第78話

ジュノーとヴィラが男たちに儀式の説明をして周り、ミルキダスとシャナーン、イシュタールは言われたままを受け入れ、

フリットは納得はいかなかったのでもう一人のゆりに事情を聞き、ハインリヒはどちらのゆりにも問いただしていた。

ミカエルは儀式が終わって６日後、ようやく城にやってきていたが、まさに病み上がりという顔つきだったので、

ラクシュミも「お前、大丈夫か？」とちょっと心配していた。

このころには他の男たちは仕事に戻り、イシュタールの髪は完全に赤くなっていた。

「もう５日は休んでたらどうだ？」

「家にいても暇なんですもん。王妃の部屋で休もうっと」

「帰れってば」

とラクシュミが言う前にミカエルは消えていた。

ミカエルはゆりの部屋にやってきて、「王妃、添い寝してください」とゆりに頼んでいた。

「わざわざきたの？　自分の屋敷で休んだ方がいいよ」

とゆりはつれなく言っている。

「ひどい……」

ミカエルはソファに座ってぶーぶー言っていた。

「王妃、ヴィラから話を聞いたんですが、我々がガーベラ様と愛し合ったって本当ですか？」

「そうだと思うけど、本当は精気だけ吸い取られたのかもね」

ゆりはちょっと意地悪に言っていた。

「ミカエルは何も覚えてないの？」

「夢に見るんですよね……白くて、柔らかい、二つのおっぱい」

ミカエルは目を閉じて言い、ゆりの頬は引きつっていた。

「でも、王妃のおっぱいと違うような……ってことはガーベラ様のおっぱいなのかなあ……と疑問なんです」

「ミカエル、頼むからその顔でおっぱいを連呼するのやめて」

「夢に見るんですもん。ってわけで、添い寝してください。なんか思いだすかも」

「私はこれから出かけるの。そーだ。レーヌが添い寝してあげるって。はい」

ゆりは近くのベビーベッドにいたレーヌを抱き上げて、ミカエルに渡していた。

「えー」

「レーヌ、このお兄ちゃんと一緒に寝てあげてね」

ゆりが言うと、レーヌはじーとミカエルを見上げていた。

「ぶー」

「嫌がってますよ」

「泣いてないから大丈夫。私闘技場に連れて行ってもらうんだ。じゃあねー」

ゆりは白い帽子をかぶってさっさと出かけてしまった。

「ひどい。王妃がいないのにここで寝てもしょうがないのにー」

「ぶー」

「ママは冷たいですね」

「あー」

レーヌが同意するような声を出したので、ミカエルはレーヌを抱いてとぼとぼとゆりの寝室に入り、二人でベッドの上で

横になったのだった。


ゆりは子供たちが闘技場で稽古をすると聞いたので、気分転換に連れて行ってもらうことにしていたのだった。

一時間ほどして帰ってくると、ミカエルはゆりのベッドでぐっすり寝ていて、ミカエルの顔の横で大の字になって、レーヌが

寝ていたのだった。


その夜、ゆりは眠っていてガーベラになることができた。こちらは昼間である。

「やったー！」

神殿にいたので外に出て行くと、ちょうどクーリーフンがやってくるところだった。

「クーリーフン、みんな元気になった？」

「大体元気になったよ。そっちは大丈夫だった？」

クーリーフンは小声で聞いた。

「一人まだぐったりしてるけど、他はまあまあ元気になったよ」

「そう。それはよかった。みんな陽気だよ。儀式のあと、かなり妖精が生まれてさ」

「妖精が生まれたの？　何人？」

「えーと、８、いや、９人だっけ？　ヒルデリアも久しぶりに生んだんだよ。それからラ─」

「空の上の神殿に連れて行って！」

ゆりはクーリーフンの言葉を遮り、クーリーフンの腕をがしっとつかんでいた。

「え？　なんで？」

ゆりの剣幕にクーリーフンはのけぞっている。

「アシュランにお祝いを言わないとー」

「別にいいよ」

「行きたいの。お願い！」

ゆりは頼み込み、クーリーフンに空の上の神殿に連れて行ってもらったのだった。

「一人で大丈夫？」

「もちろん」

ゆりは自信満々で神殿の中に入り、「お邪魔しまーす」とアシュランの間に入って行ったのだった。

アシュランの間にはサラディンがいた。もう一人いる。ライオネルのような獣顔の人物である。

だが、毛の色は真っ赤だった。妖精のようだ。

ゆりは「あ、お邪魔しました」とそのまま後ずさっていた。

「ガーベラ、別にいてもいいぞ」

サラディンが言ったので、ゆりは前に進んでいた。アシュランはその獣顔の妖精の前に立っている。

妖精はアシュランの肩くらいの背の高さだった。

ゆりは３人を見回して、「こんにちは」と言った。

「こんにちは」

と獣顔の人物が頭を下げた。瞳も赤い。きっと火の妖精に違いない。ライオネルほど見事なたてがみではなかった。

声もまだ中性的である。子供なのかもしれない。


しゃべった！　そりゃそうか。たてがみっぽいのがあるから男ね。ライオネルの息子には間違いないわ


これでライオネル関係じゃなかったら、そのほうが驚きである。

問題は、ガーベラが彼と出会ったことがあるかどうかである。


絶対会ってるわよね。こんな珍しい妖精がいたら、絶対会いに行ってるはず！


とゆりは想像していた。

「ガーベラはこいつを見て驚かないのか？」

とアシュランが聞いた。

「え？　（もしや会うのは初めて！？）」

とゆりはびびったが、

「ガーベラはもう会ってる」

とサラディンが言ったので、ゆりはほっとしていた。アシュランはちょっとにやっとしている。


危ない。はめられるところだったわ……


「それで、二人はどうしてきたの？」

「こいつの顔をなんとかしてもらおうと思ってきたんだ」

「そうなの？　かわいいけどねえ」

ゆりが言うと、妖精はちょっと照れた様子で頭をかいていた。

よく観察すると、ライオネルと違ってこの妖精の手足は人間のものである。顔だけマスクでもかぶっているかのようだった。

しっぽもないようだ。


耳に触りたい……


獣の耳がぴくぴく動いているので、ゆりはつい手を出しそうになって引っ込めていた。

アシュランは妖精の顔をなでたりしていたが、「しばらく様子を見たらどうだ？」と言った。

「本人はこのままでいいようだし、そのうち人間の顔がよくなったら、その時に考えよう」

「そうか？　この顔がいると、ライオネルがいるみたいで落ち着かないんだがなあ」

とサラディン。

「そのうちになれるだろ」

「あの、もし人の顔にするときは、ライオネルみたいなごつい顔はやめてね」

ゆりはついそう言ってしまったのだった。

サラディンと妖精は去って行った。アシュランと二人きりになったところで、

「あの妖精の名前はなんですか？」

とゆりは聞いていた。

「プータローだ」

「プータロー？　まさか」

「本当だ」

「いや、違うでしょう」

「本当だ。それでお前は何をしにきたんだ？」

「お話があってきたんですよ」

「ふーん」

アシュランはぱっと手をあげていた。二人の周りをキラキラしたものが囲んでいた。

「何かしましたか？」

「話がだれにも聞こえないようにしたんだ」

アシュランは豪華な椅子に腰かけた。

「この度ヒルデリア様が妖精を生んだそうじゃないですか。おめでとうございます！」

「ああ」

「そのほかにもいっぱい妖精が生まれたんですよね？　それってガーベラの儀式のおかげですよね？　実は、私も儀式に

協力したんです。というわけで、石をください」

ゆりは単刀直入に自分の望みを伝えていた。すっかり素の自分になっている。

「石？　ああ、あの石のことか」

アシュランは合点がいったように手をたたいていた。

「そうです。その石のことですよ」

ゆりはそのためにわざわざここにやってきたのだった。

「お前は儀式にどれだけ協力したんだ？」

「８割は協力しましたよ」

「本当かあ？」

アシュランにあやし気にみられたゆりは、「３割は協力しました」と先ほどよりは割合をかなり下げていた。

「いっぱい妖精が生まれたんだし、ヒルデリア様が生んだ妖精は、神くらいの価値があってもいいですよね？」

「誰が生んでも、妖精は妖精だ」

「そんなあ、お祝いですからドーンとくださいよー」

普段は無欲のくせに、ゆりはここぞとばかりに強気で石をねだっていた。

「ふーん、あまり興味がなさそうだったが、そんなに欲しがっていたとは、褒美に興味が出てきたんだな？」

ゆりがかなり押していたので、アシュランはそう思ったようである。

「褒美？　全部集まったらくれるバッジですか？　バッジは別に、ただ石が増えるところがみたいんです」

ゆりは毎朝ミシェイラが「石ふえた？」と聞いてくるので、ミシェイラに増えた石を見せたかっただけだった。

「じゃあ一個でいいか」

「だめですよう。お祝いに大盤振る舞いを期待します」

アシュランはぷっと笑っていた。

「まあ、考えておこう。ところで、儀式にかかわったのなら、花ももらったのか？　人間が食べたらどうなったんだ？」

「目がキラキラになってましたよ。異性に興味がわいたりしたみたいです」

「お前は食べてないのか？」

「私は時々超美女になってるので、いいかなーと思って食べてないです」

「そうなのか」

「石お願いしますね。期待してますからね」

ゆりはそれだけ言って、「それじゃあ失礼します」と部屋を出たのだった。


神殿の外に出るとクーリーフンが待っていた。

「アシュラン様に会えた？」

「うん、ねえライオネルの息子も見たよ。獣姿の、名前はなんていうの？」

「彼もいたの？　名前は、プータローだよ」

「え？　本当にプータローなの？」

「プータロー、あれ？　プータロだっけ？　どっちか」

「サラディンが嫌がらせでつけたわけじゃないわよね？」

「名付けたのはルティアナみたいだよ」

「ルティアナ？」

（キュリアといい、ルティアナといい、ネーミングセンスがないのはガーベラの遺伝？　まさか私は関係ないわよね……）

とゆりはちょっとびびっていた。

「でもまあ、火の妖精が増えたのはめでたいわよね？」

「そりゃそうだよ。神殿に戻る？　どこかいく？」

「そうねえ」

といってたら、ラーズが飛んでくるのが見えた。

「ガーベラみつけたー。なあ、今夜は私のところにきてくれよ」

「ラーズったらもうそういう元気があるの？」

ゆりが笑って聞いた。

「そういう元気はない。添い寝してくれ」

「添い寝？」

「一人が寂しいんだ」

ゆりはふとミカエルの顔が浮かんでいた。

「今夜はもう予約が入ってたよ。ジンラと」

クーリーフンが言った。

「えーそうなのか？」

「今なら添い寝できるわよ。今寝ましょ」

「今かあ。まあいいか。じゃあ行こう」

ラーズはゆりを抱き上げた。

「クーリーフン、それじゃね」

「さよならー」

クーリーフンは手を振っていた。


ゆりは色彩豊かな布がかかったラーズの神殿にやってきた。

「なんか最近一人寝が寂しくてしょうがない。みんなそうなんだろうなあ」

ガーベラは毎晩誰かと添い寝しているのかもしれないとゆりは思った。

ベッドの上で二人で手をつないで横になっていると、サーラがとんできた。

「サーラもねるー」

サーラは二人の真ん中に入ってきて二人の手を離していた。

「サーラってば、邪魔しちゃだめだぞー」

「なかまだもん」

サーラは二人の真ん中でうつ伏せになっていた。

「かわいい。かわいい」

ゆりはサーラの頭をなでなでしている。

ラーズはそのまま寝てしまった。まだ本調子じゃないのかもしれない。

サーラも寝てしまったので、ゆりは寝転んだまま二人を見つめていた。そしていつの間にか、人間界に戻ってきたのだった。


自分の寝室で目覚めたゆりは、「あ、そうだ」と棚の上にある木箱の元に行ったのだった。

あれだけ頼んだのだから、いくらか石が増えているはずである。

ゆりはどきどきしながら木箱を開けてみた。

「え？」

元々石は７個あった。今は８個。つまり一個しか増えていなかった。

「えー嘘でしょ。アシュラン様のケチ！」

ゆりがケチと言った瞬間、８個目の石が分裂したかのように上にぴょんぴょん飛び出してきて、

ゆりは「わあああ」と木箱を落としそうになりながらうろたえていた。石をつかもうにもつかめない。

石は木箱から飛び出して部屋に散らばってしまっている。

「ちょっ、な、これ何！　もう！」

ゆりは木箱を置いて、あわてて石を拾っていた。石は何個飛び出したか不明だが、５個以上はあったはずだ。

「あったあった、すごい、何個あるんだろう？　って、普通にくれればいいのになんでこういう小細工をするんだろう？」

ゆりはぶつぶついいながらも、石を拾っては木箱に入れていた。ゆりがはいつくばって棚の下をのぞいていると、

部屋に侍女が入ってきた。侍女は床にいたゆりを見て、「わっ」と驚いていた。

「探し物してるの。気にしないで」

「何をお探しで？」

「石よ。色がついた石があるかないか探してるの」

「私も探します」

「じゃあ窓際の方お願い」

「はい」

石は全部で９個もあった。ゆりはもっとあるかもしれないと部屋の中を探しまくった。

「ありました！」

侍女が見つけてくれた。

「本当？　やった！　１０個も増えたー！」

色とりどりの石が、全部で１７個、木箱に並んだのだった。一気に増えたので、ゆりは大喜びである。

アシュランはどうやら大盤振る舞いしてくれたようであるが、（次からは普通に増やしてくださいね）とゆりは心の中で

アシュランに頼んでいたのだった。


そして神の国では、やはりゆりが慌てる決定的瞬間を、アシュランは期待して待っていた。

鏡に映して眺めていたのである。

「あー面白かった。やはりこういうところは期待を裏切らんな」

アシュランは一人で大笑いしていたのだった。



つづく

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