第53話
神の国である。朝方雨が降り、この日は一日曇り空だった。神の国は晴天ばかりの印象があるが、たまにはこんな日もある。
昼過ぎ、ハロルドの神殿にこっそりやってきたのは月の女神ディアメラである。ディアメラは、子供のバリアスをつれて行こうとやってきたのだった。
今日はバリアスはハロルドの神殿にいるというのはすでに調べ済みである。ハロルドとガーベラの息子であるバリアスは力の神。
最近歩くようになったといってもまだまだ幼い子供、物事の分別はない。ディアメラはバリアスを自分好みの男に育てようともくろんでいたが、
先はかなり長そうだ。しかもハロルドもヒルデリアも大反対してディアメラの邪魔をしている。
ディアメラは眠っているであろうバリアスの部屋にやってきた。妖精達はずっとバリアスに付き添っているわけではない。バリアスが昼寝の間は一人きりである。
部屋の中をのぞいたディアメラだったが、ベッドの上は空だった。
「いないじゃない。おかしいわねえ。もしやもう上にいったのかしら？」
上とは雲の上の神殿のことである。
ディアメラは他の部屋を探してみた。今はキュリアもジェイクも神殿にはいないのだ。
ディアメラはあちこちの部屋をのぞきながらバリアスを探し、神殿の奥にある扉に気づいた。
「あれ？ 扉なんて珍しいわね」
ディアメラはハロルドの神殿の奥まできたのははじめてである。重厚な木の扉であるが、扉が半分開いていたので気になり、中をのぞいてみた。
すると、部屋の中に小さいバリアスがいるではないか。
「こんな所にいたの？ 何してるの？ あっ！」
バリアスは自分の身体よりも長い剣を手にもっていた。しかも、剣は鞘から抜かれている。刀身はきらりと輝いているではないか。
「きゃはっ！」
バリアスは剣をぶんぶんふるっている。小さな手でよくもてるものだ。
「危ないわよ。離しなさい！」
ディアメラがあわててバリアスに近づいた。するとバリアスは剣をほおりなげた。
「怪我をするわよ。部屋をでましょう」
ディアメラは注意をしたが、バリアスは聞く気配もない。バリアスは床に転がった剣の刀身を両手でむんずとつかんだ。
「だめだったら！ バリアス！」
バリアスはむき出しの刀身部分をつかんだまま剣を持ち上げて、そのまま簡単にひん曲げてしまったのだった。
人間界である。ミルキダスは元通りになったが、ミルキダスの話をシスから聞いたラギは、肌の蛇の不思議を考えずにはいられなかった。
「ひどい。僕だって肌の蛇にのっとられたミルキダスに会いたかったよう。ひどいよ」
ラギはシスに愚痴っている。ミルキダスが元通りになったのはよかったが、普段のミルキダスとどう違っていたのか、ラギはじかに確かめたかったのだった。
そんなレアな体験ができなかったなんて悔しくてしょうがない。
「ラギが取り乱すと思ったんだよ。まあいいじゃない。もうすんだことだし」
とシス。
「肌の蛇に乗っ取られることがあるなんて……僕には想像もできないよ。お母さんの肌の蛇ってまだ肌にいるんだね。
お母さんの肌の蛇も特殊だけど……肌の蛇って、奥深いなあ……おとぎはなしによれば、肌の蛇は、昔僕たちが蛇だった名残らしいけど、
今までのことを考えたらそれだけじゃなくて、もう一つの人格？ 肌の蛇は一族の力の源だけじゃなくて、別の人格だと思っていいよね」
「そうだね。でも一番力が濃いはずの王族にはあまり蛇が現れないのも不思議だなあ」
とシス。
「そうだよね。でもそのかわり赤い月にはすごく変身するみたいだから、きっと身体の中に蛇が潜んでるんじゃない？」
「そうなのかなあ」
「そうだよ。だって過去の女王様も子蛇を生んじゃったんだからさ」
「あ、そうか。母様と関係すると、みんな愛に目覚めじゃうのかな。さすが母様はガーベラ様になってるだけはあるね」
シスは感心している。ゆりと関係しなければ、女王の肌の蛇が愛に目覚めることもなかったのだ。
そして長い間ハザークによりそっていた侍女が妊娠することもなかっただろう。
「愛の力ってすごいなあ……」
「そうだね。ハインリヒの力も増したっていうし、この際みんなの力を増してほしい」
ラギはそんなことまで言っていたのだった。
夜、自分の寝室で一人寝ていたゆりの元に訪問者がやってきた。ハインリヒである。ハインリヒはゆりの頬をちょんちょんつついてゆりを起こした。
「王妃、どうしても変化した蛇の姿を見たい。協力してください」
ハインリヒの肌の蛇は二匹に増えていた。これが変化すればどうなるのか、自分でも確かめたいようだ。
「えー彼女と確かめ合ったら？」
ゆりは寝転んだまま眠そうに言った。
ハインリヒはゆりの頬を軽くつねっていた。
「私と王妃、夢で何かあったんでしょ？ それを教えてくださいよ」
「知らないわよ何も」
「嘘ばっかり」
ハインリヒは夢で金蛇と出会った記憶がなく、ゆりはそれを知り、つい「そうなんだ。残念だったね」と言ってしまった。それで何かがあったとハインリヒは察したようだ。
「レーヌ様はシス様に預けてきますから、逃げないでくださいね」
ハインリヒは、巻き貝を握りしめてぐっすり眠っているレーヌを抱き上げて消えた。ゆりは仕方なく身体を起こした。
今夜は暑苦しい。ようやく寝付いたところだったのに。
「うーん、ダブル魔王様かあ……やっぱり夢じゃないよね」
夢で出会ったハインリヒの魔王達はかなりゆりには強烈な印象を残していた。
ハインリヒ以上にあちらの二人のほうが気にかかるのは、やはり自分も一族に染まっているからだろうか。
ミルキダスの肌の蛇君はあの時のことを覚えていたし、もしかしたら魔王様達も覚えてるのかしらん？
二匹の蛇が変化したらどうなるんだろう。気にならないっちゃ嘘だけど、夜ハインリヒと二人きりはやばい。ぜったいやばい！
ハインリヒが帰ってきた。
「ねえ、王妃、昨晩何があってこうなったんですか？ なんかいいことがあったんでしょ？」
「うーん、他のみんなに言わないなら教えてあげてもいいけど、自慢しないって約束できる？」
「わかりました。自慢しません」
「昨晩、私の夢にハインリヒの魔王蛇達がやってきたの。二人。これがまたかっこいいのなんの。ハインリヒよりもかっこよかったなあ」
ゆりがにやっとしながら言うと、ハインリヒは「はあ？」と首をかしげていた。
「私よりもかっこいいわけないでしょ」
「かっこよかったもんね。多分、ミルキダスの話を聞いて、ハインリヒの蛇達も金蛇に会いたくなったんじゃない？ それとも、他の男のところに先に行くなって
怒りに来たのかもしれないけど、それで、夢にいた金蛇達も人になって、4人は親しげに話し合ってたわ。私はお邪魔だから退散したけど」
「信じられないな」
ハインリヒはベッドに座りながら言った。
「私の時代ですら、肌の蛇は飾りくらいの認識しかなかったというのにそんなことがあるなんて。まあへびっちは人になってますが、自分もそうなるなんて思いもしなかったですよ」
「逆にあまり考えすぎない方がいいと思われてたのかもよ？ みんなの肌の蛇が意思を持ちだしたらややこしいじゃない。あえて、肌の蛇は飾りだって思わされていたのかも」
ゆりはなんとなくそんな気すらしていた。
「まあそうかもしれませんが……」
「あの時金蛇達がお誘いしなければ、みんなの蛇が目覚めることもなかったんだろうにねえ。でもハインリヒは力が増してうれしい？」
「ちょっと奇妙な感じでもありますね。長年一緒にいた蛇が増えるなんて……元々二匹いたってのも驚いたし……変化したらどうなるんでしょうねえ。気になるでしょ？」
ハインリヒは色っぽい瞳を向けていたが、暗かったのでゆりには見えていない。
「気になるけど、今はやばいわよ。昼間にしようよ」
「私は今がいい。暗闇の中愛し合いたい。王妃が相手をしてくれなかったら、最初の変化を彼女に見せちゃいますよ。本気で」
「うう……わかったわよ。でも二人はやばいから、もう一人誰か呼んでよ」
「いいですよ。だれを呼びますか？」
「うーん……」
（ミカエルは論外だし、ヴィラは、この前縛られたからやめとこう。フリット達にはハインリヒがこうなった説明は詳しく話してないし……）
「ミルキダスを呼ぼう」
「ミルキダス？ 珍しい組み合わせですが、まあいいでしょ。じゃあ、彼が来るまで仲良くしましょうね」
ハインリヒはゆりに近づいた。
「本当に呼んでよ。ミルキダスが来るまでは裸にならないから」
「呼びましたよ。すぐ来るって言ってますよ」
「本当？」
「本当ですよ」
ハインリヒはゆりを抱きしめて口づけた。
ほどなくミルキダスがやってきた。
「こんばんは」
「ごめんね。夜中に呼び出して、寝てた？」
「まだ起きてましたよ」
ミルキダスはベッドに近づいてきた。ハインリヒはベッドの上で座ったままゆりと抱き合っている。
「ハインリヒ殿も金蛇達に出会ったんですか？」
ミルキダスはハインリヒを見てそう察していたようである。
「そうらしいけど、覚えていないんだ。ミルキダスも覚えてないんだろ？」
「覚えてません」
「ねえ王妃、金蛇が人になった姿、見たんでしょ？ どんな外見なんですか？」
ハインリヒが聞いた。
「金髪美人だった。なぜか私とは顔が違った。私の蛇なのに」
ゆりが口をとがらせて言うと、ハインリヒが笑った。
「ミルキダスも来たし、もういいですよね。脱ぎましょう」
ハインリヒはゆりの寝間着を脱がせていった。
夏の暑苦しい夜である。二人の男に愛撫されて、ゆりはかなり興奮状態になっていた。
寝室には、なんともいえないいい匂いが充満している。
どんな一族の男もこの匂いを嗅げば、意識がもうろうとなるに違いない。そんな匂いである。
「そろそろご披露しますよ」
ハインリヒの瞳が蛇の目に変わった。そして肌にいる二匹の蛇は、そろって口をあけていた。もう顔が増えることはないようだ。
「鱗の模様が……」
ミルキダスが指摘した。ハインリヒの肌のところどころに、薄く、黒い鱗の模様のようなものがみえるのである。
ハインリヒは自分の手や身体をみて、「本当だ」と言った。全身びっしりと模様があるわけではないが、今までになかったことである。
「私には見えないけど、王族みたいだね」
ゆりの左目が変わった。
「あ、本当だ。鱗が浮かんでる。すごいじゃない！ あ、ミルキダスも」
「え？」
「本当だ。これはびっくりだな……」
ハインリヒがミルキダスの肌を見た。こちらは薄い赤い鱗の模様が肌に浮かんでいる。ミルキダスの肌の蛇は一層色を濃くしていた。
「王妃、せっかくなんでいつものように、奉仕してくださいね」
ハインリヒはゆりの身体を引き寄せていた。
「うっ、いつもとかいわないでよ。私はたまにしかそんなことしてないから」
蛇の目のゆりは、ミルキダスにいいわけするように言っていた。
「いつもしてくれるじゃないですか」
「してないってば」
変化したハインリヒの瞳を見て、ゆりは夢で出会ったハインリヒの蛇達のことを思い出していた。
変化中性格が変わる者などは肌の蛇の意識が出ているのかもしれないと、ハザークはいったが、今はどうなのだろうか。
ミルキダスの肌の蛇はどうなのだろう。彼は抱き合った時のことを覚えている、と言ったのだ。あの時も、彼はミルキダスの意識に混じって外に出ていたのかもしれない。
「王妃、早く」
ハインリヒがせかした。
「うう、ミルキダス、あんまりみないでね」
蛇の目のゆりはミルキダスを気にしながらも、ハインリヒの興奮した身体に口を寄せたのだった。
黒目のゆりが気づいた時には、身体はびっしょり汗にぬれていた。ハインリヒもミルキダスも両脇にいる。
「あれ？ あっちが出てた？」
記憶が抜けているような気がしたのでゆりはそう感じた。
「一息ついたところです」
とハインリヒ。
「そうなんだ。じゃあもう今夜はお開きってことで」
黒目のゆりはラッキーとばかりに言っていた。
「続けて二回戦いきましょう。両方の王妃と愛し合わないと」
「ええ！ 暑いのに元気ね」
「元気です。今度はミルキダスを先にしてあげていいですよ」
「はあ……」
ゆりはミルキダスを見た。ミルキダスが手を出したので、ゆりはその手を握っている。
「タオルで身体をふきたい。汗臭くない？」
「いい匂いですよ。とても」
ミルキダスは身体を寄せて、ゆりの頬に口づけながらゆりの胸をなで回した。
ゆりはミルキダスの頬をなでた。
「まだ鱗うかんでる？」
「浮かんでますよ」
ハインリヒが言った。
「肌の蛇の力が強くなったから？ いや、それじゃ過去のみんなも強いはずだし……肌の蛇の意識が強まったからなのかな？
他のみんなも金蛇に出会ったらこうなるのかしら？」
「どうでしょうね」
「次に儀式があったら、みんな二人を見てびっくりしちゃうだろうね」
裸で男にひっついていながらものんきなセリフである。
「王妃、変化しそうになるほど興奮してください」
ハインリヒが思わず言った。
二人の男と愛撫しあったゆりは、「眠い、眠くてしょうがない」と言って、しまいには二人がいるにも関わらず、目を閉じてしまった。
ミルキダスは薄い布団をゆりの身体にかけた。変化状態は終わっていたのだが、ふいにミルキダスの瞳が蛇の瞳に変わっていた。
そのミルキダスは、ゆりの頬をなでている。
「おい、もう騒動は起こすなよ」
と言ったのはハインリヒだった。ハインリヒの瞳も蛇の瞳に変わっていた。
「ふん」
ミルキダスは余計なお世話とばかりに鼻をならしている。
「本体と全然性格が違うな」
「そっちはどちらもいけすかん性格だろう。本体と同じで」
「ふん、まあ争いはやめよう。争ってもこっちが勝つに決まってるしな」
「…………」
「あまり暴走するとまずいことになるぞ」
「わかっている。もう、そんなに出る気はない」
二人のやりとりを、眠っているゆりはさっぱり聞いていなかった。
さて、その夜ゆりは夢の中で神の国に行っていた。二人といちゃいちゃしたせいで、こっちでも誰かといちゃいちゃしたい気分である。
（ここは素直にハロルドに会いに行こうっと）
ガーベラの神殿にいたゆりは、ハロルドの元に飛んだ。
ついた先は、ハロルドの神殿である。
ゆりは神殿の中に入っていった。
「ハロルド、いる？」
「いる」
と奥からやってきたのは少年だった。
「あらジェイク、ハロルドは？」
金色の短髪の少年だったのでてっきりジェイクかと思ったが、いつものジェイクに比べてかなり目つきが鋭いし、背もちょっと高い気がする。
ガーベラと同じくらいである。体つきは筋肉がついてたくましい。だが、顔つきはまだどこかあどけないのである。
「あれ？」
「私だ」
「ええ？」
「若くなってしまった」
ハロルドは少年の声で言った。
「ええええー！！！！ まさかハロルドなの？！」
ゆりは大げさにのけぞっていた。
「バリアスに神剣を曲げられて子供になってしまった」
少年ハロルドは悔しげに言った。
「えーえー本当にハロルドなの？ やだあ、かわいい！」
ゆりは思わず喜んで、じろじろハロルドを眺めている。
「少年なのにもうたくましー♪」
「うるさい。奥の部屋に扉をつけたのに、簡単に鍵を破壊されてしまった」
「あらら」
「元はといえば、ディアメラが眠りの笛で召し使い達を眠らせたせいなんだが、まったくディアメラのやつめ！」
ハロルドはぷんぷん怒っていた。
「バリアスは眠らなかったの？」
「バリアスにはきかなかったようだ。おかげで私はこのざまだ」
「キュリアとジェイクも小さくなったの？」
「いや、私だけだ」
「そうなんだ。でもまあ、そのうち元に戻るんでしょ？ たまには少年時代を満喫するのもいいんじゃない？ それじゃ私はこれで」
ゆりはさっさといこうとし、ハロルドに手を掴まれていた。
「こら、どこにいくんだ」
「え？ その……」
「ラーズのところに行く気だろ。この欲求不満女」
ゆりはぎくりとした。まさに図星である。
「えー違うわよ。やだー」
ゆりはハロルドをこづいた。
「嘘つけ。欲求不満を解消しにこっちに来てるくせに」
「ハロルド、その声で欲求不満とか言うのやめて」
「今日は私に付き合え」
「えー、あ、そうだ。じゃあ川辺を二人でうきうき散歩しましょ」
「いやだ」
「なんでよ。じゃあ二人で丘を散歩しましょーよ」
「とりあえず、ジェラルドのところに行くからつきあえ」
「わかったわよー」
ハロルドは神殿の外でペガサスを呼んだ。
「ねえ、バリアスをしかったの？」
「しかってもまったくこたえてない。なんでああなんでも破壊しまくるんだ。しかも私の大事なものばかり」
「ふふふ」
ゆりは思わず笑って、ハロルドにぎろりとにらまれたので口元を手で押えていた。
二人はペガサスに乗った。
「ねえ、今のハロルドは力も半減されてるの？」
「いや、それがそうでもない。姿だけ若くなっただけで神気は減ってないんだよな」
「そうなの。じゃあよかったじゃない」
「よくない」
ペガサスは空を飛翔し、ジェラルド工房の近くで下りた。
「ジェラルド、神剣すぐに直せそうか？」
ハロルドは工房に入っていきながら聞いた。
工房の中にはジェラルドと数人の妖精がいる。みな、テーブルの上の物を眺めている。それはひん曲がった剣だった。どうやらこれがハロルドの神剣らしい。
なるほど鞘の部分には黄金の装飾がされている。ゆりは剣を見ながら、「バリアス、手を切らなかった？」とバリアスの心配をしていた。
「バリアスは怪我一つない。ジェラルド、いつ直る？」
ハロルドはジェラルドに聞いた。
「うーん。実は困っておるんですが……私は手を加えるべきではないと思うんですよ。これはただの剣ではなく神器です。元に戻りたければ自然に戻るかもしれません」
「おいおい、戻らなかったらどうするんだ？ このままはいやだぞ」
「そのうちまた大人になりますよ」
「ならなかったらどうするんだよ！」
「しかしですなあ……」
ピキっと金属の音がした。
「あ……」
折れ曲がった剣の刀身に亀裂が入っている、と思ったら、刀身はパキンと音をたてて、完全に真っ二つに折れてしまった。
「あー！！！！」
そして黄金の鞘は輝きをうしなってしまった。一同は口を開けたまま剣のなれの果てを眺めている。もはやこの剣には、なんの力もなさそうだった。
「ねえ、これってかなりやばい？」
ゆりは横にいた妖精にこっそり聞いた。
「究極的にやばいです」
と妖精。
ゆりがハロルドを見ると、ハロルドは世界の終わりのような悲壮な顔をしていた。
「神剣がなくても、ハロルドは大丈夫ってことじゃない？」
ゆりは元気つけようと言った。
「神剣が……神剣がー！」
ハロルドはショックのあまりか、走って工房を出て行ってしまった。
「ねえ、もしかしたら、自然に復活するんじゃない？ 神剣だし」
魔法の剣のようなものなので、そういうこともありそうだとゆりは思った。
「それもあるかもしれないですね。しかし、神剣が力を失ってもハロルド様の神気は変わらずか……神剣は役目を終えてなくなったということなのかもしれんなあ……」
ジェラルドは悩むように言った。
「その場合ハロルドは自然に大きくなるかしら？」
「どうでしょうねえ」
ゆりがハロルドを探しに行こうかと思っていると、ハロルドが戻ってきた。
「お前もこい」
ハロルドはゆりの手を引っ張っていった。
「お前は目を離すとすぐ男のところにいくからな」
「え？ そんな、こんな状況じゃもうそういう気にはならないけど……あの剣が折れちゃってもハロルドの神気は減ってないんでしょ？ 案外大丈夫なんじゃない？」
「大丈夫かもしれんが、かなりショックだ。あれは私が生れたときに持っていたものなんだ」
「……ヒルデリア、どうやってハロルドを産んだの？」
ゆりはそれが気になった。神は簡単に子供を生むことも多いが、ヒルデリアは子供を産道を通して産んでいる。ヒルデリアは産みの苦しみを知っている女神なのだ。
「手に何か握っていて、産まれたらでかい剣になったんだ。人間界の神話の本に載ってるだろ？ お前ちっとも読んでないな」
ハロルドはにくにくしげな顔で言った。
「そうだっけ。もしかしたら、神剣は役目を終えたのかもよ？」
「じゃあ私はいつ大人に戻るんだ」
「さあ」
「私が大人に戻るまでは、絶対に他の神とするんじゃないぞ」
ハロルドはゆりをじろっとにらんで言った。
「え？」
「え、じゃない。もししたら、嫌がらせに何かするからな」
（また何かに変えられる？）
ゆりの頬は引きつっている。
「もし、ずっと戻らなかったらどうなるの？」
「ずっとするな」
「ええー」
「ええーじゃないわ！ 私だってできないんだから当然だろ！」
「はーい」
ゆりは低い声で素直に返事をした。
「それってガーベラにもいうの？」
「ガーベラはどうでもいい。お前はだめ」
「そーですか」
「まったく、そんなことばっかり考えるんじゃないぞ」
子供ハロルドにぶちぶち言われてしまった。
（それじゃまるで私がただのエッチ好きの女みたいじゃないのよー）
ゆりは心の中で愚痴ったが、今はハロルドもショックを受けているので、言い返さずに素直に聞いておいた。
「ねえ、アシュランに相談にいかないの？」
「後でいく」
「早く大人に戻るように、私も祈ってる」
ゆりは誠心誠意込めて言ったが、「さっきの冗談じゃないからな。私が大人に戻るまでにこっちでラーズ達と寝たら、お前が好きなカニに変えるからな」とハロルドには
言われてしまったのだった。
「カニ？！ ウサギちゃんがいいんだけど」
「カニ」
（陸地でカニはきついな……）
ゆりは庭園をカニ姿でさまよっている自分を想像して、（さすがにだれも自分と気づいてくれないだろうな。それどころかロイに食べられる可能性が高い）などと青ざめていたのだった。
つづく
10部に戻る
目次