第51話
今宵は熱く、寝苦しい夜だった。子供達もつい薄い布団を蹴飛ばして眠っている。
ゆりの横にはへびっちが来て並んで寝ていた。へびっちはどうしてもゆりと一緒にいたいらしい。
へびっちは人になっていたが、ゆりにとっては子供的存在なので、ゆりもまあいいか、と並んで寝転んでいる。
このへびっちが過去の女王とどうにかなったとはいまだにゆりも信じられない思いである。
いろいろ考えていると眠れなかったが、そのうち睡魔が襲ってきた。
気がつくと夢の中だった。目の前には左目が違う自分と、へびっちもいた。
もう一人のゆりは両手を握りしめて、「ミルキダスを救おう！」と宣言していた。横ではへびっちが何かジェスチャーしている。
「子蛇も救おうね」
と蛇の目のゆりが言うと、へびっちはうんうんうなずいていた。
「兄弟蛇だもんね」
と言うとまたうなずいている。黒目のゆりがぼんやりしていると、蛇の目のゆりににらまれてしまった。
「反応が薄いわよ！ どうしたの？」
「いろいろ考えちゃって。肌の蛇って、一体なんなんだろうね……」
「何って……」
「人の身体を奪うことがあるなんて……肌の蛇の意識ってそんなに強いものなのかなあ」
「よくわからないけど、肌の蛇に意思があるってことは、私達も実感してるじゃない。子供だってできたんだしね。ミルキダスの蛇は、それほど金蛇に会いたいってことよ」
蛇の目のゆりが言った。
「会ってどうしたいんだろう。何の話がしたいんだろう」
「さあ」
「たとえば、ハインリヒの蛇に会いたいっていわれたなら、納得できるわよ。恋人同士だったから。でも、ミルキダスの蛇と金蛇は恋人じゃなかったから、ミルキダスの蛇は
金蛇のことどう思ってるんだろう？ ヴィラやジュノー、他の男達の蛇も、なんか思ってることでもあるのかしらん」
「うーん……確かに、まあ……いろいろ疑問よね。前回の夢でどういうやりとりがあったのか、やっぱり金蛇を召喚して聞いてみないと始まらないわよ。召喚しましょう」
「どうやって？」
「３人で念じれば出てくるんじゃない？」
「念じればね……」
へびっちが二人の腕をくいくい引っ張った。へびっちが指す場所に二人が目を向けると、金色の蛇が二匹いるのが見える。
「あ、もう来た！」
「すごい。へびっちが呼んだの？」
蛇の目のゆりが聞くと、へびっちがうなずいている。
「二人とも、人になってよ。じゃないと話ができないわ。お願い人になって！」
蛇の目のゆりがしゃがんで二匹に話しかけたが、金蛇たちは無反応だった。へびっちがゆりの横に並んで訴える視線を向けると、一匹だけどろんと人に変化した。
二人のゆりは驚きのあまりのけぞっている。
目の前にいたのは金色の長い髪の若い女性で、胸はばーんとあり、下着のような薄い白で光沢のあるキャミソールのようなものを着ていた。それも太ももあたりまでである。
なんともセクシーなお姉ちゃんである。肌のところどころには、金色の鱗のようなものが見えるが、瞳も人っぽいし、まるっきり人のようにも見える。
大きな金色の目をした女性だった。鼻も高く、美人といえば美人である。
へびっちは「ママ」とでもいいたげに女性にひっついていた。
「顔は私らにそっくりじゃないんだ？ なんかびっくり」
黒目のゆりは、てっきり自分に似た女を想像していたようである。全体的に違うので驚いている。
「さすがガーベラ級の蛇紋？ っていうかセクシーすぎない？」
蛇の目のゆりは、女性の足を見ていた。足はすらりと長く、明らかに自分達よりも長そうだ。
「人化する蛇って好きなように変身できていいわね」
つい言っている。
女性はへびっちの頭をなでなでしながら、「私の方が美人」と言っていた。
「でもあなたは私達の、肌の蛇でしょ」
蛇の目のゆりが少々むっとして言った。
「でも私の方が美人」
「はいはい、ねえ、ミルキダスのことなんだけど、前に会ったでしょ？ 何を話したの？」
黒目のゆりが割り込んで聞いた。
「それ、私じゃない」
蛇紋の女性はかわいらしい声をしていた。
「どういうこと？」
「あの夜、道は二つあったの。私達は別れて行ってみた。私はルークにあったの。ミルミルにあったのはこっち」
女性はまだ蛇のままの金蛇を指した。
「え？ あなたはルークに会ったの？」
「そう。久々だったから燃えた」
二人のゆりはしーんとしていた。内容を聞くのはちょっと怖い。
「なんでこちらは人にならないの？」
「ミルミルと会うのがいやみたい。この前怒られたんだってー」
女性はちょっと笑うように言っていた。
「えー？ 怒られた？」
「私も詳しくは知らないけどね」
女性はへびっちと両手をつないで踊りだした。へびっちはちょっとうれしそうだ。
「人になるように頼んでよ」
「話をしたくないみたいよ」
「ねえ、ミルキダスと話をするだけなら、別にこっちでもいいんじゃない？」
黒目のゆりは、蛇の目のゆりにささやいた。
「そうよね。この際どっちでもいいかも。ねえ、表に現れてミルキダスに会ってよ」
蛇の目のゆりは、踊っている女性に頼んでみた。女性はへびっちと手をつないだままくるりと回ってこちらをみた。長い金色の髪が揺れている。
「別にいいけど、ミルミルが会いたいのはそっちじゃないのかな？」
女性は金蛇をちらりと見た。
「でも人になってくれないし、あなたの子供も関係してるんだし、気になるでしょ？ 子蛇のこと」
「私の頼みを聞いてくれるならこちらに頼んでもいいけど？」
女性は歌うように言った。
「頼みって？」
「来年の赤い月、完全に意識を渡してほしいの。それならもう一人も、ミルミルに会うっていうかも」
女性の頼みは思いがけないことだった。
「赤い月に意識を渡す？ それって、完全にあなたたちが王様と過ごすってこと？」
黒目のゆりが聞いた。
「そういうこと♪」
女性はへびっちから手を離して白い地面に座った。
「……それはちょっと、どうなの？」
黒目のゆりはもう一人の自分を見た。
「えーそれはないわよー！ 無理！」
蛇の目のゆりははっきり断っていた。
「じゃあ私もむりー」
女性も同じ口調で言っている。
「そんなあ。子蛇のためにお願いよー」
黒目のゆりは拝むように言った。
「そっちが子蛇のために頼みを聞いたら？」
女性は折れる気はないようだ。
「あなたたちの男の優先順位はどうなってるの？ 一位はだれ？ 王様？」
黒目のゆりが聞いた。
「そうよ。じゃなきゃ過去に居座ったわよ」
と女性。
「赤い月の王様が一番好き」
「好み、一緒なんだ……」
黒目のゆりはちょっと困ったように言った。
「儀式のように半乗っ取りじゃだめ？ それならなんとか……」
「うーん……」
「お願いします」
黒目のゆりは両手を合わせて頼んでいる。自分の肌の蛇に下手に出なきゃ行けないのもおかしいが、この際仕方がない。
「うーん、そういうのができるのかどうかよくわからないけど……」
「じゃあ私の身体を乗っ取ったりも、しようと思えばできるの？」
「さあ、実際のところはわからない。こうやって人になれたのもつい最近だし、まだルークに会っただけだし」
「私の他の蛇紋達もいるの？ あなたたちだけ？」
「こんな風に意思を持っているのは私達だけみたい。子供を生んだからなのかは知らない」
蛇の目のゆりは、蛇のままの金蛇に、「人になってよー」と頼んでいる。
「ミルキダスと何を話したのか教えてよ」
金蛇はつーんと横を向いたままだ。
「けんかでもしたの？ 教えてよー」
ふいにへびっちが走り出した。
二人のゆりがそちらに注目すると、少し離れた場所に、赤い髪の男の子が立っているのが見えた。
「あ！」
へびっちはその男の子に近づいたが、男の子の姿はすぐに消えてしまった。
「今の……もしかしてミルキダスの子蛇君？」
黒目のゆりが聞くと、へびっちはうなずいていた。
「消されたんじゃないんだ。ミルキダスの中に、きっとまだいるのよ」
へびっちはこちらに戻ってきて金蛇女性に何やら訴えている。助けてくれと言っているようだ。
「うーん、しょうがないわね。私がミルミルに会ってもいいけど、このことは、他の男には言わないで」
女性が二人のゆりを見回して言った。
「どうして？」
「ややこしくなりたくない。現実に会っても何もできないし、つまんない」
「ハインリヒにも？」
蛇の目のゆりが聞いた。
「リヒリヒにも。夢で会えないなら、会わない」
「そうなの？ わかったわ。ミルキダスだけでいいから会って」
「うまくいったらね」
夢はそれで終わった。
ゆりが目覚めると、あたりはまだ薄暗かった。
夢での記憶があったので、ゆりは記憶を思い起こしている。
自分の蛇紋の蛇と会話をする日が来るなんて思いもしなかった。なんだか奇妙な感じである。
彼女達も赤い月の王様が好きなんて思わなかったな……赤い月の王様、赤い月に人格が変わる者は肌の蛇の意識が入っているのかもってハザーク様が
言ってたっけ。ってことは、赤い月の王様の性格って、王様の肌の蛇の性格だったりして？
実際にラクシュミの肌に一匹の蛇がいるわけではないが、もしかしたら、巨大な蛇が隠れていて、赤い月になると肌の蛇の意識が表に出てきているのかもしれない。
「うーん、そういうことだったかなあ……まあ、どっちでもいいけど。いつミルキダスに会おう。男達には内緒でかあ……」
他の男達の肌の蛇は、金蛇たちのことをどう思っているのだろうか。
過去ならば側に寄ることもできたが、今この時代では、同じ肌に移ることもかなわないのだ。
うう、せつない時代だなあ……ハインリヒの肌の蛇もせつなく思ってるのかなあ……過去の男達の肌の蛇も、彼女達のことをまだ愛しく思っているのかな……
ミルキダスの肌の蛇もそう悪い蛇ではないようだし、もしかしたらミルキダスは肌の蛇に頼まれて身体を貸してあげてるんじゃないのかなあ？
ゆりはそんなことを思いながら寝転んでいたのだった。
つづく
１０部に戻る
目次に戻る