第11話

虹の神ラーズは足の上に何かの重みを感じて目を覚ました。背中に大きな翼があるラーズは、いつもうつぶせになって寝ているのだが、足の上に何かが乗っているようである。

身体を起こして足元を見たラーズは、ベッドの下の方に男の子がいるのを発見した。裸の男の子である。女の子ではないと思ったのはその髪型からだった。

「ガーベラ、ちょっと起きて」

ラーズは横で寝ていたゆりに言った。

「ガーベラ、朝だよー」

「うーん……ねむいのー」

ゆりは目を閉じたままむにゃむにゃいっている。

「朝だよ。目を開けて。びっくりするよ」

ゆりの左で寝ていたラクアが先にその声で目を覚ました。

「何何？」

「子供がいる。ほら」

「子供？」

ラクアは体を起こして足元を見て、「ほんとだ」と言った。子供は向こうを向いて寝ているので顔は見えない。白いお尻が見えた。

「ガーベラ」

ラクアが女神をゆすり、ようやくゆりは目を覚ました。ゆりはいまだガーベラの中である。「ふわあああ」とあくびをしていた。

「子供がいるよ」

「え？　子供？」

ゆりは頭をかきながら体を起こした。

「本当だわ。子供がいる」

寝転んでいたのはちょっと大きい子供だった。

「妖精だ。昨日ので生まれたのかな？」

ラクアの言葉にゆりは一気に目を覚ましていた。

「え？　じゃあ、私の子ってこと？　父親はどっち？」

「私」

「僕だよ」

とラーズとラクアは二人同時に言っていた。

「え？　どっち？」

「私だよ」

「僕だって」

「この子僕の子だよ？」

「え？　私の子だろ？」

と二人は言い合い出した。

「え、　神の気の質とかでわからない？」

ゆりはちょっとひきつった顔で聞いた。

「だって、青い髪だよ？」

とラクア。

ゆりは裸だったので布団で身体を隠したまま子供に近づいてみた。子供の髪は逆立ったような髪だが、色は青系統だった。

足も長く、すでに結構大きめである。

「だけど髪型は私と一緒だぞ」

とラーズ。

「そうだね。でも……」

ラクアが何かを言おうとしたとき、男の子は体を動かして上を向いた。そして目を開けた。眉毛は青かったが、瞳はラーズと同じ色だった。

「悪いな、ラクア。やっぱ私の子だ」

ラーズがにやっとして言った。

「そうかな。うーん」

「やだ！　超かわいい！」

ゆりは男の子の顔を見て喜んでいた。男の子はかなりの美男子だといっていい。かわいい男の子である。股には男の印があった。男の子は両手をあげて伸びをしている。

「かわゆーい」

男の子はゆりを見て微笑んだ。

「超超、かわゆい！　すごい美男子じゃない？　ねえ」

「顔は私に似てるよね？」

ラクアが言った。

「うーん、そうね。顔は、ラクアに似てるような……」

男の子は穏やかで優しげな顔立ちである。

「そうかなあ？　私にも似てる気がするが、髪のせいかな？」

とラーズ。

「とりあえず、なんか服をもらってくるよ」

ラクアは自分も服を着て部屋を出て行った。

「こっちにおいで」

ゆりが呼ぶと、男の子はゆりの横に入って同じように体に布団をかけていた。男の子は女神の髪を触ってみている。

「何か話せる？」

ゆりは聞いてみたが、男の子は何も話そうとしなかった。

「話さない妖精なのかな？」

ラーズは服を着ながら目線を妖精に向けている。

「胸に水の模様みたいなのがあるなあ。うーん……」

「これのこと？」

ゆりは男の子の胸を見た。確かに水が波打ったような模様がうっすらと左の胸にある。

「謎だな」

「私も服を着よう」

ゆりが服を着終わったくらいにラクアが戻ってきた。手に服らしき布と、水がめをもっている。ラクアは来るなり水がめの水を男の子にぶっかけたのでゆりはびっくりした。

「え！？」

ゆりはびっくりして目を閉じたが、水がこっちに飛んでくる気配もなかった。目を開けると、なんと水の塊が宙に浮いている。

ラクアはニヤッとした顔をラーズに向けていた。

「これではっきりした。僕の子だよ」

ラーズは目をまん丸くしていた。

「この子がやってるの？」

「そうだよ。水の妖精じゃなきゃ、水は操れない」

「えー……」

ラーズがショックの声を上げたとき、宙に浮いている水の塊が、まるでシャボン玉のような綺麗な色に変わっていた。

「あれ？」

男の子は手で水の塊を回してる。

「綺麗ね」

ゆりが言った。

「はは、驚いた。この子、僕とラーズ、二人の力を引いてるよ」

ラクアが水がめを出すと、男の子は水の塊を水がめに入れていた。

「そうなのか？　かなりびっくりだな」

とラーズ。ゆりはきょとんとしていた。

「どういうことかしら？」

「つまり、３人の子供」

「３人？」

「僕とラーズ、二人の力を引いてるよ。この子」

ラクアは男の子に服を着せながら言っていた。

「３人……え……えええええー！！！？」

ゆりはようやくはっきり理解して驚いていた。

「父親二人？　えー！！！！」

「こんなこともあるんだな。かなりびっくりだ。虹と水、虹ってのは雨の後にできるものだし、まあ、こういうのもありかな」

ラーズは顎に手を当てて言っている。

「こんなことがあるなんて驚きだね」

とラクア。


ミシェイラに続き神の国でもミックス？！　　えー！　こんなことがあるなんて！


ゆりはその時夜中自分が何かをしたことを思いだし、「あれだ！」と声をあげていた。

「どうしたんだ？」

ラーズが聞いた。

「夜中にね、なんか光の玉が二つ引っ付いたり離れたりしてたの。ひっつきたそうにしてたから、ひっつけたの。それがこの子かも？」

「そうかもな」

「えーじゃあ、ひっつけなかったらどうなってたの？　妖精が二人できたかも？」

「さあ」

「えー！　余計なことしちゃった？」

「引っ付けなかったらできなかったかもよ。娘たちに見せよう。おいで」

ラクアは服を着た男の子を連れて部屋を出て行った。

ゆりは呆然と突っ立っている。

「連れて帰ったらみんな驚くだろうなあ」

ラーズはベッドに座りながら言った。

「……あのーあの子は結局なんの妖精になるのかしら？」

「さあ、まあアシュランが見ればわかるんじゃないか？」


アシュランに見せるの！？　っていうか、ハロルドがみたらやばい……


ゆりの脳裏には、すでにハロルドの怒り顔が浮かんでいる。

「あのー……他の恋人達は、あの子を見てなんて思うかなあ」

ゆりは困った顔でラーズに聞いた。

「ん？　おめでとうっていうんじゃないか？」

「本当に？　だってさ、３人でしたってばればれじゃない？」

「別にいいじゃないか。私とアリアスの子供とかなら大モメだろうけど、あ、ハロルドの反応とか気にしてるのか？」

ラーズが鋭く気づいていた。

「え？　ハロルドとか、サラディンとかオルガとか、ジンラとか……」

ゆりはあえて他の男たちを強調していた。

「ジンラやオルガは珍しいっていうくらいだろう。ハロルドやサラディンはしらんけど、３人でしたっていっても二人同時に突っ込んだわけじゃないし、別にそう変じゃないんじゃないか？」

ラーズはあっけらかんと言っている。

「ラーズってば何言ってるの。まさかそんな風に思う人なんて……え？　いるの？　やだ！」

ゆりは真っ赤な顔で本気でびびっていたので、ラーズは笑っていた。

「あははは」

「笑いごとじゃないわよ。私の評判が！　あ、海のみんなが見たら誤解するんじゃないの？　とりあえず、どっちかの子供ってことにしとくのってだめかしら」

「だめだよ」

「じゃあ、じゃあ、３人で手をつないでたら子供ができたことにしましょう！」

「その方がだれも信じないと思うけど」

「いいの。とりあえずここではそうしておいて」

とゆりが必死にラーズを説得しているとラクア達が返ってきた。

「カカサマ、にいにができたー」

「にいにー！」

ユリアナもイオナも男の子に引っ付いている。確かに男の子は双子よりも大きいので、どっちかといえば兄っぽい。

「よかったわね。ユリアナとイオナと、サーラのにいにだー」

ゆりはちょっとひきつった顔で笑っていたので、ラクアが「どうしたの？」と聞いた。

「ガーベラは自分の評判を気にしてるんだよ。３人でやったのがばれたくないってさ」

ラーズが説明した。

「とりあえず、３人で話をしてたら子供ができたことにしておいて」

ゆりはすがるようにラクアに頼んでいる。

「僕さっき会った神に言っちゃったよ。３人で仲良くしたらできたって」


ガーン……


「ごまかす必要なんてないよ」

「でもー」

「君はそれだけすごい女神なんだから。普通は二人の神を相手になんてできないんだからさ。みんな『さすがガーベラ様！』だって思うよ」


さすがって……さすがの意味が違うくない？


ゆりは魂が抜けそうになっていた。

「ねーにいにのなまえは？」

「早くきめて！」

「あ、そうだそうだ。名前はどうする？」

「そうだなあ。何がいいかな？」

ラクアとラーズは子供の名前を相談しだした。

ゆりは一人それどころではない。


海での私の評判が……いや、もう海は帰るからいいか。向こうに帰ってからどうしよう。とりあえずガーベラに、『ガーベラ本人の時の子供にしておいて』って頼もう。それしかない


ゆりはハロルドが怖かったので、そう決意したのだった。




つづく

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