第6話

神の国では、夕方、雲の上の神殿に神々が１０人ほどやってきていた。広間には楽器が並んでいる。今日はこれから演奏会があるようだ。

広間にやってきたラーズは、きょろきょろと神々を見回して、「ガーベラがきてないなあ」と言った。

「神殿にいなかったからここかなーと思ったんだけど」

「ガーベラなら、海に行くとかいってなかった？」

広間にいたダーナが言った。

「あ、あれって今日のことだっけ？　そうかあ。ありがとう」

ラーズは広間を出て行った。

「海かあ、楽しんでるのかな、それとも、やっぱり楽しめてないのかなあ……」

ラーズはつぶやきながら、神殿を出て行った。



海の神殿では、広間に再び一同がそろった後は、妖精達や神々の出し物が続いていた。音楽、踊り、途中でギャグが入ったりとバラエティに富んでいるが、かなり長い宴会である。

ラクアはすっかり飽きてガーベラの心配をしていた。ガーベラ姿のゆりは、こんなに他人の芸を見ることはないので、飽きずに眺めている。

海の生き物たちの模型のようなものをもって妖精が踊りだした。長いウミヘビのようなものや大きな魚、ｲﾙｶもいる。青系統の綺麗な布で作られている。

ゆりにとっては興味深いものだった。ゆりが元いた世界の海の生き物と、こちらの海の生き物は、やはり似通っているし、同じ生き物もたくさんいるのである。


うーん、謎だわ。もしかしたら、こちらの動物たちが大量に向こうに移住して、私がいた世界ができたとかいうんならわかるけど……

歴史はこっちの方がずっと古いからなあ……単なる偶然で同じような生き物がいるのかしらねえ。それとも、二つの世界を作った者が一緒とか？


妖精達がいなくなり、拍手が起きた所で、海の神マリナールが「ガーベラ殿は竪琴が得意だったのう」と言い出した。

「え？　はあ」

ゆりはぎくりとして答えた。

「一曲奏でていただけないか？」

「あの、その、実はもうかなり酔ってしまって指がうまく動かないと思うんですわ。申し訳ないんですけど」

ゆりはあわてて言い訳していた。

「そうか、残念じゃのう」

とマリナール。


もしかしたら何か言われるかも、と思ってたけど、やっぱり言われちゃったかあ……


２回目の休憩になった。ゆりは先ほど妖精達がもっていた魚をかたどった作り物が見たかったので、休憩所にお邪魔していた。

「あ、ガーベラ様」

「ガーベラ様」

部屋にいた妖精達はうれしそうである。

「あなたたちって宴会係なの？　結構何度も出てたわね」

ゆりは昼間自分に無茶なお願いをしてきた３人組に言った。

「宴会係？　ぷっ」

「はい、まあそうなんです」

「これがみたくてきたの。じっくりみていい？」

ゆりは魚の模型を見ながら言った。

「ど、どうぞどうぞ。これも僕たちがつくったんですよ」

「そうなの？　面白いわね」

ゆりはイルカの形のを手に持ってみた。中の骨組みは細い木か何かでつくられて、周りに青い布が張られている。イルカの二分の一大きさだが、持つと結構重い。

「これって中身竹じゃない？」

「そうですよ。竹はよく曲がるので、よくわかりましたね」

「ここらに竹林があるの？」

「少し離れた所にあるんです」

「へえー面白いわね。竹でできた作り物って向こうではみなかったなあ」


ものすごい親近感、竹細工をこんなところでみるとはねえ……


ゆりはしばし妖精達が作った模型などを見て過ごした。


広間では休憩が終わり神々が席についていたのだが、ゆりはまだ戻ってなかった。

ユリアナとイオナがレヴァーンと一緒にやってきた。

「楽しかったかい？」

ラクアが聞くと、二人は「うん」とうなずいていた。

「ガーベラ様がいないですね」

レヴァーンが言った。

「うーん、どうしたんだろ」

（たぶんもう部屋に帰ったんだろう）とラクアは思った。

（それなら言ってくれればいいのになあ……）

「ガーベラ殿は後でまた戻られるそうだ。続けよ」

マリナールが号令をかけて、再び音楽やらが始まった。ユリアナとイオナは椅子を用意してもらってレヴァーンと一緒に、マリナールの近くに座っていた。

「もっと離れろよ」

ラクアはジェスチャーでレヴァーンに訴えていたが、レヴァーンは聞こえないふりをして、二人に果物などをすすめていた。

（ちっあいつめ。ああ、僕ももう眠くなってきたよ。ガーベラもいないし部屋に戻りたい。だけどみんないなくなったんじゃだめだろうしなあ……

なんでここの宴会はこんなに長いんだ……）

ラクアは内心つぶやきながら仕方なく酒を飲んでいた。ゆりの横に座っていたシュレンもつまらなそうである。

「ガーベラ様がいらっしゃらないと華がないな」

「あら、私たちには華がないと言いたいのかしら？」

「そんなことはいっていないだろう」

というひそひそ話が聞こえてくる。


こちらにも美女はいるのだが、ガーベラやダーナのような強烈な美女ではないため、ガーベラがくると男たちは浮足立ってしまうし、女たちは嫉妬してしまうしで、

なかなか大変である。それもガーベラの足がこちらに向かない理由の一つである。


音楽が３曲ほど続いた後、妖精達が５人ほど広間に入ってきた。青い布をかぶった者を真ん中に、魚の模型を持った妖精達が踊りながら回っている。

途中で他の妖精が布をぱっととると、そこにいたのは女神ガーベラだったので、一同びっくりした。

「あ、カカサマだー！」

とユリアナがいい、その言葉にラクアは女神を見て、思わずぶおっと酒を噴き出していた。

なんと、女神の胸には真っ白なでかい貝殻がくっついている。腰から下はピンクのひらひらした布がいっぱい垂らされていた。首や腰には貝殻や真珠でできた飾り物をつけている。

「おおっ！」

「すごい！」

男の神たちの目がもう女神の胸にくぎつけになっていた。マリナールも身を乗り出さんばかりである。

「が、ガーベラ？」

ラクアは呆気に取られてゆりを見ていた。


男の妖精達が魚の模型をもったままゆっくり周り、ゆりはその真ん中で適当に踊っていた。

何もしないままってのもなんなので、混ぜてもらったのである。


あーやっぱりガーベラってすごいわ。この貝殻ブラがこんなに似合うなんて！


ゆりは自分でも感激していた。貝殻ブラは妖精達にぜひにと勧められたのだが、ゆりもつけたくなってついつけてしまった。

裏ではみんなに大絶賛されていた。


ゆりは半透明の青い布を両手でもって踊っている。ちらりと周りに目を向けると、男たちは身を乗り出してみているが、女たちはあっけにとられた表情をしていた。


何か言われてたら、酔っていたからってことにしておこう


実際にごり酒を二杯飲み干していたので、酔っているといえば酔っている。

「カカサマキレー！」

「キレー」

ユリアナとイオナはよろこんでいた。

「お前らじゃま！」

「そうだ、じゃまだ！」

「もっとみたい」

しまいには男の神たちは周りで踊っている妖精達にやじを飛ばしていた。やがて音楽がとまり、妖精達がいなくなってゆりだけになった。

みんな驚きすぎていたので、女神の踊りが変だとは思わなかったようである。拍手が起こっていた。

「ガーベラ殿、その恰好は……」

マリナールが目を見開いたままゆりに聞いた。

「イソギンチャクをイメージしてみました」

ゆりは胸を張って答えた。

「イソギンチャク？」

「イソギンチャクの妖精をイメージしました。どう？　ラクア」

ゆりは手をゆらゆら揺らしている。ゆり的には、腰から下の布をイソギンチャクにみたてていたのである。

「いや……どうって……」

イソギンチャクの妖精なんていない、とは誰も突っ込まず、

「いやーこんな美しい妖精がいたら困ってしまいますな」

「本当に」

「いやー美しい！」

男の神たちはかなり大喜びで拍手していた。

「それでは着替えてきます」

ゆりは広間を出て行った。


「いやー驚いたのう。まさか、ガーベラ殿が……」

マリナールは驚きすぎたのか、杯を床に落としてしまっていた。

「酔っていらっしゃるのかしら？」

とエヴァ。

「楽しそうでよかったですよ。あんなことしそうになかったから驚いたな」

レヴァーンは首をかしげていた。神格が高い女神はプライドも高く、あんなふうに人前で踊ったりはしないものだと思っていたのである。しかも女神が妖精のまねをするってのも

よくわからない。

「カカ様きれいだったね」

「うん。じまんね」

「じまんじまん」

ユリアナとイオナはうれしそうに言っていた。


控えの間では女神がつけた貝殻は当然取り合いになっていたが、ゆりは着替えて広間に戻った。

神々から拍手がおこり、ゆりは今更ながらに恥ずかし気だった。

席に戻ると、シュレンが「驚きましたぞ。まさか踊っていただけるとは」と声をかけてきた。

「竪琴のかわりですわ。おほほほ」

と言いながらゆりは、シュレンの前にあるテーブルを見た。そこには自分の上にはない物がのっている。

皿の上には色とりどりの小さい卵っぽいものや、肌色の艶のある円系のものが乗っていた。


ん？　あれって、ホタテっぽいんだけど……


肌色の物はホタテの貝柱っぽいものだった。生で、つやつやしている。

ゆりがきょろきょろ周りを見ると、ユリアナとイオナも何かを食べていた。

「あのーシュレンさん、それはなんですか？」

ゆりはシュレンに聞いた。

「これは魚の卵ですよ。こっちはホタテという貝で」

「え？　私にはないんですけど」

ゆりのテーブルには、果物が乗っているだけだった。

「ガーベラ殿はお嫌いかと思っておかなかったのでしょう。見るのもいやかと」

「いや、いやいやいやいや。何をおっしゃいます。今日は、食べますよ。どうか私にもください」

ゆりは目を輝かせて言っていた。

「しかし、お嫌いなのではなかったですかな？」

「嫌いじゃないです」

「そうでしたか？」

「今までは嫌いだったかもしれないですけど、今日はむしろ好きですよ」

「はあ」

ゆりは給仕の妖精に頼んでもってきてもらった。

「おや、ガーベラ殿、無理をしなくてよいのじゃよ」

マリナールが皿をもっているゆりに気づいて声をかけてきた。

「いえいえいえ、今日はなんでもこいっていう気分なんで、食べさせてください。どうかお願いします」

「そうかのう？」

待ちきれなかったゆりはフォークにホタテの身をさして食べていた。


う……うまっ！　なんじゃこりゃ！　まさしくこれは、新鮮な生のホタテだ！


ゆりはぷりっとした身の感触に感動していた。


こんなの食べたの一体何年ぶりなのー！？


涙ぐんだゆりを見たシュレンが、「無理をなさらない方が……」などと言っていた。

「いえ、感動して……このいくらっぽいの何の卵なんでしょう？」

ゆりはオレンジの卵も食べて聞いた。

「これはサケの卵で、こちらはラルベの卵、こちらはムランの卵ですな」

卵は３種類あった。どれも行ける味である。

ゆりは全部食べてから妖精にお代わりを要求していた。

「ガーベラ殿、これは大量に食べるものではないのですぞ」

「え、お代わりはなしなんですか？　もう一皿だけお願いします」

ゆりは泣きそうな顔で頼んでいる。

「ガーベラ殿がこんなに食べられるとは驚きましたな」

「海の神々はいつもこういうの食べてるんですか？」

「いつもではありません。こういう宴席で食べるくらいですぞ」

「生の魚は食べます？」

ゆりはもしやと思って聞いた。

「いえ、食べませんな。卵を少し魚からもらい、貝、そして海藻などを少し、酒のつまみに食べるくらいで」

「海藻ですか？　食べてみたいです」

ゆりは興味津々だった。

「食べてみますか？」

シュレンが妖精に頼んでくれた。


まさか……まさかここでホタテが食べられるなんて思わなかった―！　感激だわー！！！

これもこっちでがんばった神様のご褒美に違いない！


そうゆりは思った。この場合どの神のご褒美なのかは疑問である。

ゆりの前にホタテと卵のセット、海藻のセットが置かれた。海藻はいろいろな色のわかめっぽいものや、海ぶどうみたいなものが乗っていた。


おいしい！！


「ガーベラ、大丈夫？　無理しなくていいんだよ？」

いつの間にかラクアがそばにきていた。

「無理はしてないわよ。大丈夫よ」

「でも……」

「あら、ユリアナとイオナ、眠そうじゃない？　そろそろ寝かせてあげたほうがいいんじゃないかしら？」

ゆりはラクアをどこかに行かそうと言い出した。

「え？　そうかな？」

ラクアが二人を見た。眠そうにみえないこともない。

「じゃあ寝かせてくるよ」

ラクアは二人を連れて行き、ゆりはラクアがいなくなったところで食べ物を食べまくった。

「このぷちぷちした海藻、おいしいですね。ぶどうみたいな形で」

「海ぶどうと呼ばれてますな」


こっちでも海ぶどうなんだ……


にごり酒は３杯目になっていた。ゆりはもうかなり酔っぱらっていたが、口と手は動き、海藻の皿も空になっていた。

「シュレンさん、エビは食べないんですか？」

「エビは食べませんな」

「そうなんですか。残念ですね」

「残念？」

「いえ、なんでもないです。たことかいかは食べないですよね。やっぱり」

「食べませんな。貝の仲間なら食べることもありますよ。マリナール様がお好きなので。宴会の時に少々だけしか食べませんが。大量に食べると身体に悪いですからな」

「そうなんですか」

ゆりは通りがかかった妖精に海藻の追加を頼んでいた。


海藻って野菜みたいなものだから、いっぱい食べても大丈夫だろう


そう思っている。


本当はホタテをいっぱい食べたいけど、あんまり食べると怪しまれるかもしれない。海ぶどうで我慢しよう

それにしてもこっちの神様は貝を食べるなんて……ほんと驚きだわ


「ガーベラ様、夜の海もきれいですよ。散歩しましょう」

２皿目の海藻を平らげた所で、男の神たちがそばにやってきた。

「夜の海？　綺麗でしょうねえ。いきましょう」

ゆりは乗り気で言った。男たちはうれしそうだ。

「でも宴会はもういいのかしら？」

「ほぼ終わりですから大丈夫ですよ」

「そうなの。マリナール様、ちょっと海岸を散歩してきます。今日は本当にありがとうございました。楽しかったです」

ゆりは宴会のお礼を言っていた。

「楽しんでいただけてよかった」

「女の妖精を借りてもいいですか？」

「おお、どうぞどうぞ」

マリナールが目配せすると、すぐに女の妖精がそばにやってきた。

「ちょっと酔ってるから海岸まで手をかしてくれる？」

「はい」

「それでは失礼します」

ゆりは妖精や他のみんなと一緒に神殿から外に出て行った。


神殿の外に出るとすっかり夜だった。ゆりは妖精に支えられてなんとか階段を下りて海岸に行くことができた。

「綺麗……」

満天の星と夜の海にゆりは感動した。丸い月も見える。

海のあちこちに青い光が輝いて見えた。

「あれは何？」

「光る貝ですよ」

「綺麗ね……」

涼しい風がふいていた。ゆりは砂浜に座ってしばらく酔いを覚ました。



ラクアが迎えに来た時には、ゆりは泣いていた。その周りには、男性たちも座っている。

「ど、どうしたんだい？」

「海があんまり綺麗だから感動して泣いてたの」

「そうなの？　確かにきれいだね。そろそろ戻ろうよ」

「うん。それじゃみんなおやすみなさい」

「おやすみなさい。ガーベラ様」

「おやすみなさい」

ゆりはみんなに手を振ってラクアに連れて行ってもらった。

「ラクア、なんだかお腹がぐるぐるいってるんだけど」

「海の物を食べたからじゃない？　ガーベラったら、あんなに食べるなんて」

「だって、珍しかったからつい」

一杯食べたのがすっかりばれているようだ。

「今日の君はどうかしてるよ」

「えへへ」

「聖水をもらってきてあげるよ。まってて」

部屋の中に入り、ゆりはラクアから離れた。

「ありがとう」

ゆりは寝室を見回したが、子供達はいなかった。昼間とは別の部屋のようである。

「眠い。もうだめだわ」


ラクアが杯を持ってきたときには、ゆりはすっかりベッドの上で眠ってしまっていた。

「ガーベラったら……」

ラクアは苦笑して、ゆりをそのまま寝かせておいたのだった。




つづく

１０部に戻る


目次に戻る