第３２話
朝、目が覚めたゆりは、体がさっぱり動かなかった。手も足も、だるすぎて動かせない。かろうじて顔が動かせる程度である。
なんだ？ どうしてこうなってるんだろう？
目だけちらちら動かしていたら、横からぬっとラクシュミの顔が出てきた。
「どうかしたのか？」
「なんか、体が動かないんだけど……あれ？ 赤い月ってどうなったの？」
「終わったぞ」
「え？」
「ちゃんと過ごしたから動けないんじゃないのか？」
「そうなのかな？ 記憶がない」
「ふーん、そうか、まああっちに運んでやろう」
ラクシュミはゆりを抱き上げて移動した。
あれ？ 王様赤い月後にしては優しいかな？
赤い月直後にラクシュミの顔を見るのも珍しいかもしれない。いつもは、朝起きたら横にはいない気がする。
「ねえ、王様は、何か覚えてる？」
ゆりは自分のベッドにおろされてから聞いてみた。
「幸せな気分だったのは覚えてるぞ」
「幸せな気分？」
「しばらくゆっくり休め」
ラクシュミはゆりの頬を撫でて去って行った。
やっぱりなんだかいつもと違うみたい
「最高の赤い月、だったのかな？」
１０日間の間のことがあまりよく思い出せないが、最高だったような気がしないでもない。
ああ。細かく思い出したいのにー！
横たわったまま記憶を探っていたらミラがやってきた。
「王妃様、今年の王様はすごかったそうですね」
ミラはにやにやである。
「え？ 誰がそんなこといったの？」
「お子様たちですよ。皆さん今年はすごかったっておっしゃってました」
「子供たちの前で何をしたんだろう？」
ゆりは背中の下にクッションを置いて上体をあげ、なんとかミラが持ってきてくれたパンをかじった。
ミラはずっとにやにやしている。
「こんなになるまで愛されたなんて、うふふ」
「うーん、覚えてないなんて。思い出したい。あの時の王様ー」
ぶつぶつ言いながら食事を食べていると、子供たちがやってきた。
レーヌはシスがだっこしている。
「今年のベツトーはすごかったねえ」
アナスターシャが言った。
「もうベツトーいないの？」
とミシェイラが聞いた。
「次に会えるのは来年ね」
「ベツトーおもろかったのにねえ」
「あんまり覚えてないんだけど、王様違ってた？」
ゆりが聞いた。
「覚えてないの？」
子供たちは顔を見回していた。
「僕が再現してあげるよ。アーねーはカー様の役ね。『どうだ？ 子供たち、我が妻は美しいだろう？！ ガーベラ並、いや、ガーベラよりも美しい！ はっはっは』」
ロイはアナスターシャの腰を抱いて大仰に言っていた。
「王様〜ん」
とアナスターシャが言うと、ロイは「我が愛しの妻よ〜」とアナスターシャを抱き寄せて、
「ちゅっちゅっちゅ♪」
とキスするまねまでしていた。
「あら〜ん」
と言ったのはミラである。
「嘘でしょ」
ゆりは頬を引きつらせている。
「本当だよ」
ロイが言った。
「嘘ばっかり」
ゆりがラギとシスを見た。
「いや、近いよ」
「こんな感じだったよ」
「ロイニーうまいね」
ミシェイラまで言っている。
「嘘ー！」
「とにかくちゅっちゅ、ちゅっちゅしてたよ」
とロイ。
「母様覚えてないんだ。残念だね」
ラギが変な笑みを浮かべていた。
「うう、残念」
「母様すごく幸せそうだったよ。ゆっくり休んでね」
「じゃあね」
子供たちはそろって出て行った。
「ああ、私もその王様をみたかったですわー！」
ミラは頬を染めている。
「ああ、ビデオ、ビデオがあれば！」
もしこの世界にビデオがあったならば、録画して何度でも見れたのに、とゆりは残念がった。
ロイとアナスターシャはその後ラクシュミにも寸劇を披露して、ラクシュミの頬も引きつらせていたのだった。
ゆりはその日は一日ベッドの上でごろごろしていた。次の日もベッドで寝たり起きたりしていたが、気が欲しいという欲求はない。その次の日もなかった。
最高の赤い月だったが、子供はできなかったようだ。
「今年出産されたばかりですもの。そんなにすぐにはらむのは無理ですよ」
侍女にはそういわれた。確かにそうだが、最高の赤い月の証ができなかったのはちょっと残念である。
ゆりは子供達から赤い月の昼間の様子を聞いたが、聞けば聞くほど、（それって本当に王様？）という感じだ。
覚えてたら王様を見て微妙な感じになったのかなあ？ どうなんだろう？
ラギが、ベッドでごろごろしていたゆりの元に神石のネックレスをもってきた。
「これ、したほうがいいって前にガーベラ様がいってたよ」
「ああ、忘れてた」
「忘れないでよー。ハロルド様もがっかりしちゃうよ」
子供たちは、これはハロルドからの贈り物だと思っている。ゆりはそれを首にかけた。
「そういえば、まだ誰もこないわねえ。ラギはミカエル達に会った？」
「下ではあったよ。お母さんを気遣ってるんじゃない？」
「そう？」
さては、みんなも最高の赤い月だったのかも？
とゆりは勘ぐっていた。彼女たちのキラキラはまだ続行中らしいのである。
まあいいか、と思ったり、やっぱりやだと思ったり、自分でもわけがわからないわ
４の月に入り、ミカエル達がぼちぼちゆりに会いにやってきた。
「王妃、今年の王はすごかったらしいじゃないですか」
ミカエルは微笑んでゆりに言った。
「ミカエルもすごかったんじゃないの？」
「私ですか？ いつもと変わらないですよ」
「またまた」
「妬いてるんですか？元気になったらまたあっちに行きましょう」
「うう、うん……」
ゆりはそこは素直にうなずいていた。
「へびっちはジュノーの屋敷でまだのびてるらしいですよ」
「え？」
「すごくがんばったんでしょうねえ。やはり、王妃とは似たもの親子ですね」
ミカエルはぐったり気味のゆりを見て笑っていたのだった。
４の月３日はミシェイラの７歳の誕生日である。ゆりもこの日には身体が動くようになっていた。ハザークの侍女たちはミシェイラのためにはりきってケーキを作ってくれた。
みんながお祝いを言ってくれるので、ミシェイラはうれしそうに飛び跳ねている。ゆりはこの日久々にハザークと侍女に出会ったが、侍女たちは女の喜びに満ちている感じだった。
出会った頃の侍女たちは、落ち着いて感情の起伏に乏しく、優しいが何を考えているかわからないようなところがあった。
今の侍女たちは、生を謳歌している感じである。もしかしたら、赤い月を異性と過ごしたのは、今回が初めてなのかもしれない。
（侍女さんたちも最高の赤い月だったのかも？ へびっちがんばったね。偉いわー）
ゆりは部屋には侍女がいたのでハザークにへびっちの話はしなかったが、目で会話をしていた。
ハザークは、苦笑気味、というか、微妙な表情を向けていた。
その夜、ゆりの寝室にクーリーフンがやってきた。クーリーフンはゆりを起こして、
「赤い月は最高だった？」と聞いた。
「うん。だけど、あんまり覚えてないの。幸せだったんだろうけどね」
ゆりは体を起こして答えた。
「王様は別人みたいに優しかったって」
「よかったね。今日は伝言をもってきたんだよ」
クーリーフンは袋から巻貝を二個も出していた。クーリーフンの淡い光で、巻貝がはっきり見えた。
「ん？ 誰からだろう？ 一個はハロルド？」
「はずれ。今回ハロルドはないの。一個はこの子に」
クーリーフンは巻貝を一個ゆりの横で寝ているレーヌのそばに置いた。
「え？ どういうこと？」
「実は、この前あげた歌はこの子のためだったんだよ」
「え？」
「それで追加を頼まれてね」
「そ、そうなの？ てっきり私の美容を気遣ってくれたのかと、なんか恥ずかしい」
ゆりは頬をかいていた。
「でも、レーヌに歌を贈ってくれるなんて、すっごく優しいじゃない。聞いていい？」
「僕が帰ってからにしてよ。もう一個を聞いて」
「うん」
ゆりは巻貝を耳にあててみた。
もしかしてラーズ？ と思ったら、どうやら違う声のようだ。ゆりは一度聞いてから、もう一度聞いてみた。
『ガーベラ様、申し訳ありません。私はあの時嘘をつきました。本当は、あなたのことを愛しています。ガーベラ様を愛することができて、本当に幸せでした。
私の立場では、ガーベラ様にそう言うことはできませんでした』
申し訳なさげな声である。
「これって、グレン？」
「そうだよ。 グレンはあなたに二度と会わないって言われてしょげてたよ」
「だって、あの時は、グレンが好きな人がいるのに私とあんなことになっちゃったって思って、ショックだったんだもの。
グレンには迷惑だったんだと思ったから、もう会わないほうがいいって思ったの」
「僕らは長ーい時を生きてきてさ、グレンは、お母さんとどうこうなるなんてすっかりあきらめていたんだ。
立場上、お母さんが嫌がるようなこともやらなきゃいけなかったしね。それで、これ以上あなたに優しくされないほうがいいと思ったんだって」
「そうなんだ……よかった。儀式で愛し合わなかったなんてやだもんね」
ゆりはほっとしていた。
「これは回収しておくよ」
クーリーフンはグレンの声が入った巻貝は、おいていかない気のようである。
「ガーベラにも聞かせてあげてよ」
「いや、お母さんには聞かせないよ」
「どうして？」
「まあ、今度あっちで会ったら、グレンに優しくしてあげてよ」
「うん、わかったわ」
クーリーフンは去っていき、部屋の中は真っ暗になった。
「あ、そうだ。こっちを聞いてみよう」
ゆりはレーヌの近くに置かれた巻貝を手に取って耳にあてた。
「ねーむれ〜いとしい〜♪」
ゆりはぱたりと寝てしまったのだった。翌朝目覚めたレーヌは、巻貝が増えていたのですごく喜んでいた。
（レーヌに巻貝をくれた神様だれなんだろう？ 一個目の時は、レーヌはお腹の中にいたんだったよね。
それなのにお腹の子供を気にしてくれていたなんて、超優しい神様だわ。だれなんだろう？）
ゆりにはまだ声の主はわかっていない。
ゆりが神の国に行ったのはその数日後だった。うまい具合にガーベラの神殿でクーリーフンもいたので、ゆりは「さっそくグレンに会いに行こう！」と言っていた。
「行く？ 雲の上の神殿にいればいいけどね、まあ行ってみよう」
ゆりはクーリーフンに抱っこされて雲の上の神殿に行った。ちょうどグレンもどこからか雲の上の神殿にやってきていた。
「あ、グレン、ちょっと話があるの。またあなたの神殿に連れて行ってよ」
ゆりはすぐに声をかけた。
「え、あの、私はまだ仕事がありまして……すぐには」
グレンは違うガーベラだと気づいたようだが、ちょっとあたふたしている。
「クーリーフン、変わりにグレンの仕事をしといて」
ゆりは気軽にクーリーフンに頼んでいた。
「え？」
「いいよ」
とクーリーフン。
「いえいえ、だめですよ。そんな！」
グレンはあわてている。
「いいからー私には時間がないの。ほら、行くのよ」
ゆりは強引にグレンを引っ張り、「じゃあよろしくー」とクーリーフンに言っていた。
「ごゆっくりー」
とクーリーフンは神殿に入ってしまった。
「だ、だめですよ。クーリーフン様に変わってもらうなんて！」
神殿に行こうとするグレンをゆりは引っ張っている。
「いいから。母親がいいって言ってるんだからいいの。早く行きましょう。ここにずっといたら目立つでしょ？」
ゆりは半ば強引にグレンを飛ばせて、神殿にいかせたのだった。
確かにここでもめていたら目立つので、グレンはゆりを抱っこして飛んでいき、自分の神殿にやってきてから、
「あんなことをクーリーフン様にさせるなんてだめですよ」
と困った様子で言っていた。
「だってね、話がしたいときに話をしないと、まあたまにはいいじゃない」
ゆりは気楽に言って椅子に座っていた。
「伝言を聞いたの。うれしかった。私、あの儀式でグレンと愛し合えてなかったと思って落ち込んじゃったから」
「すいませんでした」
「こっちに来て」
ゆりが呼ぶと、グレンはちょっと近づいてきた。ゆりはグレンの手を握った。
「ガーベラ様……」
グレンはちょっと切ない瞳でゆりを見下ろしていた。
「何？」
「優しくしないでください。勘違いをしてしまいます」
「勘違いって？」
「もし抱きたいといったら、あなたはどうするんですか？」
ゆりは瞬いていた。
「私はもうずっと毎晩そんなことばかり考えているんです。ですから……」
「ごめんね。今は時期的に、その、そこまではできないの。でも、恋人らしいことなら、してあげる」
「意味がわからないんですが……」
「いいから来て」
ゆりはグレンを寝室に引っ張って行った。
「あの、ガーベラ様、私は、あなたが嫌がるようなことをいろいろやってきたんですよ？」
「神も人も、未来を向いて生きなくっちゃ」
「はあ？」
「私には、あなたと愛し合ったという事実があるだけなの。来て」
ゆりはグレンの腕を引っ張ってグレンにキスした。
「ガーベラ様……」
「グレン、時間がもったいないでしょ？ 悩むのは後にして」
「ガーベラ様……」
グレンはこらえきれずにゆりを抱きしめていた。女神の頬に口づけて、頬を撫でている。
ゆりが肩から布を落とすと、二つのふくらみがあらわになった。グレンは見ているだけでいっこうに触れようとはしなかったので、ゆりはグレンの手を女神の胸にあてていた。
「ああ、ガーベラ様……きれいだ……」
「ベッドに来て」
ゆりはベッドに上がってグレンを導いている。
「止まらなくなってしまってもいいんですか？」
「前みたいにしてあげる」
グレンはとうとう誘惑に耐えきれずにベッドに上がっていた。
そして女神の胸に触れて、頬や鎖骨のあたりにキスを落とし、胸にも口づけていた。
「ああ、ガーベラ様……ガーベラ様の体をすべて見てもいいですか？」
グレンは下の布をたくし上げて、下半身についている布に目を止めた。
「女神は下着ははかないと思ってましたが」
「どの女神の下半身をのぞいたの？」
ゆりはすかさず聞いていた。
「別にのぞいたわけではないですよ」
「本当かしら？」
「本当ですよ」
グレンは女神のショーツを脱がして、白い足を広げさせた。
グレンは吸い込まれるように足の付け根に顔を寄せている。
「グレン、ごめんね。今日はあまり中には入らないでね」
赤い月直後だったので、ゆりもそこまでは抵抗があった。
「あなたは変な女神ですね。私を拒んでもいいのに。なんでそんな半端に受け入れるんですか？」
グレンは軽く女神の下半身に口づけていた。
「グレンのこと、好きは好きなの」
「はあ、もう耐えられない。自分でしてもいいですか？」
「私がやってあげたい」
ゆりは体を動かして、グレンと共に寝転んだ。服の上からグレンの下半身に触れるとすでに興奮状態のようである。ゆりはいつぞやのようにズボンの中に手をしのばせていた。
「ガーベラ様……」
グレンは顔を寄せてきた。
二人は口づけをしながら、互いの体をまさぐり、グレンはついに果てていた。
「はあ……ああ……」
「グレン……」
グレンに間近で見つめられて、ゆりも興奮していた。いつも冷静な瞳が、今は情欲が絡んだ瞳に変わっている。グレンはゆりを抱きしめて、口づけた。
グレンはもう遠慮はなしに、舌をからめてきている。グレンの体が再び興奮状態になっていたので、ゆりはグレンのズボンを下におろしていた。
グレンの手も女神の下半身に触れている。耐えきれなくなったのか、その中にまで指を忍ばせていた。
「ねえ、グレン、グレンは、今までどうしてたの？ 付き合った恋人みたいなのも、いるんでしょう？」
「私は、その……」
「あのね、当分は、だれも抱かないでほしいの。お願いだから」
「ガーベラ様？」
ゆりは体を下にずらしていた。そしてグレンの下半身に唇を寄せようとしたので、グレンはあわてて腰を引いていた。
「な、なにを」
「口でしてあげる」
「え？ ええ？ な、なにをいって……」
「動かないで」
ゆりは舌でグレンの下半身をなめたので、グレンは本気でびっくりしまくっていた。
「だ、だめですよ。そんなことをしては、やめてください」
「いや？」
「あなたは、位が高い女神様なんですよ。私は、私は……あ……ああ……」
ゆりは手で触れながら舌での愛撫をはじめてしまった。グレンは腰がくだけるようになってしまい、もう逃げることができなくなっていた。もっとされたいと、体は渇望している。
女神の美しい口が自分のそそり立った体に触れているのである。みなが憧れる女神、アシュランでさえ抱きたいと思っている女神が、自分にこんなことをしているのである。
グレンは、これは夢なのか、自分の妄想なのか、さっぱりわからなくなっていた。
ガーベラ様がこんなことを私にするはずはない。これは、きっと夢なのだ。欲望が生みだした幻だ。だからこんなにも優しくしてくださっているのだ
グレンはそんな風に思えてきた。
「グレン、もっとしてほしい？」
「はい……」
夢だ、夢なのだ。現実ではない
現実ではないのだから受け入れてもいいはずだ。とグレンは自分に言い聞かせていた。
ゆりは本格的に口での愛撫を始めた。グレンは熱い吐息をもらしている。
「はあ……ああ……ああ……もう……」
たとえ夢でも女神の口の中に出すなんてできなかったグレンは、あわてて腰を引いていた。
「はあ……ああ……」
ゆりは体を起こした。
「……ガーベラ様……」
「当分は他にだれも抱かないでね」
「はい」
「でも、私だってしょっちゅうグレンとこうなれるわけでもないし、グレンだってこのままじゃつらいわよね？ だから、あっちのガーベラをくどいて」
ゆりは顔を寄せて、悪だくみをそそのかすかのように言った。
「え？」
「そうしたら、他の女性を抱こうなんて考えないでしょ？」
「私は、あれからそんなこと考えてませんよ」
「いいから、あっちのガーベラをくどいて」
グレンはぼんやりとゆりを見ていた。
「あなたは夢ではないんでしょうか？」
「ちゃんと現実よ？」
「現実で、ガーベラ様が私にあんなことをするわけはないです」
「現実なの。あなたがあっちのガーベラと仲良くなれば、うまく収まるの」
グレンは混乱しているかのようにきょろきょろ目を動かしていたが、やがて諭すように言った。
「ガーベラ様、あちらのガーベラ様は、私のことを好きでもないし、むしろ嫌ってるくらいなんですよ。だから、それは無理ですよ」
「ガーベラがあなたに嫌いだって言ったの？」
「いえ……」
「ならあなたの思い込みかもしれないじゃないの。クーリーフンは、そんなこと言ってなかったわよ？」
「私は、ガーベラ様に昔、かなりひどいことをしてしまったんです。できません」
「あっちのガーベラは、あなたが儀式に参加したの知ってるんでしょ？ 少しは気にしてるはずよ。何も襲えっていってるんじゃないのよ。
そうねえ、情に訴えてみてよ。『私はあの儀式から、心も体もどうにかなってしまいそうなんです。どうか、愛の牢獄から私を連れだしてください！』とかどう？」
「…………」
グレンはぽかんと口を開けていた。
「泣きながら訴えれば完璧よ」
「いえ、それは……」
「グレン、がんばって」
ゆりは本気である。
「お気持ちはうれしいんですが、私は昔、ガーベラ様にひどいことをしまして……」
「じゃあ何をしたのか具体的に話してみて」
グレンは仕方なく、ラクアとガーベラの事件のことをゆりに話した。全部聞いたゆりは、きょとんとした顔つきだった。
「それは、グレンのせいじゃないでしょ。ガーベラとラクアの事件なんだし、グレンは関係ないんじゃない？」
「関係ないことはないですよ。私が、あの魔法をもっていったんですから」
「グレンがもっていかなくたって、別の誰かがもっていったんでしょ？ そんなのもういいじゃない。次は？ 何かある？」
ゆりはあっさりしたものだった。
「ガーベラ様が声がでなくなったのも、私がヒルデリア様に言ったせいなんです」
「あ、私あれのおかげでガーベラになってるから、じゃあ私がいるのグレンのおかげじゃない」
「ええ？」
「他は？」
「まあ、こまごましたことが……あの、あれのおかげでガーベラになってるってどういうことなんですか？」
「ガーベラが声が出ない時すごくむしゃくしゃしてて、そのむしゃくしゃから私が生まれたの」
ゆりはかなり適当に理由をつけていた。
「はあ？」
「まあ、あんまり気にしないで。過去のことも、別にたいしたことじゃないわよ。じゃあがんばってガーベラをくどいてね」
ゆりはグレンの肩をぽんぽんとたたいていた。
「いえ、がんばれませんよ」
「ガーベラを抱きたくないの？」
「私は、ガーベラ様の好みではないでしょう。もともと、そういう相手にはされない存在なんですよ」
「でも、私はグレンが好きなの。グレンと儀式で愛し合ったからには、当分は他の女性を抱かないでほしいの。あっちのガーベラだって、それくらいは思ってるわよ。
ガーベラと仲良くならないと、他の女性と仲良くしちゃうかもしれないでしょ？ それはいやなの」
ゆりは何がなんでもグレンとガーベラをくっつけようとしていた。人間の時の自分は恋人にはこんなことは言えないが、こちらではそのわがままを通したいのである。
「それよりも、クーリーフン様が気になることをいってたんですよ。あなたはいつかいなくなるって。本当にいなくなってしまうんですか？」
「まあ、いつかはね」
「いなくならないでください。あなたのことも愛しているんです」
グレンは両手でゆりの右手を包んで言った。
「すぐにいなくなったりしないから大丈夫よ。それよりも今は、あなたがガーベラをくどくことが重要なのよ」
ゆりは話を強引に戻している。
「ですが拒絶されたらそれこそもう……」
「だから、さっきのセリフを言うのよ。練習しましょう。えーと、私はあの儀式から心も体も引き裂かれんばかりです。はい」
「…………」
「言って」
「私はあの儀式から……」
ゆりはガーベラをくどくセリフをグレンに練習させたのだった。
そのころ雲の上の上の神殿、アシュランの間では、
「おーいグレン」
とアシュランがグレンを呼んでいた。
「はーい」
と言って裏からやってきたのはクーリーフンだったので、アシュランは「え？」と固まっていた。
「グレンは大事な用ができてしまって、僕がちょっとの間代理をしますね」
「ええ？」
「だれか呼んできますか？」
クーリーフンはにっこり微笑んでいた。
さて、神の国ではその数日後、たまたま一人で寝ていたガーベラは、唇に何かが当たるのを感じた。てっきり恋人の誰かが来たと思ったのだが、目を開けると全く別の男がいる。
神の輝きがかろうじてある、くらいの男である。
「ガーベラ様、私はあの儀式から、心も体も引き裂かれんばかりなんです。どうか愛の牢獄から私を救い出してください」
グレンはゆりに練習させられたセリフをそのまま言っていた。この場にゆりがいたら、ガッツポーズでもしたかもしれない。
ゆりは別れる際に、「絶対にガーベラをくどく」とグレンに約束までさせていた。
「え？」
ガーベラのほうはぽかーんとしている。寝起きで頭がぼんやりしていたし、グレンの言葉の意味がさっぱりわかってなかった。
「ガーベラ様……」
グレンは顔を寄せてガーベラを見ている。
「グレン、一体どうしたの？」
「つらいんです。あれからつらくてしょうがないんです。どうか助けてください」
グレンはガーベラに口づけた。
ガーベラはいきなりの展開にまったくついていけてないようだ。
「ちょ、ちょっと待って、グレン、さっきなんて言ったの？」
「もう二度と言いたくありません」
「愛の何？」
「牢獄です」
「牢獄？」
愛の、ろ、ろうごくって？
何それ、と思ってるまにグレンは布団の中に入ってきた。
「あ、そうだ。これ、この前忘れていきましたよ」
グレンはどこかから白い布のようなものを出してガーベラに見せた。
「あ！」
それはガーベラがはいていたショーツだったのである。ゆりが一つの小細工としてわざと置いて行ったのだ。
「あっちとしたの？」
「いろいろしていただきました」
何をしていただいたの！？
ガーベラは驚きのあまり硬直していた。
グレンは布団に入ってきたものの、こちらもそのまま動かなくなってしまった。
勢いできたものの、この先を進めるのがどうにも難しいようだ。
この先を予感していたガーベラは、グレンが何もしないので「どうしたの？」と聞いていた。
生まれたての女神ならいざ知らず、ガーベラもいい年をした女神なので、男が来たくらいでぎゃーぎゃー騒いだりはしなかった。
それよりも、自分がグレンと仲良くしたことが気になっている。
赤い月直後にグレンと仲良くなるなんて、ガーベラにとっては全く計算外だった。
「あの、ガーベラ様、あちらのガーベラ様には、私と仲良くなったということにしておいていただけないでしょうか。すいませんが」
「え？」
「ガーベラ様は、私の相手など嫌でしょうから」
「グレンは、私のことは好きじゃないの？」
「好きですよ。最初にあなたを見たときから、ずっと好きでしたよ。私はあなたの姿が見られるだけで……」
「身体、つらいんでしょ？ まさか他の女で紛らわせてるの？」
「いえ」
「来て」
「…………」
「わたし、からだがむずむずしてきちゃった。早くしないと、どこかに移動しちゃうわよ？」
「ガーベラ様……」
ガーベラは体を寄せた。最終的にはガーベラのほうが誘惑する感じで、グレンはガーベラを抱いた。
「はあ……ああ……ガーベラ様……」
「…………」
「やはり、私などが相手では感じないんですか？」
深くつながってもガーベラが喘いだりはしなかったために、グレンは上から寂しげな目を向けていた。
「そうじゃないの」
グレンの様子はある程度女の経験がある男のものだったので、それでガーベラはグレンがだれとしたんだろうと気になったのだった。
さすがに１万５千年以上も生きているのだから、その間女なしで過ごすというのも無理だし不自然ではあるが、グレンが誰かと長く付き合っていたといううわさも聞いたことがない。
最も、グレンのうわさなど気にしなかったから知らなかったのかもしれないが。
ははーん、あっちの私もそれに気づいて何か言ったに違いないわ。そりゃそうよね。儀式では愛し合ったんだもの、
あっちとしては、グレンが他の女を抱くのはいやよね。私だって困るわ。すぐ他の女を抱かれたんじゃ愛欲の女神としての立場がないわ
ガーベラは無表情にグレンを見上げていたので、グレンは動くのをやめて、離れようとしていた。ガーベラは両足をグレンの腰にからめて逃がさなかった。
「お嫌じゃないんですか？」
「ちょっと観察してただけよ。グレン、今からは本気よ。もう他の女を抱けない身体にしてあげる」
「え」
ガーベラはグレンの首に両手を回して顔を寄せて、唇を合わせた。つながったままのグレンの下半身は、ぎゅっと締め付けられていた。
「うう……」
「動いて……」
グレンは腰を動かしながらも息が絶え絶えだった。
「はあ、ああ……」
「素敵よ。グレン」
本気モードになったガーベラはすさまじく、グレンはほぼ意識を飛ばしてガーベラを抱いていた。
いつの間にやらグレンは四つ這いになったガーベラを後ろから抱いていたが、いつこのようになったのかもグレンはさっぱりわからなかった。
二度もすると、グレンはもう意識もうろうとして横たわっていた。
「両方の私とするなんて、あなたは幸せよ。あっちの私ってばほんと、あなたのことが好きなのね。でも私も、こういうの楽しいかも。
だからって恋人だなんて公言してあげないからね。たまに、こうやって会ってあげる。ここではだれか来るとまずいから、そっちでしましょう。
そういう気になったらライサに伝言を頼んでちょうだい」
ガーベラはグレンの耳元で言っていた。
「またしてくださるんですか？」
グレンが聞いた。
「今夜だけで捨てるほど私は非情じゃないわよ。あなたがおかしくなったら困るでしょ？ でも、他の女を抱いたらそれで終わりだからね。ねえ、あっちの私とはどういう風にしたの？」
ガーベラはこの際グレンに聞いてみたくなった。
「あちらのガーベラ様は、とても優しくて、しかも、口で、口でしてくださったんです。私はもう驚いてしまって……」
グレンはガーベラにめろめろにされていたので素直に言ってしまっていた。
な……なんですって？
ガーベラもこれには驚いた。驚きのあまり目を開きまくっている。
この男がそこまで好きなんて！
「私の口を汚したわけね？ 信じられないわ」
「私がお願いしたわけではないです。ガーベラ様が、進んでしてくださったんです」
「本当でしょうね」
「あれからもう、毎晩身体が騒いでしょうがないんです」
「ちょっと、もしまたあっちと二人きりになったら、そんなサービスはしなくていいって言っておいてちょうだい」
ガーベラは言ってからぷんと横を向いていた。
グレンはちょっと笑っている。
「あちらのガーベラ様のことは、皆さんご存知なんですか？」
「ハロルドとクーリーフンしか知らないわよ」
「どうして気づかないんでしょうか。こんなに違うのに」
ガーベラの頬がピクリと動いていた。
「私はあっちみたいに優しくないもんねー。恋人達にあなたとのことがばれたらどうしよう。そうだ。ヒルデリアのせいにしとこう。
だって、儀式ではヒルデリアがグレンをこさせたんだもんね。ばれたらそういおうっと」
グレンは体を起こして、ガーベラに体を寄せていた。そしてガーベラの髪をなでている。ガーベラの匂いを間近でかぐだけで、グレンは幸せな気分だった。
「ガーベラ様は私のこと好きじゃないでしょう。それなのに、いいんですか？」
「好きになってほしい？」
「別に嫌いなままでいいですよ」
「本当に嫌いなら触られるのも嫌なんじゃない？ まああっちの私はあなたが好きだし、だから別に私がしたって愛欲の女神としておかしくはないわ」
ガーベラは変な言い訳をしていた。
昔のことが今までグレンの心にずっと重しとして乗っかっていたのだが、今はそのことを言うべきかどうか、グレンは迷っていた。もう一人のガーベラにはたいしたことじゃないと
言われたし、こちらのガーベラにとっては、もうすっかり昔の話なのかもしれない。ただ、自分だけがずっと忘れられなかっただけなのかもしれない、とグレンは思っていた。
今言って、もしガーベラが怒りだしてこれっきりになってしまったら、それこそ身体がどうにかなってしまうだろう。
あちらのガーベラには、「当分他の女を抱かない」と約束してしまったのだ。他の女で紛らわすことも、もうできないのである。
「ねえ、さっきの、愛の牢獄って何？」
ガーベラはそれが気になって仕方なようである。
「知りません」
グレンはちょっと笑って答えていた。
「あなたが言ったんでしょ。何で知らないのよ」
「わかりません」
「もう一度最初から言ってみてよ」
「もう無理です」
「なんでよー」
こうして、ゆりの作戦は結構成功して終わったのだった。
ガーベラは次の日、クーリーフンにだけは、「グレンとした」と告白していた。
「え？ したの？ グレンが来たの？」
クーリーフンはさすがに驚いている。
「そう」
「それでお母さんをくどいたんだ？」
「なんというか、わけがわからない間にそうなったというか……なんというか……」
ガーベラは頬をかいている。
「グレンが強引にしたの？」
「別にそうでもない。愛の牢獄から救ってくれ、とか、なんかよくわからんことを言ってたわ」
「ふーん、それでお母さんはどうしたの？」
「まあ、仕方ないっていうか……」
というと、クーリーフンは鼻でふんと笑っていた。
「お母さん、愛欲の女神様がそんなつまんないことをいうなんて、僕はがっかりしちゃうよ」
「え」
「仕方ないって何？ 最近あっちのお母さんの方が愛欲の女神様っぽいよ？」
愛息にそこまで言われて、何も言えなかったガーベラだった。
つづく
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