第68話
ガーベラの神殿の周りに植えた種からは、緑色の太い蔓が生えてきた。
そして先が５つに分かれた大きな葉っぱもあちこち出現していた。
その蔓は枝別れしながら神殿を這うようにあがっていた。あたりにはいい匂いが漂っている。
アマンザは葉っぱを指でこすり、匂いをかいでみた。
「あ、やっぱりこれの匂いかあ」
葉っぱからは花のような匂いがした。うっとりするような匂いである。
「お母さんの匂いに似てるなあ。水をあげた方がいいのかな？」
アマンザは、植物の成長を助けるために水をあげたくなった。
「えーと、水をくむものっと……」
アマンザは一人のんきに植物の世話をしていたが、そのころには浮かれまくったダーナから話を聞いた
連中が話を広めまくり、神の国は大変な騒ぎになっていた。といっても女性だけではあるが。
そしてその噂もとうとう雲の上の神殿にまで届いていた。
「大至急来てくれって言われたが、なんだ？」
ヒルデリアに呼ばれて、ハロルドが急ぎ雲の上の神殿にやってきた。部屋に入ると、ヒルデリアは
これ以上はないほど極上の笑みを浮かべていた。ハロルドにバリアスができて以来かもしれない。
「おお、ハロルド、よく来た！」
ヒルデリアはハロルドに近づくと、がしっとハロルドの両腕に腕をあてていた。
「一体どうしたんだ？」
「ガーベラが美の花を作る儀式をするそうではないか。私はうれしい。なんと、なんと私の息子が二人も
ガーベラの恋人になっておるとは、なんという幸運であろう！」
ヒルデリアはかなり舞い上がっていたので、ハロルドの方はかなり引き気味だった。
「息子が儀式に出るのがなんでうれしいんだ？」
儀式に参加する男たちはかなり大変そうである。それなのになぜそれほど喜んでいるのか、
ハロルドにはわからなかった。
「儀式に参加した男は、美の花がもらえるのだよ。サントスとそなた、二人の花を私が手に入れることが
できるではないか！」
「え？ あ？」
ハロルドはまったく話が見えていなかった。
「この母のためにもがんばっておくれ」
ヒルデリアはハロルドのたくましい身体を抱きしめていた。どうやら、二人がもらう花の行き先は、すでに
決定済みらしい。覆そうものなら大変なことになりそうだ。
「なあ、美の花って、ヒルデリアももらえるんだろう？ いっぱいあればその分美しくなるとか、そういうものじゃ
ないんだろ？」
「それはそうじゃ。だが、花はいっぱいあるに越したことはない。私の娘たちにもせがまれようしのう」
「そうか……」
ハロルドはヒルデリアの顔をじっと見ていた。ガーベラが『ヒルデリアにしわでもできてたりして』
なんてことをいったので、つい気になったのである。
ヒルデリアの顔にしわはなかったのでハロルドはほっとしていた。
「花などなくてもヒルデリアはずっと美しいと思うが」
「ほほほ、楽しみじゃのう。サントスは来ぬのう。そなた、サントスにもよろしく言っておいておくれ」
ヒルデリアはハロルドの背中をばしばしたたいている。
「あ、ああ」
ハロルドはヒルデリアの神殿を後にした。
ヒルデリアの頭の中は花でいっぱいらしい。
あんなに楽しみにしているのに、美の花とやらが咲かなかったらどうなるのだろうか。そっちの方が何やら怖いと
ハロルドは思った。ヒルデリアは美しくなりたいというよりも、アシュランに相手をしてもらいたいのだろう。
浮気癖のあるアシュランも、息子としては困ったものではある。同じ男の立場からすれば、同じ女だけを
一万年も愛し続けるのは苦行に近いだろう。
「サントスか、サントスはがんばれるのか？」
ハロルドはそっちが気になり、サントスに会いに行くことにした。
ハロルドがカサンドラの神殿に行ってみると、サントスはベッドの上でぐったりしていた。
「どうしたんだ？」
「どうやらガーベラと仲良くなれたらしい」
カサンドラが説明した。
「本当か？ それでなんで寝込んでるんだ？」
「さあ、それはわからぬが、ガーベラの儀式のことは、すでにかなり広まってしまったようだよ」
「そうか。ヒルデリアはもう有頂天だったぞ。カサンドラはどうなんだ？ やっぱりうれしいのか？」
男に興味がないカサンドラは今回のことをどう思っているのか、ハロルドはちょっと気になったのだった。
「まあな、神の国に変化があるということは面白いことではないか」
「カサンドラも花をもらって喜んだりするのか」
「ガーベラと男たちの愛の結晶だからのう。みなで大事に使わせてもらおう」
カサンドラもそれなりにうれしいようである。
「ふーん、そうか……」
「ところで、キュリアはここで寝ておるよ」
「え？ そうなのか？」
「ネルに会いに来て、それから二人で寝てしまった。まだ起きぬようじゃ」
「最近寝すぎじゃないか？」
「ガーベラの儀式が影響しておるかもしれぬがのう……」
「そうか？ まあ、連れてかえるか」
ハロルドは眠っているキュリアを抱き抱えて連れて帰った。
夕暮れ時、アマンザが水をあげた植物は、ついにはガーベラの神殿を覆うまでになっていた。
太陽の光を入れるための窓もふさがれてしまっている。
「すごい速さだね」
「そうだね。立派になったなあ」
アマンザとクーリーフンは、神殿を外から眺めて感嘆している。
「前回もこうだったんでしょ？」
「だったかな？ 忘れたよ」
「それにしてもこの植物、いい匂いだよね」
「そうだね」
あたりが賑やかになってきた。アマンザとクーリーフンは周りをみている。やじうまがガーベラの神殿に
集まりだしたのだ。20人ほどの妖精が近くにいた。
「ガーベラ様がみたい」
「ガーベラ様〜」
「ガーベラ様〜」
男の妖精達も興奮気味だった。この甘い匂いのせいかもしれない。
「儀式はいつから始まるの？」
アマンザが聞いた。
「さあ、明日からかなあ？」
空からグレン飛んできた。
「これは、すごいですね」
グレンは神殿の周りを覆う蔓を見ながら言った。
「グレン、君も儀式に参加したら？」
クーリーフンはグレンの耳元で聞いた。
「いえ、遠慮します」
グレンは冷静な顔で即答した。
「内容も聞かないで、つまんないなあ」
「つまんないとか面白いとかいう話ではないですよ。妖精が近づかないように、神殿の周りに縄を張りますか？」
グレンは真面目に話を進めている。
「縄なんて効果があるのかな？」
「アシュラン様に縄を作ってもらいますので」
「そう、それなら効果ありそう。妖精がお母さんとするとやばいからね。前回は一人消えちゃったんだよ」
クーリーフンはアマンザに言った。
「えー、消えちゃったの？」
「妖精が一人こっそり神殿に入ってきて、お母さんとしちゃったみたいなんだ。妖精は恍惚の内に消えたようだから、
まあ幸せだったかもしれないけどね、お母さんは悲しんでた」
「そう……強烈なんだね」
「そうなんだよ。妖精にはちょっと耐えられないみたい」
グレンは妖精達と共にガーベラの神殿から２メートルほど離れた所に杭を打ち、金色の縄を張った。これで妖精は
縄の中に入ることはできない。
見物人たちは縄の外からガーベラの神殿を眺めていた。
ガーベラの神殿を覆った植物、この植物から一体どんな花が咲くのか、みんなわくわくしているようである。
「明日から始まりそうだな」
雲の上の神殿にて、ガーベラの神殿の様子を床に映してみていたアシュランが言った。
「一体なんでガーベラにだけこういうことがあるんだ？」
聞いたのはそばにいたアリアスである。
「さあなあ、しかし参加できないのが残念だ」
アシュランは心底残念そうだった。
「儀式の最中なら、ガーベラと浮気しても、花をやればダーナは逆に喜ぶかも……」
アリアスはそんなことをつぶやいている。
「何せ女たちは花のことしか頭にないからな。花なんぞなくても、私はアシュランと違って、ダーナの相手は
してるのに」
「私と違ってってのは余計だ。まあいいじゃないか。こういう祭りがあるのは楽しい」
「祭りに参加したい」
「私だって参加したいくらいだ」
アリアスに続きアシュランも言っていた。どうにも困った男たちである。
そのころ、音楽の神ラメーンの神殿では、ラメーンが床に眠るシャリィを揺り動かしていた。
「君、眠るだけならガーベラの神殿で寝たらどうかね？」
シャリィは昼間ここにやってきてからずっと眠っているのである。奥のベッドで寝かせたのだが、広間に戻ってきて
床に寝てしまうので、床に布を引いていた。
「君、起きなさい」
シャリィは眠ったままである。
「大丈夫か？ この子」
その時、ようやくシャリィが目を開いてむくりと起きあがった。
そしてふらふらと神殿の奥に行ってしまった。
シャリィは奥のベッドに上がり、勝手に寝てしまった。
「なんだ、この子は？」
ラメーンはわけがわからなかったが、まあいいか、とそのままにほっておいたのだった。
夜が更けて、朝になった。人間界の聖地にあるガーベラの神殿にも変化が訪れていた。神殿の周りには大量の
花が落ちていた。色とりどりの小鳥たちが早朝からせっせと花を運んでいる。ガーベラの神殿は今までにないほどの
光を放っていた。神官たちは、その光で、「ガーベラ様に何かが起こったに違いない」と察したのだった。
「急遽、ガーベラ様の祭りをしましょう！」
「そうだ。祭りをしましょう！」
聖地もにぎやかになってきた。
そして神の国の朝、ガーベラの神殿からはすさまじい光が上がり、太陽の神アリアスは、空駆ける馬車の中から、
「こりゃすごいな」とつぶやいていた。この朝はガーベラの神殿だけではなく、あちこちで異変が起きていた。
「お父さん、起きて」
火の神殿では、身体を揺さぶられたサラディンは目を覚ました。その目が奇妙に細まっている。
ベッドの横に赤い髪の見知らぬ女が立っているのである。
「だれだ？」
「ルティアナよ。大きくなっちゃった」
「おおきくなっちゃった？」
サラディンはがばっと飛び起きてその女を見た。赤い髪は腰までで軽くウエーブがかかっている。
豊満な胸、くびれたウエスト、気が強そうで目鼻だちがくっきりしている見事な体格の女がそこにいた。
美女といってもいいだろう。
「みて、このおっぱい、すごいでしょ？」
大きくなったルティアナは嬉しそうにボールのような自分の胸を触っていたのだった。
「……ギャー！！！！」
火の神殿からはサラディンの悲鳴が上がっていた。
そして水の神殿では、朝娘たちを見に行ったラクアが、部屋の中で立ちすくんでいた。
ベッドに並んで寝ていたのはかわいい子供たちではなかった。水色の髪の大人の女が二人寝ているではないか。
「どういうことだ？ 一体何が起こったんだ？」
ラクアがぶつぶつつぶやいていると、二人が目を開けた。
「トトサマおはよー」
「おはよー。あれ？ 何これ。へんよ」
「ユリアナ？」
「イオナ？」
「「なんでおおきくなっちゃったの？」」
二人はきょとんとしてお互いの顔を見ていた。流れる滝のような美しい髪の女性たちである。
優しげで、美しく、綺麗な青い瞳の二人は、すらりとしていたが胸はどちらも結構大きかった。
顔立ちはやはり似ている。
「どうしよう……どうしよう、どうしよう！ そうだ、隠さなきゃ。隠さなきゃやばい。あーどこに隠そう！」
ラクアは完全に混乱し、部屋の中を行ったりきたりしてた。
「トト様、なんか服ちょうだい」
「ふくー」
「ああ、服？ 服、服、きみらの服なんてないよ。ちょ、ちょっと待ってて、妹達に頼んでくるから。絶対、
絶対に外に出ちゃだめだ。いいね？」
「「はーい」」
「どうしよう、どうしよー！！！！」
といいながら、ラクアは神殿を出て行った。
そして虹の神殿では、ラーズが大きくなったサーラを見て唖然としていた。
「もーやだ、じゃま。かみきって！」
サーラは大人ほどは大きくなっていなかった。だが、以前に比べてかなり成長している。 なにせ、ラーズの
お腹あたりまで身長があるのだから。くるくるとした巻き毛は腰まであったが、サーラはそれがうっとおしいようだった。
サーラの服がないので、仕方なくサーラはラーズのでかい服を着ていた。大きな目の女の子である。
いろいろな色彩が混じった瞳は、やはり印象深いし、背中の翼もかなり大きくなっていた。
「やだもー、もとにもどして！ 背中も重いよー」
「いやー夢だろ。夢にしといてくれ。なんで急にでかくなったんだ？」
「しんないよ！」
「しかも中身が全然変わってないし……」
「髪きって！」
「切るの？ もったいないだろ」
「うっといのやなの！ すぐきって！」
「はー……なんだこりゃ」
あまりの展開にラーズは戸惑いまくっていた。
そしてハロルドの神殿では、大人になったキュリアはすでに召使の妖精達に着替えさせてもらい、
ジェイクは綺麗なキュリアを絶賛しまくっていた。
「姉さん、綺麗だよ。お母さんに似てるよ！」
「そう？ありがとう。うふ」
大人になったキュリアは美しく、ガーベラほど豊満な体つきではなかったが、素晴らしい
プロポーションである。金色の巻き毛もガーベラ譲り、その顔も、娘たちの中では一番
ガーベラに似ているかもしれない。
「お父さん、本当にきれいですよね。ね」
ジェイクは感心してキュリアをみている。
部屋で腰に手を当ててポーズをとるキュリアを見ながら、呼ばれてやってきたハロルドはすっかり固まっていた。
「どうなってんだ？ なんでいきなり大人になったんだ？」
「さあ。まあいいじゃないの。父様」
「いいわけないだろう！ アシュランに戻してもらおう！」
「えーやだー」
「やだじゃない！ 来い！」
ハロルドはキュリアの手をひっぱり、強引に神殿を出て行った。
そしてカサンドラの神殿では、すでに大人の服に着替えたネルは、大人になってうれしそうに
部屋の中でくるくる回っていた。
「綺麗にになったのう」
カサンドラもうれしそうだった。
「本当ですか？ お父さん、どう？」
ネルは土色の肌はそのまま、茶色い髪は肩までの長さで軽くウエーブがかかっていた。
茶色い瞳のすらりとした体つきの女性である。
「サントス、サントス、大丈夫か？」
サントスはすっかり青い顔になっていた。
「いやだー。もっと、もっと、かわいいネルと遊びたかったのに……うう」
しまいにはサントスは泣き出してしまっていた。
「お父さんったら、大人になっても遊べるからー」
「ううーネルー……」
「大丈夫よー私は大人になってもお父さんといるからね」
ネルはサントスを慰めている。
音楽の神ラメーンの神殿では、ラメーンが柔らかい感触に目を覚ますと、横に女が寝ていた。
「ん？ ちょっと、き、君！？」
結構豊満な胸の妖精だが、どこか愛の妖精シャリィに似ている。だが、明らかに大人に成長していた。
大人になってもかわいらしい。金色の髪は大き目のウエーブがかかり、ふわふわしていた。
シャリィは真っ裸だったのでラメーンは目のやり場に困り、驚きまくっていた。
「君はなんで裸っていうか、なんでここにっていうか、どうしたんだ？ 成長したのか？」
ラメーンもどこに的を絞って驚けばいいのかわからないほどである。
シャリィは裸のままラメーンに抱き着き、ラメーンは「わーわー」悲鳴をあげていた。
「服を着ろ！ 着なさい！ 頼むから」
シャリィは体を離すと、親指と人差し指を合わせてハートを作っていた。
指の間からピンクのハートが飛び出して発射されていた。至近距離だったので、ラメーンはそれを
もろにくらっていた。どうやらシャリィの技もグレードアップしているようである。
「うわっ何する！」
シャリィはラメーンに抱き着いていた。
そしてグレンの神殿では、グレンの娘ライサもすっかり大人になっていた。服がないのでライサは
グレンの服を借りている。グレンは大きくなったライサを見て、口をぽかんと開けたままだった。
「お父さん、今までお世話になりました。これで私もようやく一人前ですね」
「…………」
ライサは首までの金色のストレート、顔立ちは整っているのだが、どこかミステリアスな印象を与える女性だった。
「私って、大人になってお父さんに似てきましたよね」
ライサが鏡を見ながらいって、グレンはどきりとした。
そう、ライサの顔は、ちょっとグレンに似ていたのである。ライサはグレンの目元を優しくした感じではあるのだが
ぱっと見、冷ややかにも見える。
「しかし……大きくなったな……私とそんなに身長が変わらないじゃないか」
「そうですね」
並んでみると、ライサはグレンの頭半分ほど小さいだけだった。ライサの体格も、がっしりはしていないが、
手足にはしなやかな筋肉がついていた。やはりそこは職業柄ということなのだろうか。
「では、アシュラン様に会いにいきましょう」
「え？」
「早く見せたいんです。行きましょう」
「えー……」
ライサは気乗りしないグレンを引っ張って行った。
雲の上の神殿では、朝から騒ぎが起こっていた。
ハロルドとキュリアに加えて、サラディンとルティアナもやってきて、男二人は
アシュランに娘を子供に戻せと訴えていたのである。
キュリアとルティアナは二人であーだこーだ言っていた。女というものは、ライバル心が芽生えるらしい。
「胸は私の方が勝った〜」
とルティアナがいえば、
「これでちょうどいいもんね。私の方が美人」
とキュリア。
「今すぐ戻せ。すぐ戻せ」
「そうだ。早く子供にしろ」
ハロルドとサラディンは二人でアシュランに詰め寄っている。アシュランは娘二人をみて、
「どっちもいいなあ」などといい、二人の神経を逆なでさせていた。
「ふざけるな！」
「せっかく大人になったんだからいいじゃないか。どっちもきれいだし」
「じょーだんじゃない！」
「そうだ。冗談じゃないぞ！」
「それよりも、ガーベラのところに行かなくていいのか？ 儀式が始まるんだろ？」
「「儀式どころじゃないわ！」」
二人が同時に答えていた。その時、裏手からおつきの妖精が一人やってきてアシュランにささやいた。
「え？ ライサも大人になった？ おおーここに呼べ呼べ」
裏手から入ってきたライサは、キュリアとルティアナを見て驚いていた。
「えー二人も大人になったんですか？」
「ライサもなんだ」
「すごい偶然よね？」
ライサの後ろからグレンも入ってきた。グレンはちょっと居づらそうである。
「おーかわいいじゃないか。ライサ」
アシュランはライサに笑顔を向けていた。
「本当ですかあ？」
「グレンの妹みたいになったな。ネルやサーラはどうだろう？ ガーベラの娘がみんな大人になってたりしてな。
グレン、みんなを呼んで来い」
「はい、わかりました」
グレンは裏から出て行った。
グレンがそれぞれの神殿に行かなくても、ネルとサーラ、ユリアナとイオナもちょうどここに向かっていた。
アシュランの間には大人になりたての女神が6人と大きくなったサーラ、それぞれの父親とカサンドラがいた。
話をきいたヒルデリアもやってきている。
「いやー圧巻圧巻、皆美しいじゃないか」
アシュランは見事とばかりに拍手していた。喜ぶ娘とは対照的に、父親たちは沈んでいる。
「本当に皆美しい。立派な女神ですよ」
とヒルデリアも祝福していた。
ほめられてもさっぱり喜ばないのが父親たちである。
ラクアとサントスも、「子供に戻せ」とアシュランに訴えていた。
「わたしも、やだ。もどりたい」
とサーラ。サーラは髪がいやだというので、後ろで大きなみつあみにされていた。ラーズが
もったいなくて切れなかったのだ。
キュリア、ネル、ルティアナ、ユリアナとイオナは互いの顔を見合ってわいわい言っていたが、
離れた所にいたライサが、しくしく泣きだしていた。
「ど、どうしたんだ？」
グレンが聞いた。
「私だけ胸があんまりない。私はガーベラ様の娘じゃないんだ」
「え？」
「やっぱり違うんだあ……」
「元から違うって言ってるじゃないか」
「しくしく……」
ライサは本気で泣いていたのでグレンは口を閉ざしていた。あれこれ言うとさらに泣きそうである。
キュリア達がライサに近づいてきた。
「同じ時に大人になったんだから、何か関係あるんじゃない？」
「でも……おっぱいが……」
「それだけあれば十分だ。美しい身体ってのは均整がとれている身体を言うんだぞ。他のみんなが
大きめなだけだ」
アシュランが言い、ヒルデリアとカサンドラがアシュランをじろりと見ていた。
「サーラはないよ。おっぱい」
サーラが胸を張っている。サーラはまだ子供なので、当然胸もそんなになかった。
「お母さんと関係なかったら、同時に大きくならないわよ。きっとお母さんの娘なのよ」
ルティアナがライサを慰め、ライサは涙を拭いていた。
「こんなの困るよ。心配で娘たちから離れられないよ！」
ラクアは心底不安そうな顔をしていた。
「このままずっと大人のままなんでしょうかねえ？」
カサンドラがヒルデリアに話を振っていた。
「どうでしょう。ガーベラの儀式の影響だとしたら、儀式が終わったら元に戻る可能性もあるかもしれないけど」
「そうですね」
「私はこのままがいいなあ」
キュリアが言い、ハロルドが「だめだ」とあっさり言っていた。
「君たち、心はまだ子供のままじゃないか。早いよ。まだ子供でいいよ」
とラクア。
「私は子供でもいいけど」
「私も」
ユリアナとイオナはどちらでもいいようだった。
「せっかくおっぱいがでかくなったのに」
と残念そうなのはルティアナである。
「私は、お父さんが泣くからもうちょっと子供でもいいかなあ」
ネルはサントスを気遣って言っていた。
「もし大人の間に男と何かあれば、二度と子供に戻ることはないかもしれない。みな、大人の間は
男と二人きりにならないようにな」
カサンドラの言葉に、男たちはみなぎょっとした表情をしていた。
「冗談じゃないぞ」
「そうだ。冗談じゃない」
「絶対いやだ！」
最後に言ったのはサントスである。
「ところで、ガーベラの儀式はどうなったのじゃ？」
ヒルデリアが儀式を気にしだした。
「儀式どころじゃない」
「そうだよ！」
「とりあえず、皆カサンドラの神殿で預かってもらうというのはどうであろうの？ ここはちょっと危険であるかも
しれんし。それならみな安心であろう」
ヒルデリアが提案していた。
「どうしてここが危険なんだ？」
とアシュランが聞いている。
「そうしましょう。みな、私の神殿においで」
とカサンドラが言った時、アシュランの間にクーリーフンとアマンザが入ってきた。
「あ、みんな、すごい。綺麗になったねえ。サラディン、君が一番だよ。早く神殿にきて」
クーリーフンは驚きもそこそこにサラディンを呼んでいた。焦っている様子である。
「え？ 私が一番？ なんでだ？ 私は今ちょっと、そういう気分じゃないんだが……」
サラディンはどぎまぎした様子だった。
「お母さんが決めたんだからもうだめだよ。行ってよ。次はラーズだからね」
「おう！ わ、わかった」
ラーズはすぐ返答していた。
「いやーすごいなあ……みんなきれいだね。女の子はみんな大人になったんだ……サーラちゃんは、大人じゃないのか」
アマンザは女神たちを見回してぼんやりした様子である。。
「アマンザ、誰が一番好みだ？」
アシュランが聞いていた。
「え？ いえ、僕は好みとかは別に……」
女性陣がみなアマンザを見ていたので、アマンザにもこたえられなかった。
「私、お母さんにも見せたい。神殿にいってもいい？」
キュリアがクーリーフンにお願いしていた。
「だめ。今のお母さんはちょっと強烈だから、君たちは会わない方がいいよ。サラディン、早く」
「カサンドラ、ルティアナを頼む」
「わかった。安心していっておいで」
サラディンは後ろ髪がひかれつつも、クーリーフンに連れられて行った。
「順番は決まってるのかな？ 私は何番だろう？」
ハロルドの問いに、
「ハロルド様は最後ですよ」
とアマンザが答えた。
「最後って、いつだ？」
「明後日くらいになると思うんですけど、まだわからないみたいですよ。次がラーズ様で、
ジンラ様、ラクア様、オルガ様、サントス様、ハロルド様の順番です。僕が呼びに行くので、ちゃんと神殿で
待っていてくださいね」
「僕はカサンドラの神殿にいるかもしれないよ」
ラクアが言った。
「わかりました」
アマンザは去って行った。
カサンドラはキュリア達を連れて、ひとまず自分の神殿に帰ることにした。
「私は大丈夫なんで、仕事しますね」
ライサが言った。
「そう？ ライサ、くれぐれも、男と二人きりになってはいけないよ？」
カサンドラが真面目に心配していた。
「みんなに比べて私はそんなにかわいくないし、誰も何もしないですよー」
「何を言う。そなたは十分かわいらしいぞ」
「ほんとだぞ。ライオネルは絶対言いよってくるだろう。他にもあるかもしれない。短剣でも用意してやってくれ」
アシュランがヒルデリアに頼んでいた。
「わかりました。とりあえず服を着替えましょうね」
ヒルデリアはライサを連れて行き、カサンドラ達もいなくなった。
アシュランの間はアシュランとグレンだけになり、グレンはかなり居心地が悪そうな顔つきだった。
「やっぱりガーベラとやったんだろ」
アシュランがズバリ聞いていた。
「やってません」
「嘘をつかなくてもいいじゃないか」
「嘘ではないです」
「グレン、ガーベラが好きなら祭りに参加しとけ。なにせ次は数千年後なんだからな」
「いえ、そういう気はないです。あちらも私など見向きもしてませんから」
「参加して詳細を教えてほしいんだがなあ。今のガーベラは力が強すぎて私にも中をのぞくことができない」
「のぞきはおやめになったほうがいいですよ」
「気になるなあ……」
アシュランは斜め上を向いていた。
カサンドラの神殿には大人数がやってきて、召使たちもあわただしく準備をしていた。
ガーベラの娘たちが大人になった噂も神の国に飛び交っている。今度は男たちが騒ぎだしていた。
ラクアとハロルド、サントスは落ち着かない様子である。３人を見たラーズは、（サーラがまだ子供のままで
よかった）と思っていた。
神殿にラメーンがやってきた。ラメーンは妖精を一人つれてきている。
「カサンドラ、この子を預かってくれ。ガーベラの神殿は今は入れない」
ラメーンはシャリィを差し出していた。シャリィを見た一同はまたびっくりである。
「シャリィ？ かわいい！」
「ほんと、髪ふわふわしてる。かわいいー！」
「顔小さいね！」
ラメーンはキュリア達を見て、「こりゃすごいな」とさすがに驚いていた。
「なんでみんな同時に大人になったんだ？」
「ガーベラの儀式の影響らしい」
カサンドラが答えた。
「そうなのか」
そこにダーナとアリアス、ウィルまでやってきた。
「おー。本当に大人になってる。みんなきれいだなあ」
「本当だな」
アリアスとウィルは感嘆していたが、ダーナはショックを受けているようだった。
「なんてこと。綺麗な女神がこんなに増えるなんて……」
「もう話を聞いたのか？ 随分早いな」
ハロルドが呆れたように言っていた。
「風の妖精が噂しまくってたぞ。いやしかし、これだけそろうと圧巻じゃないか。みなかわいい」
ハロルドはキュリアに「アリアスに近づくなよ」と言っていた。
「今の聞こえたぞ」
とアリアス。
「聞こえるように言ったんだ」
「ガーベラ似でよかったなあ。キュリア」
アリアスはお返しのように言っていた。
シャリィはアリアスに近づいて、腕を組んでいた。
「お？ 君は愛の妖精か？ 君も大人になったのか。かわいいなあ」
シャリィはアリアスにべたべたくっついて体を寄せている。
アリアスはにこにこしていたが、横のダーナの顔つきが変わってきた。
「それくらいにしておこうなー」
察したウィルがアリアスからシャリィをはがそうとしたが、シャリィは引っ付いたままだった。
「シャリィ、ラメーンにひっつきなさい」
カサンドラが言うと、シャリィはアリアスから離れてラメーンに引っ付いていた。
「カサンドラ！」
「いいではないか。妬く相手もいないのだし」
「その子、野放しにするのはまずいんじゃない？ じゃあいくわよ」
ダーナはアリアスとウィルを連れて行った。
「シャリイ、ガーベラの儀式が終わるまでは、ここにいるか、ラメーンの神殿にいなさい」
カサンドラはシャリィに言っていた。
「こらこら」
「ラメーン様はシャリィが嫌いなの？」
ネルが聞いていた。
「子供ならいいんだが、大人だといろいろまずいだろう」
ラメーンは必至に説明していたが、
「いや、子供の方がまずいだろう」
とハロルドが言い、ラーズが「そうだよな」と同意していた。
「なんでだ。朝なんか裸で横にいたんだぞ？」
「うらやましいじゃないか」
とハロルド。
「…………」
「ラメーン、今はガーベラもクーリーフンも忙しい。この子は愛の妖精だし、魅惑的であるから野放しにするのは
無理じゃ。男たちの争いの種にもなりかねん。ガーベラの儀式が終わるまではいいではないか」
「うーん……しかし、私も男だぞ。もし、何かあったらどうする？」
ラメーンは真面目な顔で聞いてみた。
「シャリィがそなたを好きならいいのではないか？」
カサンドラはあっさり言った。
「え？」
「彼女ができれば、音楽にも幅が出るじゃないか」
とラーズ。
「そうだよね」
ラクアもうなずいている。
思ってもいない反応にラメーンは逆に困っていた。
「なんでこうなるんだ」
「シャリィはラメーン様が好きなの？」
キュリアが聞くと、シャリィはうなずいていた。
「やっぱり好きなんだ」
「いや、そういう好きじゃないと思うが……」
結局、ラメーンがシャリィを預かることになってしまった。
「じゃあ、私も好きな人ができたらひっついてもいいの？」
キュリアがハロルドに聞いてみると、
「ダメに決まってるだろ。何ぬかしてんだ」
とハロルドが怒り顔で返答していた。
そのころ、大人になったライサは、新しい服を着てすいすい空を飛んでいた。
大きくなるといつもと視界が違うようにみえる。
ミニスカートの下には膝までのぴったりしたズボンをはいていた。
上はチュニックを着ていたが、首回りが開いているだけのもので、露出度はすくない。
そして腰には二本も短刀を携帯している。ヒルデリアが念のためともたせたのだ。
「これ、本当に必要なのかしら？ ヒルデリア様には相手が何かしてきたら、誰だろうと遠慮なく
刺していいって言われたけど……そんなの無茶よね？」
ライサにとってはみないい神なので、何かされるなんて信じられなかった。
「あれは冗談よね。きっと」
空の上を飛んでいると、なだらかな丘に寝そべっているライオネルが見えた。獣姿である。
「ライオネル様ーみてください。大人になったんですよー！」
ライサはつい自分の姿を見せたくて地上に降りた。
起き上がったライオネルは、「グレンかと思ったが、ライサ？ ライサなのか？」
と目をまん丸くしていた。
「そうです。ライサですよ」
「いつの間に大人になったんだ？」
「朝です。キュリア様やルティアナ様達も大人になったんですよ」
「えーそうなのか？」
「それじゃあ〜」
「待った！ ライサ、ちょっと俺と遊ぼう」
ライオネルは獣姿で言っていた。
ライサは目をぱちくりさせて、「仕事があるんで無理でーす」と言って飛んで行ってしまった。
ライオネルは飛んでいくライサの後ろ姿を眺めている。背中から見ればグレンと間違いそうだが、
よくみるとおしりが違う。
「グレンに似てるのがやだが、なかなかいい感じで大人になったじゃないか。そうだ。キュリアを見に行こう」
ライオネルは楽し気に移動したのだった。
つづく
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