第４１話
ここは神の国である。
伝令神グレンの神殿の奥の部屋、扉で遮られた部屋では、世にも麗しい美女神ガーベラがやってきていて、ベッドで寝ていたグレンは喜びにうきうき、
というよりも困ったようなちょっと微妙な表情である。
大体この寝室からして、他の神殿の寝室に比べれば半分ほどの広さしかない。ベッドも一人が両手を横に伸ばして寝るくらいの広さはあるが、
ガーベラが横にくると、二人の間に隙間がないくらいになってしまう。扉で遮られているために、部屋の中にはガーベラのかぐわしい匂いもすっかり充満してしまっている。
「あのー、しょっちゅう来られると、逆に気味が悪いんですが……」
グレンは遠慮がちに言っていた。
「なんでよ」
強引にベッドに上がったガーベラは不服そうである。
「もしかしてまたライサが勝手に？」
「ううん。私が勝手に来たの。しょっちゅうなんて来てないじゃない」
前回は、ガーベラは、アシュランから付き合う許しをもらったお祝いにここに来たのである。あれから数日間が空いている。
「どうしたんですか？ この前来ていただいたので、私はしばらく十分ですよ？」
グレンの普段と同じような表情に、ガーベラは頬をちょっと膨らませていた。
大体夜やってきた女に「どうしたの？」と聞く方もどうかしている。「今日も来てくださるなんてうれしいですよ！」とでも喜んで言うならばかわいげもあるのだが。
相変わらず、グレンはでれっとしにくい男のようだ。
「それに、来てすぐに布を取るのをやめてください」
扉のハートの装飾は、グレンは布で隠してしまっていた。ガーベラはここに来ると最初に布を取ってしまうのである。
「え？ だって、せっかくその気満々で作ってもらったんだし」
「違いますよ。ジェラルド様が誤解して、なぜかああいう装飾を作ったんです」
「ふーん」
「ここにしょっちゅう来てるとまずいでしょう」
「今日は誰とも約束してないもん。サントスも来ないかったし。あなたのこと、オルガとジンラとラーズにはいっちゃった」
「ええ！？」
「ラクアやハロルド達には、ばれたら言うくらいでいいかなあ」
「ど、どうして言ってしまったんです？ 別にわざわざ言わなくても……」
グレンはかなり驚いた様子で体を起こしていた。てっきりこれは秘密の関係だと思っていたようだ。
「私だって言うつもりはなかったんだけど、あっちの私がこんなにもあなたが好きなんだから、黙ってるのもなんだか悪いかなって思って」
「別にそんなことはないと思うんですが……」
グレンは頬をかいている。
「だって、あのアシュランに、『グレンと付き合いたいから許可をくれ』って言いに行ったのよ？ すごいわ。そんなにグレンが好きなんて、って感動したわ」
ガーベラはゆりが自分の意思でアシュランのところに行き、グレンとの交際許可をもらったと想像していた。
秘密の関係のままいようとはせずに、アシュランに嫌がらせをさせないようにとグレンのことを思いやってそこまでしたのだ。
儀式のせいだけでそう思ったわけではない。それまでそこそこ好意はあったのだから、そこまで好きならば、とガーベラもグレンをそういう対象としてみだしたわけである。
「今回ばかりは負けたわ。だから、隠さないことにしたの」
「隠していただいていいんですが……オルガ様は何か言ってなかったですか？」
グレンの方は気まずそうである。
「別に文句は言ってなかったわよ」
「本当ですか？」
「うん。だから仲良くしましょう」
ガーベラがグレンに体を近づけていた。
「え、いえ、今日はもう……ほんとこの前のでしばらくは十分です」
グレンの方は逃げ腰である。前回ガーベラがここに来た時には、ガーベラはかなり優しく接してグレンをめろめろにしていたので、グレンとしては３年くらいはその余韻に浸れる感じだった。
むしろ、夢のようなあのひと時を思いだして微睡んでいたいくらいの気分なのである。
「もーつまんないわね。じゃあたまにはライサと添い寝してあげようかしら」
「そうしてください。喜びますから」
「グレンってば」
ガーベラはべーと舌を出して去って行ってしまった。
輝く女神は去って行き、グレンは心を落ち着かせた。甘い残り香は、部屋に漂ったままである。
「あー参ったな……」
ガーベラとの関係が急激に変わりすぎて、グレンの心はかなり戸惑っている。あまりに近づきすぎると、また何かあるのではないか、とも思ってしまうのである。
二人のガーベラのことを考えるだけでどうにも落ち着かない。最近仕事でへまをすることはなくなったのだが、アシュランの顔がどうも見ずらい日々である。
アシュランがもう一人のガーベラのことをどう思っているのかグレンは気になっていたが、アシュランが怒ってはいない、ということに、グレンはかなりほっとしていた。
（あっちのガーベラ様は神の国で悪さをしてるわけではないし、ほっておいてもいいとのお考えなのだろう。
よかった。考えてみれば、恋人を追ってあんなところまで行ったのだ。相当心の綺麗な方なのだろうな。
アシュラン様は心のきれいな方が好きだ。罰するのもおかしいと思われたのかもしれない）
しかも自分のような存在にまで気に掛けるのだから、人間にしても相当変わっているとグレンは思っていた。
グレンは神の一員ではあるが、アシュランとヒルデリアの間にできた妖精、アシュランが浮気してできた妖精には「様」づけで呼んでいる。
他の神は妖精を「様」づけで呼ぶことは絶対しないがグレンはそうしていた。人間界に行ったら行ったで、他の神に会いたいと言われる始末である。
人間の方だって下っ端の神よりも上の方の神に会いたいのも当然なのでグレンは気にはしていないのだが、
そういう自分をもう一人のガーベラは気にかけていて、幸せになってほしいとまで言ってくれたのだ。
グレンにとってはかなり衝撃的なことだった。もう一人のガーベラの本当の姿とか、そんなことはどうでもいいとさえ思っている。
（あの時の子供たち、なかなかかわいい子たちだったな……あの子、ハロルド様にも本当におっちゃんって言ったのかな？）
ミシェイラはハロルドどころかラーズにも「おっちゃん」と言っていたが、もちろんグレンは知らない。
（目覚めたら人間界だなんて、あれは本当に驚いたな）
グレンは突然人間界で目覚めたことを思いだして、ついその時の自分に笑っていたのだった。
人間界である。
夜、自分の屋敷の庭で酒を飲むにはいい季節になっていた。今宵は大きく上が欠けた月と、川のような星空である。
ここは過去の時代、自分の屋敷の庭で酒を飲んでいたフークスは、ゆりとシスがやってきたのもこの時期だったと懐かしく思いだしていた。
あれから15.6年もの歳月が経っている。懐かしいがフークスにとっては一生忘れることはできない出来事だ。
「ラララーフフフ〜ン♪」
何かを口ずさんでいると、肩をぽんぽんとたたかれた。フークスが振り向くと、なんと未来のアナスターシャが後ろに立っている。
「アナスターシャ様！」
フークスは驚いて立ち上がっていた。
「こんばんは〜いい夜空ですね〜」
アナスターシャは足元までのつなぎの真っ白なワンピース型の寝間着だった。足元を見ると裸足だ。
「今日はおひとりなんですね」
「そうですね。一緒のベッドでナナミと寝なかったからかな？ 謎ですね。ほんと、なんで過去に来れるのか不思議ですよねえ」
アナスターシャは両手を上に伸ばしていた。
「アー気持ちいい夜ですねえ」
前回フークスがアナスターシャに出会ったのは、ディランがドルイド達と出会った夜である。
「そちらはお変わりないですか？」
フークスが椅子を勧めて笑顔で聞いた。できることならばここにアゼルを連れてきたいところだが、王子を夜にここに呼ぶわけにもいかず、アナスターシャも、きっとそんなに長くはここにいないのだろう。
「変わったことならいっぱいありますよ。最近いろんな事件がありましてー」
「事件？」
「一番の事件は、やっぱり庭園に巨大イカがきたことですよ。なんとハロルド様からの母様への贈り物なんですよ？ すごいでしょ？」
アナスターシャは、一番の事件に庭園の巨大イカのことをあげていた。
「イカ？ ハロルド様？」
フークスはイカが何かもとっさにはわからなかった。
「イカって、見たことあります？ 白っぽくて、足がいっぱいあるんですよ」
「いえ、みたことはないです……」
「海の生き物なんですって。母様はよろこんで食べてましたよ。私は不気味だったから食べなかったけど」
「はあ……さきほど、ハロルド様って言ってませんでした？ ハロルド様って、神様のことですよね？」
「ハロルド様は母様がすっごい気に入ったらしくて、よく贈り物をくれるんですよ。宝石とか、この前カニもくれたし」
「カニ？」
ハロルドとゆりの交流の話は過去にはさっぱり伝わっていなかったため、突然言われてもフークスは首をかしげるばかりだった。しかも贈り物がイカとかカニとかいうのもよくわからない。
「カニも海のカニですよ。こんなでかくて、そっちは私も食べたんですけどね」
アナスターシャは両手で円をかいてカニの大きさを表していた。
「はあ……」
「ある日庭園にでかいカニがいっぱいいたんですよ。ロイが喜んで捕まえてましたー」
アナスターシャは笑いながら言っていた。
「そーなんですか……」
「母様は城にずっといるのに、こういう事件がたまに起きるんですよ。すごいでしょう？ あっそーだ。これを言わないと。過去の世界にドルイドがいたでしょう？」
アナスターシャがぽんと手をたたいて言い出した。だが、アナスターシャの体は少しずつ薄くなっているようだ。
「ドルイド？ はい」
「あのドルイドがですねえ、転生したんですよ。 びっくりですよね。シスってば知ってたのにずっと黙ってたんですよ。ひどいでしょ？」
「あ、その話は前回、ディラン達がドルイドに出会って、知りましたよ」
「あれじゃなくてね、本当はもっとすごいことがあったんですよ。過去のドルイドがね、ドル……」
「あ！」
アナスターシャの声は途中で聞こえなくなり、姿が消えてしまった。
「過去のドルイドが、ドルイドが……ドルイドが……なんだろう？ 気になるー！」
中途半端で終わってしまったために、フークスはもやもやしたままになってしまったのだった。
アナスターシャの話は奇妙なことばかりだったが、どうせならドルイドの話を最初にしてほしかった。
「まあ、アナスターシャ様は相変わらず、ああいうところが愛らしくもあるが……もやもやする……」
ドルイドのもっとすごいこととはなんなのか、フークスは気になってしまい、その夜はなかなか眠れなかった。
翌日、フークスは城で出会ったディランに、「昨晩ヴィラ殿に会わなかった？」と聞いてみた。
「ヴィラ殿？ 夢でですか？ 会ってないですよ」
「私はアナスターシャ様に会ったんだ」
「そうなんですか。よかったですね。アゼル様がうらやましがりそうですね」
ディランは笑っている。
「それでいろいろ奇妙な話を聞いたんだけどね、アナスターシャ様はドルイドの話をしたんだよ」
「ドルイド？」
「転生したドルイドの話だが、この前の話じゃなくて……ってとこで消えてしまった。すっごくもやもやしている。今度ヴィラ殿に会ったら聞いておいて」
「はあ……この前の話じゃないんですか？」
「あれじゃなくてーって言ってたんだけどねえ」
フークスは腕を組んでいた。
「なんだったんでしょうね。私も、またドルイドに会えるならば会っていろいろ聞きたいですよ。ドルイドは一体今どの時代に……」
フークスがディランの腕に手をあてていた。横を見ると、なんと女王が廊下を歩いてきている。
「これは陛下気づきませんで」
ディランはあわてて女王に対して礼をしていた。
「今、ドルイドがどうのと聞こえたが？」
女王が二人を見ながら聞いた。どうやら聞こえたらしい。
「え、いえ……その……つい昔を懐かしんでおりました……」
ディランはつい言い訳をしていた。
「本当であろうかのう。また私になんぞ隠れてこそこそしておるのではないか？」
女王は疑いの視線を向けている。女王の後ろにはアゼルもいた。
「もしかして、また夢でドルイドに会ったの？ ねえ」
アゼルはそっちだと思ったようだ。
「いえいえ、違うんですよ。実は、私が夢でアナスターシャ様に会ったんですけど」
「えええ！！ ひどい。また呼んでくれなかったの？」
アゼルはショックを受けた顔つきだった。
「すいません。殿下を呼びたかったのはやまやまですが……なにせ短い時間だけでして」
「姫は元気であったか。それでどうしたのだ？」
女王が先をせかしたので、フークスは「アナスターシャ様が、ドルイドがどうのって言ってる間に消えてしまわれて……一体どういう内容だったのかと気になっていた次第です」と告げた。
「ドルイド？ 転生したとかいうドルイドと、また誰かが出会ったのだろうか？」
「そうなんですかねえ」
「他にはどんな話をしたの？」
アゼルが目を輝かせている。
「ハロルド様にイカをもらったとかおっしゃってましたよ？」
「え？ ハロルド様？ イカ？ イカって何？」
「海のイカらしいです」
「イカ？ だれかイカが何か調べてきて！」
「はい、ただいま！」
おつきの者が去って行き、女王はもっと話を聞きたいとフークスを部屋に連れて行った。アゼルももちろんやってきて、もっと話を聞かせてほしいとフークスにねだっている。
「それにしても不思議よのう。フークスと姫は縁があるのだろうか。もう一人の子蛇をもらった王子は夢で出会ったことはないのであろう？」
部屋の長椅子に座ってから女王が聞いた。
「本当ですねえ。やはり娘はかわいいのでしょう。私の肌の蛇が、もっと会いたいと思っているのかもしれないですが」
とフークス。
「時々娘と出会ってるようで楽しいですよ」
「じゃあ僕と姉様は姉と弟ってことになるのかな？ でも肌の蛇的にはえーと、どういう関係なんだろう……」
肌の蛇は関係が複雑すぎて、よくわからなくなってしまった。
「私も、小さい姫にあってみたいのう……」
一番末の娘、レーヌについた女の子の蛇のことを、女王は時々思うのだった。
「僕の子蛇がいるじゃないですか」
とアゼルが言った。
「そうだの。一匹だけでもそばにいてくれてうれしい。だが、遠い未来で自分の子蛇が生きているというのを考えると、何やら不思議な気もちになるの。
まるで自分の生まれ変わりがそこにいるかのような錯覚さえ覚える。フークスたちも時折そういう気持ちになるのではないか？」
「そうですね。そういう気持ちにもなりますね」
とフークス。子蛇が生きる支えになったというドルイドの気持ちが、フークスにも少しは理解できるのである。
女王のおつきの者がそばにきた。
「イカの本が届いておりますが」
「ああ、ここに持ってきておくれ」
「はい、ただいま」
海の生き物が絵で記されている本が届いて、３人はその本に顔を寄せた。イカを見た３人は、奇妙な面持ちである。絵は白黒である。一ページにイカが描かれていた。
「奇妙な生き物じゃな」
「これがイカ……これが未来のお城にきたの？」
「巨大なイカっておっしゃってましたよ。どのくらい大きかったんでしょうかねえ。確かに足がいっぱいあるなあ」
「どうやってきたんだろう？ イカって陸を歩くのかな？」
アゼルは、イカが陸を歩いているところを想像しているようだ。
フークスは、ゆりがこれをどうやって食べたんだろうとそれが気になっていた。
「ハロルド様の贈り物とかおっしゃってましたがねえ」
「戦いの神のハロルド様じゃないよね？」
とアゼル。
「戦いの神のハロルド様ですよ。ハロルド様がゆり様にイカを贈ったらしいですよ」
「ハロルド様がこれを？」
「想像できぬのう……」
３人はイカの絵を見ても、どういう状況でそうなったのか、さっぱり想像できなかったのだった。
午後になり、城の会議室では、学者による報告会が開かれていた。この場には、５人の学者、女王、フークスにディランがいる。
以前蛇付きになったエレノアがフークスに言っていた内容を学者は調べていたが、結局それだけでは内容がわからないので、
学者たちは地下に眠る膨大な資料などを読み漁り、定期的に報告会を開くことにしたのだった。歴史が古いだけあって、表に出ていない本だけでも膨大である。
しかし、国が起こった最初から本があったわけではない。初代の王の時代の古代叙事詩も、最初に書いた時には、粗末な、植物の繊維を伸ばしたような紙であったはずだ。
この国最初の文字で書かれた古代叙事詩、それを見ることは今はできない。口伝で伝えられて、文字が変化し、変化した文字によって書かれた古代叙事詩のみである。
古代叙事詩自体に様々な謎があるともいわれ、代々の学者の研究の対象にもなっていたが、すべての謎は解明されてはいない。だからこそ、興味が引かれるものなのである。
城の大きな書庫には代々の王についての本なども残っている。王自身が記したものではなく、書記が記したものだが、
ザクート王の父の書記の本を読み返していた学者が、興味深い記述を見つけたと報告した。
「なんと、ザクート王の母であるヒューリア様、ヒューリア様がザクート王を身ごもってる間に、蛇付きの男がやってきたようなんですよ」
学者はちょっと興奮した様子である。女王は「ほお」と返していた。
「蛇様が７日来たかどうかはわかりませんが、不思議な男だったようで、ヒューリア様がその蛇様と交わったかどうかはわかりませんが、
本にはヒューリア様が蛇につかれた不思議な男と出会ったようだとだけありました。ヒューリア様もよく憑かれる体質だったようで、
女の蛇やら、なぜか男の蛇が憑いていたこともあったようです。そしてザクート王の本にも、あったんですよ。
王は蛇が憑いたヒューリア様と会話をしたようなんです。ここから本を読みますから聞いてください。
ある晩、おかしな様子の母が寝室にやってきた。どうやら蛇に憑かれているらしいが憑いているのは男の蛇である。
『なぜ母に憑いているのか』と聞いたところ、男はこう返した。『古い時代の契約を、伝えるために私はやってきている』と。
王はしばらくその者と話をしたそうなのだが、私にはその内容までは語らなかった」
部屋の中が静まり返っていた。
「つまり、王が話した内容までは伝わっておらぬのか」
「そうですね。ですが、ザクート王が、巫女様に憑いた蛇と同じかどうかはわかりませんが、そのような蛇様に出会っていたということはわかりました」
「なぜ王は詳しく教えてくれなかったのだろうかのう」
女王はあごに指をあてている。
「周りには知られたくない内容だったのではないですか？」
「古い時代の契約、気になりますね」
フークスが言った。
「ザクート王のほかの本も調べてみます。前に読んだのですが、読み落としがあるかもしれませんし」
「ザクート王の手記などはないのか？」
「ないですなあ。残ってるのは書記の本だけですな」
「蛇様は、定期的にこの世に現れて、何かを伝えられてるんですかね？」
とディラン。
「だとしたら、ザクート王とこの時代の間にも、何度かこられてるのかもねえ」
とフークスが言った。
言い伝えなのかお伽話なのか、それすらもわからない話ならごまんとあるのだが。
その後フークスは、学者に付き添ってほしいと言われてハザークの元にも行っていた。学者は本の話をハザークにしたのだが、ハザークも詳しくは知らないようだった。
「蛇につかれた男も女も、そう珍しくはないしな。そういう者に会ったこともあるが、重要な話などは聞いてはいない。忘れてるから、そう重要でもなかったのだろう」
「そうですか」
学者は残念そうである。
「ザクートは、確かに古い蛇に出会ったようだったが、詳しく聞いたかなあ。さー覚えてないな。あいつはなにかと変なことばかり起こしてたしな」
フークスも学者も、ハザークがザクート王の血縁だというのは知っていた。
「ハザーク様は、ザクート王の手記などは読んだことはありますか？」
フークスが聞いた。
「あったところで読みたくはないな。どうせ自慢話しか書いていないだろう」
ハザークはまるっきり興味がないように言っていた。
「ザクート王の女性への恋文なら残ってるんですがねえ」
と学者。
「そういうことしか書かない男だろ」
ハザークが鼻で笑っていた。
今この時、ハザークがいる部屋の奥にある部屋のさらに奥、物置のようになっている部屋にザクート王によって託された宝箱が眠っている。
その中には稀代の鍛冶師によって打たれた二本の聖剣、数冊の本、さらに皮表紙で作られた豪華な、ザクート王が自ら記した日記が入っていたが、
その箱が開封されるまでには、あと７０００年以上も待たねばならない。
今は魔法に包まれて、それらは静かに眠っていたのだった。
つづく
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