第６６話
神の国にて、滝つぼの周りにある大きな岩に座っていたのはラーズだった。
夜明け前、あたりはまだ薄暗い。
「あー、なんかいろいろ考えてて眠れなかったな……」
ラーズは頭をかいていた。
何千年かぶりにガーベラの儀式があるかもしれない、ということが大きな原因であるが、今はガーベラの中身が
違うということもいろいろ考えてしまう。
面白くてついまた抱いてしまったが……いいのかな……ハロルドがあからさまに嫉妬してんのも面白いが……
他に気づく男はいるのかな？
大昔ガーベラの恋人になった時に、「一生ガーベラ以外は抱かない」と誓ったラーズだったが、その誓いは
生きていることになるのかどうか、自分でも謎である。
こっちのガーベラもかわいすぎるんだもんなあ……
エメラルドグリーンの水面にさざ波が起こった。そこに現れたのは水の神ラクアである。
ラクアはラーズに気づくと、水に乗って上に上がってきた。
「早いね。ラーズ」
「そちらもな」
ラクアはラーズの横に座った。そして周りを確認してから、こっそりと言った。
「ジンラに聞いたんだけど、ガーベラの髪が戻ると……っての、聞いた？」
「ああ、聞いたよ」
「そうかあ。まさかのあれだとはねえ」
ラクアは落ち着いた様子だった。
「ラクアは前回のこと、何か覚えてるか？」
「おぼろげにしか覚えてないよ」
「なぜあれがあると思う？」
「うーん……なぜだろうね。あんな大それた儀式があるのはガーベラだけだし、まあいいや、僕はあれば
参加するだけだしね」
「そうだな」
ラクアもラーズも、参加しないという選択肢はなかった。
ガーベラの儀式に参加する男は当然恋人だけである。参加するのが愛の印なのだ。
「それよりも、気になることがあるんだ。最近子供たちがやけに寝てるんだよ。カサンドラは成長するんじゃないかって
いうんだ。僕はやだよ。もうしばらくあのままでいてほしいのに……」
「そっちもか？ サーラもなんだよな。最近よく寝てる」
「本当に？ ついこの間生まれたばかりなのにねえ。そんなに急いで成長しなくていいのになあ……」
ラクアは儀式よりも、娘たちのことを心配していた。なんといってもかわいい盛りである。もう100年200年、
千年だってこのままでいいくらいなのだ。
「大きくなるなんて冗談じゃないよ」
ラクアの愚痴に、ラーズはつい笑っていたのだった。
太陽が昇り、ガーベラの神殿で目覚めたゆりは、クーリーフンといた。ゆりはガーベラの美容液を身体に塗りたくり、
花の匂いに包まれている。
「あー、いい匂い。ねー、ガーベラの様子を見に行かなくていいの？」
「行って帰ってる間に髪が元に戻ってそうで怖い」
小さいクーリーフンが愚痴るように言っていたので、ゆりは舌を出していた。
昨晩オルガに会ってときめいたゆりは、髪を少し伸ばしてしまっている。今、女神の髪は肩につくかつかないかの
長さだった。男にときめくだけで伸びてしまうのである。もっと仲良くしたら、結構伸びてしまいそうだ。
「儀式があるのって運命なんじゃない？ もうしょうがないわよ。クーリーフンは一体なにが大変なの？ お母さんに
話してごらんなさい」
ゆりは母親の気持ちで言ってみた。
小さいクーリーフンは口をへの字に曲げている。
「大変なのはガーベラと恋人たちでしょ？」
「お母さんの儀式は今まで二回あった。最初の時はそれが儀式だとは思わなかったんだ。ただお母さんの様子が
いつもとかなり違ってて、神殿の周りに大量の弦が巻き付いた。お母さんが恋人たちと会ってから数日後、
その弦に花が咲いたんだ。ピンク色の綺麗な花だよ。誰か女の子がその花を食べたら、男の目の色が変わってさ、
魅力が増す花じゃないかってことになって、それでみんなが適当にその花を取って終わった。
気づいた時にはもう花は全部なかった。女神たちからは苦情の嵐さ。だって僕らはその花にそんな力があるなんて
思わなかったんだからさー、しょうがないでしょ？ それで二回目の時は花をちゃんと分配することにしたんだよね」
ゆりは黙って話を聞いている。
「二回目ともなるとみんなの目の色が違っててね。花を分けとなると当然女神たちからだろ？ 花は100個も
つけるわけじゃないから妖精たちにあげるのは無理だろうってとこで、ラクアがさ、自分たちも花がほしいって
言い出したんだ。ラクアは妖精の妹達にあげたかったんだ。それで、参加する男たちにも花を
二個づつわけることにした。参加者ががんばらないと花がつかないから、当然の権利だよね」
「そうよね」
ゆりはうなずいている。
「それで、男たちがとった後の花をわけるんだけど、それが大変でさ、見張ってても盗もうとする者もいるし、
ヒルデリア様はもっとくれっていうし、妖精達には泣きつかれるし、全員に平等にあげるなんて無理なんだよー。
僕が嫌がるのもわかるだろう？」
クーリーフンは心底辛そうだった。
「確かに大変そうね。妖精だけでも一杯いるもんねえ。花にそんなにすごい力があるなんて……
なんでそんなことがあるんだろうね？」
「さあね」
「女神って今何人いるの？」
「何人だろう。60人以上はいるかな。前回は海側には持っていけなくて、次は絶対欲しいって言われたんだよね。
次は何個か持って行ってあげないとなあ」
「一人でやるのは大変そうだから、誰かに手伝ってもらったら？ アマンザとか、ジェイクとか」
「ジェイクはヒルデリアにかわいがられてるからなあ。アマンザには手伝ってもらおう」
「それからアシュランには協力してもらわないとね」
「前回はアシュラン様にも花を取られたんだよね。娘たちに泣きつかれたんだろうけど……」
確かに花を分けるだけで大変そうだ。
「いっそのこと、アシュランに丸投げしちゃったらどう？ 何もクーリーフンが苦労しなくてもいいと思うんだけど」
「僕だってそうしたいよ。だけど、そうなるとアシュラン様お気に入りの女性とか、娘たちが得するからだめって
他からの意見があってさー」
「最高神は平等じゃないと」
「それにお母さんが嫌がるんだよ。お母さんにも仲良くしてる妖精がいるし、いろいろ難しいんだよ」
「そうかー難しいわねー。とにかく、準備できることはした方がいいわよ。クーリーフンがやるにしても、花ができたら
勝手に盗らないようにアシュランからみんなに命じてもらわないとだめよ」
「そうだなあ……絶対にあれで決まりなのかなあ」
クーリーフンはため息をつきながら言っていた。
「がんばって、クーリーフン」
ゆりはまったく他人事だったので、クーリーフンの肩をぽんぽんたたいていた。
「でも儀式があるところまで私と一緒なんて、なんかちょっとうれしい」
ガーベラとの共通点があるということは、ゆりにとってはうれしいことのようだ。だが、何千年に一回の儀式だけ
あって、ガーベラの儀式はかなり強烈そうである。
クーリーフンはジーとゆりを見ていた。
「ねえ、あなたががんばってサントスと仲良くしてよ。この際サントスにも参加してもらいたい。
あっちのお母さんが迫ると強烈すぎてすぐ失神しちゃうんだよね。あなたがやんわりとしてくれないかな」
「私でも無理よ」
「がんばってよ」
「無理よー」
「成功したらなんでもしてあげるからさー」
「なんでも？」
そそられる言葉だったが、クーリーフンがいくら美男とはいえ、息子的立場である。
「いや、いい、それにサントスも、あんなにガーベラが好きなんだから、ガーベラと引っ付いた方がいいと
思うんだ。私がいろいろやりすぎるってのもちょっと……」
「なんだよ、今更。あなたもちゃんとしたガーベラだよ」
「でもねーもしラーズとかにばれたら、どうなる？ あんなに優しいラーズに怒られるのはきついわよ。ハロルドには
しょっちゅう怒られてるからいいけど」
「ラーズは怒らないよ」
クーリーフンはあっさり言った。
「わからないじゃない」
「大丈夫。あなたは立派なガーベラだよ」
「邪魔するぜー」
その時野太い声とともに、ライオネルが部屋に入ってきた。獣姿である。
「おっ、ちょっと髪がのびてないか？」
ライオネルはすぐに女神の髪に気づいていた。
「そうなの。どうしたの？」
ライオネルは愛の妖精シャリィをおんぶしていたのだった。
「寝てるのを通りかかったんで連れてきたんだよ。森の中で寝てたぞ」
「おやおや、どうもありがとう」
クーリーフンがお礼を言っていた。
シャリィはライオネルの背中に引っ付いて寝ていた。ライオネルは上半身は裸で毛むくじゃらである。
「ふかふかで気持ちよさそう」
ゆりはついそう思っていた。ライオネルはソファにシャリィをおろしていた。
「なんなら乗るか？ 上に」
ライオネルが聞いたので、ゆりは「遠慮します」と即座に答えていた。
「じゃあな」とライオネルは去って行った。ソファにおろされても、シャリィはすやすや眠っている。
「最近、みんな寝てるね」
ゆりが言った。
「みんなって？」
「ルティアナや、ネルも最近眠いって良く寝てるって」
「そういやサーラもそうだ……なんでだろう？」
「ガーベラ関係の女の子がみんな眠い？ なんかガーベラの儀式と関係があったりして」
ゆりの言葉にクーリーフンは恐れおののいていた。
「やめてよ。怖いよ。あれ以上に面倒なことはごめんだよ」
「一つの可能性として言っただけよ」
そこにやってきたのは、癒しの女神キュリアとハロルドだった。
「あーお母さん、髪が短くなってる！ でも想像していたより長いね」
キュリアがゆりの背中に回って言った。
「かわいいわよ」
「ありがとう」
「長くなってないか？」
ハロルドが聞いた。
「そう。もう自然に長くなるかも」
ゆりが笑顔でごまかすと、
「昨晩誰かきたろ」
ハロルドはすぐに疑っていた。
「オルガがきたよ」
クーリーフンはすぐにばらしていたので、ゆりはぎょぎょっとした顔をしていた。
「別に何もしてないわよ。クーリーフンもいたんだし。あ、そうだ。キュリアは最近眠くなったりしない？」
ゆりは睨んでいるハロルドから目をそらして、話題を素早く変えた。
「眠いです。よく寝坊してるし、お昼寝もしてる」
「やっぱり、みんな揃って眠いなんて、何かあるかも？」
「なんの話だ？」
ハロルドが聞いた。
「ガーベラの娘たちがそろって眠いんだって。おかしいでしょ？」
「そうか？」
「おかしくないことにしたい。僕はお母さんのことで頭がいっぱいだし」
とクーリーフン。
「ネルやルティアナもそうなんだ？ ちょっと会ってこようっと。じゃあね、母様」
キュリアは部屋を出て行った。
「みんなそろってどうしちゃったのかしら」
ゆりは言いながらもハロルドに近づいて身体に腕を回していたので、ハロルドは奇妙な目でゆりを見ていた。
「あれ？ どうしちゃったの？ 私、手が勝手に！ 勝手に〜！」
ゆりはハロルドの胸をさすっていた。
その間にも女神の髪がちょっとづつ伸びている。
「ああ、この筋肉が素敵！ いえ、なんでもない！」
ゆりは言いながらも顔を横に振っていた。
「あーだめだこりゃ。ちょっとカサンドラのところにいってくる。あとはご自由にー」
クーリーフンはもうあきらめたように部屋を出て行った。
「昨晩相手をしなかったもんな。そんなに欲求不満なのか？」
ハロルドが呆れたように言っていた。
「違うわよ。身体が勝手に！ 勝手に動いてるの！」
ゆりは両足もハロルドにからめだした。あきらかにあやしい動きである。
「朝からしょうがないなー」
ハロルドはゆりが引っ付いたまま奥の部屋に移動していた。
「いや、ほんと、違う。違うー！！！」
移動しながらもゆりは叫んでいたが、そこではっと思った。
この症状、経験済みである。
もしかして、儀式の前兆ってやつ！？
「ガーベラの儀式って、誰かが降りてくるのかしら？」
ゆりはハロルドに引っ付いたまま、真面目な顔になって聞いた。
「誰かってだれだ？」
「誰だろう？ わからないけど、なんか、様子が変なの。ハロルドとひっつきたくてたまらんって感じなの。
おかしいでしょ！？」
「全然おかしくないだろ」
ハロルドはあっさり言ってゆりの体をベッドの上にのせていたのだった。
人間界でも同じように朝を迎えている。ゆりの中身はまだガーベラのままだったので、シスもラギもちょっと
浮ついた気分だった。修行の合間にも、ガーベラの様子を見に行ったりしている。
「何かうれしいことでもありました？」
シスがあまりに楽し気なので、剣の修行中にハインリヒがシスに聞いたくらいだった。
「うん。あのね、今の母様、すごくいいんだよ。ハインリヒも、母様の手を握っておきな」
「はあ」
「ほんとにいいんだー」
ハインリヒはさっぱりわけがわからずに首をかしげていた。アナスターシャとナナミは、そんなシスとラギを
不思議そうに眺め、ロイは「かー様ちょっと変？」と何かに気づいた様子だったが、「全然変じゃない」
とシスとラギが言い張っていたので、そこから問題にはならなかった。
ミシェイラは「ベツまー今ねてるんだって」とハザークに言っていた。
「もう一人の王妃が寝てる？」
「うん。呼んでもでてこないの。しばらく寝てるんだってー」
どうやらガーベラがミシェイラにそう説明したようである。
不思議に思ったハザークは、すぐにラクシュミに聞いてみた。
ラクシュミは『そのようだ』と返答してきた。
─なんで寝てるんだ？
─寝てるというか……しばらくゆりは３人目になってる
─え……
─久しぶりだ。ハザークも今のうちに会っておけ
三人目？ それってガ……
「ハザークは思いだしてはっとした」
今王妃にガーベラが！？
ハザークはすくっと立ち上がっていた。
「パパ、どしたの？」
横にいたミシェイラが不思議そうにハザークを見上げていた。
「今王妃はどこにいるんだ？」
「うーんと、へやかな？」
「いこう！」
ハザークは足を一歩前に出したが、すぐに引っ込めていた。
「いや、でも、用がないと……うーん」
ハザークが部屋の中をうろちょろしだしたので、侍女が首をかしげていた。
「ミシェイラ、何か王妃に用はないか？」
「ないよ」
ミシェイラはすぐに答えていた。
「え、な、なんかあるだろ？
「なに？」
「うーん……何か用を作れ」
子供には難しい話である。
「ただ会いに行くだけではいけないんですか？」
侍女が聞いた。
「ただ会いに？ そんな、恥ずかしい。そうだ、ミシェイラ、王妃を庭園に誘いだしてくれないか？
偶然通りかかろう」
ハザークはうれしそうに言っていた。
「マーをおにわにつれてくの？」
「そうだ。頼む。王妃を庭に連れて行ってくれ」
「わかったー」
ミシェイラはぱっと瞬間移動で消えた。
「か、鏡」
ハザークが棚に置いてある鏡を見て、自分の髪を整えていた。何とも珍しいことである。
「ハザーク様、王妃様に一体何が？」
侍女でなくても不思議に思うだろう。
「いや、別に何もないぞ。何もない。何も何も」
ハザークはそわそわした様子で部屋を出て行った。
（そういえば、ハザークは以前、ガーベラの性格にがっかりしてたっけ……）
ラクシュミは王の間でそのことを思いだしていた。
（あまり喜んでないかもな）
「王、王妃はまだ部屋にいらっしゃるようですよ」
その時番兵が声をかけてきた。
「そ、そうか……」
ラクシュミも朝からそわそわしてガーベラのことを気にしていたのだった。
そのころミシェイラは、ハザークに頼まれた通り、王妃の部屋にやってきていた。
「ねえーマー、おにわにいこうよ。パパがくるんだってー」
「おにわ？ いいわよ」
その時部屋にはイシュタールがいた。イシュタールは、妖精が何か困ってないか様子を見に来ていたのである。
「ダーリンもいく？」
「え？ 私ですか？ いえ」
「いこー」
「あ、赤ちゃん……」
「侍女に頼んでおきますよ」
とイシュタール。
ミシェイラはガーベラを連れて移動してしまった。
「ダーリン……以前聞いたような……」
イシュタールはその言葉になつかしさを感じていたのだった。
ガーベラは一瞬で庭園に移動していたので驚いていた。
「ミーちゃんすごいね」
「えへへ」
ミシェイラはうれしそうである。
「今日もいい天気ね」
空は青かった。これから日差しが強くなりそうだ。ミシェイラははねるように小道を移動している。
パパがくるって、王様が来るのかしら？
ガーベラがそう思いながらミシェイラの後ろを歩いていると、東屋の柱を握りしめている男がいた。
金色の長い髪、ハザークである。
「パパーつれてきたよー！」
ミシェイラはハザークを見るなりいい、ハザークは「しー！」と口元に指をあてていた。
『パパ』ってお父さんってことよね？ じゃあミーちゃんのお父さんはハザーク様？
ガーベラは首をかしげていたが、そこは自分自身いろいろな男の子供がいるだけに、
（まあいいか）とあまり気にしなかった。
「ハザーク様、何してるの？」
ガーベラは東屋に近づいて聞いてみた。
「え、いや、別に、ただ、偶然きたら王妃がいただけで……」
ハザークはしどろもどろになりながら、柱から手を離していた。
ミシェイラは花壇の花をむしっているようだ。
ハザークは何もしゃべらずに立っていたので、ガーベラが「座りません？」と促していた。
「あ、ああ……」
ハザークが東屋の木の長椅子に座り、ガーベラはその横に並んで座っていた。
「王妃、元気そうでよかった」
「ハザーク様もね」
庭園に、ジュノーとへびっちがやってきた。ジュノーは東屋にゆりとハザークがいるのをちらりと見て、
顔を前に向け、もう一度ハザークに顔を向けていた。ハザークの顔がちょっと変である。目元が微妙に
崩れているではないか。一方へびっちは、東屋の方にだっと走って行き、ガーベラに抱き着いていた。
と思ったら緑の蛇に変わったのでガーベラは驚いていた。
「ああ、びっくりした」
「へびっちだ」
「へびっち…… へびっち？」
ガーベラはどこかで聞いた名前だと思った。
あれ？ キュリアが前に育てていた蛇の名前が確か「へびっち」だったような……
もしかしてこの子がそうなのかしら？
へびっちはもしかしたらゆりの中身に気づいているのか、すっかりガーベラの膝の上に顔を乗せていた。
（ハザーク様、顔、お顔が）
ハザークの横ではジュノーが小声でハザークに話しかけていた。
「え？」
（顔がちょっと崩れてますよ）
ハザークははっと元に戻していた。
ハザークのこんな様子は初めてなので、ジュノーは「何かあったんですか？」と小声で聞いていた。
「いや、何も。何もない」
ハザークは平静を装っているが、どうもおかしい。
ジュノーは変だと思いながらも東屋を離れた。
すると、「お母さーん」といいつつ走ってくるラギとシスに出会った。
「お母さん何してるの？」
「ハザーク様といて、へびっちをなでてる」
ガーベラが答えた。へびっちは気持ちよさそうにガーベラのひざに頭を乗せたままである。
「ジュノー、母様の手を握っておきなよ」
シスは行こうとしたジュノーの腕を引いていた。
「え？」
「ほら、早く、今だけだから」
「？？？？」
ジュノーはさっぱりわけがわからなかったが、促されるままにガーベラに手を握ってもらい、その場を後にした。
「なんだか、周りが変だな？」
ジュノーは首をかしげながらも去って行った。
「マーあげるー」
ミシェイラが引っこ抜いてきた青い花をガーベラに渡した。
「ミシェイラ、父様の花壇の花はとっちゃだめだよ」
ラギが花がなくなった花壇をちらりと見て言った。
「トーはおこんないもんね」
とミシェイラ。
「そうだわ。冠をつくってあげる」
ガーベラは器用に茎を編んで、花の冠を作り、ミシェイラの頭にのせていた。
「わーい、ありがとー」
ミシェイラは花の冠を乗せてぴょんぴょん飛んでいる。
「さすが、王妃は器用だ」
「さすがお母さん」
「母様、すごい」
ハザークとシスとラギは普段見ないようなゆるんだ顔で、ガーベラを絶賛していたのだった。
神の国では、ゆりはハロルドと仲良くしまくり、女神の髪は背中の真ん中くらいにまで伸びていた。
ゆりはさらにハロルドに抱き着いていたが、ハロルドの方は疲労困憊だった。
なんだ？ 今日はやけに疲れる……
しかも、この女元気すぎる……
ゆりの瞳はらんらんに輝いていた。二度も抱かれた後なのに、まだハロルドに体を寄せている。
「今日はもう終わりだ」
ハロルドはしまいには自分から体を離していた。
「えーまだしたい。あと3回は」
「そんなにできるか！」
「軍神は絶倫でしょ？」
「……お前、なんか変だぞ？」
ここにきて、ようやくハロルドはゆりのことを疑いだしていた。
「だから、最初から変だって言ってるでしょ！ 私じゃない誰かが、誰かがいるの！」
ゆりは両手を握りしめてハロルドに訴えていた。
「誰かって誰だ？」
「さあ？ でも、誰かが憑依した感じに似てるんだけどね？ 神様の場合誰が来るの？ 私にはわからないわ」
「私にだってわからん」
「わからなくていいの。あなたは私を愛してくれればそれでいいのよ」
ゆりはにっこり笑って言い出した。
ハロルドはラーズの『体力温存』という言葉を思い出していた。
儀式が近いなら、今精力を使い切るわけにもいかない。
「ガーベラ、儀式とやらで、愛し合おう」
ハロルドは素早くズボンをはいて、さっさと寝室から出て行ってしまった。
「あ、逃げた……」
こりゃほんとに儀式が始まりそうだわ。そろそろガーベラと交代しないと、大変なことになりそう……
ゆりは裸のままベッドに座っていた。
なんだか胸の間が熱いと思い触ってみると、そこだけ熱をもっているようだった。
次第に胸の間にピンク色のものが浮いてきた。
「ん？」
まるでピンクのバラのような模様が一つ、胸の間に浮いてでてきたのである。
「花の模様……蛇紋みたい〜クーリーフンにみせたい。クーリーフンはどこかしら？」
ゆりは服を着て寝室から出た。広い部屋に移動すると、シャリィはすでにいなかった。
「クーリーフンはカサンドラのところにいくっていってたっけ。まだいるかな？」
神殿の外に出ると、空を下りてくるグレンに出会った。
「ガーベラ様、随分髪がのびましたね」
グレンはほっとした表情をしている。
「そうなの。ねえ、クーリーフンをみなかった？」
「先ほどカサンドラ様と一緒に雲の上の神殿にいらっしゃいましたよ。私はガーベラ様の様子を見に行くように
頼まれて」
「そうなの？」
「……なんだか、匂いがすごいですね」
グレンが後ずさっていたので、ゆりは自分の腕の匂いをかいでいた。
「え？ 何かくさい？」
「花の匂いが……」
「花の匂い？ 自分じゃあまりわからないけど」
ゆりが首をふると女神の髪が揺れて、さらに花の匂いが当たりに漂っていた。グレンは無意識のうちに
ゆりから離れまくっている。
「グレンったら」
「今のガーベラ様は、かなり危険ですよ」
「そう？」
ああ、裸になってグレンの上にまたがってしまいたい、とか思う私ってどうなの？ それじゃ痴女でしょ！
だめだめ。ガーベラは女神様なんだから、そんなことしないの！
ゆりは持ち前の理性で欲望と戦っていた。
「あの、元気そうなので、私はいきます」
グレンの方は逃げようとしている。どうやら女神の匂いがかなり強烈らしい。
「ねえ、グレン、一つ教えてよ。あれから、だれかと仲良くした？」
ゆりは自分でもわからにうちにグレンに聞いていた。
「あれから？」
「ほら、あなたと私の、秘密のひと時から」
「え、ああ……いえ……」
グレンは視線をきょろきょろさまよわせている。
「そうなの？ じゃあ恋人はいないの？」
「はい……」
じゃあグレンを食べちゃってもいいんだ！
ゆりは心の中の思いをあわてて消していた。
「ありがとう。もういっていいわよ。今の私は危険だから、神殿にこもってる」
「はあ」
グレンは飛んで行った。
「自分で言うのもなんだけど、危険すぎる……お願い、男がこないように！」
ゆりは神殿の中で祈っていたのだった。
ガーベラ本人だったなら、一体どうなるんだろう？
怖いけど見てみたい……
おとなしく座っていたらクーリーフンがかえってきた。
「ただいまー」
「おかえり。わたしもう限界だわ。なんか性欲が増してましてしょうがないの。見る男全部に乗りたくなっちゃう
感じなの！」
ゆりは青年版クーリーフンに訴えていた。
「ああ、そうなんだ。儀式が近いんだね。前のお母さんもおかしくなってた。でも男を連れ込まないなんて、
すごいじゃない」
クーリーフンは感心していた。
「いや、もう限界だって。ガーベラに変わってもらって。もう一人か二人と仲良くすれば、髪は戻るだろうし」
「わかったよ。夜に行ってくる。グレンとは何にもなかったの？ 期待したのに」
クーリーフンはぼそっと言っていた。
「あのね……それで雲の上の神殿に行ったんでしょ？ アシュランと話をしたの？」
「うん。カサンドラと一緒に行ったよ。いろいろ段取りを決めたから、僕もちょっとは安心したよ。
お母さん、ありがとう」
「いえいえ。あ、そうだ。みてみて、これ」
ゆりはクーリーフンに胸の間の花の模様を見せていた。
「あ、これみたことある。前回は全身に出てたよ」
「やっぱり儀式と関係あるんだ。私ガーベラと交代するまで奥にこもってる」
「別に我慢しなくても、誰かと仲良くなってもいいけど」
「いや、いい。我慢するもーん」
ゆりは奥の部屋に行き、ベッドに寝転んだ。
どうせもうハロルドは来ないだろうし、ラーズに迫りまくるのも考え物である。他の恋人たちにがっつくのも
いやだ。憧れの男たちの前では、かわいい女神のままでいたい。
まあいいや、これで私の仕事はおしまいだわ
ゆりはもんもんしながらもベッドで横になっていたのだった。
部屋にいたクーリーフンは、「やっぱりたいした精神力だね。だてにお母さんになってないな」と
改めてゆりに感心していたのだった。
人間界では夜、クーリーフンがゆりの寝室にやってきたが、ガーベラはいなかった。
ガーベラはその時王の寝室でラクシュミといた。かなり気分が元に戻ったガーベラは、ラクシュミに
竪琴を聞かせていたのだった。
ラクシュミはかなりうれしそうである。
その夜は星がきれいに輝いていた。ピンク色のガーベラの星と呼ばれている星が特に。
ガーベラはそろそろ帰る時だと星を見て気づいていた。
「私、子供たちと遊んだりして楽しかったわ。さよならって二人に言っておいてね」
「ああ、わかった」
「さようなら、王様、元気でいてね」
「ああ、ガーベラもな……」
ガーベラはラクシュミに抱き着いて、軽くキスしていた。
ゆりはガーベラと入れ替わる時に、夢の中でガーベラと会うことができた。
「髪が随分戻ったのね。ありがとう」
ガーベラはゆりの手を握りしめてお礼を言っていた。
「ううん、ガーベラは髪が短くたって綺麗で素敵だったよ」
ゆりはガーベラを目の前にして感無量だった。目にはちょっと涙を浮かべている。
「儀式があるんだって、がんばってね」
「ふふふ、相手がハロルドの時は変わってあげるわね」
ガーベラはにっこり笑って言った。
「え？ え？」
「遠慮しなくていいわ。あなたもどんなことがあるのか気になるだろうし」
「いえ、大体想像できるから、私はいいです」
ゆりは ぶるぶると顔を横に振っている。
「ふふふ、もう決めたのよ。だってねえ、あんなことは、もう何千年もないのよ？ せっかくだからあなたも体験
しなくちゃね」
「えー……」
「じゃあねー」
ガーベラは美しい笑みを浮かべて去って行った。
「…………」
ゆりは口をぽかんと開けたまま、ガーベラを見送ったのだった。
つづく
第9部
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