第8話
神の国、海の神殿近くでは、海の神マリナールの孫レヴァーンがいろいろな動物を見せてくれるというので、ゆりは喜んで子供達と海岸に降りていた。
「わーアシカだ！」
「ガーベラ様が昨日見たがってたので連れてきました。こっちがトドで、あそこでごろごろしているのがアザラシですね」
「わー！ すごい！」
どれも黒っぽい生き物だが、アザラシは丸っこくてごろんとしていた。アシカとトドは顔をひょいひょいあげている。
「かわいいー」
水族館でしか見たことがない生き物に、ゆりは興奮していた。ユリアナとイオナは平気でアシカを触ったりしている。アシカたちは鼻で二人の体をつんつんつついたりしていた。
この場にはラクアや、海の妖精達も10人ほどいた。
空をカモメが飛んでいる。波の音、寄せては返す波、海だけみていると、ここが神の世界だということも忘れそうである。
海の向こうには小島らしきものもいくつか見えた。
「ねえ、この海をずっといくと、どこに行くの？」
神の世界に境界線はあるのだろうか、とゆりは昨日から疑問に思っていた。
「人間の世界です」
レヴァーンが答えた。
「人間の世界？」
「たまに遭難した人間が紛れてきますよ。たまにですけどね」
「そうなの？」
「海の生物の中には、人間界とこっちを行き来してるものもいますよ」
「へー」
それじゃ人間界と海の神の世界と向こうの神の国はどういう位置関係なんだ？
ゆりは頭の中で想像していた。向こうの神の世界は人間界とはまったく違う次元の世界だとゆりは思っていた。いろいろ詳しく聞いてみたいが、ここで聞くのはちょっとためらわれる。
今度クーリーフンあたりに聞くのがいいだろうとゆりは思い、それ以上は聞かなかった。
アシカが低い声で「あーあー」鳴いていた。アザラシは砂浜でごろんとしたまま、トドは海に潜ってしまった。子供達はうれしそうにはしゃいでいる。
海上に、角のようなものが一本見えた。
「あそこに何かいる」
ゆりが指さすと、「イッカクですよ」とレヴァーンが言った。
「イッカク？ 角があるんだ。身体はどうなってるんだろう……」
「アザラシを細くした感じですかね」
「へー」
イルカが二頭泳いで近づいてくると、ユリアナとイオナの興味はイルカに移ってしまったようだ。
「ティッチー！ ミッチー！」
と言いながら海に入ってしまった。
「あのイルカって名前があるんだ？ じゃあこの子たちにも名前があるの？」
ゆりはアシカを指して聞いた。
「いえ、名前があるのは特別な者達だけなんで、この子たちにはないですよ。妖精達がかわいがっている生き物には名前がついていたりしますけど」
「ガーベラ様、今日は泳がないんですか？」
男の妖精達が離れた所で聞いていた。ゆりは妖精を見た。昨日の３人組がいる。
「それを待ってたの？ 残念でした。今日は泳ぎません」
「えー泳いでくださいよー。そーだ。昨日の貝をつけて泳いでください」
「いやよ」
さすがにシラフであんな恰好はできない。
「じゃあ僕はいきますので」
レヴァーンは海に入り、イルカと二人に近づいて行った。同時にアシカもいってしまった。アザラシだけごろんとしたままである。のんびりした動物である。
「触ってもいいかな？」
ゆりはアザラシをそっと触れてみた。固い感触である。
「アザラシって赤ちゃんの時は真っ白でかわいいんでしょ？」
「よくご存じですね。かわいいですよ」
レヴァーンがいなくなったので、男の妖精達がそばによってきた。ラクアは海にいる子供達が気になるようで、視線はそちらに向いている。
「アザラシって、人間界の海に普通にいるの？」
「普通にいますよ。そうだ。ガーベラ様、昨日の宴会で見せた作り物、他にもあるんで見に来てくださいよ」
「ああ、あれ？ 見に行こうかな」
とゆりが言うと、妖精達は「やったあ」と喜んでいた。
「でも一人じゃいかなーい。女の妖精さん、誰かついてきて、ラクアはここにいる？」
「うん、ちょっと子供達が気になるから」
ラクアは海を見たまま言った。
「じゃあ私は妖精達といくわね」
「わかったよ」
ゆりは女の妖精に二人ついてきてもらい、男の妖精達についていった。
「やだなあ。ガーベラ様、僕たちもう何もしないですよー」
妖精達は笑って言っているが、ゆりもさすがにそこまで馬鹿ではない。
「ここで私の評判があまり悪くなっても困るの。それでなくてもあまり評判がよくなさそうだから。妖精達を誘惑した、とか思われたらやだもん」
「そんなことないですよ」
「誘惑されたい」
他の妖精がぼそっと言っていた。
「こっちでは複数の恋人をもったりってないんでしょ？ だから私みたいなのは珍しいんじゃない？ じゃあマリナール様はエヴァ様一筋なの？」
ゆりが聞くと、妖精達はみな微妙な顔つきになった。
「あ、ごめん、今のみんなの顔でわかっちゃった」
ゆりは返答を待たずに言った。どうやらアシュランのようなこともあるらしい。
「まあ、一筋ということにしておいてください」
とゆりの右横にいた女の妖精が言った。
「ですが、ガーベラ様からお花をいただいてからは、しばらくお二人は仲よくしておられますよ」
「そう、それはよかった」
ゆりは海の神殿の周りに点在している建物の一つに案内された。中に入ると、いろいろな布や、竹を細く切ったものの束、それで作られた生き物たちがいた。
「まあ素敵。クラゲだ」
クラゲの形をしたものが上から一杯つるされていた。イルカやまぐろのような大きな魚、貝殻をいっぱいつけて作った衣装などもおいてあった。
「どれもかわいい。広間には陶器でできた魚がいっぱいあったけど、こういうのもおもしろーい」
「広間にあった飾り物を作っている工房もありますよ。いってみますか？」
「うん、行きたい」
ゆりはしばらく部屋の中の物を見せてもらってから違う建物に連れて行ってもらった。そちらは陶器でできた作り物を焼く炉があったり、家具などもあった。
テーブルやいすには薄い貝殻がはられている。貝殻で模様ができていて、キラキラ光っていた。
「まあ綺麗ね。宝石みたいね」
ああ、私、神の国に来て初めて、真面目に社会科見学してるかも
とゆりは気づいた。
こんなに真面目なのは初めてだわ……
ゆりは手鏡の裏の貝細工などを興味深げに眺めていた。
さて、ユリアナとイオナはイルカたちと遊んでいたのだが、ふいに違うイルカがやってきて、ユリアナの下にもぐろうとしていた。側にいたレヴァーンはすぐに気づくと、そのイルカを追い払って
しまった。
その後レヴァーンは二人を促して陸に上がってきた。
「さっき、どうしてイルカを追い払ったんだ？」
砂浜にいたラクアはそれに気づいたようである。
「え？ なんでもありませんよ。二人も疲れただろうから、休みましょう」
レヴァーンは素知らぬ顔で言った。
ゆりの方は、いろいろな綺麗な家具を見せてもらった後はまた別の建物に移動していた。そちらは神の宝飾品が作られている工房だった。やはり海の宝石といえば真珠やサンゴなどで
あろう。特に真珠はすごくでかいものや、青やピンクのものがあった。黒真珠もある。宝石を置いてあるわりには他の建物と同じようなもので、扉に鍵もない。
そうか。泥棒するような妖精なんていないもんね。鍵なんて必要ないんだ……
「真珠もきれいだけど、貝殻でできた飾りが綺麗ね」
「そうですか？」
「うん。それじゃそろそろいきましょう」
そうだ。砂浜で貝殻を拾おう。貝殻くらいなら、あっちに持って帰ってもいいよね
ゆりはお土産に、綺麗な貝殻をもって帰りたかったのだった。
「あの、ガーベラ様、もしよかったら、ガーベラ様のお花をいただけないでしょうか」
女の妖精がおずおずときりだしてきた。
「お花？ お花ってなんのお花？」
「美容液とかを作られてるお花です」
「ああ、あの花」
ゆりはドキドキしながら答えた。ガーベラは自分で美容液などを作っているが、その花は自分で出しているのか、自分で栽培しているのか、ゆりにはわからなかった。
神様だから、念じたら花が出てきても不思議はないわよね。よし、念じてみよう。花よーでてこい！
ゆりは両手を出して念じてみたが、花も何も出てこなかった。妖精達は不思議そうに見ている。
花、花ー花よー！ おいでー！ はーなー！
いくら念じても何もでてきそうにない。
「ごめん、昨日色々食べたせいか、ちょっと神の力が落ちてるかも。ここにいる間にできたらあげるね」
ゆりはにこやかにもっともらしい説明をした。
「ありがとうございます」
女の妖精二人はうれしそうな顔をして、ゆりは「部屋に戻る」といって妖精達と別れた。
うーん、ダメなのかしら。お花ー出ておいでーお花ー
海の大きな神殿の横でゆりはぶつぶつ唱えていたが、やはり何も起こらない。
「うーん、だめか」
あのお花は、やっぱり栽培してるのかしら？
悩んでいたらぱっと目隠しをされた。ゆりはまた男の妖精がやってきたと思ったので、
「こんなことしちゃだめ」
と言って手を取って後ろを見て、びっくり仰天していた。そこにいたのは妖精ではなく、派手な髪のラーズだったのである。
「えー！ なんでいるの？」
「ガーベラの顔が見たくて見たくてしょうがなくて、きちゃった。ここで何してるんだ？」
「え、あの、あのね、あのーそのー……」
ゆりはガーベラの花のことをラーズに聞いてみたかったが、聞くと怪しがられることは間違いない。
「なに？」
ラーズはゆりの顔を覗き込んで聞いた。
うーん、ラーズに不審がられるか、あの妖精達をがっかりさせるか、どっちにしよう……
ゆりは悩みに悩んだ。
「どうしたんだ？」
「私が美容液を作ってるときに使う花ってあるでしょ？ あれって、ここにぱっともってきたりってできないよね。やっぱり」
ゆりはなるべく平静を装って聞いてみた。
「花？」
「えーと、ごめん。私なんか変なこと聞いちゃったかも」
「……花がほしいなら、咲かせたら？」
ラーズはにこやかに言った。
「咲かせる？ （どこに咲かせる？）」
ゆりが視線をきょろきょろさせていると、ラーズはあたりを見回して、低木が生えているあたりを見た。
「おいで」
ラーズはゆりの手を引っ張って行った。
「この木あたりならいいんじゃないか？」
小さい葉っぱが茂っている低木が並んでいる。小さい黄色い花が一杯ついていた。
「でも、花はもう咲いてるわよ？」
「ガーベラが力を与えたら、特別な花になるんじゃないかな。やってみたら？」
「うん」
ゆりは低木に手を添えて念じてみた。
花よさけー花よー花よー
すると、黄色い小さい花がキラキラ輝いて、ちょっと大きくなった。
「あ、できた！ もっと大きくなるかな？」
ゆりは目を輝かせてもっと念じてみた。
「あ、神気を注ぐってこれだな」
ラーズはぼそりと言っていた。
「え？ 何か言った？」
「いや、なんでもない」
ラーズはさすがに横にいるのがガーベラ本人ではないと気づいたようである。
（ガーベってば、海が嫌だから変わってもらったのかな？ それとも、さっき変わったところかな？）
いつゆりとガーベラが入れ替わったかなど、ラーズにわかるわけはなかった。
黄色い花は、結構でかくなった。
「やった、できた。これって何か効果があるのかな。わからないけど、妖精を呼んでくる。ちょっと待ってて」
ゆりはその場から離れて、通りすがりの妖精に伝言を頼んだ。黄色い花は５つほど３倍の大きさになってキラキラ輝いていた。何かしらの効果はありそうである。
ゆりはその妖精に、ラクアは部屋に戻ったというのを聞いた。
「ラクアは部屋にいるって、ラーズも行く？」
「ああ」
ゆりはラーズと一緒に海の神殿に入って行った。
「ラーズはたまに海にきたりするの？」
「たまにね。遠いからね」
あっちから海って距離はどのくらいあるんだろう？
ゆりには謎である。双子がいる部屋にラクアもいた。ユリアナもイオナもベッドで寝転んでいたが、ラーズを見るなり飛んで行った。
「ラーズ様だ！」
「ラーズ様！」
「やあ、子供達、今日もかわいいな」
ラーズは二人を同時に抱き上げた。
「どうしてきたんだい？」
ラクアも驚いている。
「ガーベラに会いたくなってきちゃった」
「明日には帰るのに」
「すっごく会いたくなっちゃってさー」
「君に昨日のガーベラを見せたかったよ」
ラクアが笑いながら言いだして、
「ん？」
「しっ！ しっ！」
ゆりはあわてて口元に指を一本立てていた。
「なんだ？」
「なんでもないの。ところでいつまでいるの？」
ゆりはあわてて聞いた。
「泊っていい？ ラクア」
ラーズはラクアに聞いていた。
「え、泊まるの？」
「いいだろ？ 昨日楽しんだんだろ？」
「いや、昨日は何もしてないよ。今夜こそと思って」
「そうなのか？」
ん？ 子供の前で何の話をしてるの？
二人の話が一気に怪しくなっていたのでゆりはどぎまぎしている。
「そっか。それじゃ悪いな。今夜はあきらめるか」
「うーん、せっかくきたんだし、久しぶりに３人で仲良くするんでもいいかな。ね、ガーベラ、ガーベラ？ どうしたの？」
ゆりは口を開けたまま硬直している。ラーズは子供たちをおろしていた。子供達は「眠い」といってベッドにあがっている。
「あのー、今、なんていったのかしら？ よく聞こえなかったんだけど」
ゆりはちょっと震える声で聞いていた。
「え？ 久しぶりに３人で仲良くしようってとこ？」
「それって……」
ラクア、ラーズ、私の３人でしようってこと？ まじでー！！？ ひえええええええ！
ガーベラって、そういうのもありなの！？
ゆりは初めての展開で驚いていた。久しぶりっていうからには、以前にもそういうことがあったということであろう。だがそういうことがあったとしてもなんらおかしいことでもない。
ガーベラとラクア達は、長いこと付き合っている恋人なのだから、恋人が鉢合わせてそういう流れになることだってあるだろう。
私ですら恋人達と鉢合わせてるしね……ど、どうしよう……
「ここで泊まると、サーラが心配じゃない？」
ゆりはラーズに無理に笑みを作って聞いてみた。
「サーラはキュリアが預かってくれるってさ。ガーベラ、無理そうなら、帰ろうか？」
ラーズは女神の中身が違うとわかっていたので、ちょっと遠慮するように聞いていた。
「え？」
「え？ なんで？」
とラクア。
「ガーベラにも、その日の気分ってものがあるだろうし」
ラクアはゆりを気遣って言っていたが、逆にそういわれると、ラーズが好きなゆりも帰ってとも言いにくい。
１ 今夜はラクアと盛り上がりたいからラーズは帰って
２ ラーズとだけしたい
３ ３人で盛り上がりましょう！
４ だれともしたくない
さあ、どれだ！ って２と４は無理でしょう。うーん、どうしよう……
ゆりはラーズに帰ってというべきかどうか、迷っていたのだった。
つづく
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