった。
ロイが、「昨日から、かー様変だよね」と言い出した。
「どこも変じゃないよ」
「そうだよ。そんなこといっちゃだめだよ！」
シスとラギがすぐに反応している。
「なんか暗いし、ハロルド様が浮気したってほんと？」
「え？」
ガーベラが反応した。
「アーねーが言ってた」
「だって、母様が朝から暗かったから、これは絶対神の国で何かあったのかなって思って。理由というと
思いつくのは、ハロルド様の浮気くらいしか」
アナスターシャの言葉に、ガーベラはついぷっと笑っていた。すごい想像力である。
シスとラギは、慌てた様子で、「そんなこといっちゃだめ」とアナスターシャを制している。
子供って面白いわね……
ここでのハロルドの扱いが、笑える……
「私は元気よ。心配してくれてありがとう」
「ハロルド様は浮気してないの？」
ナナミが聞いた。
「さあ、どうだろう。してるかもね」
ガーベラはつい言っていた。
「先に部屋に帰るわね」
ガーベラは食べるのもそこそこに食堂を出て行った。
今日食堂にいったのは、子供が食事をするのを見てみたかったからである。
どの子もほんとかわいいわね。同じ両親の子供なのに、見た目が全然違うのが不思議
なんであの子は金髪が入ってるのかしら？
ガーベラは、ミシェイラの中にハザークの血が入っているとまでは気づかなかったようである。
人間って本当にいろいろなものを食べるのね。
ガーベラは神なので食にはあまり興味がなかった。肉を食べるのも気が進まない。野菜や果物なら食べるが、
あまり大量には食べたくはない。
この体が心配だし、やっぱり一本飲んでおきましょう
ガーベラはこんなこともあろうかと、栄養ドリンクのようなものを持ってきていたのだった。
ガーベラが王妃の部屋に戻ると、部屋の中にラクシュミが立っていた。
「王様、どうしたの？」
「なんかシスとラギが変なんだが。心当たりはないか？」
「さあ、別に何も……」
ガーベラは言いながら近づいて行った。
「…………」
ラクシュミはじーとガーベラを見ている。
「どうしたの？」
「……随分久しぶりなような気がするが……いつ変わったんだ？」
「え？」
ガーベラは目を見開いていた。
「３人目のゆりだろ？」
ラクシュミはあえてガーベラだとは言わなかった。
「……さすが夫ね」
ガーベラはびっくりしながらも感心していた。
「実は昨日の朝からいるの」
「そうなのか？」
昨日、ラクシュミはゆりを朝と晩にちらりと見ただけだった。ゆりは何やら落ち込んでいたが、
子供たちはそっとしておいたほうがいいと言っていたので、そっとしておいたのである。
「それは驚いた。一体どうしたんだ？」
「今回は私の問題なの。ちょっと自分の体にいたくなくて、変わってもらったの。ごめんね」
「そうか……」
ラクシュミがこうしてガーベラに会うのは、久しぶりのことだった。いろいろ聞きたいことはあっただろうに、
ラクシュミは、何も聞かなかった。
「どうせゆりは楽しく遊んでるんだろう。ゆっくりしていってくれ」
「ありがとう」
ラクシュミは姿を消した。
「…………」
ガーベラはラクシュミが消えた空間を見つめていた。
ねえ、王様って素敵な人ね。前から知ってたけど、やっぱり素敵な人ね
ガーベラは心の中でゆりに語り掛けていたのだった。
つづく
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