第81話
夜の神の国、ハロルドの神殿にガーベラがやってきていた。二人は寝室のベッドの上に、並んで寝転んでいる。
ハロルドも、儀式の後遺症でいまだガーベラを抱く性欲はないようである。
女神たちはいまだキラキラ輝き、ガーベラも会えば感謝されていた。
神の国は今日も平和である。
「うふふ、あのライオネルが恋人に贈り物をするなんてね」
ガーベラはその話をサラディンに聞いて驚いたものだった。
「しかも自分の顔の刺繍が入ってたんですって。ライオネルはまったく気が付いてなくて、噂を聞いて驚いたって言ってたわよ。ねえ聞いてる？」
「……あ？ 聞いてる」
横で寝転んでいるハロルドは寝かかっていた。
「ちゃんと聞いてよ」
「聞いてる」
といいつつ目が閉じている。
「そういえば、私はハロルドから何ももらってないわね。あっちの私にはいろいろあげたでしょ」
ガーベラがゆりの部屋のことを思いだして言った。
「……なんかやったかな」
ハロルドは記憶をさかのぼっていた。ゆりにやったものといえば、伝言貝くらいのものである。
「しらばっくれてー、神石やら、なんか不思議な箱やらあったわよ。」
ガーベラは箱の大きさを両手で表現しながら言った。
「……神石？」
ハロルドがガーベラに顔を向けて聞いた。
「ハロルドがあげたんじゃないの？」
「いやー？ やってないぞ。なんでそんなもの持ってるんだ。 どっかから持って行った？ わけないな」
ゆりが宝石に興味がないたちだというのは、ハロルドもさすがに分かっていた。しかも神石はそこらに飾ってあるようなものではない。
「本当に神石を持ってたのか？」
「本当よ。子供たちはハロルドにもらったみたいって言ってたわよ？ 不思議な箱も」
「それも知らん」
「本当に？ ハロルドじゃなかったら誰があげたのかしら？」
ガーベラは首をかしげていた。ガーベラも、てっきりハロルドが贈ったのだと思っていた。
「さあ……うーん、もしやアシュランが？」
「アシュラン？」
「実は、アシュランはお前に時々あっちが入ってることを知ってるんだ」
「え、そうなんだ」
ガーベラは驚いてはいたが驚きまくってはいなかった。
「もっと驚け」
ハロルドはガーベラの驚き方が不服らしい。
「彼女もいろいろがんばってくれたし、アシュランが気づいても見て見ぬふりをしてるんじゃないかと思ってた。なんだ。あの石にはどんな効果があるのか
聞こうかと思ったのに、アシュランには聞きにくいわ」
ガーベラは残念そうだった。『神石』、とは神の力が入った宝石のことである。あの石には何かしらの力があることは間違いないのだが、
他の神にはわからないものなのだ。
「きになるー、ねえ、ちょっとアシュランに聞いてみてよ」
ガーベラはつんつんハロルドの肩をつついていた。
「え……」
「あの不思議な箱のことも聞いてよ。石が増えたのかしら、それも気になる……」
ハロルドは、ガーベラにゆりの部屋にあった不思議な箱のことを詳しく聞いたのだった。
人間界ではミカエルがようやく調子を取り戻していた。王妃の恋人たちが寝込んだ事件については、周りは「何か特別な儀式があったらしい」
と噂していた。ミカエルが一番げっそりしていたのは、「やはりお気に入りだから」、と思っているようである。
元気になってミカエルは改めて、例の夜のことを思いだそうとしてみたが、やはり何も思いだせなかった。
「お前何か思いだした？ ああ、ガーベラ様と愛し合って覚えてないなんてなあ……そんなことあるか？」
ミカエルは残念そうに酒を飲んでいた。ここはフリットの屋敷である。時刻は夜、ミカエルは久々にまともに酒を飲んでいたのだった。
「私も覚えてないなあ」
とフリット。
「しかし、私はともかく、シャナーンやミルキダスがガーベラ様と愛し合えるかな？ 本当は王妃と？ でもあのおっぱいがなあ……」
ミカエルは一人でぶつぶつ言っていた。
「夢のおっぱいが気になる……」
「まあいいじゃないか。あの夜のことは忘れても」
「忘れられるか」
「いい夢だと思えばいいじゃないか」
「ガーベラ様と愛し合ったのに自慢できないのがつらい」
ミカエルは杯を握りしめていた。
「誰に自慢するんだ」
「息子に」
「あほ」
「お父さんは、なんとガーベラ様と愛し合ったんだぞ！」
ミカエルはここで叫んでいた。
「といいたい。お父さんすごいと尊敬されるだろう。きっと」
「お父さん夢をみたんだね、と言われるのが落ちだぞ」
フリットはあきれ顔である。
「お前たちが証人になってくれれば信じる」
「やなこった」
「ガーベラ様に直接聞きたい。私と愛し合いましたよねって」
「うっとおしい男だと思われるぞ。あ、そういえば、ガーベラ、ちょっと前に王妃の中にきてたらしいぞ」
フリットの言葉にミカエルはきょとんとした顔をした。
「え？ いつ？」
「あの夜の前数日の間、ガーベラがきてたってイシュタールが昨日言ってた」
「えー、私は知らんぞ。ずるい、教えてくれてもいいのにー」
ミカエルは口をとがらせていた。
「イシュタールもその時はガーベラだと知らなかったらしい。ラギ様とシス様がなんかおかしい時があったんだよな。その時のようだ。
私も『今のお母さんと手をつないだ方がいい』ってラギ様に言われて王妃と手をつないだんだがまさか、あれがガーベラ様だとはな」
「え？ 私も同じようなことがあったような……全然気づかなかった。また来てくださるかな。ガーベラ様」
「ところで、王妃とガーベラと、どっちかと愛し合えるといったらどっちを選ぶ？」
フリットがちょっと聞いてみた。
「そりゃ王妃だ。以前ガーベラとは口づけだけで失神したんだっけ、もし本物のガーベラと愛し合ったんなら、我らは生きてないと思うんだが……
いまや王妃とガーベラは半分同化してるようなものだからそれで我らにも免疫が？ もしかして外見は王妃で中身だけガーベラだったとか？
じゃあ我らが愛し合ったのはやっぱり王妃？ それともガーベラ？ どっちだろう？」
「いや、もういい。想像しなくていい」
フリットは興奮するミカエルを手で制していた。
「もやもやするなあ」
「話題を変えよう」
フリットは強引に話題を変えていた。
さて、城では、ゆりはまだ起きていた。レーヌは今夜はまったく寝る気配がなく、ゆりのベッドの上でごろごろ寝転がって遊んでいる。
「だー。だー」
レーヌは蛇の木のおもちゃをつかんで振り回したりもしていた。
「昼寝しすぎちゃったー？ そろそろ寝ない？」
「だー」
レーヌがつかもうとするので、蛇のルーもベッドの下に逃げている。
「きゃっきゃ」
レーヌは左目はらんらんと金色に輝かせて遊んでいた。
「ママは眠いのよー。あ、そーだ、巻貝を聞かせたら寝るんじゃない？ ほら、レーヌ、大好きな巻貝よ」
ゆりは巻貝をレーヌの耳元に置いたが、レーヌは素早く転がって逃げていた。
「え、はや！」
「きゃはは」
「これ聞くと寝ちゃうの知ってるの？ ほら、聞いてごらーん」
レーヌはごろごろ転がり、やはり巻貝から逃げている。
「こらー」
「きゃは、きゃは」
どうやら遊びだと思ってるようである。しまいにはレーヌは巻貝を両手でつかんでいた。
「あーあーあう〜あー」
なんだか歌っているようにも聞こえる。
「今夜は寝そうにないわねーまあいいかー。今までが良い子すぎたんだよねー」
「きゃはー」
部屋の中はベッドの横にランプが一つついていただけだったのだが、急に輝きが部屋の中に現れて、ゆりはその輝きを見て
「うわっ！」とベッドの上でのけぞり、後ろに倒れそうになるのを懸命にこらえて元に戻っていた。
突然現れたのはハロルドである。
「え？ ハロルド！？」
目を凝らしてみてもやっぱりハロルドだった。幻ではないようだ。
「ちょっと聞きたいことがあってやってきた」
腰には金色に輝く剣をさしていたが、土色のチュニックとズボン姿のハロルドは挨拶もせずにそう言ったのだった。
「あのー心臓に悪いんで、来てくれるなら数時間前に連絡いただけないでしょうかね？ 心の準備が……」
ゆりは心臓のあたりを手で押さえていた。
「そんな面倒なことするか」
「でもー突然はびっくりすぎますよー」
「だーだー」
レーヌはハロルドに手を伸ばしている。ハロルドはレーヌを見下ろして、「目がかわったか？」と聞いた。
「そう、変わったの。左目だけ」
「なんでだ？」
「いや、いろいろありまして……」
説明するのも面倒だったので、ゆりは適当に濁していた。
「レーヌ、せっかくだからハロルド様にだっこしてもらいましょう」
「あうー」
ゆりはレーヌをだっこして、ハロルドに「はいどうぞ」と渡していた。
「…………」
「……どうぞ」
ゆりが強引にレーヌを押し付けると、ハロルドは仕方なく抱っこしていた。
「だーだー」
レーヌはハロルドの服をぐいぐい引っ張っている。
「大きくなったな」
「そうでしょ？」
「母親に似てないところがいいいな」
「…………」
ゆりはそれについては首をちょっと傾げただけだった。
「それで話ってなんですか？」
「お前、アシュランに何かもらったろ？ ガーベラがお前の部屋で何か見つけたといってたぞ。聞いてこいと言われて、来た」
「ガーベラ？ ガーベラが頼むならクーリーフンじゃない？」
ハロルドがくるというのがおかしいとゆりは思った。
「いいだろ。それで、何をもらったんだ？」
「こっちですよ」
ゆりは違う部屋の方にハロルドを誘った。部屋の中は真っ暗だが、ハロルドの輝きで部屋の中は見渡せる。
ゆりはアシュランにもらった箱をハロルドに見せた。
「これをもらいました」
「中はどうなってるんだ？」
「こうなってます。石が入るようになってるの」
ゆりは箱を開いて見せた。升目に丸い石が17個入っている。
「なんだこれ」
ハロルドはこれが何か全くわからなかったようである。
「いいことをしたら石をくれて、いっぱいたまったらなんかバッチをくれるとかいってましたよ」
「バッチ？ いいことってなんだ？」
「それは……アシュラン様と私の、ひ、み、つ」
ゆりが思わせぶりに言うと、ハロルドは嫌そうな顔つきになった。ちなみにだっこされたままのレーヌは、ご機嫌で、
まだハロルドの服をぐいぐい引っ張っている。
「どうせしょうもないことだろ」
「そんなことないですよ」
「じゃあ言ってみろ」
「秘密でーす」
「もうこんなにたまってるってことは……子供か何かだろ」
ハロルドは鋭いところをついていた。
「別に私が生まなくてもいいんですよ。貢献したらいいんですもん」
「何考えてるんだ、あいつ」
「お父さんでしょ？」
ハロルドはため息をついていた。
「次、他に何かもらったろ？」
「他？」
「宝石みたいなもの」
「ああ、あれ！」
ゆりはようやく思いだして、箱を戻し、棚の上に飾っていた宝石を手に取っていた。
そのころ、フリットの屋敷で飲んていたミカエルは、
「今から王妃の寝室に行こう」
と言い出していた。
「今から？」
「今夜は誰も約束してないはず。ハインリヒでもいたら邪魔しよう」
「王妃は王の寝室かもしれないぞ」
「それならそれでいいじゃないか。ちょっと行ってみよう。お前は別に来なくていいぞ」
「いや、行く」
フリットはミカエルがゆりに何かしつこく聞きやしないかと、それが心配でついて行くことにしたのだった。
二人は城に移動して、ゆりの寝室の外にあるベランダやってきた。とりあえず、そこで中の様子をうかがっている。
「……気配がないな」
「そうだな。王の寝室じゃないか？」
「入ってみようっと」
「あ、おい」
ミカエルが移動してしまったので、フリットも寝室にやってきた。
「やっぱりいない」
ミカエルはベッドの上を見ている。フリットがミカエルの腕をつかんだ。
「ん？」
フリットは寝室の入口をさしている。向こうの部屋から光がもれているではないか。
二人は目を合わせて、そっと行ってみた。そして部屋をのぞいて驚いた。なんと、ゆりの横にいるのは金色に輝く男である。
見るからに、普通の人間ではない。
「あ」
ミカエルはつい声を出していた。ハロルドとゆりが二人に気づいた。ゆりはついぎょっとしている。
フリットもミカエルも、こうしてじかにハロルドを見るのは初めてだった。
４人の間に沈黙が落ちて、ミカエルは、
「王妃がいつもお世話になってます」
と頭を下げていた。
「え……いや、これは……」
戸惑ったのはゆりである。
「「し、失礼します」」
二人は頭を下げて逃げるように消えてしまった。
「ちょ、ちょっと！！」
ゆりはあわてたが、二人はもういなかった。
「それでこれはいつもらったって？」
ハロルドはまったく気にしてない様子でゆりが渡した宝石のことについてたずねていた。
「あの、今のちょっとは気にしてください。もし王様がここに来たら、私はどうしたらいいんですか？」
それこそシャレにならない事態である。
「私は王に感謝されることしかしてないと思うが？」
ハロルドは真面目に言っていた。
「いや、まあそうかもしれないですけど……あれ？ そういや、前になんか、へびに変えられたりしたような……」
「そんなことあったか？ もう忘れたな」
「そうですか？ ありましたけどねえ」
ゆりは最後の方は小声でぼそぼそ言っている。
「それでこれは？」
「これはですねえ、もう一人の私がもらったんですよ。でかい石の中に宝石があるから、取り出したらやるって、あっちは必至になって取り出してました」
「面倒くさいことするな」
「ほんと、面倒くさいことが好きですよね」
ゆりがしみじみ言っている。
ハロルドは宝石の輝きを見ている。神石だということは間違いないが、何かの作用があるかどうかはわからなかった。
「これを持ってると何かあるとか言われなかったか？」
「別に言われてないですよ。そういえば、ここのところいろいろあって、飾ってるだけでしたわ」
「……身に着けた方がいいぞ。きっと」
「何かあるんですか？」
「わからんが、あるかもな」
「これをつけてたら、私の生活が筒抜けってことはないですよね？」
「え？」
「アシュラン様のことだから、何かありそうで」
「いや、それはないと思うが、アシュランもあれで、そんなに暇な男じゃないし」
「ですよね？ よかった」
ゆりはほっとしていた。
「一つ忠告しておくが、アシュランはあれで怖いやつだからな。あんまり調子に乗ってると、怖いことになるぞ。きをつけろよ」
ハロルドは真顔でゆりを見ていた。
「はい」
ゆりは素直に返事をしている。
「本当にわかってるのかー？」
「わかってますよ。失礼なことは、たぶん言ってないです」
ゆりはちょっと自信なさげに言っていた。
「あっちのお前にも言っておく。ちょっと変われ」
「え」
ゆりはチェンジして、同じ言葉をくどくどとハロルドに言われていたのだった。
蛇の目のゆりは、（ハロルドって、王様みたい。それだけ私のことを心配してくれてるんだろうけど……）と思っていた。
忠告が済むと、ハロルドはいつの間にか寝ていたレーヌをゆりに渡して帰って行った。
……ミカエルからさっきのこと絶対言われるよね……王様に先に言っておこう
蛇の目のゆりはレーヌを抱いたまま王の寝室へと飛んだ。
そしてゆりの気配で目を覚ましたラクシュミに、
「実はさっき、ハロルドとミカエル、フリットがはちあわせしちゃった」
と眠気が吹っ飛ぶような告白をしていたのだった。
翌朝、朝食が終わったあと、ゆりが部屋に戻ると、ミカエルがやってきていた。
「王妃！ ハロルド様がいらっしゃるなら、ちゃんと教えてくださいよ。昨日は心臓がとまりかけましたよ！」
ミカエルはゆりの顔を見るなり言っていた。
「いや、そういわれても……私も突然で、私だって寿命が縮まるかと思ったよ」
「それでなんですか？ いちゃいちゃしにいらしたんですか？」
「まさか、違うよ。ちょっと話があるとかいって、あ、あの箱の石はどうなったかか、見に来たの。それだけよー」
「本当ですかあ？」
「そういうんじゃないの」
「いやー昨晩は驚きましたけど、思えば噂のハロルド様に出会うのは初めてだったんですよね。朝起きたらなんだかうれしくて、
息子に自慢しましたよ。夜、庭園でハロルド様が自分の石像を眺めてたって、お父さんいいな！って羨ましがられました」
さすがにハロルドを王妃の部屋で見たとはミカエルもいわなかったようである。
「そ、そう」
「想像通り、ハロルド様って強烈にかっこいいですね。あのハロルド様と張り合う王妃は、やっぱりすごいです」
ゆりは苦笑いしていた。
食後、部屋で軽く酒を飲んでいたラクシュミの元には、フリットがやってきていた。
フリットは昨晩のことを思いだすだけでぶるっと震えていたが、ラクシュミはおかしくて笑っている。
「ミカエルのやつ、『王妃がいつもお世話になってます』、なんてよくいえたな」
「私はびっくりしすぎて、とっさに何も口からでてこなかったですよ」
「ははは」
「昨晩は眠れませんでしたよ。やはりハロルド様は、強烈な印象を与える神ですね。サラディン様もそうでしたけど、サラディン様はイシュタールから
噂を聞いていたので、見た目は怖かったけど親しみを感じたんですよね。ハロルド様は、凄みがありましたよ。平然と会話ができる王妃が信じられない
くらいですよ」
「だろうなあ……」
「昨晩、もし王がハロルド様に出会ってたら、なんていいますか？」
「実はあの後夢にみたんだ。夢で私は、『ゆりがいつも迷惑をかけてすいません』と謝ってた」
ラクシュミの言葉にはフリットもぷっと笑っていた。
「ハロルド様、『そんなことはない』といってくださいました？」
「苦笑いしてた」
「ぷっ……」
「その状況だけは、絶対にごめんだな」
再認識したラクシュミだった。
つづく
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