第4話
ゆりはラクア達とともに海の神の神殿にやってきた。とにかく大きな神殿である。神殿はどでかい真っ白な柱と壁に囲まれて三角の屋根がついていた。
雲の上の神殿の３倍はありそうだ。
「立派な神殿ね」
ゆりは神殿を眺めながら言った。
「結構な人数がここに住んでいるからね。大きくないとね」
（へー向こうとは違って、海の皆さんはここにみんな住んでるんだ？）
海を見渡せる崖の上に神殿はあった。大きな階段を上って行き、一同は神殿の中に入った。
広いエントランス部分に入ると、中に２０人ほどがいてこちらに注目した。妖精達だろうか、皆青系統の髪の色である。
「こんにちは」
ゆりが笑顔を向けてみると、皆頭を下げてくれた。珍しい物でも見るような目である。ガーベラはここにはめったにこないので、そのせいかもしれない。
ラクアはそんな視線に構わずに前に進んで行った。エントランスを抜けてまっすぐな通路を歩いていくと、でかい扉があった。扉には波の模様の彫り物がいれてある。
この世界で扉を見るのは珍しいことだった。向こうの神殿にはどこも、こういう扉はないのである。
扉の前には妖精がいて、その妖精が扉を開けてくれた。
「マリナール様！」
ユリアナとイオナは扉が開くなり、中に走って行った。
（おおー！すごい！）
その部屋はかなりの広さだった。部屋の中には光があふれ、奥の一段高いところに二つの豪華ででかい椅子が並び、そこに、ひときわ目立つ二人がいた。
海の神マリナールと、その妻エヴァであろう。マリナールは駆け寄ってきた二人の子供を抱き上げて、「ようきた、ようきた！」と喜んでいた。
（でかい！ そしてたくましい！）
マリナールはライオネル並にたくましく、背も高かった。みためアシュランほど若くはなく、中年くらいの外見である。貫禄があり、口元とあごに青いひげがある。青系統の服を着て、頭には金の冠をのせてい
た。うねった青い髪は背中にかかるくらいの長さである。そしてその妻であるエヴァも青い衣を身にまとっていた。腰には金のベルト、額にも金のサークレットをはめている。サークレットには
青い大きな宝石がついていた。額は出して、髪は頭の後ろでまとめられている。こちらも海の女王のような貫禄があった。背はかなり高い。美人だが目が吊り上がっているため、きつい印象を受ける。
首回りには大きな真珠のネックレスをしていた。
ゆりはしばし自分がガーベラだということも忘れて、二人を見つめていた。まるでおとぎ話に迷い込んだような、そんな錯覚さえ感じている。周りに数人神らしき者もいたが、
この二人にゆりの目はくぎつけである。
（さすが、二人ともキンキラキンだわ！）
「ガーベラ」
ラクアにつつかれて、ゆりはようやく現実世界に戻ってきた。
「このたびはお招きくださりありがとうございます」
ゆりはようやく挨拶した。
「よう来てくれた、ガーベラ、あの珍しい花のおかげで、この神殿もしばし春真っ盛りであったぞ。はっはっは」
マリナールは子供二人を抱っこしたまま笑っていた。低く、よくとおる声である。
「本当にどうもありがとう。どうか楽しんでいってね」
エヴァがゆりに近づいてきた。近づくと、背はガーベラよりも頭一つ分高かった。とっても機嫌がよさそうに微笑んでいる。
「あ、そうだ」
ゆりはラクアにもたせていた荷物から小瓶を取り出してエヴァに渡した。
「私が作ったんですが、どうぞ」
「どうもありがとう」
「海の神殿にようこそ」
と声がかけられて、ゆりは振り向いた。青い髪の少年がやってきた。一緒に大人の男性と女性、輝きからして３人とも神に違いない。
「ガーベラ様、よくいらしてくださいました」
「本当に」
「ようこそ」
３人とも挨拶してくれたので、ゆりも挨拶を返していた。
「あれから若返った気分なんですのよ。気分もうきうきって感じで」
女性がうれしそうに言っていた。エヴァに顔立ちが似ているから娘に違いない。大昔、ラクアが振った女性である。男の方は温和な顔立ちだった。普通の背が高い男性で、マリナールのように
たくましくはなかった。
（娘夫婦にその息子って感じかな。きっとそうね。息子はお母さんよりもお父さんに顔が似てるな。かわいい感じ）
ゆりは想像しながら、にこにこしている。
「マリナール様！ 海いこう！」
「うみー！」
女の子二人に促されて、
「おお、いこういこう！ ガーベラも楽しんでおくれ！」
マリナールはユリアナとイオナを肩に乗せて歩いて行った。
「ガーベラも海に行くかい？」
ラクアが聞いた
「いく！ それでは失礼します！」
ゆりもラクアと一緒にマリナールについていった。
神殿の外には崖から海に降りる階段がついていた。階段を降りると砂浜である。マリナールは子供二人を連れて海に入って行った。ユリアナとイオナは「きゃっきゃ」と楽しんでいる。
「楽しそう〜」
妖精達も１０人ほど海に入っていた。砂浜で遠巻きに見ている者達もいる。海の妖精達を眺めてみると、ひときわ目立つ美男美女というのはそんなにいなかった。ゆりにとっては
皆親しみやすい顔立ちである。日に焼けた肌の妖精もいれば、そうでない妖精もいた。
ユリアナとイオナに先ほどの少年が近づいていた。男の子たちは上着を脱ぎ、ズボン姿で海に入っている。
「まったくレヴァーンのやつめ」
横でラクアがぐちぐち言っている。
「どうしたの？」
「あいつ僕らの娘を狙ってるんだよ。まったく」
「ふふ、どっちを狙ってるの？」
「将来どちらかと結婚したいとか言ってるんだ。やなやつだろ？」
「ラクアったら」
マリナールが手をあげると、イルカが３頭同時に跳ね上がった。
「わーすごい！」
ゆりは手をたたいて喜んでいる。
広大な海である。この海の向こうはどうなっているのか、ゆりにはさっぱりわからない。だが、この海の中には様々な生き物が生息しているに違いない。
少年レヴァーンが海から上がってきた。青い髪は肩にかかる程度で、長めの前髪は耳にかかっている。やんちゃタイプではなく、理知的な顔立ちをしている少年である。
小さい子供ではなく、ジェイクやアマンザよりは少し幼い程度だった。
「ガーベラ様、本当にありがとうございます。あの花のおかげで、うちの両親はもう毎晩熱々で、こっちが恥ずかしくなるくらいいちゃいちゃしてるんですよ」
レヴァーンは苦笑まじりに言っていた。
「あら、そうなの？」
「子供ができそうな勢いですよ。ところで、ガーベラ様の儀式の間、ラクア様と子供達は神殿から離れていたでしょう。あの二人が大人になったという噂を聞いたんですが、本当ですか？」
レヴァーンは真面目な顔でラクアに問いただしていた。
「さあ、知らないよ」
ラクアは素知らぬ顔をしている。
「どうして教えてくれなかったんです。僕は二人が大人になった姿をみたかったのに。さぞかし美しかったことでしょうねえ」
「知らない知らない。なーんにも覚えてない」
ラクアはつれなく言っていた。
「ガーベラ様は二人を見たんですか？」
「え？ 私？ 儀式の間の記憶はないのよねー」
ゆりはラクアを気にしながら言った。
「ガーベラは会ってないよ。ところで、君密偵をちょくちょく送るのやめてよ」
ラクアが言うと、
「記憶にないですねえ」
とレヴァーンは首をかしげていた。
「密偵って？」
ゆりは聞いてみた。
「海の生き物が時々僕の神殿の中にいるんだ。たとえば亀とか」
「亀？」
「たまたまでしょう」
レヴァーンが言った。
「この前は神殿の外にアシカがいたな」
「アシカ？ すごく見たいんだけど」
ゆりはつい反応していた。
「それもたまたまでは？」
とレヴァーン。
「たまたま神殿の外にアシカがいるか！」
「いいじゃないですか。ねえ、ガーベラ様」
レヴァーンはゆりに話を振ってきたが、ゆりは「この近くにアシカいる？」とアシカに会いたがっていた。
海では歓声があがっていた。波とは別に、海水の渦があがったりさがったりして、海の中にいたユリアナとイオナは渦の上に乗り、上がったり下がったりしていた。他の子供達も海に入って
一緒に遊んでいる。あちこちで海水の柱があがったりもしていた。
むっちゃ楽しそう！
ゆりは海で浮かんでいる人たちがうらやましくて仕方がなくなったので、ラクアに「海に入りたい」と言ってみた。
「え？ 入るの？」
「ねえ、妖精達が着てる水着みたいなの、私にもちょうだい」
ゆりがレヴァーンにいうと、レヴァーンは驚いていた。
「え？ あれを着るんですか？」
女の妖精は胸元と腰から下に布を巻いている。水着のようなものだとゆりは思っていた。ちなみにユリアナとイオナは服のまま平気で海に入っている。
「うん」
「ガーベラがあれを？」
ラクアも驚いている。
「え？ 変？」
ゆりはきょとんとしていた。
「いや、でも……」
「このまま入るのやだし、やっぱり着替たほうがいいと思うの」
レヴァーンは女の妖精を呼んで頼んでいた。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
ゆりは妖精に連れられて神殿に戻ったのだった。
しばらくして戻ってきたゆりを見て、ラクアは驚いて後ずさっていた。
「ガーベラ……」
「ジャーン、似合う？」
ゆりは頭の後ろに手をあててポーズをとっていた。豊満な胸の周りと腰から下太ももの半分くらいは青い布で隠れていたが、布はそれだけだった。おへそも見えている。
ゆりはガーベラだったので、全く躊躇なくおへそを出していた。くびれたウエストも見てくれと言わんばかりである。
普通位が高い女神は、外では水浴以外肌はあまり見せないものである。ゆりがお腹をばーんと見せていたのでラクアはびっくりしていた。
ゆりにすれば、海なのだからこれくらいはいいだろうという感覚である。
「おおー！」
と遠くで歓声があがっていた。遠くにいた妖精達が近づいてきて砂浜で正座していた。
「すごい」
「きれいです！」
「美しい！」
「海に入ろっと。ラクアもきてー」
ゆりはそのまま海に入って行き、ラクアはしばし唖然としてそれを見送ってしまっていた。
「僕らも入ろう！」
「入ろう！」
男の妖精達もわらわらと入って行った。
「ガ、ガーベラ……今日はどうしたんだろう？」
「今日のガーベラ様は一味違いますね」
レヴァーンが楽しそうに言った。
ゆりが海に入ると、ユリアナとイオナが泳いで近寄ってきた。
「気持ちいいねー」
ゆりは二人を腕にだっこしていた。
「ガーベラ！？」
海に浮いているマリナールが女神の姿を見て驚きの表情を浮かべている。
「マリナール様！ 私も遊びたいです！」
「お！ おおっ！ いいとも！」
ゆりがいるあたりの海水が渦をまき、体が海水に押し上げられた。
「きゃー！！」
「きゃー」
「きゃはー！」
海水が上がったり下がったりし、ゆりと子供たちはそろってきゃっきゃと喜んでいる。
こりゃたまらん！ 楽しい！！
ゆりはしばらく子供たちと、海で遊ばせてもらった。ゆりはすっかりバカンス気分である。
浅瀬にいるとイルカの背びれが見えた。
「イルカに触りたい！」
ゆりが興奮した様子で言うと、イルカがすぐそばにきてくれた
「やったー、かわいい！」
イルカが顔をあげて口を開けている。
「カカ様およごー！」
「およごー！」
「オーケー♪ イルカちゃん、手伝って」
イルカは了解するように顔を縦にゆらしていた。ゆりはイルカにつかまって顔だけ海から出し、すいすい移動していた。
「ああ、感動する！ 海だ。イルカと共に泳ぐ〜女神〜私はガーベラ〜♪」
興奮しすぎたゆりは歌っていた。波の音にかき消されていたのは幸いだったろう。
「カカ様潜るよー」
「はい」
ゆりは命一杯空気を吸い、イルカにつかまったまま海の中に入って行った。
「ガーベラ！」
ラクアがゆりの後を追って行った。
「今日のガーベラはひと味違うのう」
と海に浮かんだマリナールも言っていた。
ああ、海で泳ぐなんて何年ぶりだろう。しかも、すごくきれい！ 感動する！
海の中では色とりどりの鮮やかな魚が泳いでいるのが見えた。そして海の底も色鮮やかである。ピンク色のサンゴや黄色や青いイソギンチャク、とにかく幻想的で美しい。
サンゴの周りに赤い大きな生き物がいるのが見えた。ゆりは「ん？」と近づいていこうとしたが、もう息が続かなかったので水面に上がっていた。
「ぷはー」
「ガーベラ、驚いた、君、海で泳げるの？」
ラクアがそばにきていたので、ゆりはラクアにしがみついた。
「ちょっとしか泳げないよ」
「それにしては大胆に潜ってたね」
「イルカが一緒だったからよー」
そのイルカは海の底にもぐったままである。
「妖精さん、さっき海の底にでかいエビがいたの。お願い捕まえてきてー」
ゆりは近くにいた男の妖精に頼んでいた。
「わ、わかりました！」
妖精ははりきって潜っていった。
「えび？」
ラクアは首をかしげている。
「ラクアはエビ知らないの？」
「知ってるけど、君が興味を示すものじゃないと思ってたからさ」
「だって、すごくでかいエビがいたから」
ゆりがラクアにしがみついて海に浮いていると、妖精が水面から顔を出した。
「これですか？」
妖精はでかいエビの背中部分を持っていた。
「これよ。これ！！！ 側で見せて！」
妖精は近づいてくれて、ゆりはじっくりとでかいエビを眺めた。長い触覚といい、殻に覆われた形態はゆりが知っているイセエビそのものである。
でかくて赤いエビはわさわさ足とはさみを動かしていた
「すごい！ なんてでかくておいしそうなエビかしら」
「え？ おいしそう？」
ラクアはきょとんとしていた。
「立派なエビだわー」
刺身で食べたらさぞかしおいしいに違いない……頭をぐっとひねって身を出して食べたい……
目の前にあるのに食べられない。ゆりの目はちょっと潤んでいた。
「ど、どうしたんですか？ ガーベラ様」
妖精がゆりの涙に気づいたようだ。
「エビの美しさに感動したの。ありがとう。放していいわよ」
「そうですか？」
妖精はエビを離した。
「ねえ、珍しい生き物がいたら見せて」
「はい」
「ガーベラ、まだ海にいるのかい？」
ラクアが聞いた。
「うん。せっかくだから海の生き物をいっぱいみたいの」
「そう。今日はやけに熱心なんだね」
ユリアナとイオナが水面にでてきた。
「カカ様みてーきれいなのあった」
二人は手にホタテ貝のような貝を持っていた。貝殻は青く輝いている。
「本当ね。これ何かしら」
「何かの貝だね」
「中にきっと真珠が入ってるよ」
近くに来ていたレヴァーンが言った。
「そうなんだー。もらっておけばー？ ってあれ？ 真珠を取るには貝を開けなきゃいけないよね。貝を殺したら怒られるの？」
「平気ですよ。あとで出してあげるね」
レヴァーンは微笑んで二人から貝を受け取っていた。二人は「もっと探そう！」と再び潜って行った。さすが水の神、潜るのもお手のものである。
「ガーベラ様も真珠の貝を探しませんか？」
レヴァーンが言ってきた。
「私は長いこと潜れないし、どっちかというと珍しい生き物を見たい」
「そうですか」
レヴァーンも潜って行った。
先ほどの妖精が水面に顔を出した。
「ガーベラ様、これ珍しいですよ」
「何々？」
妖精は何かでろーとした物体を手に持っていた。何本もの触手があって吸盤がたくさんひっついている、見た目あまりかわいくはない生き物である。
「あー、たこー！！！！」
それはまぎれもなくタコであった。丸い頭もついている。
「おおおおお、たこ、たこだわ。久しぶり、たこ、なんて久しぶり！」
ゆりは興奮して一人でぶつぶつつぶやいていた。奇怪な生き物にビビる様子もない。
「ガーベラはタコを知ってるの？」
ラクアが聞いた。
「人間はたこを食べるみたい。生で食べてもおいしいんだって聞いたことがある」
「ふーん？」
「みせてくれてありがとう！」
「いえ」
妖精はたこを放していた。
ゆりがあまりに喜ぶものだから、妖精達はいろんな生き物をとってきてくれた。ウミウシやナマコもあった。
ゆりはナマコを見ても大喜びしていたので、ラクアは横で首をひねっていた。
散々海を満喫したゆりはラクアに連れられて砂浜に戻った。
「海の中にいる生き物って面白いわねえ」
「そうだね。でもガーベラがこんなに喜ぶなんて驚いたな」
「神だってたまにはいろいろ冒険しないとね」
足で何かをふんずけた、と思ったら、砂の中に半分もぐって貝があった。
ゆりはその貝を掘り出してみた。10センチくらいの茶色い貝である。
……これ、酒蒸しとかにしたらおいしいそうだなあ……
貝からにょきっと管のようなものがでてきた。ゆりが平気で貝をもっていたので、ラクアがうかがうようにこっちを見ていた。
「どうしたの？」
「え？ なんでもないわよ。あら、綺麗な貝殻がある」
ゆりは貝を砂の上におろして、違う貝殻を拾っていた。
ああ、どうしても頭が食べる方に行ってしまうわ。しょうがないわ。新鮮な海の生き物なんておめにかかれないんだから。でも、やっぱり向こうの世界と同じ生き物が
この海にもいるんだわ。感動！
ユリアナとイオナが海からあがってきた。一緒にきたレヴァーンが手に網に入ったたくさんの貝を持っている。
「カカ様一杯とれたよ！」
「よかったねえ」
「じゃあ休もうか。ガーベラも水で髪を洗おう」
ラクアに促されて、ゆりは神殿に戻ったのだった。長い髪を水で洗って乾かすのに、妖精が二人手伝ってくれた。
案内された部屋に行くと、ユリアナとイオナは一つのベッドで並んで寝ていた。どうやら疲れたらしい。
この部屋にも扉があった。ホテルの一室のような趣がある。
「ガーベラも疲れただろう」
「うん、だけど、楽しかった。ねえ、こっちの神殿って、扉があるよね。向こうにはなんでないのかしら？」
ゆりはどうしても聞いてみたくなった。
「この神殿には妖精がいっぱい住んでるからね。ここに住んでいる神もいるし、個人の空間がほしいからじゃないかな？」
「そうなんだ」
確かに夜ともなれば、隣の部屋に声がつつぬけじゃ盛り上がれないかもしれない。
「僕はこの後会議に出てくれって言われててね。ガーベラはどうする？ ここで休んでるかい？ そんなにはかからないと思うけど」
「神殿の外を散歩したいわ」
「じゃあ誰かに頼もうか」
「一人で平気よ。迷ったら力でラクアの元に移動するから大丈夫よ」
「そうだね。じゃあ気を付けてね」
「はーい」
ゆりはうきうきで一人部屋を出て行った。
神殿の作りは外国のホテル風である。一つ一つの扉に違う彫り物がされていてかわいらしい。
神殿のエントランスに行くと、妖精はまばらだった。
神殿の外を散歩しましょう♪
ゆりは神殿を出て、外の階段を下りて行った。
そして海に目を止めた。潮の香がする。
リゾート気分だなあ。子供達にもこの海を見せてあげたいよ。きっと感動するだろうなあ……
などと思っていると、「ガーベラ様」と声をかけられた。振り向くと、先ほど海でエビを取ってきてくれた男の妖精がいた。
「ガーベラ様、ちょっと見ていただきたいものがあるんですが、来ていただけないでしょうか」
妖精は頬を真っ赤に染めて言っていた。
「いいわよ」
ゆりは気軽に言って妖精についていった。こちらの妖精はみな似たような青系統の布地の服を着ている。裾をしぼったようなズボンに、袖がないチュニックである。そして海の飾り物をつけていたりする。
ゆりに声をかけた妖精も、若いがしっかりした海の男らしい体格をしている。
妖精が案内したのは、大きな神殿の近くにある小さな建物だった。大神殿の近くにいくつか小さな建物が点在しているようである。
「かわいい建物ねえ」
ミニミニ神殿のような外観で、こちらは入口に扉がついていた。その中に案内された。中の部屋には、長テーブルに椅子などの調度品があり、男の妖精が二人立っていた。
「私に見せたいものってなあに？」
ゆりは案内してきた妖精に聞いた。
「ガーベラ様、あの……その……ぼ、僕たちを男にしてください！」
その妖精は声を振り絞るように言って頭を下げたのだった。
「……は？」
ゆりはぽかんと口を開けている。
「ガーベラ様！ お願いします！！」
「お願いします！」
他の二人の妖精も頭を下げている。
ゆりはぽかんとしたまま妖精を見回していた。
「今なんていったのかしら？」
「お願いします！ 僕たちの初めてをもらってください！」
「ガーベラ様のかわいいおへそに惚れました！」
「タコに喜ぶガーベラ様が好きです。どうかお願いします！」
へ……へそ……
ゆりは脱力していた。
まさかこんな展開になるなんて思わなかったけど……このガキ共は……
男が３人いたが、ゆりはあまり危機感は感じていなかった。いざとなれば逃げられると思っていたし、女神に襲いかかるようなことはさすがにないだろう。
「あのね、初めては、好きな女の子としなさい」
ゆりは腕を組んで言った。
「ガーベラ様、お願いですから〜」
一人がひざをつき、残りの２人もひざをついていた。３人共大人になったばかりの妖精なのかもしれない。
「お願いされてもだめなの！」
「せめて、おっぱいに触らせてください！」
「それが無理なら、おしりでもいいです」
「全部無理ならいっそのこと殴ってください！」
「それでもいいです！」
くそがき共……
ゆりの頬がわなわなと震えだしたとき、「リーン」と何かが鳴る音が聞こえてきた。
「や、やばい！」
男３人は慌てて奥に隠れてしまった。入口の扉が開いて、一人の男が顔をのぞかせた。神のようである。
「ガーベラ様、こちらで何をしておいでですか？」
「あの３人が、私のファンになったんだって」
「はあ」
男は奥に目を向けていた。
「それじゃね。ぼくちゃんたち。バイバーイ」
ゆりは奥からそっとのぞいていた３人に手を振って建物の外に出たのだった。
ゆりは男を眺めた。ストレートの肩までの青い髪、中肉中背で、威厳がある神という感じでもなかった。一重で神経質そうな顔だちは、誰かを連想させる、と思ったら、
男は足元に翼があるサンダルをはいていた。
「あなたってグレンに似てるわね」
「私も伝令神ですよ。名前はワイアットです。ガーベラ様」
「ワイアット、よろしく」
こちらの伝令神は日に焼けた肌をしていた。
「グレンと雰囲気も似てるわね」
「仕事がら、同じような感じになってしまうのかもしれませんが。ガーベラ様のおへそを見た若い連中がどうやら興奮していたようなので気になったもので、彼らは何か失礼なことを
言いませんでしたか？」
ゆりはワイアットに促されて大神殿の方に歩いて行った。
「いやあ、まあ……若いわねって感じよ。ところで、こっちの女神だっておへそくらい出すでしょ？」
彼らが怒られるのもかわいそうと思い、ゆりは彼らのことは言わなかった。
「こちらの女神のおへそは珍しくないですが、そちらの女神様のおへそを見るのは初めてですよ」
ワイアットはあっさり言った。
「あらそうなの？」
確かに、海ではしゃぎそうな女神というのもいないかもしれない。
（たまにはあっちの女神たちもバカンスに来ればいいのに）
とゆりは思った。
「ところで、あちらの伝令神には子供ができたと聞きましたよ。ガーベラ様の子供という噂は本当ですか？」
ワイアットが聞いてきた。
「え、まあ、そうかも」
「そうかもとは？」
「神様同士って、交わらなくても子供ができるでしょ？ グレンと手を握ってたら弾みでできたの」
「はあ、あの儀式では彼も参加したようだと聞きましたが？」
ゆりはぎくりとした。どうやらそういう情報まで届いているらしい。
「そういう情報って、誰がどうやって回してるの？」
「たいていは風の妖精達ですよ。彼らはこっちの妖精と仲が良いんです」
「そうなんだ」
「彼はヒルデリア様が強引に儀式に参加させたようだとも聞きましたが、今はもう恋人なんですか？」
「さあ、私にもわからないわ。あなたってグレンのことが気になるの？」
「気になりますよ。我々は同じような立場にいますが、彼の方が私より苦労してるでしょうからね」
「そうなの？」
「そちらは神が多いですから、その分苦労も多いでしょう。ガーベラ様は、彼がしたことを許されたんですね。ガーベラ様が長いことこちらと疎遠だったので、
私もきにしていたんですよ」
「え？」
それが何のことやら、ゆりにはさっぱりわからなかった。
「とにかくよかったですよ」
二人は神殿の中に入り、別れた。
……グレンがしたことを私が許したとかなんとか……何のこっちゃ？
ゆりは首をかしげながら歩いて行った。
一方ワイアットは神殿の外に出て、先ほどの建物に移動していた。中には３人の妖精がまだいた。ワイアットがいくと「ひー」と言いながら再び奥に隠れようとしていた。
「君たち、やっぱりガーベラ様に悪さをしたんでしょう。こっちの妖精があほかと思われますよ？」
ワイアットはあきれた様子で説教していた。
「すいません。ガーベラ様が美しすぎるんでつい……」
「話しかけてくださったのがうれしくて」
「僕らの相手くらいちょいちょいっとしてくださるかなーと」
「ばかですねえ。 せっかく来ていただいたのに、もう来てくれなくなりますよ？」
妖精達は、「ううっ」とうめいていた。
「でも、ガーベラ様のおへそはかわいかったなあ」
「本当にきれいなおへそだったなあ」
「また見せてくださるかなあ」
どうやら妖精達には女神のおへそがつぼにはまったらしい。惜しげもなく見せてくれたので相当うれしかったようだ。
「これっきりにしてくださいよ。ほんと、マリナール様の耳にでも入ったら大変なことになりますからね」
３人は「はーい」とそろって返事をしていた。
「でも、ワイアット様も、ガーベラ様に相手をしてほしいと思ったでしょー？」
妖精ににやにやしながら言われて、ワイアットは妖精の頭をぺしっとたたいていたのだった。
つづく
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