第48話


眠る前の呼びかけ、もう何度目になるかはわからないが、今宵も（君に会いたい。会って話がしたい）と思いながらミルキダスは眠りについた。

眠りについた後、ミルキダスは夢を見た。

白い空間に、別の男がいるのである。上も下も赤い簡素な服を着た自分と背格好が似た男だった。ミルキダスと少し離れた所に座っている。

（ついに成功した！）

ミルキダスはすぐにそれが誰か理解した。

背を向けて座っていた男がこちらを見上げた。

肌にはびっしりと蛇の鱗の模様がついている蛇の目をした男だ。

ミルキダスはその男に近づこうとした。その時後ろに右手が引っ張られた。後ろを見ると、そこに赤い服を着た子供が立っている。

どうやら子蛇が人化した姿のようだ。

子供はミルキダスの腕を後ろに引っ張り、顔を横に振っていた。

「どうしたんだ？」

子供は何かを訴えようとしていたが、ミルキダスには分らなかった。そうこうしているうちに、すぐ側に男がやってきていた。

ついに子蛇はミルキダスの腰に腕を回して後ろに引っ張っている。

ミルキダスの両腕が男につかまれた。男は顔を寄せた。

「カワレ」

「え？」

ミルキダスの意識は瞬く間に飲み込まれてしまったのだった。



「お父さん、夕食をもってきたよ」

ミルキダスの屋敷に、娘のクララとリリーがやってきた。

「ありがとう」

ミルキダスになっている男は、普通にお礼を言った。

「具合はどう？」

「もう少しかかりそうだ」

「そうなの。ゆっくり休んでね」

娘達は、あまり何も聞かずに去って行った。

いくらおっとりしているとはいえ、父親の異変にさすがに気づいている二人だったが、理由はさっぱりわかってはいないに違いない。

母親達も娘達も、ミルキダスの気の変化が、中身が別人になっているせいとまでは思っていなかった。

ミルキダスは思念には答えないのだが、会って話すと普通に会話が成立していたせいだろう。何かあったのだろう、とは思っていたが、心理的なものだと思っている。


「いろいろ面倒だな……」

男はつぶやいていた。



ミルキダスを城に連れてきたその夜、ミカエルは自分の屋敷でイシュタールとフリットにミルキダスのことを話し、ジュノーとヴィラはシャナーンに説明していた。

説明された３人は、同様に仰天している。


「ミルキダスをほっといてもいいのか？」

イシュタールはまずミルキダスのことを心配していた。

「肌の蛇に意識を乗っ取られるなんて……信じられないな……」

とフリット。フリットもミルキダスのことを心配していたが、肌の蛇がそんな悪さをするということがまず考えたこともないことだった。

「私も信じられない。もし、私の紫の蛇が、私になりたいと思っていたらどうしよう」

ミカエルは悩むように言っていた。

「ミルキダスはそんなに弱い心の持ち主ではないと思うが……子蛇も消えてしまうなんて、ショックを受けたへびっちは大丈夫かな？」

イシュタールは次にへびっちの心配をしている。

「うーん、なぜだ。なぜ、ミルキダスの蛇は本体を乗っ取ったんだ？」

フリットが聞いた。

「さあ」

「子蛇も邪魔だから消したということか？　肌の蛇にはそんなにすごい力があるのか？　あ、もしかして、私の蛇はへびっちを邪魔にしてるからへびっちが私の所にあまり来ないのだろうか？」

イシュタールはそういう想像をしていた。

「私の蛇も、へびっちをかわいがってると思っていたんだが……」

「かわいがってると思うがなあ。我々の蛇は、子蛇を邪険には思ってないと思う」

フリットが言った。

「なんでわかるんだ？」

とミカエル。

「我々がこんなにかわいいと思ってるんだぞ？　思いを共有していると思いたい」

「共有してないから消したんじゃないのか？」

「肌の蛇に乗っ取られる話ってよくあるのか？　私は聞いたことがないが」

イシュタールは蛇がいる首のあたりをなでている。彼らの肌の蛇たちは、この話を聞いているのかどうか、それも不明である。

「よくはない。こんなことがしょっちゅうあったら、それこそ我々は大騒ぎだろう」

「それで、そのミルキダスはどうするんだ？　しばらくそっとしておくのか？」

フリットが聞いた。

「今日は何度も行ったからな。２，３日経ってからの方がいいかと思って。あれだけ怒ってりゃ目的も教えてくれないだろうし」

「早いほうがいいと思うが」

「ミルキダスに会ってみたいんだが」

イシュタールが言った。どう変わっているのか、実際に見てみなければわからない。

「フレイ様と王が許可を出せばな」

「本当に信じられない話だ……」

「全くだ……本当にミルキダスじゃないんだろうな」

「違う」

「うーん……」

話を聞いてもさっぱり実感がわかない二人だった。



さて、この夜ハインリヒは、息子のドルイドと同じベッドにいた。夜ドルイドの顔を見に来たところ、ドルイドが「服を脱いで寝る」というので、横で待っていたのである。

案の定、ドルイドは大人に成長した。子供がいつの間にか大人になっているのだから、何度見ても不思議なものである。

「よお、ドルイド」

というと、ドルイドは挨拶もせずにベッドの下に手を突っ込んでいた。

「会いたかったよ。パパ、は？」

「同じベッドにいるんじゃない」

ドルイドは愛想なく言ってベッドの下から箱を出して服を着ていた。夏なので、軽装である。

「その服私が選んだんだ」

とハインリヒ。

「ありがとうパパ、は？」

「うっとおしいよ。パパ」

ドルイドはあきれた顔つきで嫌みったらしく言った。

「そんな顔をしなくていいだろう。実は事件があって、お前に会いたかったんだ」

ハインリヒは真面目な顔をした。

「事件？」

ハインリヒはミルキダスのことをざっと話した。ドルイドはベッドに座って聞いている。

「お前が、肌の蛇がどうの言ってたから、何か解決案があるかと思ってな。お前の肌の蛇は、お前に成り代わりたいと思ってると思うか？」

「……思ってないと思うがな……成り代わって何をしたいんだろう？」

「さあ」

「彼に会ってみたいな……」

「夜中だからな」

「私の蛇に関していえば、彼女に会いたい、とか、子蛇がかわいいという意思は感じられる。私に成り代わりたいとまでは思ってないと思う。もし、私がかたくなにゆり様に会わなかったら、

身体を乗っ取って会おうと思ったかもしれないが、彼の目的はなんだろう？　何かをしたいと思わなければ、身体を乗っ取らないだろう」

「だよな。……ミルキダスは今博物館に移動したそうだ」

「今？」

「思念が来た。一応見張りがついてる」

「彼に会いたい。会ってもいいか？」

ドルイドが聞いた。

「うーん、まあいいが、あまり刺激するなよ」

「わかっている」

二人は立ち上がり、移動した。



ミルキダスになっている男は、博物館の中の、ゆりの石像の側に立っていた。ジュノー達も、ドルイドが彼に会いに行ったと思念で聞き、屋敷で待機している。

ドルイドが博物館に入っても、男は出て行かなかった。どうやら、相手の気をさぐるのは得意ではないらしい。

「やあ」

と話しかけると、男ははっとドルイドを見たのだった。

「月が綺麗だし、いい夜だ」

カーテンの隙間から、月の光が差し込んでいた。ドルイドは敵を倒したときにミルキダスと出会っている。そのことを思い出していた。

確かにあの時とは身にまとう気が違うようだ。

「お前は嫌いだ」

男は忌々しげに言った。

「嫌われるほど知られてないと思うが？」

ドルイドが返した。ドルイドはちらりとゆりの石像を見た。

「ゆり様に会いたいのか？」

とドルイドが聞くと、男はさらにむっとした表情をした。

「話によっては、協力できることもあるかもしれないが？」

「協力？」

男は少し宙を見上げて、ドルイドの顔を見た。

「協力か。ならちょっと相手をしろよ」

「なんの？」

「戦いさ」

男はミルキダスが浮かべないような顔で笑っていた。

「なんで私と？」

「嫌いな相手と戦う方がいいだろう」

「出会ったばかりでそんなに嫌わなくても……」

ドルイドはちょっと困り顔である。

「他の連中はそんなに嫌いじゃない。黒蛇の男も嫌いだが、あいつはちょっと分が悪い。だからお前しかいない。北の、あのだだっ広い丘に行こう。観客はいらないからな」

男は移動してしまった。

「うーん、ついて行くしかないか……」


―ちょっと彼に付き合うことになった。お前は帰っていてくれ

ドルイドはハインリヒに思念を送った。

―おい

―だれにも見られたくないらしい


（ハインリヒなら分は悪いが私なら勝てそうだってことかな？）

ドルイドはそんなことを思いながら移動していた。

（ハインリヒと私が嫌いか……理由は……）

ドルイドは北の丘に移動した。男はなだらかな丘の真ん中あたりにいた。うまい具合に他にはだれもいない。


「じゃあ行くぞ」

男の肌に、蛇の鱗のような模様が浮かんでいた。

（濃い気だ。蛇そのものだから当然か？）

男の攻撃は気の力での攻撃だった。男が手を振り払い、気の塊がいくつかドルイドに向かって飛んできた。ドルイドはとっさにバリヤーをはって防いでいる。

（こういうのはおもしろいが、傷をつけたら小さいドルイドに悪いかな）

ドルイドはそんなことを思いながらバリヤーをはっていた。男が間合いをつめてきた。

男は右肘を突き出してドルイドの腹に食らわそうとした。ドルイドはとっさに後ろに下がりかけたが、あえて、下がるのをやめてみた。

すると、男は右肘をドルイドの腹の前で止めたのだった。攻撃をやめた男はおもしろくなさそうな顔つきである。

「あれ？　攻撃しないの？」

ドルイドが聞いた。

「普通に戦え。試すようなまねはやめろ」

「あらら、気づかれちゃった？　ならばこういう感じで」

ドルイドの右手に気の塊でできた剣のような筋ができた。

男は左手を広げてその前に丸い平べったいバリヤーのようなものを出した。盾のようである。

「やるね」

ドルイドが気でできた剣で攻撃すれば、男は盾で防ぎ、その盾で攻撃もしている。ドルイドは今度は本気で男の相手をしていた。


それをかなり離れた木の側で、ハインリヒは眺めていた。やがて横にヴィクターがやってきた。

「なんであんなことになってるんだ？」

ヴィクターは、戦いの気配を感じて来たようだ。

「どう説明していいやら……」

ハインリヒは説明に困っていた。

「髪が長いのが例のドルイドだろう？　もう一人は……だれだ？」

姿はミルキダスだが、身にまとう気はどうにもミルキダスに見えなかったらしい。


やがてあたりに人が集まってくると、ミルキダスになっている男はドルイドから離れて、「やめた」と言って去ってしまった。

ドルイド一人になったので、ハインリヒはヴィクターを誘ってドルイドに近づいた。

「将軍、彼がドルイドです。ドルイド、ヴィクター将軍だ」

ハインリヒはまずドルイドにヴィクターの紹介をした。

「ドルイドです。初めまして」

「噂はかねがね。さっきのミルキダスは一体どうしたんだ？　らしくない戦い方だったが」

ミルキダスは敵との接近戦はあまり好まない方なのである。しかも、ドルイドとなぜ戦っているのか、ヴィクターにはさっぱりわかっていなかった。

「詳しくは王に聞いてほしいんですが、彼は今意識を別の者に乗っ取られている状態なんです。」

ハインリヒが説明した。

「え？　乗っ取られた？」

「彼は、悪いやつではないようだ。私が傷つかないようにしてた」

ドルイドが言った。ドルイドを傷つけるのが目的ではなく、自分の力が知りたかっただけなのかもしれない。

「お前も本気ではなかっただろう」

「だが、過去のようにはいかないし、まあおもしろかった。彼は、私とお前が嫌いらしい」

「え？　なぜだ？」

「そりゃあまあ、思い当たる理由といったら……」

（嫉妬か……）

そういう理由しかなかった。

「普通に会話をすれば目的も教えてくれるんじゃないだろうか。私もこれで失礼します」

ドルイドはヴィクターに頭を下げて、去って行ったのだった。



つづく

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