番外編
13の月も終わりに近づき、今年もいろいろあったなあ、とジュノーはしみじみと感じていた。 今日は休みなのでジュノーは屋敷でくつろいでいたが、
同じ部屋では息子のクリスが人になったへびっちに文字を教えている。クリスもヴィンセントもへびっちに「僕の肌に入って、お願い」とお願いし、
へびっちは二人の肌に入ったりもしていた。だが、どちらの肌にもいつくことはなく、さっさと肌から出ていっている。ジュノーの肌のほうがいいらしい。
「やっぱりお父さんの体が居心地がいいのかな？」
とクリスはいっている。 ジュノーにもよくわからないが、へびっちはイシュタールよりもジュノーのほうにいる割合が高いようだ。
ジュノーはその後城にいったのだが、ゆりはハザークの元にいっていたので、子供たちの部屋にいってみた。
アナスターシャの部屋では、アナスターシャとナナミが何かをしていた。「あ、ちょうどよかった。聞きたいことがあるの」
とアナスターシャがジュノーを見るなり言った。
「なんですか？」
「じゃーん、これ見て」
アナスターシャは一枚の紙をジュノーに見せた。ジュノーはそれを見て顔を引きつらせている。
紙にはこう描かれていた。
黒目の母様 蛇の目の母様ヴィラ ミカエル ジュノー フリット ミルキダス
イシュタール
シャナーン
ハインリヒ
「恋人たちがどっちの母様とより仲が良いか、とか考えてたの」
アナスターシャが無邪気な瞳で言った。
「パパは別よー」
とナナミ。
「いや、そんなこと考えなくていいですよ」
ジュノーが言った。
「イシュタール、シャナーン、ハインリヒはどっちの母様とより仲が良いと思う？」
「さあ」
「母様の恋人に最初になったのはだれなのかな？」
ナナミが聞くと、「最初に儀式に参加したのはヴィラとジュノーよ」とアナスターシャが言った。そんなことをアナスターシャに言ったのはだれなのだろうか。
「じゃあ最初の恋人はヴィラとジュノー？」
とナナミ。
「そうなんじゃない？」
「私は用事があるんでこれで」
ジュノーはさっさと部屋を出て行った。
（全く何を考えているんだか……だが、いつ王妃の恋人になったかといえば、あの儀式になるのかなあ……その前に蛇の目の王妃とも仲良くしたけど）
ミカエルやフリットよりも先に儀式に成功したことは、ジュノーにとってはいまだにうれしいことである。
（王妃の最初の恋人ったら、やっぱりヴィラだよな……）
ジュノーは昔のことを思い出していた。
当初、異世界の女が王妃になることを女たちは面白くないと思っていたのだが、王妃が最初の赤い月で妊娠し、その思いも和らいだころだった。
突然、あちこちで「王妃のお気に入りはヴィラ」と噂になったのである。
「ヴィラから何か聞いてる？」
「すごいじゃん、ヴィラ」
などと戦士たちは噂をしていたが、ジュノーにとっては寝耳に水だった。
ジュノーはヴィラとは小さい頃から兄弟のように一緒に育った仲である。ヴィラは全くそんな素振りはなかったために、信じられない話だった。
ジュノーはその晩、ヴィラを自分の屋敷に酒を飲もうと誘った。その時ヴィラはどうも歯切れが悪かった。
自分自身、王妃のうわさを聞いて周りに茶化されているに違いない。
その夜、ジュノーの屋敷にやってきたヴィラは、酒飲の間に入っても気まずい表情だった。
「お前、いつの間に王妃と仲良くなってたんだ？」
黙っておけなかったジュノーはヴィラの顔を見るなり聞いた。
「お気に入り」というからには、かなり王妃と仲が良いはずだとジュノーは思っている。
「……怒らないでくれ。これは、王からのご命令だったんだ」
ヴィラは困ったように言っていた。
「王からのご命令？ どういうことだ？」
ヴィラはとうとう、王妃と王が夜仲良くいくように王妃に触れたことを白状した。
ジュノーは絶句している。それはヴィラが王妃のお気に入りにもなるはずである。
「はーなんでこういううわさが出たのか、参ったなほんと……」
ヴィラは頭をかいている。
「まさかお前がその役をするとは、ミカエル殿は知ったら怒るだろうなあ。なんでミカエル殿とかフリット殿じゃなかったんだろう？」
ジュノーは、王妃の相手がヴィラだったことに首をかしげていた。王妃は恋人を何人ももってもいいことになっているが、最初の相手というのは、結構重要である。
ミカエルやフリットはジュノーたちよりも王と仲が良い。なぜあの二人ではなくヴィラを選んだのだろうか。まさか二人が嫌がったからではないだろう。「しかも私が変身した王妃に出会ったときには、すでにお前は王妃とそういう仲だったとは……」
ジュノーにとってはそれもショックなことだった。ジュノーは変身したゆりとのことを夜ヴィラに言っている。
その時ヴィラは「へー」くらの反応しか返さなかった。「しょうがないだろう。ことが事だけに、ジュノーにも言えなかった。私だってミカエル殿にやらせたらどうかって言ったんだが、
王妃がミカエル殿に好意を抱いているからだめだと言われた。実はジュノーを勧めたんだが、『お前は優しすぎるからダメ』とさ」ジュノーはぽかんと口を開けている。
「ちょ、ちょっとまった、王は、王妃に対して好意をもってるよな？」
「ああ」
「普通は王妃が好意を抱いてる男にその役をやらせるだろう？ そういうもんじゃないのか？」
「王妃は一族の女ではないからな。感情の部分で、いろいろ違うようだ」
「優しすぎるとだめって、じゃあお前は王妃に優しくしてないの？」
「そんなことはない」
「ここだけの話、王妃を抱いてどうだった？」
二人は初めての赤い月の感想も言い合った仲である。ジュノーはつい踏み込んだことを聞いていた。
「抱いてはいない。王妃が興奮する手伝いをしただけだ」
「そうなのか？」
「王妃は王以外には抱かれたくないようだ」
「へー、そうなのか。我々みたいにあまり興奮しないたちなのかもな」
ジュノーはその時そうおもった。
（まあ、ヴィラも苦労してるのかもなあ……うらやましいようなうらやましくないような……優しすぎるとダメって、王もめちゃくちゃいうなあ。
あいつどんな顔で王妃の相手をしてるんだろうなあ……）ジュノーはいろいろ妄想したものの、自分が代わりにその役をやりたかったかと聞かれると、微妙である。女性の相手がうまいかどうかなど、自分ではよくわからない。
自分がもしその役をやって、王妃が全く興奮しなかったらショックだろう。
ジュノーも蛇の目のゆりとは儀式の練習はしたのだが、儀式が成功したのは黒目のゆりの時だった。
あの晩はヴィラに「突然城に来い」と呼ばれて、あわてて行ったのだった。ジュノー自身わけもわからないままに儀式になっていた。あれはジュノーにとっても忘れられない夜だった。
女性に初めて「愛している」という言葉を使った夜、あの夜から、ジュノーもヴィラもゆりのことを本気で愛しいと感じていた。その感情は今も続いている。
それどころかさらに増しているのだからすごい。もし、ゆりに振られたら、男として一生立ち直れないかもしれない。（あの儀式がなかったらどうなっていたんだろう。私は王妃の恋人になってなかったのかな？ なぞだ）
ジュノーはシスたちの部屋ものぞいたが、だれもいなかったので、そのまま城を出て行った。
その頃アナスターシャから王妃と恋人の関係を描いた紙を見せられたミカエルは、
「私はどちらの王妃とも仲が良いんですよ。だから書き直してくださいよ」