第４５話
人間界では七の月に入った。今日はぽかぽかしていい日よりである。ロイは川に泳ぎに行っている。城の庭園は花々が咲き乱れ、いろいろな色の蝶がひらひら舞っている。
ラギの花壇だけは相変わらずよくわからない怪しい花が咲いていた。蛇たちはひなたぼっこ中で、鮮やかな蛇ゴショクも、石の上でまっすぐに伸びている。ルーもそうだが、ゴショクも
この周りから勝手にどこかに行ったりはしない蛇である。蛇の中にも数匹、なじみの人間といたがる蛇がいるようだ。
ゆりの首には、アシュランからもらった宝石がついたネックレスがつけられて、キラキラ輝いていた。この宝石、日によって色が違うようである。神様の石だからだろうか。
この石も謎だけど、案外普通の宝石だったりして。その方がいいかもだけど
（アシュラン様と交信できたらどうしよう）
などとも思ったが、今のところ、石から声が聞こえることはない。
箱の石はどうやって増やしてるんだろう。夜中にこっそりアシュラン様が来てたらやだなあ。魔法で増やしてるんならいいけど
その石はニイニがうまれてから増えてはいない。ミシェイラに毎朝言われるので、そろそろ増やしたいところである。
ラギが近づいてきて、ゆりに封筒を差し出した。
「アヤコさんから手紙だよ」
「ありがとう」
ゆりは封を開けて中身を出した。そして手紙に目を通した。
「えー！ 王妃様ご懐妊だって！」
「え？ そうなの？ 王妃様そんな年だっけかな？」
ラギが驚いている。
「やっぱり虎の国にも神官が来たみたい。最高の赤い月だったんだろうねえ」
「へー。あの人あちこち行ったんだ。ガーベラの神官なの？」
「そうみたい」
ゆりは「あれはクーリーフンよー！」と言いたかったが、また来るかもしれないのでぐっとこらえていた。
ミシェイラはいつでもクーリーフンに会いたいと言っているのだ。
「お母さん、侍女さんの卵、そろそろ生まれるかなあ」
ラギはハザークの侍女のことを気にしていた。
「そうなの？ やっぱり卵かあ、どんな蛇が出てくるんだろうね」
「みんな何色かかけてるよ。白か緑か」
「もー、将来人になれる蛇が生れるといいなあ……」
ハザークの塔も、この３５年でずいぶん賑やかになったものである。
庭園にシャナーンがぱっと現れた。シャナーンはゆりに気づいて近づいてきた。
「それじゃ僕は行くね」
ラギは気を利かせて去って行った。
「いい天気ね」
ゆりが笑みを向けた。
「本当に、いい天気ですね」
とシャナーン。シャナーンの髪は日の光でキラキラ輝いてみえる。
「あのね、虎の国の王妃様がご懐妊なんだって」
「そうなんですか？ それはおめでたいですね」
「そうね。二人男の子だから女の子ができたら王様はでれでれになっちゃいそうよね」
ゆりは笑って言った。
ヴィラに縛られてから、こちらのゆりはだれとも別室でいちゃいちゃしてはいなかった。（みんなも最高の赤い月だったんだろうなあ）などと想像するとどうもそういう気にもなれないが、
結局元の関係に戻るのがどちらにとっても最良なのだろう。
（シャナーンの子供が生まれたら生まれたで、すっごくかわいいと思えるんだろうし、ここは割り切らなきゃだめね）
「ヴィクター将軍はとうとうおじいちゃんになるね。なんかいってた？」
「ショックだけどうれしいって言ってますよ」
「どんな子が生まれるか楽しみね。子供達の恋愛関係はどうなるんだろうねえ。そっちは全く想像できないわ」
「そうですね」
「将来的には、アナスターシャは過去から帰ってきて、立派な女王様を目指してくれればいいけどね」
「きっと、その頃には立派になってますよ」
３０年経ってもシャナーンはようやく１００歳くらいかあ。私は、あんまり年くってないように……
ゆりは密かにそう願ったのだった。
王の間にいるラクシュミはといえば、「カーラは元気か？」としょっちゅう妊娠したカーラのことを気にしている。
朝聞いたのに昼間も聞いている。
「まるで恋する男のようですなあ」
とフレイからはからかわれていた。
「しょうがないだろう。元気だと聞いても気になる」
「大丈夫ですよ。スキップするほど元気です」
「ならなぜここに来ない。来いといっておけ」
「恥ずかしいから王に顔を合わせづらいようですぞ」
「本当かあ？ 本当は病院のベッドで寝込んでるんじゃないだろうな」
ラクシュミはそこまで疑っていた。
ラクシュミがあまり気にするものだから夕方カーラが城にやってきた。
「王様、私は今回は元気ですから、心配しないでくださいね」
カーラは確かに血色もよさそうである。
「本当に妊娠してるのか？」
今度はラクシュミはそっちを疑っていた。
「私も違うんじゃないかと思うんですけど……妊娠してなかったりして。ふふ」
「ふふじゃない。もう一度検査したらどうだ？」
「まあ、できてたら３年後くらいに生まれますよ」
カーラはのんきに言っていた。以前の妊娠時にはなかったのんきさである。同じ女だとは全く思えない。
「ところで王様、あの新聞どうにかしてくださいな。私恥ずかしくて新聞も読めないんですよ」
カーラの妊娠は再び新聞に載ってしまい、最近のカーラ情報まで隅っこにのるようになってしまった。
カーラは抗議したが、そのコーナーは削除されなかった。
「みんな気にしてるんだろう」
「気にしないでほしいですわ」
「いいじゃないか。最近じゃみんな最初にあのコーナーを読むらしいぞ。カーラが無事だと知るとほっとしてるらしい」
「掲載料を取ろうかしら」
カーラはぶつくさ言っていた。
（カーラは元気そうだ。このままずっと元気なままでいればいいが……突然がくっと元気がなくなるんじゃないだろうな）
前回よっぽど大変だったのか、ラクシュミは元気なカーラを見ても完全に安心できないでいた。
ラクシュミと同じように不気味に思っていたのは、幼児のセルジュも同じだった。
カーラの様子にもびっくりだが、キースとカーラの熱々ぶりを間近で見ていると、（本当にお父さんか？）という気になってくる。
（うらやましいなあ。僕も大人になって女の子といちゃいちゃしたい。今いる女の子だったらだれがいいかなあ……）
セルジュはしょうがないので女の子と手をつないでいるところを想像していた。
（くそっむなしいぜ。そうだ。変身花って今どこかにあるかな？ しかしいきなり大人になってべらべら話しだしたんじゃ、不審がられるかもなあ。あと１０年くらいは我慢か）
「セルジュさん、何難しい顔してるんですか？」
部屋にやってきたセリアに聞かれたセルジュは、「えへへ」と笑っていた。
神の国である。人気投票も終わり、雰囲気的には落ち着いている。
アシュランの間でアシュランと他の神が会話をしていると、「ズドン」と何かが落ちる音がした。二人が見ると、アシュランの間の入り口の分厚いカーテンが下に落ちている。
「きゃはは」
「キャーバリアス様ー！」
「アシュラン様、申し訳ありません！」
という妖精の悲鳴も聞こえてきた。
「まったくいたずら小僧め」
アシュランは苦笑している。ガーベラとハロルドの子供バリアスは、ちょっと大きくなった。時々歩いている。行動範囲は広がり、いろんなものをつかんでめちゃくちゃにしている。
バリアスは力の神なのだ。その怪力たるや、凄まじい。
「何もない野原にでもつれてけ」
アシュランが妖精に声をかけていた。
「申し訳ありません」
妖精は平謝りである。バリアスはなんでも触りまくるので、ハロルドは自分の神殿に昼間はおいていない。雲の上の神殿に連れてきているのだが、世話をする妖精達はかなり大変である。
「だから、扉をつければいたずらされないのに」
とゆりならばそこで力説しそうだが、なにせ神の国にはめったに小さい子供も悪いやつもいないので、どの神殿にも扉がない。大事なものも部屋においてあるだけなのだから、
小さい子供でもいればいたずらはし放題である。最近ではライオネルもさじを投げる始末である。
そのライオネルはガーベラに文句を言いに来ていた。
「だから言ったでしょ。大きくなったほうが大変なんだって」
ガーベラは文句を言う獣姿のライオネルに言っていた。
「冗談じゃないぜ。あの怪力小僧、俺のたてがみをつかんで離さないんだからよ」
「ライオネルが好きなんだからしょうがないじゃない」
「しょうがないじゃないわー」
「モフーライーライー！」
子供の声にライオネルは飛び上がっていた。
「うわっきたー！」
なんとバリアスが両手を前にだし、とことこ歩いてガーベラの神殿に入ってきた。バリアスは金色の短髪、青い瞳の幼い子供である。すでに男の子とわかる顔立ちであるが、かわいい顔をしている。
「まあ、一人できたの？ お利口さんね」
とガーベラ。
「何がお利口さんだ！」
「でも、バリアスは私の髪はひっぱらないし、ちゃんとわかってるもんね。それにここに歩いてくるなんてすごいじゃない」
ガーベラはバリアスを抱き上げたが、すでに結構重い。
「ライーライー」
バリアスは手をばたばた振っている。
「そんなに好きなの。はい」
ガーベラはバリアスをライオネルに差し出している。
「いらねえ」
「そういわずに」
「いらねえって」
ライオネルはさっさと神殿を出て行き、バリアスはガーベラの腕から飛び降りて、ライオネルを追っていった。
「かわいい。まあジェイクはおとなしい子だったし、一人くらいはいたずらしてもしょうがないわよね。それに一時のハロルドに比べればかわいいものなんだろうし」
ガーベラは自分が育ててないのでのんきなものだった。
ライオネルはさっさと逃げていったが、歩き疲れたバリアスは、ふくれっ面で座り込んだ。
「ぶー」
そこにいたずら小僧パティウスが通りかかった。
「おっバリアスじゃん、何してんの？」
「ライーライー」
「ライー？ ライオネルはいないよ。よし、僕が遊んであげよう」
パティウスはバリアスを抱き上げて飛んでいった。
夕方、月の女神ディアメラは自分の神殿を出て泉のほとりにやってきていた。ディアメラの行動時間は主に夜であるが、早く目覚める時はあたりを散歩することもある。
一人でぶらつきたいときは妖精のお供もない。泉の周りには花が咲き乱れている。この泉は時々その色を変える、今は一面緑色をしていた。時々紫や青になることもあるのだ。
泉のほとりで近づいてきた鹿をなでていたら、横に女神がやってきた。
「あら、こんにちは、ディアメラ」
「こんにちは。アデリーヌ」
やってきたのは運命の女神アデリーヌである。肩までのストレートの金髪、優しそうな女神だ。額には、神の国にある運命樹という大木の葉っぱと枝でできた冠を乗せていた。
運命樹が枯れない限りこの冠の葉は枯れることはない。逆にこの冠の葉が茶色くなると、この世界の運命も終わるといわれている。
「何してるの？」
「別に何も、早く起きたからここでぼんやりしてたの」
「人気投票でガーベラと争ったんですってね。同点だったそうじゃない」
「余計なことをしなけりゃ私が勝ってたわ」
「そう。まあいいじゃない。あなたはどこでも人気が高いんだから」
ディアメラは人間界での人気も高い。気の強いところも、人間界ではむしろ歓迎されているのだ。
「ガーベラの海での人気があんなに回復してるなんて誤算だったわ」
アデリーヌは微笑んでいる。
その時である。「ジャボーン！」と激しい水音がして泉の水が跳ね上がり、二人とも驚いて泉を見た。何かが泉に落ちたのである。
ディアメラにも水がかかっていた。
「何？」
「何が……あ、子供だわ。ディアメラ、助けてあげてちょうだい」
「しょうがないわねえ」
ディアメラは泉に飛び込んだ。ここは泉といっても中央あたりはかなりの深さである。
ディアメラは泉にもぐった。どうやら泳げたようである。泉の底からはぼこぼこと水が湧き出ている。
ディアメラは泉の底に横たわっている男を発見した。
（あれ？ 子供じゃない）
長い金髪がゆらゆらゆれている。身体は大きいが、アリアスよりはかなり若そうだ。キラキラ輝く衣を身にまとっていた。
（落ちたのはこいつ？）
ディアメラは男の手を握りしめて、共に上に上がった。そして水面に顔を出して手を引いたとき、顔を出したのは小さな子供だった。
「あれ？」
つかんでいる手も子供のものである。ディアメラは子供の顔を見て目をぱちぱちしている。
「バリアスじゃない。大丈夫？」
アデリーヌの声が聞こえた。バリアスはにこにこ笑っている。
ディアメラは取りあえず、子供を連れて泉から上がった。
「きゃは、きゃはは」
バリアスはうれしげに足を揺らしている。
「一体どうして落ちてきたの？」
アデリーヌがバリアスを抱っこしてぬれた髪をなでていると、パティウスが飛んできた。
「あーいたいた。よかったよかった。投げたらとんでっちゃって」
「投げたらとんでったって、乱暴にしちゃだめじゃない」
アデリーヌが怒っている。
「死なないから大丈夫だよ」
とパティウス。
「僕が子守をしてるんだよ。えらいでしょ？」
「「全然えらくない」」
アデリーヌとディアメラはそろって言っていた。
バリアスはパティウスがつれて行ったが、パティウスは足を揺らしているし、また落としそうである。
ディアメラはびしょびしょの自分の服の布をしぼっていた。
「あなたも服を着替えなきゃ、とりあえず、私の神殿にくる？」
アデリーヌがディアメラをさそっていた。
「さっきね、水の中で男をみたのよ？ 手を引いて引き上げたら、あのガキに変わったの」
「ガキって、バリアス？」
「そうよ」
二人は話しながら歩いている。
「おかしいでしょ？ 確かに男を見たのよ。大人だったのよ？」
「ヘーもしかしたら、それってバリアスが大人になった姿なんじゃない？」
アデリーヌは仰天するようなことを言い出した。
「あのガキが？ 冗談でしょ」
「どんな姿だった？ ハロルドに似てた？」
「全然。力の神って感じじゃなかったわ。髪は金髪で、結構長かったし」
「ごつかった？」
「ごついってわけでもないかしら。横になって服がふわふわ浮いてたからわからないけど」
「素敵だった？」
「お兄様に比べれば全然だけど、まあそこそこ整った顔みたいだったかしら？ そんなにじっくり見てないから知らないけど。なにせ長い髪がわーってなってたし」
「バリアスはガーベラの血も引いてるしね。大人になったらいい男になるのは間違いないんじゃない？ まあこの泉は不思議なことがいろいろ起こるからね、きっと未来のバリアスがみえたのよ」
「未来のねえ……まあ私には関係ないけど」
ディアメラはそっけなく言った。
二人はアデリーヌの神殿についた。そんなに大きくはない神殿である。アデリーヌは布を渡して、ディアメラは衣を脱いで身体をふいた。
すらりとしていたが、引き締まった体つきである。
「最近の男ときたら、ほんと情けないやつばっかりで腹が立つわ。恋人が他に男を作ってものほほんとしてるんだから。お兄様もそうだけど、ラクアもラーズもサラディンも、
まったくどいつもこいつも」
ディアメラは愚痴りながら身体をふいていたので、アデリーヌは笑っていた。
「あなたは硬派な男がいいの？ サラディンはガーベラとひっつく前なら、そういう男だったんじゃない？」
「今は違うわよ」
「あんなに長い間一人だったんだから、いい男はさっさともらっちゃわないとだめよ。独り者の方が少ないんだから」
「私はごめんよ」
「アシュランにそのうち何か言われるんじゃない？ 約束があったんでしょ？」
「適当にごまかすからいいもの。それに、神格が高い独身の男もそんなにいないでしょ？」
「風の神ランサーが最近一人になってたわよ。他にはねー」
「ランサーあの軟派男なんて冗談じゃないわよ。私好みの男なんてそうそういないし」
ディアメラは身体を拭いた布をアデリーヌに渡していた。
「なら、あなたが自分で好みの男をつくったら？」
「私が？ どうやって？」
「たとえばさっきのバリアスとか、将来いい男になるし、性格も自分好みならいいんじゃないの？」
ディアメアラは新しい衣を身にまといつつ、ぽかんとしていた。
「バリアス？ 本気？ まだガキよ？」
「アマンザとかジェイクでもいいけど、ガーベラの息子達はみんな神格も高いし、大人になってあなたの相手になってもいいと思うわよ？ だって、あなたは急がないんでしょう？
もしくは、パティウス？ ふっ」
「パティウスなんてじょーだんじゃないわ！」
それだけはあり得ないとディアメラは首を横に振っていた。
ディアメラはアデリーヌの神殿を出て行きながら、（子供とは盲点だったわ）と考え込んでいた。
（確かに、私が自分好みの男に育てれば、結婚する気にもなるかも？ アシュランには時間稼ぎもできるし。アマンザ……うーん、酒の神ってのはつまんないし、ジェイク……
ハロルドに比べてだいぶおとなしめよね……うーん」
考えながら歩いていたら伝令神、ライサが飛んできた。
「ディアメラ様、アシュラン様がおよびですよー」
「そう？ つれて行って」
「はい」
ディアメラは、ライサと手をつないで飛んでいった。
雲の上の神殿には職人がたくさんいた。
「何かあったの？」
「バリアス様があちこちのカーテンをひっぱってしまったんです」
「そうなの」
アシュランの間にいくと、アシュランは微笑んでディアメラを出迎えた。アシュランの間のカーテンはちゃんとつけられている。
「お父様、もう馬車ができたんですか？」
「いや、馬車はまだなんだが、実は緑関係の神が最近大人になってな。お前と会いたいといってる。ちょっと話でもしてやってくれ」
「…………」
ディアメラは途端に沈黙していた。
「話をするだけだ。別にすぐ結婚しろといってるわけじゃない。弓矢の名手だし、お前とも気があうかもしれんぞ」
ディアメラは斜め上を向いている。
「神格はジュライよりかなり下なんでしょう？」
「神格が高い神はほとんど相手がいるぞ。お前が昔にその気にならなかったんだからしょうがないだろう」
（馬車をもらう前にもめるのはまずい）
ディアメラはそう思ったが、なんとも気乗りしない話だった。そこでディアメラははっとひらめいた。
「実はお父様、私、先ほど運命の出会いをしまして」
「運命の出会い？ 相手はだれだ？」
アシュランは目を丸くしている。
「まだ子供なんですけど、その子が大人になった姿を見たんですよ。もしかしたら、運命かも。その時アデリーヌも一緒にいましたし」
「子供？ だれだ」
「バリアスです」
「バリアス？」
アシュランは笑い顔である。
「ははーん、さては時間稼ぎをする気だな」
アシュランはあっさり見破っていた。
「違います。本当に、バリアスが大人になった姿をみたんです」
「アデリーヌにも聞くぞ？」
「アデリーヌは見てないですよ。でも、男を見た話はしたんで確かめてください。バリアスなら、ハロルドよりも下といってもまあまあ神格も高いでしょう？
そっちの神よりは」
「そりゃそうだ」
「私の場合、男と打ち解けるには時間がかかりますし、バリアスなら今子供ですし、長い時間をかければその気になると思うんです」
ディアメラはアシュランを説得するために必死である。
アシュランは後ろに顔を向けた。
「ライサ、アデリーヌを呼んできてくれ」
「はい」
と声が聞こえた。
「とりあえずさっきの話を確かめる」
「娘を信用しないのですかあ？」
「男に関してはなあ」
それから少しして、アデリーヌがやってきた。
アシュランは先ほどの話をアデリーヌに確かめていた。どうやら話は本当のようである。
「なら、バリアスがディアメラの運命の男だと思うか？」
アシュランはアデリーヌに聞いた。
「さーそこまではわかりません」
アデリーヌは嘘なく答えていたので、アシュランはディアメラを見ていた。
「どっちみち、バリアスが大人になるにはかなり時間がかかりそうだぞ」
「長い目でみてください」
「今までも長かったが……」
アシュランはため息をついている。
「バリアスを私好みの男に育てて、必ずその気になりますからー」
ディアメラはアシュランをなだめるようにやんわりと言っていた。
「育てる？」
「そうだ。今夜は私の馬車に乗せてあげましょう。それで一緒に空を」
「いやいやいや、それはやめとけ。子供は夜は寝るもんだ」
「そうですかあ？ では昼間遊びます。用件が終わりならこれで」
ディアメラはさっさと去って行った。
「本当に運命の相手かあ？」
アシュランはアデリーヌにふたたび聞いた。
「私は分りませんと言いましたよ」
「むー」
アシュランはうなっている。
次の朝、ディアメラはハロルドの神殿にやってきて、勝手に神殿の中に入り、眠ったままのバリアスを抱っこしていた。そしてハロルドの寝室にも入っている。
「ちょっと起きてよ」
その声でハロルドは目を覚ました。ベッドの横に予想だにしない女神がいたのでハロルドは驚いている。
「朝か夕方、私が数時間バリアスを預かるわ。それじゃ」
「え、おいおい、どうしたんだ？」
寝起きのハロルドは仰天してディアメラを止めている。
「バリアスと遊ぼうと思って」
「なぜだ」
「遊びたいから。後でつれてくるわ」
ディアメラはバリアスをさっさとつれて行った。
訳がわからないハロルドはその後雲の上の神殿でアシュランにその訳を聞き、口を開けていた。
「バリアスはまだ赤ちゃんを脱したばっかりだぞ？ 何考えてるんだ？」
「いや、私に文句を言われても……しばらくすりゃ子育てに飽きるだろうから、ちょっとやらせたらどうだ？」
「バリアスの性格がゆがんだらどうするんだ！」
「大丈夫だろう」
「息子の結婚相手がディアメラだなんてじょーだんじゃないぞ！」
ハロルドは父親らしく怒り、その後事情を聞いたヒルデリアも、「バリアスの性格がゆがんだらどうするんです？」と言っていた。
やはり親子である。
「ディアメラは性格はまっすぐだ。まあいいじゃないか、ちょっとくらい」
アシュランはたじたじで答えている。
一方、目覚めたらディアメラの神殿にいたバリアスは、きょろきょろと周りを見ていた。
「バリアス、今日から私が遊んであげる。何をして遊ぶ？」
ディアメラはにこにこ顔を向けていたが、バリアスはベッドから飛び降りて、はいはいしながら部屋を出て行こうとした。
「バリアス、もうちょっとここにいてよ」
ディアメラはバリアスを抱き上げている。
「やだ」
「まっ」
バリアスはディアメラの腕から強引に出て、今度はとことこ歩いて神殿も出て行ってしまった。
「もーバリアスったらー」
神殿にいる妖精達は、ディアメラの様子に困惑した様子である。
「あのー本当にディアメラ様がバリアス様を育てるおつもりなのですか？」
妖精は遠慮がちに聞いていた。
「そうよ。ずっと一緒にいるのは無理だけど、毎日顔をみてればきっと慣れるわ。バリアス、待ちなさい」
ディアメラはバリアスを追いかけていた。
バリアスは、途中でグレンに発見されて、抱っこされていた。
「グレーン、バリアスをかえしなさーい」
という声が聞こえてきたが、グレンは聞こえないふりをしている。
空の上の神殿に行くと、バリアスはヒルデリアに会いに行った。
「まま」
バリアスはヒルデリアを見るなり両手をあげている。
「バリアス、無事であったか。おいで」
ヒルデリアがバリアスを抱っこすると、バリアスは安心した表情だった。バリアスにとっては、ヒルデリアも母的存在らしい。
だが次の日も、その次の日も、ディアメラはバリアスをつれにきていた。バリアスは毎日脱走している。
「もうあきらめろ」
ハロルドがつい言っていた。
「いや」
「また逃げられるだけだろう」
「もう逃げ道は見切ったわ。ふふふ」
ディアメラはにやりとしている。
「そーいうことじゃないだろ。バリアスがいやがってるってのに」
「いやがってないわよ。喜んでるわよ」
「喜んでないだろ」
ディアメラは聞く耳は持たぬ様子で、さっさとバリアスを連れていった。
「あの頑固さ、だれに似たんだ？」
ハロルドはげんなりしながらつぶやいている。
今日もバリアスは目覚めるなりディアメラの神殿を出て行こうとしたが、そこに毛むくじゃらの男が現れた。ライオネルである。
「朝から呼ぶなんてどーしたんだ？ その気になったのか？ げえ！」
ライオネルは視線を下に向けてのけぞっている。
「なんでバリアスがここに！？」
「ライー！」
バリアスはライオネルにぴょんととびついていた。
「この子あなたが好きなんですってね。ちょっと付き合ってちょうだい」
とディアメラ。
「はああ？」
「私はなんとしてもこの子を手懐けてやるわ」
「なんだよそれ」
バリアスはライオネルの毛をつかんで身体をよじのぼり、胸にへばりついていた。
「ライーライー」
バリアスは大喜びである。
「そんなにこのライオネルが好きなの？ ここに来たらいつでも会えるわよー」
ディアメラは笑顔である。
「何だよ。いい話じゃないのかよー」
ライオネルはそのまま出口にむかってしまった。
「ちょっとライオネル！ ああ、もー！」
ディアメラは地団駄を踏んでいる。周りにいた妖精達は、（もう諦められた方が……）とだれが言うか視線を交わし合っていた。
「まあいいや、朝っぱらかなんだが、火の神殿にいこうかなー」
ライオネルは頭をかいている。バリアスはライオネルの胸元にひっついたままだ。
「きゃは、きゃはは」
「なんでディアメラのところにいたんだ？」
ライオネルが聞いても、バリアスは答えなかった。
ライオネルは途中ガーベラの神殿により、バリアスをガーベラに預けて去って行った。
ガーベラはハロルドから、「ディアメラが将来バリアスを夫にしようとして自分で育てたいと言っている」という話を聞き、
「それってなんのジョークなの？」
とハロルドに聞いていたのだった。
毎朝のディアメラの騒動は結構な笑い話になっていた。ディアメラはバリアスがヒルデリアの元にいるときは会いに行ったりはしないが、ハロルドの神殿にいる時を狙って
つれて行っている。そしてバリアスはその都度逃げていた。そのおかげか歩くスピードはかなり早くなっている。
「ディアメラ、バリアスを夫にってのはどーかなあ」
ついには兄であるアリアスがディアメラに言っていた。
「いいんです。そのうちバリアスも私のことが好きになります」
ディアメラは自信たっぷりである。
「もう少し大きくなってからの方がいいんじゃないのか？」
「それまでに男を薦められてしまいます。ジュライより下の下の下の下の神なんていやです！」
「いやーそれは……そうだ。ジェイクにしとけ。ジェイクの方がまだ扱いやすいぞ」
アリアスはハロルドの許可もとらずにジェイクを薦めている。
「お父様にはバリアスが運命の男だと言ってしまいました。ころころ変えると不審がられます」
（完全に疑ってるがなあ……）
アリアスは思ったが黙っていた。
２０回ほどバリアスに逃げられたディアメラは、自分の神殿につれて行くのをやめて、広いお花畑にバリアスを連れて行った。近くにペガサスもいる。
「バリアス、ほら、ペガサスに乗りましょう。ね？」
バリアスは座ってペガサスを見上げていたが、興味を示したのかペガサスに近づいていた。
（やった）
と喜んだのもつかの間、バリアスは素早くペガサスの足の間をはいはいで通り抜けて行った。
「こらーペガサスも興味なし？ そーだ。じゃあ泳ぎましょう！」
ディアメラはバリアスを荷物のように右脇にかかえて、大人のバリアスを見た泉へと連れて行った。そして泉のほとりから、「そーれ」とバリアスをほおりなげた。
バリアスは泉の中にじゃぼんと落ちて、そのまま沈んでしまった。
（また大きくなってるかも？）
ディアメラは自分も泉の中に入り水の中をのぞいたが、中にいたのは子供のバリアスだけである。
（今日は変わらないわねえ）
ディアメラはバリアスを助けに行き、「泳ぎを教えてあげる」と水面すれすれでバリアスを支えて強引に泳ぐ練習をさせていた。
「はい、手で水をかいてかいて、足をばたばたさせてー」
バリアスはあっぷあっぷしながら手を回していたが、泣いてもいないし、嫌でしょうがないというわけでもなさそうだった。乱暴な遊びのほうが好きらしい。
泉のほとりには運命の女神アデリーヌがやってきている。
「ここは泳ぐの禁止なんだけど……」
アデリーヌは困った顔でつぶやいていたが、水音のせいでディアメラにはさっぱり聞こえていなかった。
ハロルドの元には妖精が報告に来ている。
「今日も逃げたんだろ？」
ハロルドが聞くと妖精は、「今日はディアメラ様はバリアス様に泳ぎを教えてました」と報告した。
「泳ぎ？ あいつ泳げるのか？」
「結構乱暴にバリアス様をほおりなげたりしてましたが……」
「パティウスと同じレベルだな」
ハロルドはあきれた顔つきだった。
ディアメラがバリアスと結ばれる、なんてことは、ゆりが生きている間は絶対無理そうである。
つづく
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