第21話


「……デュップラスアミドス……なんらたかんたら……」


「うーん、夢で見てもわからーん」

朝自分のベッドでぼやいているのは過去の世界のフークスである。巫女エレノアに蛇様が下りてから、フークスはもんもんとしていた。

あの時のことを夢にも見てしまっている。

あの時蛇様が自分に言いたかったことはなんなのか。考えてもさっぱりわからない。

蛇様がエレノアとちょっと遊びたかっただけならば、あんなふうに人前に現れてはこなかっただろう。

何か言いたいことがあったのだ。


フークスは皆で、蛇様が何を言いたかったのかいろいろ考えてみた。

「やはり、何かの警告を発したかったのでは？」

わざわざやってきて告げたのだから、「警告」だと思うのが普通である。

だが、「警告」と「契約」という言葉が結びつかない。

「忘れ去られている何かの契約でもあるんじゃないですか？」

と誰かが言った。

「それを、蛇様が思いだしてほしくてやってきた、とか」

「契約かあ、なんだろう？」

「呪文とか？」

言ったのはその場にいたレイアスだった。

「呪文？」

「昔のすごい呪文とか、ありそうじゃないですか？」

「確かに、ありえるかもね。何の呪文かはわからないけど」

「蛇様は、あの夜フークス様に呪文を教えたんじゃないんですか？」

「え？」

「かもしれないですよ」

「えー……」

呪文を教えられたという意識がさっぱりなかったフークスである。いろいろ話してたが堂々巡りだった。


「うーん、ちょっとハザーク様と話がしたいからいってくる」

フークスは頭をかいていた。ちょっと気分を変えたくなったのだ。

「僕も行きます」

とレイアスが言ったので、フークスはレイアスを伴い、さらに嫌がるエレノアを連れてハザークの元に行った。

「そんなに嫌がらなくても……」

とレイアスは苦笑している。

「あの話、恥ずかしいんですもん……」

エレノアは蛇様の話をされるのが恥ずかしいようだ。

３人はハザークの元を訪れて、蛇様の話が何かの呪文についてのことではないのか、とハザークに尋ねてみた。

「呪文」

ハザークは言いながらもエレノアのお腹を見ていたので、エレノアはついレイアスの後ろに隠れていた。

「我は呪文には疎い。昔聞いたかもしれんが、すっかり忘れた」

「古い魔法も本にまとめられていますから、案外その一つについてかもしれませんが、どうでしょうね」

「さあなあ」

騎士達が覚える魔法は、普段使うようなものや戦で使うようなものがあるが、どれも手軽な魔法であり、命を削るような大それた魔法になると、目にすることも

あまりないのである。魔法に熱心な者はそういう本にも目を通しているが、使い道がないために覚えるということもしないのである。


「何かの呪文について、というのもあり得る話かもな。我が子供のころ、大昔の蛇に出会った、とある男が言ってたのを思いだした。今回のことと関係があるかどうかはしらんが」

「その方は、大昔の蛇に出会ってどうされたんですか？　何か話でもされたんでしょうか」

「さーなにせ子供のころの話なので、それ以上は忘れてしまった」

「そうですか」

「……エレノア」

ハザークが声をかけると、エレノアはレイアスの後ろから顔だけだしていた。

「なんでしょうか」

「わかった。その男の子供だろ」

ハザークがレイアスを指して言った。

「え？」

「え？」

驚いたのはレイアスも同じである。

「ええ？」

フークスも驚いていた。

「二人はいつの間にそんな仲に？」

「え？　いえいえ、僕はなにもしてないですよ」

レイアスは思いっきり否定していた。

「お前の子だ」

とハザーク。

「えー、でも、してませんし、ねえ」

レイアスが後ろで驚いているエレノアを見て同意を求めた。

「…………」

エレノアは口を開けたまま固まっている。

「なぜ無言なんです？」

「レイアス、怒らないから白状しなさい」

とフークス。

「ええ？　えー！？」

レイアスは取り合えず記憶を探ったが、酔った勢いでエレノアと何かした覚えもない。

「確かにお前の気を感じる。あ、すまん、もしかしてこれは、言ってはいけないことだったか？」

ハザークは珍しく、すまなそうに言っていた。

「え？　どういうことですか？」

とレイアスには意味が分からなかったようだ。

「ま、とりあえず、今日はこれで失礼します、ハザーク様」

フークスは早々に二人を促して部屋を出た。

「あのー意味がわからないんですが……」

レイアスは一人不思議そうである。一方エレノアは、神妙な面持ちだった。

「この話は、ここだけの話にしておこう」

フークスの言葉に、レイアスは「なぜですか？」と聞いていた。

「それは、その……」

フークスはエレノアをうかがっている。

「二人とも、ちょっと私の部屋に来てください」

エレノアが言って、３人は瞬間移動したのだった。


エレノアは部屋にいた侍女を外に出してから、「そういうことじゃないですから」とフークスに言った。

「え？　違うんですか？」

「違いますよ」

「僕にもわかるように言ってください」

とレイアス。

「私がレイアスに魔法をかけて意識をなくして抱かれた、とかそういうことはありません」

エレノアは言いにくいことをはっきり言い、レイアスはその言葉にびびっていた。

「ええ？」

「そんなことはしてないですよ」

「そうなんですか、いや、驚きました」

フークスはほっと胸をなでおろしていた。てっきりそういうことかと思ったようである。

「それならそうと、ハザーク様の前ではなぜ違うと言わなかったんですか？」

フークスが聞いた。ハザークはきっと誤解しているに違いない。

「実はですねえ……」

エレノアは椅子に座り、二人にも座るように促した。

「これも誰にもまだ言ってない話なんですが、レイアスそっくりのへびっち様と仲良くしたことならあるんです」

「はあ？」

レイアスは大きく首をかしげていた。

「いつですか？」

フークスが聞いた。

「あれは、へびっち様が二度目にこちらにいらした時ですわ。前回のことを思いだして、ついへびっち様をお誘いしたんですわ。

それで、その時に、「へびっち様はレイアスに似てないですね」というと、姿を変えられて、レイアスそっくりになったんです。それで仲良くしました。そういうことがありました」

エレノアは恥ずかし気に言っていた。男二人はぽかんとして聞いている。

「あれ？　へびっちが二度目に来た時には、すでにあなたは妊娠中でしたよね？」

「そうですね。ですから、まあそれは子供とは関係ないと思うんですが、ハザーク様の言葉でつい思いだしてしまって……へびっち様と私の蛇が交わってから、

私、変わったんですわ。それまでは男性とするのもそんなに好きじゃなかったんですけど、楽しめるようになったんですわ。身体が変わったんですわ。

へびっち様は、私にとっては運命の人ですわ」

「はあ……」

フークスは、女王が以前、「へびっちが未来の王に変わった」と言っていたことを思いだした。へびっちは女の肌の蛇と交わることができるだけではなく、自分自身も

女性と仲良くすることができるようだ。

（へびっちってハザーク様よりすごいな。なんであんな蛇になったんだろう？）

フークスにはおおいに疑問だった。

レイアスは、「あの、今の話、僕はどう思ったらいいんでしょうか？」とフークスに聞いていた。どう反応していいか、わからなかったようだ。

「一度目にへびっちがこっちに来た時は、交わったのはエレノア様の肌の蛇だけだったんですよね？」

レイアスのことは無視して、フークスはエレノアに聞いた。

「そうですね。あの時は、肌の蛇だけでしたわ」

「ハザーク様のお言葉が正しいというのなら、へびっちがらみの何かがエレノア様の中にいるんじゃないかな？　たとえば、子蛇とか」

フークスは自分でも驚きながら言った。

「え？　子蛇？」

「でも、陛下の子蛇はもうとっくに出産しましたよ？」

レイアスが言った。

「え？　子蛇、出産？」

エレノアはその話は知らなかった。

「子蛇は赤ちゃんに引っ付いたのかもしれないよ。ほら、ゆり様の赤ん坊にも子蛇がひっついてたって言ってただろう？」

とフークス。

「あ、そういえば……ええ！？　僕の孫蛇がここにも！？」

レイアスは目を見開いて、エレノアのぺっちゃんこのお腹を見ていた。

「ええ？　今のどういうことです？」

混乱したエレノアは、二人に説明を求めていた。フークスが、女王がへびっちの子蛇を生んだことをエレノアに話した。エレノアはびっくり仰天だったが、喜んでもいた。

「へびっち様の子供がいるのならうれしいです！」

「赤ちゃんは他の男の子供だと思うけど、子蛇がひっついてる可能性があるかもね。それで、ハザーク様が勘違いしたのかも」

「すげー孫がたくさんだ、すげー」

レイアスは思ってもいなかった展開に、驚くやら喜ぶやらだった。

「すごいなあ。あれからこんな展開になるなんて……」

「赤ちゃんが生まれてくるのがすごく楽しみですね」

エレノアは自分のおなかをなでなでしている。

「フークス様、この話、陛下にした方がいいですよね？　やっぱり」

レイアスがこそっと聞いた。

「うーん、黙ってるのはまずいと思うが……ちょっとディランとも相談してみよう」

「そうですか」

「エレノア様、この話、内密にお願いしますよ」

「はい！」


その晩、フークスはディランを呼んでこのことを話した。ディランは驚いていたが、女王に話すかどうかについては、フークス同様悩んでいた。

「陛下はへびっちのことをかなり想っていらっしゃるようだからな。この話を聞くと、面白くないかもしれないなあ」

「そうだね」

「赤ん坊が生まれてからでいいんじゃないのか？」

ディランが言った。

「陛下の方？　巫女の方？」

「陛下が無事出産されてからでもいいし、第一、本当に巫女の赤ちゃんに子蛇がいるかどうかもまだわからないだろう？」

「まあ、それはそうだね。陛下が出産されるまでは、とりあえず保留でいいかもね」

「それがいい。それにしても、レイアスの子蛇ばかりがいろいろあって、ちょっとうらやましいような。子蛇達がみんなへびっちのようになったら大変だろうけどな」

「それは大変だろうね」

フークスは想像しながら笑っていた。ディランも笑っていたが、やがて真面目な顔になった。

「我々の子蛇も確かに存在しているんだよな。時々、すごくゆり様に会いたくなるんだ。あのかわいい金色の蛇が恋しくなる」

「私もだよ」

フークスがうなずいた。

「ところで、謎の蛇様のことは何か進展したのか？」

ディランが聞いた。

「いや、全然だよ。そっちはお手上げだよ。また蛇様が現れてくださればいいんだが……」

蛇様の言葉の謎が解ける日が来るのかどうか、今はまだ知る由もない、二人だった。


つづく

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