39話
「カカカカカ、カーラがまた？ 本当なのか？」
ラクシュミは突っ立ったままミカエルに聞いていた。ジェダンとザメハはぽかんとしたままである。
「すいません。なんだかお騒がせしまして」
ミカエルはカーラは自分の身内だという意識があったので謝っていた。
「いや、別にいいが、大丈夫なのか？」
ラクシュミは椅子に腰を下ろしている。
「今回は検査でわかったんですけど、もうすでに病院に呼ばれちゃってます」
「そ、そうか、気を付けてやってくれ……」
（カーラ……今年何歳だっけ？）
ラクシュミはカーラの年ももうすっかり忘れてしまっていた。
「カーラは王妃の特別なお茶を飲んでから若返って見えますからな。今や見かけは１１２歳でもいいぐらいですぞ。ひょっとしたら無事生まれるのでは？」
ジェダンが半笑いで言っている。
「それはサバのよみすぎですぞ」
とザメハは突っ込んでいた。
さて、一族の妊娠した女性が多く通う病院では、再びカーラがやってきていた。「まさか再び妊娠で会うことになろうとは……」と医者もびっくりしている。
「すまない。私のせいだ」
話を聞いたキースは仕事を急遽変わってもらって病院にやってきていた。
「気を付けていたんだが……つい……我慢できなかった」
「はあ……」
医者も看護婦も引きつった笑いを浮かべている。
「ですがまあ、いろいろな意味でびっくりですよ。カーラさんがもうそういう気になってるのもびっくりですし、将軍の方も、お二人は、愛し合ってるんですねえ」
医者はしみじみと言っていた。この一族は愛に薄い一族、とも言われているが、赤い月に抱く女性は、妊娠可能な女性を選ぶことが多いのである。
赤い月は子供を作るためにあるのでそれはある意味仕方がないことだ。男の方がもう子供などいらないとなれば別だが。
カーラは前回妊娠して出産はしていないが、かなり大変な体験をしていた。それなのに再びそういう気持ちになったというのにも医者は驚いていたのである。
「そういうんじゃないのよ。たまたまよう。ところで先生、今回のことは、お願いだから王様とフレイ様には言わないで」
カーラは医者の手を握りしめて言っていたが、
「いや、もうミカエル様が言いに行きましたよ？」
と言われて、ガーンとショックを受けていた。
「もう？ もう言っちゃったの？ やだもう！」
「やだもうじゃないですよ。もうすぐフレイ様もいらっしゃいますよ」
「ええ？ 早く帰りましょう！」
カーラがあわてているとバーンと扉が開いて、フレイにセリア、一歳児のセルジュを抱いたエルバートまでやってきた。
「お母さん！ 本当なの！？」
フレイよりも先にセリアが声をあげている。
「あ、もしかしたら、検査の結果が違ってたのかも？」
カーラは上を向いてごまかそうとしていた。
「おかーさん……」
キースはフレイを見て、「お騒がせしてすいません」と謝っていた。
─我慢できなかったんですねえ……
とキースに思念を送ったのは子供のセルジュである。
「また何かあったらどうするのよ。もう！」
「私、今回はいけそうな気がする。だって、今も元気いっぱいってくらいだし♪」
とカーラはガッツポーズをしている。
「しかしその年を考えると……」
フレイが強張った顔で言っていた。前回から、さらに年は重ねているのである。
「最近のカーラは見かけは112歳でいけるくらいですから」
とキースが言っていた。なぜか今回もジェダンと同じ年である。確かに今のカーラは黒髪もつやつやで、肌色もよく、気力も充実しているくらいなのだが、
フレイとセリアは声を合わせて、「「サバのよみすぎでよ（ぞ）」」と言っていた。
カーラはまた貧血になったら大変なので検査入院になってしまった。
「全くもー大丈夫かしら。前回みたいにならないかしら……」
病室の外に出たセリアは心配顔である。カーラと一緒に幻の花のお茶を飲んだセリアも、黒髪はつやつやで血色がいい。
「今回は元気そうですよ？ 大丈夫でしょう」
エルバートが言った。
「だといいんですが……」
「せっかくですので、今晩お祝いしましょう」
エルバートが熱い瞳を向けている。
「え？ お祝いするって気分じゃないですけど……どちらかというと、残念気分ですよ？」
「残念？」
「だって、私はできなかったし……」
「セリアさんは大人になったばかりじゃないですか。そのうちに、私の子ができますよ？」
「そうですよね」
二人は手を握り合っていちゃいちゃしながら話をしていたので、その後ろにいたフレイはぼんやりした顔でそのやり取りを眺めてしまっていた。
赤い月が終わって、4、5、6月というのは、男女の仲が冷めているのが普通である。こんな風にいちゃいちゃするのを見るのは珍しい。
セリアはようやく後ろにフレイがいるのに気付いて、「母が今回も迷惑をかけてすいません」と謝っていた。
「いやいや」
「私もちょくちょくきますので。それでは失礼します」
「ああ」
「失礼します」
二人とセルジュは消えて、フレイはその場で斜め上を向いていた。
その夜のことである。ジュメはユリウスの屋敷にやってきて、二人で話をしていた。二人は今年妊娠していない。だが、イシュタールの子供ができそうなので、ジュメは喜んでいる。
「あのー赤い月のことなんですが、いつもと違ってませんでした？」
ジュメは他に誰もいなかったのだが、小声で聞いていた。
「何が違ってたんだ？」
とユリウス。
「なんというか、初めて、すごく感動した、っていうか、すごくよかったんですよねえ……」
ジュメはちょっと恥ずかし気に言っている。
「そうか。私は今年の赤い月はそういう行為じたいできなかった」
「ええ？」
「なんかな、ジェナサイトの顔を見るだけでもう十分だったな。よくわからんが」
「はあ……ジェナサイト様は、怒らなかったんですか？」
「ああ。赤い月が終わったらできた。不思議だろう？」
「不思議ですねえ」
「フランツにはずっと気味悪がられてるんだが、私はそんなに変わったかなあ。よくわからんが」
ユリウスは、顎に手をあてて首をかしげている。
「ジェナサイト様のお顔が、すごく好きなんですよね？」
ユリウスが最近頻繁にそういうので、ジュメは聞いてみた。
「ああ、だってジェナサイトって顔が整いすぎてるだろ？ 王には負ける、とは思うんだが、王の次くらいには整ってると思う」
ユリウスは真顔で言っていたので、ジュメはふきだしそうになるのを懸命にこらえていた。
カーラの妊娠は「奇跡再び！」との題名で再び新聞記事に載ってしまった。話を聞いたゆりも子供達も、当然びっくり仰天である。
再び前回のようにならなきゃいいがと思ったが、今のところはカーラは元気そうだ。今回は元気な妊婦になってほしいものだ。
「もしかしたら、カーラとキース将軍って、相性がよかったのかもね」
ゆりはそう思った。若いころから二人がつきあっていたら、もっと早くに子供ができていた可能性もあったかもしれない。
「相性なんてあるのかなあ？」
ラギが聞いた。
「あると思うよ。子供ができないと思ってても、相手を変えたらできたりね。私と王様は相性がよすぎて、こんなに子供ができてるんだし」
ゆりがにまっとして言うと、
「お母さんは誰とでも相性よさそうだけどねえ」
ラギは全く悪意もなく言っていたので、ゆりの顔はちょっとひきつっていたのだった。
シャナーンはゆりのところにもやってきて報告してくれたが、ゆりはヴィラにお仕置きされた後だったせいか、もう吹っ切れて、「よかったね」と言っていた。
「王妃、ありがとうございます」
だが、シャナーンの方も大喜びでしょうがない、という感じではなかった。
私の王子様……
シャナーンの顔の横に、またもや子供のころのシャナーンの顔が浮かんでいる。
「王妃……私は……その……」
「相手はロナウド将軍の娘さんだってね。よかった。ほんと」
「はい……」
二人はちょっとうるっとして手を握っていた。
さて、セリアやカーラと共に幻の花のお茶を飲んだフリットの母ロアンナだったが、フリットとの朝食中カーラの妊娠の記事を見て、「私は無理だったわあ」などと言っていた。
フリットは聞こえないふりをして食事を食べている。フリットの子供たちは今日はそれぞれの母親の元にいた。
今年の赤い月、どうもロアンナは男と過ごした様子だった。フリットはそれを知っていたが、知らない振りもしている。
ロアンナはちらりとフリットを眺めて、「つれないわねえ。今年はどなたと？ とか聞いてくれてもいいじゃない」などと言っている。
「そんな恐ろしいことは聞きたくないです」
フリットははっきり言っていた。
「まあかわいくないわね」
「頼むから想像させないでください」
母が相手をした男は、かなりの確実で一族の男である。逆に一族の男じゃなかったら困るくらいだが、フリットはその男とも顔を合わせなければならないのである。
余計な想像などしたくはなかった。
（それにしても、女というものは何歳になっても……）などといったら世間の女性に怒られそうなのでフリットも口に出しては言わないが、
自分の母親にも困ったものである。心の中では（子供も産めないのだからもう赤い月も関係ないだろう）と思っていたが、母はそう思ってないのである。
もしゆりにでも言おうものなら、「赤い月は子作りだけじゃない！」とロアンナにむしろ賛成するだろうが、そのように思っている女性も、中にはいるということなのだ。
ロアンナの相手をした男は、「子供は生まれなくてもいいかあ」と思ってロアンナの相手をしたはずだ。
「赤い月は子作りに精力を注ぐべし」で育ってきたフリットとしては、相手の男の気持ちが謎である。
フリットは夜ミカエルの屋敷に来て、酒を飲みながらつい自分の母親のことを「元気すぎて困る」と愚痴っていた。
「ははは、まあいいじゃないか。今のロアンナさんなら、私だって頑張れるくらいだ」
ミカエルがこんなことを言いだしたので、フリットは「冗談だろう？」と恐ろし気に聞いていた。
「半分ジョークだが、ロアンナさんはもともと魅力的な女性だぞ。若いころも大もてだったし、今だってそのころの余韻もある。お茶を飲んだ後は確かに若返って見えてるしな」
「若返って見えるのは認めるが、赤い月の話なんぞ聞きたくない。仕事上やりにくくなるだろう」
「ま、そうだな」
ミカエルはにやにやしている。
「相手の男に申し訳なく思ってしまうじゃないか。母のために労力を使わせるなんて……それくらいならもっと若い女の相手をすればいいのに」
ミカエルは「ふふふ」と笑っていた。
「なんだ？」
「別にい」
ミカエルは笑いたそうに横を向いている。
「なんだ？ 母が相手を頼んだのがお前とかいうオチはやめろよ？」
フリットはぞっとしながらも言っていた。
「まさか。実はお前には黙っていたが、私はロアンナさんの相手の男に見当がついている。だが、お前は知りたくはないだろうなあと思って黙ってた」
ミカエルがさらににやにやしだした。フリットは嫌そうな顔でミカエルを見ていた。
「……まさかそういう噂が回ってるのか？ 冗談じゃないぞ？」
「大丈夫だ。王妃じゃないが、赤い月は子作りだけじゃないんだし、別に、おかしなことじゃないだろ」
「おかしいだろ」
二人はちょっと黙って酒を飲んでいたが、フリットはどうにもこらえきれなくなって、「相手は誰だ？」と聞いていた。
「本当に言ってもいいのか？」
とミカエル。
「うーん、いや、いい。……やっぱり言ってくれ。いや、ヒントをくれ。ヒント」
フリットは聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちが拮抗しているようだ。
「将軍だ」
ミカエルはずばり言った。
「え、じゃあナザニエル将軍か」
「いや？」
「ええ！？」
フリットは「将軍」と聞いた時にすぐにナザニエルの顔を浮かべていた。というのも、二人は若かりし頃、そういう関係だったことがあったようだからである。
ロアンナは力は全王妃の次ランクだった。当時はかなりもてもてだったし、当然上級の男たちにも赤い月に誘われまくっていただろう。
ナザニエルとのことも、フリットが生まれる前のはなしである。
「キース将軍はさすがに違うだろうし……」
「ヴィクター将軍か、ロナウド将軍か、さあどっちだ〜どっちだ〜♪」
ミカエルは楽しそうである。
「うーん……ヴィクター将軍はさすがに違うだろう。恋人も若いし。じゃあロナウド将軍か？ 母もよく頼むなあ……」
フリットはあきれ顔である。
「いやいや、頼んだのはロナウド将軍の方みたいだぞ？ 若いころロアンナさんに振られたことがあるらしい」
「本当か？」
フリットは、てっきり母の方から頼んだと思ったので驚いていた。
「ロナウド将軍はここ数年だめだったらしいんだが、ロアンナさんを見てその気になったらしい。若いころを思い出して燃えたようだ」
「将軍がそんな話をお前にしたのか？」
フリットが目を丸くしてミカエルを見ている。
「いや、ヴィクター将軍が聞いたのが回ってきた」
「そんな話をまわすな！」
フリットは力一杯いっていた。
「あの人らは赤い月後は毎回報告会を開いてるからな。フリットの顔が見づらいから、東の砦にはしばらくよこさないでくれっていってたそうだ。はっはっは」
フリットはしばらく放心状態だった。
今年の赤い月も様々なドラマがあったようである。愛にあふれた王妃がこの城にやってきて以降、以前よりは異性に対する愛も増しているようだ。
フリットもさすがにロナウドとしばらく会わないというわけには行かず、城で会ってしまった際には、普通の顔で挨拶をしていた。
ロナウドの方も普通に返していたが、内心どちらも気まずいに違いない。
（やっぱり聞くんじゃなかったな。しかしジェダン様は今年も母に振られてしまったんだろうな。どうせならジェダン様と過ごしてあげればよいのに……）
フリットは、毎年自分の母を誘っていたジェダンを少々気の毒にも思っている。
子供が関係ないのなら、毎年誘ってくれた男を優先してやればよいのに、と思うのだが、ロアンナの気持ちもあるだろうし、
自分の口から「ジェダン様の相手をしてあげたら？」 などとは言えない。
フリットが城の中の一室で仕事中のジェダンを訪ねたときのことである。
机の上には様々な書類が並び、ジェダンはそれに目を通してサインをしていたのだが、実に楽し気であったので、フリットはその書類を追加しながら、
「良いことでもあったのですか？」と聞いた。
「ありましたよ。とても良いことが」
とジェダンは返した。
「そうですか」
「わしは赤い月が終わってからずっとウキウキ気分でしてなあ」
「そうなんですか？ 今年は良いことがあったんですね？」
「はい、それはもう良いことがあったんですよ」
ジェダンはうれしげである。
「よかったですね」
フリットは書類の一枚にサインをもらって出て行った。
扉が閉まったところで、「やはり言わない方がよいだろうなあ……」とジェダンはつぶやいていた。
実はロアンナはジェダンとも一夜過ごしていた。それはジェダンの方が「今生の土産をいただきたい」と今年は例年よりは熱を入れて頼み込んだからである。
ジェダンは力は中級だが、この国の経済を回している責任者でもあったので、国での地位は高い。
だが、上級の女は自分より力が下の男を相手にしないのが普通だったために、若いころなどは、ジェダンが「どうか一日だけでも」と頼んでもロアンナは全く相手にしなかった。
それが今年は、ロアンナの様子はちょっと違っていた。
「どうせなら、ちょっと若い私を覚えていてもらうのもいいかもね。いいわ。今生の土産に一晩過ごしてあげる」
と言ってきたのである。ジェダンはロアンナの冗談かもしれないと思っていたが、本当にロアンナは赤い月にやってきたのだ。
初めて上級の女が自分の相手をしてくれた、しかも憧れのロアンナだったので、ジェダンはうれしかった。
しかもロアンナは、そんなに年には見えない体つきだった。ジェダンにとっては本当に良い一夜だったのである。
赤い月が終わって二か月経っても、心もどこかウキウキしている。こちらまで若返ったようだった。
ロアンナがロナウドとも過ごしたというのは知っていたが、それについてはジェダンはどうとも思っていなかった。
むしろ（ロアンナは綺麗でしたなあ）とロナウドと共に話したいくらいである。
「ロアンナの美しさをみんなに言いたいのに言えないのがつらい……」
ジェダンはぶつぶつ言いながら書類にサインをしていたのだった。
６の月中旬のある日、ようやく、ゆりの寝室に大人になったドルイドがやってきた。
ゆりにとっては待ちに待ったことである。前回は、王様の寝室にいたために会えなかったのだ。
「ドルイド……」
ゆりはドルイドがちゃんと来てくれたことが、本当にうれしいと感じていた。
「ゆり様、ずいぶん時間がたってしまってすいません」
ドルイドは申し訳なさげである。
「ううん。前の時はいなくてごめんね。こうして会いに来てくれてうれしいよ」
ゆりの左目が蛇の目に代わっていた。
「ドルイド……」
「ゆり様……」
ゆりはドルイドの手を握り締めていた。蛇の目のゆりは、ドルイドにろうそくの火をつけてもらって、じっくりとドルイドの顔を見せてもらった。
ドルイドがこの時代にいると知った時からずいぶん時が経っていたので、今は穏やかにドルイドに接していた。
「ハインリヒに似てるといえば、似てるかなあ？ 鼻とか」
「そうですか？」
「ハンサムよ」
「ゆり様は、あの時よりもさらに美しくなりましたよ」
「どうもありがとう」
ゆりは素直に喜んでいた。
ゆりの左目は黒目に代わり、二人はベッドに座って様々な話をした。
夢の中、ディランやレイアスに会ってしまったという話にはゆりも笑っていた。そしてハインリヒとの再会話も。
「へー騎士の順位ってそういうことで決まってたんだ」
「死んでから知るなんて驚きました」
「そうよね。でも、ドルイドは騎士達の中でも目立ってたよ。みんなド派手だったから黒系でかえって存在感があったのかな」
「そうですか？ すべて、今となれば笑い話ですね」
ドルイドの声のトーンは、昔とは違っていた。昔の方が低かったような気がする。魂が同じとはいっても、やはり以前のドルイドと何もかもが同じではない。
「ゆり様、すいません。大人になっても、毎回このようには私はこないかもしれません。こうして転生したことに、意味をもたせたいんです。勝手ですが……」
「うん。わかってるよ。シスはすごくドルイドに会えるの楽しみにしてるから、あっちに行ってもいいよ。私は、シスから話を聞かせてもらうから」
ドルイドは、いろんな感情が入り混じったかのような顔で笑っていた。
ドルイドが去ったあと、左目が蛇の目に代わったゆりは、しばらく暗い部屋で座っていた。
「もうあんな風にキスしたりすることはないのかな……まあそうだよね」
小さいドルイドはやがて大人になり、だれか恋人を作るのだ。それを邪魔するようなことはできないし、また、するべきではない。
「そう思っててもせつないねえ、ああ女王様にあいたいなあ。女王様とドルイドの話がしたいな」
同じようにドルイドを愛した女王ならば、今の自分の気持ちも少しはわかってくれるだろう。ゆりはそう思った。
一方ゆりの部屋を出たドルイドは、庭園にいた。
今宵は半月である。ゆりとの時が穏やかに過ぎたことに、ドルイドは幾分ほっとしてもいた。
恋人のように接してほしいといえば、ゆりもそれを受け入れただろが、ドルイドはそんなことを言うつもりはなかった。
ゆりには赤い月を過ごす相手もいるし、他に恋人もいる。しかも今の自分はかりそめの身の上なのだ。
「月よ 月よ 愛しい人の寝顔に淡い光をあてておくれ……太陽の光の下ではこの姿を見ることはかなわない。だからせめて、月の光の下で──か」
（以前の私がもしハインリヒのようにこの時代に来ていたら、とてもハインリヒのようにはなれなかっただだろう。ゆり様を独占したい、と思ってしまったに違いない。
好きな女のために決闘などするタイプではないと思っていたが、まともではいられなかったかもしれない。
今は、一歩引いたところからゆり様を見ることができる。これでいいのだ。これで……）
胸のあたりが熱かった。
「お前は不本意か？ いや、いずれは私に賛同してくれるはず。息子たちの成長をこの目で見れるのだからな」
ドルイドは胸に手をあてて、そこに語り掛けるように言って姿を消したのだった。
つづく
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