第４２話
（いろいろ考えていると眠れぬのう……）
過去の時代の女王ヴィラルージュは、連日遅くまで一人で酒を飲み、本を読む日々である。体調が悪いということはないが、良いということもない。
やはり妊娠中ということが大きな原因ではあるのだが。医者からは「もっと寝てください」と言われているのだが、目を閉じてもいろいろなことが頭をよぎってしまう。へびっちのことも女王にとっては気になっていることの一つだった。未来のゆりは、へびっちと自分の関係のことをどう思ったのか、と、女王もそのことはちょっと気になっている。
「いい歳をしてへびっちに相手をさせるなんて、何を考えているのかしら？」
（などとゆり殿は内心思ったのではないだろうか）、と女王はひそかに心配もしていた。なにせこちらは若さはじけるという年ではない。
外見はさほど年をとってはいないと自分では思っているが、周りは正直どう思っているのか、女王はそういうことが気になる微妙な年齢になっていたのだった。（ゆり殿の周りは相変わらず楽し気だのう……神様がどうのと言っておったし、もっと詳しく話が聞いてみたい）
女王も大きなイカが城に来た場面を想像していたが、なんとも想像だけではよくわからない話である。どのような大きさだったのか、神がそれをくれたいきさつなども詳しく聞いてみたい。
「ゆり殿とたまに会えればよいのにのう……まあ良い。寝るか」
女王はふらりと寝室に向かった。
さて未来では、ゆりは大あくびをかいている。レーヌが今夜も眠らないからだ。「もー、夜遅いわよー」
「うた」
「レーヌは下手っていうから歌ってあげない」
「きゃは。まーヘタ」
レーヌはつかまり歩きをするようになり、行動範囲は広がっている。今も眠るどころかベッドにつかまってうろうろしているのだった。
歌をせがまれて歌えば「へた」と言われる始末である。
レーヌはラギ以上に手厳しい。
「レーヌが寝ないなら、巻貝もらっちゃうからねー」
ゆりはベッドの上の巻貝を二つ手繰り寄せた。
「あーやー」
レーヌはあわててベッドに上がろうとし、上がれなかったので、力を使ってゆりの巻貝を二つ自分の元に手繰り寄せていた。レーヌは巻貝を二個持ってベッドの下に座っている。
「レーヌはすごいねー。女王様に感謝しなきゃね」
「あーあー」
「私もうだめー。……もうねよーよ。巻貝の歌を聞いてさ」
ゆりの左目は蛇の目に代わっていた。黒目のゆりはもうギブアップらしい。
「ねえ、それをくれたのは、オルガ様なの？」
蛇の目のゆりはこっそりレーヌに聞いていた。
「トー」
「オルガ様がトーなの？ すごいね」
「トー うた、ウマ。マーヘタ」
「はいはい。わかってるって。そろそろ寝ようね」
ゆりはレーヌを抱き上げて、強引に自分の横に寝かせた。レーヌは観念したのか、じっとしている。
「夢で歌がうまいと―に歌ってもらいなさい」
ゆりはレーヌのおなかを軽くとんとんしていたが、やがて眠りかけた。
すると、何かがごつっと当たって目を開けた。レーヌが巻貝ごと手を動かして、それが腕にあたったのである。
「もーいたいよー」
ゆりはレーヌからちょっと離れて、そのまま寝てしまった。レーヌもそのまま目を閉じた。
それからどのくらいの時が経ったのか、過去の時代の女王は、何やら夢を見ていた。大きな透き通ったような蛇があたりを漂っている。
蛇霊神のようでもあるし、ただの幻のようでもあるが、大きな蛇は数匹、少し離れたところで、ゆらゆらと漂っていた。女王にとってはよく見る夢である。
これもそうかと思っていると、自分の近くに、ちょこんと座っている子供がいる。赤ちゃんというよりは大きいが、一歳、２歳くらいの幼い子供である。
「ん？」
女王はその子供に近づいてしゃがんだ。「そなたは……」
「あー？」
子供は首をかしげて女王を見ていた。両手になにやら大きな貝のようなものを持っている。
子供の髪は黒で、耳は丸っこかった。そして左目だけが、なぜか金色に輝いている。
「まさか、レーヌ殿か？ なんと、本当に会うことができるとは……」
この子供は自分の子蛇をもらったレーヌだと女王は気づき、戸惑いつつも喜んでいた。
「レーヌ殿……」
「あーあー。マー？」
「マー？ 確かに、ある意味わたくしはそなたにとっては母親かもしれんな」
レーヌの左手の甲に、ちらりと蛇のしっぽのほうなものが見えた。
「これが、わたくしの子蛇……」
女王の瞳にじんわりと涙がにじんでいる。自分と似通った気をまとっているのを感じる。やはり、これは自分の子蛇なのである。
「かわいい女の子なのであろうなあ……」
女王は子蛇のしっぽが見れただけでも満足だった。
女王が感動して涙ぐんでいると、レーヌが巻貝を差し出してきた。
「レーヌ殿、これは一体何かな？」
女王はこれが海にあるものだという見当はついたのだが、なぜレーヌが持っているのかはわからなかった。
「うた、ウマ」
「うた？」
「ウマ、よー」
レーヌはもう一つの巻貝を耳にあてている。
「そのようにせよということかな？」
女王は巻貝を耳にあててみた。
すると、歌が聞こえてきた。男性の、低い声である。なんともいえない、穏やかな歌声である。
眠れ 愛しい子よ
春のひだまりのような優しい夢をみて
眠れ 眠れ
優しい腕に抱かれて、眠れ
陽が昇れば新しい世界がお前をまっている
女王は巻貝の歌を聞いてこてんと寝転んで寝てしまった。
「マー」
レーヌはとんとんと女王の腕をたたいていたが、女王は眠ってしまったまま、目を覚まさなかった。
まさかレーヌが女王に会っているとも知らず、ゆりはその時神の国に来ていた。
最近劇的展開が続いたので、今日は穏やかな日にしたい気分だ。
（グレンはガーベラとうまくいってるよね、きっと。幸せになってね、とかいってた私があんまりしゃしゃり出るのもなんだし……
しばらくはそっと見守るのがいいのかな。ルティアナと一緒にお風呂に入ろう）ゆりは火の神殿にとんだ。
広間に行ってサラディンに会ったものの、ルティアナはいなかった。妖精とお出かけ中らしい。しかも、お風呂にはまだ湯が入っていないようだ。
「そうなの。じゃあまた来るわね」
ゆりはサラディンの手をなでなでして火の神殿を出て行った。ゆりは心の中で、（お歳暮をどうもありがとう）とサラディンにお礼を言っている。
イシュタールが半分火の妖精になったせいで、蛇の国にとってはサラディンは結構親しみやすい神になってしまった。（どうしよう。ラーズとちょっとお話をしようかな。ラーズなら散歩デートしてくれそう）
などと思いながらゆりは飛んでいた。
とんだ先は、どこかの神殿の入り口である。
（あれ？ ラーズのところじゃないや。ここはカサンドラの神殿？）
入ってすぐの壁には動物たちのタペストリーが飾ってあるため、ゆりはそう気づいた。
「こんにちは〜」
広間に顔を見せたゆりは、中の光景を見て固まっていた。テーブルの周りに座っていたのは、カサンドラにラーズ、ハロルドだったのだ。なんとも珍しい組み合わせである。
「おっガーベラ。よく来たな」
カサンドラがこちらに顔を向けて言った。ラーズとハロルドもこちらに顔を向けている。
（なぜ二人がそろっているんだろう？）
ラーズとハロルドはあまり仲良く話しそうにないコンビであるために、ゆりはかなり驚いていた。
「ガーベラ、だれに会いに来たんだ？」
聞いたのはもちろんハロルドである。
「え、だれにって……カサンドラに会いに来たの」
ゆりは３人の顔を見回して言った。ラーズはきょとんとしていたが、やがてぷっと笑っている。どうやらガーベラが違うと気づいたらしい。
「ガーベラ〜」
横から飛んできたのはサーラだった。
「サーラもいたの？」
ゆりはサーラのわきをくすぐった。するとサーラは「キャッキャ」と笑っている。
「３人で何を話してたの？」
「例の話をしてた」
とハロルドが言った。
「え、例の話？」
（さっそく何か怒ってる？）とゆりはびびっていた。
「例のって？ 別にたいした話はしてなかったよ。サーラがカサンドラに会いたいと言ってきたら、ハロルドが来ただけだよ」
とラーズが親切にも説明してくれた。
「そうなの。ハロルドは何か怒ってるの？」
ゆりはサーラを抱っこしたままラーズのそばに寄っていた。
「ふふん、カサンドラ知ってるか？ ガーベラはグレンを恋人にしたんだぞ」
ハロルドがむっとしながら言った。
「え？ そうなのか？」
カサンドラは驚いた様子である。
「もうみんな知ってる？」
ゆりはラーズに聞いていた。
「一部は知ってるよ」
「しかもガーベラはアシュランに、『グレンとの交際を認めろ』と詰め寄ったんだぞ？ 全く信じられないことをするだろ？」
「え？ 本当か？ ガーベラ」
カサンドラはさらに驚いている。
「ちょっと待って。いかに私でも、そんなこと言うわけないでしょ。かなり誤解が入ってるわよ」
ゆりは話が長くなりそうだったのでラーズの横の席に座っていた。サーラはカサンドラの方に移っている。
「詰め寄っただろ」
「違うの。最初にアシュランがね、『最近のグレンが心配でしょうがない』とか言い出してきたのよ？ 私がグレンとの交際を認めろと言いにあそこにのこのこ行ったわけじゃないの」
「アシュランがそんなにグレンの心配をしてたとは驚いた」
ラーズが言った。
「そうだな。私もそっちに驚いた」
とカサンドラ。
「それでなんで交際を認めろってことになるんだ？」
とハロルド。
「アシュランが、『グレンと付き合ってるのかどうなんだ？』とか聞いてきて、『私も儀式の後気になってるけど、グレンの方は立場上があるから私とどうこうなんて考えてないんじゃない？
アシュランがガーベラと付き合えばいいって言わないと無理でしょうねえ』て流れになったの。そしたらアシュランが『わかった。グレン、ガーベラと好きにしろ。その代わり仕事をちゃんとやれ』
って言ったのよ。全然詰め寄ってないでしょ？」「確かに詰め寄ってはいないな」
ラーズはうなずいている。
「アシュランがそんなことを言ったとは……大人になったのう……」
カサンドラはしみじみと言っていた。最高神もカサンドラの前では形無しである。
「本当の話かあ？」
ハロルドはかなり疑っているようだ。
「それがもし本当だとしても、恋人になってやらんでもいいだろう。ほっときゃよかったんだ」
「ほっときゃよかったって……そんなこと言ったらグレンがかわいそうじゃないの。ねえカサンドラ」
ゆりはカサンドラに話をふってみた。
「まあの、グレンも長年アシュランにこき使われてきてるのだから、それくらいの楽しみがあってもバチはあたらんだろう。ガーベラが良いというのならいいではないか」
「面白くない」
ハロルドはむっつりしている。ラーズはぷっと笑っていた。
「ハロルドがなんかガーベラの古い恋人みたいな顔をしてるからおかしくなった」
「はは、確かに」
とカサンドラも笑っている。
「ラーズは腹が立たないのか？ なんで誰も怒らないんだ」
「あの儀式でのことで、グレンを責めるのは気の毒ってもんだろ。同じ男としても、あれっきりってのはちょっと気の毒だ」
「そうだな。自分の母に文句を言うしかないのう」
とカサンドラ。ハロルドは子供のようにむくれていた。
「あ、そういえば、妖精たちによる男の神の人気投票はどうなったのだろう。そろそろ結果がわかるのではないか？」
カサンドラが気づいたように言い出した。
「え？ 人気投票？ 私も入れたい。妖精じゃなくてもいれていいの？」
ゆりはすぐさま反応している。
「いいのではないか？」
「サーラいれたよ」
サーラが言っていた。
「だれに入れたの？ ラーズ？」
「んーん。サーラはアリーにいれたの。いれてって言われたから」
「アリー？」
「アリアスだな」
とラーズ。
「アリアス、みんなに頼んでるの？ 頼まなくても人気があるんじゃないの？」
「連覇が消えるのがいやなのだろう」
カサンドラは苦笑している。
「初回からずっとアリアスは一番のままだからな」
「やっぱりアシュランは除外なの？ カサンドラだったらだれに入れる？ 」
「私は参加はしない。結果だけ聞かせてもらう」
「私も投票したい。投票会場に連れて行って」
ゆりはどうしても参加したくなっていた。
「投票会場ってほどじゃないけど、いいよ。連れて行ってあげるよ」
ラーズが立ち上がっていた。
「ハロルドはねー3個しか石なかったよ」
サーラが言った。ハロルドの頬が引きつっている。
「そうなの？ あ、自分の下っ端の妖精票でしょ」
ゆりが鋭く突っ込むと、「うるさい、とっとといけ」とハロルドは手で追い払っていた。
ゆりはラーズ、サーラとともに、神殿を出て言った。
「あー面白くない」
ハロルドは座ったまま頭をかいていた。カサンドラはそれを見て笑っている。
「人気投票って誰が主催してるの？」
ゆりはラーズに抱っこされたまま聞いてみた。
「風の精だよ。妖精たちにだれに入れるか聞いて回ってる」
「ラーズは何票入ってる？」
「15個あったよー」
近くを飛んでいたサーラが言った。
「そうなんだ。誰かに投票したいけど、恋人たちの中から一人なんて選べない。どうしよう。あれ？ 私ってもう投票した？」
「してないんじゃないかな」
身体が下降してきた。だだっ広い土の上に、木の札がいくつか立って、石がいっぱい並べられている。妖精たちや、キュリアとネルもいた。
「あ、お母さん」
ネルがこちらに気づいて手を振ってくれた。
「あなたたちも投票したの？」
「もうとっくにしましたよ。どうなってるか見に来たんです。私はお父さんに」
とネル。
「私も。父様は人気ないからー」
キュリアが言っている。
「ハロルドは人間の人気投票でもしたら絶対上位に食い込むのにねえ。妖精の人気はさほどじゃないのね。ハロルドの板はどこ？」
木の札が立っていて、そこに神の名前が書かれているようだ。ゆりは文字は全く読めなかったが、アリアスらしき札には太陽のマークなどがあった。
そこには石が山盛りになっている。見渡す限り、これだけ山になっているのはアリアスのところだけである。やはりダントツ人気らしい。
キュリアがハロルドの木の板を教えてくれた。剣のマークがついている。「7個にふえてる。よかったね」
とサーラ。
「わかった。キュリアとジェイクと、自分の妖精票？」
「あたりでーす」
とキュリアが言った。
「ハロルドのところの妖精って５人しかいないのかしら？」
「半分はライオネル様にいれるって言ってましたよ。ライオネル様もさほど票が集まらないからって」
キュリアがずばり言っていた。
「そうなの。妖精たちも気を遣ってそうだね」
人気投票といっても、自分が日ごろお世話になっている神を差し置いて他の神にいれるというのは難しいようである。
近くに火のマークの板があり、そこには石がたくさんあった。
「あ、サラディンすごい人気、あれ？ 火の妖精票？ じゃあ自分の妖精が多いほうが有利じゃない？」
「そうですよね。でも、妖精は自由に入れてるみたいですよ。火の妖精は真面目だから、サラディン様にしかいれてないのかもしれないですね」
とキュリア。
「確かにみんな真面目そうだもんねえ。ライオネルの子供を生んだ妖精さんはどっちに入れたんだろう？」
ゆりは竪琴のマークの板をみつけた。この印はラメーンに違いない。そこの石は一個だけである。
もしやシャリィの石だけ？ 音楽の妖精たちって薄情！
ゆりは心の中で笑っている。ラクアの板には8個石があった。オルガは１３個、ジンラは１５個ある。サントスは8個だ。
水の妖精ってそんなにいないのかしら？ ラクアも案外少ないのねえ
グレンは参加していないようだし、ガーベラの恋人の中では一番人気はサラディンということになりそうだ。周りにいる妖精たちも石を見ながらあれこれ言っている。楽しそうだ。
「アリアスは何個くらいあるのかしら？ 家族票とかありそう」
「家族が多いですもんね。50個以上ありそうですね。次のジュライ様が３５個とかいってましたよ」
ネルが教えてくれた。
「さすがこの二人は不動ね。日頃妖精に豆に接しているかどうかがこういう時に生きてくるわけね。３番目は……」
「もちろんクーリーフンですよー」
とネル。
「え？ ほんと？」
二人がその板のところまで連れて行ってくれた。翼マークの札のところには、石が結構のっかっている。
「ほんとだ。すごい。さすがね。じゃあジェイクもあるの？」
「ジェイクはないですよ」
「そうなんだ。でも全部の石の量だけでもすごいわねえ。妖精っていっぱいいるのね」
「神様票も入ってますからね」
「そうね」
ゆりはうろうろ石を眺めて回っていた。サーラはキュリアにくっついている。ゆりはライオネルの板も発見していた。横顔が簡単に描かれている。実に分かりやすい札だ。石は６個あった。
だれかに投票したいけどどうしよう。かわいそうだからハロルドに入れてあげようかなあ……
少し離れたところにいるラーズに女の妖精たちが近づいていた。３人の妖精がラーズにべたべたしていたが、それくらいで怒るのも大人げないだろうとゆりは見て見ぬふりをしている。
「ウィル様は１0個かあ。４番目はサラディン様かもねえ」
「そーね。光関係の妖精はアリアス様に入れちゃってるだろうしね」
キュリアとネルは話しながら歩いている。
「ねえ、ダーナはだれに入れたか知ってる？」
ゆりは二人に聞いてみた。
「さあ、だれに入れたんでしょうね」
アリアスとジュライはほっといても上位だから、一番人気がない恋人に入れたのかも？
などと思っていたら、ラーズの周りにいる妖精たちの声が聞こえてきた。
「ガーベラ様ったら最近手当たりしだいに恋人を増やされて……」
「ラーズ様は気にならないのですか？」
どうやらガーベラに対する非難らしい。キュリアとネルも聞こえたのか、ちょっと渋い表情をして顔をあわせていた。
「手当たりしだいなんてことはない。そんなこと言わないでくれ」
ラーズはぼそぼそと妖精をたしなめていたが、さすが優しいだけあって怒ったりはしないようだ。妖精の嫌味が聞こえたほかの妖精たちも、ちょっと緊張した様子だった。
今まで神の国に来てこんな嫌味を言われたことはなかったので、ゆりは怒るどころか新鮮な気分になっていた。すべての妖精が「女神様、ははー」というわけではないようだ。
「わたしたち、もっとラーズ様を大事にしていただきたいんです」
「そうです。ラーズ様はこんなに素敵な方なのに、大勢の恋人の一人だなんて悲しくて……」
どうやらラーズファンの妖精たちにとっては、我慢がならないらしい。
投票会場はもうすでに妖精とガーベラのやりとりがどうなるのか、という期待に満ちていた。
「妖精のくせに失礼ね」
「そうよね」
キュリアとネルがぶつくさ言っている。ラーズは困った様子で何か言おうとしていたが、ゆりが「いいのいいの」と近づいて行って止めた。
「あなたたち、言いたいことがあるなら言っていいわよ。この際なんでも言ってごらんなさい。私は全然気にしないから大丈夫。
妬みの言葉なんて、いい女だからこそ言われることだもんね。私に恋人が多いのはもはやこの世界の宿命なの。だからしょうがないのよ？
だってもし恋人が一人だったら、あの儀式の花だってヒルデリアと数人の女神がもらって終わりだったわよ？ 恋人が多かったから、みんな幸せになれたのよ。
それからラーズは私のだから、そばによってもいいけど、触らないでね」ゆりは笑顔でラーズの手をひっぱって引き寄せた。妖精たちはぐっと声をつまらせている。
「ガーベラ様の勝ちだ」
「かっこいい」
「確かに世界の宿命ですよねー」横にいた男の妖精たちの声が聞こえた。
女の妖精たちはむっとしたまま去って行ってしまった。
「ガーベラ様、次の女神の人気投票には、ガーベラ様にいれますよ」
「僕も」
「ありがとう！」
ゆりは笑顔で男の妖精たちに言った。
「母様かっこよかったわ」
「本当。さすがだわ」
キュリアとネルも満足げである。
「ごめんな、ガーベラ」
ラーズは謝っている。
「いいのよ。私も票を入れようっと。最下位のハロルドに入れてあげましょう」
「本当？ 石もらってくるね」
キュリアがうれしそうに言って離れた。
（人間には人気がある軍神様に、人間代表として入れてあげよう）
ゆりはそういう気持ちでハロルドのところに石を置いた。
「じゃあそろそろ神殿に帰ろうかしら。あなたたちまたね」
「さようなら」
「またー」
ゆりはラーズに抱っこされて自分の神殿に連れて行ってもらった。
「ガーベラ、今度会った時はゆっくり過ごそうな」
ラーズは今日のことで申し訳なく思ったのか、そう言ってくれた。
「うん。またね」
ゆりはラーズの頬にちゅっとキスして別れたのだった。
人間界に戻ったゆりは、（神様の人気投票、面白かったなあ……）と思いつつにやにやしていた。
（ハロルドの人間界での人気とのギャップがすごい。ラーズはほんと優しい性格よね。あそこで妖精たちに怒らないところがまた歯がゆいけど、
自分が妖精の立場だったら、私のラーズ様をもっと大事にしてって思う側だったかもなあ……妖精たちの気持ちもわからんでもないかな。
でも手当たり次第に恋人を増やしてる、なんて思われていたのはちょっとショック）などと思っていたら、横で寝ていたレーヌがむくりと起き上がった。
「あらおはよう」
レーヌはきょろきょろと周りを見ている。
「まー、ない」
「ん？」
「ない、ない」
レーヌは手に一個しか巻貝をもってなかった。
「もう一個の貝？ 布団の中かな？」
ゆりは布団の中やベッドの下を探したが、巻貝は出てこなかった。
「どこに行ったんだろうねえ」
レーヌも不思議そうな顔つきである。泣いたらどうしようと思ったが泣きはせず、
「トーべつうた、べつうた」
などと言っていた。
「誰か持って行ったのかな？ まあ、一個あるからいいじゃない。あとでみんなに聞いてみようね」
「マー」
レーヌは夢での記憶があるのかないのか、「マー、かい」などとも言っていたが、ゆりには意味は伝わらなかった。
過去の世界の女王は、夢で巻貝を持ってきてしまったようである。目覚めて自分の手に貝があるのを見てかなり驚いていた。
と同じに、夢での出来事は本当のことなのだ、と感動している。「どうやって返したらいいだろうか……それにしても、不思議な歌声じゃ……」
巻貝を耳に当てた女王は、再び目を閉じてしまったのだった。
神の国では、男の神の人気投票は終わっていた。
キュリアはハロルドに「母様、父様にいれてたよ」と教えたので、ハロルドはちょっとうれしそうだった。
そして太陽の神アリアスは、今回もダントツ一位だったので喜んでいる。
「ふふふ、299連覇達成だな。次で300だ」
アリアスの神殿では、『連覇達成おめでとう会』が開かれていた。結構な妖精たちがやってきている。ガーベラとクーリーフンもやってきていた。
人気投票２位はジュライ。クーリーフンは３位だった。やはりクーリーフンもすごい人気である。「ガーベラ、ラーズのファン妖精とやりあったそうじゃない」
ダーナがガーベラに声をかけた。
「え？」
「あなたってばいっつも彼女達のことは無視してるのに珍しいわねえ」
「まあ、たまたまね、なんて聞いてる？ 喧嘩したって聞いた？」
ガーベラはダーナに聞いてみた。
「完全にやりこめたって聞いたわよ」
「そう」
「分をわきまえないなんて困った子たちだわ。私だったらもっと許さないけど」
「ダーナ、次は女神の人気投票だよ。僕たち初めてだから楽しみだよ」
「ダーナが一番だろうけど、どれくらい票が集まるんだろうねえ」
虹の妖精たちはわくわく顔である。
ガーベラはクーリーフンとほどほどのところで神殿を出て言った。
「妖精とやりあったなんて知らなかったわ。クーリーフンは知ってた？」
ガーベラは神殿の外でクーリーフンに聞いた。
「ううん。僕も知らなかったよ」
「どうやってやりこめたんだろう」
ガーベラは想像しながら笑っていた。
「さすが強いわねー。４位のサラディンにお祝いを言ってくるわ」「行ってらっしゃい」
ガーベラはサラディンの元に移動した。
火の神殿の広間には、妖精たちが１０人ほど集まっていた。
「お母さん、今日はお父さんが人気投票で４位になったおめでとうパーティーなんですよ！」
ルティアナが楽しそうに教えてくれた。
「そうなの。おめでと〜〜サラディン」
ガーベラは笑顔でお祝いした。
「何がめでたいか。火の妖精たちが票を入れただけだろ」
サラディンはあまりうれしそうでもない。
「私はアリアス様に入れた。これもらっちゃったから」
ルティアナは手にいろいろな色に輝く透明な玉をもっていた。
「アリアスってばここまで票集めにきてるの？」
ガーベラは苦笑している。さすが徹底していると感心している。
「次は女神の投票ですよー、火の神殿あげて応援しますからね♪」
ルティアナは張り切っていた。
「そっか。今年は火の妖精票が入るんだー。期待できるかも」
とガーベラ。
「前回は何位だったんですか？」
「えーと、何位だっけ。一位がダーナ、二位がカサンドラ。三位はディアメラでしょ？ 私は……８か９とか、その辺だったかも？」
「意外にも結構下なんですね」
「まあそんなもんよ」「ガーベラ、今ちょうど湯が入ってるんだ。二人で熱い湯に入ろう」
サラディンはガーベラの腕をつかんでいた。
「え？ 湯？ でもパーティーが……」
「パーティーなんぞどうでもいい。さ、熱いうちに入ろう」
（私は熱過ぎるのはちょっと……）
サラディンはガーベラの腕をひっぱっていたので、ガーベラは仕方なくひっぱられていったのだった。
つづく
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