第４３話
「ガーベラ起きなさい。起きなさいってば！」
真夜中である。訪問者はガーベラの寝室にまでやってきて、ガーベラを起こしていた。たまたま一人で寝ていたガーベラは眠そうな顔で半目をあけている。
「なによー眠いんだけど……」
そこにいたのは金色のショートヘア、月の女神ディアメラだった。
「女神の人気投票が始まるわね。 ガーベラ、私とあなた、どちらが勝つか勝負よ」
ディアメラは目をランランと輝かせてガーベラをびしっと指で差していた。
「はー？ 別に勝負しなくてもあなたが勝つんじゃない？」
ガーベラはその気がなさげである。
「それじゃつまらないじゃない。勝負しなさいよ。私が勝ったらうーん……」
何かをもらおうと思ったものの、ディアメラにはこれといって欲しいものもなかったようだ。
「ダーナと競ったらどう？」
「ダーナ？ ダーナは前に競ったからいいのよ。あなたと競いたいの。だってこの前の湯の大会の借りを返していないんだもの。だから勝負して」
「やーよー」
「勝負しなさいよ」
「やだってば」
「勝負するって言うまで帰らないわよ」
夜に強いディアメラは元気いっぱいである。しかもガーベラの儀式の花の効果か、結構輝いている。
「私の花はちゃっかりもらってるくせに何よ」
「あの花は私の権利だからお礼なんて言わないわ。そうだわ。あなたが勝ったら、あなたの腰帯をちょうだい」
「腰帯？」
「神器の腰帯をちょうだい」
「それは無理よー。偽物ならいくらでもあげるわよ」
「じゃあ偽物でもいいわ。私が勝ったら、月の竪琴の偽物をあげる」
「月の竪琴？」
「偽物を掛け合いましょう」
とにかく勝負がしたいのか、ディラメラはやる気満々だった。
「そこまでして勝負をしなくても……」
「とにかく決まりよ。じゃあね」
ディアメラは勝負ができるのがうれしくてたまらないのか、目を輝かせて去って行ったのだった。
「……だれかディアメラと勝負してあげてくれないかしらねー……」
ガーベラは寝転んだままつぶやいていたのだった。
人間界である。ゆりは神の国での男の神の人気投票がかなりおもしろかったので、子供達やラクシュミに聞かせていた。子供達も興味深げに聞いていた。
ハロルドやライオネルの人気がそんなにないのは、やはり不思議らしい。どちらも人間界での人気投票ではかなり投票が入りそうである。
「クーが一番よねー」
といったのはミシェイラだった。クーリーフンは神の国でも人間界でも、不動の人気のようだ。
「アリアス様も人間界投票ではハロルド様以上に人気かもね。すごいな」
とラギ。太陽の神は信仰されない国はコウモリの国くらいなので、ハロルドはライオネルと分担している分、分が悪いだろう。
「母様ならだれに入れる？」
アナスターシャに聞かれたゆりは、「ハロルドにいれたよ」と言った。
「カニのお礼にいれなきゃね」
とナナミ。
「全員に一票入れたいけど、人間代表の気分でハロルド様に入れたの」
「女神の人気投票はないの？」
シスが聞いた。
「これからあるみたいよ」
「僕たちもガーベラ様に入れたいねえ」
とラギ。
「僕も。ガーベラ様ならダーナ様の次くらいに入るよね」
「母様がんばって」
アナスターシャとナナミから言われた。
「まあ、ガーベラ様なら３位くらいには入るんじゃない？」
前回ガーベラは上位には入っていなかったなどとはゆりは知らなかったので、気楽にそう思っていたのだった。
ゆりはイシュタールにも人気投票の話をした。もしイシュタールが神の国にいたならば、サラディンに一票入れていたことだろう。サラディンが上位に入っていたとゆりが話すと、
イシュタールは、「さすが我が敬愛する神ですね」と誇らしげだった。サラディンの妖精が多いおかげ、などと言うと興ざめなので、ゆりは「サラディンは素敵な神様だもんね」
と返している。イシュタールは今年は彼女が二人妊娠したので、肩の荷が下りたかのように晴れ晴れとした顔つきをしていた。たとえ彼女が妊娠したのが自分の子供ではなくても、
彼女達が皆妊娠することができたということは喜ばしいことである。来年の赤い月は二人抜けてしまいジュメだけになってしまうので、ミカエル達からはさっそく「誰か恋人を入れろ」と
言われているようだ。彼女が妊娠したらしたで大変そうだ。イシュタールがあまりにうれしそうなので、ゆりも今では完全によかったと思っていた。
「ところで、ジュノーは最近どうなの？ まだ入れてもらってないの？」
イシュタールと一緒にへびっちがやってきていたので、ゆりはそのことを聞いてみた。へびっちはうなずいていた。
「まだ怒ってるのかなあ」
「まあ、そのうちに許してくれるでしょう」
とイシュタール。
「そうね。しばらくイシュタールのところに帰ったらいいじゃない。メリッサも喜ぶし」
へびっちは口をとがらせている。
「表情が豊かになったわね」
ゆりはそっちに感心していた。へびっちはかなり表情も人間らしくなっている。
イシュタールは仕事に行き、へびっちは蛇のまましばらくゆりの部屋をうろうろしていた。ゆりも寝室をうろうろしてベッドの下を何度も見たりしている。レーヌがもらった巻き貝が
なくなった次の日は、子供達も散々探したのだが、巻き貝は出てこなかった。ゆりもないとわかっていてもつい探してしまうのだ。
「もしかして、あの歌がちょっと間違ってるのに気づいた神様が、取りに来たんじゃない？」
子供達はこんな想像をしている。
「やっぱりないかあ。あれだけ探したんだもんねえ」
ゆりはあきらめて寝室を出た。巻き貝が過去に行ってしまった、とは皆知らなかったので、巻き貝のことは謎になってしまった。
再び人になり服を着たへびっちは、ゆりの手をひっぱっていた。
「どこに行くの？」
へびっちはゆりの手を引っ張って部屋を出て行き、城も出た。そしてハザークの塔に向かった。
「侍女さんに会いに行くの？」
と聞くと、へびっちはうなずいていた。
「そうなんだ。じゃあ私もハザーク様のところにいこうかな」
レーヌは今ミシェイラと一緒にハザークの部屋にいるはずなのだ。ゆりは階段の途中でへびっちと別れようとしたが、へびっちはゆりの手を離さなかった。
どうやら一緒に来て欲しいらしい。
（今更母親に彼女を紹介とか？）とゆりはちょっと緊張していたが、へびっちはノックもなしに侍女がいる部屋に入ってしまった。
中にはだれもいなかったが、へびっちは奥の部屋に向かっている。奥は寝室らしく大きなベッドがあったが、その上に結構大きな白い蛇が一匹のっかっていた。
蛇はとぐろをまいている。どうやら侍女の一人らしい。
へびっちは白蛇の胴体をなでなでしていた。
「侍女さんこんにちは」
ゆりが挨拶していると、へびっちはゆりの手をひっぱって白蛇に触らせていた。
「？」
へびっちはゆりのおなかに触っている。
「え？ どういう意味？」
へびっちは何か言いたげである。その時、寝室の扉が開いて、なんとロイが顔をのぞかせた。
「あ、カー様いたの？」
「ロイ、どうしたの？」
「メメントをもってきたの。頼まれたんだ」
ロイは革袋をゆりに見せた。
「メメント？」
「じゃああっちにおいとくよー」
ロイはすぐに扉を閉めた。
「え、ええ？ えええええ？」
ゆりはへびっちをみたり白蛇を見たりしている。
「もしかして、侍女さんが妊娠したの？」
へびっちはうなずいている。
「え……ええええええー！！！！ おめでとう。おめでとう！」
ゆりは興奮しながら涙を流し、「おめでとう」を連発し、あまりに興奮しすぎてやばかったので早々に上の部屋へと行ったのだった。
泣きながら部屋にやってきたゆりを見て、ハザークは驚いていた。
「どうしたんだ？」
「侍女さんが妊娠したって聞いて、びっくりして！」
「あ、ああ、知ったのか」
「まさか……本当にこんなことがあるなんて……王様に言ってもいいですか？」
「安定期に入ったら言おうと思ってた」
部屋の中には人になっているほかの侍女もいた。
ゆりはその侍女にも「おめでとう」と言った。侍女は微笑んでいる。
「本当にびっくりしちゃって」
ゆりの左目は蛇の目に変わっていた。
「順調にいけば、どのくらいで生まれますか？」
「さーどれくらいだろうな。蛇同士なら一年もかからんが……」
これだけ特殊なカップルになると、ハザークにもわからない。
「すぐですねえ」
「そうだな」
その時レーヌとミシェイラはおもちゃ箱からおもちゃを出して箱の中に入って遊んでいた。
「肌に入るでしょうかねえ？」
ゆりは小声で聞いてみた。
「さあなあ。わからんな」
ハザークは首をかしげている。
「そうですよね。何かいるものでもあったら言ってくださいね」
「大丈夫だ」
黒目に戻ったゆりはぼんやりとした様子でハザークの塔を去ったのだった。
へびっちと侍女さんの子供ってことは、レーヌにひっついている子蛇とは、異母姉弟（妹）ってことか……なんかすごいな……
庭園にロイの姿が見えたので、ゆりはロイに近づいて行った。ゆりは小声で、「さっきベッドにいた侍女さんの名前はわかる？」と聞いた。
「え？ カー様わからないの？ さっきのはディオネさんだよ」
「ディオネさんね、ありがとう」
「カー様ってば目が悪いんだから」
ロイには言われてしまった。ゆりだけいまだに侍女の区別がついていないのだ。さすがにまずいとは思っているが、わからないものはしょうがない。
ゆりはロイと別れて王の間に行った。ちょうど客がいなかったので、ゆりはラクシュミに会いに行ったのだった。
ゆりが神妙な顔つきでやってきたので、ラクシュミは何かがあったのかとびびっていた。
「どうしたんだ？」
「王様、あのね、ディオネさんが妊娠したみたい」
「ディオネ？ だれだ？」
「ハザーク様の侍女さん」
「ええ？ へびっちの子か？」
「うん」
「そりゃすごいな」
ラクシュミもびっくり仰天だった。
「自分の息子がハザーク様の娘とひっついたと知ったら、レイアスはどんな顔をするんだろうなあ……」
ゆりはレイアスの顔を思い浮かべて、こんなことを思ったのだった。何千年も生きている娘が今更妊娠するとは、ハザークも驚いたことだろう。
ラクシュミはゆりをつれて休憩室の方に移動した。
「お祝いに飲もう」
「うん」
ゆりは棚からお酒と杯を二つもってきて、お酒を杯に注いだのだった。そして二人で杯を合わせてお酒を飲んだ。
「今年は私は妊娠しなかったけど、なんだか思い出深い年になりそうね」
「そうだな」
「侍女さんはどれくらいで出産するんだろう？」
「さあなあ、人ではないから、そんなにはかからないんじゃないか？ でも侍女には少しは人の血も入ってるし、わからんなあ」
「どういう蛇が生まれるんだろうねえ」
「それもわからん……ところで、お前がガーベラの儀式でもらった花は、もうどこにもないんだろうなあ」
「ないんじゃない？」
「あれがいっぱいあれば、人口増加できそうなのにな。カーラは今回かなり元気らしいぞ。全くどうなってるんだか」
「あの花には女性力を高める効果もあったのかもね。へびっちと侍女さんの子供かあ。人化できるようになればいいなあ……」
「そうだな。ハザークはますます長生きをしなきゃいけなくなったな」
ラクシュミは笑っていた。
その後ゆりが部屋に戻ると、へびっちが戻ってきていた。ゆりはへびっちの頭をなでなでした。
「おめでとう。へびっち」
へびっちはゆりに抱きついている。
「子供ができたら、レイアスに見せてあげたいね」
へびっちはうなずいている。
「女王様に過去に呼ばれて、こっちに帰ってきて、まさかこんなことになっちゃうなんてねえ」
ゆりが過去の世界に行かなければ、そしてイシュタールが闇の国に行かなければへびっちがこうなることもなかったのである。それを考えると、なんとも不思議な運命を感じる。
ゆりは夕食時、へびっちと侍女の話を子供達にして、みんなで乾杯したのだった。
「やっぱりそうだったんだ」
ラギとシスはうれしそうだ。
「知ってたの？」
「ロイがメメントを頼まれたって聞いたからもしやって思ったんだ。どの侍女さん？」
「ディオネさんだよ。カー様は未だにだれがだれかわからないんだよー」
ロイに暴露されて、ゆりはうっと声をつまらせていた。
「まあ、とにかくめでたいわよ。今日はいっぱいお酒を飲んでいいから」
「それじゃあもっといいお酒をもってこようっと」
アナスターシャは消えてしまった。
「二人の子供はどうなるんだろう？ お母さんの子供くらいに楽しみだねえ」
ラギはわくわく顔だ。
「本当だねえ。どういう蛇が生まれるんだろうね？」
「ミーの肌に入るね？」
ミシェイラはそっちの期待をしているようだ。
「ミシェイラ、それはまだわからないの。普通の蛇かもしれないから、もし入らなくても怒らないでね？」
ゆりはやんわりと言った。ミシェイラは頬をぷっと膨らませている。
「クーがいい子してくれたら怒んない」
「…………」
ゆりは沈黙している。
「ミシェイラ、肌に入らなくても、へびっちと侍女さんの子供、かわいいよ」
ナナミが言うと、ミシェイラは「うん」とうなずいたが、「クーになでなでしてほしい」と言っていた。
「まあ、またクーに会えるといいねえ」
ゆりは約束はせずにあいまいに答えていた。
さて神の国である。
ラーズは滝壺の近くの崖に座っていた。以前虹の妖精達が出現したのがここである。今日も綺麗な虹がかかっている。あたりには女の妖精達の姿もあった。
ラーズを好きな妖精たちもいたが、彼女達はそうそうラーズに近づいてきて話しかけてきたりはしない。たいていは、少し離れた所でラーズを見ているくらいである。
（最近あっちのガーベラには情けない所ばかり見られてるような気がするなあ……せっかく告白したのにあれから仲良くできてないし……）
ラーズがそんなことを考えていると、風の妖精が近くにやってきた。
「ねえラーズ様、ガーベラ様なんですけど、さらに恋人を増やされました？ たまに誰だか分らないけど、背が高くて髪が短い神様が、ガーベラ様の元に夜やってきている
ようなんですけど」
「あん？ また曖昧な噂か？」
「確かみたいですよ。でも神様が誰かわからないそうで」
「ふーん」
「女神の人気投票始まりましたよ。それでは〜」
風の精はふわふわと飛んでいった。
「全く噂が好きだねえ……」
ラーズはガーベラがだれと何をしようがかまいはしなかった。相手が単なる花の女神だったならば男に興味がありすぎるのは困るが、ガーベラは愛と欲望の女神である。
ガーベラを独り占めしたいと思ったこともない。独り占めするのはどんな男でも無理である。
人間達の世界は力主義なので、力が強い男は力が強い女と子供を為すものだが、その人間の行為に愛という感情をもたせたい。きっと誰かがそう思いガーベラが生まれたのだろう
とラーズは思っていた。ガーベラの性欲にも波があり、人間界で災害が起って大勢人間が亡くなったような時には、ガーベラの性欲が増す傾向にもある。
人口を増やしたいという人間達の意思も関係しているかもしれない。そんな時はとてもじゃないが一人の男では足りずに、ラーズはラクアと一緒にガーベラの相手をしたりもした。
オルガとジンラは一対一の方が好きそうだからである。
ガーベラがだれと過ごしてもいいのだが、相手の男のことは気になる。
（背が高くて髪が短い男って……誰かわからないっておかしいだろ）
妖精ならばともかく、神が誰かわからないってのはおかしなことである。相手はだれだろうと考えていたら、滝壺近くにラクアが現れた。ラクアが現れると、遠巻きにいた妖精達は
去ってしまった。ラクアはラーズの近くにあがってきて横に座った。
「さすが水の神様は貫禄だなあ」
妖精達が散ったのでラーズが笑っている。
「僕は君と違って妖精に嫌われてもかまわないタイプだからね。女神の人気投票が始まったね。今回はガーベラは上にいけるんじゃないかと思うんだが」
「そうだな。前回は……何位だっけ？」
「８位だよ。今回はさすがに５位以内には入るだろう」
「そうだな。ラクアは自分の人気は気にならないが、ガーベラの人気は気にするんだな」
「まあね」
二人で話をしていたら、クーリーフンが飛んできた。
「何してるの？」
クーリーフンは二人の側に下りて聞いた。
「別に何も。なあ、ガーベラの元に夜、私らとは違う神がやってきてる、とか風の精が言ってたんだが、誰か知ってるか？」
ラーズはラクアの前だったがかまわず聞いた。
「夜？」
「背が高くて、髪が短いけど誰かわからんらしい」
「わからんっておかしいだろう」
とラクア。
「ああ、サントスでしょ」
クーリーフンが言った。
「サントス？ 背は高くないと思うが」
「儀式の後、サントスが時々変身してくるってお母さんがいってたよ。僕も会ったことはないんだ。朝には普段のサントスに戻っていて、サントスは全然覚えていないんだって」
「へー。なんで変身してるんだ？」
ラーズが聞いた。
「お母さんともっと釣り合いたいって思ってるからじゃない？ 普段でも釣り合ってるけどね。男心は複雑なんだろう」
「そうなのか……それってサントスは知らない方がいいのかな？ やっぱり」
「まあ、そうかなあ」
「本人が知ったらどうなるだろう？」
ラーズはラクアの顔を見た。
「さあ、でも噂が出てるってことは、いずれサントスの耳にも入ってしまうかもしれないね。カサンドラにちょっと言っておけば？」
「そうだなあ。じゃあちょっとカサンドラに会ってくる」
ラーズは飛んでいった。
「……サントスってかわいいやつだね。ガーベラともっと釣り合いたいなんてさ」
ラクアはばかにするではなく言った。大体神格からいったら、ラクアとサントスは同等である。サントスは自分の立派な神殿だってもってもいいのだが、なぜかそれが嫌らしい。
ラクアにとってはサントスは謎だが、神々にはそれぞれ役割があり、その役割に沿った外見だったり性格だったりするので、サントスはあのままでも立派な土の神ということになる。
「さてと、人気投票にいこうかな」
ラクアは立ち上がった。
「ラクアもいれるの？」
「当然ガーベラを応援しなきゃ」
「今回はもうちょっと上にいければいいなあ」
クーリーフンも思うことは同じである。
その頃人気投票の会場では、すでに妖精達が大勢やってきて、自分の好きな女神に投票していた。女神の場合は木の札に横顔が書いてある。すでにダーナの札のところは
石が山積みだった。キュリアとネルもさっそくガーベラのところに石を置いていた。
「これで15個かあ。最終的には何個になるかしらねえ」
キュリアがガーベラの石を数えて言った。
「うーん、５０個近くはいくんじゃない？」
とネル。
「ダーナ様はすでに５０個くらいありそうね」
「そうね。さすがだわ。カサンドラ様も２０個くらいあるわね」
「ほんとだー」
二人が他の女神の石を数えていると、「ガーベラ様が！」とガーベラの話が聞こえてきた。
「ガーベラ様がディアメラ様と人気投票で対決するらしい。負けた方は自分の神器を渡す約束までしたらしい」
男の妖精の話に周りは「えー！」と声をあげていた。
「ええ？」
とキュリアとネルも反応していた。
「神器を賭けるなんて」
「本当かしら？ お母さんに聞いてこよう！」
二人はあわててその場を離れていった。
そしてその噂は雲の上の神殿にまで届いていた。
「ガーベラとディアメラがどちらが人気が上か、神器をかけて争うらしい」
アシュランにこう言われたハロルドは、「あほか」と一言発していた。その場に一緒にいたアリアスは、「ガーベラも思い切ったことするなあ……」と言っている。
「しかし今回は火の票も入るだろうし、結構競るんじゃないか？」
とアシュラン。
「神器って何をかけたんだ？」
ハロルドが聞いた。
「魅了の腰帯と、月の竪琴だ」
「それは他人にやっちゃだめなやつだろ。ガーベラは何を考えているんだか……」
ハロルドは、（まさかあっちのガーベラが約束したんじゃないだろうな？）とゆりを疑っていた。
「アリアスはディアメラを応援するんだろ？」
アシュランがアリアスに聞いた。
「娘達はダーナに入れるだろうが、私はどっちに入れよう。迷うな」
「私はディアメラを応援しよう」
とアシュラン。
「アシュランも票を入れるのか？ いつもは平等だって言ってるくせに」
ハロルドが驚いている。
「今回は一票入れたい。楽しそうだし。どれくらい競るか楽しみだなあ」
アシュランは笑っていた。
火の神殿ではルティアナが、「それじゃ私、みんなの分投票してきまーす」とサラディンに言っていた。
「投票？」
サラディンが聞いている。
「人気投票よ。当然お母さんに」
「ちょっと待て。妖精の分まで勝手に投票するんじゃない。みんな違う女神に入れたいかもしれないだろう？」
「え？」
ルティアナが広間にいる妖精達を見た。妖精達は、
「我々ももちろんガーベラ様ですが？」
とサラディンに言っている。
「そうよね？」
「うーん、いや、だめだ。今回我々は投票しない」
サラディンが言い出した。
「え？ なんで？」
「お前の分はしていいが、私と妖精達は参加しない」
「えーーーーーー！ なんで？ どうして？」
「今まで投票してないんだし、まあいいじゃないか。我々が入れなくても、ガーベラはきっと大丈夫だ」
サラディンは安心させるように言っている。
「あやしい。お父さん何があったの？」
「何もない。お前の分だけはいい。行ってこい」
「あやしーーーーーー！！」
「話は終わりだ」
サラディンはさっさと広間を出て行ってしまった。
「何があったの？」
ルティアナは妖精に聞いている。
「さあ、我々もわかりません」
妖精達も首をかしげていた。
「絶対あやしい。まあいいわ。私の分は投票してくるもん」
ルティアナは神殿を出て行った。
火の妖精達は確かに今まで神々の人気投票に参加してはいない。今回初めてルティアナに「参加しよう」と言われてサラディンに入れたくらいである。女神投票ともなれば、
ガーベラを応援したいと思っていた。だがだれもサラディンに逆らう気もないので、「サラディン様がそういうならば仕方ない」とそこで終わってしまったのだった。
しばらくして、ルティアナが神殿に帰ってきた。ルティアナは湯浴み中のサラディンのところに行き、
「お父さん、ディアメラ様に脅迫されたんでしょ」
とつぶやいた。サラディンは驚いて顔を向けている。
「お母さん、人気投票でディアメラ様と神器を賭けて争うことにしたんだって」
「え？ 嘘だろ？」
サラディンもこれには驚いている。
「人気投票にいったらみんな噂してたよ。だからディアメラ様に火の妖精達が投票しないように何か言われたんでしょ？ ディアメラ様ずるーい」
ルティアナはみんなの噂を聞いてそこまで推測したのだった。
「ガーベラは本当に神器を賭けたのか？」
「そういってたよ」
「なんでそんなばかなことを、だがガーベラなら……あれ？ ガーベラは前回何位だっけ？」
「８位か９位」
「8か９？」
サラディンは顔を引きつらせながら、「だが今回は、ハロルドやサントスと仲がいい妖精達も入れるんじゃないか？」と言っていた。
「火の妖精票がなきゃやばいよー」
「聞こえない」
「火の妖精ひょ〜〜〜〜う」
「何も聞こえない」
「なんて言って脅迫されたの？」
「脅迫なんてされてない」
サラディンは視線をずらしたまま、ルティアナの問いには答えようとしなかったのだった。
ガーベラの神殿にはダーナがやってきて、ガーベラは神器を賭けた話をダーナから聞いて驚いていた。一緒にいたクーリーフンも驚いている。
「お母さん、本当に腰帯を賭けたの？」
「神器の偽物しか賭けてないわよ？ まさか本物なんて賭けないわよー」
「でも、みんなそう言ってたわよ？ もうアシュランも知ってるらしいわよ」
「えー？ 負けても腰帯はあげないわよ。偽物を賭けたんだから」
「ディラメラったら何かずるい手を使う気じゃないかしら。もっと早く知ってたら娘達の投票を回せたのにー」
ダーナは悔しそうである。
「いいわよ。人気投票ってそういうことじゃないし……そんな熱くならなくても……」
「負けたらしゃくに触るじゃないのよ。ディアメラったら私じゃ勝てないからガーベラにふっかけたんだわ。そうに決まってるわ。こうなったらディアメラに勝つのよ、ガーベラ。
がんばって！」
ダーナの方が熱くなっている。
「いやー私は人気投票は別に……」
そこにハロルドがやってきた。
「ガーベラ、賭けの話は本当か？」
ハロルドはガーベラの顔を見るなり聞いている。
「私は偽物しか賭けてないわよ！」
「偽物？ 本当か？ なんでそんな賭けをしたんだ？」
「ディアメラが強引にしたのよー私はしたくなかったんだってば」
「今回はディアメラと競るくらいにならないとだめだぞ。あまりに差がつくとお前の評判が落ちる」
「評判が落ちるって……そんなことないでしょ」
「いやある。アシュランがあれだけ注目してるんだぞ」
「ディアメラがどれくらいいきそうか見てくるわ」
ダーナは出て行った。
「ガーベラは何票くらい入る予定だ？」
ハロルドはクーリーフンに聞いている。
「さあ。火の妖精票が入れば、５位以内には入るんじゃないかなあ」
とクーリーフン。
「それだけじゃ不十分だ。私の妖精達にもいれさせよう」
「やめてよ。人気投票なんてのは、気軽に好きな女神にいれればいいのよー」
ガーベラは面倒くさそうに言っている。
「ディアメラにはアリアスがついてるんだぞ。ただでさえ不公平じゃないか。ちょっと行ってくる」
ハロルドは出て行った。
「もーめんどくさい。人気投票も辞退したい」
ガーベラは頬を膨らませている。
「なんかへんなことになっちゃったね」
「なんでダーナとハロルドが熱くなってるのよ……ディアメラめ。偽物っていったのにー」
ガーベラはぶつぶつ言っていたが、本人に文句を言う気はないのか、長椅子に寝そべってしまった。
「儀式の花をもらった妖精達が、お母さんに流れてくれるといいねえ」
「流れないんじゃない？」
ガーベラはあっさり言っている。もちろんガーベラと懇意にしている妖精達はガーベラに入れるだろうが、他の妖精達はそこまでは思わないだろう。
「お母さん、ディアメラ様と神器を賭けたって本当？！」
今度はネルとキュリアがやってきた。そして続いてラクアもやってきて、「賭けの話は本当かい？」と聞かれた。
「私は偽物しか賭けてなーい」
ガーベラは同じことを言っている。
女神の人気投票は、なかなか混戦しそうである。
つづく
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