第3話

神の国にやってきたゆりは、ガーベラの神殿にいた。目の前にはクーリーフンがいる。

「はい、これ荷物、着替えと美容液が入っているから。美容液はエヴァ様に渡して」

クーリーフンは布でくるんだ物をゆりに渡した。手で触ってみると、服の上に容器のようなものが二本入っていた。

「全部エバ様にあげていいの？」

ゆりが聞いた。

「エヴァ様」

「エヴァ、エヴァ様」

海の神を束ねているのが海の神マリナール、その妻がエヴァである。この二人だけは「様」づけで呼んでいるようだ。

「いいよ。じゃあラクアのところにとんでくれる？」

「はーい。じゃあねークーリーフン」

「楽しんできてね」

ゆりはラクアの元に飛んだ。飛んだ先は珍しくラクアの神殿の中だった。ラクアと二人の娘も神殿の中にいる。

「「カカサマー！」」

二人が飛びついてきた。

「おまたせー待った？」

「いいや。ガーベラ、今回はありがとう」

ラクアは嬉しそうに言って近づいてきた。

「今日は、生まれ変わった気分で楽しむつもりよ♪」

ゆりが笑顔で言った。

「それはいいね。じゃあ行こう。引っ付いて」

ゆりと子供達はラクアに抱きしめられた。

「水がめはもっていかないの？」

ラクアはいつもの水がめをもっていなかった。

「今日は持っていかないよ。行くよー！」

４人は移動した。


場所が変わるとすぐに「ザバーン」という波の音が聞こえてきた。

ゆりにとってはなんとも懐かしい音である。

足元には真っ白な砂浜、横を見ると大海原だった。どこまでも広がる青い海、キラキラ光る水面、砂浜に打ち寄せる波、そして青い空である。

心が高まらないはずはない。

「キャー！」

「やったー」

ユリアナもイオナも一目散に海に向かって走って行った。

ゆりは手に荷物を持っていたので、「はい」とラクアに押し付けて、自分も「きゃー！！」と叫びつつ海に向かって行った。

「え？　ガーベラ！？」

ゆりは走りながらサンダルも脱ぎ捨てて足首まで海に入っていた。子供達は服が濡れるのもおかまいなしで既に全身海に入ってしまっている。


海だ、海だ、本当に海に来たんだ！！


「海だー！！！」

ゆりは興奮しまくり、つい叫んでいた。

遠くの水面で何かが二匹飛び跳ねた。かなりでかい魚である。見覚えがある背びれがついていた。

「え？　イルカ？　イルカがいるの！？」

水面からジャンプしたのはイルカである。二匹はもう一度そろってジャンプしていた。

「すごい、イルカだ！イルカが近くにいる！」

二匹のｲﾙｶはこちらに泳いできて、ユリアナとイオナの側にやってきた。二人は嬉しそうにはしゃいでいる。

「私も、私も触りたい！　イルカちゃん、こっちに来て！」

「ガーベラ、どうしたの？　落ち着いて」

ラクアがびっくりした様子で側に来た。

「私もイルカに触りたいー」

「あとで触れるよ。とりあえずマリナールに挨拶をしないと。二人とも、遊ぶのは後だよ」

ラクアは娘たちに言っていた。

「「はーい」」

「ガーベラが突然大声を出すから驚いたよ」

ラクアはびっくり顔である。

「だって、久しぶりの海だし、今日は楽しむって決めてるから、気分を高揚させてるの」

ゆりは興奮状態で説明していた。

「君ってばかわいいんだから。じゃあいこう」

娘たちが海からあがってきた。ゆりは後ろを向いて、砂浜に１０人ほどの妖精がいたので驚いていた。みんな唖然とした様子で自分をみている。

先ほどの大声も聞かれたらしい。

「あら、おほほほ」

ゆりは引きつった顔で笑っていたのだった。



一方、ゆりに入ったガーベラは、ハザークの部屋にいるミシェイラに会いに行った。そして絨毯の上に座って遊んでいるミシェイラを見つけてだっこしていた。

「ミーちゃん！　ぎゅー」

「？？」

ミシェイラは不思議そうな顔をしている。

ガーベラはミシェイラの頬にちゅっとキスするとミシェイラをおろして、今度は長椅子にいたハザークに抱き着いていた。

「ハザーク様〜ぎゅー！」

「ん？」

ガーベラはハザークにちゅっちゅとキスしまくっていたが、ハザークはゆりに入っているのがガーベラだとは全く気付かなかった。

「なんだ？　なんか陽気だな」

「そうよ。今日の私は陽気なの。それじゃね〜」

最後にハザークの唇にぶちゅっとキスすると、ガーベラは部屋を出て行った。

部屋の外ではシスとラギが待っていた。レーヌが「あうあう」言いながらガーベラに手を出している。ガーベラはレーヌを抱っこした。

「私の部屋に連れて行って」

「はーい」

ガーベラは王妃の部屋に飛ばせてもらった。

「あうあう」

「レーちゃん、新しい哺乳瓶は気に入ったの？」

「あー」

「気に入ってたよ」

ラギが答えた。

「そう、よかった」

「あー……」

レーヌは眠そうにしている。ガーベラがレーヌを抱っこしてちょっと歌を歌うと、レーヌはすぐに眠ってしまった。ゆりの声なのだが、やはり普段とは違う。

ラギとシスは目を輝かせている。

「あそこに寝かせていい？」

「うん」

ガーベラはベビーベッドの上にレーヌを置いて寝かせた。

「かわいいね。ねえ、ミーちゃんはどうして金髪が混じってるかわかる？」

ガーベラは二人に聞いてみた。

「ミシェイラはお父さんの子供なんだけど、ハザーク様の子供でもあるんだって。だからみたい」

ラギが説明した。ガーベラはちょっと首をかしげている。

「赤い月を３人で過ごしたわけじゃないんだよ。でもそうなったんだよ」

ゆりが誤解されないようにか、一応ラギは説明していた。

「そんなことがあるの？　よくあること？」

「珍しいことだよ。母様はすごい人だからそういうこともあるんじゃないかな？」

シスが答えた。

「そうなんだー面白いわね。あ、そーだ」

ガーベラは何かを思い出し、棚の上に置かれていた木箱を手に取った。そして開けようとしたのだが、やはり開かなかった。

「やっぱりだめだー中身は増えたの？」

「結構増えてたよ」

「一気に１０個くらい増えたよ」

「そうなの？　何をどうしたら増えるのかしら？」

ガーベラにはさっぱりわからなかった。ガーベラは次に棚に飾られていた宝石に目を止めて、その一つを自分の首にかけた。神石がついているネックレスである。

「あ、お母さん、それって、なんの石なの？」

ラギが聞いた。

「神石っていって神様が作る石なの。でもだれでも作れるわけじゃないのよ。あっちの私はちゃんとこれを首にかけてる？」

「いつもしてないよ。つけたら何かあるの？」

シスが聞いた。二人の頬はちょっと赤くなっている。

「たぶんね。何があるかは私にもわからないの。悪いことはないわよ。だから、つけるように言ってね」

「「はーい」」

扉がノックする音が聞こえて、顔がのぞいた。ヴィラである。

「こんなところに、シス様、もうアナスターシャ様は待ってますよ」

「あ、やば、僕いかなきゃ、母様、本当にまだいるよね？」

シスが確認するように聞いた。

「いるわよ」

「じゃあ僕いってくるー」

「いってらっしゃい。ヴィラ、ちょっと来て」

ガーベラは言いながらヴィラに近づいていた。

「なんですか？」

「口づけを」

ガーベラはヴィラに抱き着いて軽く唇を合わせていた。子供達の前でゆりがこんなことをするのは珍しい。

ヴィラはぱちぱち瞬いてシスと去って行った。

ラギは嬉しそうな顔でガーベラを見ている。ラギはシスとは違って剣や魔力の稽古などはなく、暇な時は研究所にいったり、自主学習をしている。

今日ばかりは勉強などする気になれるはずもない。

再びノックの音がして、今度はミルキダスがやってきた。

「おはようございます、王妃、ラギ様。ラギ様、一局相手をしてください」

ミルキダスはラギを誘いに来たらしい。

「ミルキダス、せっかくだから今日はお母さんと過ごした方がいいよ」

ラギはほんわかした顔で言っていた。

「え？」

「なんの相手をするの？」

ガーベラが興味を示して聞いた。

「ゲームだよ」

「私みたい。やってみてー」

「じゃあここにバラクのセットをもってくるね」

「はーい」

ラギは部屋を出て行き、ガーベラはミルキダスに横から抱き着いていた。

「ちょっとかがんで」

「はい？」

ミルキダスがかがむと、ガーベラは唇を合わせていた。

「大好き」

「え」

「ミルキダス好き〜」

「私も王妃が大好きです」

ミルキダスは頬を真っ赤に染めて言っていた。やがてラギがバラクのセットをもってきて二人はゲームを始めたのだが、ガーベラはミルキダスの真横に引っ付いてちょっかい

を出していたので、ミルキダスは頬が真っ赤なままだった。

「王妃、今日は、ど、どうしたんですか？」

バラクにはまったく集中できず、ミルキダスはついに聞いていた。

「え？　私どこか変？」

ガーベラはラギに聞いてみた。

「全然変じゃないよ」

ラギは笑顔で答えた。

「そうよね。私普通よね」

「うん、普通だよ」

「でも、ずっと私の顔をじーとみてるし……」

「ミルキダスがかっこいいから見てたの。好きなんだもん」

「ええ？」

「いいなーうらやましいなー」

とラギ。


（どちらもちょっと変？）とミルキダスは思ったが、（王妃は何かいいことでもあったのかな？）くらいにしかミルキダスは思わなかった。

（王が昨晩はすごく王妃に優しかったのかも？）

バラクの勝負はラギが勝った。

「大人に勝つなんてすごいね」

ガーベラは感心している。

「ミルキダスが集中してなかったからだよ」

「どうして？」

ガーベラはミルキダスにべったりくっついたまま聞いていた。

「では私、こ、このへんで失礼します。仕事の時間なんで」

ミルキダスはしどろもどろになって言っていた。どうにも逃げ腰である。

「そうなの？　じゃあねーがんばってねー」

「はい」

ガーベラから離れたミルキダスは、足がもつれつつ出て行った。

「ミルキダスってかわいい。みんな恋人だから別に引っ付いても変じゃないわよね？」

ガーベラは一応ラギに聞いていた。

「変じゃないよ。どんどん引っ付いてあげて」

とラギ。

そこへミカエルがやってきたのだった。

「王妃、どうかしたんですか？　イシュタールがなんか変なことを言ってましたよ」

「どうもしないよーミカエル〜会いたかった〜」

ガーベラはミカエルに抱き着いていた。

「僕お邪魔だからでてくね〜レーヌも頼んでおくからね」

ラギは気を利かせて出て行った。

「イシュタールに一体何をしたんですか？」

「なにって、チューしてって言ったら逃げたの」

「それだけで？」

「子供もいたし、他に変なことなんてしてないわよ？」

「そうですか」

「座ってお話しましょ」

「いいですとも」

二人は長椅子に並んで座ったが、ガーベラはミカエルの膝に乗っていた。そしてミカエルの首に腕を回して顔を寄せている。

「好き〜」

「今日はどうしたんですか？　素直でかわいいですね」

「いつもかわいいでしょ？」

「いつもかわいいですよ」

二人はそのままキスしたりしながらいちゃいちゃしていた。

ミカエルは（ひょっとして誰か降りたのかも？）とは思ったが、（王妃がかわいいから二人きりがいいなあ）などと思っていた。



一方、広間でのアナスターシャとシスの修行はひと段落ついていた。シスは終始にやにやしていたので、アナスターシャが「どうしたの？　なんか不気味」と言っていた。

「別にい」

「本当ですよ。何かいいことでもあったんですか？」

ヴィラも疑問だったらしい。

「いつもとかわらないよ。うふふ」

やっぱりシスは笑っている。

「なによー何かあったんなら教えなさいよー」

アナスターシャは口をとがらせていた。

「何もないって」

そこにラギがやってきた。ラギもなんだかにやにやしている。

「母様はどうしてるの？」

「ミカエルがきたから出てきたんだ」

「そうなんだ」

シスとラギがそろってにやにやしているので、ヴィラも首をかしげていた。

「怪しい」

とアナスターシャ。

「ヴィラ、今のうちに母様と仲良くなっておくといいよ」

シスはつい黙っていられなくて言っていた。

「はあ？」

「今の内なんだよ」

「またまた、王妃にどなたかたいらしてるって言いだすんじゃないでしょうね？」

ヴィラは冗談交じりに言ったのだが、シスもラギも、ちょっと驚いた様子だった。

「そういうわけじゃないけどね」

「でも今のお母さんに会わないのはもったいないよ。今日か明日が勝負だよ」

「なんの話？」

アナスターシャにはさっぱりわからなかった。

「怪しいですねえ。それほどいうなら、王妃に会ってきますね」

ヴィラはとりあえずゆりに会いに行くことにした。


あの二人の様子、まさか、また王妃にガーベラが？　だが、ガーベラもそうほいほい来るほど暇じゃないだろう……


そうヴィラは思ったが、ついこの間、自分がガーベラとどうにかなったと思うと、なんとも不思議な気分である。


ガーベラは我々のことをどう思ってるんだろう？


ヴィラはゆりの部屋に行ってみた。ノックすると返答はないのが中にいる気配が感じる。扉を開けると、ゆりに入ったガーベラはミカエルの膝の上に乗っていた。

「王妃、今日もお元気ですか？」

「元気よーヴィラ」

ミカエルはとてもうれしそうな顔でガーベラを抱っこしている。

─今日の王妃、どこか変じゃないです？

ヴィラはミカエルに聞いてみた。

─今日の王妃は、とってもかわいい

─かわいい？

─素直でかわいい♪

ヴィラは長椅子に近づいてじっとガーベラの顔を見ていたが、普段のゆりと違うとはわからなかった。

「ああどうしよう。私すごく興奮してきたわ。今のうちに発散しないと、夜王様を襲ってしまうかもしれない」

ガーベラが困ったように言いだした。

「え？　それは大変ですね」

とミカエル。

「王のためにもいっぱい発散しときましょう」

「そうよね」

「といっても、残念ながら私はもうちょっとしたら仕事に戻らなきゃいけない。ヴィラも来い」

ミカエルが部屋の時計を見ながら言った。

「え」

「どうしたんだ？」

「私はちょっと……」

ゆりなのかガーベラなのか、ヴィラにはまだわからなかったため、躊躇していた。

「珍しいな。本当にこないのか？　だれかあいてる男はいるかな？」

ミカエルは思念で他の男に聞いていた。儀式ならば緊急招集だが、そうではないし、ゆりは今妊娠中でもない。

「いつもの王妃……です？　ちょっと違うような……」

ヴィラはガーベラをじろじろ眺めている。女蛇が下りてきたようでもないようである。

ガーベラはヴィラに近づいて、ヴィラの耳元に唇を寄せた。

「私、３人目のゆり、よろしくね」

「え？　３人目？」

「しっ」

ガーベラはヴィラの口に手を当てた。

ミカエルは思念で会話をしていたので、こちらには気づいていないようだ。

「どういうことです？」

ヴィラは小声で聞いた。

「王様は私のこと知ってるから、心配しなくていいのよ」

ガーベラは小声で返した。

「あとでフリットが来ることになりましたよ。王妃、いきましょう」

ミカエルがガーベラに顔を向けた。

「はーい。どこにいくの？」

「あっち」

ミカエルはガーベラを連れて移動した。


「３人目？　嘘だろ。どういうことなんだ？」

ヴィラはその後王の間のラクシュミの元に行った。ラクシュミの様子はいつもと同じである。いつもの椅子に座ったまま、何かの書類に目を通しているところだった。

「あのー王」

「んー？」

ラクシュミは書類を見ながら返事をしていた。

「王妃のことなんですが」

「なんだ？」

「３人目の王妃のことなんですが」

「……え？　今なんていった？」

ラクシュミがヴィラに目を向けた。

「３人目の王妃って言ったんです。王はご存知なんでしょう？　３人目の王妃」

「……ゆりが自分で３人目だと言ったのか？」

「はい。王は知ってるって」

「……あ、そうだ。髪を整えないと」

ラクシュミは突然そわそわして立ち上がっていた。

「王、知っているのなら教えてくださいよ。どういうことなんですか？」

「ゆりは今どうしてるんだ？」

「別室にいますよ」

「誰といるんだ？」

「今はミカエル殿と」

「またミカエルか。あいつめ」

ラクシュミは面白くなさそうに言っていた。ラクシュミが行こうとしていたのでヴィラは腕にすがっていた。

「王、どういうことなんです。いつから３人目が現れたんです？！」

「大丈夫だ。３人目のゆりは、歌が好きで、性格もかわいらしい。そのくらいのものだ。ごくたまに現れるだけだし、全然心配ない」

「まったく話が分かりませんよ。理由があって現れてるはずでしょう」

ヴィラはヴィラらしくゆりの心配をしまくっているようである。

「シス様とラギ様もおかしかったですよ。それで王妃にガーベラがまた来たのかと思ったんですが……」

「３人目のゆりってのはガーベラのことだ。本人はガーベラだとは思われたくないようだから、３人目のゆりってことになってるんだ」

「え？　では、あれはガーベラなんですか？」

ヴィラの目がまん丸になっていた。

「みんなに言うんじゃないぞ」

「本当なんですか？」

「嘘だ」

「ええ？」

「本当だ」

「どっちなんですか」

「どっちにしても心配いらん」

ラクシュミは消えてしまった。


本当にガーベラなのか？　では王妃は神の国に行っているのかな？　うーんわからん


とりあえずゆりに何かが起こったというわけではないようなのでヴィラは去って行ったのだった。


その後、アナスターシャが王の間にやってきて、ラクシュミの姿に驚いていた。ラクシュミは朝とは違い、かなり豪華な衣装を着ていたからである。

「え？　あれ？　今日は特別なお客さんが来る日だっけ？」

アナスターシャは番兵に聞いていたのだった。

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