第３４話
ガーベラが目を覚ますと、横にはラーズがうつ伏せになって寝転んでいた。二人はガーベラの寝室のベッドの上だったが、どちらも服は着たままだった。
「やあ、ガーベラ」
ラーズは穏やかに微笑んでいる。
（あっちの私は何も知らないんだもの。知らずにラーズと仲良くなったのかしら？）
とガーベラは思った。
（まあ、それならそれでいいかも。いつまでもいじけてるのもかわいくないし）
とガーベラが思っていると、
「あっちのガーベラは面白いなあ」
とラーズが言った。
「さっきジェラルド工房でさ、私とジンラの神殿に扉をつけろってジェラルドに迫ってたんだよ？ 扉って、人間的発想だよな」
ラーズはおかしそうに言っている。
「え？ 扉？」
ガーベラは目をぱちくりさせていた。
「発想が時々面白いのにガーベラと同じようなことを言うんだよなあ。やっぱり似てるな」
ガーベラは沈黙したままだった。
「サーラはガーベラが違うことにすっかり気づいててさ、それで私も知ったんだ。あっちのガーベラも好きになっちゃったよ。
顔を真っ赤にするところがかわいくてさあ。かわいそうだけど、どんな妖精にも太刀打ちできないよ。二人のガーベラの魅力にはさ」
ラーズは穏やかに言った。
「ラーズ……ごめんね。かわいくないことして」
ガーベラは申し訳なさげに謝っていた。
「いや、たまに妬かれるのはうれしいよ。ダーナみたいに物を投げられるのは困るけどな」
「あっちのことも、怒ってない？」
「ああ、むしろ今は楽しんじゃってるけど、怒らないでよ？」
ガーベラはようやく笑っていた。
「それで、扉をつけることにしたの？」
「いや、無理だよ。ごめんな、って謝ったら、不機嫌になっちゃったよ。それでなだめたんだけど、考えてみたらおかしいよなあ。
あっちはあっちで、やっぱりガーベラなんだよな、振りじゃなくて、ガーベラなんだ。他の連中が気づかなくても、無理はないよな」
ラーズはガーベラの頬をなでていた。
「ガーベラ、愛してる、ずっと……」
「私もラーズのことを愛してる……」
二人はもっと体を寄せあった。
一方ダーナの方はといえば、ガーベラとは違い、夜這いしてきた女の妖精がだれかはっきりせねば気がすまないタチである。
今回のことは目撃者は娘だったので、相手のこともわかっていた。
「しばらくこの付近をうろつかないように言っといてちょうだい」
とすでに牽制している。これが本当の浮気ともなれば大変なことになるが、今回は未遂だったのでたいしたことにならなかったようだ。
ダーナはヒルデリアのように相手の女性に実際に何かをしたりするわけではないのだが、自分の神殿や恋人達の神殿を出入り禁止にするくらいのことはしている。
恋人との喧嘩ともなれば、かなり壮絶でもある。ダーナが怒りまくるだけだが、神殿の中はかなり荒れる。
娘たちにすれば（またか……）といった感じである。
ダーナとガーベラは共に恋人が多いわけだが、ガーベラだけは奔放な女神だと人間たちに思われがちである。
ダーナはなぜか身持ちが堅いイメージなのである。
ゆりもダーナは大好きだが、この印象だけは違うだろうと突っ込みたくなる。
「なんでガーベラだけが奔放なのよ。おかしいでしょ。ダーナはなぜ奔放だって言われないの？ 神話によるイメージ操作かしら？ あやしい」
蛇の国でも実際にガーベラが現れるまでは、ガーベラはそんなには信仰されていなかった。だが、性欲が薄いこの国にとっては重要な女神のはずだ。
「うーん、ダーナの場合は仕方なしに恋人が増えた感じだからじゃないかな？」
と言ったのはラギである。ラギはゆりとは違い、神話の本が改訂されると必ず取り寄せて読むほど神話も読んでいる。
「ガーベラだって仕方なしに増えたんじゃない？」
とゆりが突っ込んだ。
「大体愛欲の女神って名前がよくないんじゃない？ 何か他にいい名前はなかったのかしらねえ」
「たとえば？」
「うーん……別に愛の女神でいいんじゃないかと思うけどね」
「ダーナ様が慈愛の女神だから、何かつけたかったんじゃない？」
「欲の他に何かなかったのかしらねえ。ガーベラの恋人とは違ってアリアスやジュライって浮気もしてるみたいよね。それでもダーナは許してきたってことよね？
ガーベラだって恋人がいっぱいいるけど、実際そうなったら許せるのかなあ。許したくないなあ」
ゆりはぶつぶつ言っている。今は自分の部屋で朝のティータイムを楽しんでいる所だった。ラギがやってきてゆりの話に付き合っている。
ゆりも今朝目覚めたときは、ラーズの優しさについうっとりしていた。ガーベラといつまでも仲良くしてほしいと心底願っている。
あのラーズが他の女となんて考えたくもない。
「ハロルド様が浮気でもしたの？」
ラギが聞いた。
「ハロルドはまったく関係ないわよ。神様の神殿って扉がないのよね。扉に鍵をかけたら、浮気も減るって思わない？」
神の国では誰も賛同してくれそうにないので、ゆりはラギに聞いていた。
「扉があっても、瞬間移動ができたら同じじゃない？」
とラギ。
「妖精って瞬間移動できるのかしら？ ジェラルドはロマンスが減るから扉はいらないっていうのよ？」
「扉があったら、ガーベラ様のロマンスが減っちゃうんじゃない？」
とラギ。
「ガーベラの神殿には扉はいらないわよ」
「なんで？ 両方つけないと不公平じゃない？」
「う……そうかも。確かにそうよね……」
恋人達の神殿にだけ扉をつけるというのは、確かに不公平であるかもしれない。かといってガーベラの神殿に扉をつけたら、夜やってくる恋人達には邪魔だろう。
ガーベラも嫌がりそうだ。
「やっぱり扉は無理かあ」
ゆりはテーブルに両手を伸ばしてあきらめていた。
「扉があってもなくてもかわらないと思うけどなあ。さっきのダーナ様の話だけどさ、神話によれば、ダーナ様は最初は複数の恋人を持つ気なんてなかったんだよ。周りに言われて仕方なく
って感じだったからじゃない？ ダーナ様は優しいから、迫られてつい恋人が増えちゃったんだよ」
「ふーん……」
「でも、ガーベラ様だって仕方ないっちゃ仕方なしにだよね。人間たちの人口が災害とかで急激に減っちゃうとさ、ガーベラ様の性欲がすごくあがっちゃうらしいよ。恋人が一人じゃ、
相手するの無理なんじゃない？ ガーベラ様の性欲があがって、それで人間たちの子作りする気持ちが増すんだとしたら、ガーベラ様の性欲って重要だよね」
ラギは真面目な顔で言っていた。
（子供が読んでいい神話なの？ それ）
とゆりは思ったが、口には出さなかった。
ゆりは久しぶりに神話の本を読んでみたくなった。たまにぺらぺらめくっているが、最初からじっくり読んだことはあまりない。
ゆりはラギにダーナの本を貸してもらい、ダーナの神話を読むことにしたのだった。
ダーナが生まれたのはかなり大昔の話であるが、大陸にはすでに人間たちが住んでいた。だがまだ、人間たちの勢力図がどのようになるのか、さっぱりわからない時期の話である。
この世界がどう進むのか、まだ定まらない、いわば世界は混とんとしていた。
その朝はいつもと違っていた。太陽の神アリアスは、何か胸騒ぎを覚えながらペガサスの馬車を曳いていたが、大きな大陸の北の方に強烈な光が昇っているのを見た。
アリアスがその場所に行ってみると、森の中、見たこともない美しい女神がただずんでいたのである。滝のように流れる金色の髪の、ほっそりとした女神である。
女神の周りには、見たこともない花が咲き乱れてきらきら輝いていた。チョウチョもひらひら飛んでいる。
女神はすでに薄いピンク色の衣装を身にまとっていたが、腰と額には金色の帯をはめている。
アリアスはその女神に一目で魅了された。
「ああ、なんて美しい。しかもこの輝き、君こそ私の運命の女神だ！」
アリアスはさっそく馬車に乗せて雲の上の神殿へと女神を連れて行った。その女神はダーナと名付けられた。慈愛の女神、やはり高位の女神である。
今いる高位の女神では、ヒルデリア、カサンドラ、ディアメラがすでにいたが、その輝きは、最近生まれたディアメラと同じほどであった。
アリアスはさっそく、「ダーナと結婚したい」とアシュランに告げた。
「私が見つけたのだし、私が結婚するべき女神だ。そうだろう？ アシュラン」
アリアスは高位の女神が生まれるのを待っていたのである。カサンドラはすでに異性と結婚する気はさらさらなかった。ディアメラは自分の妹である。
ダーナならば神の位も釣り合うというものなので、アシュランも了承しかけたのだが、そこに横やりを入れたのはヒルデリアである。
「ちょっとお待ちなさい。あなたが見つけたからあなたと結婚するというのはおかしなことではないかしら？ ハロルドだって、ダーナの相手にふさわしいわよ」
アリアスはヒルデリアの子供ではない。ヒルデリアは、自分の息子であるハロルドとダーナを結婚させたいと思っていたのだった。
「そうだな。俺の相手にだってふさわしい」
とハロルド。
「私よ」
「私の相手にだってふさわしい。なあダーナ」
ハロルドはこのころはまだ粗暴な性格である。言葉遣いも荒く、ヒルデリアによく訂正されている。
「私がみつけたんだぞ」
アリアスは譲らなかった。
「だからなんなんだ。最初に見つけりゃお前のもんか？」
「ダーナは私の運命の女神だ」
「妄想だろ」
アリアスとハロルドは言い争いをはじめ、アシュランは頭が痛くなっていた。アシュランはダーナとアリアスを結婚させるのがいいと思っているが、ヒルデリアの手前、
そうはいえない。その時ダーナは、その争いにもさっぱり興味がない様子で、アシュランの間においてある動物の置物などを眺めている。
言い争いの途中から広間にやってきたカサンドラは、「とりあえずダーナは私が預かります」とダーナを自分の神殿に連れて行ったのだった。
生まれたばかりのダーナは男にはまったく興味がない様子だった。それよりも花や動物たち、美しい自然などに興味を示した。
外では誰がダーナをめとるのか、アリアスとハロルドの争いも過熱している。
アリアスは優しくダーナをくどいていたのだが、ダーナはいっこうにその気にはならならず、ハロルドにいたってはダーナが逃げ出す始末だった。どうにも乱暴にみえたようである。
「ダーナ、私とお前が結婚するのは、運命なのだ。お前は私の運命の相手なんだよ」
アリアスは運命という言葉をよく使ったが、ダーナにはさっぱりわかっていなかった。
「ねえ、カサンドラ、運命ってなんなの？ 運命の女神に聞いたらわかる？」
「運命？」
「アリアスが、私と結婚するのは運命だっていうのよ？ そんなこと言われても私にはわからないわ」
「運命ねえ……」
確かにこの世には、運命の連れ合いというのも存在する。アシュランにとってヒルデリアはそうであるし、海の神マリナールにとってのエヴァもしかりである。
「本当に運命ならばいつかはアリアスが好きになるかもしれない。好きにならなかったら違うのだろう」
カサンドラはそう言った。
だが、ある日の早朝のことである。森の中を歩いていたダーナは、美しい歌声を聞いて引き寄せられるようにその声の主を探した。歌を歌っていたのは緑の神ジュライである。
ジュライは美声の持ち主で、歌を歌うと、植物がみるみるうちに成長していた。ダーナはそれが面白くて、毎朝ジュライに会いに来るようになった。その歌が愛の歌に変わるのに
時間はかからなかった。ダーナは初めて異性に恋をした。相手はアリアスでもハロルドでもなかった。
それを聞いたアリアスは仰天してジュライに身を引けと詰め寄っている。
「悪いな。すでに愛し合ったのだ」
ジュライは身を引く気はないようだった。ジュライもそれなりに神の位は高い。アリアスの言うことなど聞く気などなかった。
「ダーナは私の運命の相手なのだぞ？ それをかっさらうとはなんとしたことだ」
「ダーナも私を愛しているのだ。仕方ないだろう。そのうちにまたいい女神が生まれるさ」
「冗談じゃない！」
ジュライはダーナを妻にしたい、とアシュランに申し入れてきた。妻という名目がつけば、もう他の男が横やりを入れることはできないのである。
「まったく、お前が早くダーナを手に入れないからだぞ」
アシュランは困った様子でアリアスに言っていた。
「まさかジュライがさっさとかっさらうとは思わなかった。こうなったら仕方ない。一度私に抱かれれば、私が運命の男だと理解するだろう」
アリアスは最終手段に出ることにした。
「大丈夫か？ あまり強引にすると逆効果だぞ」
「ちゃんとわかっている」
アリアスは昼間、一人で森の中にいたダーナを自分の結界の中に閉じ込めてしまった。
「アリアス、よして」
すでにジュライとそうなっていただけに、ダーナはこの先を予感しておびえていた。
「ダーナ、一度だけでいい、私に抱かれてくれ。そうすれば、私が言う意味もわかるだろう」
「できないわ」
「このままでは私はお前をあきらめきれない。一度でいい。もし私に抱かれて何も起こらなければ、私は身を引く。ジュライには決して言わない。
約束する」
アリアスは優しく、諭すようにダーナに言った。
「一体何が起こるというの？」
「わからないが、何かは起こる。この世界にとっては良いことがな。だが、それが私の妄想だったなら、私は身を引く。一度だけ、私を受け入れてくれ」
ダーナは悩みに悩んだが、今後ずっとアリアスに付きまとわれるのも大変そうだ。
「なら、太陽の神として約束して。もし私を一度抱いて何もなかったら、私にはもうつきまとわないと」
「約束しよう」
ダーナはアリアスの要求を受け入れることにした。アリアスの神殿へと行ったのである。しかし体を合わせて、ダーナは自分の変化に気づいた。
アリアスと体を重ねることはあながち嫌なことでもなかったのである。いや、むしろ、心の奥から沸き立つ感情を感じる。この男の愛を受け入れろと、
誰かのささやきが聞こえるようでもあった。二人の神気が絡み合い、らせんとなって上へと上がった時に、３人の妖精たちが出現した。
「おおっ！ 妖精が生まれた！」
アリアスは歓喜の声をあげている。
生まれたのは光の妖精である。
「お母様、お父様、もっともっと仲間を増やしてください」
「我らの仲間を」
「さあ、この世界を光で満たしましょう！」
妖精達はその場から飛んで行った。
「ダーナ、わかっただろう？ 私がお前の運命の相手なんだ」
「アリアス……」
「もっと子供を増やそう。な」
「ええ……」
気分が高揚していたダーナはアリアスに再び抱かれた。その日一日だけで、なんと3人の光の妖精、３人の光の女神が生まれた。その女神たちこそ、大陸に春を運ぶ
春の女神たちである。
アリアスはダーナにとっては確かに運命の相手だったのかもしれない。しかし、アリアスの妻になるということは、ジュライとの関係を断つということだった。
これだけ妖精や神が生まれてしまっては、隠すことなどできなかった。ジュライは何も言わずに身を引いた。ダーナにとっては悲しい出来事だった。
カサンドラは泣いているダーナを発見し、優しく背中をなでた。
「ダーナ……」
「もう自分でも自分がわからない。子供が生まれたのはいいことなんだろうけど……ジュライの側で二度と歌が聞けないなんて、悲しいの」
「ダーナはアリアスのことはどう思っているのだ？」
「嫌いじゃないわよ。きっとアリアスと一緒にいたらもっと妖精が生まれるのよ。そのうちにアリアスを愛してしまうかもしれないけど、ジュライに会えないのはつらいの」
「ふうむ……」
ダーナが泣いているだけで、カサンドラの神殿の周りの花々は枯れてしまっていた。ダーナはかなり周りに影響を与える女神なのだ。悲しんでいるだけでこの世界にとっては
悪影響である。
カサンドラはジュライに会いに行った。
「ジュライ、このままダーナをあきらめてもよいのか？」
「良いも悪いもない。ダーナはアリアスの愛を受け入れてしまった。カサンドラも知っているだろう？ いまや誰でも知ってることだ。私にこれ以上どうしろというのだ」
ジュライは辛そうだった。
「アリアスはダーナを離しはしないだろう。だが何も、女と男が一対一でならねばならないということもないではないか。夫が二人でもよいというのなら手を貸そう」
カサンドラはジュライが思ってもいないことを言いだした。
「カサンドラ、気でも違ったのか？ 二人で一人の女を共有しろというのか？」
ジュライは呆気に取られている。
「いやか？」
「嫌に決まってるだろう。アリアスとなんて……」
「ならあきらめるか？ アリアスがダーナを妻だと宣言してしまえば、それでもう手はなくなるぞ？ 機会は今しかない。ダーナはジュライに会えなくなると悲しんでいる。
ダーナの方は、きっと喜ぶと思うが」
ジュライは渋い顔つきだった。アリアスと女を共有するなど想像もできない。
「もし、私がそうしたいといっても、アシュランとヒルデリアは反対するだろう」
「そうだろうな。だが、我らは二人の奴隷ではない。他の神々の賛同が得られれば、事はなるぞ。ジュライ早急に決めろ。私の神殿の周りはすっかり寂しくなってしまった。
このままでは島中の花が枯れてしまうぞ？」
カサンドラはそう言って去って行った。
その数日後のことである。アリアスはさすがにその気になっているだろうダーナを連れてアシュランの元に行った。
「ダーナ、私の妻になると宣言してくれ」
アリアスは優しくダーナに言ったが、ダーナは「いや」と言い出した。
「ダーナ？」
「私、アリアスのことは嫌いじゃないけど、ジュライのこと、好きなの。だから、あなたの妻にはなれない」
「ダーナ、私が運命の相手だと、君も認めたじゃないか」
「そうかもしれないけど、一生ジュライの歌が側できけないなんて耐えられないの」
「なら歌だけ歌ってもらえばいい」
とアシュランが言い出した。
「何言ってるんだ！」
とアリアス。そこにやってきたのがカサンドラとジュライだった。
「一つ提案があります。ダーナはジュライと愛し合えるというならば、アリアスと一緒になってもよいといっている。夫ということにせずに、この際二人とも恋人ということに
したらどうでしょうか？」
カサンドラが告げると、アリアスとアシュランは驚いた様子だった。
「ばかな」
「それでは他に示しがつかないではないか」
「ダーナはこの世界にとっては特別な女神です。影響も絶大です。運命の相手が二人いた、それでよいではないですか」
「私はごめんだ。ジュライとダーナを共有などできない」
アリアスはあっさり拒絶していた。
「なら、あきらめなさい。その後生まれるかもしれない子供達のことも」
「なっ！」
「カサンドラ、我らが仲間が増えることは、何より増して重要なことなのだぞ？」
アシュランが少し鋭い瞳でカサンドラを見ていたが、カサンドラは何食わぬ顔で微笑んでいる。
「ならば認めてください。ダーナはアリアスのことも愛しても良いと言っているのですよ？」
「ジュライ、お前はどうなんだ？ アリアスとダーナを共有するのは嫌ではないのか？」
アシュランはジュライに聞いた。
「私は、ダーナなしで今後の長い生を生きることは、耐えられない。私にとっても、ダーナは運命の女神だ」
ジュライはダーナを見つめて言った。ダーナはうれしそうである。
「ちょっと考えさせてくれ」
アシュランはアリアスと二人きりになり、３人は出て行った。
「こうなったらしょうがない、受け入れろ」
アシュランはアリアスに言っていた。
「正気か？ 他の神々がなんというか」
「カサンドラの提案だぞ？ 根回しなんぞとっくに終わってるだろう。文句を言うのはヒルデリアくらいのものだ。とりあえず、恋人になってしまえばいいんだ。
いずれ、ダーナがお前だけを愛するように、お前ががんばればいい」
「しかし……」
アリアスは渋い顔つきである。
「太陽の神だろうが、がんばれ」
アシュランはアリアスの背中をたたいていた。
こうして、ダーナは二人の恋人になった。ダーナは交互に二人の神殿に通い、意外にもうまく行った。アリアスも最初はもやもやしていたが、ダーナが本当にアリアスを
愛するようになり、子供が増えると、まあいいか、と思うようになった。アリアスとジュライにとっては、互いのことが刺激にもなったようである。
だが、ダーナの美しさには、アシュランも時々その気になっていた。アリアスは、アシュランには「ダーナに手を出したら私は神殿から二度と外には出ない」
としっかり牽制している。
それからしばらくして、アシュランの神殿に神気が薄くなっている風の神ウィルが連れられてきた。
「アシュラン、ウィルをなんとかしてください」
ウィルは二人の神に担がれるようにつれてこられたのである。
ウィルはぐったりして、今にも死にそうである。
「一体どうしたんだ？ 何があったんだ？」
アシュランはウィルの身体に触れていた。
「恋煩いです」
ウィルを連れてきた風の神が言った。
「恋煩い、だと？」
アシュランのこめかみは引きつっている。
「ウィルはダーナが好きなんですよ。それで好きすぎて、もう死にたいと」
「あほか！」
アシュランはウィルの頭をはたいていた。
「アシュラン、ウィルは本当に死にそうなんですから」
風の神があわてている。
「アシュラン、殺してくれ。私は、私はダーナに、ダーナに触れないなら、死にたい」
ウィルは本気で訴えていた。こんなことは初めてである。
「はーダーナを連れてこい！」
アシュランの命令で、ダーナがこの場にやってきた。ダーナはウィルを見て驚いている。
「一体どうしたの？」
「ダーナを愛しているんだと」
「え、ああ、それは聞いたけれど、でも、私はすでに恋人がいるし、二人も。だから断ったの」
「アシュラン、殺してくれー」
ウィルはアシュランにすがって訴えている。
「はーめんどくさい奴だな。ちょっと優しくしてやったらどうだ？」
アシュランがダーナに言っていた。
「え？ そんな中途半端なことはできないわ」
「なら恋人にしてやったら？」
「でも……二人が何というか」
この場にアリアスとジュライも呼ばれてきたが、ウィルは本当に死にそうになっていたので、しぶしぶ二人も了承した。
「ダーナー！」
「よしよし」
ウィルはダーナの膝にすりより、ダーナはウィルの頭をなでなでしていた。それだけでウィルは泣いている。こうしてダーナの恋人は３人になった。
その後双子の光の神が恋煩いで死にそうになり、ダーナの恋人は５人に増えたのだった。
ダーナの恋人が５人に増えた所まで呼んだゆりは、（確かに奔放な女神ってイメージじゃないな）と思っていた。
「あれ？ ってことは、ダーナが自分で恋人にしたがって誘惑しようとしたのってクーリーフンだけなんだ。それも失敗してるし。でも恋煩いで３人も死にそうになるなんて、
さすがダーナ様だわ……」
とゆりは感心した。ガーベラにはそこまでのエピソードはないのである。
「こうなったら私がガーベラの素晴らしい神話でも書いて発行しようかしら。でも、それは子供が読んでいい話になるのだろうか？」
ゆりは自分でも疑問だった。
「まあ、でもさすがにあの頃よりはガーベラの信者は増えてるはずよね。すごい儀式の時は聖地も盛り上がったようだし。
クーリーフンはあちこちの王妃様に薬をあげたっていってたっけ。虎の国の王妃様の赤い月はどうだったんだろう。アヤコさんに聞いてみようっと」
ゆりはアヤコに手紙を出すことにしたのだった。
さて、神の国である。伝令神グレンは、ジェラルド工房にやってきている。
クーリーフンに扉の話を聞いた翌日のことだった。グレンはライサが自分の神殿に住むようになってから、ちょっと神殿をどうにかしたいとは考えていた。
それもあって、やってきていたのである。グレンが工房の妖精に、「部屋の入口に分厚い布をかけたい」、というようなことを話していると、ジェラルドがそばに寄って来た。
「どうしたんですか？」
ジェラルドはグレンよりも神格はかなり高いのだが、グレンにたいしても物腰はいつも柔らかい。
「実は、私の神殿の寝室の入口に、ちょっと分厚い布でもかけたいんですよ。ライサもいるんで、ちょっと……」
グレンはジェラルドに言う話ではないと思ったが、聞かれてしまったので、仕方なく答えていた。
「はあはあ、なるほど」
ジェラルドはひげを撫でながら話を聞いている。グレンの神殿は狭く、部屋も少ない。ライサが寝るのはグレンの寝室の側の部屋だろうし、そりゃそうだろうと
ジェラルドは思った。そこは同じ男である。
「扉をつけるのって難しいでしょうね」
とグレンが言い出した。
「扉？」
ジェラルドはぽかんとしていたが、すぐに昨日のガーベラ（ゆり）とのやり取りを思いだした。グレンがガーベラと愛し合った仲だというのもすぐ思いだしている。
「あ、ああ、そーでしたか。扉ね、ほうほう、いいですな。扉」
ジェラルドはなぜかにやにやしながら言っている。
「どうしました？」
ジェラルドがにやにやしているので、グレンは疑問に思っている。グレンはゆりがここに来たことは知らなかった。
「いやいや、扉、結構じゃないですか。グレンの場合は扉がある方がロマンスが生まれるってもんですな。ほほほ」
ジェラルドはグレンの背中をばんばんたたいていた。
「はあ？ 何か、誤解されてませんか？」
「いやいや、大丈夫です。アシュラン様にはいいませんから。さっそくつけましょう。扉。うむ」
ジェラルドは陽気に言い、グレンは首をかしげながら去って行った。
その数日後、ジェラルドに話を聞いたクーリーフンは、グレンが留守の間にグレンの神殿にこっそり入って行った。
居間のような広い部屋の奥の部屋の入口に、確かにまっさらな木の扉が入っているではないか。
「おー！ ほんとに入ってる！」
グレンの寝室の部屋の入口は、ちょうど扉がつけられる広さだった。扉は横の部屋にもついていた。そちらは、装飾も花の模様などがついてかわいらしくなっている。
グレンの方は、表面に翼のマークの模様が入っていた。
「いやー本当に扉をつけるなんてびっくりしたなあ……」
クーリーフンは感動していた。ちなみにハロルドに同じ話をしたところ、「扉？ なんでそんなめんどくさいものつけなきゃいけないんだ？」で終わっている。
クーリーフンは丸い金属の取っ手を回してグレンの部屋の扉を開いてみた。中に入り、ぎょっとした。内側の扉には、なんとでかいハートマークの装飾がされている。
「ぷ……ぷぷぷぷ……くくくく、おかしい。おかしすぎる。腹が……」
クーリーフンは美しい顔でお腹を押さえて笑っていた。
「グレン、君はなんて素直でかわいいんだ。ぷぷぷ、くくくく、ジェラルド、最高だよ。これ、おかしい。おかしすぎる……はははは！ ひーもう、もうおかしすぎて……」
クーリーフンはしばらく笑いが止まらず、グレンの寝室で笑いまくっていたのだった。
つづく
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