第18話

過去の世界では、女王ヴィラルージュが蛇に関したおとぎ話が載った本を集めていた。おとぎ話といっても様々なものがあるようである。

ざっと集めただけでも100冊もの本が城の図書館にある机の上に積まれていた。大昔の本を吟味すれば、もっと多くの本が集められることだろう。

学者たちが本を調べるその側では、蛇の言い伝えに詳しい者が呼ばれて、女王に話を聞かせている。

蛇と人間の恋の話にも様々なパターンがあるようだ。この時代でも、人間の異性よりも蛇が好きな者がいるほどで、本に載らない話なども多々ありそうだ。

人化できない蛇でも蛇が人間にとりついて、好きな者と交わることもある。ここ最近の噂ではこういう例が結構あるという。

だが、その蛇がハザークが生まれるずっと前の蛇となると話は違う。


よく知られるおとぎ話の中ではこういう話があった。

蛇が変身した男がある妊婦の前に現れる。男は女が出産したら、その子供を恋人にしたいというのだ。

その蛇は7晩目に返答を聞きにくるのでその時までに考えてほしいと女に伝える。女が了承すれば、蛇は契約の証をおいていく。

契約の証は話によって差がある。金目のものだったり、魔力の守りだったりする。

女が了承して子供が生まれると、蛇は時々様子を見に来て、その子が大人になると恋人になるというものである。


「子供が拒否したらどうするんだろう？」

口を出したのは女王の横にいたフークスである。図書館には学者の他に大人になったばかりの騎士達も駆り出されて、調べものをしている。

「そうよのう。蛇様はなぜ、赤子がほしいといったのであろうか？　大人になるまで待つのは大変であろうにのう」

女王も自分の疑問を言っていた。まだ生まれてもいない赤ん坊よりも、大人の女を恋人にする方が話しが早いだろう。

「そうですねえ。推測ですが、蛇様にもやはり相性というものがあるのではないでしょうかね。母親が好ましかったので、その子供を恋人にしたくなったとか」

と学者。

「気が長い話だのう」

「その場合、娘が母親に似ていなかったらどうするんだろう？」

フークスはそこが疑問だった。

「女性の顔が気に入ったわけではないのかもしれないですよ。女性の気質とかかもしれません」

「もしかして、肌の蛇が好みだったのかも？」

フークスはそこに気づいた。ハザークが人の区別は肌の蛇でしているように、好みの肌の蛇というのがあるのかもしれない。

「そうかもしれませんね。他には大人の女性の元に蛇つきの男が現れるのもありますよ。7晩通うとその蛇様は二度とやってくることはなかった。そういう話はいくつかあります。

実は蛇付きになるのは男よりも女の方が圧倒的に多いんですよ。そして好みの男と交わってしまう。そういう話の方が多いです。だけど女の蛇の場合はその場限りということが多いです。

7晩通いの蛇様の話は……そうそう千年ほど前にもありましたよ。ある女性の前に蛇様つきの男が現れて、仲良くして意味不明なことを言って去って行った。それが7晩続いた。それだけですが」

「それだけ？」

「千年前でも言葉の意味がわからなかったんじゃ、今でも無理ですね」

フークスはちょっと安心している。

「その女性はその蛇様をだれにも会わせなかったのであろうか？　その後女性に何かあったということもないのか？」

「その後はなにもなかったようです。ただの恋の話になってますから」

「エレノアのことはたいしたことではないのだろうかのう……」

すごい話を期待した女王だったが、これだけではわからない。

「そうですねえ。蛇様が皆さんの前に現れたのなら、どうしても伝えたいことでもあったのだろうと思いますが……」

学者も頭をひねっていた。

一体蛇様はフークスに何を伝えたかったのか、フークスは心底知りたかったが、これだけの情報ではさっぱりわからなかった。

本を調べていた新米騎士達がぼそぼそ話をしていた。

「ここ、カールのご先祖様の話が載ってる」

「あ、ほんとですね」

水色の髪の男が反応していた。水色の髪で、前髪をあげたオールバック。大人になったばかりの若々しい顔立ちであるが、目を引くのは左ほおである。水色の蛇の顔があるのである。

彼の蛇は体から顔にうねりながら存在していた。顔に蛇の顔があるので、彼は否応なしに自分の蛇をひと前にさらしているのだが、この蛇も色が濃いりりしい蛇である。

「ダンスの大会で準優勝を取ったカーライル様の話だ」

横にいた騎士が本を示した。

「ご先祖様はダンスが得意だったらしいですからね」

とカールは答えた。カールという名前だが、カーライルの息子ではない。だが、カーライルの子孫の一人である。カーライルが亡くなったのはこの時代からさらに千年ほど前である。

カーライルは人間の女性との間に10人もの子供を作っているので、この時代、彼の子孫も数人残っている。このカールはその一人である。カーライルの子孫はみな魔力が強く、重要な地位に

ついていた。このカールも若手の中では実力があるほうで、ディランもかなり注目している。


「カールよ、カーライル殿は女性を選ぶ時はどのように選んでおったのかのう」

ふいに女王が話しかけたので、カールはあわてて席を立っていた。

「はあ、どうでしょうか。相手の女性に共通点などはなかったようですが」

「そうか」

「カーライル様は恋人が死ぬまでは他の恋人は作らなかったようですから、結構情が深い方だったと思います」

「であろうのう……あんなに子をなしておるのだから、人と相性が良い蛇様であったのだろうのう……」

人化する蛇と人の間の子供は他にもいたのだが、カーライルの子供が一番多いくらいである。カーライルは相当人間の女性との相性がよかったのだろうと思われている。

「ご先祖様ならきっと、蛇様と会話もできたでしょうねえ」

カールは残念そうに言っていた。カーライルは人化する蛇の中でもかなり長生きをした方だ。生まれたのはハザークよりも２千年も昔のことなのである。

カーライルがいなくなるころには、人化する蛇は大方いなくなってしまった。それを思うとこの時代でさえ、一族の力は衰えてきているのではないか、と女王は思わないではいられなかった。

今後、大蛇が人になることはないのだろうか、それを思うと、寂しいものである。


「カーライル様もかなり素敵な方だったんだろうなあ。なにせ、子孫の君は、『歩く赤い月』と呼ばれているからな」

若い騎士がからかうように言った。

「陛下の前でやめろ」

とカールは恥ずかし気である。

フークスもつい笑っている。

このカール、女性には異常にもてる。それも顔に蛇の顔があるせいである。女性がカールの顔を見るだけでむらむらしてしまうらしく、カール本人はかなり困っている。


「陛下、蛇様が初めてエレノア様の元に現れた夜のことを調べてみたのですが、ちょうど『青い月』の夜でしたな」

学者の一人が言った。

「青い月？　そうであったかのう。それが関係あるか？」

女王が聞いた。

「いえ、関係あるかどうかはわかりません」

「青い月」というのは、月が青みがかって見える満月のことで、たまにそういう月のことがあり、そういわれている。だが、赤い月のように影響があるものとは考えられていない」

「他にこれといった特別な夜だったわけでもないんですよ」

「あの蛇様はまた現れてくださるかのう」

「どうでしょうかねえ」

女王の疑問にフークスが答えた。

蛇様が再び現れても言葉がわからないんじゃしょうがないが。


「契約」かあ、契約、一体何の契約なのか。エレノア様と契約を結んだということなのか？


「あ、もしかして、エレノア様のお腹の子供が欲しいとか、そういう契約だったのでは？」

フークスが思いついたことを言った。

「エレノアと仲良くなり、お腹の子供もほしいと？」

「子供が大人になった時再び現れたりして」

「女の子であれば、そういうこともあるかもしれんが……」

「他にはどんなことがあるでしょうねえ……」

一同はうーんとうなりこんでしまった。


とりあえず、学者たちは引き続き本を調べることにして、女王とフークスは図書室をいったん出ることにした。

「あ、あの、フークス様、後でちょっと相談に乗っていただけないでしょうか？」

カールが近づいて言った。

「いいよ」

「今聞いてあげなさい」との女王の言葉があり、フークスは恐縮するカールと共に空いている部屋に移動した。フークスは酒を二本調達してきて、一本カールに渡した。

「すいません。仕事が終わってからでよかったんですが……」

「いいよ。話ってなに？」

「ちょっと小耳にはさんだんですが、フークス様は、肌の蛇の場所が変わったことがあったって本当ですか？」

「ああ、あるよ。ゆり様がいた時のことだけどね」

「蛇の場所はかなりかわったんですか？」

「うん。背中にいた蛇が胸にきたから結構変わったよ」

フークスは懐かしく思いだしていた。

「また元にもどったけどねえ」

「実は、この蛇の場所を変えたいんですよ」

カールは自分の頬を指していた。

「そうなんだ」

「大人になってから、ほんと困ってるんです」

フークスは苦笑いしている。さすがにカールの困った噂は耳に入っていた。どうもカールの肌の蛇は、女たちの欲望に火をつけてしまうらしい。

「ところで、君は好きな女性はできたの？」

「いえ、ああいう状態では恐ろしくて、この間も勝手に僕を争って決闘までしちゃったんですから」

カールは大人になったばかりである。子供のころももてていたが、大人になってからさらにもてている。というより、カールといると女性たちが時々ぷっつんと理性が飛んでしまうようだ。

カールを勝手に争って女たちが決闘したという話は、もう女王の耳にまで入っている。カールがけしかけたわけではないので、別段カールにお叱りの言葉もなかった。

「この蛇さえ隠れていれば、こんなことにはならないと思うんですよ」

カールはしみじみと言っていた。

「そうかもね。まあ君はどっか独特の魅力があるからなあ。来年の赤い月が怖いね。君が女性だったらと思うとぞっとするよ。ほんと男でよかった」

二人きりの部屋で、相手の女性の頬に綺麗な蛇がばんといたら、フークスもかなりむらむらしてしまうかもしれない。

「どうすれば蛇が動くでしょうか」

「うーん。動かそうと思って動くものでもないしね。その蛇が誰かに欲情して動くとかじゃないと無理かも。毎日蛇にお願いしてたら動くかも？」

ここにゆりがいれば話は簡単にいくかもしれないが、ゆりもいないし、以前のようなことはできないのである。だが、肌の蛇に意思があるというのなら、頼めば聞いてくれる可能性は

あるかもしれない。

「そうですかねえ。私としてもこの蛇は誇りではあるんですが、ハザーク様に相談したら、『いい蛇だから、そりゃ女がほっとかん。適当に女を選べばいいじゃないか』とあっさり

言われました」

「あっさり……まあ確かに、そうするしかないね。蛇を隠すなんてもったいないし……女たちには強気で断るしかない」

「はあ」

「それかハーレムつくっちゃう？」

「興味ないです」

カールは本気で興味がなさそうだった。かなり女で苦労してそうだ。

「せめて首くらいに下がってくれるとありがたいんですが……」

「毎日頼んでごらん」

「はい」

カールは力なく言っていた。


二人はそれで別れたのだが、フークスは肌の蛇について考え込んでいた。


エレノア様の蛇じゃ、動かないかなあ。逆にエレノア様の蛇の方が動いちゃったりして

彼が巫女の恋人になっちゃったんじゃまた周りがもめそうだしな


「なかなか難しいなあ……」

肌の蛇が彼の苦悩を察して下に下がってくれるといいのだが。



さて、ゆりがいる未来では、ゆりはラーズから真珠をもらい、これが一体どういう意味なのか、かなりもんもんしていた。子供達はそんなゆりの苦悩は知らず、真珠の玉を見て

喜んでいる。

「海のお土産っていえば、やっぱりこれだよねー」

とラギなどはいっていた。

「だけど、どうしてラーズ様が母様にくれたんだろう？」

とシス。

「私もちょうだい。アーねーだけなんてずるい」

ナナミが言うと、

「ミーもいる！」

とミシェイラまで言い出した。

「真珠ってうまい？」

ロイは聞いている。

「この二つはあげないからね。後はあげてもいいけど」

「そーだ、石の箱にいれよう！　マーいれて！」

ミシェイラはそれを思いついていた。

「えー、石の水増しはたぶんやばいかも。棚にかざりましょう」

「そーなの？　じゃあ石ももらってね」

「はいはい」

ゆりはとりあえず、海で拾った貝殻と、二つの真珠をセットで棚に置くことにした。


うーん、この真珠にはどういう意味があるんだろう。考えても考えてもわからない。だけど、ラーズは怒ってないと思いたい

ラーズに怒られるのはつらすぎる〜〜〜


ゆりはハロルドにばれたときのことを思いだし、そんなことを思っていた。


今度ラーズに出会ったら問いただすべきか、黙ってるべきか、難しい……


その夜は大勢で寝る気がなかったゆりだったが、一人で寝る気にもなれず、ゆりはシスの寝室にやってきていた。

「父様と寝ないの？」

「うん、別に仲は悪くないのよ。そのうちにまたね」

「そう」

シスはたいして気にすることもなく、二人は並んで眠った。


深夜、ハインリヒの子供ドルイドは大人になっていた。この夜も、小さいドルイドは丸裸で寝ていたようで、ドルイドは服を破ることもなく大人になっていた。

やはり小さいドルイドは大人になる気配を感じで服を脱いでいるのかもしれない。

この夜は横にハインリヒがいなかったので、大人のドルイドはやれやれという顔つきだった。毎回となりで寝られるのもさすがにいやである。

（今日はシス様に会いに行こうかな。なんか久しぶりのような……）

服を着たドルイドは屋敷を出た。そして偶然にも、ゆりがシスと一緒に寝ているその寝室へと、移動したのだった。






つづく

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