第77話
人間界、蛇の国は夏真っ盛りである。朝から気温が高く、ロイは毎日川や湖で泳ぎまくっている。
城の広間で女たちが花のお茶を飲み、３日が経っている。
ゆりは今ハザークの部屋に来ていた。ハザークはようやく人化するようになっている。
ハザークが弱った原因は、ガーベラがゆりに入って仲良くなったからだというと、
ハザークはびっくり反面うれしそうでもあった。
ハザークの侍女たちはあのお茶を飲んでから、時々若い娘のようにはしゃいでるらしい。
ミシェイラにハザークの血が入っていたと知った時もはしゃいでいたが、あんな感じのようである。
そして、ゆりはさらに恐ろしい話を聞いていた。
「どうも、５人ともへびっちと仲良くなったんじゃないかと思う」
とハザークが言い出したのである。
「え？」
ゆりもこれには唖然としていた。
「一人はそうなったというのは知っていたんだが、どうもそんな感じなのだ」
「侍女たちに聞いたんですか？」
今侍女は部屋にいなかったが、ゆりは小声で聞いていた。
「怖くて聞けない」
「へびっちが全員を誘ったんでしょうか？」
ゆりは怖い話でもするような顔で聞いていた。
「いや、たぶん、他の侍女たちが乱入したんじゃないかと思うぞ。あのお茶には、異性への興味を高める効果も
あったのかもな」
「ら、ら、乱入？」
ゆりはちょっと想像して怖かったので、想像するのをやめた。
「へびっちと仲良くしているのが羨ましくなって、全員がその気になってしまったのかもしれない」
「それでへびっちが、『じゃあみんなおいでー』っていう感じになったというわけですか？ 本当ですか？
想像じゃないんですか？」
「じゃあ聞いてみてくれ」
「私がですか？ やですよ。もしそうだったらハザーク様的にはどうなんですか？」
「我か？ まさか今になって侍女がそっちに目覚めるとは驚いたが……」
ハザークは自分の顎をなでながら言った。なにせ生まれてから、ハザークの世話をすることだけを
生きがいにしてきた女たちである。ハザークも、それが不憫だと思ったこともあった。だが、この娘たちは
ハザークの側を離れるとおそらく生きてはいけないだろう。男をみつけて外で新たな生活を始めるということは、
できないのである。相手がへびっちならば、ここに通ってこられるし、二人きりの生活を望むわけでもない。
へびっちは人化する蛇だし、女性の扱いも優しそうである。娘たちの相手としては、悪くはない、
というのがハザークの考えである。娘たちが楽しんでいるのなら、まあいいか、という感じなのだろう。
「へびっちにときめく侍女さんがまず想像できないですが……もっと落ち着いた大人が好きそうじゃないですか。
カーライル様が蛇のままいたらお似合いだったろうなあ」
「カールはただの霊だからな。まあへびっちも女王をくどいたくらいだから相当すごいだろう。逆に全員かわいがって
くれるならありがたい。誰も失恋しないってことだからな」
「はあ、なるほど……」
ハザークとしては、侍女が失恋して悲しんでたりするのがいやらしい。
５人一緒に仲良くってのも大変だわ
さすが私の息子というべきかなんなのか……
ゆりとしては複雑である。
ゆりはハザークの部屋から出た所で侍女の一人に出会ったが、にこやかに挨拶だけして別れていた。
いくらなんでも「へびっちとどうなの？」などと聞けるわけがないが、侍女の雰囲気は以前よりも
柔らかくみえた。
「みんな幸せなら、まあいいか」
ゆりは侍女たちとへびっちのことは静観することにしたのだった。
ゆりが自分の部屋に戻ると、ジュノーとヴィラがやってきていた。
「二人とも元気になったの？」
「かなり元気になりましたよ」
二人はゆりに近づいてゆりの手を握っていた。
「みんなお茶を飲んで喜んでましたよ。ありがとうございます」
「本当に」
「いえいえ」
とゆりはつい他人行儀に答えていた。二人ともゆりの顔をジーとみている。
「何？」
ゆりは二人をきょろきょろ見ていた。
「王妃は本当にお茶を飲まなかったんですね」
ジュノーが言った。
「飲まなかったよ」
「どうして飲まなかったんですか？ もう二度と手に入らないんでしょう？」
ヴィラが続けて聞いた。
「だって、私はいつもいろいろもらってるし、あの花はもともと私がもらったんじゃないんだもん」
ゆりは病み上がりの二人を椅子に座らせて、向かい側に座った。
「それがよくわからないんですよ」
「一体どういうことなんです？」
「うーん、私も全員にちゃんと説明しなきゃいけないなーとは思ってるんだけど、とりあえず二人に聞いてもらおうかな。
実は、ガーベラが神の国でものすごい儀式をしたのよ。それは数千年に一度のものでね、すごい花が咲いて、
女神がその花を食べると綺麗になる効果があるんだってさ。でも儀式の相手をした相手は、神の力が弱ってへろへろ
になっちゃうの。ガーベラは神の国で恋人達の相手をして、ついでに私のところまできて、私の恋人達と
仲良くなりたがった、とまあそういう感じで……それでみんなが弱っちゃったわけ。そのお礼に花をくれたの。
完璧にわかった？」
「「全然わかりません」」
二人は声を合わせて言っていた。
「王妃がガーベラ様になって時々遊んでるのは知ってますけど、あちらは我々に別に思い入れもないでしょう？」
とジュノー。
「そうですよ。それなのに我々と仲良くなりたがるってのもおかしいでしょう」
とヴィラ。どうやら二人の一番の疑問はそこらしい。
「ガーベラは、私の恋人は自分の恋人だって思ってるんじゃない？ 前にちゅっとキスしたし」
「かなり前の話じゃないですか」
とヴィラ。
「もうあちらは忘れてると思ってましたよ」
「実は最近、私とガーベラが数日体を入れ替えてたんだ。それで、ガーベラはみんなと話でもしたかも」
「「え？？」」
二人は目をぱちくりさせていた。
「いつの話ですか？」
とヴィラ。
「儀式の前よ。何日くらいかなあ。３、4日変わってたよ」
「……あっ、あー！ そういえば、ハザーク様がおかしなときがあった。シス様とラギ様も……今のうちに
王妃の手を握っておきなって」
「あっ！ 私も聞いた！」
ジュノーの言葉にヴィラも思いだしていた。
「あの時王妃にガーベラ様がいたっていうんですか？ え？ 嘘！！ うがー！！ もっと触っておくんだった！」
ジュノーは立ち上がって興奮していた。
「なんで入れ替わってたんです？」
ヴィラがゆりに聞いた。
「突然ガーベラの髪がかなり短くなって、ガーベラはショックを受けまくって、それで変わってって頼まれたの。
髪はじょじょにのびて、実はそれが儀式の前兆だったの。髪がある程度戻ってから、ガーベラは自分の体に戻って、
儀式をしたわけ」
「それで、ガーベラが王妃の体にやってきて、我々とまで仲良くなったというわけですか？」
ヴィラが聞いた。
「まあ、そういうこと」
「仲良くなったって、どこまで仲良くなったんですか？」
ヴィラが突っ込んで聞いてきた。
「さあ」
とゆりが首をかしげている。
「実は、私もガーベラが来た時のことはあんまり覚えてない」
「一晩でどうやって我々全員と仲良くなったんですか？」
「さー、まあガーベラは神様だから、いろいろ魔法でも使ったんじゃない？」
ゆりは自分でもあまり覚えてないのを幸いに、あいまいに答えていた。
「実は、我々全員なんとなく感じてることなんですけど、王妃と最後までしたんじゃないんでしょうか？」
ジュノーが机に両手をあててずばりといい、ゆりはちょっとこわばった顔で頬をぽりぽりかいていた。
「なんか、すごい快感を味わった気がするんです」
「王妃は本当に覚えてないんですか？」
ヴィラが聞いた。
「たぶんそうかもと思ってるけど、それを全員にいうべきかどうか、悩むところなのよね。言った方がいいと思う？」
ゆりは二人に聞いていた。
「王妃はあれほどかたくなに一線を引いてたのに、ガーベラ様に押し切られちゃったんですか？」
ジュノーが聞いた。
「まあそれもあるだろうけど、神の国に行った時に、ハロルドと仲良くなったりして、それでみんなに悪いなーと
思ったりして、私も複雑な乙女心を抱えていたの。それでもう、今晩だけはみんなと仲良くなろうって思った。
きっと」
「どうしてミカエル殿はあんなに症状が重いんです？」
ジュノーが聞いた。
「たぶん、ガーベラがミカエルをかわいがりすぎて……」
「それで王がミカエル殿に冷たいんですか？」
ヴィラがちょっと笑いながら聞いた。
「王は元気だったから、ガーベラとからまなかったってことですか？ ちょっとかわいそうですね」
とジュノー。
「全然からんでないことはないよ。でも、あんまりガーベラがでないように私が阻止しちゃったのかもしれない。私だって、
王様はちょっとかわいそうだなーて思ってるんだよ。まさかあんなに落ち込むなんてさー」
ゆりは口をとがらせていた。
「じゃあ我々はガーベラ様とからんだのかな。ああ、覚えてないのがうらめしいなあ」
「私は王妃と一つになった決定的瞬間を覚えてないのがうらめしいなあ」
とヴィラが言っていた。
「このこと、ミカエルとハインリヒにいうべきだと思う？」
「言わない方がいいですね」
ヴィラがずばり言った。
「言ったら最後、二人きりになった時に強引にされるかもしれません。王妃は今後、我々とそうなる気はないんですか？」
ジュノーの言葉に、
「実は、巫女を引退したら、そうなってもいいと思ってる」
とゆりは答えた。
「巫女を引退したら？」
「それって、かなり年いってからってことですか？」
二人は苦笑している。
「今はまだこのままの方がいいと思うんだ。みんなとそうなったら、みんなの彼女に嫉妬しちゃいそうだしね。
今回のことで彼女達がかわいく見えたんじゃない？ ユリウスとジェナサイトはかなりラブラブになってるって
聞いたよ」
二人が手をつないで歩いていたという噂がゆりのところまで届いていたのだった。
「確かにかわいく見えてますけど、あの二人ほどいちゃいちゃって感じではないですよ。たぶん、我々は
王妃と強烈な儀式をしちゃったからでしょう。ガーベラ様がついた王妃と儀式ができるなんて、男としては
最高の名誉ですね」
ジュノーが言った。
「本当にそうですよ。ミカエル殿とハインリヒ殿は危険なので、王妃じゃなく、ガーベラ様自身としたことに
しておきましょう。我々が全員にうまく伝えておきますので、王妃も特に二人に聞かれたらそう言い切ってください」
ヴィラが言った。
「わかった。じゃあ二人に頼むわ。よろしくね」
「私は、一度でも王妃とそうなれて、とてもうれしいですよ」
「私もですよ」
ジュノーもヴィラも、穏やかに言っていた。
「王妃、あのお茶をみんなにあげちゃったこと、本当に後悔してないんですか？」
ジュノーが改めて聞いた。
「してないよ。でもお茶を飲んでから肌がぼろぼろになって怖かったから、その時は後悔したけど」
「聞きましたよ。それは怖かったでしょうね」
笑い話のままその場はそれで終わった。
ゆりは二人に白状してすっきりしていた。二人にまかせておけば、みんなにうまい具合に話を回してくれるだろう。
やはりミカエルとハインリヒははぐらかした方がよさそうである。
お茶をみんなにあげちゃったこと、後悔してないかって？
「実は後悔した。やっぱり私ってばだめだわ。嫉妬深いんだわ！ 困った王妃だわ！」
ゆりは夜、ラクシュミのベッドの上で、一人告白していた。
ユリウスとジェナサイトがかなりラブラブで外で手までつないでいたという話を聞いて、ゆりはその時初めて、
男たちが彼女達と仲良くなりすぎてしまう！ と思ったのだった。
ゆりはその時、それが嫌だと感じてしまったのだ。みんなにお茶を飲ませる時は、そこまで考えていなかったのだ。
「私気づいた。今までは一線を引いてたから、みんなが恋人と仲良くしてもわりと平気だったのかも。でもさ、
深い仲になっちゃったら、他の女を抱かないでってなっちゃうんだ。やっぱり無理なんだ。王様やハザーク様が
いたって、嫉妬しちゃうんだ。だからもう、みんなとそうならない方がいいんだ……」
結局今までの仲が一番いいとゆりは実感したのだった。
「自分でもわけわからんけど、これ以上は嫉妬したくない」
まあ、本当に私が巫女を卒業するころには、みんなもかなり年食ってるし、
その時には深い仲になってもいいかも。あんまり想像したくないけど……
「でもヴィクター将軍はまだ頑張ってるけどなあ……」
ぶつぶつ言っていたらラクシュミがやってきた。
「誰としゃべってるんだ？」
ラクシュミは寝室を見回して聞いた。
「独り言を言ってたの」
「そうなのか？」
ラクシュミはベッドに上がった。
「ミカエルに何か言っただろ。にやけた口調で話しかけてきたぞ」
「そうなの？」
「王ってば妬いてたんですね、とか言われた」
ゆりはつい笑っていたが、ラクシュミは
「お前も昔はミカエルを気に入ってたなあ」
などと言っていた。
「王様ってば、そんな昔のことを……」
「冗談だ。だが、今度ゆりにガーベラが来たら、かっこつけずに手を握ろうと思ってる」
「かっこつけて手を握らなかったの？」
「ああ、手を握って抱きしめるくらいしとくんだった」
「王様ってば、かわいい！ 今度機会があったら好きなだけガーベラを抱っこしていいからね」
ゆりはラクシュミに抱き着きながら言っていた。
「まあそんなことを言っていても、実際には何もできないものだろうなあ……」
ラクシュミはゆりの背中をなでながらそう言っていたのだった。
憧れの存在を目の前にすると、なかなか手を出すことなどできないものなのである。儀式は特殊だったから、
男たちもガーベラを抱けたのだろう。
「でも、私の中にガーベラはいたんだろうから、王様ともしたってことでいいんじゃない？ きっとミカエルとは、
死ぬほどしたんだよ」
「死ぬほど……ところで、儀式でお前も男たちと最後までいったってことなんだろ？ 今後どうなるんだ？」
「今後は、今まで通りよ。最後までしないよ」
ゆりははっきり言った。
「男たちが残念がるんじゃないのか？」
「ミカエルとハインリヒにはこのこと、秘密にしておくことにしたの。他のみんなは、気づいたらまあいいやくらいで。
これ以上みんなと仲良くなると私がやばい女になりそうだからやめておくわ」
「やばいのか？」
「やばいよ」
「そうか……」
ラクシュミは理由も聞かずに納得していた。
「夢の儀式で、まあいいんじゃないのかな」
「そうだな」
まあ、神様と仲良くなってるのにみんなとそこまでしないで申し訳ないと思ってたから、
それはすっきりしたかも。でも自分自身のためにも、やっぱりほどほどがいいんだなあ……
ゆりは久しぶりにラクシュミに寄り添って眠ったのだった。
そのころ、ジュノーは自分の寝室にやってきて、ベッドの上にへびっちが乗っているのに気付いた。
へびっちは緑の蛇のままでろーんとのびていた。今やへびっちは２メートルを超える蛇である。
しっぽの方はベッドの下の方で曲がって伸びていた。
「なんか疲れてないか？」
ジュノーはへびっちに話しかけていた。へびっちは顔をちょっと動かしたが、それっきりだった。
「邪魔なんで下で寝てくれないか？」
といったがへびっちは動く様子もない。手でちょっと押しても、がんとして動かなかった。
ジュノーは仕方なくその横で寝ながら、（もう一つベッドを買おう。イシュタール殿に代金を請求してもいいかな？）
などと考えていたのだった。
つづく
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