第69話

「おーすげえーみんな綺麗になったなー」

ライオネルがカサンドラの神殿にやってきた。大きくなった子供たちをみて目を輝かせている。

ライオネルのしっぽがぱたぱた揺れていた。ご丁寧に、ズボンにはしっぽの穴がついているのである。

同時にジェイクがやってきていた。

「僕も大きくなりたいなあ。さっきパティウスがあわててたけど、ここに来なかった？」

ジェイクが聞くと、サントスの眉間にしわがやっていた。どうやらこれ以上聞かない方がよさそうである。

「うーん、しかし、たまにはもっとごつい女神が生まれてほしいものだがなあ。そう思わないか？　ジェイク」

ライオネルは獣の手をジェイクの肩にあてていた。

「え？　そうですか？」

「俺の感性はきっと人間に近いんだろうな。俺はたくましい女が好きだ。ライサは結構よかったけどな」

「はあ……」

「あのーライオネル様、実は疑問に思ってることがあるんですけど、人間の時と獣の時って足の長さが違いますよね？

ズボンは着替えてるんですか？」

ルティアナが突然手を挙げて聞いていた。

「いや、このズボンは実はのびるんだ。履き替えるの面倒だろ？」

「えー？　でも腰回りとか人間の時と違いますよね？」

「じゃあ見せてやろうか？」

「えーいいんですかー？」

ルティアナにキュリア、他の女神たちも興味津々でライオネルに近づいてきた。

成長した女神たちの目の前で、ライオネルは人間に変わった。

すると同時に服が人間の体型に合わせてかわっている。

「すごーい！」

みんな手をたていていた。

「すごい、どうなってるんだろう？」

ジェイクも目をまん丸くしている。

男たちは口数が少なかった。サラディンは今頃ガーベラと儀式をしている頃だろう。想像するだけでどきどきである。

「なんで私が一番最後なんだろう。ドキドキしっぱなしでいやだな」

ハロルドはぶつぶつ言っていた。

「サントスは大丈夫か？」

ラーズがちょっとうかがうようにサントスに聞いてみた。

「わかりません。でもガーベラが、あなたはそばにいてくれるだけでいいわよって言ってくれたから……」

サントスの頬はうっすら赤くなっていた。

「そうか」

「一人どのくらいかかる？」

ハロルドが聞いた。

「さー半日はかからんかなー？」

ラーズが答えた。

サーラ以外の女神たちはライオネルと楽しく話している。

そこにジンラがやってきた。

「おーこりゃすごいな……みんな綺麗になって……」

ジンラは成長した子供たちを見て言った。

「サーラはどうしたんだ？」

サーラはふてくされて床に座っていた。

「大きいのやなのーもどりたいの」

「そうか。ところで、ガーベラの神殿を見たか？　すごいことになってたぞ。植物がまきついてるんだが、

神々しい光は空にのぼっている。動物たちもあたりに集まっているし、妖精達も落ち着かない様子で

うろちょろしてた」

「おお、そうじゃ、その植物、みたい！　ちょっとガーベラの神殿にいってきてもいいか？　これだけ人がいるから

いいな？　すぐ帰ってくる」

カサンドラはいてもたってもいられない様子で神殿を出て行った。

「アマンザに聞いたが、みんなずっとここにいるのか？」

ジンラが男たちに聞いた。

「私は次だからここで待機してるわ」

とラーズ。

「僕は神殿に戻れない。誰かがいそうな気がする。娘たちをみられたらもう最後だ」

ラクアが悲壮な表情で言っていた。

「私は行く。今日明日には回ってこないだろうからな。ジェイク、お前、キュリアと一緒にいろ。絶対男を

近づけるんじゃないぞ」

「はい」

ハロルドはジェイクに頼み、神殿を出て行った。

「初めてなのに、さすがハロルドは落ち着いているな」

ジンラはハロルドに感心している。

「あれでも緊張してるみたいだよ？」

ラクアが苦笑していた。

「今のお母さんには会えないんだって。一体どうなってるんだろう？　この姿をみせたいのにねえ」

「そうよねー」

キュリアとルティアナは残念そうだった。

「俺もガーベラがみたいなー」

ライオネルも言っている。

「お母さん強烈って、いってたけど、どう強烈なのかしら？」

ネルが首をかしげていた。

「それはまあ、我々だけの秘密だな」

ジンラが言った。

一体今回はガーベラがどのようになっているのか、まだ男たちは知らない。


雲の上の神殿ではパティウスが「大人にしてくれ」とアシュランにつめよっていた。

ネルが大人になったから自分もなりたいというわけである。

「いたずら好きの大人なんていらん」

アシュランはけんもほろろだった。

「大人にならなきゃ誰かにとられちゃうよー」

パティウスはアシュランの腕をゆすっている。

「大丈夫だ。ガーベラの儀式が終われば、たぶん子供に戻る」

「本当かな？」

「ガーベラの神殿には近づかないようにな。悪さをしたら、女たちから総攻撃されるぞ」

「わかってるよ」

パティウスはぶつぶつ言いながら広間を出た。どこにいっても女たちはガーベラの話で持ち切りである。

「あー僕も大人になりたい。大人になったらさすがにいたずらはしないだろう」

前からライサがやってきた。

「あれ？　グレンかと思ったら、ライサ？　すごいね。大きくなったね」

パティウスはライサを見上げていた。

「ありがとうございます」

「グレンってば、やっぱりガーベラとよろしくしたんだ。そうだ。いたずらはしないけど、神殿から出てくる

へろへろの男たちをみにいこうっと」

パティウスはスキップしながら雲の上の神殿を出た。やはり困った子供である。


サラディンがガーベラの神殿から出てきたのは、太陽が真上にあがるころだった。

クーリーフンとアマンザに支えられて外に出てきたサラディンは、かなりやつれた様子で、ふらふらだった。

目もうつろである。

「サラディン様！」

神殿の外で待機していた火の妖精達があわてて近づいてきた。神殿の外の縄の外側にいた妖精達

もざわめいている。

「すごっ、神気がかなり減ってる。すごい。へろへろになるまでがんばったんだね。お疲れ様」

などといらぬ声をかけているのはパティウスだった。パティウスはサラディンの近くまでやってきていた。

サラディンはパティウスをにらむ元気もないらしい。妖精達に担がれていった。

「パティウス、だめだよ。からかっちゃ」

アマンザが言った。

「だって、今この時だけじゃない。あんな姿見られるのさ。次だれ？　だれ？」

「次はラーズ様、僕呼んでくる」

アマンザがいこうとしたが、「僕がいくよ！　お手伝いさせて！」とさっさと飛んで行ってしまった。

「パティウスがいくとサントス様が怒りそうだけどなあ」

「まあいいよ。君は大丈夫？　しばらく外に出ててもいいよ」

クーリーフンがアマンザに言った。なにせ、神殿の中はガーベラの誘惑の気でいっぱいだった。

大人の男ならばすぐに興奮してしまうほどである。

「僕は大丈夫だけど……」

「そうだ。シャリィの様子を見に行ってくれる？　どこにいるか知らないけど」

「わかった。じゃあちょっと出るよ」

アマンザは馬を呼んでかけていった。


しばらくしてラーズが飛んできた。

妖精達からは、「ラーズ様がんばって」と激励の声が飛んでいる。

「確かにこりゃすごいな」

ラーズは神殿を外から眺めて言った。

「じゃあいってくるわ」

「がんばって」

ラーズはクーリーフンの肩をぽんとたたき、神殿の中に入って行った。


パティウスからサラディンのことをきいたルティアナは、カサンドラの神殿にあるろうそくに火をつけて、

自分の神殿に移動したのだった。

「おとうさーん！」

サラディンはすでにベッドに寝かされていた。

「わっ　すごい、大丈夫？」

サラディンは人間が数日飲まず食わずだったかのような顔つきである。

「お母さん、どうだった？」

サラディンは口をパクパクと開けているので、ルティアナは耳を寄せた。

「ガーベラは、すごかった……」

サラディンはうつろな目でぼそりとつぶやいていた。

「どうすごかったの？」

「最高の……め……」

サラディンは目を閉じてしまった。

「お父さん！　しっかりして！」

「大丈夫ですよ。眠られたんですよ」

妖精がルティアナを制していた。

「こんなになるなんて、すごいね。じゃあ私はちょっと……」

ルティアナはさりげなく部屋を出ていこうとして、妖精に止められていた。

「どちらへ」

「えーと、どこか」

「神殿の外に出てはいけませんよ。せっかくなので、サラディン様を見守っていてください」

「えーやだあ。つまんない」

「もしくは、皆さんと一緒にいてください」

「うーわかったわ。お父さんを見てる」

「お願いします」

ルティアナはサラディンのベッドの側に椅子をもってきて座っていた。

そして妖精が油断した時を見計らって外に出ようとしたのだが、すぐつかまって連れ戻されていたのだった。

「あー男の子と遊びたいのになあ……」

ルティアナは小声でぶつぶつ言っている。その時サラディンが眠ったまま「丸焼き」と言ったので

ルティアナは驚いた。

「もしかして聞こえたの？　こわっ」

ルティアナは外に出るのをあきらめて、神殿にこもっていたのだった。


日が暮れてきた。ガーベラの神殿の周りには、妖精達や神までいったりきたりしている。

アマンザとクーリーフンに挟まれてラーズが神殿の外にでてきた。

「わっ、白目むいてる！！」

パティウスが外で驚いている。

「ちょうどいいや。パティウス、ラーズを運ぶの手伝ってよ」

「いいよ。まかせて」

クーリーフンはパティウスと一緒にすっかり元気をなくしたラーズを運んで行ったのだった。

本日の儀式は終わった。神殿の外の植物に変化はない。ただ、何かをまっているような気配である。


ラーズを運んだあとのパティウスは、わざわざハロルドを探しに行き、サラディンとラーズの様子を伝えていた。

「お前、からかうためにガーベラの神殿に行くんじゃない」

とハロルドからは怒られている。

「僕は役にたってるよ。ラーズを運ぶのも手伝ったし、そうだ、ハロルドを運ぶのも手伝うよ。

楽しみだなあ」

明らかに違うことを楽しみにしている顔である。

「絶対こなくていい」

ハロルドは嫌そうに言っていた。


死にかけるって、やっぱり冗談じゃないのか？

最初がよかったなあ……


男たちの様子を聞くにつれ、緊張感も増すというものである。こういうことはさっさと終わらせたいものである。


カサンドラの神殿では、ラクアは儀式が終わるまではここにいたいというので、ラクアとユリアナ、イオナが

泊まることになり、キュリアとサーラは自分の神殿に帰ることになった。サーラは自分ではうまく飛べないらしく、

ジェイクがペガサスで送っている。


アマンザから「シャリィはラメーン様の神殿にいるんだって」と聞いたクーリーフンは、一応迎えにいったのだが、

シャリィが帰らないというのでほっておくことにした。

「いや、私としてはかえってほしいんだが……」

ラメーンはたじたじである。

「このままここにいたら、朝にはどうなってるかわからんぞ？」

「ははっ、まあシャリィにまかせるよ。それじゃ」

クーリーフンは気に留めない様子で去って行った。

「君は、男が女と何をするか、とか知ってるのか？」

ラメーンはシャリィに聞いてみた。シャリィは首をかしげている。

「絶対知らないだろ」

音楽の妖精達が５人中に入ってきた。みな女性である。

「シャリィ、ラメーン様は好きにしていいから、お願い、ガーベラ様のお花を、お花をちょっとだけでいいから私たちに

もらってきてー」

「お願い！」

妖精達はみな必死にシャリィに頼んでいた。シャリィはきょとんとしている。

「頼んでも無駄だぞ。ガーベラの花のこともまだ知らないんだから」

「一応頼んでおけば、もってきてくれるかもしれないじゃないですか」

「私たちだって、楽器の演奏だけじゃなく、綺麗になりたいんです！」

「くだらん」

ラメーンが吐き捨てるように言った。だが、妖精達は今日ばかりはへこたれなかった。

「私たちには重要なことです」

「そうですよ」

「それにラメーン様に恋人ができるんですからめでたいことじゃないですか」

「すごく久しぶりですよね。前は……」

「うるさい。散れ散れ！」

ラメーンに追い払われて、妖精達は出て行った。

ラメーンがシャリィを見ると、またでかいハートを出して押し付けようとしていた。

「わっもうそれはいらん！　君は一体私のどこが好きなんだ？」

ラメーンが聞くと、シャリィは笛を吹いたり、竪琴を演奏する真似をした。

「そうか。私の奏でる曲が好きか。でも君は私が演奏中はいつも寝てるじゃないか」

シャリィはにこにこしてラメーンを見ている。なんともかわいらしい笑みである。

「もういい。何があっても知らないからな」

ラメーンは事の成り行きに任せることにした。

ラメーンは女神や妖精よりも、人間の女性の方が好きなくらいで、あまり女神と噂になることもない神である。

性欲もかなり薄く、音楽で発散しているくらいなのだ。

いつもならば女神がベッドに忍んできても冷たくあしらうことができるのだが、今のシャリィはガーベラの

影響か、妙に男心をざわざわさせるのである。心の奥に眠っている何かが目覚めるような、そんな気がするのである。

自分でも何もしない保証はない。


シャリィには別の部屋のベッドに眠るようにと伝えたのだが、やはりラメーンのベッドに

忍んできていた。

「君……」

「すき」

「え？　今声をだしたか？」

女性の声を聴き、ラメーンは驚いていた。

「すき！」

シャリィはラメーンに抱き着いた。ラメーンはシャリィの周りをピンク色のオーラが取り巻いているのをみた。

そのオーラに自らも包まれている。同時に、甘い花の匂いをかいだラメーンは、もう何も考えられなくなっていた。

「もっと何かはなしてみてくれ」

「好き！」

「好きしか言わないのか」

「好き」

「もうだめだ。まけた……」

妖精の力に負けるなどありえないことなのだが、今はもう理性は翼をつけて飛び立っていった。

「君を抱かずにはいられない」

ラメーンはシャリィを抱きしめて、唇を合わせたのだった。


そのころ、サラディンとラーズの寝室にも異変が起こっていた。

それぞれにガーベラがやってきていたのである。本人なのか幻なのか男たちはわからないまま、ガーベラを

抱きしめていた。儀式はあれで終わりではなかったのである。

「ガーベラ、もう君を抱くのは無理だが、こうして朝まで抱きしめてくれ……」

ラーズもサラディンも、涙を流しながらガーベラを抱きしめていた。

『いいわ。朝までずっといるわ……』

「ガーベラ、愛してる……」

ガーベラをぎゅっと抱きしめたまま二人は眠りについたのだが、あくる朝にはさらに二人は気力を

消耗し、疲労困憊の様子だったので、火の神殿ではルティアナと妖精達が首をかしげていた。

ラーズも同様のありさまである。ラーズの元にはラクアがやってきて、朝、ラーズに水を飲ませていた。

「ゆっくり休んで。ラーズ」

「…………」

ラーズは視線だけで礼を言っていた。

「ラーズ、だいじょうぶなの？」

側ではサーラが心配していた。

「大丈夫だよ。時々お水を飲ませてあげてくれる？」

「わかった」

サーラはうなずいていた。


そしてラメーンの神殿では、朝からへたくそな笛の音が響いていた。

神殿の外からうかがうように３人の妖精が中を眺めている。そこを通りがかった人間姿のライオネルは、

妖精に「何をしてるんだ？」と聞いた。妖精達はみな青ざめていた。

妖精は中を指したので、ライオネルは中をのぞいた。すると、へたくそな笛を吹いているのはシャリィだった。

ライオネルは大人になったシャリィにまず驚いていた。

「すげえ魅惑的な子になったなあ」

どうやら横でラメーンが笛を教えているようである。シャリィが笛を吹くのを横でにこにこして眺めているのである。

しかもへたくそな笛に「上手だ」などと言っている。妖精が青ざめるはずである。

「……どうしたんだ？」

「昨晩シャリィと仲良くしたみたいですよ」

「えー！まじか！」

「じゃないと説明がつかないですよ。あのラメーン様が、初心者に笛を教えてるのなんて初めてみましたよ」

妖精は驚きを通り越している。普通、楽器の初心者には妖精達が教える。かなり上達したころ、ようやくラメーンが

みるのである。初心者に親切に教えたりはしないのだ。

「君は筋がいいな」

ラメーンはシャリィに言っていた。さすがにライオネルの顔も引きつっている。

「……恋でしょうかね？　恋でここまでなりますか？」

妖精は真面目にライオネルに聞いていた。

「これこそ何千年に一度の奇跡だな。なんか、ラメーンの気、減ってねえか？」

ライオネルはそこに気づいた。

「そうですね」

「顔もなんか違うような？　そんなに激しくしたのか？？？」

ライオネルは神殿の中に入り、ラメーンにはなしかけてみた。

「おい、ラメーン、気力が減ってるが、大丈夫か？」

「ん？　そうか？　ライオネル、私はついに、このかわいらしい妖精を恋人にしてしまった。今や私の心は

愛でいっぱいだ。愛にあふれた曲を奏でずにはいられないくらいだ。だから奏でさせてくれ！」

ラメーンは竪琴をもってきて曲を奏でだした。幸せそうな表情であるが、頬がちょっとくぼんでいるのが気になる。

「君に出会うまでどれほどの年月が過ぎたことだろう〜私はずっと君を探していたのだと〜今きづいた〜」

ラメーンはシャリィを見つめながら情熱的に歌っていたが、シャリィは眠くなったのか、床に寝転んでいた。

ライオネルは途中ですごすごと退散していた。

「ありゃ、重症だな」

そして外の妖精に言っていた。

「まあ、幸せそうだから、いいかな？」

「あのラメーン様がここまでなるなんて……」

「愛の力って恐ろしい……」

「だな」

ライオネルは去って行き、妖精達はしばらく、恐ろし気にラメーンの様子を眺めていたのだった。


そのころガーベラの神殿にはジンラがやってきた。自分の父親なので、アマンザもちょっと緊張している。

「お父さん、がんばってください」

「ああ」

アマンザは、どきどきしながら、神殿の外で父親を応援していたのだった。



つづく

第９部

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