第80話

ゆりは宣言通り男たちと毎晩添い寝をしていた。夫であるラクシュミにも「私と添い寝したい？」と聞いてみたが、

「別に」と言われている。

ゆりが微妙な顔で見ていると、ラクシュミは、

「いや、変な意味じゃないぞ。最近夜が暑くて言ってるだけだぞ。どこかにいなくなったりしないようにな」

と言っていた。

「このくらいでいなくなったりしないよ」

「そうかあ？　絶対にだぞ？」

「なんなら誓約書でも書こうか？」

「ああ、書け」

「ええ？」

冗談で言っただけのゆりは驚いていた。

「私ってそんなにどこかにいきそうかなあ？　家出なんてしたことないのに」

ゆりは真顔で言っていた。ラクシュミにとっては悪い冗談であろう。


「じゃあ暑くても添い寝したい人と添い寝しよう」

ゆりが男たちに聞いてみると、誰も断らなかった。ちなみにハザークは昼間添い寝できるので除外されている。


今晩はジュノーとイシュタールが来ていた。イシュタールはすっかり半妖精の姿に戻っている。ミカエル以外の男たちは

まあまあ元気になったが、性欲はまだといったかんじだった。大人の男女が夜、本当に添い寝だけしているのだから、

ゆりとしても微笑ましい感じである。たまにはこうして語らうだけというのもいいだろう。

「最近へびっちが疲れてるようなんですよね」

ジュノーが言った。

「へびっちが？　そうなのか？」

とイシュタール。

今やへびっちはジュノーの蛇といってもいいくらいである。イシュタールも２，３日へびっちの姿を見ない日もあるくらいだった。

「どうしたんだろうなあ」

「疲れてる原因は、きっと彼女が増えたからかな？」

ゆりが言った。

「え？　他に彼女ができたんですか？」

ジュノーは驚いている。

「ハザーク様の侍女の他に誰かいるんですか？」

とイシュタールも初耳といった様子だった。

「最初は侍女一人だったけど、今では侍女5人とつきあってるかも」

ゆりが言うと男二人は沈黙したまま固まっていた。

「それ、本当ですか？」

とジュノー。

「本人には聞いてないけど、そうらしいってハザーク様がいってたよ」

「5人とつきあってるとは……」

「へびっち、すごいな……」

「男の鏡だな……」

「まさにそれだ」

男二人はへびっちの行為にいたく感動していた。

複数の恋人がいて苦労している男達にとっては、へびっちの行為はむしろ称賛に値するのである。

「5人も手をだしちゃだめだろ。いやらしいやつめ」とはならないのである。

（やっぱりそういう反応だよね。王様もへびっちはすごいって感動してたもんなあ……）

ゆりは苦笑している。

「へびっちの好みはほんと渋いな。年上が好きだなあ」

ジュノーはいまだにハザークの侍女たちの性格を把握していなかったので、ついそう思った。

落ち着いた物静かな女性たちというイメージである。

「まあ、そうかもねえ」

とゆり。

「しかし、女王様とハザーク様の侍女の組み合わせはすごいですよ。口説こうと思って口説ける女性たちじゃないですよ」

とイシュタール。

「さすが王妃の息子ですねえ」

とジュノーが言った。

「まあそうね」

ゆりとしても反応に困るが、へびっちがすごいことには変わりない。

「ベッドの上で寝るのは許してやるか」

ジュノーは思わず言っていた。

「へびっちはジュノーのベッドで寝てるの？」

とゆりが聞いた。

「他のベッドを勧めてもいやみたいで、私が別のベッドで寝ようとすると、いつの間にかこっちにきてるんです」

「ジュノーにひっついてたら、そのうちまた過去に行けると思ってるのかもね。女王様にたまに会いたくなるのかも」

「そうなんですかねえ」

「なんか悪いな。へびっちもたまには帰ってくればいいのに」

イシュタールはちょっと寂しげに言っていた。

「じゃあ今日はへびっちは一人で寝てるのかしら？」

「今日は肌にいますよ。胸のあたりに」

「そうなの。……もしかして、イシュタールの肌が熱いんじゃない？　それでへびっちがあんまりこないとか」

「ああ、そうですかね」

とイシュタール。

「まあ、へびっちも好きなようにすればいいわよ。せっかく楽しい人生を過ごせるんだからね。あ、そうだ。

イシュタールに出会ったら伝えようと思ってたんだ。あのね、ライオネルがね……」

ゆりは続けてライオネルの息子の火の妖精の話を始めたのだった。


神の国では昼間、ラメーンの神殿にダーナがやってきていた。ダーナはハープの弦の調整をラメーンに頼みにやってきたのである。

部屋の隅では獣姿のライオネルが寝そべっている。横になっていると獣そのものだが、ちゃんと服を着ている。

「ライオネル、息子が生まれておめでとう。二人目はあなたにそっくりだって聞いたけど、どうそっくりなの？　

今度連れてきてちょうだいよ」

ダーナはライオネルの息子の顔をまだ見ていないようである。

「そのうちもっと立派なたてがみになっかなー」

とライオネルは言っていた。

「たてがみ？」

「俺に似たたてがみになってほしいな」

「？？」

ダーナにはさっぱり顔の想像がつかないようだ。ラメーンはハープの弦を張り直し、つまびいて試し弾きをしている。

「これでいいだろう」

「ありがとう」

ダーナはハープを受け取った。

「ラメーンはシャリィを恋人にしたんですって？　まんまとガーベラの策略に乗せられて大人になってくれって頼んだって

聞いたわよ」

ダーナがにやにやしていうと、ラメーンは苦い表情だった。そのシャリィはここにはいない。

「あれはガーベラの策略だったのか？」

「あれ？　昨日あの子を見たときは子供だったぜ？」

ライオネルが言った。

「あの子、クーリーフンみたいに大人にも子供にもなれるようになったみたいよ。ガーベラがあの子に、

外でフラフラしてるときは子供のままいなさいって言ったって。危ないから」

「へーじゃあ夜は大人になってラメーンとやりまくってるのか？　いいな、それ」

ライオネルはにやりとしている。

「ばかをいうな。君は女性の話をするとすぐそれだ。やるだやらないだと」

「でもやってんだろ？」

「いや」

「やってるはずだ」

「本当にそういうことはしてない」

「あら、してないの？」

ダーナが聞いていた。それよりも、ラメーンがそういうことに興味があるのかどうかも、ダーナには謎である。

「じゃあ恋人でもないっていうわけ？」

「うーん、恋人かどうかはわからんが、男と女はそれだけではないだろう」

ラメーンは悩みながら言っていたが、「それだけだろ」とライオネルは言い切った。

ダーナはちょっとあきれ顔である。

「ライオネルってば、それだけじゃなく、たまには彼女と語らったりしなさいよ。妖精が同じ神の子供を二人も生むなんて

珍しいんだから、彼女はあなたにとっては特別なのよ。大事にしないと、泣く羽目になっても知らないわよ？」

ダーナが脅すように言った。

「泣く羽目ってなんだよ。俺がふられるとでも？　いっとくがあっちが俺にぞっこんなんだからな」

「妖精が増えるってことは、誰かがいなくなる可能性もあるってことなのよ。私とアリアスの間に生まれた妖精だって、

今までに３人いなくなってる。妖精は不死ではないのよ」

「いやなこというなあ」

「だから、ちゃんと愛してるって伝えなきゃだめよ。ありがとうラメーン、それじゃね」

ダーナはハープをもって去って行った。

「まあ、確かに妖精は増えっぱなしというわけではないな……」

ラメーンが言った。長い付き合いの妖精がいなくなることもたまにあるのである。

特に、人間界が初期のころに生まれた妖精は今まで10人以上はいなくなっている。妖精にも寿命のようなものがあるようだ。

そしてその時期は、神にさえわからない。

「彼女はいつ頃生まれた妖精なんだ？」

「さあ、知らねえ」

ライオネルはなんだかそわそわして立ち上がっていた。

「じゃあ行くわ」

「ああ」

ライオネルは神殿を出て行った。

「なかなかわかりやすいな……」

ラメーンは笑っていた。


シャリィが恋人なのかどうか、と言われたら、正直ラメーンにもわからなかった。

儀式の最中は体の関係になったのかもしれないが、今は、シャリィがそういう行為じたいを知っているのかどうかも

ラメーンにはよくわからなかった。が、ここに来るということは、シャリィがラメーンを好きだからという理由以外はないだろう。


まあいいか。彼女は生まれたばかり。時間はたっぷりあるだろうしな。いずれは本当に歌を歌えるかもしれない



ラメーンはシャリィに歌わせたいのだが、シャリィの方はその気はないようだった。

妖精達からは「絶対に逃げられますから、やめた方がいいですよ」とまで言われている。

確かにあまり真剣にやるとシャリィが泣きそうである。


まあ、本人にやる気がないと上達しないからな、いずれだ、いずれ……


外で演奏していた妖精達の曲がちょっと狂い、ラメーンの眉がひそまっていた。

ラメーンは神殿の外に出ると、

「やりなおし」

と冷たく告げていたのだった。


一方、ラメーンの神殿を出たライオネルは、ひたすら走り続けている。

「ちくしょう、あんなこと言われたら、なんか気になっちまうじゃねえかよー！」

足は短いのだが、その速さたるや、馬以上である。

（そういえば母ちゃんがいってたっけ。女は子供を生むとかなりの力を使ってしまうって。二人も俺の子を生んだ彼女は

やべえんじゃねえか？！）

突然不安にかられたライオネルは一直線に火の神殿を目指して走っていた。二つの神殿の間はかなりの距離がある。

火の神殿についた時、ライオネルはさすがにちょっと疲れていた。

「うわーん」

神殿の中に入ろうとしたライオネルは、泣き声を聞いて神殿の横に回った。ルティアナが泣いている。

そこにいた３人の火の妖精も、目元を押さえていた。いきなり怪しい展開である。

「なんだ？　どうしたんだ？　なんで泣いてんだよ！？」

（まさか、誰かに何かが？）とライオネルはどきっとしていた。

「煙が目にしみて……」

「はあ？」

近くで何かを燃やした跡があり、煙がもくもくあがっていた。

「紛らわしいだろ！」

「だって、目が痛いんだもん。ライオネル様はどうしたの？　何か用？　メプカはいないよ」

ルティアナは目をこすりながら言った。

「なんでいないんだよ」

「人間界にいってるよ」

「人間界？」

「どっかの国の火の祭りに参加するんだって。今夜は帰ってこないかも」

「そっか……そういやなんか聞いたかも……」


ちょっと前に火の妖精がさらわれた事件があったが、大丈夫だよな？　


ライオネルはちょっと不安になったが、それは口には出さなかった。

「せっかくだからプータローにあってあげたら？」

プータローというのは獣顔の息子のことである。名前が決まっていたのだ。

「プータロー、なんでそんな名前にしたんだよ。サラディンのやつ、怒ってるとか？」

「私が決めたのよ。みんないい名前だっていってくれたよ」

とルティアナ。いい名前だといったのはきっと火の妖精だけに違いない。

「本人も喜んでるけど？」

「そうか。ならいいが……あいつどうだ？　ちゃんとなじんでるか？」

「みんな仲良くしてるよ。バロイは弟ができてうれしそうよ」

バロイはその前に生まれた力持ちの火の妖精である。

「そっか。それはよかった」

ライオネルはそのまま何かを考えるように上を向き、男の妖精を見て、ちょいちょいと手招きしていた。

「？　私ですか？」

男の妖精はきょとんとしている。

「ちょっとこい。ちょっと」

「？」

ライオネルはその妖精の肩に腕を回し、人気のないところに連れて行った。ルティアナ達は不思議そうに見送っている。

「なんでしょうか？」

妖精はちょっとビビった様子だった。

「人間界に行ったって、一人で行ったのか？」

「メプカの話ですか？　５人ですよ。夜にはサラディン様も人間界に行かれるんですよ」

「そうか、なら安心だな。なあ、火の妖精って、何をやったら喜ぶんだろうな？」

ライオネルは妖精の肩に手を回したまま小声で聞いた。

「え？」

「お前だったら女に何を贈る？」

妖精は目をぱちくりさせて、やがてにやりとし、

「メプカに贈り物ですか？」

と聞いた。

「違うわ。俺が女に贈り物なんてすると思うか？　そんなことで女の機嫌なんてとらねえ」

「ではなぜ聞くんですか？」

「知識として聞いただけだ。誰にも言うなよ」

「そうですねえ。我らは飾り物自体あまりしないですからね。下手したら燃えますし、移動する時も、邪魔になったりするんですよ」

「服はなんで燃えないんだ？」

「我らの服は、ジェラルド様が特殊な加工をしてくださった布でできてます。ですから燃えません」

「そうなのか」

「ライオネル様が愛を示してくださるだけで、メプカは喜びますよ」

「別にそういうんじゃないっての。じゃあな」

ライオネルは火の神殿には入らずに去って行った。


そしてその足はジェラルド工房に向かっていた。


まあ、確かに、何かを贈るくらいいいよな。一人の女と長いこと続いてるの、これが初めてだし……


相手が人間の場合はその場限りの関係なため、一度っきりでお別れというパターンが多かった。それを思えば、

確かに今回は珍しい。


ジェラルド工房の外では、大きな石を削っている者がいたり、木を加工している者がいたりで、相変わらず職人

たちは忙しそうである。

ライオネルは木にやすりをかけているジェラルドに声をかけた。

「おーい、ジェラルド」

「おや、珍しいですねえ。そろそろ新しい服のご注文ですか？」

ジェラルドは手を止めてライオネルに聞いた。

「いや、実はよ、火の妖精に何か贈りたいんだが、何か作ってくれよ」

何をあげたらいいかわからなかったので、ライオネルは適当に頼んでいた。

「おお、例の彼女に贈り物ですか。ライオネル様からついにそういう依頼を受ける日がこようとは、ほほほ」

ジェラルドは口ひげをなでながら笑っている。

「いや、俺の子供を二人も生んだから、お礼によ」

「火の妖精はあまり飾り物とかはつけないですからねえ。新しい腰帯とかどうですか？　きっと喜びますよ」

「そうか？　じゃあ作ってくれ」

「わかりました」


腰帯は５日ほどででき、ライオネルは自分で渡すのが恥ずかしかったのでルティアナに頼み、その日はメプカに会いに

行かなかった。

その夜のことである。自分の神殿で人の姿で酒を飲んでいたライオネルの元に、なんとサラディンがやってきたのだった。

ここにサラディンが来るのは初めてである。

サラディンはその手に赤い腰帯をもっていたので、ライオネルはどきんとした。

それは、自分がメプカに贈ろうとしていた腰帯である。それをなぜサラディンがもっていて、ここにやってきたのだろうか。

「ライオネル、あのな……」

サラディンが神妙な顔つきで何かを言おうとした。

「おい、嘘だろ。彼女は死んだのか？」

ライオネルの顔つきが変わっていた。

「え？　いや？」

とサラディン。

「え？　死んだんじゃないのか？」

「違う。贈り物は自分の手で渡せと言いに来た」

「は？　ふざけるんな。そんな顔で来たら死んだと思うだろうが！」

ライオネルはテーブルをばんとたたいていた。

「この顔は元々だ。自分で渡した方が喜ぶ顔が見られていいじゃないか」

「恥ずかしいからルティアナに渡したんだよ」

「お前がこんなことで恥ずかしがるとはな。はっはっは」

サラディンは笑っている。

ライオネルは悔しそうに口を曲げていた。

「まったく、驚いたぜ」

「私もだ。お前がこんなにもメプカを大事に思ってくれてうれしく思っている」

「ふん」

「連れて行ってやろうか？」

「いや、いい」

「そういわずに来い」

サラディンはライオネルの背中の服をむんずとつかんでいた。

身体の周りが突然火で包まれて、ライオネルは「わー」と悲鳴をあげていた。

ライオネルは強引に火の神殿に移動させられて、腰帯を渡されたのだった。

「じゃあな」

「くそー……自分じゃ嫌なのに……強引なやつだ」

ぶつぶつ言いながらもライオネルはメプカの部屋まで行き、そっと中をのぞいてみた。妖精はベッドで寝ている者もいれば、

夜は消えている者もいる。メプカは最近、部屋で寝ているのである。

このまま腰帯を置いて行こうかと思ったが、それもサラディンに笑われそうである。

ライオネルはちょいちょいとメプカに触れた。

「ライオネル様」

メプカはすぐにおきあがっていた。

「いや、今日はそういうんじゃないんだ。あのよ、これ、つけてくれ。それじゃ」

ライオネルは目も合わさずに腰帯をメプカにぐいっと押し付けて、そのまま逃げるように去って行ったのだった。


くそーやっぱり恥ずかしいじゃねえか！！


ライオネルは夜道を走って自分の神殿まで帰って行った。


一方メプカは、驚いた顔で腰帯を眺めていた。

炎の模様が入った綺麗な腰帯である。裏返してメプカは「あっ」と声をあげた。

帯の右端にはライオネルの横顔の刺繍が入っていたのだった。



つづく

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