第54話


ある日の過去の時代である。その夜、ディランはフークス、ルーク、レイアスを屋敷にある酒飲の間に集めていた。

「実は、昨晩ヴィラ殿と会って衝撃の事実を聞いた。ドルイドなんだが……なんとハインリヒの子供に転生したそうだ」

ディランが落ち着いた様子で言うと、３人ともぽかんとした表情になった。

「ドルイドが、なんだって？」

フークスが聞き直した。

「ハインリヒの子供として転生したんだ」

「え？」

「ええ！？」

「えええ？」

「「「えええええー！！！！」」」



「みんなにドルイドのことを言ったら驚きまくってましたよ」

「それはそうでしょうねえ。ははは」

未来にいるヴィラは、またもや夢でディランとつながっていたのだった。今回は早い出会いだった。ディランから前回の後の過去のみんなの反応を聞いていたのである。


ここは、ディランの屋敷の裏にある庭のような場所である。白い丸テーブルと二つの椅子があり、二人は椅子に座って話している。

周りには花が咲き乱れていたが、そのほかはぼんやりした感じだった。

「その次の日に陛下やアゼル様にも伝えたんですが、二人ともあっけにとられてましたよ。お二人とも、未来のドルイドになんとしても会いたいっておっしゃってましたよ」

「実は、私もまだ未来ではドルイド殿に出会えてないんですよね。彼は時々にしか大きくなってないようですし」

「親子だと言われれば、あのドルイドはハインリヒに似てたような気もしますね。ドルイドはゆり様に会ったんでしょう？　ゆり様の反応はどうでしたか？」

「王妃は、彼が大人になるようになって一年ほど経ってからようやく出会えたようで、大人になっても恋人になるというのも難しいでしょうし、まあお互いに複雑な感じでしょうね。ドルイド殿は

シス様にお勉強を教えているそうですよ」

「そうですか。まあ、確かに複雑でしょうね。ドルイドの意識は、今後どうなるんでしょう。成長するにつれて、薄れてしまうんでしょうかねえ」

「どうでしょうねえ……」

「不思議ですね。私も、死後はどこかに転生するのかな？　みんなでそんなことを考えましたよ」

ディランはちょっと遠くを見て言った。今こうして話していると忘れがちだが、ヴィラとディランの間には長い時間の隔たりがあるのである。


ドルイドといえば、未来では、中身が違うミルキダスと戦うということがあった。ヴィラはその場面を見てはいないのだが、あの後、見たかったとジュノーと残念がっていた。

（肌の蛇の事件はわざわざ言うことじゃないが……さっきもディラン殿の蛇を見かけたんだよなあ……）

ここにたどり着く前に、ディランの蛇とヴィラの子蛇は、人になって出会っていたのだ。今回もディランは自分の蛇と出会っていないようだが。

（自分の蛇と、会わない方がいいのかもしれないなあ）

そう思い、ヴィラはディランにはそのことは伝えていなかった。

「しかし、もし未来に私が行っていたら、ドルイドは私の子供になっていたのかな？」

ディランは想像して笑っている。

「王妃も同じことを言ってますよ」

その時、二人の元にやってくる男がいた。緑の長い髪の男であるが、肌には緑の鱗の模様が見えるし、瞳も違っていた。その横には、以前出会った子供姿の子蛇もいる。

「あ」

ディランはその者達が見えていたが、ヴィラは背中を向けていたので見えなかった。

「ヴィラ殿、あれは……」

「？」

ディランのささやきに顔を向けると、やってきたのはなんと人化したディランとヴィラの子蛇である。

「おや」

ディランが初めて見る自分の蛇にぽかんとしていると、ディランの蛇は、ヴィラに何か仕草をしていた。こっちに来いといった感じである。

「え？　私？　なんだろう？」

ディランの蛇はヴィラを促して、少し離れた所につれて行った。

「え、あの……」

ディランが立ち上がると、ヴィラの子蛇はディランを制していた。どうやら行ってほしくないらしい。

「何かあったのかな？」

子蛇は首を横に振っていた。そしてディランを座らせてその膝にのっている。

「なんなんだ？」

ディランは不思議に思いながらも座っていた。


一方、ヴィラはディランから見えない屋敷の角っこに移動させられていた。

「どうしたんだ？」

「レディ達が現れたって本当か？」

ディランの蛇が声を発した。声はディランと似ていた。

「レディ？」

「蛇だ。金色の、我らの彼女」

「ああ、王妃の金蛇のこと？　もしかして、子蛇が何か言った？」

「ママが現れたみたいと教えてくれた」

「確かに現れたみたいですね。私も詳しくは知らないんですが……」

「ハインリヒは彼女に会ったか？」

「え、さあ……」

と思いながらヴィラは、（もしかしたら出会ったのかもしれない。それでハインリヒ殿の気が変わったのかも？）などと思っていた。

「私もレディ達に会いたい」

「会えたらいいですね」

ヴィラはつい敬語を使っていた。肌の蛇といっても、子蛇と違って、こちらは背も高いし、人になっても貫禄がある。

（普通に話してるのも不思議な感じだが……話せたんだ）


ヴィラが解放されてディランの元に戻ると、ディランの膝にのっていた子供は去って行った。

「一体何の話だったんですか？」

ディランが待ちかねていたように聞いた。

「彼はどうも子蛇が心配らしくて、よろしく頼むって言われました」

ヴィラがいいながら座ると、ディランは不審な目を向けていた。

「嘘ですね」

「実は、王妃に金蛇が現れたみたいで、それを子蛇が彼に伝えちゃったみたいです。本当か、と聞かれました」

「金蛇？　あの時の二匹の金蛇ですか？」

「王妃が出産してしばらくはいなくなってましたがね。私も見てないので定かではないですが、実は、夢で人化した金蛇と我らの仲間のミルキダスという男が出会って、

それでちょっと事件があったんですよ。ミルキダスの肌の蛇が本体をのっとって、金蛇に会いたがったんです」

「ええ？」

「もう解決したんですがね。王妃に金蛇が現れて説得したのかどうかは知りませんが、王妃はそこは詳しく言ってくれなかったので」

「なんだかすごい事件ですね。さっきのは私の肌の蛇なんでしょう？　どうして私と話してくれなかったんだろう。挨拶くらいしてくれてもいいのに」

「きっと、本体とはあまり接触したくないのかもしれないですよ」

「そうなんですか？」

「ディラン殿に似ていい男だったでしょう？」

「はい」

ディランはうなずいていた。

「ディラン殿の蛇にすれば金蛇は恋人ですからね。そりゃ会いたいですよね」

「話には聞いていましたが、実際にみると、不思議ですねえ。ほんと、未来では想像できないことばかり起ってますね」

「本当ですよ」

ヴィラは苦笑していた。



そしてその夜は、ドルイドが大人になってシスの元にやってきている。当然ドルイドはミルキダスのことが気になっていたので、シスはその話をしたのだった。

「解決したんですね。よかった」

ドルイドはほっとしている。

「不思議な事件だったよ。みんなの蛇にとって、母様の蛇紋の蛇は、特別なんだね」

とシス。

「そうなんでしょうね」

「過去の男達にとってはさらに特別だよね。あ、そうだ。仲間にジェナサイトって戦士がいるんだけどね、彼はルークの子蛇をもらってるんだ。ある夜、ルークの人化した蛇に出会って、

力をあげてもらったんだよ。朝起きたらジェナサイトの肌に今までいなかった蛇がいたんだ」

「え？」

「どうやったのかしらないけどね。すごいよね」

「ルークの人化した蛇？」

「夢の中で、ジェナサイトにルーク、ルークの人化した蛇と人化した子蛇がいたんだってさ。僕も人になったこの子に会ってみたいよ」

シスは自分の右腕をなでている。

「なんとも不思議な……」

「ヴィラはよくディランに夢で会ってるよ。たまにディランの人化した蛇や、人化した子蛇に会ってるんだって。夢では彼らは自由にできるみたいだよ」

「そうなんですか……」

「ミルキダスの事件も、夢で人化した金蛇に出会ったのが原因みたい。ミルキダスの蛇は、突然子蛇が肌に来たのがショックだったみたいだよ。

未来の彼らの方が母様と付き合いが長いのに、金蛇が過去で子供を作っちゃったものだからさ。他の男達の蛇も、子蛇が来た時は、同じようにショックだったのかな。

その後は子蛇をかわいがってるみたいだけどね」

「そうなんですか。まあ、確かに、彼らにすればショックかもしれないですねえ……」

「未来では肌の蛇同士が子蛇を作ったりできないからね。ミルキダスの気も強くなったし、あれからハインリヒの気も強くなってるんだよね。ハインリヒも何かあったのかもしれないなあ。

詳しくは教えてくれないんだけど」

「そうですか……」

その後ドルイドはシスの部屋からでていった。城の外には出ずに、ハインリヒの部屋に勝手にいっている。



腹に何かがどすんと下りてきて、ハインリヒは目を覚ましていた。

「ん？　ドルイドじゃないか、どうしたんだ？」

なんとドルイドは、ハインリヒの腹に片足をのっけていた。

「ちょっと起きろ。お前の気が変わってるのはなんでだ」

「気？」

ハインリヒは身体を起こした。突然のことで頭がよく働いていないようだ。

「ああ、私の気か？　ある日突然変わった」

「嘘つけ。なんか衝撃的なことがあったんだろ？　もしかして、ゆり様の金蛇に会ったのか？」

「え？　すごい推理。誰かに何か聞いたのか？」

ドルイドの剣幕にハインリヒはちょっとびびっている。

「やっぱりか。ハインリヒ、ちょっと外に付き合ってくれ」

ドルイドは怖い瞳でハインリヒを見下ろしている。

「どこに？」

「ちょっと身体を動かしたくなってきた」

「はあ？」

「ほら、遊んでくれよ。パパ」

「なんか怖いぞ。何を怒ってるんだ？」

「何も怒ってない。ほら、早くしろ！」

「顔が怖いぞ！」


明くる朝、ラギとシスがハインリヒの部屋の前を通りかかると、メイドが布団を部屋から出していた。

布団は黒ずんで破れているし、焦げ臭い匂いがする。

「あれ？　どうしたのかな？」

二人はハインリヒの部屋に入り、唖然とした。寝室から調度品が移動させられていたが、所々こげているし、棚には縦に切り込みが入っている。

「一体何があったの？」

寝室から出てきたハインリヒは、ばつが悪そうな表情だった。

「夜中に敵でもきたの？」

ラギが聞いた。シスが寝室をのぞくと、壁に黒い筋も入っている。

「敵が来たらもっと騒ぎになってるはずだよねえ。誰かとけんかでもしたの？」

とラギ。今のハインリヒとけんかをするというのもよっぽどの理由だろうが。

「あれ、もしかして、ドルイドが来て暴れたとか？」

シスがはっとそれに気づいて言った。

「シス様、ドルイドに何か言ったんですか？　なんかむちゃくちゃ怒ってましたよ」

ハインリヒはシスを恨めしげに見ている。

「え？　僕何か言ったかな？」

シスは首をかしげた。

「あの温和なドルイドが怒るなんて、よっぽどのことじゃない？」

ラギは焦げているベッドを見ながら言った。

「覚えがないなあ。ハインリヒの力があがってるから何かあったかもしれないって言ったけど。それかな？　それとも金蛇の話かな？」

「私が金蛇に出会ったのを察して、ドルイドが嫉妬したみたいです」

ハインリヒは苦い表情で言った。

「やっぱりハインリヒも金蛇に会ったんだ。どうやって会ったの？　夢で？」

「私は全く覚えてないんですよ」

「嫉妬したのはドルイドの肌の蛇だったりして」

ラギがぼそりと言った。

「このこと、私が寝ぼけてやったってことにしといてくださいね」

ドルイドは息子なので、ハインリヒはそういうことにしておいたのだった。


その後、ハインリヒが寝ぼけて自分の部屋を破壊したという話をメイドから聞いたゆりは、「ハインリヒ大丈夫？　ストレスがたまってるんじゃない？」とハインリヒを心配し、

ミカエルはハインリヒに、「寝ぼけてあんなことをするなんて、お前結構やばいやつだな」と言っていたのだった。


つづく

１０部に戻る

目次に戻る