第75話
蛇の国の一族の女性は、誰でも何かしらの役割を果たしながら日々過ごしている。
主婦という概念はなく、学校を卒業すれば、女性も男性と変わりなく働いている。
戦士として働いている者もいれば、事務職のような女性もいる。
休みの日には魔力がなまらないように、闘技場などで力を使う練習もしているのである。
ゆりの恋人である男たちの恋人達も、仕事はそれぞれである。この日もあちこちに散らばっていたに違いないが、
珍しいことに彼女達全員に召集がかかった。
「朝11時までに必ず城の広間に行くこと。これは王妃命令であるので、仕事よりもこちらを優先するように」
というのである。
この命令が飛んだのが今朝１０時ごろ、全く急なことである。
彼女達に思念を回したのは、一族の重鎮、王族医師のフレイである。
フレイは彼女達に思念を送るだけ送ると思念を閉ざしてしまい、相手の質問には答えなかった。
彼女達はもちろん、恋人の不調を知っていたので、「もしや彼に何かあるのでは？」と不安な様子で、
（どういうことかしら？）とそれぞれ思念をかわしあっていた。
大体「王妃命令」というのが謎である。王妃は今まで彼女達に何かを命令したことはないのである。
よっぽど何かがあって彼女たちを集めるのではないのか？ と想像するのも無理はない。
それとは別に、王妃の恋人の彼女以外の女性も呼ばれていた。こちらは、
「緊急お茶会をするので今日の１１時に城の広間に来るように。これは王妃命令なので必ず来るように」
というのである。
「緊急お茶会ってなんだろう？」
北の国境にいたユリウスは、フレイからの思念を受け取り首をかしげていた。
（王妃が呼ぶからには何か大事な用があるに違いない）
ユリウスは上司に、
「１１時前に抜けさせてください。用事ができまして」
と告げた。
「ユリウスも王妃様に呼ばれたのか？」
と上司が聞いた。
「え？」
「何人か呼ばれてるみたいだぞ。なんかすごい発表でもあるんじゃないか？」
上司はそう思ったようである。
「すごい発表？ なんでしょうか？」
「さあ。行けばわかるだろう」
「はあ……」
「もう上がっていいぞ。すごい発表があったら教えてくれ」
上司は興味津々だった。
「すごい発表……なんだろう？ また妊娠されたとか？ うーん」
ユリウスは気にしながらも、１１時の２０分も前に城の広間にやってきていた。
広間ではパーティーでもするかのように長テーブルに椅子が置かれている。
侍女たちはあわただしく動いている。ユリウスは広間の隅に立っている女性に気づき、近づいて行った。
フリットの母、ロアンナである。
「ロアンナ様」
「あら、もしかしてあなたも呼ばれたの？」
ロアンナがユリウスに聞いた。
「はい、ロアンナ様も？」
「そうなの。カーラも来るみたいなんだけど、何かしらね？」
「カーラ様も？」
「30人くらい集まるみたいよ？」
「そうなんですか？ パーティーみたいですね」
「そうよねえ。彼女達に聞いても何も教えてくれないし……」
侍女は黙々と働いている。
広間にジュメがやってきた。ジュメはユリウスを見て驚いていた。
「ユリウス様も呼ばれたんですか？」
「ジュメも？」
「王妃の恋人の彼女は全員集合なんですよ」
「そうなのか？ 私はなんでだろう？ ところでイシュタール殿は元気になったか？」
「昨日よりは。今髪の色がおかしなことになってて、元の色に赤い色が混じってるんです。妖精としての力が戻ってきている
証拠みたいです」
「そうか」
ユリウスは緑に黒に赤が混じった髪のイシュタールを想像していた。なかなか派手である。
「わかったわ、フリット達がなぜああなったか、王妃が説明してくださるんじゃないかしら？」
ロアンナはひらめいた。
「私は関係ないですがねえ」
とユリウス。ユリウスの恋人はジェナサイトである。ジェナサイトは今回男たちが寝込んだことにはまったく関係がないはずだ。
女性がぽつぽつと集まってきた。４人一緒にやってきたシャナーンの彼女達などはちょっとおびえた様子である。
女性たちは集まるなり、「何かしら？」と話し出し、自分の彼の様態などを話していた。
起き上がれるようになった者もいるが、ミカエルはまだらしい。
カーラと娘のセリアもやってきた。
セリアは女性の顔ぶれをみて、「なんで私たちも入ってるんでしょうかね？」とロアンナに聞いていた。
「さあねえ」
１１時前になると、フレイにザメハ、ラギとシスまで広間にやってきた。４人は困った様子でも暗い様子でもなく、
ちょっとにやけた顔つきだった。これまた女たちにとっては謎である。
「一体なんなんですか？ フレイ様」
カーラがフレイに聞いた。
「すぐにわかるじゃろ。もう王妃がいらっしゃる」
ゆりと一緒に、侍女たちがティーセットをワゴンに乗せてもってきた。
「みんな集まってる？ 彼女グループで別れて座ってくれる？ ロアンナ達は４人で一つのグループね」
ゆりは女性たちを見回して声をかけていた。女性たちは移動して、恋人グループでひっついて椅子に座った。
ミルキダスの彼女は２人のままで、他は３人から４人である。
ゆりは女性たちの顔を見回していた。彼女達にそろってもらうのは初めてである。
こうしてみると、男たちの好みなども垣間見ることができる。
ミカエルやハインリヒの彼女達は気が強そうな女性たちだったが、フリットやイシュタールの彼女達は穏やかな感じだ。
シャナーンの彼女達は若く、まだかわいらしい女性たちである。
侍女がそれぞれのテーブルにティーセットを置いていったが、お茶菓子のようなものは置かれなかった。
「ちゃんと全員いる？ いない人いないよね？」
ゆりはみなの顔を眺めている。
フレイ達ははじに並べられた椅子に座っていた。
「じゃあ今日みんなに集まってもらった理由を説明します」
ゆりは一人立ったまま、説明を始めた。
そのころ城の一室のハインリヒの部屋には、息子のドルイドがやってきていた。
母親たちが城にやってきたときにドルイドを置いていったのである。ドルイドはハインリヒに「あそぼう」と言っていた。
ハインリヒはベッドの上だったが、上体は起こしていた。
「お父さんは今疲れてて遊べないんだ。元気になったら遊ぼうな」
「うん」
ドルイドはベッドに上がったり下に降りたりとせわしなく行ったりきたりしていたので、ハインリヒは足を踏まれないようにあぐらを
かいている。ひと時もじっとしていないのが子供である。ここにドルイドを連れてきて、と彼女に頼んだのは自分だったので、
ハインリヒは迷惑げな顔つきではなかった。ただ観察するようにドルイドを眺めている。
「なあ、ドルイド、最近何か面白いことでもあったか？」
「しらん」
「知りませんだろ」
「ヴァルミー♪ フフーン、うにゃにゃ〜♪ テルグイー♪ ほにゃにゃ〜」
ドルイドはうろうろしながら何かを口ずさんでいた。はっきりした言葉ではない。ごちゃごちゃしていてうまく聞き取れないが、
ようく聞いてみると、ところどころ知っている単語が入っていた。古代語である。
「その歌、こうじゃないか？ ヴァルミィ〜ファルミ〜♪」
ハインリヒは正確に歌ってみた。
「この歌、どこで覚えたんだ？」
「わかんない」
「わかんないのに歌ってたのか？」
「ママかな？」
ドルイドはまたごちゃごちゃ歌いだした。
ハインリヒは黙ってドルイドの適当な歌を聞いていた。
カレンが古代語の歌をドルイドに歌ってやったというのもないような……前世の記憶なのか？
ドルイドが大人になれば、いつか大人のドルイドと心が融合するのだろうか？
それとも大人のドルイドは消えてしまうのか？ 消えてしまうのは悲しいな……
出会ってしまった今となっては、あのドルイドを再び失うというのも悲しい話である。
「せっかくだからちゃんとした歌を教えてあげるよ」
ハインリヒは突然古代語をドルイドに教えだしたのだが、発音が難しかったために、ドルイドは途中で「もういい」と言っていた。
「そのうちに覚えような」
「やだよーだ」
「いっちょまえに反抗期か？」
ドルイドはハインリヒがいるにもおかまいなしに、ベッドの上で飛び跳ねていたのだった。
城の広間ではゆりが女性たちにいろいろ説明していたが、女性たちはさっぱりわけがわからんという顔つきだった。
だが、悪い要件でみんなを集めたわけではないらしいということは理解したようである。
今朝ゆりがクーリーフンに花をもらってから、ゆりはこの花をどうやって男たちに渡すか悩んだのだった。
男たちと儀式で何をしたのかも重要なことだったが、今は花の方が先だった。花が枯れてしまえば元も子もないのである。
唯一ハザークの所だけは簡単にことが進むだろうが、他の男たちには、この花をどこからもらったか、なぜもらったのか、
それが男たちの不調とどう関わっているかを説明しなければならないだろう。
ゆりはとりあえずラクシュミに相談することにした。今日は王の間にいけそうなほど、ラクシュミは回復している。
朝、食事中のラクシュミの元を訪れて、ゆりは二人っきりで花の話をしたのだった。
ラクシュミはぼんやりした顔で聞いていた。
「ガーベラがお前に降りて儀式をしたってのか？」
「そうみたい」
「一晩で全員と？」
「そうなの」
「私もか？」
「え？ う、うう？ うん」
ゆりは歯切れが悪く答えていた。
「私は違うのか？」
ラクシュミはゆりの様子にそう思ったらしい。
「いや、ガーベラもちらっとは出てきたと思うよ」
「……なんでミカエルと私の差がこんなにあるんだ？」
ラクシュミはそこに気づいてしまった。
「え？ それは、王様にはちらっとしか出てこなかったからじゃないかな？ ほら、王様がミカエルみたいに寝込んだら
困るでしょ？ だからきっと、私が全力で抑えたんだと思う」
ラクシュミはガーンとショックを受けた顔つきだった。
「王様？ そんな、まじにへこまなくても……ミカエルみたいに寝込みたかったの？」
「そうじゃないが……はあ……」
「話を続けていい？ それでこの花は男たちにってもらったから、配りたいんだけど、どうやって説明しようかな？
ガーベラが下りたって言った方がいいのかな？」
「…………」
ラクシュミはゆりの言葉を聞いてるのか聞いてないのかわからないくらいがっくりきていた。
王様、そんなにガーベラとどうにかなりたかったんだね……
妻としては複雑だが、相手は神である。しかも自分がとても好きなガーベラなので、ラクシュミがそう思っても嫉妬する気にも
なれなかった。むしろちょっとかわいそうとまで思いだしている。
「でもさ、ほら、この前ガーベラが私に入った時に。話もできたんでしょ？ 竪琴だって奏でてもらったんだし、よかったじゃない。
またガーベラに会えるよ。きっと。だから元気を出して」
「ああ……」
「それでこの花なんだけど……」
「お前の好きにしたらいい」
ラクシュミは結局落ち込みすぎて相談できなかったので、ゆりはラギに相談しようかとも思ったが、儀式の話をするのがいやなので
フレイに相談することにした。できることなら今日中にすませたい。
ゆりはフレイと話し、花は男たちの物になるのならば、その恩恵を受けるのは、やはりその恋人達であろうとの結論に達した。
フレイは「個別に指示を出すのも面倒なので、広間にみんなを集めてしまいましょう」と提案した。
「全員集めるの？ みんな集まれる？」
「大丈夫ですよ。今のところそう緊急なこともないですから」
「そう。全員集まってくれるなら話も一度ですんでいいわね。男たちへの話はどうする？」
「みんな寝込んでいるのだから、男たちへの話は後でいいでしょう。とりあえず、花が枯れる前に女たちに与えましょう」
「そう？」
「どういう効能があるのか、楽しみですなあ」
フレイはわくわくしながらも女たちに思念を送ったのだった。
「あ、そうだ。王様の花はどうしよう」
「王妃がもらえばいいのでは？」
「私は散々もらってるから、誰かにあげたい。この前は侍女にあげたから……ユリウスとかにあげようかな」
ゆりは考えに考えて、あと３人を選び、ロアンナ、カーラ、セリアが選ばれたというわけだった。
シャナーンの彼女が最高４人なので、それに合わせたのである。
ハザークンの元にだけゆりは自分で花を持っていき、「必ず侍女全員でわけてね。花びらを一枚づつ食べるか、お茶にしてね」
といって渡した。ハザークはまだ蛇のままである。
城の広間ではあわただしく準備が始まり、「何かがあるらしい」という噂を聞いたシスとラギがやってきたのだった。ザメハは
フレイから聞いたようである。
ゆりは、「数千年に一度しか咲かない貴重な花が手に入ったの。この花は女性にしか効果がないの。できることなら一族の女性
全員にあげたいけどそれは無理なので、こちらで選びました」というような感じで話を進めたのだった。
女性たちはゆりを見たり、ティーポットを見たりしていた。ティーポットにはすでにお湯と花が入っている。
あたりには花のいい匂いが漂っていた。
しかし、このティーポットの中に数千年に一度しか咲かない花が入っているといわれても、女性たちはぴんときてなかった。
そんな花をどうやって王妃が手に入れたのかも、女性たちには謎すぎた。
「いろいろ疑問はあると思うけど、まずこのお茶を飲んでみてちょうだい」
ゆりはみなの顔を見回してそう言った。
「あの、私たちは二人でお茶を一つもらってしまっていいんでしょうか？」
ミルキダスの彼女であるキャシーが聞いた。ミルキダスの彼女はずっと二人のままである。
「いいよ。その花はミルキダスの権利だから。もし他にお茶をあげたい女性がいたら、残りのお茶をもっていってもいいよ」
ゆりはそう答えた。
「ミルキダス様の権利とはどういうことですの？」
他の女性がゆりに聞いた。
「実は、男たちが寝込んでいるのと、この花にはちょっと関係があるの。だから、男たちが頑張った褒美がこの花だと思って
ちょうだい。詳しくは話せない。ごめん。そろそろいいかな？ とりあえずお茶をカップに入れて飲んでみましょう！」
ゆりの号令で、侍女たちがそれぞれティーポットからカップにお茶を注いだ。お茶は薄いピンク色だった。
「良い匂いがしますな」
ザメハが言った。
「そうですな」
とフレイ。
その横では、
（もしあの花が毒だったら、大変なことになるね）
とラギがシスに小声で話していた。
（それはないでしょ。神様が人間に毒を与えるわけないよ）
（冗談で言っただけだよ）
ラギだって、あの花がよもや毒などと微塵も思ってはいない。
「王妃、なんで私を呼んでくださったんですか？」
テーブルの周りをうろうろしていたゆりに、ユリウスが声をかけた。
「この花は王様の分なの。王様の花は私のだから、私が４人を選んだの」
それぞれ、ゆりにとっては思い入れがある女性たちである。
ロアンナはゆりにとっては母のような存在で、カーラとセリアは妊娠事件で大変な目に遭い、セリアは無事子供を出産した。
ユリウスは親友のような存在である。
「とてもうれしいですわ」
とロアンナが微笑んでいた。セリアはうれしそうに涙ぐんでいる。
全員がカップに口をつけた。
ゆりも、女たちも、ザメハ達も、どきどきして成り行きを見守っている。
女にしか効果がないこのお茶を飲んだら、一体女たちはどう変わるのか？
（きっとピッカーンと輝くに違いない）とゆりは思っている。
「ああ、どきどきする！」
「僕も！」
ゆりはラギ達の側に移動して、女たちを見守っていた。
全員がカップに入ったお茶を飲みほした。
それぞれきょろきょろとお互いを眺めていたが、女たちの体が光り輝くとかいうことはなかった。
「……何もおきないね？」
ラギが言った。
「まあ、ちょっと待ってみましょうよ」
とゆり。
しばらく待っていると、誰かが「かゆい」と言い出した。
「なんだかかゆい。顔が……」
「私も身体がかゆいですわ」
「体中がかゆいわ！」
女たちは自分の肌をかきだした。
女性たちの肌に変化が訪れていた。顔の肌の皮がめくれてきていたのである。
「かゆい」といいながら女たちは肌をかき、ついには肌がぼろぼろになった女性を見て悲鳴まで上がっていた。
ゆりは口も目も大きく開けたまま固まっている。
「これは一体……」
ザメハとフレイは立ち上がっていた。
「肌が……」
「肌がー！」
「かゆくてたまらない！！！」
「ああああ、肌が、肌がー！！」
「きゃーいやー！」
女たちは肌をかいたり悲鳴をあげたりで、ゆりはさながらホラー映画でも見ているような心境に陥っていた。
女たちの顔は皮膚がめくれ、かなり無残なありさまになっていたのである。
「お母さん、あれ、人間には毒ってことないよね？」
ラギはつい聞いていた。
「ええ？ まさかそんなことないでしょ！」
ゆりはまさか、と思ったが、この花を口に入れた人間は、おそらくここにいる女性たちが初めてである。あの花が人間にどのような
作用を及ぼすか、神でさえ知らないに違いない。
人間にはきつすぎるということはないのだろうか。
「まさか、まさか、そんなことないでしょ。嘘だあ」
ゆりはぼろぼろ泣き出していた。
こんなことなら私が毒見するんだったよーーーー！！！！！
「目があかないわ……」
ロアンナは目を閉じている。
「ロアンナ、みんなー」
ゆりが大泣きしてパニックになっていた時、フレイは女たちの側により、肌がむけてぼろぼろになった顔をよくみていた。
「こんなはずじゃ、こんなはずじゃ……」
大泣きするゆりをシスが抱きしめている。
「王妃、これは、古い皮膚がはがれているだけですぞ。皮膚が綺麗にはがれれば、おそらく綺麗な肌になるのではないですかな？」
フレイは冷静に女性の顔を見て診察していた。
「本当？ 綺麗にむけるの？」
ゆりは涙目で聞いている。
「きっとそうですよ」
「フレイ様ぁ……」
女たちも泣き顔だった。
「みんな、帰ってお風呂に入ってきなさい。綺麗に肌がはがれるはずじゃ。しばらくして落ち着いたら、またここに来なさい」
「わ、わかりました」
「お風呂に入ってきます」
女たちはよろよろになりながら消えて行った。
「ロアンナさんとユリウスはうちにきて。一緒に飛ぶわよ」
カーラは目があかないロアンナとユリウスに触れて、瞬間移動した。
ゆりはへなへなと床に座っている。
「母様、大丈夫だよ」
「そうだよ。大丈夫だから」
シスとラギがゆりを慰めている。しばらくして、「肌がきれいにむけたようですぞ」とフレイがゆりに伝えた。
女の一人から思念が届いたらしい。
「ああ……」
ゆりは安心のあまりぐたっとしてしまい、シスがゆりの体を支えたのだった。
蛇の目のゆりが表に出てきて、こちらのゆりはハザークの侍女の様子を見に行くようにシスに頼んだ。
シスは行ってすぐに戻ってきた。
「肌がむけたかそういうことはなかったみたいだよ。花を食べたら身体が軽くなってうきうき気分になったって」
「そう。よかった」
蛇の目のゆりもほっとしていた。
２時間ほどして、ようやく女たちがちらほら帰ってきた。
「おおっ！ これは！」
「変わった。変わったよ！」
とザメハとラギは感動の声をあげている。戻ってきた女たちの目は、きらきらっと輝いていた。
肌もつるんとし、髪もつややかである。本当に肌がきれいにむけたようだ。
「瞳が輝いてますなあ……」
「ようやくきらきらしてきたみたいね」
蛇の目のゆりもほっと一安心だった。
「ロアンナはどうなったかしら、シス、聞いてみて」
シスはロアンナに思念で聞いていた。
「目は開いてるみたいだよ」
「そう、よかった」
女たちが集まりだし喜びムードになってきたので、侍女たちがテーブルに食べ物を置いてくれた。
ゆりは「本当によかった」といいながらサンドイッチを食べている。
ロアンナ、カーラ、ユリウス、セリアも戻ってきた。４人もきれいな顔になっていた。
「王妃！」
ロアンナがゆりに近づいてきた。
「ロアンナ、あれ？ 髪の色がちょっと濃くなったんじゃない？」
ゆりはそのことに気づいた。４人とも輝いて見えたが、ロアンナとカーラの場合、若返ったような印象を受ける。
「そうなんですよ。髪がしっかりして色も濃く戻っているです。それに、目ですわ。私、実は最近視界がぼやけるように
なっていたんですよ。それが、今ははっきり見えるんです」
「本当？ よかったね！」
「はい」
ロアンナはうれしそうだった。ゆりはロアンナの後ろに、若くて強い、ロアンナの面影を見ていた。
それほど、今のロアンナの気は満ちていたのである。
「私も気力がみなぎる感じです」
カーラが言った。
女たちはみな「王妃様ありがとうございます」とうれしそうにお礼を言っていた。
「気力がみなぎってますなあ……」
ザメハは女たちを眺めてまぶし気に目を細めていた。
「本当によかったですな」
とフレイも微笑んでいる。
「王妃様、残りのお茶なんですが、もっていってもいいですか？」
ミルキダスの彼女、ジェシカが聞いた。こちらは二人だけなので、お茶がまだ残っていたらしい。
「どうぞどうぞ」
「では失礼します。本当に今日はありがとうございました」
二人はゆりに最高の笑顔を向けて、ティーポットを手に去って行った。
「そうだわ。でがらしの花を食べてみましょう」
「じゃあわけましょう」
「まあ、ご自由にどうぞ」
女たちはティーポットの中を空にして、ラクシュミに会いに行った。ラクシュミも女たちを見て、その輝きにびっくりしたようである。
「おお、気も増してみえる。すごいじゃないか。ロアンナは80歳は若返ったんじゃないか？」
ラクシュミはかなり上機嫌になってお世辞も言っていた。
「まあ、王ったら♪」
ロアンナもうれしそうである。
「これって、来年の赤い月まで持続するのか？ するといいな」
ラクシュミはラクシュミらしいセリフを言い、女たちの笑いをさそっていたのだった。
女たちはそれぞれの恋人達に顔を見せに行った。
ハインリヒの部屋に３人の彼女達がやってきている。ハインリヒは彼女の顔を見るなり、大きな疑問符でも心に浮かべているような
顔つきである。
「あれ？」
「ハインリヒ様、どうしました？」
彼女達は微笑んで聞いていた。
「なんか昼前と違うような……そろって何かしたのかな？」
「キラリーンとしてるよ！」
ドルイドが言った。
「きれい！」
「まあ、ドルイドちゃんたら♪」
「でもどうしたんですか？ 本当にきらきらと周りが輝いているような感じがしますよ。とても美しい。なんだか若くなったような？」
「これもすべてハインリヒ様のおかげですわ」
「ありがとうございます。ハインリヒ様」
「ありがとうございます」
３人は順番にハインリヒの手を握っていたが、事情をさっぱり知らないハインリヒは、首をかしげているだけだった。
フリットの部屋にも３人彼女が顔を見せに来ていた。事情を知らないフリットもかなり戸惑っていたが、王妃がなにかしたらしい
ということはわかった。フリットはさらに自分の母を見て、もっとびっくりしていた。
「わっ！ ど、どうしたんです！？」
「どう？ １００歳は若返ったでしょ？」
ロアンナは腰に手をあてていた。
「え！？ いや、でも、まあ、本当にちょっとは若くなってるような……何事ですか？ わかった。王妃がまた神の国から
何かをいただいてきて、それをもらったんですね！」
フリットの予想は、かなり当たっていた。フリットは彼女達のきらめく瞳をみて、瞬いていた。
若返ったのはロアンナだけではないだろう。フリットの彼女達もまた、出会った頃とまではいかないが若くなっている。
女たちのみなぎった気は男心をかなり揺さぶるものだった。
「王妃は若返る薬でも大量にもらってきたんですか？」
「あなたたちががんばったおかげっていってらしたわよ。それで男たちの彼女が全員呼ばれてこうなったの」
「え？ 全員？ それはすごい。で、お母さんは強引に割り込んだんですか？」
「ちがうわよ。私とカーラも呼んでくださったの」
「そうなんですか？ でも、私達ががんばったおかげって、なんですか？」
フリットにはそこがさっぱりわからない。
「さあ、あなたたちが寝込んだことについてじゃないの？」
「はあ……」
男たちはよろこぶ彼女達を見て微笑みつつも、頭の中は疑問でいっぱいだった。だが集まって話し合う元気はまだなかったので、
思念を回し合っていた。
─あの夜一体何があったんでしょうか。誰か本当に聞いてないんですか？（ジュノー）
─わからないが、あの夜のお礼に王妃が花をもらってきたってのが謎だ（フリット）
─あの夜、やはり儀式か何かしたんでしょうか？（ヴィラ）
─どこで？ 王妃の部屋で？（ハインリヒ）
─イシュタール殿、髪が昔に戻ったって本当ですか？
ミルキダスはまだキャシーとジェシカに会っていなかったので、別のことを聞いていた。
─本当だ、だが、じょじょに赤くなってる。なんか面白い
イシュタールは答えた。男たちはイシュタールの元の髪がみたかったと残念がった。
─何があったにせよ、私たちの彼女のことまで気を配ってくださるなんて……王妃はなんて素晴らしいんでしょう
シャナーンはゆりに深く感謝していた。
男たちで思念を回し合っても、さっぱり疑問は解決しなかった。
─王、王妃から何か聞いたんでしょ？ 教えてください
ミカエルはベッドの上でラクシュミに思念で聞いていた。
─うるさい。お前はしばらく寝込んでろ
ラクシュミからは冷たい思念が帰ってきた。
─え？ 何か怒ってます？
─うるさい
ラクシュミは、ガーベラが一番ミカエルをかわいがったと思い、妬いていたようである。
─王が私に怒ってるんだが、なぜ怒ってるか誰か知ってる？
ミカエルは男たちに別の疑問を聞いていたのだった。
女たちの多くは直後に恋人の元に向かったが、ユリウスは恥ずかしかったのか、ジェナサイトに会いに行かなかった。
夜になり、ジェナサイトはユリウスの屋敷にやってきて、ユリウスを見るなり後ずさっていた。
「あれ？ なんか、なんかあったのか？」
「別に、何もない」
ユリウスは澄まして答えていた。
「本当か？ フランツ、なんかユリウス変わってないか？」
ジェナサイトは椅子に座ている息子のフランツに聞いた。
「キラリンってなったんだよ」
「そう、キラリンって感じ。なんかすごく、赤い月に誘いたい感じだ」
ジェナサイトはユリウスを見て目を輝かせていたが、ユリウスも、
（ジェナサイトって、やっぱりかっこいいな……）などと思っていた。ユリウスには、ジェナサイトの周りも輝いて見えていたである。
「とにかく酒を飲もう！」
ジェナサイトは酒の用意に消えた。
「なあフランツ、ジェナサイトって、一族の男で一番かっこいいな」
ユリウスは珍しくも愛息にこんなセリフを言い、フランツは、「え？ そうかな？」とちょっと冷めた反応を返していた。
「だってそうだろ？ 目鼻立ちも整ってるし、背も高く、体つきもがっしりして男らしいし、笑うと白い歯が輝いている」
フランツは首をかしげながら、
「それ誰の事？」
と聞いていた。明らかにジェナサイトの描写ではないと思ったようだ。
「だれって、ジェナサイトに決まって」
ジェナサイトが酒瓶をもってかえってきたので、ユリウスは口を閉ざした。
「ジェナー、ユリウスがねー」
ユリウスはあわててフランツの口に手をあてている。
「なんだ？ どうしたんだ？」
ジェナサイトが聞いた。
「ユリウスがね、ジェナサイトがかっこいいってさ」
フランツはユリウスの手を外して早口で言った。
「ばかっ！」
ユリウスは真っ赤な顔であわてている。
「えーそうか？」
ジェナサイトがにかっと笑うと、ユリウスはぼんやりした顔つきになった。
「やっぱりかっこいい」
などと頬を赤らめて言っている。フランツは眉をひそめていた。
いつもクールな母がこうなると、息子の目にはかなり不気味に映るようである。
「いや、お前こそ、かわいい」
とたんに二人がべたべたしだしたのでフランツは、
「今日は一体なんなんだろう？ 赤い月が近いわけでもないのに、変な日だなあ」
とその場を離れたのだった。
カーラはキース将軍と、セリアはエルバートに会い、どちらもかなりの盛り上がりをみせていた。
あの花には自分が綺麗になるだけではなく、相手のことも素敵に見えてしまう効果があるようである。
儀式の結果、ゆりの男たちが彼女達と絆を深めるという皮肉なことになりそうだが、
ゆりはそんなことはちらりとも考えていなかった。ただただ、昼間の肌がぼろぼろになった女たちの形相が恐ろしかったので、
綺麗になって心底ほっとしていたのである。
この夜は、女たちの怖い顔を思い出してしまい、全く眠れなかった。
「本当に怖かったわー本当に本当に怖かった。もし次があったら、絶対に私が毒見をして渡さなきゃね」
ゆりは王妃様なのに本気でそう思っていたのだった。
ところで、ミルキダスの彼女達、キャシーとジェシカはティーポットを外に持ち出し、誰にあげたかというと、
懇意にしていた八百屋のおかみさんにあげていた。その女性は危篤状態で、話もできないほどだったのである。
誰もがお別れが近いと感じていた。
吸い口で女性にゆっくりとお茶を飲ませると、やがておかみさんは夫の顔を見て、
「今までありがとう。私は幸せでした」
とはっきりと言葉を発していた。
「お前ー！」
「お母さん！」
夫も息子たちも泣いていた。
「いいかい、よく聞いておくれ。私がいなくなってもちゃんと店の掃除をしてね。帳簿もちゃんとつけてね。あなたたちは
お父さんを手伝ってあげて、それから……」
おかみさんは遺言のようなことを言っていたので、二人はその場を出た。
「最後にちゃんとお別れができてよかったわね」
「そうね」
二人は本気でそう思っていたのだが、次の日店に行ってみると、葬式どころか店は開いていて、なんとおかみさんが店に
立っているではないか。これには二人もさすがに驚いた。
「あら？ お見舞いに何度もきてくれてありがとうございます。なんだか、私元気になったみたいで」
「よかったですねえ」
「本当に、見違えましたねえ」
「あなたがこんなに元気になるなんて夢みたいだよ！」
「本当だよ！ もうだめかと思ってたよ！」
他の客もびっくり仰天しているようだった。
店の主人がそっと二人を手招きして、店の横に連れて行った。
「テレーザさん、元気になってよかったですね」
「寝込んでいたのが嘘みたいですね」
二人はにこやかな顔を向けた。
「昨日くれたあれ、何だったんですか？ あの後あいつ眠っちまって、朝起きたら元気になってたんですよ。もうびっくりですよ。
あれは薬だったんですか？」
店の主人はそう思ったようだった。
「いえ、あれはちょっと高価なお茶ですよ。最後にテレーザさんに差し上げたくてもってきただけなんです」
キャシーはにこやかなまま答えた。
「ただのお茶ですかあ？」
「そうですよ。テレーザさんは死なない運命だったんですよ」
「強い人だから、病気をはねのけたんですよ」
「ですかねえ」
店の主人は頭をかいている。
「今日は快気祝いさ、安くしとくよー」
とおかみさんの元気な声が飛んでいた。
「今晩は何を作る？」
「ゼッドにもっと野菜を食べさせなきゃね」
二人は店に戻り野菜の物色を始めたので、店の主人もそれ以上、二人に何も聞きはしなかった。
こうして町ではお茶のおかげで、一つの奇跡も起きたのだった。
つづく
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