第５５話
人間界では9の月に入った。大陸の西にある小島、聖地では秋の祭りの準備が行われている。毎月何かしらのイベントがあり、
巡礼者達も楽しんでいる。アシュランの次くらいに大きな神殿の中では、魔法の鏡に神が姿を現している。
その神の姿を見た男は、ちょっと拍子抜けした顔つきだった。額に角が一本、以前ロイにあめを渡した中年の男である。
「ずいぶんかわいくなられましたね」
というと、相手の神はぶすっとした顔つきである。ここはハロルドの神殿。ハロルドはいまだ少年のままだった。
「ジェイク様かと思いましたよ」
男はにやにやしていたので、少年ハロルドの眉間にはしわが寄っていた。
「それで、そっちは何か変わったことはないか？」
「まあ細々したことはありますが、報告するようなことは……あ、そうだ。神官の二人が結婚しました。すでに子供がいるようですよ」
「そうか、そりゃめでたいな」
ハロルドはぶっきらぼうに返していた。
「何かあったら知らせてくれ」
「わかりました」
鏡はそれで閉ざされた。男の方は、ぷぷっと笑っている。
一方ハロルドの方は、（絶対笑われてるに違いない）と察しておもしろくなさそうな顔つきで、その場を離れていた。
バリアスに神剣を折られてから、ハロルドは少年の姿になってしまった。神剣はいまだ折れたままである。
「全く、いつ元に戻るんだ」
神剣はジェラルド工房にあるが、ジェラルドも頭を悩ませている。というのもあの剣は、ハロルドが産まれた時から持っていたもので、そういう物には
ジェラルドにもわからない力が働いているのである。刀身をつなげてみたものの、剣の輝きは戻らなかった。
剣は今や完全に力を失ってしまった。もはや神剣とはいえまい。
神剣がなくてもハロルドは戦うことだってできるのだが、自分とずっと一緒だった剣がなくなるというのは、心が落ち着かないものである。
もしは自分自身にも何かあるのではないか、という不安がよぎるのである。
神剣を肌身離さずもっていればよかったのだが、ハロルドも神の国をうろつくことは軽装なことが多いため、剣を携帯しないことも多かった。
ハロルドがアシュランの間に行くと、アシュランの他にアリアスがいた。アリアスはにやにやして、「よう、ハロルドちゃん元気か？」などと言っている。
「うるさい。お前の神器も壊してやろうか？」
「いいじゃないか。私だってたまには子供になってみたい。楽しそうだ」
「楽しくないわ。いつ元に戻るんだ？ このままじゃ神の威厳が台無しだ！」
ハロルドはアシュランにつめよっている。
「さあなあ、こればっかりは私にもわからん。まあ力は衰えてないんだし、いいじゃないか」
「よくない」
「どっちみち、あの剣は最近力が弱まっていたからな。まあ、壊れる頃合いだったのかもしれないぞ」
とアシュラン。確かにそれはハロルド自身感じていたことではあったが、まさかこうなるとは思っていなかった。
「しばらく普通の剣を持ってればいい」
「早く大人に戻りたいんだ」
「そのうちに戻るさ」
アシュランは気楽に返した。
「せっかくだから童心に返って遊んだらいいじゃないか」
アリアスはこんなことを言っていたので、ハロルドは、「後でバリアスを神殿につれて行くからな。しばらく預かってくれ」と言っていた。
「それだけは御免こうむる」
アリアスは即座に答えていた。
人間界では九の月に入っても暑い日が続いている。末娘のレーヌは一歳４ヶ月になるところである。とことこ歩き回るようになり、行動範囲はかなり広まっている。
そして意思表示もかなりするようになった。相手の言葉も結構理解している。
「マー、うたへたねえ、うたうまマー、きて」
レーヌはガーベラママに会いたいらしく、たまにこんなことを言うのである。
「ごめんね。歌がうまいママは今いないの」
ゆりが答えると、レーヌはふくれっ面をしている。
「あ、そーだ。竪琴を弾いてあげる」
ゆりが竪琴を取りに行こうとすると、「やだ」と言ってレーヌは歩いて部屋から出て行ってしまった。
「あ、ちょっと待って」
部屋の外にはミシェイラがやってきていた。
「レーちゃん遊ぼう」
「うん」
ミシェイラはレーヌを連れて瞬間移動した。
「全くもう、やっぱりレーヌはラギ以上に手厳しいみたい。私の竪琴を聞いてもくれない。私もハザーク様のところにいこう」
ゆりは歩いて移動した。
ハザークの侍女の一人はへびっちとの間に卵を生んで、まだそのままである。いつ卵が孵るのか、みんなどきどきして待っている。
ゆりがハザークの部屋に行くと、ミシェイラもレーヌもいなかった。
「あれ？ ミシェイラ達は来てないですか？」
「侍女と庭に行った」
「そうですか。それで、卵はまだ……ですよね？」
「まだそのままだ。実は、卵を見せてもらった」
ハザークが目を輝かせて言った。
「え、ええ？ 本当ですか？」
ゆりはわくわく顔でハザークの横に座っている。
「ど、ど、どのくらいの大きさでした？」
「うーん、このくらいか？」
ハザークは親指と人差し指で丸を描いている。直径4センチほどだ。
「このくらい……」
ゆりも自分の指で円を描いている。ゆりが思っていたよりも小さめだった。
「ちゃんと卵は生きてた」
「よかった。どのくらいで出てきますかね？」
「さあなあ」
「侍女さんも元気でした？」
「元気だ。卵から離れたくないようだ」
「そうですか。カーラも元気みたいだし、普通に子供も産んじゃいそう。よかった」
新聞のカーラのコーナーはまだ続いているようだ。子供達も新聞を見ると一番にその欄を探すほどである。
「王が一番ほっとしているだろう」
「ふふ、そうですね」
ゆりは笑っていた。ラクシュミも、今も毎日カーラの様子を気にしているようである。
ハザークはいちゃいちゃ気分でもないので、ゆりは話だけして部屋を去って行った。
庭園によるとミシェイラとレーヌ、ハザークの侍女とミシェイラの侍女もいた。子供達は楽しそうに遊んでいる。
二つのボールをぶつけて遊んでいるのだが、手も使わずに能力でしているのがすごい所だ。ミシェイラだけではなく、レーヌも何かしてるっぽい。
（レーヌもすごいじゃない。女王様のおかげね）
ミシェイラに鍛えられて、レーヌも結構すごい子供になりそうである。
離れた所で二人の遊びを眺めていると、肩をちょんちょんとつつかれた。横にいたのはヴィラだった。
「ねえ王妃、今から私達も遊びましょう」
「やだ」
ゆりは即答していた。
「どうしてですかー？ つれないですね」
「ハインリヒのことをしつこく聞かれそうだし」
「教えてくださいよ」
「私は知らないんだもーん」
ハインリヒの力が変わったことについてゆりは男達から聞かれまくったが、金蛇が関わっていることなので、知らないで通していた。
「ヴィラもディランにまで言わなくてもいいのに」
「私が言ったんじゃないんですよ。子蛇がパパにいっちゃったんですよ」
「いけない子蛇ちゃんね」
ゆりはヴィラの子蛇に言っていた。
「ディラン殿の蛇さんはすごく金蛇に会いたがってましたよ。会いに来るかもしれなんですね」
「ディランの蛇さんには会ってみたい。素敵そう。もちろんディランにも会いたいけど」
「私も金蛇ちゃんに会いたいです」
「べーだ。みんなの蛇さんまで出てきたらややこしいじゃない。ミカエルの蛇さんとか面倒くさそう」
「ははは。確かに」
「じゃ、そういうわけで」
去って行こうとしたゆりは、ヴィラに別室に移動させられていた。
「ちょっとー」
「そう言わずに遊びましょう」
「えー」
「遊ぶのと尋問とどっちがいいですか？」
ヴィラは微笑んで聞いた。
「遊ぶ方がいいです」
ゆりは否応なしにヴィラと遊ぶことになってしまった。
その夜である。ゆりは誰かの肌の感触で目を覚ました。横にはうつ伏せで寝ているラーズがいる。
「うわっびっくりした」
というとラーズが目を覚ました。ゆりはきょろきょろと辺りを見回した。部屋の鮮やかな色彩からして、ここはラーズの寝室のようだ。ガーベラもラーズも裸だった。
どうやら仲良くした後らしい。
「やあ、来たんだ。おいで、しよう」
ラーズは驚く様子もなく、身体を起こして女神の身体を抱き寄せた。そしていきなりキスしてきている。
（ラーズってばいつも直球。そしていい匂い〜）
ゆりはふらふらいきかけたが、そこでハロルドの顔が浮かんでいた。
「ねえ、ハロルドは元に戻った？」
ゆりは顔を離して聞いた。
「ハロルド？ 子供のままだよ」
「じゃあだめだわ。ラーズとできない」
ゆりは身体を離した。
「どうして？」
「ハロルドが子供の間は他の神とするなって言われたの。したらカニに変えられちゃうのよ！」
「カニ？」
ラーズは目をぱちくりさせている。
「そうなの。だからだめなの」
ゆりはせめてとラーズの手をすりすりしていた。
「カニ……ぷっ」
「今カニに変わったところ想像したでしょ？」
「つい」
「ハロルドの神剣ってどのくらいで元に戻るかしら？」
「さあなあ。もはやただの剣以下になっちゃったみたいだからな。せっかく会えたのにー」
「また今度ね。今何時？」
「朝になったところだよ」
「そうなの。じゃあ私行くね」
ゆりはベッドから下りて、いそいそと服を着ていた。
「もういくの？」
「だって、ラーズとこのままいると、ついいろいろしちゃいそうだもん。またね」
「またね」
（絶対どうにかなりそうにないサントスのところにいこう）
ゆりは服を着てから移動した。
ゆりがついたのはカサンドラの神殿の外だった。ゆりが神殿の中に入ろうとすると、後ろから抱きしめられた。
「おはよう。ガーベラ」
「ん？」
振り向くと、見知らぬ男がいた。見知らぬ、といっても、茶色い肌や癖がある髪などはサントスに似ている。が、サントスよりも年が上なのである。
背も高い。
「あれ？」
ゆりは変身したサントスに会うのは初めてだったので戸惑っていた。
「どうしたの？」
「え？ ううん」
（あれ？ この人って、サントス？ いつの間にこんなことに？）
ゆりの様子が不審に見えたのか、サントスは首をかしげている。
「実は、今からアマンザに会いに行くんだけど、サントスの顔がみたくなって、ちょっと寄ったの」
ゆりが言うと、サントスは普通に「そうなの？」と答えていた。
（やっぱりサントスだ！）
「おはよう。サントス」
ゆりはサントスの手を握りしめて挨拶した。
「今日もかわいいよ。ガーベラ」
サントスは頬をちょっとピンクに染めている。
「何をしてたの？」
「今から農園に行く所だよ」
「そうなの。それじゃあ、また来るわね」
「うん」
ゆりはジンラの元に移動して、すぐにアマンザに話を聞きに行ったのだった。
ゆりはジンラの神殿の裏手でアマンザからサントスが変身したいきさつを聞いたが、今までのサントスにもう会えないと思うと、ちょっと寂しい気分でもあった。
あのかわいいサントスは、結構癒やしの存在だった。
「サントスも複雑だったんだね。あのサントスも好きだったけど、まあよかったのかな。他に最近変わったことはない？」
「ハロルド様が子供になってますよ」
「それは知ってる。神剣をバリアスが折っちゃったんでしょ？」
「そのくらいですかね」
「そうなの。ありがとう。じゃあまたね」
ゆりはそのまま移動してしまった。
アマンザが神殿の横に回るとジンラがいた。
ジンラはちょっと奇妙な顔つきである。
（もしかして、何か聞かれたかな？）
とアマンザは察していた。
「ガーベラはもう行ったのか？」
「どこかに行きましたよ」
「……ちょっと聞いてしまったんだが、サントスのことを説明してたな？」
「はい」
やはりジンラは聞いてしまったらしい。
「なぜ説明してたんだ？」
ジンラは真面目な顔で聞いていた。
「今のお母さんは、サントス様の姿が変わったことを知らなかったので」
アマンザが何でもないことのように言うと、ジンラは怪訝な顔つきになった。
「今の？」
「実は、お父さんは気づいてなかったから言わなかったんですけど、お母さんは時々別のお母さんになってるみたいです」
「え？ 別のお母さん？」
「別のお母さんも優しくて楽しいお母さんですよ」
「別の？ 別のって？ どういうことだ？」
「時々人格が変わってる感じです」
「いつからだ？」
「えーと、僕を生んだ頃からみたいですよ」
「ええ？ クーリーフンは知ってるのか？」
「知ってますよ、僕もクーリーフンもお母さんを見るだけでどっちか分るけど、分らない人には分らないみたいです」
「はあ？」
「お父さんは気にしなくていいですよ。別にたいしたことじゃないですし」
「え？ たいしたことじゃないのか？」
ジンラは戸惑いつつ聞いていた。
「どちらも僕のお母さんですし、お父さんはあまり気にしなくていいですよ」
アマンザが平然としているので、ジンラも（本当にたいしたことじゃないのかも？）などと思ったが、ガーベラが時々別のガーベラになっている、と思うとやはり
かなりたいしたことのような気がする。
「他にも知ってる者はいるのか？」
「ハロルド様とラーズ様は知ってるって言ってましたよ。他の人は知らないんじゃないかな」
「そうなのか？ ガーベラはなぜそんなことになってるんだ？」
「さあ、そこまでは知らないです」
「アマンザは、なんでそんなに平然としているんだ？ なぜアマンザだけ知ってるんだ？」
「僕を生んだのはさっきのお母さんだったからですかね。だから僕は別に変なことだとは思ってなかったんです。お母さんが二人いるんだなと思ってるだけで」
ジンラはぽかんと口を開けていた。
一方ゆりは、ジンラにばれたとも知らずにハロルドに会いに行っていた。ハロルドはジェラルド工房にいた。ジェラルドと話をしていたようだ。
「神剣はいつ直るの？」
ゆりは一応聞いたが、答えを聞かなくてもハロルドの眉間のしわで理解した。ジェラルドも困った様子である。
「ジェラルドが新しい剣を作るわけにはいかないの？」
「あれは特殊な剣ですからね。他の剣で代用はできないんです」
「そうなんだ。そのうち新しい神剣がどっかから出てくるんじゃない？」
「どっかからって、どっから出てくるんだ」
「さーそれは知らないけど、バリアスはあれからおとなしくしてるの？」
「まあな。早く分別がつく年になってほしい」
ハロルドは大きなため息をついている。ゆりはつい笑いそうになっていた。工房の外に出ると、馬車があった。屋根がない、新品の馬車である。
御者の席と、後ろに二人乗れるくらいの小さめ.のものだった。優美な装飾がほどこされている女性向きの馬車である。
「きれいねー」
ゆりは馬車の周りを回って眺めていた。
「ディアメラ様のですよ。新しい月の馬車です」
「ディアメラのかあ。これにペガサスをつなげて空を飛ぶのね。乗ってみたーい」
「だめ！」
後ろからでかい声が聞こえてきた。やってきたのはなんとディアメラである。
「ようやくできたのね。うれしいわ」
ディアメラは馬車を見て目を輝かせていた。
「ちょっとくらい乗ってもいいじゃない」
とゆり。
「だめに決まってるでしょ」
「おい、私に何か言うことはないのか？」
ハロルドが不機嫌そうにディアメラにたずねた。
「何もないけど？ かわいいわね、とでも言ってほしいの？」
「お前って女は……お前のせいでこうなったんだぞ」
「私のせいじゃないわよ。神剣をほっておくから悪いんでしょ」
「うるさい」
「まあまあ、けんかしないで。ハロルドもたまには馬車にペガサスをつなげて乗ったりしないの？」
「しないな。そうだ、もっとすごいのに乗せてやる」
「何々？」
「龍」
「乗らないわよ」
ゆりは即答していた。
「フーン、フフーンフーン♪」
自分の神殿で鼻歌交じりにアクセサリーを作っていたラーズの元に、ジンラがやってきた。
「ラーズ」
「よおジンラ、どうしたんだ？」
ジンラは暗い表情である。
「ガ、ガガ、ガーベラが……」
「ガーベラがどうしたんだ？」
「ガーベラの中に別のガーベラがいるらしいんだが、ラーズも知ってるか？」
「え？」
「アマンザが、ラーズも知ってると言ってたんだが……」
ラーズは目を見開いたままジンラを見ていた。
「知ってるのか？」
「知ってるが、ジンラ、落ち着いてくれ」
ジンラは暗い顔つきである。
「もしかして、私のせいなのだろうか。私が浮気しようとしたショックでガーベラは……」
ジンラは頭に手をあてていた。
「いや、そういう理由じゃないだろう。まあ落ち着いて」
ラーズはジンラを椅子に座らせた。
「本当に違うのか？」
「違うだろう」
「じゃあどうしてガーベラに別人格がいるんだ？ 私は全く気づかなかったんだが、アマンザはたいしたことではないというんだ」
「そうだな。たいしたことじゃないかも」
「なぜだ？」
「うーん、説明しづらいが……」
「やっぱり私のせいじゃないのか？」
「それは違うよ」
「本当か？」
「本当だ」
ラーズは自分ではどう説明していいやらわからなかったので、クーリーフンに詳しいことを聞いてほしいと言ったのだった。
ジンラはふらふらとラーズの神殿を出て行った。まだ自分のせいだと思っているようだ。
「ジンラも知ってしまったのか……まあジンラは知ってもたいして怒らないとは思うが、クーリーフンはどこまで言うんだろう」
ゆりのことまで言ってしまうのかどうか、それはラーズにもよめなかった。
ジンラはクーリーフンを探し回ったが会えず、自分の神殿に帰るとクーリーフンがやってきていた。アマンザと部屋の中で話をしていたようだ。
「クーリーフン、話があるんだが」
「アマンザに聞いたよ。もう一人のお母さんのこと、気づいたんだね」
クーリーフンは微笑んでいる。
「私のせいでガーベラがそうなったんじゃないのか？」
「違うよ。ジンラは関係ないよ。お母さんが遊んでるだけだよ。長い生を生きてるから、たまには新鮮な気分になりたいだけだよ」
「遊び、そうなのか？ アマンザは別のガーベラとやらに気づいていたが、私は全く気づかなかった。アマンザを生んだ時も別のガーベラだったって本当か？」
「そう。あの時お母さんは声も出せなくてむしゃくしゃしてたからね。人格を入れ替えて遊んでいたんだ。そうしたら偶然アマンザが生まれた。
まあ、別のお母さんも害はない人だから、できたらあんまり気にしないでくれるとうれしいかな」
「本当にガーベラの遊びなんだな？」
「うん」
ジンラはてっきり自分のせいだと思っていたのか、気を楽にしていた。
「人格を入れ替えてるのもたまにだし、ジンラにしょっちゅう会ってるわけじゃないから、気づかなくても無理はないよ」
「そうか。まあ私のせいじゃないならよかった。ガーベラに害もないのなら……そんなに気にすることもないのか？」
「たいしたことではないですよ」
アマンザが微笑んで言っていたので、ジンラもそれ以上は深く追求しなかった。
「もう一人のガーベラは、どういう感じなんだ？ ガーベラとまるっきり一緒ではないんだろう？」
「たまに現れるだけだからガーベラの記憶が抜けてる所があって、結構世間知らずで、ジンラには憧れの気持ちを抱いてるみたい」
クーリーフンが説明した。
「憧れ？」
「たまにジンラを遠くから眺めてたりするよ」
「はあ、アマンザが生まれた時はそっちのガーベラだったんだろう？ ってことはその時は……」
「仲良くしたのはその時だけじゃないかな？」
「そうか」
（そういえば、あの時はすごく新鮮な気分だったな……）などと当時を思い出したジンラだったが、クーリーフンは、中身が人間だとまでは暴露しなかったので、
ジンラはガーベラのことを穏やかに受け止めていた。
「よくわからんが、まあ、そんなに大事ではないんだな、ということはわかった」
「そう」
クーリーフンもアマンザも、ほっとした顔つきだった。
「オルガ達はまだ知らないのか？ 言わなくていいのかな」
「言わなくてもいいよ。まあ気づいたら僕から話すから」
「そうか、わかった」
ジンラは普段のジンラに戻っていた。
ゆりはその後ハロルドとペガサス牧場に移動していた。大きいペガサスに交じって小さいペガサスが３頭ほどいた。ユニコーンも２頭混じっている。
「ねえ、カニの件なんだけど……」
ゆりは子供のペガサスをなでながら言いだした。
「せめて猫とかにならないでしょうか」
「お前、欲求不満爆発か？」
子供ハロルドにあきれ顔で見られてしまった。
「そういうわけじゃないけど、愛欲の女神だし、そういう感情が高まったりするのはしょうがないの。ハロルドが１０年くらいそのままだったらどうするのー？」
「まさか１０年はないだろう」
「アシュランの力でも元に戻らないの？」
「だめらしい。お前、そんなにラーズとしたいのか？」
子供ハロルドにずばり聞かれて、ゆりは返答に困った。
「全く……一体ここに何しに来てんだ」
「何しにって、別にそういうことが目的で来てるわけじゃないけど……」
ゆりはごにょごにょ言っている。
「じゃあいいじゃないか。ちょっとは我慢しとけ」
（子供に言われる私って一体……）
ゆりは頬を引きつらせていた。
（でも確かに何をしに来てんだって聞かれると自分でも分らないわ。そうだ、次からは神の国のどこかに妖精がひっかかってないか探そうかな。
最近石が増えてないし……それなら有意義だわ）
ゆりはそんなことを思いながら人間界に帰っていったのだった。
ハロルドの方は、（ふざけた女だ。他の男と寝たいって、私に面と向かってよく言うな）と一人ぶつぶつ言いながら自分の神殿に帰っていった。
「普通言わないだろ」
だが逆に、「私はもうハロルド以外の男に抱かれたくない。ずっと側にいたい」だの言われるとハロルドもかなり困ったことになるのだが。
（なら今の方がいいのか？ だがそれにしても……）
ハロルドの神殿の前にラーズが立っているのが見えた。
「何か用か？」
ハロルドはペガサスから下りて聞いた。
「あっちのガーベラのことなんだが、独り占めしなくてもいいじゃないか。別にしたっていいだろ？」
ラーズはそれを言いに来たようだ。
「あん？」
「嫌がらせはやめてくれよ。カニに変えるだなんて、本当はしないくせに」
ラーズはぷっと笑いながら言っていた。
「もしや、もうしたのか？」
ハロルドが怪しんで聞いた。
「いや、カニに変えられちゃうの、っていっちゃったよ。カニはないだろ。ハロルドも相当カニ好きだな」
前にゆりにカニをプレゼントしたのを知っていたラーズは、つい笑い顔である。
「うるさい。イカよりカニの方がいいだろ？」
「なんでその二択なんだよ」
「大体お前は普通にガーベラと好きなだけすりゃいいじゃないか」
「あっちも好きなんだよ。だってかわいいもん」
「何がかわいいか」
「かわいいから好きなんだろ？」
「そういうわけじゃない」
「じゃあなんで好きなんだよ」
「うるさい」
二人がやりとりしているとグレンが下りてきた。グレンは不機嫌そうなハロルドにちょっとびびっている。
「何か用か？」
「ジェイク様に用があって来たんですよ」
グレンがさっさと行こうとするとハロルドが声をかけた。
「おいグレン、私が大人に戻るまでは、あっちのガーベラとするんじゃないぞ」
「え？」
振り向いたグレンの頬は引きつっていた。
「元に戻ったらいいんだ。っていうか、グレンも気づいちゃったんだ？」
ラーズがちゃちゃを入れている。
「知ってるんだろ？ 全くこんなにばれちゃって大丈夫なのか……」
ハロルドがぶつぶつ言っている。
「さっきジンラにもばれてたけどな」
ラーズの言葉にハロルドはぎょっとしていた。
「なにー？」
「クーリーフンにわけを聞いてくれって言っておいた」
「クーリーフン！」
ハロルドはペガサスを呼んで飛んでいってしまった。
「なかなかわかりやすいよなー」
ラーズがグレンに言うと、グレンは頬を引きつらせたまま、「それでは私はこれで」と神殿の中に入って行ったのだった。
つづく
１０部
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