第２２話
「それでですね、ユリウスが……」
「ふーん、そうなんだ」
興味深げに相槌をうっているのはミルキダスである。そして向かい側で話をしているのはジェナサイトだった。
二人は酒を飲みながら語らっている。場所は狭い酒場のようだ。丸テーブルとイスはいくつかあるが、客は二人きりである。
そしてマスターもいない。二人は勝手に棚から酒を持ってきて飲んでいる。よく考えるとおかしな場所であるが、気づくと二人でここにいた。
こんなことは二回目である。もしや今回も前回と同じようなことになるのだろうか、と二人は思わないではなかった。
外に出てみようかとも思ったが、かえって誰かとすれ違ってしまうかもしれない。二人はその誰かを待っている。
時間つぶしとばかりにジェナサイトがユリウスとの仲をのろけていた。息子のフランツには、「最近不気味すぎる」と言われているらしい。
そんな話をミルキダスは微笑ましく聞いていた。この二人がこれほどまでに仲良くなるとは、ミルキダスも思わなかったことである。
ひとしきりのろけた後、ジェナサイトが急に真面目な顔をしてミルキダスに顔を寄せた。
「あのー、下に、だれかいません？」
ジェナサイトがテーブルの下をさしている。
「うん、いると思う」
「ですよね……まさかルーク様が隠れてるわけじゃないし……さっきから見たくてしょうがないんですが、なんだか見るのが怖いんですよ」
テーブルの下に誰かいるというのは気配でわかっていた。時々足の上におしりらしきものも乗っている。子供だろうか、とミルキダスも
気になっていたのだが、確かめるのがちょっと怖い気もしていた。
「じゃあ、一緒にみてみよう」
「はい、じゃあせーので」
「「せーの」」
二人は上半身をかがめてテーブルの下をのぞいた。テーブルの下には二人の子供がいた。
赤い髪、そっくりな顔の男の子は二人がのぞくと視線をむけてきた。肌にうっすらと蛇のうろこの模様が見える。その瞳も、人というには異様に大きい目をしていた。
赤い、簡素な服を着た子供達である。
「え？」
「……もしかして、私たちの子蛇かな？ 人になってるのかな？」
ヴィラがそんなことをいっていたとおもいだして、ミルキダスが言った。
「えーそうなんですか？ すげーおいで、おいで！」
ジェナサイトは両手を広げたが、子供は外にでてこなかった。
「おいでよー抱っこさせてくれ」
「いやなのかな？ ここにいたいのかも？」
「えーつまらないなあ……でもこうしてみると感動しますね。名前をつけましょうよ。なにがいいかなあ……うーん」
ジェナサイトは子供たちの名前を考えてうなっていた。
「もうずいぶん、長い付き合いだね」
「そうですね。君のおかげで私は力があがったよ。ありがとう」
二人は目をぱちくりさせていたが、やがてテーブルの下からはいだしてきた。ジェナサイトがうれしそうに一人を抱っこしていた。
「人間ならば何歳くらいだろう……20歳？ もっと小さいかな？」
「フランツよりちょっと大きいかな。君たちのパパは近くにいるのかねえ」
「来てくださるといいんだが」
ミルキダスのひざにも一人が乗ってきた。ミルキダスは我が子のように抱っこしている。
子供二人がそろって扉のほうをみた。
つられてミルキダスとジェナサイトも視線を向けた。
扉が開いた。入ってきたのは──
所変わって神の国である。
空を飛んでいた伝令神ライサが空の神殿が乗っている雲に降りると、そこには青い肩くらいまでの髪の見慣れない神がいた。
ライサがよく知っている男に似ている神である。
「あ、君はもしかして、グレンの娘かな？」
青い髪の男がライサを見て言った。
「はい、そうです。ライサです。あなたは」
「私は海の伝令神ワイアット、よろしく」
「海の伝令神？！」
ワイアットはグレンに背格好や雰囲気がよく似ていたので、ライサは驚いた。顔は瓜二つというほど似てはいないが、髪の色が同じならば、もっと似て見えるかもしれない。
「あなたが海の伝令神様ですかーはじめまして！」
ライサは自分と同じ役職の他の神に会ってうれしくなった。
「どことなくお父さんに似てますねえ」
「そうかい？ 君は似なくてよかったね」
ワイアットは笑みを浮かべて言っていた。
「女の子にはちょっと気の毒な役回りだけど、楽しくやってそうだね」
ワイアットはライサの顔を見てそう思ったようである。
「はい！ それでワイアット様はどうしてこちらへ？」
「大神（アシュラン）にご挨拶に伺ったんだよ。それじゃね」
「はい！」
ワイアットは神殿の中に入って行き、興奮したライサは雲の上をうろうろしていた。
ライサはまだ海の神殿には行ったことがないのである。
「ああ、海の方にもいってみたい。海への用事でもいいつけられないかしら〜〜」
そこにグレンが飛んできた。
「何をうろちょろしてるんだ？」
「あ、お父さん、さっきね、海の伝令神と会ったんですよ。あの方、お父さんにそっくりですね」
ライサはうれしそうに言っていたが、グレンは驚いていた。
「え、ワイアットが？」
「アシュラン様に会いに来たみたいですよ」
「そう」
グレンはそのまま神殿の中に入って行った。
グレンはアシュランの間の裏からこっそり中の様子をうかがってみたが、ワイアットがいる気配はなかった。すでに話は終わっていたようである。
残念に思っていたらちょいちょいと肩をたたかれた。振り向くと、そこにはワイアットがいた。
「やあ」
「ワイアット、今日は何の用でいらしたんですか？」
「ちょっとカサンドラ様をお借りしたくて、大神に了解を取りに来たんだよ」
「カサンドラ様を？」
「それよりも、君の娘があんなに明るいかわいい子だなんて、驚いたよ。性格はガーベラ様よりなんだね。よかった」
グレンはそれに関しては無反応だった。
「君がガーベラ様とくっついたと聞いた時も驚いたけど、娘があんないい子とは思わなかった。ガーベラ様は、以前とはちょっと性格が変わったようだね。
昔はああいう感じじゃなかった。まるで別人のように思ったよ」
「…………」
「それじゃね、うまくやりなよ」
ワイアットはグレンの肩に手を軽く乗せて、去って行った。
グレンはそれを眺めながら、（別人のような……海に行ったのはあちらのガーベラ様か？）と思っていた。
（ワイアットはなんて鋭いやつなんだ。まあそうそうガーベラ様もワイアットに会うことはないだろう……）
そう思い、グレンはガーベラに警告のようなことはしようとしなかった。
人間界ではあくる朝、ミルキダスが目覚めたのだが、夢の記憶が途中からなかった。
（ジェナサイトと酒を飲んだような気がするんだが……それからどうしたっけ？）
その先の記憶がさっぱりなく、ミルキダスは服を着替えていた。子蛇は左腕にいる。
「そうそう、子蛇が子供になっていたような……でもそれからが思いだせない」
ミルキダスは今日の職場である北の砦に行き、ジェナサイトに出会った。
「ジェナサイト、昨日夢を見た？」
「見ましたよ。二人で酒を飲んで、子蛇が子供になってるのをみましたね！」
ジェナサイトは嬉しそうな顔で答えてくれた。
「やっぱりあれは共通の夢だったんだ。その先の記憶がないんだが、覚えてる？」
「私もわずかにしか思いだせないんですよ。あの後誰かが来たようなんですが、ミルキダス様はその人物に怒ってましたよね？」
「え？」
「泣きながら怒ってましたよ？」
「ええ？」
ミルキダスはのけぞっている。
「泣きながら怒ってた？ なんで？」
「さあ」
「誰に怒ってた？」
「それがどうも思いだせないです」
「？？？？」
ミルキダスは温和な性格なので、今まで誰かに対して怒ったということはない。息子のゼッドは別だが。
「それ、本当の話？」
「ミルキダス様が泣いてたのは確かですよ」
「うーん、思いだせない」
首をかしげているとヴィクターがやってきた。戦士達が口々に「おはようございます」とあいさつしている。
「みんなおはよう」
30人ほどの戦士達を見回したヴィクターは、ミルキダスに目を止めた。
「ん？ ミルキダスなんか、気が変じゃないか？ 何かあったか？」
「え？ 何もありませんけど」
「そうか？ 時間が空いたら王に見てもらえ」
「はあ」
ヴィクターは今日の話に入った。
ミルキダスは仕事中に出会ったミカエルからも、「どっか変じゃないか？」と言われてしまった。自分では変化にさっぱりわからない。
自分に何が起こったのかさっぱりわからず、ミルキダスは休み時間になるとすぐにラクシュミに面会を頼んでいた。
ラクシュミはミルキダスを眺めると、「気の質がちょっと変わってるような気がする」と言った。
「そうなんですか？ 自分ではわからないですが」
「うーん……あ、肌の蛇がちょっと濃くなってないか？」
「え？」
「ちょっと違うような気がする」
「そうですか。後で見てみます」
「本当に何かあったわけじゃないのか？」
「何もないと思うんですが、実は昨晩……」
ミルキダスは夢の話をラクシュミにした。自分が覚えていたことだけ。
「変わったことといったらそれくらいです」
「そうか。まあ体調不良じゃないなら、気にすることはないだろう。むしろいいことかもしれないし」
「はい、ありがとうございます」
ミルキダスは王の間を出た後、誰もいない部屋で服を脱いで自分の右腕にいる蛇をじっくり眺めてみた。朝は気づかなかったが、確かに色がちょっと濃くなっているようだ。
「うーん、謎だなあ」
ミルキダスは服を着た。
（朝のジェナサイトの話も謎だし。私が泣きながら怒ってたってのがわからん……）
ミルキダスはその後城の南の庭園にとんだ。花壇の側にゆりとラギがいた。
「あ、ミルキダス」
「こんにちは」
ミルキダスは二人に近づいて言ったのだが、ゆりを見るなりぼろぼろと涙を流し、ゆりもラギもぴっくりした。
「ど、どうしたの？」
とゆりが聞いた。
「え、あれ？ なぜか涙が」
ミルキダスは自分で自分に戸惑っていた。泣きたいと思って泣いたわけではないのである。
「なんでもないんです。失礼します！」
早々にミルキダスは消えてしまった。
「どうしたんだろう」
ラギはじーとゆりを見ている。
「何よ。私がいじめたわけじゃないわよ」
ゆりは先回りして言った。
「本当かなあ」
「当たり前でしょ」
「お母さんはよく男を泣かすからなあ」
ラギにぼそりと言われて、ゆりはずっこけそうになった。
「私がいつ男を泣かしたのよ」
「前にミカエルを泣かせたじゃん」
「ミカエル？ ずっと前でしょ。それにミカエルは泣いてないし」
「心の中じゃ泣いてたよ」
ゆりの頬は引きつっていた。
「ミルキダスと別れたら、僕泣くからね」
ラギは真面目な顔で言って去って行った。
「いや、言ってないし……本当に何もしてない。よね？」
ゆりは記憶を探ったが、ミルキダスに何かしたおぼえがまるでなかった。
「まるでわからない。こういう時は、ちょっとヴィラに探りを入れてもらおう」
無意識のうちに相手に何かしてしまうこともある。ゆりはヴィラに手紙を書いたのだった。
王妃の手紙はすばやくヴィラに届いたのだが、緊急事態というわけでもなさそうだったので、ヴィラはとりあえず、周りに思念でミルキダスに何か起きなかったか聞いていた。
するとミカエルから「ミルキダスの肌の蛇がちょっと濃くなったと、王が言ってた」との情報が入った。
─へー肌の蛇が濃くなったんですか
─らしい。今朝会った時に、何か変わったかな、とは思ったんだがな
─そうですか
ミルキダスの情報はこれだけだったが、ミルキダスがゆりの前で泣いたわけはわからなかった。
（本人に聞かなきゃわからんな……だが今日誘ったんじゃあからさますぎか。数日様子を見た方がいいかな？）
ヴィラはとりあえず、夕方ゆりにそう伝えに行った。
部屋にいたゆりは蛇の目のゆりの方だったのでヴィラは、「ミルキダスを泣かせたの、あなたの方じゃないんですか？」とつい聞いていた。
「違うわよ。私だって何もしてないわよ」
「本当ですかあ？」
「深刻な話なんてしてないし」
「まあちょっと様子をみましょうよ。ただ、目がかゆかっただけかもしれないでしょう」
「そうよね。だって身に覚えがないしね」
と思いつつ、こちらのゆりももやもやした気分だった。
そのころ、ヴィラが探りを入れなくても心配したラギがシスに相談し、シスからミルキダスの元に思念が届いていた。
シスは子供なだけにストレートに、「どうして泣いたの？」と聞いている。
─心配をかけてすいません。本当になんでもないんです。王妃が私に何かしたとか、そんなことありません。絶対に。私が勝手に泣いただけなんですよ
ミルキダスはあわてて答えている。
─本当？
─本当ですよ。
─ミルキダス、夜は空いてる？ ラギがバラクしたいって
─いいですよ
子供達は勝手に計画し、夜、ラギとミルキダスがバラクをしている間に部屋に来るようにとゆりに言ったのだった。
ゆりは了解した。これではっきりするならば越したことはない。
夕食後、ころあいを見計らって、ゆりはラギの部屋に行ってみた。
ラギはミルキダスとバラク中で、シスはそれを眺めていた。
ゆりは満面の笑みをたたえて部屋に入ったのだが、ゆりを見るなりミルキダスはぼろぼろと涙を流したのだった。初めて見たシスもさすがに驚いている。
「ミルキダス、お母さんが何かしたの？ 僕に教えてよ！」
ラギも泣きそうな顔で言っていた。
「え、いえ、違うんです。なぜか涙が出るだけで、王妃が私に何かしたわけじゃないんです」
ミルキダスは戸惑いつつも説明しているが、なんとも説得力がなかった。
ゆりの目は蛇の目に変わっていた。
「ミルキダス、本当にどうしたの？」
「本当にどうもしないんですよ。なぜか涙が出て仕方ないだけなんです」
「悲しいの？」
とシスが聞いた。
「いえ、悲しいとかそんなことは……」
その時ミルキダスの脳裏にふっと何かが浮かんだ。
女の姿である。だが、はっきりしない。
「王妃、もしかして、昨晩夢で私と出会ってないですよね？」
ミルキダスは一応聞いてみた。
「夢？ ……いや、覚えてない。というか夢をみたかどうかがわからない」
「そうですか」
「どんな夢だったの？ この際全部はっきりさせようよ」
ラギが言った。
「夢で、ジェナサイトと出会って、我々の子蛇も、人になって出てきたんですよ。その時、誰かがそこにきたんですが、私もジェナサイトも覚えていないんです」
「ルークじゃないの？」
ゆりが聞いた。
「違うんです。ジェナサイトが言うには、私はその人物に対して怒って泣いたらしいんです」
「えー……ミルキダスが怒って泣く人物なんて珍しいわね」
「そーだよね。やっぱりお母さんが夢で出たんじゃないの？」
ラギが言った。
「怒って泣かれる理由がわからないわよ」
「その夢が原因かなぞですが、肌の蛇がちょっと濃くなってたんです」
「え？ 見せて見せて」
蛇の目のゆりはすぐに言っていた。ミルキダスの蛇は腕にあるので、裸にならなくても見られるのである。
ミルキダスが上着を脱いでシャツの袖をめくった。腕にいる蛇は、そういわれるとちょっと濃くなってるような気がする。
「このせいで気質が変わるなんてね。不思議だなあ」
ラギは首をひねっていた。ここにミルキダスが来た時に、いつもと違うかな、とさすがにラギも気づいていた。昼間は気づく間もなかった。
「どうしたんだろうねえ」
ゆりが赤い蛇に触ると、ミルキダスはまたぼろぼろと涙を流していた。
「すいません。気にしないでください」
「本当に、どうしたのかしらねえ」
「泣きたいなら、泣いたらいいんじゃない？」
シスが言い出した。
「そうかもね。泣いたらすっきりするかも」
とラギ。
しばらく泣くと、ミルキダスの涙も止まっていた。確かにすっきりした気分でもある。
「わけのわからないことですいません」
「いいんだ。何もなかったんならよかったよ」
とりあえずその場はこれで収まった。
（夢で出会ったのは本当に女性だったのだろうか。それもよくわからない……）
せつないような気持ちがするのはなぜなのか。ミルキダスにはわけがわからなかった。
黒目のゆりに戻ったところで、ラギが「最後に抱き合って」と言い出した。
「はあ？」
「仲いいところ見せてよ」
「なんで見せなきゃならないの」
「いいからさー」
「はーしょうがないわねーミルキダスー」
ゆりはミルキダスに抱き着いた。ミルキダスはびっくりしている。
二人の仲が良いところがみれたのでラギは安心したようだ。満足気な顔つきだった。
どうやらラギはミルキダスのことになるとかなりムキになるようである。「ミルキダスがお父さんと同じくらい好き」だと言ってるくらいだから仕方がないが。
これで別れるなんていったら親子の縁でも切られかねないかも、とゆりは思った。
ミルキダスは去って行き、「これで私が何もしてないってのがよくわかったでしょ？」とゆりはラギに言った。
「でも夢も謎だよね。肌の蛇が濃くなったのも謎だし」
「もういいじゃない。考えてもわからないし、じゃあ私お風呂に入ってくるね。シス、後でね」
ゆりは部屋を出て行った。
「お母さん、いつまでシスにーと寝る気なんだろう？」
ラギが言った。
「さあ？ ドルイドが来るまでかも？」
「すぐには来ないと思うけどね」
「ちゃんとゆっくり話ができるといいんだけどね」
「そうだね」
ドルイドがゆりに出会ってしまいどんな気持ちでいるのか、それも気になる二人である。
さて、そのころユリウスの屋敷では、ジェナサイトがやってきて夢の話をしていた。
「なにー子蛇が子供になってただと？ ずるいー私もみたいぞ！」
ユリウスはかなりうらやましがっている。
「いーだろう。せっかくだから名前を考えよう。次に会った時は名前で呼びたいし、何がいいかなあ」
「いいなあ。私も見たいなあ。私も夢に入りたい！」
二人は長椅子でひっついて話をしていた。それを同じ部屋で見たフランツは、（この引っ付きはいつまで続くんだろう？）と蛇の一族の子供らしく冷めた目で見ていたのだった。
続く
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