第36話
神の国である。女神ガーベラが自分の神殿に戻ると、愛の妖精シャリィがいた。シャリィはガーベラを見ると、テーブルの上にあった伝言貝らしき貝を渡している。「相手はだれかしら？」
ガーベラが聞くと、シャリィは手を横にして、自分の胸あたりにあてていた。
「？ えーと、子供？ 子供がもってきた？」
ピンポーンとばかりにシャリィは指を一本立てていた。
「子供、誰かしら。ところでシャリィは、ラメーンとどうなの？ うまくいってる？」
ガーベラが聞くと、シャリィは首をかしげていた。
ラメーンからは、最近苦情も何もいってこない所を見ると、恋人同士ということになっているのかもしれない。
「なんか想像できないけどねえ」
そう言いながら、ガーベラは巻貝を耳にあてた。
『ガーベラ様こんにちは、私はセスティナっていうの。マリナールの孫なのよ。この前こちらにいらしてた時は、会えなくてとても残念だったわ。
私、どうしてもガーベラ様とお話がしたいのよ。どうか、私に会ってくださらないかしら？ 私がそちらに行ければいいんだけど、おじい様は自由にいかせてくれないの。
近いうちにこちらに遊びにきていただけたらうれしいわ。どうかお願いします』
伝言貝にはそんな伝言が入っていた。「セスティナ？ ……ああ、カサンドラがこの前会ったとか言ってたっけ」
ガーベラはそのことを思い出した。
「私に何の話かしら？ 子供って、ひょっとしてニイニ？ ニイニがもってきたの？」
ガーベラがそのことに気づくと、シャリィはうなずいていた。
「ニイニはたまに海に行ってるらしいから、頼まれたのね。海かあ……」
あまり行きたくはないが、今回もゆりに頼むというのは気が引ける。たまに自分が行ったほうがいいだろうとガーベラは思った。
「ちょっとラクアのところにいくわね。じゃあね」
セスティナの情報をラクアから仕入れようとガーベラは移動した。珍しく瞬間移動をするのにかなり時間がかかった。
あれ？ と思っていると、目の前に見えたのは大海原である。
ザバーン、ザバーンと波の音が聞こえるではないか。
「え？」「ガーベラ！？」
ラクアは砂浜に座っていた。ガーベラが突然やってきたので驚いている。
「ラクア、驚いたわ。まさか海にいたなんて」
ガーベラは砂でサンダルがちょっと埋まりながらラクアの元まで歩いて行った。海を見ると、ニイニが浮いているのが見える。ユリアナとイオナ、噂のレヴァーン少年もいた。
「僕に用だったの？ こんな長距離も飛べるんだね」
「私も驚いちゃったわ。 ここまで飛んだのは初めてよ」
ガーベラは伝言貝を手に持っている。海にいたユリアナとイオナがガーベラに気づいた。
「カカ様〜」
ガーベラは手を振ってあげた。
「ガーベラ様だ！」
「ガーベラ様だ！ 今日も美しい！」
遠巻きに妖精たちが近づいてきた。海の妖精たちはうれしそうでもあったので、ガーベラはそれを見て、（ああ、海でこんなに歓迎されるなんて……）と微笑んであげた。
「ラクアが海に来てるなんて思わなかったわ」
「僕も来る気はなかったんだけどね、ニイニが海にいくっていったら、子供たちが一緒にいくって聞かなくてさ、仕方なくだよ」
「そうなの」
レヴァーン達が海からあがってきた。
「ガーベラ様じゃないですか。今日はどうしたんですか？」
レヴァーンは、人懐こいような笑みを浮かべて聞いた。
「実は、あなたのお姉さんに呼ばれたの。すぐ来るつもりじゃなかったんだけど、せっかく来ちゃったし、会ったほうがいいかしらねえ」
レヴァーンはガーベラが持っている伝言貝を見た。
「あ、もしかして、姉様ったら僕のにまぎれてニイニにもっていかせたんだ。ガーベラ様、無視してよいですよ。それは」
「え？ それは失礼でしょう。あなたの姉でしょう？ マリナール様が知ったら、また怒られちゃうわよ」
「いえいえ、おじい様も怒りません。僕が言っておきますから」
「でも」
「大丈夫ですよ」
と言っていると、砂浜に一匹のイルカが上がってきた。そのイルカに乗っているのは一人の女神である。
「まさかこんなに早くこちらにいらしていただけるなんて思いませんでしたわ！」
その女神は素早く砂浜を歩いてガーベラのそばまでやってきたのだった。
「姉様！ ガーベラ様を呼び寄せるなんて何を考えているんですか！」
レヴァーンはあわてた様子である。
「何も、ただ女同士いろいろお話したかっただけ。ガーベラ様、イルカに乗りますか？」
セスティナは砂浜で動いているイルカを示していた。
「え？ 私はイルカは……」
「この前の時はイルカがお気に召した様子だったではないですか。まあよいですわ。あちらの神殿にいきましょう。さあ、どうぞどうぞ」
セスティナに押されて、ガーベラはいやおうなしに砂浜を歩かされている。
「姉様！」
「大丈夫よ。失礼なことなどしないわよ」
「じゃあ、ラクア、またあとで」
ガーベラが顔を向けて言うと、
「あ、うん」
ラクアはあっけにとられた様子でそう返事をした。
セスティナはあわてた様子でガーベラを大きな神殿の中の一室に連れて行った。海の妖精たちは、ガーベラを見てみな驚いている。
「何をそんなにあわてているの？」
「早くしないと邪魔が入っちゃうの。みんな、私があなたに失礼なことをすると思ってるのよ」
「はあ」
セスティナは部屋の扉に鍵をかけた。
「これでよしっと。ああ、うれしいわ。ガーベラ様とお話ができるなんて。この前カサンドラ様に、ガーベラ様の儀式のお話とかを聞いたんですよ」
「あら、そう」
セスティナは椅子を持ってきてガーベラを座らせた。ガーベラは伝言貝を持ったままだったので、テーブルに置いた。
「うれしい。本当にうれしいわ！」
セスティナははしゃいだ様子である。額で左右に分けた青い髪、体つきは、ガーベラほど凹凸が激しくはない。目が覚める美女ってほどではないが、勝気そうな綺麗なお嬢さんといった感じである。
「あの儀式の花、せっかくこちらもいただいたのに、お母さまったら、私にわけてくれなかったのよ。ひどいでしょう？ でももういいわ。こうしてガーベラ様に出会えたのだからね」
「それで、私と何の話がしたいの？」
ガーベラが聞いた。
「愛についてよ。私も長い生を生きてきて、愛についていろいろ疑問を持っているの。それをこたえてほしいのよ」
「愛について……」
ガーベラはぽかんとしている。
そのころ同じ神殿の広間では、海の神マリナールは、セスティナがガーベラを連れて行ってしまったという話を聞いて仰天している。
「なぜ突然ガーベラが？」
「あの子ったら何を考えているのかしら？」
セスティナの母エキドナも同様だった。
「扉に鍵をかけてしまわれて……」
「扉を壊せ！」
マリナールが物騒なことを言いだした。
「え？ そこまでしたらガーベラがびっくりしてしまうのでは？」
エキドナは驚いている。
「そうかのう？」
「そうよ。こうなったら、ちょっと話をさせてあげるしかないわよ」
「大丈夫だろうか？」
「ガーベラも話が嫌になったら自分で出てくるわよ」
「そうか。そうだな」
そこにラクアが娘たちと一緒にやってきた。
「どうしたんですか？ 何かあったんですか？」
部屋の様子にラクアが聞いた。
「ん？ いやいや何もない。せっかくだから、これから飲もうじゃないか。なあ」
マリナールは笑みを向けている。
「いえ、今日は勘弁してください。もう少ししたら帰りますので」
ラクアはやんわりと断っている。
「そうか、残念だのう」
「眠くなっちゃった」
娘たちが言い出したので、ラクアは部屋を借りて昼寝をさせることにした。
ガーベラはセスティナの話を聞いていたのだが、かなり細かく長い話だった。途中、窓の外から誰かのぞいていたが、セスティナはカーテンで遮っている。セスティナの話をかいつまむとこういう話だった。
昔、嵐の夜のことである。人間の船が難破して、こちらにやってきたようだった。セスティナはその船に乗っていた男を好きになってしまったようだ。
男とは愛し合う仲になったのだが、相手は人間である。セスティナはマリナールに頼んで夫婦になりたいといったが、許可されなかった。
それをなんとか説得し、マリナールの神殿とは離れた小島に二人で住むことにした。男は「家族に言ってから再び会いに来る。それから結婚しよう」と人間の島に帰ったのだが、
男は再びこちらに来ることはなかった。
「彼は、おじい様が殺してしまったんだわ。絶対そうに違いないわ。だってあんなに約束したのに来ないなんて」セスティナは悲し気に言っていた。
「マリナールが殺した？」
ガーベラは驚いている。
「それからしばらくして、私はまた嵐の夜の次の日に、この近くで見かけた男と出会ったの。私はまた人間の男を好きになってしまったのよ。
そしてまた一緒に住むって約束したのに、彼は、彼はまた帰ってこなかったの。おじい様がまた殺したんだわ」「また……？」
「そうよ。ひどいと思いません？ 自分は、自分は時々人間の女と遊んでいるというのに。孫の私の結婚をこんなに邪魔するなんて！ おじい様って横暴でしょう？」
「え……はあ……」
ガーベラはセスティナの剣幕に押されている。
「でも、今はおじい様の話ではないの。愛の話よ。私たちは、どうして愛なんて感情を持っているのかしら？ そのために苦しんだり、悲しんだり、愛さなければよかったのに、そう思ったことありません？」
「え、別に……」
「人間を愛さなければ、おじい様を憎むこともなかったんだわ。そして愛なんて感情は長続きしない。私も一人目の彼をあんなに愛してると思ったのに、
二人目の彼を好きになってしまった。本当に愛していたのなら、彼が死んでも思い続けるべきだったのかしら？ 私はそのことで悩んでるの」「…………」
ガーベラは正直（帰りたい）と思っていた。どうにも面倒くさそうな話である。
「まあ、相手が死んでしまったのなら、ずっと愛していてもしょうがないとは思うけど……」
「私は二人目の彼のこともあんなに愛していたのに、彼の顔がどうだったのか、その記憶も薄れてきてるの。これでも愛してたって言えるのかしら？」
「まあしょうがないわよ。私たちは生が長いんだから」
「ガーベラ様は、恋人達全員を愛していらっしゃるの？ ラクアとの愛のために、こうして長い間もめてきたんでしょう？ 後悔したことはないの？」
セスティナは悪気がある目ではなく、まったくの好奇心で聞いているようだった。
「ラクアを愛さなければ、もめることもなかったじゃないのかしら」
「いや、私も話を知ってからは 悪かったとは思ったけど……後悔は別にしてないわよ」
「当初はおじい様達も結構嫌がらせをしたって聞いたわ。ラクアが海の水を操れないようにしてしまったのよ。しばらくして解除したらしいけど」
「え？ そうなの？」
それはまったくの初耳だったのでガーベラは驚いていた。
「おじい様って陰険な所があるのよ。私にだって嫌がらせばかりするんだから。この前だってあなたに合わせてくれなかったし。
嫌がらせといえば、昔おじい様がガーベラ様にした嫌がらせのことも聞いたわ。ラクアを嫌いになった事件よ。どうせ考えたのはワイアットなんだろうけど、ワイアットってばおじい様の陰険参謀なのよ。
でも、その事件のことは、もうガーベラ様はすっかり許しているのよね。だって片棒をかついだそちらの伝令神と愛し合ったんですものね。
娘ができたって聞いたわ。私だったら、一時とはいえ恋人との仲を引き裂いた男を愛するなんてできない」
ん？ んんんん？
途中かなり引っかかる言葉を聞いた気がしたガーベラは、斜め上を向いている。
「ちょっと待って、片棒をかついだのがそちらの伝令神って、グレンのことかしら？」
「そうよ。おじい様の魔法を運んだのがグレンよ。そのせいで、ガーベラ様はラクアと壮絶なケンカをしたんでしょ？ なんでも殴り合いのけんかをしたとか聞いたわ」
「ええ？」
殴り合い？
ガーベラは、その間の記憶はなかった。後々実はそういうことがあったとはラクアに聞いたが、まさかそこまでのけんかだとは思っていない。
「もしかして知らなかったのかしら？ グレンもあれだけのことをして黙ってるなんてひどいわ。やっぱり伝令神なんてどちらも似たり寄ったりなんだわ」
セスティナはぐちぐち言っている。
「とにかく、神が誰かを愛してもろくなことにはならないってことを言いたいの。おじい様だって、時々おばあ様を裏切っているし、それなのに私にはいつもえらそうにぐちぐちというし……」
愛の話といっても半分以上はマリナールへの愚痴のようである。よっぽど鬱憤がたまっているのだろう。
日が暮れてきた。神殿の広間では、マリナールたちがやきもきしている。
「遅いのう」
「大丈夫かしらねえ」
「案外楽しく話してる可能性も……」
母であるエキドナは引きつり笑いを浮かべながら言っている。
そこにラクアがやってきた。
「ガーベラはまだなんですか？ そろそろ帰ろうと思うんですが」
「そうだな。そろそろ突入しよう」
「突入？」
「いや、なんでもない」
一同が広間から出ようとしたところに、ガーベラとセスティナがやってきた。
「おお、ガーベラ、すまなんだ。孫に付き合わせてしまって」
マリナールは心底すまなそうな顔でガーベラに謝っていた。
「どうか気を悪くせんでくれ」
「いえいえ、私も楽しかったですわ」
ガーベラは完全な作り笑いを浮かべて、ラクアと娘たちと共に、去ったのだった。
４人はラクアの神殿の前にやってきた。夕暮れ空に、ちかちか星が見えた。随分長い間セスティナの話を聞いていたような気がする。
「彼女、ちょっと変わってただろう？ 大丈夫だった？」
ラクアが聞いた。
「きっと、あっちでは彼女の愚痴を聞いてくれる相手がいないんでしょうね。まあ、マリナールの愚痴をあそこで言うのは勇気があるだろうけど」
「そうだろうね。ガーベラ泊っていくかい？」
ラクアが誘ったが、ガーベラは今はそんな気にはなれなかった。
「今日は帰るわ。あの、セスティナが人間の男と恋仲になった話、知ってる？ 彼女、マリナールが人間の男を殺したっていうのだけど、どう思う？」
「その話なら聞いたことがあるよ。マリナールは人間を殺したりはしないよ。大方人間の方が恐れをなして逃げたんじゃないかな？ 結婚といってもさ、しょせん人間には寿命があるんだし」
「なんでそんな誤解をしてるのかしら？」
「言っても聞かないらしいよ？ 男に裏切られたって思いたくないんじゃないかな？」
「ああ、なるほど……じゃあ、私とあなた、昔殴り合いのけんかをした？」
「え？ 殴り合い？」
「彼女がそう聞いたって」
「まさか、そこまでしてないよ。話に尾ひれがついてるんじゃない？」
「そうよね。驚いたわ」
ガーベラはほっとしていた。だが、ガーベラはその時の記憶がないのである。それに近いことはしたのかも、とも思っていた。
ガーベラはラクアに自分の神殿の近くの川まで送ってもらい、そこからとぼとぼ一人で歩いて自分の神殿に戻った。
いろんなことを聞いたから頭が混乱してるわ。グレンのことどうしよう……
なにせ遥か昔の物語なのである。今更グレンを怒りまくってどうにかなるものでもない。
「うーん、頭が痛い」
「おかあさーん」
後ろから抱き着いてきた少女がいた。ライサである。ガーベラはぎくりとした。
「もしかして、グレンが何か？」
「え？ ううん。何も？」
「そ、そう」
「うふふ、私うれしい。お母さん、お父さんと仲良くなってくれるんでしょう？」
ライサはにこにこである。
「え？」
「お父さんったら、部屋に、うふ？」
「部屋に、どうしたの？」
「見に来ます？」
「？」
ガーベラはライサに連れられてグレンの神殿に行った。
「お父さんはいないですから。来てください」
ライサはにやにやしながらガーベラを奥に誘っている。
「あれ？ こんなのあったっけ？」
ガーベラはグレンの寝室の扉を見て首をかしげている。
「最近つけたんですよー見てください。これ」
ライサは寝室の扉を開けて見せた。内側には表面に布がかかっている。ライサが布をめくると、ハートの装飾が見えた。
「ああ？」
ガーベラはつい変な声をあげている。
「きっとお母さんがくるとー、これをぱっととる気なんですよ♪」
えー？？？？？？？
のけぞったガーベラははっと体を戻した。とてもじゃないが今はそんな気はない。
そういえばクーリーフンが扉がどうのいってたっけ？ グレンってばあっちにいわれてつけたのかしら？ 何素直につけてんの！？ しかも何これ！ 何その気満々になってるの！？
「ライサ、い、いそいで、急いで戻りましょう！」「え？ はい」
グレンと鉢合わせては大変と、ガーベラはあわてて神殿に帰って行ったのだった。
そうだわ。一度で捨てないって言っちゃったんだわ。言っちゃったからにはさよならってわけにもいかないわ。でももやもやする！
「なんか知らないけど腹が立つわ！ このいらいらをどうしたらいいのよ！」ガーベラは自分の神殿で一人で絶叫していた。
その数日後、海の神殿近くをワイアットが飛んでいると、地上でワイアットを手招きしている妖精がいた。ニイニである。ワイアットはニイニに近づいた。
「やあニイニ、どうしたんだい？」
ワイアットは優しく聞いた。ニイニは手に巻貝を持っている。伝言貝のようだ。
「レヴァーン様にかい？」
と聞くと、ニイニは首を横にふっていた。
「きみ」
「私？」
「うん」
「私に？ だれだろう？」
ワイアットは伝言貝を耳にあててみた。
『陰険な参謀さん、一人でちょっと来てくださらないかしら？ 場所はニイニが知ってるわ』
それを聞いたワイアットは視線をきょろきょろ動かしている。
「これは、ガーベラ様？ なぜ？」
ニイニは移動している。首をかしげながらワイアットはついていった。ついた場所は、大きな神殿の近くに点在している小さな神殿の一つである。
中に入ると、ガーベラが立って待っていた。
「ガーベラ様、どうしたんですか？」
「いろいろ聞きたいことがあって呼んだの。今日はニイニに連れてきてもらったのよ。ニイニってすごいわよね。あんなに移動できるなんて。さすがラクアとラーズと私の子供だわ」
ガーベラは扉の鍵を閉めていた。
「扉って便利ね。鍵を閉めると誰も入れないから」
「話とは？」
「この前、セスティナがいろいろ教えてくれたの。私とラクアの事件のこととか。あのことを考えたのがあなたで、魔法を運んだのがグレンなんでしょ？」
ワイアットは冷静な表情で視線をガーベラから外し、再びガーベラを見ていた。
「それが何か？」
「その時の私はどうだったの？ 知ってるんでしょ？」
「そんなことを今更聞いてどうするんですか？」
「知りたいのよ」
「ラクア様とけんかされただけですよ」
「セスティナは殴り合ったといってたわよ？」
「まさかそこまでは。それに彼女はあの時はまだ生まれてもいません。噂が大きくなっただけですよ」
「本当？」
「実は噂を大きくしたのは私です。そのほうがマリナール様の気がすむと思ったので」
「私はもうグレンといい仲になっちゃったのよ。このもやもやをどうしたらいいのよ！」
ガーベラはワイアットをにらんで言っていた。
「知りませんよ。昔のことだし、いいじゃないですか。彼はあの時すごく嫌がってましたよ。我々は、主の命令には逆らえません。逆らった時は、消される時なんです。
あなたのように男と愛し合っていればいい女神とは違うんですよ」「じゃああなたはマリナールに逆らったことはないの？」
「意見を述べることはありますよ。ですが、マリナール様が決断されたら、従わなければなりません」
「…………」
「誰かを恨みたいなら、私を恨んでください。今さらグレンを責めたりしないでください。彼は、あなたがラクア様と浮かれた始末をつけさせられただけなんですから」
「……そう、じゃああなたを殴っていい？」
「どーぞ」
「目を閉じて」
ワイアットは言われるままにした。
「ちょっとしゃがんで」
ワイアットは言われるまま腰を落としている。すると、唇に柔らかい感触があった。目を開けると、ガーベラがすぐそばにひっついている。
「……どうしたんですか？」
唇を離して、ワイアットはかなり不思議そうに聞いた。
「あなたもかなり鬱屈してるんだろうなと思ってつい……」
ワイアットはさっぱりわからない様子で立ち上がっている。
「あなたもつまらないわねえ。もっとでれっとしたらかわいげがあるのに。あ、そーか。先に聞くの忘れてた。あなたって恋人いる？」
ワイアットは沈黙である。
「あら、いたの？ ごめんなさーい」
ガーベラはかわいげに謝っていた。ワイアットはじーとガーベラの顔をのぞきこんでいる。
「怒らないでね」
「……この前のガーベラ様と、ちょっと違いますね」
「え？」
「この前のあなたは、無邪気の塊だった。今のあなたは、ちょっと違います」
「私だって無邪気の塊よ？」
「違います」
「じゃあ私はどこの誰？」
ガーベラは逆に聞いてみた。
「さあ、わかりませんが、こちらには変わった神がいましてね。一人に二人の魂が入った神がいるんですよ。それで、ちょっとそう思ったんです」
「ふーん、私は違うと思うけど、その話はここっきりにしてくれるとうれしいわ」
ガーベラは微笑んだ。
「口止め料をいただけるのなら」
「口づけだけでもいいかしら？」
「もっとじっくりしていただけるのなら、いいですよ」
ガーベラが体を寄せると、ワイアットはガーベラを抱き寄せた。唇を寄せて、ワイアットはしばらく愛欲の女神の唇を堪能した。
「……次は１００年後くらいにお願いします」
「まー……ねえ、所で、セスティナが好きになった人間の男、マリナールは本当は殺したの？ 殺してないの？ どっち？」
「殺してないですよ。何度言っても、彼女は信じないのです」
「もっと、ちゃんと話した方がいいわよ。ずっと誤解したままなんてよくないわ」
「話してるんですがねえ。信じないのだから仕方がないです」
「うーん」
二人が小さい神殿を出ると、外には３人の若い妖精達がいた。
「あああ、ワイアット様、ここでガーベラ様と何を？」
「うらやましい！」
「うらやましすぎる！」
妖精達は何か誤解している。
「何もしてないですよ。するわけないでしょう！」
とワイアット。
「ふふふ、ぼくちゃんたちったら、なでなでしてあげましょうか？」
ガーベラが３人に微笑んだ。
「してほしいです！」
「やったあ」
「うひょー」
ガーベラは妖精達の頬をなでなでしてあげた。それだけで妖精達はぽやーんとしている。
「ちょっとセスティナのところまで連れて行ってちょうだい」
「はい」
ガーベラはワイアットに連れて行ってもらい、海の上の小島の小さい神殿へと行った。中にいたセスティナは驚いた様子である。「まあ、ガーベラ様、どうなさったの？」
「あなたとちゃんと話がしたくてきたの」
「本当？」
セスティナはうれしそうである。
ガーベラはセスティナと中に入った。
「あのね、あなたの恋のことなんだけど、マリナール様は、あなたの恋人を殺してはいないって言ってるんでしょう？
あなたは疑ってるようだけど、それは本当のことかもしれないわよ。男女の愛はともかく、家族の愛は、信じてあげてほしいのよ。
マリナール様が、孫を泣かせるようなことを本当にするかしら？」ガーベラは優しく言った。
「でも、ならどうして彼は来てくれなかったの？」
「人間は、老いる生き物なのよ？ あなたは永遠に美しくても、彼は老いていく。それを考えたとき、耐えられなくなったのかもしれないわ。
彼のことを本当に愛していたのなら、この生活から離れて、彼の元に行くべきだったのよ」「ガーベラ様……私だって、自分でも何度もそう思ったわ。どうして一緒にいかなかったのかしらって。だけど、私は知りたかった。彼が本当に私を愛しているかどうか、知りたかったの」
「愛は一方通行じゃだめなのよ。あなたも彼を愛していると行動で示さなきゃ。あなたはまだ本当の愛を知らないのかもしれない。そのうちに、なんでもしたい相手が現れるわよ。
とりあえず、素直になっておじい様と仲良くしなさいよ。家族がいるなんて素敵じゃないの。私には両親もいないんだから、うらやましいわ」「ガーベラ様……わかりました。少し考えてみますね」
セスティナは穏やかな表情で言っていた。
「そうしてね」
ガーベラは外に出た。ワイアットが待っていた。
「強情な方でしょう？」
「まあ、そのうちに変わるといいわね。せっかくだから竪琴でも弾いていこうかしら。貝殻ダンスしか披露してないんじゃなんだし」
ガーベラはそういう気になったようだ。
「あれはあれでよかったですよ」
とワイアット。
「見てたの？」
「入口から見てました。本当に、無邪気の塊でしたよ。あのガーベラ様は」
「私だって無邪気の塊だってのに」
「違いますよ」
二人は大きな神殿のほうに行き、ガーベラは長い人生で初めて、海の神殿で竪琴を奏でたのだった。
その夜、ガーベラは自分の神殿にいたのだが、サントスが来る気配も、他の恋人が来る様子もなかった。
（うーん、どうしようかしら、やっぱりねえ、うーん）
ガーベラは思い悩んでいたが、やがて決心した。
そのころ人間界のゆりはというと、こちらも夜中だったが、レーヌはさっぱり寝ないで起きている。
「うた、うた」
レーヌはちょっとしゃべるようになった。
「ねーむれーよいこよー♪」
「へた」
「ひどい……じゃあ貝の歌を聞いておねんねしなさい」
ゆりが貝を持ってくると、
「きゃっきゃっきゃ」
レーヌはゆりのベッドの上をはいはいして逃げ回っている。
「もー私は眠いのよー？ 寝ようよー」
その時である。脳裏に声が響いた。
『グレンがあなたに見せたいものがあるみたい。悪いけど、ちょっと変わってくれる？』
「え？ ガーベラ？ 見せたいもの？」
ゆりの体がはぱたりと横に倒れた。
ゆりは気づいたらガーベラの寝室にいた。周りは暗い。
「ガーベラったら強引。グレンが見せたいもの？ 何かしらねえ。移動できるかな？」
ゆりはグレンの顔を思い浮かべて移動してみた。すると移動できたのである。
（やった！ グレン、恋人になったんだ！）
ゆりは初めて知って喜んだ。
ベッドの上でグレンは布団をかけて寝ている。ゆりはガーベラの光で部屋の中を見渡して、何かに気づいた。入口が何かで覆われている。ゆりは近づいて手で触れた。
（え？ なんか扉っぽい？）
なぜか上のほうだけ布がかけられているので、ゆりは布をめくってみた。なんと扉にはハート型のかわいい装飾がされているではないか。
な、何これ、かわいい、かわいすぎる！
ゆりは扉の取ってを回して開けたり閉めたりしてみた。
ちゃんと扉だー感動ー
「ガーベラ様？」
グレンが気配に気づいたようである。
「どうしたんですか？」
「グレン、ありがとう。私の考えに賛同してくれるなんて思わなかった」
ゆりは感動でうるうるして言った。
「え？」
「ラーズでさえ嫌がってたのに、それなのにグレンがしてくれるなんて思わなかった」
グレンはさっぱりわからんという顔付きである。
「ありがとう。しかもこんなにかわいい扉をつけるなんて♪」
「え、いえ、これは、ジェラルド様が勝手に……」
「やっぱり神の国の神殿にも扉っていると思う。もし新しく神殿を建てるとしたらつけるべきよ。だってね、布だけじゃ心もとないでしょ？ 子供がいる神殿には特に、付けたほうがいいと思う」
「はあ……」
なんと甘い話になるとおもいきや、ゆりは熱心に扉の大切さを語っていた。
「まあ、それはいいとして、ねえ、どうやって頑張ったのか教えて」
ゆりはベッドの上に座ってグレンの横に並んだ。
「え、はあ……」
「あのセリフ、いえた？」
「はあ」
「ね、あっちのガーベラも、グレンのこと嫌いじゃなかったでしょ？」
「……ガーベラ様……」
グレンはこらえきれなくなってゆりを抱きしめて、キスしていた。
しばらく濃厚なキスを受け入れていたゆりだったが、もう眠くて眠くて仕方がなかった。
「グレン、ごめん。もう、眠くて……ほんとごめん……」
「いいですよ。眠っている間、触ってもいいですか？」
「いいよー」
ゆりはベッドの上に寝転び、本当にぐっすり眠ってしまった。グレンはそんな女神を抱きしめて、唇や首、肩に唇を寄せた。
さて、いっぽうゆり本体のほうにはガーベラがやってきている。レーヌはまだ元気にベッドの上をはいはいしていた。
「うた、うた」
「歌？ いいわよ。いくらでも歌ってあげる。あ、せっかくだから他の子供たちも起こしましょう。真っ暗だけどいけるかしら？」
「きゃは」
レーヌの左目が輝いた。
自分の部屋で寝ていたアナスターシャは何かの訴えではっと目を覚ました。ナナミも覚ましている。
「何？ 誰か呼んだ？」
「私も呼ばれたかも？」
ガーベラがレーヌを抱っこして廊下を歩いていると、アナスターシャ、ナナミ、シスとラギが廊下に出てきていた。ロイとミシェイラは起きなかったようだ
「あら、ちょうどよかったわ。今から起こそうかなって思ってたところなの」
とガーベラ。
「今だれか呼んだ？」
「さあ？」
「今から歌を歌うから、みんな聞いてちょうだい」
「真夜中よ？」
アナスターシャが言った。
「眠たい人は寝てもいいわよ」
何かを察したシスとラギは、二人そろって「聞きます」と言っていた。
「じゃあどこかの部屋で〜♪」
子供たちはシスの寝室に移動して、ろうそくの明かりをつけた。
ガーベラはレーヌを抱っこしたまま歌いだした。
「しず〜かな〜夜よ〜みてご〜らん〜♪ あの星を♪」
アナスターシャとナナミはぽかーんとして聞き、シスとラギは（ガーベラ様だ！）と喜んでいた。
─これ、ベツベツマーじゃない？
─何も真夜中にこなくてもいいのにねえ
アナスターシャとナナミが思念で会話をしている。
─ガーベラ様〜〜〜〜
─うれしいーーーー！
こちらはシスとラギである。
「うま、うま」
レーヌは大喜びだ。こうして３人目のゆりによる真夜中のリサイタルは一時間ほど行われて終わったのだった。
次の朝である。
シスは何か狭いな、と感じて目を開けた。目の前にはだれかの背中があったのだが、上をみると、肩くらいまでの金色の髪が見える。
「？？？」
だれかさっぱりわからないが、体格からいって、どうやら男のようだった。黄土色系統の服の色である。シスはそろりと体をあげて、男の顔を見てみた。
見てみたが、さっぱりだれかわからない。なぜ、こんなところで寝ているのだろうか。というよりも、この男は一族の男ですらないのである。（おーい、ラギラギ）
シスは小声でラギを呼んだ。
昨晩はリサイタルの後は、シスの部屋で、ラギ、ガーベラ、レーヌ、シスで並んで寝たのである。ラギが目を覚ました。そして、ゆり越しに誰か男がいるのを見た。
「え？ だれ？」
「誰だろう？ 金髪だよ？」
「まさか敵じゃないし、神様？」
「だれだろう？ ハロルド様じゃないよね」
「違うよー」
二人はひそひそ話していたが、ラギはゆりをつついた。
「おかーさん」
「うーーん」
「おかーさん、だれかいるよ？」
「うん？」
ゆりは目を覚まして、ぎょぎょっと前を見た。目の前にグレンの顔がある。そしてここは人間界の部屋だった
「あ、あれ？ わっ！」
ゆりはラギとシスを見て驚いている。
「これ、だれ？」
ラギが聞いた。「え？ だれ？ だれって……どーしよう。グレン連れてきちゃった」
「え？ グレンってだれ？」
とシス。「グレンって伝令神のこと？」
「すぐ眠ったらこのまま送還できないかしら？」
ゆりはめちゃくちゃうろたえている。どうやら、昨晩は向こうで引っ付いて寝ていたらしい。
その時グレンが目を開けてしまった。そしてすぐにはっと飛び起きて、ゆりを見た。
「……おおおお、おはようございます。伝令神様、一体どうしてこんなところにいらっしゃったのかしら？」
ゆりはたどたどしく言っている。
子供たちは、
（ごまかす作戦にでたー！）
（むちゃくちゃだよ！）
と心の中で絶叫していた。
「こ、ここは一体……」
さっぱりわけがわからないグレンは、ゆりを見たり、子供たちを見たり、赤ん坊を見たり、部屋を見たりとあちこち見まわしまくっていた。
「ほら、あなたたちもご挨拶なさい」
とゆり。
「おはようございます」
「おはようございます」
二人は正座をしてお辞儀をしている。
「…………」
グレンは驚きすぎて声が出ない様子だった。
ゆりはグレンの足を見た。はだしである。
（げっサンダルがない！ どうしよう！）
どうやらサンダルは神の国に置いてきたようである。サンダルがないとグレンは飛んでいくこともできないのである。
（一緒に寝て帰るしかないじゃん。どーしよう！！！！ どうやって説明しよう！ どーしたらいいの！）
ゆりは心の中で絶叫し、シスもラギもグレンも、しばし無言のまま固まっていたのだった
つづく
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