第65話

それぞれが様々な思いを抱きながら眠る夜、ベッドの上でむくりと起き上がったのは大人になったドルイドだった。

ドルイドは体が痛くないのに気付いた。

いつもならば大人になるときに小さい服を破ってしまうのだが、今回はそれがなかったのである。

周りにはやぶれた服もない。

なんと、小さいドルイドは裸で寝ていたらしい。


なぜ裸で寝ていたんだろう？　いや、それよりも、なんでこいつが横にいるんだ……


ベッドには大人がもう一人寝ていたのである。その男は目を開けた。

「あ、ようやくきたか、ドルイド」

横で寝ていたのはハインリヒだった。

ハインリヒはドルイドを見るなり、うれしそうな顔をして体を起こしていた。

「なんでここに寝てるんだ……」

「お前と話がしたくてずっと大きくなるのを待ってたんだ。そしたら今夜、ドルイドが裸で寝るっていうから、

これはもしやと思った。小さいドルイドは、大人になるのを察して服を脱いだんじゃないかってな。

ずばり当たった」

「へーそうなのかな？」

ドルイドは自分でも思ってもいなかったことなので驚いていた。こんなことは初めてである。

「暑いから脱いだんじゃないのか？」

「暑いからってパンツも脱ぐか？」

「うーん……」

ドルイドはうなりながらベッドの下に手を伸ばし、察したハインリヒが、ベッドの横にすでに出してあった

箱の中身をドルイドに渡した。ドルイドの大人になった時用の服である。

うれしそうな顔で服を渡すハインリヒを、ドルイドは嫌そうな顔で見ながら服を受け取っていた。

「お前と話したくってずっと待ってたんだぞ」

「あ、そう」

ドルイドはそっけなく言いながら服を着ていた。

「お前のことを王妃に言わないのが心苦しいんだが、いつ王妃に会うつもりなんだ？」

「…………」

「まったく……」

服をすっかり着たドルイドは、「それじゃ」と去って行こうとしたので、ハインリヒがあわてて止めていた。

「お前な、私の話を聞いてなかったのか？　待ってたって言ったろ？　見送るためにいるんじゃない」

「面倒だなあ……」

「何が面倒だ。私のことが好きでしょうがないくせに」

「は？」

「わざわざ私を追いかけてくるなんて……」

「いや、追いかけてない」

ドルイドは即座に答えていた。

「いいんだ。お前が私をいかに好きかは前回の告白でよくわかったし」

「いや、あれはそういう意味じゃない」

ドルイドは力一杯答えていた。

「私はそもそも生まれた赤ん坊を見たときから気づいていた。もしやドルイドの生まれかわりか？

と思って名前を『ドルイド』とつけたんだ。思った通りだったじゃないか」

ドルイドは本気で行こうとしていたので、ハインリヒはドルイドの体を止めていた。

「くそ……」

瞬間移動ができないドルイドは、苦々しい表情をしていた。今この時点では、ハインリヒの方が力が上のようである。

「こんなにハンサムに産まれてきてよかったな。ドルイド」

ハインリヒがにやにやしながら言っていたので、ドルイドはハインリヒに素性をばらしたことを心底後悔していた。

「まあそういう話はともあれ、今夜は私の話につきあってくれ。誰にも話せなくてもやもやしてたんだ。

過去の話は、過去の誰かとじゃないと気持ちを共有できないからな」

「はあ」

移動をあきらめたドルイドはベッドに座っていた。

「いいだろ？　私は過去からこっちに来て以来、孤独な生活を送っていたんだから」

ハインリヒは神妙な顔つきでいったが、ドルイドは、

「いや、案外こっちの方が合うといいつつ、楽しくやってたんじゃないのか？」

と横目で聞いていた。

「……まあな。だが、たまには過去の仲間と話がしたいと思ったのは事実だ。ヴィラはたまにディランと出会っていたが、

私はそういうことがなかったしな。ヴィラルージュ様がへびっちを恋人にしたんで、私はかなりショックだった」

ドルイドはきょとんとした目をしていた。

「へ、へびっち？」

「へびっちを知らないのか？　そこから説明がいるのか」

ハインリヒは仕方なく、へびっちのことを簡単に説明しだした。


同じ城の違う部屋では、シスとラギが興奮して同じベッドに寝転んでいた。

「ガーベラ様ともっと話がしたいねえ」

「そうだね。いつまでいるのかなあ？」

とゆりのことを心配することもない。二人ともゆりは神の国で遊んでいるものだと思っていた。


そして王の寝室にいたラクシュミも、一人ベッドの上でもんもんとしていた。

かっこよく去った手前、自分から会いに行くのもできなかった。

あちらから来ないかなあ、などと思っていたのである。

「うーん……ああ……話がしたい」

親も子もそわそわしていたが、当のガーベラは、ゆりの布団でぐっすり寝ていた。

ぐっすり寝ているあたり、精神的にはかなり浮上しているようである。

そこに、一人の神が音もたてずにやってきた。

「おい、ガーベラ、おきろ」

耳元でささやかれるような声にガーベラが目を覚ますと、ベッドの横には焼けた肌で短い金髪の男、

ハロルドが立っていた。

「あら、ごきげんよう」

ガーベラは半目を開けて言った。

「ごきげんようじゃないだろう」

「こんばんは、ハロルド」

「こんばんはじゃない」

「夜這いにきたの？」

「違うわ。お前、元気になったのなら元に戻れ。いつまでここにいる気だ？」

ハロルドは腕を腰に当てて、説教するように言っていた。

「うーん……」

ガーベラは頭をぽりぽりかきながら体を起こした。

「だって、あの頭じゃ……」

「髪は結構のびたぞ」

「え？　ほんと？」

ガーベラの目がぱっちり開いていた。

「ああ、だから、もう大丈夫だ」

「…………」

ガーベラはちょっと怪しんでハロルドを見ていた。

「なんだ？」

「さては、彼女を長くあっちに置いておきたくないわけね」

「そりゃそうだ」

「他の恋人と仲良くしてるのが面白くないんだ」

ガーベラの言葉に、ハロルドはこめかみを引きつらせていた。

「あのな」

「ハロルドってばわかりやすーい。私の髪は伸びてないんでしょ。本当に伸びてるならクーリーフンがくる

はずよ。それがあなたが変わりに来るのもおかしい」

ガーベラは疑っているようである。

「お前の髪が伸びたのは本当だ。クーリーフンはお前の髪が元に戻るのがいやらしい」

「なんでよ」

「もしかしたら、髪が元に戻った時、お前の儀式が起きるかもしれないらしい」

「私の儀式？　何それ」

ガーベラはまるで知らないという顔つきだった。

「何千年も前に、美の花をいっぱいつくって女たちが奪い合って大変だったろ？」

「……ああ。あのこと。あれがまたあるの？　ふーん」

ガーベラは思いだしても冷静だった。

「その時のこと、覚えているのか？」

「全然覚えてないわ。もうだいぶ昔だし、ただ、クーリーフンが大変だったのは覚えてる。あれがあるってことは、

女神たちの劣化が始まってるのかしら？」

ガーベラが恐ろしいことを言い出していた。

「劣化って……」

「ヒルデリアの顔にしわができたとか」

「やめてくれ。恐ろしい」

ハロルドは怖い話でも聞くような顔つきだった。

「ふふふ、冗談よ」

「美の花って、本当に美しくなる力があるのか？」

肝心なそこがどうだったかも、ハロルドは覚えていなかった。

「女神ってのは大体最初から美しいから、新鮮な気分になる花なんじゃないかと思うけどね？　

同じ顔を千年も二千年も見てると飽きるでしょ？　新鮮な気分で見れば、改めて良さがわかるんじゃないのかしら。

前回の時、恋人は誰だったの？」

「……忘れた」

ハロルドは記憶を掘り起こしてみたが、覚えていなかった。

「ルーシアかもな」

「このことはぎりぎりまで内緒にしておいたほうがいいわよ。特にヒルデリアは興奮しちゃうから。わかった？」

「あ、ああ」

「というわけで、おやすみなさい」

ガーベラはまた寝ようとしていた。

「おい」

「あ、そうだ。赤ちゃんの哺乳瓶の吸うところ、作ってもらうように頼んできて。神の国からもって帰ったやつが

だめになっちゃったんだって」

「はあ？」

「じゃあ頼んだわよ」

「おい〜」

「私はまだここにいたいの。じゃあね、頼んだわよ」

ガーベラはぐーと寝てしまい、ハロルドが揺らしても起きなかった。

「くそっ……」

ハロルドは仕方なく去って行った。

「えーと、赤ちゃんの……なんだっけ……は……じゃない、ほ、ほにゅーびん？」

神の国ではなかなか聞きなれない言葉である。ハロルドの子供バリアスもミルクをのんでいたが、

その入れ物の名前など、ハロルドは知らなかった。

「ほにゅーびん、ほにゅーびん」

ハロルドは忘れないように、何度か連呼しながら神の国に帰って行ったのだった。



そして一方、ハインリヒは、大人になったドルイドにへびっちのことを説明していたが、へびっちがイシュタールの

肌から出て神の国に行き、そこででかくなって不思議な力を得て戻ってきたという不可思議な話に、

ドルイドさえ、納得するにはかなり時間がかかったのだった。

しかも、その蛇が人間に変身するようになり、ヴィラルージュと愛しあって子蛇を作ったというのである。

これをどう思えばいいのだろうか。

「ショックだろ？」

「うーん、いろいろショックなことがありすぎてよくわからない。イシュタール殿が死にかけたくだりが

はしょりすぎててさっぱりわからないし」

「そこは詳しくは言えない話なんだ」

「だがまあ、相手がヴィラルージュ様ならいいじゃないか」

ドルイドは意外にもあっさり言っていた。

「なんでだ」

「へびっちの相手がゆり様だった方がいやだろう。近親相姦になってしまう」

ドルイドが真面目な顔で言っていた。

「……まあ、そうなってしまうが……」

「逆に、私の子蛇がヴィラルージュ様の子蛇と親戚関係になるってのにどきどきするな。かわいい子蛇なんだろうなあ」

ドルイドはうれしそうである。

過去の仲間なら絶対同じ気持ちになってくれるだろうと思っていたハインリヒは、全く気持ちを共有できなかったので、

ちょっとがっかりしていた。

「ディランなら、ハインリヒと同じ気持ちになってるんじゃないか？　あの時代も楽しそうでよかった」

「男たちは混乱してたと思うが……次から次へと、本当にいろんなことが起こるもんだと思って感心する。

毎回今までで一番驚いたと思ってるんだからな。お前のことを知って、次が陛下の子蛇だ。次はなんだろう。

想像がつかない。過去の時代でもそりゃ驚くことはたくさんあったが、こっちに来てからは、その度合いが

すごすぎて……こんなにいろいろなことが起こるなんて、こっちに来るまでは想像すらしてなかったよ」

「そうだな……」

「まあ、全部王妃がからんでるんだが……ああ、ドルイドが私の息子に転生したって、ディラン達にいいたいなあ」

「絶対いやだ。笑い話にされたくない」

「なんでだよ。いい話じゃないかよ」

ドルイドは結局どこにも移動できず、仕方なくハインリヒの相手を夜通ししたのだった。

そしてしまいには、ハインリヒは「ドルイド、次はいつ大人になる？」と聞いていた。

「私はな、お前の話し相手をするために大人になったんじゃない」

ドルイドはきっぱり言っていた。

「つれないこというなよ。本当はうれしいくせに。あんなに相手をしてほしがってたじゃないか。だから今後

相手をしてくれ」

「いやだ。だからお前に会うために大人になったんじゃないの」

「じゃあなんのためだよ」

「別にいいだろ」

「まあいい、お前がいかに私を好きかはよくわかったし」

「違うっていってるだろ！」

ドルイドはしまいには枕でハインリヒを殴っていた。

「わかったわかった。もういい。パパと一緒に寝よう」

「帰れ」

「もう眠いし、ここでいい」

ハインリヒは寝転んで布団をかけていた。


どこでどう間違えて、こんな気持ちが悪い展開になったのだろう？


ドルイドは座ったまま首をかしげて、本当に寝てしまったハインリヒを見ていたのだった。



神の国では、ゆりが男の元に行かないように小さなクーリーフンが一緒に寝ていた。

ゆりはガーベラ姿のままぐっすり寝ていたのだが、頬を触られて目を開けた。あたりは暗いが、

ほのかに光る神がそばに立っていたのである。夜の色をした長い髪、黒い衣装を身にまとったオルガである。

「ガーベラ、髪が伸びたんだな」

「そうなの。のびたの」

ゆりは体を起こした。

「よかったな。そのうち元に戻りそうだな」

オルガは嬉しそうに言って、女神の髪をなでていた。


ああ、オルガって、大人の頼りになる男って感じで、素敵。声もいいし！


ゆりがついうっとりしていると、頭がぞわぞわしてきた。

「え？」

そこでクーリーフンが目をあけた。

「あ！　オルガ！　あーのびてるー！！！！」

「え？　やっぱり！？」

女神の髪はどうやらのびたらしい。

「だめだよ。オルガ、お母さんを興奮させないでよ」

小さいクーリーフンが怒っていた。

「なんでだ？　別に、何もしてないが……」

オルガは戸惑った様子である。

「とにかくね、今はお母さんをくどかないで。髪はそのうち元に戻ればいいの。一気に戻っちゃだめなの。

わかった？」

「さっぱりわからんが……」

「ラーズに聞いてよ。僕はもういいたくない」

「？　わ、わかった。それじゃな」

オルガはわからないまま出て行ったのだった。

オルガが去り、ゆりはクーリーフンににらまれていた。

「あの、別に何もしてないんだけど……」

「なんか考えたでしょ」

「え？　そんなエッチなこと考えてないわよ。ただオルガって素敵だなって思ってただけよ」

ゆりは慌てて言い訳していた。

「髪が伸びてもいいじゃない。これも運命よ」

「一気に戻らなくてもいいでしょ。じわじわっとでいいよ。じわじわっとで」

「……クーリーフン、よっぽどひどい目にあったのね」

どう大変だったのか全く想像できないが、この様子からして、過去の儀式とやらがかなり大変だったことは間違いない。

「あれほどつらいことはないよ。一生なくていいと思うんだけどな。なんであんなことがあるんだろう」

「元気を出して。前回とは違うかもしれないじゃない」

ゆりは慰めるように言ったが、

「いや、違わないと思う」

クーリーフンは断言していた。


しばらくして後、夜の空をオルガがふらふら漂っていた。ラーズを起こして事情を聴いたらしい。

顔がちょっとこわばっている。

「まさかあれがまたあるとは……あ、そうだ。しばらく人間界にもいけないかもしれない。神官たちにも

あっておいたほうがいいな……私も備えねば……」

オルガは人間界の方に飛んで行ったのだった。


つづく

第９部

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