第23話

「ワイアット、あなた嫌味でカサンドラをつれてきたわね。ほんと、あんたって性格悪いわね！」

海の神殿近くの小さな建物でワイアットに悪態をついていたのは、海の女神セスティナである。

「嫌味などと、セスティナ様の気がまぎれればと思っただけですが」

ワイアットは涼しい顔で答えていた。

「カサンドラと話がしたいなんてひとっこともいってないわよ」

「ですが、話し相手としては、あれほど素晴らしい相手もいませんよ。なにせあらゆる情報に通じておられますからね」

「私は別に知識が欲しいわけじゃないの。恋の話とかそういうのがしたいの。男がいたこともないカサンドラと話をしたって仕方ないでしょ！」

「そんな失礼なことをいってはいけませんよ。あの方は、男が必要ないだけです。まさか本人に失礼なことを言ったりはしてないでしょうね」

「私もそれほどばかじゃないわよ。せっかくだからいろいろあっちの話を聞いたわよ。ガーベラの儀式のときのことも詳しく聞いたわ。どんな花が咲いたのかしら。見てみたかったわねえ。

あんたは見た？」

「いいえ」

「お母さまったら、私を起こしてくれないなんてずるい。私だけのけものにしてー許せない」

セスティナはまだねにもっているようである。

「眠られていたんだから仕方ないですよ」

「無理やりでも起こすのが親でしょ！」

「まあまあいいじゃないですか。あなたは十分うつくしーですよ」

ワイアットの言葉もちょっとなげやりだった。ワイアットはうんざりするほど長い時間、こういうやりとりをこのセスティナとやってきたのである。相手が格上だからといって、

四六時中気を遣ってもいられない。

「ふん」

セスティナはぷんと横を向いていた。

「神殿に戻ったらいいじゃないですか。恋の話でもなんでも、他の女神たちとしてください。こんなところでいつまでいじけているつもりなんですか？」

「別にいじけてないわよ。もういっていいわよ」

最後には追い払うように、セスティナはワイアットを追い出していた。


「……まあいいわ。カサンドラが来てくれたおかげでいいことが聞けたし……」

セスティナはワイアットが行ってしばらくしてから建物の外にでて、海の上を見回した。妖精達が漂っているのが見えるが、目当ての妖精はいない。

（今日はニイニは来てないのかしら？）

どうやら探していたのは妖精のニイニらしい。ニイニはゆりがガーベラに入っている時にできた妖精で父親はラクアとラーズなのだが、この地で生まれたせいか、時々こちらに

遊びに来ていた。元来妖精には自分の好きな場所にいる権利のようなものがあるので、ニイニがここらにいたからといって、「あっちに帰れ」と怒られることはない。

風の妖精などは自由に行ったりきたりしているくらいである。セスティナはあまり妖精のことを気にするたちではないのだが、カサンドラがここに来た時に偶然ニイニがいて、

ニイニがガーベラの子供だというのをセスティナに教えたのだった。

（ニイニと仲良くなれば、ガーベラにわたりがつくってもんだわ。ふふふ、早く来ないかしら）

セスティナはそんなことを思っていたのだった。



そのころ神の世界でのガーベラは、カサンドラの神殿近くにやってきていた。昨晩もっと大きくなったサントスがまたやってきたのである。

それでサントスの様子を見に来たのだが、サントスはやはり元に戻っていた。そしてガーベラを見るとうれしそうだが恥ずかしそうだった。

（うーん、どっちのサントスがいいと言われても困っちゃうし、やっぱりこれでいいのかしら？）

ガーベラは神殿の中でこっそりカサンドラにサントスのことを打ち明けることにした。

するとカサンドラはとても驚いていた。

「なんと！　おめでとう。サントス！」

カサンドラは母親のように喜んでいる。

「だが、儀式の時にしっかりしたのかと思っておったが？」

「儀式ねえ。私は記憶はないけど、どうだったんでしょうね？　わからないわ」

ガーベラには儀式の記憶は本当になかったので、体をしっかり交わったのかどうなのか、正直わからない。

「あの時の私は強烈だったらしいから、強引にしたかもしれないけど、サントスが泣いてなかったんならよかったわ。サントスには大きくなってること、黙ってる方がいいのかしらねえ」

「サントスは最近は落ち着いておるし、今のままでサントスの心のバランスが取れておるのなら、それでいいのではないか？　ガーベラがいいのなら、だが」

「私は別にいいんだけど、恋人が増えたみたいで新鮮だし」

「これは、二人目の期待もできそうだの〜〜ほほほ」

カサンドラは意味ありげに笑っている。

「カサンドラったら、でもいきなり子供ができてたらサントスもびっくりね」

ガーベラはそれを想像して笑っていた。

「あ、そうそう、昨日海にいっておったんだが、ニイニがおったぞ」

カサンドラが思いだしたように言った。

「ニイニ？　私の子のニイニ？」

「そうだ。どうやらたまに海に行っているらしい」

「そうなの。あっちに友達がいるのかしら？」

「さあのう、海で生まれたからあちらが好きなのかもな」

「ところでカサンドラはなんで海に行ったの？」

「ちょっとふさぎがちな姫の話し相手になってほしいと頼まれて行ったんだよ。こちらの楽しい話を聞かせてほしいと言われて、この前のガーベラの儀式のことなども話した」

「姫って？」

「マリナール殿の孫のセスティナだよ。ガーベラが海に行った時には眠っていたらしく、途中で目覚めたのだが周りに邪魔をされて会えなかったと残念がっていたよ」

「へー、どうして周りが邪魔をしたのかしら？」

「帰りに他の者に聞いたのだが、セスティナは長話が好きらしく、ガーベラを煩わせたくないと思ったからだといっておった。あの時はガーベラへの感謝の意味を込めて招いて

いたからだと。それから儀式の時の花はセスティナには渡らなかったらしく、それで目覚めてからかなり身内でもめていたらしい」

「あらら、そうなの。そりゃ、後から聞いたらショックかもね」

「ちょうどあの時はマリナール殿とエヴァ殿の仲がかなりこじれておったらしく、あの花のおかげで仲直りしたらしいぞ」

「そうなんだ。それじゃかなりの花をエヴァ様がもらったのかもしれないわね。まあしょうがないわよね」

こちらでのヒルデリアのことを考えれば、それもしょうがないと思えてくる。

「セスティナには恋人はいるの？」

「いいや、いないようだよ」

「そう。今初めて疑問に思ったんだけど、海の神々がこっちにきたりってできないの？」

「来ている者はおるだろう。だが誰もがいったりきたりしているわけではないのではないと思うぞ」

「私が言うのもおかしいけど、どうして同じ神々なのに双方で交流とかないのかしらね」

「まあ向こうとこちらではいろいろと違うからのう。双方がそろうと、やはり最高神であるアシュランを立てなければならないし、向こう側としては、あまり面白くは

ないのだろう」

「そうなのかしらねえ。あんまりあっちとこっちで恋愛とかもないわよね。まあ、昔ラクアの話を壊したのは私だけど」

ガーベラは頬をかいた。あれからあっちとこっちの恋愛話というのは聞かない。

「住み慣れた場所を離れるというのはなかなか大変なものだよ。たとえあの時ラクアがエキドナと結婚していたとしても、うまくいったかどうかはわからんな。

エキドナは海の神と結婚して、長いことうまくいっているらしいよ。周りがうらやむほどの間柄だというから、あの時ラクアと結婚しなくてよかったのだよ」

「そうなの。結婚してうまくやってるのならよかったわ」

ガーベラは素直にそう思った。長い間誰かに恨まれるというのも、またしんどいものである。

「カサンドラはいるか？」

その時男の声とともに、部屋にハロルドが入ってきた。

「変身の実はあまってないか？」

「変身の実？　ちょっと待っておくれ」

カサンドラは部屋の奥に行ってしまった。

ガーベラはじーとハロルドを見上げている。

「なんだ？」

「最近忙しいって聞いたけど、忙しいの？」

「私はいつでも忙しくしてるぞ。お前と違って」

ハロルドはガーベラを上から見下ろしながら言った。

「暇で悪かったわねー」

ガーベラはべーと舌を出した。

カサンドラが戻ってきた。

「２個余ってた」

カサンドラはハロルドに大きな木の実のようなものを渡していた。

「ところでイカ退治は終わったのか？」

「それがまだだ。やつめ、私が行った時に限って出てこない」

ハロルドがぶつくさ言っている。

「え？　何の話？」

ガーベラが聞いた。

「人間界の聖地がある島の近くに、最近巨大なイカが出没して、漁船を転覆させておるらしい。ハロルドがそのイカ退治を手伝っているわけじゃ」

カサンドラが説明した。

「へー、そういうのって海の大神の仕事じゃないの？」

ガーベラが聞いた。

「いや、基本的には人間が退治することになってるんだが、私がたまたま話を聞いて手伝ってるだけだ。今のところ、まだ人間は死んではいないんでな。

何十人も死人が出るとなれば、マリナールに話を持っていくことになるが、それほどじゃない。一応海の生き物なんで、イカを殺すかもしれんということは伝えたけどな」

「へーそうなの」

「それで変身の実を何に使うのだ？」

「いつまでもイカを待ってるのも面倒なんでな。この際ペガサスにイルカにでも変身してもらって探させようかと思って」

「イルカに頼んだらどうだ？」

カサンドラは笑いながら聞いた。

「海の生き物は私の言うことはきかんし、イルカを借りて死にでもしたら気まずいだろ？」

「えーペガサスも死なせないでよ」

ガーベラはイルカに化けるペガサスの心配をしていた。

「そっちは大丈夫だ」

「ならいいけど、イカねえ……カサンドラ、人間ってイカは食べるの？」

ガーベラは何を思ったのかカサンドラに聞いた。

「食べるとも」

「食べるんだ」

（あっちの私なら食べたいっていうかしらねえ）

とガーベラは想像していた。

（海に行った時、海のものを食べまくったらしいし）

ハロルドは「それじゃな」と言って去って行った。

「イカってどんな形？」

ガーベラはそれすら知らなかった。

「うーん、イカというのは背骨がない生き物のことで、長い手と８本の足をもつ生き物で……ちょっとおいで」

カサンドラはガーベラを神殿の外に連れ出して、土に枝でイカの絵を描いた。

「へー、けったいな生き物ねえ。でかいってどのくらいでかいのかしら？」

「船をひっくり返すくらいだから相当でかいだろう」

「ふーん」

ガーベラはイカが動いている所を想像してみたが、想像しきれなかった。

「無事捕まるかしらねえ」

「ま、捕まるであろう」



さて、その数日後、人間界のゆりは、いろいろと悩んでいた。

ハロルドはあれからいっこうに来る気配がないが、自分が子供と寝てるからなのかどうかは謎である。


もう忘れてる可能性もあるし……ドルイドもこないなあ……


あれからミルキダスは落ち着いているが、結局涙の理由はなぞのままである。

「うーん、うーん、謎が多い」

一人腕を組んでうなっていると、「おい」と声が聞こえた。

ゆりが顔をあげてきょろきょろと見回しても誰も見えない。すると、目の前にばっとハロルドが現れて、ゆりは「ぎゃあ！」と悲鳴をあげて椅子に飛び乗っていた。

「あーびっくりしたー心臓に悪いわよーもしかして、とうとう何かしようとしてきたの？」

「違うわ。ちょっと急用で来た。お前イカは好きか？」

ハロルドは早口で聞いた。

「イカって聞こえたけど、イカって海で泳いでるイカじゃないよね？」

「海で泳いでるイカだ」

ハロルドがはっきり言った。

「あのイカ？　もちろん好き！」

ゆりは椅子から降りて答えた。

「そうか。ならお前にやる。庭においとくからな」

ハロルドはそういうとぱっと消えてしまった。

「え、あ、庭？　庭にイカ１００杯とか？　ははは、まさか」

ゆりはまさかと思いながら部屋から出て階段を下りて行った。そして城の裏に出たとき、「きゃー」という悲鳴が聞こえてきた。

「え？　何？　何？」

「きゃーばけもの！」という女の悲鳴が聞こえてくる。

「化け物？　うぎゃ！！！」

ゆりはそれを見て腰もぬかさんばかりに驚いた。

地面の上にはでろーんとした不気味なでかいものが横たわっていたのである。そのでかさといったら、体長１０メートルはありそうなほどだった。

しろっぽくて、ぶよぶよしてそうな物体である。

「王妃様！あぶのうございます！！　だれかーだれかー！！！」

侍女は腰を抜かしながらもゆりを越させないようにとゆりの足にすがっていた。戦士達もすぐすっとんできた。そしてみなぎょっと目を見開いている。

「なんだこれ？」

「死んでるようだが」

でろーんとしたものはぴくりとも動かなかった。

ゆりはそのでかいものを眺めていた。身体の真ん中あたりについている目玉が恨めし気にぎょろりとこちらをみているが、半分は長い筒状で、足のようなものがいっぱいついていた。

足には吸盤のようなものも見える。軟体動物のようだ。そこでゆりはハロルドの言葉を思い出した。

「王妃、危険ですから部屋に戻りましょう！」

戦士がゆりを移動させようとした。

「大丈夫、これ、イカだわ」

「イカ？」

「イカ」

「イカってなんですか？」

戦士はイカは知らなかった。海が近くにないのだから無理はない。

「びっくりしたけど、これはラギにみせなきゃ、誰かラギを呼んできて」

こんなでかいイカは二度とみられないと、ゆりはラギを呼んでもらったが、その後ラクシュミにも呼ばれてしまった。

ラクシュミはハロルドが置いて行ったと知ると、呆れた表情になった。

「ゆりー変なものをもらうんじゃない」

「私だってまさか、あんなでかいものがくるとは思わなかったからーごめんなさい」

ゆりはかわいらしく謝っていた。

「で、どうするんだ？　あれ」

「せっかくなので、ラギにイカ講座していいですか？　そのあとで、焼こうかなーと」

「焼いてどうするんだ？」

「食べられそうなら食べようかなーと」

ゆりが遠慮がちに言うと、ラクシュミは信じられないといった表情を浮かべたが、

「まあ、好きにしてくれ、なるべく早く場所を移動するように」

といってゆりを去らせた。

再びゆりがイカの元に戻ると、レーヌ以外の子供たちがそろっていたが、戦士や侍女の数も増えていた。レーヌは今お昼寝中である。

子供達は口々に「気持ち悪い」とか「不気味」といっている。

ミシェイラは「こっちみてる！」とイカの目をみていっていた。

「お母さんこれ何？」

「これはイカっていってね、海の生き物なのよ」

ゆりが子供達に説明した。

「なんでここにいるの？」

「その話はおいといて、ざっと説明してあげるからちょっと聞いて。この生き物には背骨ってものがなくてね、足は１０本、いや、２本は手で足８本？

それでね、この足でいろんなものを捕まえたりできるの。面白いのはこの身体の作りでね、なんと、イカの頭は足のつけねにあるのよ。頭から足がはえてるの。

面白いでしょ？」

ゆりは得意げに説明していたが、子供たちは無反応だった。

「どうしたの？　面白くないの？」

「これ化け物じゃないの？」

ロイが聞いた。

「海の生き物よ。海にはいっぱいいるのよ」

「これがいっぱいいるの！？　すげえ！」

ロイは興奮している。

「私、海は一生いかない」

ナナミが言った。

「いや、こんなでかいのはいっぱいいないわよ。小さいのがたくさんいるの」

「でもいかない」

とナナミ。

「王妃、早くどかせと王がいってますよ。これ、どうするんですか？」

ミカエルがやってきた。

「どっかで解体して焼いてもらって」

「処分していいんですか？」

「食べるために焼くのよ」

「これを食べるんですか？」

そのやりとりを聴いた子供たちの顔が引きつっていた。

「母様、こんな気持ち悪いの食べるの？」

とアナスターシャ。

「だって食べてみないと次会った時感想がいえないし」

「わかりました。とりあえず、どこかで解体します。どこに持っていこうか？」

ミカエルは他の戦士達と相談していた。

戦士10人がかりでイカは移動させられた。その後潮の匂いがしばらくあたりに立ち込めていたので、ゆりは庭師を手伝って水をまくことになった。


「あのイカ、ハロルド様がくれたんだって」

「嫌がらせで？」

「喧嘩したのかな？」

子供達はハロルドが嫌がらせでイカをくれたと勘違いしていた。


待つこと３時間、ようやく城に焼いたイカが届いた。

「街の人が、意外においしいっていってましたよ」

イカを届けたミカエルはそう言っていた。

「え、本当？　ミカエルは食べた？」

「いえ」

ゆりはホカホカのイカを食べてみた。細切れで食べやすくしてくれている。吸盤がある部分もあるので、いろんな場所のを入れてくれたようだ

ゆり自身、あんなでかいの絶対おいしくないと思っていたが、イカは結構おいしかった。塩味もきいている。レモンが添えてあったので、ゆりはレモンもかけた。

「本当だ。おいしいじゃない。はい、ミカエルあーんして」

「えー」

「あーん」

ゆりは強引にミカエルにも食べさせた。ミカエルは嫌そうだったが、「案外つまみになりそうですね」と言った。

「でも買ってまで食べないですけど」

「うう……」

ゆりは涙ぐんでいた。

「王妃？」

「だって、イカなんて何十年ぶりなんだろう。なんだかうれしいなあ……」

久しぶりのイカの弾力に、つい涙がでてしまった。

「王妃、よかったですね。でも、次はもうちょっと小さいのにしてもらってくださいね」

ミカエルは苦笑しながら言っていた。


こうして巨大なイカの大部分は、街の人たちに酒のつまみとして食べられることになった。

ゆりの子供達では、ラギ、シス、ロイの３人が食べたが、女性たちは絶対にいやだと言って食べなかった。

その後、ゆりがリクエストしたイカの天ぷらやフライも城に届いていた。子供達は焼いたイカよりも天ぷらやフライの方を喜んで食べている。

「あー僕解体するところを見ればよかった。あれが焼いたらこうなるなんて……」

イカを食べた後にラギは後悔していた。確かにもう一生見ることができないのだから、あの身体の中身を見ておくべきだったかもしれない。

「思ってたよりおいしいよね」

とシス。

「面白い味だね」

とロイが続いた。

「あれを食べるなんて信じられない」

「私もー」

「ミーもいらん。だって目が怖いもん」

女性陣は断固として食べる気にはならないようだ。

「食わず嫌いねえ」

と言いつつゆりは、（次にタコはいるか？　って聞かれたらどうしよう。いるっていうべきか、いらないっていうべきか？　やっぱりいるっていっちゃいそう）

などと思っていたのだった。



つづく

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