第20話

ドルイドとゆりがようやく出会った夜が明けた。ドルイドが去った後、ゆりもシスも眠れず、ゆりはようやくちょっと眠ってから朝、夜明けと共に目覚めた。

目が覚めたゆりは横で寝ていたシスが目覚めるなり、

「昨晩、ここにドルイドがきたよね？　夢じゃないよね？」

と聞いていた。夢か現実化、ついにはわからなくなったようだ。

「夢じゃないよ」

「夢じゃないんだ……」

「ごめんね母様」

昨晩何度も謝ったシスだが、今もまだ、ゆりに申し訳ない気持ちのようだ。

「もういいわよ。ドルイドがドルイド……うーんまさかね。まさかの展開ね。ハインリヒがこっちに来てなかったらどうなってたんだろう？　それでも転生して出会えたのかな？

まさかハインリヒの子供になるなんて、ドルイド本人もびっくりだよねえ。狙ってやったわけじゃないだろうし……あの時代で亡くなって、魂はずっとどこかで

眠っていたのかしらん？」

「ドルイドはあの後一度転生したらしいよ。でも長生きはできなかったみたい」

「そうなの？　ドルイドと一杯話してていいなあ……」

「これから話せるよ」

「本当にきてくれるかな」

「きてくれるよ」


ドルイド……部屋の中が暗かったから顔はよくみえなかったのよね。もっと明るいところで出会いたかったなあ……


話によれば、ドルイドは夜しか大きくならないようだ。しかも、いつ大きくなるかはまったくわからないという。


次に会った時、あんまりいろいろ聞かない方がいいのかな。穏やかに会えるかしらん


ゆりは自分でも心配である。


朝食が終わってから、ハインリヒが子供のドルイドを連れてゆりの部屋にやってきてくれた。

小さいドルイドは、ぺこりとお辞儀をしてくれた。

「おはようございます。おーひさま」

「お、おは、おはよう……」

ゆりは小さいドルイドを見るなり泣き出してしまい、ドルイドは不思議そうな顔でゆりを見上げていた。

「うえーん、ドルイド、ドルイドー」

「？？？」

ゆりは小さいドルイドを抱きしめてしばらく泣いてしまった。


ドルイド情報がすっかり解禁されて、シスはすっかり肩の荷が下り、話を聞いたアナスターシャは会う人みんなにいいまくっていた。

今も闘技場にて、指導に来たヴィラに話したところである。

アナスターシャにいきなり話をまくしたてられて、話をまったく知らなかったヴィラは、「はあ？」と首をかしげていた。

「なんの話ですか？　それ」

「だからね、過去の男のドルイドが、ハインリヒの子供のドルイドだったの。時々大きくなってたんだって」

「はあ」

ヴィラは一緒にいたシスを見た。

「本当のことなんだ。ドルイドは、ハインリヒの子供に転生したんだよ」

「それにしてはシス様は落ち着いてますね」

ドルイドとの関係を思うと、アナスターシャよりもシスの方が取り乱してもいいはずだ、とヴィラは思ったのだろう。

「実は僕は一年くらい前から知ってたんだ」

「えー？」

「黙ってるのがつらかったよ」

「一年も」

「私だったら一年も黙ってるなんて無理」

アナスターシャが言った。

「本当のことなんですか？……あれ？　もしかして以前夢で出会ったドルイド殿が？」

「そうなんだよ。あれがそうだったんだ」

「えー！」

「ドルイドだけじゃなく、他のみんなも案外転生してたりして。私はきっと女王様が転生した姿じゃないかと思うの」

アナスターシャが胸を張っていっていたが、ヴィラもシスもまったく聞いていなかった。

「王妃は怒らなかったですか？」

「ショックを受けてたよ。何度も謝ったよ」

「ハインリヒ殿もびっくりだったでしょうね」

「ハインリヒはちょっと前に知ってたんだ。シャナーンもうっすらと知ってた。ちゃんとみんなに説明しなきゃなあ」

「私がいおうか？」

アナスターシャが言ったが、シスは「いいよ。僕から言うよ」と言った。


ヴィラは夢で出会ったドルイドの顔を思い出していた。

あの時ドルイドは、裸で布団にくるまっていたのである。

「現実で会える日がくるのかな？　不思議なこともあるもんだなあ……」

ドルイドがこの時代にいるとはちらりとも思ってなかったヴィラは、そう思いつつ、ゆりのことを心配していた。


夕方、ヴィラがゆりの部屋を訪ねてみると、蛇の目のゆりが気が抜けた顔でぼんやりしていた。

侍女が気をきかせてレーヌを抱いて出て行ったた。

「王妃、大丈夫ですか？」

ヴィラはゆりの顔をのぞきこんだ。

ゆりは視線を向けた。

「ドルイドのこと聞いた？」

「聞きましたよ」

「ヴィラはドルイドと会ったんだっけ」

「そうですね。次にディラン殿に出会った時、ドルイド殿のこと、言っちゃっていいですかねえ」

ヴィラはゆりの向かい側に座った。ゆりはテーブルに頬杖をついている。

「いいんじゃないかな」

「どうしたんですか？　ドルイド殿のこと、うれしくないんですか？」

「うれしいよ。でもなんだかいろいろ複雑なんだもん。シスにだけ会いに来て私のところに来てくれなかったこととか、あの、過去のドルイドにすごく会いたいと思ったり、

いや、転生したからもういない、彼がそうなんだ、とか自分でもよくわからない。普通に喜ぶだけでいいのになんでそうできないんだろう」

「……ドルイド殿の気持ち、私はわかりますよ。前世でただの親友だったなら、再び出会えて喜んでお祝いに酒を飲むって感じになるでしょうけど、王妃とドルイド殿は違うでしょう。

再び出会って、じゃあ恋人同士になろうってのも難しいですし」

「わかってる。ドルイドもきっと複雑だったんだろうな、と私だって思ってるんだけど……あの時のドルイドに会いたいの！」

ゆりが大きな声で言ったのでヴィラは驚いていたが、ゆり自身も驚いていた。

「あれ？　今私が言った？」

「いいましたよ」

「だよね。なんか声が出た」

「王妃も混乱してますね」

「そうかも」

ゆりは首をかしげていた。

「ところで、ハロルド様のことはどうなりました？　あれからいらっしゃったんですか？」

ヴィラは話題を変えた。

「え、いや、きてないよ。私も一人で寝てなかったし、そういえばすっかり忘れてた」

「忘れないでくださいよ」

「ハロルドのこともあったか、しばらくシスと寝ようかな。またドルイドもくるかもしれないし……」

蛇の目のゆりはぶつぶつ言っていた。


一方、城の中の別の場所、王の休憩所にて、ラクシュミの他にエルバートが子供連れでやってきていた。子供はキースの息子、セルジュである。

セルジュはエルバートの膝の上にちょこんと座っていた。「僕も連れて行って」とセルジュがせがんだのである。

「大きくなったな」

とラクシュミが言うと、セルジュはうれしそうに「きゃは」と笑っていた。

「賢そうな顔をしてるな。ラギが、すごく賢いといってた」

「はい、セルジュさんは本当に賢いです」

エルバートが言った。セルジュは大人の記憶を持っているので賢いどころではないのだが、（王に内緒にしていていいのかな？）とエルバートは思ってもいる。

「それで話ってなんだ？」

「はい、実は……」

とエルバートは話を始めた。話の内容は、昨晩カーライルが出会った謎の蛇のことである。カーライルはその話を昼間ハザークにしたのだが、ハザークもいろいろ噂を聞いたことはある

といっていた。「王に話しておいた方がいいかもな」とハザークが言い、カーライルから「お前が話せ」と頼まれてエルバートがやってきたわけである。

話を聞いたラクシュミは、目をぱちくりさせていた。

「なんだか気になる話だなあ。ちょっと誰か呼ぼう」

すぐにミカエルがやってきた。ミカエルはラクシュミの顔を見るなり、「ドルイドの話、本当なんですか？」と聞いていた。

「ドルイドのことは後でいい。昨晩、水蛇様が変わった蛇様に出会ったらしい」

「はあ」

ミカエルはエルバートの膝にいるセルジュを見て手を出し、セルジュを抱っこしていた。エルバートがもう一度説明した。ミカエルはセルジュを抱っこしたまま聞いていた。

エルバートの話が終わった後、ラクシュミが

「気になる話だろ？」

とミカエルに聞いた。抱っこされているセルジュは、目を輝かせている。

「気になりますねえ……契約が実行されたってなんのことなんでしょうね」

「それが気になる。何かが済んだということだからな。特別なことが、何かあったかな」

ミカエルは軽くセルジュを揺らしながら考え込んでいた。

「すごく変わったことがあったといえば、王妃がこの世界に来たことが特別なことでしたが、それは大昔の蛇様には関係ないでしょうしねえ」

「それは違うだろう」

「過去と未来を行ったりきたりってのも不思議なことですが、違うっぽいですし」

「違うと思う」

「他に思い当たることといえば、戦ですね」

「戦？」

「王妃が来てすぐの戦の時、大きくなったアナスターシャ様は、なんかすごい呪文で大きな蛇を呼んだりしてましたよ」

「ああ、そういうことあったな」

とラクシュミは思いだした。

「古代魔法かと思ってた」

「古代魔法もあったでしょうが、中には特別な呪文があったのかもしれませんよ」

「それなら、実行されたってのもわかるな。契約ってのがなんかはわからんが」

「これからするんじゃないんですか？」

「そうか。だが、契約は実行されたってのにまた結ぶってことか？」

「それがどういうものかは知りませんが、姫は過去の時代に行く予定ですから、過去で何か発見する予定とか」

「ああ、そういうこともあるかもなあ」

過去と現在と未来、なかなか話がややこしくなってきた。エルバートもセルジュも二人を交互に見ている。

「その契約ってのが何かわからないと、あの戦で勝てないのかな」

「わかりませんが、歴史がちょっとずれることになるかもしれませんね。たとえば、戦の状況が変われば、戦で死ななかった者が死んだりするわけですし」

「そうだな。じゃあその契約ってのが何か、調べなきゃだめだな」

簡単に調べるといっても、かなり難しそうである。

二人がうーんとうなっていると、

─たのしそー！！

という興奮した声が聞こえてきた。

「「ん？」」

ラクシュミもミカエルも周りをきょろきょろ見て、エルバートを見た。エルバートは「あ、いえ」と遠慮がちに自分ではないことをアピールしている。

「やば」

「え！？」

声を発したのはセルジュである。

「セルジュ、なんかおかしいぞ。意味が分かって聞いてただろう」

ラクシュミが怪しんでセルジュを見た。

「えーまさかー」

ミカエルは笑っている。

「セルジュ、白状しろ」

─王様、このセルジュ、約束通り御前にかえってきました

とセルジュが重々しく思念で話し出して、驚いたミカエルはセルジュを落としそうになっていた。

「はあ？　どういうことなんですか？」

─大人のまま生まれちゃったんだ。お願い、パパとママにはないしょにしといて

セルジュはうるうるした目でミカエルを見上げていた。

「はー？」

─王様もお願いします

「キースと話せばいいじゃないか」

─ばれたら赤ん坊のたのしみがなくなります！

とセルジュは力説していた。

エルバートはころあいを見計らって、

「黙っていて申し訳ありません」

と頭を下げていた。


エルバートはセルジュを連れて去って行った。

「……大人のまま生まれちゃったなんて……この前会った時には新聞を眺めてるし、なんか変だと思いましたよ。将軍にいえばいいのに……本当に内緒にしとくんですか？」

ミカエルが聞いた。

「まあいいじゃないか。そのうちキースも気づくだろう」

「今日一日でびっくりすることがありすぎですよ。どれが一番か、もはやわからないほどですよ」

「そりゃ水蛇様の話だろう。なにせ、歴史が関わっている」

「そりゃそうなんですが……」

「夜にでもハザークに話を聞いてみるか……」

「王妃はどうでしたか？　ドルイドのこと、喜びまくってました？」

「いや、いろいろ複雑そうだったが、まあそのうち落ち着くだろう」

「恋人が増えることになるんですかねえ。どうなるんだろう……」

ミカエルとしてはそこが気になるらしい。

「さあ」

ラクシュミの脳裏はもうドルイドどころではないらしい。


夜、ミカエルはカーラとセリアがいる屋敷に行った。大人はまだ眠る時間ではないが、セルジュは起きていて、カーラにだっこされていた。

「セルジュさん、まだ起きてるんですか？」

「そうよ。しばらくこうして抱っこしてあげると、寝るのよね〜」

カーラの大きな胸に頬を引っ付けているセルジュは、なんだかうれしそうである。

（子供の楽しみってもしかしてこれかな。セルジュさん、あなたって人は……）

やれやれと額に指をあてたミカエルだった。


つづく

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