第４７話
いろいろな出会いがあった夜のことである。
夜中、いつものように博物館にやってきたシャナーンは、中に先客がいるのに気づいた。
博物館の中は暗かったが、闇の中でも、シャナーンには中の様子がよく見えている。
「ミルキダス様、こんばんは」
ゆりの石像の前でたたずんでいたのはミルキダスだったが、この晩のミルキダスはシャナーンにはどこか違って見えた。
（ん？）
最近ミルキダスの気は少し変わっていたが、今のミルキダスはその時以上に変わっている。
目の前にいるのが見かけが違う男だったならばミルキダスとは思わないほどに、シャナーンには違ってみえた。
「ミルキダス様？」
二度目の呼びかけで、ようやくミルキダスは顔を向けた。
「やあ、こんばんは」
ミルキダスは挨拶を返した。ミルキダスは笑う様子も、恥ずかしがる様子もなかった。
「…………」
シャナーンが何か言おうとしたとき、ミルキダスは「おやすみ」と言って消えてしまった。
「？？？？」
シャナーンは首をかしげている。
（なんだろう？ いつもの様子とは違ってみえたのだが、気になるのは気だ。気質がかなり違って感じられる。どういうことだろう？）
不可解なことに対する反応か、背筋がぞわぞわするのを感じたシャナーンだったが、この夜はとりあえず、ゆりの石像を眺めて自分の屋敷に帰っていた。
自分のベッドに入ったシャナーンはミルキダスのことがまだ気になっていた。
だが、今すぐにどうこうしなければならないというほどではないと思っている。
（ミルキダス様に会うのはよくないような気がするのだが、どうしてそう思うのか、それが分らない）
翌朝、シャナーンはどうしてもシスに会いたくなり、仕事の前に城に行っていた。そして普段通りのシスに出会った。
「おはよう。シャナーン」
「おはようございます。シス様」
いつも通りの元気なシスを見て、シャナーンはどこかほっとしたものを感じていた。なぜかは自分でもわからない。
「朝からどうしたの？」
「ちょっと寄っただけです。それではまた」
シャナーンは他の子供達とゆりの顔を見て、変わりがないのを知り、城を去って行った。
その後職場でジェナサイトの噂を聞いたシャナーンは、（ひょっとしたら、ミルキダス様にも何かあったのかも？）などと思ったのだが、
背筋がぞわぞわする感じは消えなかった。このまま見過ごさない方がいいと思ったが、ミルキダス本人にはなぜか会いたくない。その理由はやはりわからない。
夕方、北の砦でフリットを見かけたシャナーンは、ミルキダスのことを聞いてみた。
「今日ミルキダス様に会いましたか？」
「いや、会ってない。ミルキダスは病欠で休んでるそうだ」
「そうなんですか？ 珍しいですね」
「そうだな。寝込んでるほどでもないらしいが」
「そうですか……」
今日のフリットは寝不足の顔つきだった。
「そういえば、巻き貝の話を聞いたか？ 王妃のベッドからなくなった巻き貝、なんと過去の女王様が持っていたそうなんだ。レーヌ様と夢がつながって、
それで渡ったらしい」
「えー？ 過去の女王様が？」
「ヴィラがディラン殿と夢で出会って聞いたらしい。昨晩はいろんなことがあちこちであったようだ」
「他にも何かあったんですか？」
「私のところには、実はガーベラ様がひょっこりやってきて話をした。突然なんでどうしていいやら、ほんとに困った夜だった」
といいながら、フリットはまんざらでもないような顔つきだった。
「ガーベラ様が……」
ガーベラの話はさほどシャナーンの興味をそそらなかった。それよりも昨晩のミルキダスの方が気になっている。
フリットと別れたシャナーンは、（病欠か、いっそのことお見舞いにでもいってみようか）と思っていた。
そう思ったとたん、右腕がずんと重くなった感触がした。
「？」
右腕にいるのは紺色の子蛇である。
（もしかして、子蛇が嫌がっている？ なぜ？ ミルキダス様と何か関係が？）
さっぱり理由が分らなかったシャナーンはこのことをフリットに相談してみようか、とも思ったが、子蛇のことならヴィラやジュノーの方がいいかもしれない、と
二人に連絡を入れたのだった。
こうしてこの夜は、ヴィラの屋敷にジュノーとシャナーンが集まることになった。３人は酒飲の間の丸いテーブルの周りに座っている。
「私達に相談なんて珍しいな」
ジュノーがシャナーンに言った。シャナーンは悩みなど、他人に相談しそうにないタイプである。
「お二人は、最近ミルキダス様に会いましたか？ 昨晩博物館で出会ったんですが、なんだか様子が変だったんですよ」
シャナーンは真面目な顔で語っている。
「ミルキダス？ 病欠じゃなかったか？」
ヴィラがジュノーに聞いた。
「二日前から休んでるよ。珍しいと思ってたんだが」
とジュノー。
「様子が変ってどう変だったんだ？」
ジュノーが続けて聞いた。
「気が、かなり違ってみえたというか……なんだか別人のように感じて……」
「ジェナサイトはかなり気が強くなってたがな、そういや、夢にはミルキダスはこなかったそうだが」
とジュノー。
「ミルキダス様のお見舞いに行こうかと思ったとたん、右腕が重い感触がしたんです。どうやら私の子蛇はミルキダス様に会いたくないようで、そのせいか、
会わない方がいい気がするんですよ」
「えー？」
「どういうことだろう？」
ヴィラとジュノーは顔を合わせている。
「私にも、理由がわからないんです」
「明日の朝、私がミルキダスに会いに行ってみるよ」
ジュノーが言った。気になったヴィラも「一緒に行く」といい、明くる朝朝食を食べてから、二人はミルキダスの屋敷へと行った。
ミルキダスの屋敷は二人の屋敷とわりと近いところにある。建物はそう大きなものではないが、普段はミルキダスが一人で住んでいる。家の掃除などは彼女たちが
交代でしているようである。
ジュノーとヴィラの二人は思念でミルキダスに呼びかけてみたがミルキダスは答えず、二人は強引に屋敷にあがることにした。応接室のソファにミルキダスは座っていたが、
二人が現れると、かなりおもしろくなさげな顔つきになった。
「ミルキダス、なぜ思念に答えないんだ？」
ジュノーはミルキダスに聞きながら強烈な違和感のようなものを感じていた。明らかに、いつものミルキダスとは違う感じがするのはなぜなのだろうか。姿はミルキダスなのだが、
雰囲気がまるで違うのである。
「私は今病気だ。仕事もできない。休みたい。ほっておいてほしい」
ミルキダスは座ったまま言った。
「病気なら、病院に行ったほうがいい」
ヴィラが言ったが、ヴィラもジュノーと同じように、不気味な感じを抱いていた。
「そのうちに、いく」
ミルキダスは二人から目を離して言った。
「ミルキダス……一体……」
ヴィラはジュノーの腕をつかんでいた。
―でよう
―え？ ああ
「また来るからな」
二人は瞬間移動で消えた。
屋敷の外に出てから、ジュノーが「どうしたんだ？」とヴィラに聞いた。
「わからんが、私の右腕が重い。私の子蛇も、ミルキダスには会いたくないのかもしれない」
ヴィラは自分の右腕をさすっている。
「そうなのか？ そういえば、私もなんか腕がぴりぴりするような……、あのミルキダスはなんか変じゃないか？」
「変だな。何があったんだろう？」
二人は首をかしげるばかりだった。
「これは、王に報告するべきだよな？」
「そりゃそうだろう」
「子蛇といえば、へびっちなら何かわかるかも？ 昨晩は帰ってこなかったんだよな。たまに侍女を気にしてあっちに泊まってるらしい。ちょっと会ってくるわ」
「そうか。私は王に報告しておこう」
二人はそろって城の方に飛んだのだった。
その頃食後のゆりの元には、ミカエルがやってきていた。
「王妃ーおとついの夜は神の国に行ってたでしょ」
「おとつい？ 行ってたかも。なんで知ってるの？」
「その時、ガーベラ様が私に会いに来てくださったんです」
「えー！」
フリットはまだゆりに言ってなかったので、ゆりは知らなかった。
「本当に？」
「ガーベラ様は王妃の姿で遊びに来てくれたんですよ」
「ミカエルのところにきたの？」
「フリットの所に来たんです」
「じゃあフリットに会いに来たんじゃないの？」
「私に会えてとっても喜んでましたよ。王妃はどうせハロルド様といちゃいちゃしたんでしょ」
「してないわよ。それでガーベラは何か言ってた？」
「王妃と私のなれそめを聞かれました。ガーベラ様だと思うと、やっぱりいろいろするのは無理ですねえ」
「ミカエルでも無理なんだ」
ゆりは笑っている。
「でも会いに来てくれたのがうれしかったです。まだ王に言ってないんですよねー言わない方がいいですかねー」
「さあねーあ、そうだ。巻き貝の話は聞いた？ まさか女王様がもってたなんてねえ」
「聞きましたよ。私も夢で誰かに会いたい」
「ハインリヒに会えるかも」
「会いたくないです」
「ガーベラに会えたんだからいいじゃない」
「息子達に、お父さんはガーベラ様と親しいって言いたいんですが、言ってもいいですかねえ？」
などとミカエルは聞いていた。
王の間では、ヴィラがラクシュミにミルキダスのことを話し、ラクシュミは首をかしげていた。
「本人を見てみないとわからないな。ここに連れてこられないか？」
「病気だと言ってますからね。病気の者は、城には入れることができない決まりですし」
とヴィラ。
「うーん、なぜ私の思念に答えないんだろうな……」
と言ったラクシュミは、ミルキダスに思念を送っていたが、やはりミルキダスからは何も反応がなかった。
ラクシュミは遠見の力があり敵を探ることはできるのだが、一族の者のプライベートを探るようなことはしないのだ。
たとえ王でも個人の生活を監視するようなことはしたくないのである。
「ジュノーがへびっちをつれてミルキダスのところに行ってみるそうです」
今ジュノーからヴィラの元に思念が届いたのだった。
「なんでへびっちだ？」
「私の子蛇がなぜかミルキダスに会いたくないようなんです。へびっちなら理由が分るかと思いまして」
「はあ？」
この場にはフレイも呼ばれて、あれこれ３人で話していると、ジュノーがやってきた。手には服を持っている。
「何かわかったのか？」
ラクシュミが聞いた。
「へびっちをつれてミルキダスに会ったんですが、へびっちは泣き出して、蛇になってしまいました」
「泣いた？」
「なぜだ？」
ラクシュミもフレイもヴィラも、さっぱりわからない顔つきである。
「私にもわかりません。ちなみにミルキダスはすごく怒ってました。病気だから来るなと」
「なんの病気かわからないんじゃ困る」
とラクシュミ。王の間にミカエルがやってきた。城にいたのでラクシュミが呼んだのである。
「ミルキダスはそんなにおかしいんですか？ ここに強引につれてきましょうか」
ミカエルが言った。
「本人は病気だといってますが」
とヴィラ。
「最近流行病などはどうなんですか？」
ミカエルがフレイに聞いた。
「最近は聞かないが……病気のようだったのか？ 彼女達はそこまでは言ってなかったが」
フレイがジュノーを見た。
「いえ。風邪とかそういう感じではないですよ。ただへびっちが泣いたのが気になるんですが……」
「会ってみたい。まさか前のイシュタールのようになったわけでもないだろうし」
ラクシュミはどうしてもミルキダスを側でみたくなっていた。
「私が会って、大丈夫そうなら連れてきますよ」
ミカエルは去って行った。
「へびっち、一体何があったんだ？」
ヴィラは、ジュノーの肌にいるであろうへびっちに話しかけたが、へびっちは出てこなかった。
ミルキダスに会いに行ったミカエルは、勝手にミルキダスの屋敷に入っていた。ミルキダスは自分の書斎にいた。
「来るなと何度言えばわかるんだ？」
ミルキダスはかなり怒っている。
「元気そうじゃないか。病気にはみえないし、お前がサボリとは珍しい。ちょっと付き合ってくれ」
ミカエルはミルキダスに近づいている。
「いやだ」
「来い」
ミカエルは嫌がるミルキダスをひっ捕まえて移動した。
ミカエルは王の間の扉付近にミルキダスとともに現れた。
ミルキダスは苦虫をつぶしたような表情である。
「ミルキダス、一体何があったんだ？」
ラクシュミはいいながらも、ミカエルに指で仕草していた。ミカエルはミルキダスの身体をぐるりと回している。
「離せ！」
ミルキダスはミカエルの手を振り払っていた。
「体調が悪いんです。しばらくは、休ませてください」
ミルキダスは頭を下げて言っていた。
「そうか、すまなかったな。休んでくれ」
ラクシュミが言うと、ミルキダスは扉からさっさと外に出て行った。
「…………」
ラクシュミは顎に指をあてている。
「何かわかりました？」
ヴィラが聞いた。
「うーん……」
ラクシュミはうなっている。ミカエルは自分の右腕をさすりながら近づいてきた。
「どうしたんだろう。右腕が変だ」
「子蛇が嫌がってるんですよ」
ジュノーが言った。
「どうしてだ？」
「さあ。それがわかれば解決すると思うんですが」
「とりあえず、あれはミルキダスですか？」
ミカエルがラクシュミに聞いた。
「違うな」
とラクシュミ。
「ではだれなんです？」
ヴィラは目を丸くしている。
「さあ、だが一つ分ったことがある。ミルキダスの蛇を見ようとしたんだが、ミルキダスの肌に蛇がいなかったんだ。元からいた蛇も、子蛇も、身体のどこにもいなかった」
「え？」
「えええ！？」
皆同様に驚いている。
「フレイ、一体どういうことだ？ なぜ、肌から蛇がいなくなったんだ？ そのせいでミルキダスは別人になってしまったのか？」
フレイは大きく首をかしげていた。なんとも奇妙な話である。
「……ちょっと前のジュノーのように子蛇は外に出る可能性がありますが、元からいた蛇がいなくなるとはおかしいですな。我々の肌から蛇が消えるのは、
死ぬときだけです」
王の間に緊張が走った。
「だがミルキダスは生きてる、というかミルキダスなのかどうかわからない者が」
「我々の子蛇は、ミルキダスの子蛇が消えたことを感じたのかもしれません。へびっちも、それで泣いたのかも」
ヴィラが言った。
「ちょっと前まで普通のミルキダスでしたがね。何があったんでしょうか」
とミカエル。
「うーん……キャシーやジェシカもこれといって何もなかったと言ってるが……」
ラクシュミはミルキダスの彼女にも思念で聞いてみたが、何も情報はなかった。
「ミルキダスは私の思念に答えないんじゃなくて、いないから答えられないんだ。一体どこに行ったんだろう？ 何か、きっかけがあったはずだ。事故か何か。でなければいなくなる
わけがない」
「肌の蛇が消えて生きているというのもおかしなことですが……そういう話は聞いたことがないですぞ。
ちょっとハインリヒを呼んでみましょう。過去の時代ならばそういう事例もあるかもしれませんし」
「そうだな」
一同は神妙な面持ちで、ハインリヒが来るのを待っていた。
王の間にやってきたハインリヒは、「何かあったんですか？」と皆の顔を見回して聞いている。
「実は、ミルキダスがおかしなことになってる。様子が変だったんで強引にここに連れてきたんだが、肌の蛇が２匹ともいなくなっていた。ミルキダスではない誰かが、ミルキダスの
身体にいるようなんだ」
「ミルキダスは死んで身体を誰かに乗っ取られたとでもいうんですか？」
ハインリヒの言葉に、ジュノーやヴィラはドキリとした顔つきだった。想像したくない話である。
「だが、事故や事件なども起ってないんだ」
「ミルキダスではない誰かって、だれなんでしょうか。本当にミルキダスではないんですか？」
「違う」
「肌の蛇がいなくなるのは死んだ時だけだと私も思ってましたが……」
「過去の時代でもこういう話は聞いたことがないか？」
「ないですねえ。肌の蛇……といえば、大人になったドルイドが前に奇妙なことを言ってましたよ。
これとは全く関係ないかもしれないですが、肌の蛇が身体を操ることがあるっていってました」
ハインリヒは大人になったドルイドと話したことを思い出していた。
「それは何の話だ？」
ラクシュミが聞いた。
「ドルイドは王妃に会わないでおこうと思ったんですが、肌の蛇が王妃に会いたがって、瞬間移動ができなかったと言ってました」
「そうなのか？」
「肌の蛇にも意思があるようなことを言ってましたよ」
これはこれで奇妙な話ではあるが、ミルキダスの件とは関係なさそうだと思っていると、ジュノーが「あ！」と声をあげた。
「そういえば、ミルキダスは自分の肌の蛇と語る実験をしてましたよ！」
ジュノーはそのことを思い出した。
「実験？」
「ヴィラは夢で子蛇に出会っているでしょう。あんな感じで、自分の肌の蛇に会いたいと言ってたんです。過去の文献を読んだりもしてたそうなんですよ」
「……それが何か関係ありそうか？」
ラクシュミがフレイに聞いた。
「わしも過去の文献を読んだことがありますよ。肌の蛇の研究をしているうちに人格が変わった者がいたそうです。何人かいたそうで、肌の蛇の研究は、今まであまり
されてこなかったんですよ。肌の蛇はただの力の象徴だとわしも思ってた時期がありましたが、王妃が蛇紋の子蛇を生んで考えを改めました。
我々の肌の蛇は、実は生きている。我々の心の奥で眠っているんです。過去の男達の蛇は愛によって目覚めて子供を作ったんですから、それが事実なんですよ。
ミルキダスは自分の肌の蛇との対話に成功してしまったのかもしれないですな。肌の蛇を研究して人格が変わったというのは、もしかしたら、肌の蛇に人格を
乗っ取られてしまったということだったのかもしれません」
「え？」
ラクシュミはぽかんとしている。
「ではあれは、ミルキダスの肌にいた蛇だとでもいうんですか？」
ミカエルが聞いた。
「ミルキダスではないが一族のような気を持った男か、もしかしたらそうかもしれない。どうして子蛇までいなくなったのだろう？」
ラクシュミにはそこが疑問だった。
「彼に逆らったので、ミルキダスとともに消されてしまったのかもしれませんな」
とフレイ。
「消された……？」
なんとも悲しいつぶやきだった。
大勢いる兄弟達、その一人がいなくなってしまったのである。
ミルキダスがいないということも悲しいことだったが、子蛇が一匹いなくなったという事実にも、彼らは衝撃を受けていた。
そして、いつも共にいる彼らの肌にいる蛇、その蛇が意思を持ち、本体を攻撃してきたというのである。
彼らにとっては怖い話である。
「うーん、どうすればいいだろうか。彼に、目的のようなものはあるのだろうかなあ。身体を返せといって、返してくれるのかどうか……」
ラクシュミも、どうしていいやらさっぱり分らなかった。なにせ彼は自分の一族の者といっても自分の命令を聞くのかどうかはわからない。
「あのーということは、だれでもそういう可能性があるんですか？ 私も、私の肌の蛇に身体をとられることがあるってことですか？」
ミカエルが聞いた。今まで考えたこともない話である。
「もしかしたら、彼には目的があるのかもしれませんよ。ミルキダスとずっといたんですから、悪人ではないですよ。２，３日様子を見て、彼に聞いてみましょうよ」
ヴィラが提案した。さすがにすぐに彼に会うと逃げられるだろう。
「そうだな……」
「肌の蛇にそんな力があるとは、信じられないですが……」
ミカエルはまだ信じられない様子である。
「とにかく、ちょっと落ち着いてから彼に聞いてみよう」
この場はこれで解散になった。
ジュノーもヴィラも、すっかり仕事をする気分じゃなくなっていた。二人はジュノーの屋敷に移動している。
「肌の蛇って自分の味方って思い込んでいたがなあ。違うこともあるのかな？」
「そうだな。私も味方だと思っていたよ」
ヴィラが答えた。
「私の蛇も、なんか考えていたりするのかなあ」
「あまり考えない方がいい」
「考えちゃうじゃないか」
「王妃にはいつ言うんだろうなあ」
「王が一番悩んでるだろうな……」
（うーん、彼の目的が分るまでは、ゆりには言いたくないなあ……）
王の間ではラクシュミはそう思っていたが、ラクシュミの側に番兵がやってきて耳打ちした。
ラギがミルキダスが病欠だというのを知り、連絡を取ろうとしているというのである。
ラクシュミはラギを呼び、「ミルキダスは最近働きすぎて疲れてるようだ」と説明した。
「そうなんですか？ じゃあどこか悪いってわけじゃないんですか？」
「まあな、数日休めば元に戻るだろう」
「そうですか。よかった」
ラギはほっとして王の間を出て行った。
（数日経って元に戻らなかったらどうしよう……ミルキダス、頼むから帰ってきてくれ）
ラクシュミはしつこくミルキダスに思念を送ってみたが、やはりミルキダスからの返答はなかったのだった。
つづく
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