第２６話
今日は朝から空はどんよりしている。雨が降りそうで降らないといった天気のようである。イシュタールはいまだ神の国に滞在中である。
朝食の時間も子供たちはイシュタールの話題をだしていた。
「またライオネル様にあってるんじゃない？」
とシス。
「楽しく過ごしてそうだね」
とラギは想像していた。
「クーは？」
ミシェイラが聞いている。
「さあね、あってるかもね」
とゆりがいうと、
「いーなあ」
とミシェイラはうらやましそうだった。
食事が終わるころ、ラギがゆりに近づいて、内緒話をするように耳にぼそぼそつぶやいた。それを聞いたゆりは真っ赤になっている。
ラギは、「お母さん、気がピンクになってるよ」と言ったのである。
「そういうことは早くいってよ！」
「えーだってさあ、別に悪いことじゃないし」
「悪いことでしょ！」
ゆりはあわてて食堂を去って行ったのだった。
「？ 何が悪いこと？」
アナスターシャが聞いている。
「別になんでもないよ」
とラギ。
「マーピンクかーわいい。ミーもピンクいいな」
ミシェイラが言い出して、ラギがびっくりした。
「ミシェイラ、みんなの気とか見えてるの？」
「き？」
「体を取り巻いてる金ぴかのオーラみたいなののこと。みんな金ぴかだろ？」
「キンキラキン♪ マーはかーわいいピンク♪」
ミシェイラがうれしそうに言っている。
「ねえ、なんで母様は時々ピンクなの？」
アナスターシャがまじめに聞いて、ラギはそれについては「さあ」とはぐらかしたのだった。
部屋に帰ったゆりは恥ずかし気だった。朝起きてからラクシュミにまだ会っていなかったため、だれにも指摘されていなかったのである。
はーエッチな夢みちゃったからだわ。やっぱり……
昨晩は一人で寝ていたのだが、いろいろ興奮するような夢をみてしまった。
ヴィラに抱かれちゃったりしてたし、あれってやっぱりガーベラの儀式の時の記憶かもなあ……
夢を思い出すだけで赤面してしまうが、あのガーベラの儀式のことを、後悔はしていない。
やっぱり私の中に、みんなとそうなりたいっていう願望もあったんだろうなあ……
お風呂に入ってさっぱりしたいけど、ちょっと肌寒いし、風邪ひきそうだからやめとこう。まあいいや、部屋にこもろうっと
「レーヌと遊んでれば普通になるでしょう」
ゆりは身支度をすませてレーヌと遊ぼうとしたが、ミシェイラがやってきて「レーちゃんとあそぶ」とハザークの侍女と一緒にレーヌを連れにきた。
「じゃあ私もいってもいい？」
とゆりが聞くと、「だめ」と断られてしまった。
「なんで？」
「ひみつなの」
「えー」
レーヌはミシェイラといってしまった。
一人になったゆりが何をしようかと思っていると、部屋に結構でかい茶色い蛇が入ってきた。
「バラクする？」
ゆりが蛇に聞くと蛇が近づいてきたので、ゆりは大蛇とバラクをすることにしたのだった。
さて神の国では、イシュタールはまったりと妖精生活を満喫している。火の妖精が気をきかせてハロルドに剣が達者な妖精を貸してほしいと頼んでくれたのだ。
以前剣を合わせてくれた男の妖精が再びイシュタールの相手をしてくれた。ハロルドの元にいる妖精たちは皆剣技に長けている。
イシュタールは全く歯が立たないのだが、そういう相手に指南してもらう機会は人間界では少ないのである。
忙しいハインリヒにしょっちゅう相手を頼むわけにもいかないのだ。妖精たちとて暇ではないだろうに嫌な顔一つせずに相手をしてくれるのだから、
イシュタールは時々本気で泣きながら感謝をしているのだった。
妖精たちとの関係も慣れてきたところで、イシュタールは
「妖精さんたちの中で一番の剣の使い手はどなたですか？」
と聞いてみた。するとたくましい妖精は、
「すごい３人は人間界の聖地にいますよ。神官たちを鍛えてます」
とこたえた。この妖精がすごいというのだから、相当すごいに違いない。
「そうなんですか」
イシュタールは興味深げだった。
「国を捨てて神官を目指すというのなら、あちらに推薦させていただきますよ。行かれますか？」
妖精は冗談まじりに言った。
「いえいえそれは……」
とイシュタールは苦笑いしている。さすがのイシュタールも国を捨ててまで強くなる気はない。
火の神殿近くでは、イシュタールの子供バーナードが火をふき、ルティアナが「きゃはは」と笑っていた。
そばにいる火の妖精たちも微笑まし気に見つめている。
それを見た妖精は、
「ここはずいぶん変わりましたね。かつてはあんなに陰気だったのに……」
とつぶやいていた。
「そうなんですか？」
イシュタールが聞いた。
「あなたは最近来たばかりだから知らないでしょうが、かつてはここは陰気な場所でしたよ。私は火の妖精が笑った顔を見たこともありませんでしたからね。
ルティアナ様がお生まれになってから、がらりと変わりました。まあそれは、ハロルド様の神殿も同じかもしれませんが。最近は神殿内もにぎやかで、
ハロルド様も楽しそうです」
「そうですか」
「もはや、あの三人がおられない神の国など考えられないですよ」
イシュタールは微笑んでいる。その一役をかっていたのが自分の知っている女性なのである。イシュタールにとっても誇らしいことである。
男の妖精がふいに「あっ！」と驚いた顔をした。イシュタールは自分の後ろを見た。すると、金髪の巻き毛の超美女がそこにいるではないか。
「ああああ」
イシュタールはあわててそこから５メートルは離れていた。
「もーやあねえ。私をみるたびに逃げなくてもいいじゃない。ねえ」
突然後ろにいた女神ガーベラは妖精をちらりと見ていた。妖精は口を半開きにしたままぼんやりしてしまった。
「いいいいい、いつからいらしたんですか？」
イシュタールは離れたところで聞いていた。
「今さっきよ。あとどのくらいこっちにいるの？」
「いえ、私はもー、もーちょっとしたら帰ります」
イシュタールはしどろもどろになりながら答えていた。
「そーなの。じゃあね」
ガーベラはぱっと消えた。イシュタールがどきどきしながら元の場所に戻ると、妖精はぼんやりした表情で全く動かなかった。
（もーイシュタールってば、あれじゃあ何もできないわ。でもイシュタールはやっぱり恋人なのね。移動できたもの）
ガーベラはイシュタールのそばに瞬間移動したのである。移動できたということは、ガーベラの中で恋人だという認識があるということなのだ。
（いちゃいちゃできないのはつまらないけど、まあいいわ。ラクアと愛し合いましょう）
ガーベラはラクアの元にとんだ。
ラクアは自分の神殿の外で子供たちといた。
「はーい、ラクア、愛し合いましょう〜」
ガーベラは気軽に声をかけている。
「ガーベラちょうどいいところにきたね。君に見せたいものがあったんだ」
ラクアはガーベラを見るなり微笑んで言った。
「なにかしら？」
「二人とも、中にいるからね」
「「はーい」」
二人は子供たちにいってから神殿の中に入った。ラクアはガーベラに、白い手の平ほどの貝殻を渡した。貝殻が二枚重なっている。
手にとってみると、その二枚は紐でつながり、長い紐もついていた。
「これはなあに？」
「あの時の貝殻だよ」
「あの時の？」
「宴会の時、それを付けて踊っただろう？ あれがどうしてももう一度みたくてさ。海からとりよせたんだよ。
あの時の貝殻は絶対に渡したくないっていわれたから、新しく作ってもらったんだ」
ラクアは笑いながら説明している。
「…………」
ガーベラは口をあけたままぽかんとしていた。
宴会の時これをつけた？ 宴会って、海の宴会のこと？
「これって、あのー念のためにきくけど、どこにつけたっけ？」
「胸につけたんだよ。忘れたの？」
やっぱり胸ー！！！！！
ガーベラはガーンとのけぞていた。
「あのーその時の宴会って、マリナールはいなかったわよね？」
「いたよ」
いたのー！！！
ガーベラはマリナールにそんな姿をさらしたことにすごく驚いていた。
「ガーベラはあの時酔ってたからなあ。あんまり覚えてないの？」
「うふふ。この貝殻、ずれなかった？ 大丈夫だった？」
「大丈夫だったよ」
「そう。マリナールの反応はどうだったの？ その後、みんな私のことを何かいってなかった？」
「みんな楽しかったっていってたよ。宴会もすごく盛り上がったよ。僕はかなりびっくりしたけどね。あの時のガーベラをラーズにどうしても見せたくてさ。
今度これを付けて3人でしようね」
ラクアは明るく言っていたのだった。
人間界では、貝殻ブラがガーベラにばれたとも知らずに、ゆりは大蛇とバラクをしていたのだが、そこにミルキダスがやってきた。
「はい、私のかちーミルキダスいいところに。ちょうど暇だったの」
ゆりの相手をしていた大蛇はするりと椅子から降りている。
「おはようございます。あの、王妃、実はお願いがあるんですが……」
ミルキダスが遠慮がちにいっていた。
「なあに？」
「あっちで肌をひっつけたいんです」
ミルキダスにしては珍しい申し出である。
「いいよ」
ゆりはあっさり了承して、二人で別室に行ったのだった。
一方ハザークの塔では、ミシェイラがレーヌと遊んでいる。レーヌはじゅうたんの上にタオルをひいてもらい、そこに寝っ転がっていた。
ミシェイラは積木を積んだりして遊んでいたのだが、それも普通の遊びではない。手を使わずに積木を積んでいた。一方レーヌはそばに転がってきた積木を投げて喜んでいる。
傍らで一人の侍女が微笑まし気にその様子を眺め、ハザークは長椅子に横たわり、うつらーとしていた。
「こっちこっち。ちゃうよー……こっちよ……そー……ちゃうって。そっ、おじょーずね」
ハザークはミシェイラの声を聴きつつ目を閉じていたのだが、眠ってしまったようである。
やがて、温かい温もりを感じて目を覚ました。見ると、自分の体の前にレーヌが横たわっている。
「きゃは」
レーヌはご機嫌である。
「？ ……なんか気を奪ってないか？」
レーヌは明らかにハザークの気をうばっていた。
「レーちゃんにキンキラちょーだい。パパ」
ミシェイラが言っている。
「キンキラ……そういえば、この子王妃と同じ力があるんだっけ」
レーヌの金色の瞳が一層輝いてきた。丸い木がころころ転がり、レーヌの上にぽーんと乗った。レーヌはそれをむんずとつかんで投げている。
「きゃはは」
「あ」
その木はミシェイラに向かっていたが、途中で角度を変えて、積みあがった積木にあたっていた。
「おしいねー」
ミシェイラはにこにこである。
「……なんかこの子たち、ちょっと変わったことしてないか？」
ハザークが侍女に聞いてみた。
「はい。楽しいことをなされてますよ」
と侍女。
積木が転がったり浮いたり、ぶつかったり、そのほとんどはミシェイラがやっていたのだが、ところどころ、レーヌの意思で動いているようである。
それを証拠にレーヌの気がふいに減っている。しかし減るとハザークから奪っているのである。小さいくせに容赦がない。
（まあ、この子は我が愛し子だしいいか。王は前に我のことを「ばか」といったから、このことは教えてやらないでおこう）
そう思い、この遊びのことをハザークはラクシュミに言わなかったのだった。
さて、別室にいったゆりはミルキダスと抱き合っていたが、二人とも下の下着ははいていたし、ミルキダスはむらむらしてゆりを誘ったというわけでもなさそうだった。
いとおしそうにゆりを抱きしめているだけである。ゆりは、（気がピンクになったらどうしよう）と思っていた。
ゆりの左目が変わった。
「ねえ、あの涙は、結局なんだったの？」
蛇の目のゆりが聞いた。
「私は泣くほど王妃が好きってことなんですよ」
ミルキダスはゆりを抱きしめて言った。
「泣くほど」
「はい」
「ねえ、かわいがって」
「はい」
ミルキダスはゆりに口づけた。一通りラブラブな時を過ごしてから黒目のゆりに代わったのだが、こっちのゆりはその余韻だけが体に残り、ますます変な気分になっていた。
「ねーミルキダス、ちゅーして」
「はい」
ミルキダスはゆりに軽く口づけて離れようとしたので、「やだもっと」とゆりはひっついていた。
「ねえ、もしかして、あっちの私と何かした？」
「え？」
「教えて」
「はい、その、口づけとかしました」
「嘘、もっとしたでしょ？ だって、体がなんかおかしい」
黒目のゆりからこんな風に問われることは初めてだったので、ミルキダスも返答に困っていた。
「だから私にもいろいろして」
ミルキダスの頬が赤くなっていた。ミルキダスはゆりをだきしめて、指と舌でゆりを愛撫した。
「王妃、風邪ひかないようにしてくださいね」
「うん……」
ミルキダスはゆりをやさしく快楽へと導いた。
うーん、男たちにとっては、私が二人いるのってどうなんだろう？ 二人ともかわいがるのは大変なのか、それともうれしい、なのかな？
よくわからん
男たちに聞いてみたい気はするが、返答を聞くのも怖い。
ゆりはミルキダスの右腕にいる赤い蛇をなでなでした。
「ねえ、どうして肌の蛇が濃くなったのかな？」
ミルキダスの赤い蛇は、ちょっと濃くなってそのままである。
「どうしてでしょうね。子蛇の色に近くなってうれしいですが」
「そうだね」
「そのうち、みんなの蛇も濃くなるかもしれないですが」
「みんな？」
「はい」
「どうして？」
「それはまだわかりません」
ミルキダスは言葉を濁していた。
再び神の国、ガーベラの神殿にやってきた青年版クーリーフンは、ガーベラの胸に白い物が引っ付いているのを見て近づいていった。
「それ、なに？」
「これ？ 貝殻よ」
ガーベラは上半身は胸に貝殻をつけて、おへその下からは青い布を巻いていた。
「どう？ 似合う？」
ガーベラは腰に手をあててポーズをとっている。同じ部屋にいた妖精のシャリィは似合うとばかりに手をたたいていた。
「貝殻？」
クーリーフンは白い物に触ってみた。固い。確かに貝殻である。胸にぴったりくっついている。
「どうしてこんなのつけてるの？」
「なんとこの前海に行った時に、宴会で私がこれをつけて踊ったのよ！」
ガーベラがズバリ言うと、クーリーフンはあっけにとられたような顔をしていた。
「え？」
「しかも、あのマリナールの前でよ。すごいでしょう！ ほっほっほ」
今度はガーベラが腰に手を当てて笑っている。どうやらやけになっているらしい。
「あの厳格なマリナールの前で、そんな恰好で踊ったの？ 本当？」
「本当」
クーリーフンは、ゆりが海に行く時にわざわざ授業にいっている。その時に、マリナールが厳しい神だということは教えておいたはずなのだが、と首をかしげていた。
「それで、マリナールは怒ってたの？」
「いや、怒ってなかったみたい。喜んでたみたいよ。私なら、アシュランに見せる方がまだましだけどね。まあ海ではそんなにおかしくないのかしら？」
とガーベラは思った。
「そ、そうかなあ……」
クーリーフンは頬をぽりぽりかいている。
「ねえ、ジンラやオルガがこれを見たら、どういうかしら？」
「え……さあどうかなあ。ラーズはよろこびそうだけど」
「ラクアはこれを取るときがどきどきする、とか言ってたわよ」
「サラディンはやめといたほうがいいんじゃない？」
「サラディンは引きそうねえ」
シャリィが自分自身を指している。
「あなたもつけたいの？ ラメーンはよろこばないんじゃない？」
「喜ばないだろうねえ」
クーリーフンが言った。今シャリィは子供に戻っている。
「これ、すぐずれそうだけど、案外ずれないのよ。でも胸が冷たい。今疑問なのは、上はこれで下は何をつけてたんだろうってことよ。まさか下も貝じゃないわよね。
貝をつけたら、歩くに歩けないものね」
クーリーフンはつい、ガーベラが下半身にも貝をつけているところを想像していた。いくらなんでもまずいだろう。
「ラクアは下のことまでいってなかったから、大丈夫だと思うんだけど」
などといっていたら、男がぬっと部屋に入ってきた。
「ガーベラ……あ？」
入ってきたのはハロルドである。ハロルドはガーベラの胸に目がくぎつけになっていた。
「何をつけてんだ？」
「これ？ 貝殻よ。私の新しい服なの」
「はあ？」
「それじゃそこらをぶらついてきましょう」
ガーベラはすたすたと神殿を出ていこうとしていたので、ハロルドはあわててガーベラの腕をつかんでいた。
「お前、ばか、気でも違ったのか？！ そんな恰好で外を出るな！」
「そう？ 似合うと思うんだけど」
「女神がへそを出すな！」
「おっぱいは出していいの？」
「ダメに決まってるだろ！！！」
ハロルドの必至な顔にガーベラはつい笑っていた。
「冗談よ。冗談。でも、これで水浴するってのはありじゃない？ せっかくだからダーナのも作ってもらおうかしら」
ガーベラは恐ろしいことを言いだして、ハロルドはもう、何かをいうのがばからしくなっていた。
「それ、よくずれないな」
「後ろで紐で結んでるの。ハロルドはせっかくだから、あっちの時につけてもらいなさいね。どーしてもジンラに見せたいからジンラのところに行っちゃおう」
ガーベラは瞬間移動してしまった。
「……ジンラが神殿にいなかったらどうするんだろう……」
クーリーフンはぼそりとつぶやいた。
「あんなのどこからもってきたんだ？」
ハロルドが聞いた。
実は海であっちのガーベラがあれをつけてみんなの前で踊った、などというと大変なことになるのはわかっているので、クーリーフンは、「さあ」と首をかしげていた。
（お母さん、あれ結構気に入ってるんじゃない？）
そんな気がしたクーリーフンだった。
つづく
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