第67話


私も儀式に参加！？

ガーベラの儀式、一体どんなことが起きるんだろう……

まあ大体想像がつくけど……


ゆりが目覚めると、そこは王の寝室だった。ベッドにはラクシュミとレーヌがいる。


なんか久しぶりの王様だわ


ゆりが目を開けてラクシュミを見ていると、ラクシュミがこちらに顔を向けた。

「おはよー王様」

ゆりの左目は蛇の目になっていた。

「おはよう。神の国は楽しかったか？」

ラクシュミは普通にちょっと微笑んでいた。

「やっぱり、ガーベラに気づいたの？　ガーベラ、何かしてた？」

「普通に暮らしてたぞ。最後に竪琴を奏でてくれた」

「そう、よかったね」

ラクシュミは幸せそうな顔をしていた。これ以上、仲良くなった？　とかいう質問をするのもやぼである。

ゆりの左目が黒くなった。

「王様、あのね、ガーベラの髪が短くなって、それでガーベラがショックを受けて変わってたのよ」

「ガーベラの髪が？」

ラクシュミは驚いて体を起こしていた。

「髪はもうだいぶ元に戻ったの。なんでも、ガーベラにも数千年に一度儀式みたいなものがあって、それが起きる前兆だった

みたい」

ゆりも体を起こしてラクシュミにひっついた。

「へー何千年に一度ってすごいな」

「それで、私もちょっと体験しろって言われたんだけどどうしよう」

ゆりは一応ラクシュミに相談してみた。

「それはすごいじゃないか。やればいい」

ラクシュミはあっさり言っていた。

「いや、でも、儀式ってかなりの確率で性的なものだと思うけど……」

「お前はやりたいんだろ？」

「実は、巫女としては気になってるよ。でもね、あまり神様と仲良くなるってのもみんなに悪いし……」

「まあ好きにすればいいさ」

「はーい」


ゆりはレーヌを連れて自分の部屋に帰ってみた。すると、ベッドの上に小さな麻袋が乗っていた。中を開けてみると、

ガラスの哺乳瓶とゴムの吸い口が二個入っているではないか。

「あれ？　新しいのもってきてくれたんだ。よかったねーレーヌ！」

ゆりはさっそくミルクをそれに入れてレーヌにあげてみた。

レーヌは普通の顔でちゅーちゅー飲んでいる。

「よかったね。誰が頼んだのかしら？　ガーベラが？」

まさか神の国から哺乳瓶が届くとは思っていなかったので、ゆりはうれしかった。


その後食堂に蛇の目のゆりが行くと、シスとラギはがっかりした顔をしていた。

「おはよう、どうしたの？」

「ううん、なんでもないんだ」

二人はちょっと泣きそうな顔をしていた。

こうして、ラギとシスの浮かれ気分も吹っ飛んだのだった。


食後、二人はゆりに、ガーベラがいたと知っていたことを話したのだった。

「元に戻ってがっかりしたわけね」

「だってねえ」

「僕たち、ちょっと舞い上がっちゃったんだよ」

「ねえ、ガーベラは何をして過ごしてたの？」

蛇の目のゆりは二人に聞いてみた。

「別に、普通に部屋にいたよ。すごく幸せだったなあ。みんな、ガーベラの手を握ることができたのかな？」

シスが言った。

「どうだろうね。一応みんなには言っておいたけどね」

「外見が私でも違うものなんだ？」

「そりゃそうだよ。ガーベラは、美しさがにじみでてたよ。ね」

「うん。でも母様も美しいよ」

シスはついでにゆりもよいしょしていた。

ノックの音がして、部屋にイシュタールが入ってきた。

「あれ？　王妃、帰られたんですね」

イシュタールはうれしそうに言っていた。

「イシュタールも知ってたんだ」

「はい。あの妖精さん、かなり王妃に近かったですよ。だれだったんでしょう？」

シスとラギも知っていたので、イシュタールはつい聞いていた。

「妖精さん？」

「イシュタールったら、あれはガーベラだよ」

ラギはついばらしていた。

「え？　ガーベラ様だったんですか？」

これにはイシュタールはびっくりしたようである。

「そうだったんですか。やはりお二人は似てるんですね。今回は全然違和感がなかったんで驚きました」

イシュタールは前回妖精がゆりに入った時のことを思いだしていたのだった。

「今回って？」

ラギが聞き、

「いえ、なんでもないです。それでは私はこれで」

イシュタールははぐらかすように出て行った。

「ああ、また来てくださらないかなあ。ガーベラ様」

ラギは上を向いて言っていた。

「ガーベラ様によく似た私がいるからいいじゃない」

ゆりが笑顔で言うと、ラギは何も言わずに部屋を出て行ってしまった。

「失礼な」

ゆりがシスを見ると、シスはちょっとにやにやしていた。

「どうしたの？」

「だってさ、女神様と性格が似てるなんて、やっぱり母様ってすごいや」

シスはゆりに軽く抱き着いて、部屋を出て行った。



一方神の国では、ついにガーベラが自分の体に帰ってきていた。ガーベラはちらりと胸元にある花の模様に目を止めた。

「久々にあれがあるなんてねえ……」

名前もないものだが、儀式といえば儀式っぽくはある。寝室にクーリーフンが顔を見せた。

「おかえり。お母さん、立ち直ってよかったよ」

「ただいま。あれがあるのなら、サントスをやっぱりどうにかしないとねえ。サントスを呼んできてちょうだい」

「わかったよ」

クーリーフンは神殿を出た。宙に浮こうとすると、遠くから10匹ほどのピンク色の鳥が飛んでくるのが見えた。そんなに

大きくはない小鳥である。小鳥たちはガーベラの神殿の周りで口から何かを落として、飛び去ってしまった。

クーリーフンはその一つを見つけて手に取った。５センチほどの長細くて平べったい茶色いものである。植物の種のようだ。

「これが蔦の元？　鳥はどこからきたんだろう？」

空を見ると、鳥たちはもう遠い空を飛んで行ってしまっていた。どこからきてどこに行くのか、謎である。

「おーい、クーリーフン、今日は何かある？」

馬に乗ってアマンザがやってきた。毎朝やってきてくれと頼んでおいたのだ。

「ちょうどよかった。アマンザ、この種が何個か神殿の周りに落ちているから、適当に土に埋めておいてくれる？」

クーリーフンはアマンザに種を渡した。

「どこの土に？」

アマンザは種を見ながら聞いた。

「この神殿の周りだよ。僕はサントスを呼んでくるから頼んだよ」

「わかった。どこかからスコップをかりてこなきゃ」

アマンザはスコップを探しに行った。


いよいよ儀式が始まりそうな感じになってきた。クーリーフンはどきどきしながら空を飛んで行ったのだった。



「おい、オルガ、起きろ」

夜の神殿に、火の神サラディンがやってきていた。オルガは眠っていたところである。

「なんだ？」

「さっき、クーリーフンから数日は神の国から出ないように言われた。ガーベラの儀式があるとかいってたが、

一体なんのことなんだ？」

さっぱり知らないサラディンは困惑した様子である。

「ああ、いよいよありそうなのか？　」

オルガは体を起こした。

「儀式では我々がガーベラの相手をするんだぞ。だから神殿で待機しなきゃな」

「儀式って何をするんだ？」

「前回あったのはかなり前だ。覚えてないが、ガーベラを抱いたりするんだろうな。かなりの体力も持っていかれたのは

覚えてる」

オルガはさすがに「死にかけた」などとは言わなかった。

「それって、やっぱり参加しなきゃだめなのか？」

サラディンはちょっと恐ろし気な顔で言っていた。

「当たり前だ。儀式はガーベラのためっていうよりは、神の国のためにあるようなものだからな。一番喜ぶのはヒルデリア

だろう」

「なんでだ」

「ガーベラの儀式では神殿の周りに花が咲く。その花を食べると、女神の魅力が増すんだ。その花があれば、

アシュランに相手をしてもらえてヒルデリアもうれしいってわけだ」

「ふーん、なんだかよくわからんが……そういえば昔、オルガがかなり弱ったことがあったような、あれか？」

「それだな」

「……それって拒否したらどうなる？」

「火の神が腰抜け呼ばわりされてもいいのか？」

オルガはからかうように聞いていた。

「すべての女神のためだ」

「そうか、わかった」

どうやら参加した方がいいらしいとサラディンは思ったようである。

サラディンは「神殿で待機する」と帰って行った。


「いよいよとなると、ちょっとどきどきしてきたな……」

先ほど眠ったばかりのオルガだったが、すっかり目が覚めてしまっていたのだった。


ガーベラの神殿にサントスがやってきた。

サントスは中肉中背、背はガーベラよりも少し高いほどである。

顔つきも優し気で頼りなさげにも見えるが、アシュランとヒルデリアの子供だけあって神格は高い。

だが、同じアシュランの子供であるアリアスやハロルドと比べると、地味な存在である。見かけも人目を引くほどの

美男ではない。土の神だけに、毎日土をいじくってるだけで幸せなのがサントスだった。

他の神々はサントスに一目置いているが、女の妖精達がキャーキャーいう存在ではなかった。サントス自身も、

女性たちに好かれたいとも思っていない。それなのにガーベラが好きという奇妙な神である。


「ガーベラ、ああ、随分髪が元に戻ったんですね」

サントスはガーベラの髪を見て喜んでいた。

「だけど、元の長さになるにはまだまだなの。サントス、私の髪が元に戻るには、あなたの愛がいるのよ」

ガーベラはまっすぐにサントスを見つめて、サントスとの距離を縮めていた。

「え？　私の愛？」

「恋人との愛で髪がのびるの。サントス、覚悟を決めてちょうだい。私を抱くか、抱かないか」

「え……」

いきなりの選択にサントスは困惑していた。

「ごめんね。サントス。私だって、あなたとはこのままでいいかなって思っていたんだけど、状況が変わったのよ。

私の数千年に一度の神力が最高に高まる日が来るのよ。ヒルデリアよりも強い力が私に宿るの。私の望みは女性がみんな、

好きな男に愛されて幸せになることだから、きっとああいう花が咲くんだわ。その花を咲かせるためには、恋人全員に参加して

もらわないとだめなのよ。だからあなたにも参加してほしいの」

「ガーベラ……私は……」

「恐れなくていいのよ。何があっても、私はあなたを嫌いになったりしないのよ？　私をうまく抱かなきゃとか、そんなこと

考えなくていいわ。あなたはただ私を抱きしめてくれればいいの」

「ガーベラ……実はあなたに黙っていたことがあります」

サントスは、神妙な面持ちで言い出した。

「何？」

「実は、女性を抱いたことがあるんです」

「え？」

これにはガーベラも驚いた。

「え？　そうなの？」

「すいません、どうしても言えなくて……」

「いや、別にいいけど、え？　相手がカサンドラとかだったらびっくりなんだけど……」

サントスとカサンドラは一緒の神殿に住んでいる。まず相手となればカサンドラの顔が浮かんでいた。

あのカサンドラと愛し合っていたとしたら、なかなかシュールな展開である。

「まさか。あれはかなり昔のことです。そのころ私は雲の上の神殿にいたんです。あなたはもう生まれていて、

なんて綺麗なんだろうって思ってたんですが、ある夜、神殿で宴会があって、酔って寝たんですよ。朝起きたら

横に女性が寝ていたんです！」

「はあ……」

「女性は裸だったんで、もうびっくりして、まさか酔った勢いでそんなことをしてしまうなんて……」

「女性は行為があったって言ったの？」

「はい」

「で、サントスは何かした記憶はあるの？」

「さっぱりなかったんです」

「それじゃ、何もなかったのかもよ？　その女性が、あなたの恋人になりたくて嘘をついたのかもしれないし」

「しかし……」

「愛してなかった人とそうなったのがショックだったのね。サントスのそういう真面目な所、好きよ。じゃあこれから私と

愛し合いましょう」

ガーベラは強引に話を持っていった。

「でも、あなたに嫌われそうで……あなたに軽蔑されたら、私はもう……」

サントスの方は及び腰である。

「軽蔑なんてしないわよ」

「私は、あなたの恋人でいる自信がないんです。いっそのこと、これ限りと言ってくれた方がいいのかもしれない。

あなたの恋人でなくなった方が……あなたはいつも優しかったのに、すいません」

サントスはうなだれていた。ガーベラを抱くということが、どうにもサントスには重荷らしい。

他の男たちと比較されるのを恐れているのか、行為がうまくできないのを恐れているのか。

「私の恋人じゃなくなってもいいの？」

「どっちみち、私は恋人らしいことは何もしてあげてませんし……」



うーん……


ガーベラは心の中でうなっていた。今までなんどとなくサントスを誘惑してきたガーベラだったが、ここにきても

無理のようである。サントスにとってガーベラは憧れの女神で、その女神を自分がどうにかしたいなどとは、いまだ思えない

のかもしれない。

いろいろ考えていたガーベラだったが、ようやく口を開いた。

「私は愛欲の女神だけど、恋人には体を満足させてほしい、とかそんなことはいいやしないし、他の恋人と比較してがっかりしたり

なんてしないけど、あなたが私を抱くのは嫌だと思っているのは、もしかしたら私に対する思いが、男女の愛とはまた

違うものなのかもしれない。だけど、今はあなたの気持ちがどうかとか考えてる暇もないし、私はもうあなたに参加してほしいと

思っちゃったのよ。そこで、考え方を変えたわ。私たちは神なんだから、神らしく愛し合いましょう！」

「神らしく？」

「二人の神気を一つにするのよ。別に交わらなくても、抱きしめ合ってればできると思うの。私の儀式ってのは、もともと

そういうものだし。だから男たちも気力を消耗しちゃうのよ。神気が一番高まった時の私を、あなたにも見てほしいの」

「ガーベラ……こんな私に、まだ優しくしてくれるなんて……私は情けない男なのに……」

サントスは泣きそうになっていた。

「私はあなたが好きなのよ。私を抱きしめて、サントス」

ガーベラがサントスに近づいて、そっと手を握りしめた。

「ガーベラ、愛してます」

サントスはガーベラの体に腕を回した。


神殿の外では、アマンザが種を土の中に植えていた。

横にクーリーフンもいて、一緒にスコップを持っている。

「サントス、大丈夫かなあ……」

クーリーフンはサントスの心配をしているようだ。

「お母さんにその気になれないってのも逆にすごいと思うけど」

アマンザが言った。

「まあね」

「えーと、種はこれで７個かあ。他にあるかなあ？」

二人はしゃがんで草の中を探し出した。ちょっと遠くに落ちた種もあるかもしれない。

「何か落としたの？」

空からやってきたのは、風の神ウィルにだっこされたダーナだった。

「ちょっとね」

とクーリーフンははぐらかしている。

「ガーベラの髪はどうなったの？」

ダーナは地上に降りて聞いた。

「かなり元に戻ったよ」

「そうなの？　よかったわね」

ウィルが何かに気づいて寄って行った。ガーベラの神殿から出てきたのはサントスである。サントスはふらふらと

おぼつかない足取りで歩いていたのだった。

「サントス、どうしたんだ？」

ウィルが話しかけると、サントスはばたんと倒れてしまった。

「お、おい、サントス！」

「サントス、どうしたの？　なんだか、神気が弱くなってない？」

ダーナはそこに気づいていた。クーリーフンとアマンザは目を合わせてサントスに駆け寄った。

「サントス、ついに、ついに母さんを抱いたんだね」

「え？　おっついに？」

クーリーフンの言葉にウィルが続いていた。

ウィルに抱えられたサントスは、かなり幸せそうな顔をしていた。これはいいことがあった顔である。

「でも、神気が弱くなってるわよ？」

とダーナ。

「儀式が近いからその影響かな」

クーリーフンはついポロリと言っていた。

「え？　儀式？」

「お母さんの儀式があるみたい。ダーナ、よかったね」

「本当なの？　本当に？　絶対？」

ダーナはクーリーフンにぐいっと近づいている。

「かなりの確率であるよ」

「やったわ！　ありがとうガーベラ！　やったわ〜〜〜」

ダーナは興奮してあたりを飛び跳ねていた。

「サントス様、大丈夫ですか？」

アマンザが聞いた。サントスは、幸せそうな顔のままうなずいていた。どうやら意識はあるらしい。

「ウィル、サントスをカサンドラの神殿に連れて行ってくれる？」

「わかった。しかし、あの騒動がまた起こるのか。同情するよ。クーリーフン」

ウィルはクーリーフンの肩をぽんぽんたたいていた。

「ありがとう」

ウィルはサントスを連れて空を飛んで行った。


クーリーフンがガーベラの神殿に入ると、ガーベラの髪はさらに伸びていた。

「とうとうやったんだね」

「意外に面白かったわ」

とガーベラは答えた。

「サントスが？」

「ううん、こっちのことよ」

ガーベラは微笑んだ。二人の神気を交えるというのを意識的にやったことは今までなかったが、案外面白いものだった。

そして、これがなかなか気持ちがいいものだったのである。

「まあ、いろいろな恋人がいていいかー」

「ガーベラ、儀式をやってくれるなんてありがとう！　親友の私のためにがんばって！」

喜びのダーナが部屋に入ってきて、歌うように言いながら、ガーベラの手を握っていた。


神殿の外では、アマンザが再び種を探そうとしていたところだったが、さきほど種を植えた所から太い芽がにょきっと

出ているのに気付いた。

「わっ、もう生えてきた。早いなー。他にないかな？　」

アマンザはあわてて草の中を探しまくったのだった。


つづく

第９部

目次