第２話
もうすぐ春である。春といえば、この世界にとっては最も重要な交わりの月がやってくる。
「もう少しで産まれるよね。楽しみだよねー」
ジュノーの恋人の一人がもう少しで出産しそうである。弟ができるのか、妹ができるのか、ジュノーの息子クリスは毎日どきどきしている。
去年ヴィラの恋人も妊娠しているので、ヴィラの息子ヴィンセントはそれがうらやましくはなかった。こちらはまだまだ先が長いだろう。
二の月のある日、ジュノーとヴィラはそろって王の間に呼ばれていた。王の間に入ると、一族の女性が３人いた。
二人は嫌な予感を抱いた。
「３人ともどうしてもお前達の恋人になりたいそうだ。どうだ？ 今年ちょっと過ごしてやったら」
ラクシュミが笑顔で言った。ジュノーとヴィラは顔を見合わせた。やはりそっちの話題のようだ。妊娠中の恋人は赤い月を一緒に過ごさない。
恋人が一人減るので、補充は可能である。女性達のアプローチは二人にはあったのだが、丁重に断っていた。３人とも、思いあまってラクシュミに相談したようである。
女の子は三人とも100歳以下の若い子達だった。
「分りました。じゃあ私は、シンディーと」
ジュノーはあっさり観念して、前から自分にアプローチしてきた女性を選んでいたので、ヴィラは「え！」と驚いていた。
―ここまできたらもう観念するしかない。私は３年逃げてたからまあいいや
―私は今年からなのにー
残りの二人はヴィラにキラキラした目を向けている。
「二人もらっとくか？」
ラクシュミはヴィラに聞いていた。
「えー！ そんな。ちょっとは休ませてくださいよ」
「赤い月以外は休んでるだろ？」
「ハインリヒ殿にも言ってみたらどうですか？ カレンはまだそういう気はないでしょうから」
「ハインリヒには言いにくい」
「我々ならいいんですかー？」
ヴィラはブーブー言っていた。
「今のうちにがんばっておけ。ミカエルやフリットやシャナーンも４人相手に頑張ってたんだから。ちなみにイシュタールは二人新たに彼女になってる」
（ひょえー……）
イシュタールの彼女は二人とも妊娠したので、そういうことになったようである。
どうにも逃げられそうにない。どちらを選ぶか、ヴィラは女性の顔を見回したが、どちらが好みということもなかった。どちらも似たり寄ったり、というか、二人は親戚なので
顔立ちが似ていた。青い髪で目鼻立ちははっきりしている。二人そろってポニーテールだった。二人と親しげに話したこともないのでどうにも決められない。
「３人で決めてくれ」
３人は別室に移動することになった。
―考えれば考えるほど決められなくなるぞー
ジュノーは選んだ女性と城から離れている。
「私、どうしても強い子供が欲しいんです。どうかお願いします」
「私もです。自分よりも強い子供を産みたいんです。お願いします」
二人はそろって頭を下げていた。
「二人とも今年はだれともまだ約束してないの？」
「してません」
「私もしてません」
「本当に？」
「「はい」」
二人とも力の程度はかろうじて中級といった感じである。ヴィラが振っても誰かとくっつくことにはなるだろう。
ここまで来て二人に「ごめんなさい」ってわけにもいかない。
（正直どっちでもいい。どうやって決めよう。さっさと決めておけばよかった）
二人は外見も力の程度も似ていたので、ヴィラは迷ってしまった。
「私、王妃様に余計なことを言ったりしません」
「私だって。城にはめったに来ないですから」
二人はなんとそっちをアピールしだしたのでヴィラは驚いた。昔のミカエルの事件の話でも聞いたのだろうか。
「今年だけでもお願いします」
「私も、がんばりますから」
二人ともうるうるした瞳でヴィラを見つめている。
（どうしよう）と思っているとなんとハインリヒから思念が来た。
―やあ、ジュノーから今聞いたんだが、女の子、決めた？
―え？ いえ、まだですよ
―ローズマリーは私がもらってもいいかな？
―えっ！
驚いたヴィラだったが、ハインリヒがその気になっているのなら、今すぐに話をつけるに限る。
―もちろんいいですよ
「ローズマリー、ハインリヒ殿があなたと今年赤い月を過ごしてもいいと言っているが、どうする？」
ヴィラは速攻で話を進めていた。
「え？」
突然ハインリヒの名前が出てきたのでローズマリーはぽかんとしていた。
「なぜ私を？」
「さあ、今思念が来て、ジュノーから何か聞いたんじゃないかな」
「私の力でハインリヒ様の子供が産めるでしょうか？」
「彼は王族ほどではないから大丈夫だとは思うが……せっかくなので過ごしたらどう？」
確かに力の差がありすぎるとよくはないのだが、どっちみちだれとひっついても出産率はよくない。賭にでるしかない。
「是非、お願いします」
ローズマリーはハインリヒに会いに去って行った。残ったリアーナは、かなりショックを受けた表情である。
「ごめんね。どっちがどうとかじゃないと思うよ」
ヴィラはついリアーナが気の毒になってしまった。
「いえ……いえ……」
リアーナは堪えきれなかったのか、涙を流していた。自分が女だったならば、同じような気持ちになっただろう。
だが、これでヴィラの心も決まった。
「リアーナ、私と赤い月を過ごしてください」
「はい、ありがとうございます」
リアーナは最後には微笑んでいた。
こうして男達の間にもいろいろあったのだが、その多くはゆりの耳に入ることはなかった。さすがのミカエルもゆりに知らせたりはしない。
男達にも、暗黙のルールというのがあるのである。
ヴィラはその夜、その話をジュノーではなく、夢でディランに語っていた。ディランは興味深く聞いている。
この夜二人の蛇達は、蛇のまま近くにいた。この夜はディランの屋敷ではなかった。真っ白な空間に、二人と二匹の蛇だけである。
二人は床に座っている。
「ハインリヒ殿は100歳以下は相手にしないと思ってましたから、驚きましたよ」
ヴィラが言った。
「ローズマリーか。以前、そういう名前の女性がいましたよ。我々が少年の頃、教官の女性でね、強いくて怖い女性でした。よくしごかれたものですよ」
「そうなんですか？」
「あー、なんかいろいろ思い出しましたよ。ハインリヒは子供ながらに彼女に好意があったようで、『大人になって一番騎士になったら、赤い月を一緒に過ごしてほしい』、
と言ったことがあったなあ。彼女の方は『坊やが何寝言言ってるんだい？ もしそんな奇跡があったら過ごしてやるよ』なーんて笑ってましたがね。とにかく怖い教官でしたからねえ。
ハインリヒはみんなに『恐れを知らないやつだ』、なんて言われてたなあ」
「へーそれで、一番騎士になった時、彼女と一緒に過ごしたんですか？」
ヴィラは興味津々で聞いた。
「いえ、その頃には彼女は病気で亡くなっていて……病気が流行った年があって、その時亡くなったんです。我々が大人になる頃のことでした」
「そうだったんですか」
「同じ名前の女性だから気になったのかもしれませんね」
「そうかもしれませんね」
「4人も恋人を持つとは。ハインリヒはすっかりそっちに染まってるんですね」
「ははは、そうですよ」
二人は笑っていた。
「そうそう、この前、私にも肌の蛇が出てきたことがあったんですよ。ルークにけんかをふっかけたらしいです」
ディランが思い出したように言った。
「えー！？」
「知らない間に部屋の壁が黒ずんでいて、驚きましたよ」
ディランは笑っていた。
「あ、蛇といえば、過去のみなさんの蛇達が勢揃いして王妃の金蛇と出会ったでしょう。私もその場にいたんですよ。ようやく恋人に会えたんだから、
喜んでいたでしょうね」
「私もその夢を見ましたよ。あの場にいないのが残念でした。きっと彼は金蛇にお礼を言ったんでしょうね」
「不思議な恋人達ですね。へびっちの子蛇は無事生れましたよ。一匹は自由な蛇に、もう一匹はミシェイラ様の肌に入りました」
「そうですか。よかった」
楽しい一時はあっという間だった。どうやらもう終わりそうである。
「もっと話がしたいですが、仕方ないですね」
ディランが言った。
「また会いましょう」
「はい、それでは」
二人の夢は終わったのだった。
一方城、ハインリヒの部屋では、いきなり枕を抜かれてハインリヒが目を開けていた。
「もっとましな起こし方はないのか？」
ハインリヒはあきれ顔で身体を起こしていた。ベッドサイドにいたのは大人になったドルイドだった。
「お、壁綺麗に直ってるな」
ドルイドは部屋の壁を見ている。前回は、自分が部屋を荒らしてしまったのだった。
「あんなに暴れるなんて、ちょっとは反省しろ」
とハインリヒ。
「つい」
「ついじゃない。全く、寝ぼけて部屋で暴れた男になってしまったじゃないか」
ハインリヒが口をとがらせていうと、ドルイドが笑っていた。
「今日は暴れないだろうな」
「暴れない。部屋を見に来ただけだ。さっきシス様にも会ってきた。レイアスの蛇の孫が増えた話も聞いた」
「そうか。なあ、昔、ローズマリー教官ってのがいた覚えてるか？」
「ローズマリー教官？」
「少年の頃、彼女にしごかれたんだが」
「……ああ、ローズ教官か、ものすごく強くて怖くて、仲間がよく泣かされていた。私も泣かされたっけ」
ドルイドはようやく思い出していた。
「私はあの教官が結構好きだった。昔告白したくらいだ」
「物好きだな。私はムチで尻をしばかれたことしか覚えてないが」
「いい女だったぞ」
「そうだっけ？」
「懐かしいな。遠い昔のような気がするが……ついこの間のような気もする」
「なんていきなり思い出したんだ？」
「同じ名前の女性がいて、つい恋人にしてしまった。それでいろいろ思い出した」
「その子もムチでしばくのか？」
「しばくか。お前本当にそれしか覚えてないのか？」
「尻がはれて痛かったんだ。私だけじゃなくみんな腫れてた」
「もういい」
どうやらドルイドの教官の記憶はあまりいいものではないらしい。
「いい女だったがなあ。だが彼女を赤い月に誘うとは、あれは若気のいたりってやつだな」」
ハインリヒは首をかしげつつ、ぶつぶつつぶやいていた。
「なあ春になったら、ちょっと付き合ってくれないか？ 誰かと訓練したい」
ドルイドは真面目に言った。
「剣か？ いいが、息子も誘ってやったらどうだ？」
「シス様か？ さすがに夜中外に連れ出すのは無理だろう」
「もう一人の方ならいいだろう」
「シャナーン殿か？」
「きっと喜ぶだろう。あの坊やは向上心が高いからな」
「そうか。ならいいかな。ちょっと話しておいて」
「わかった」
「それじゃな」
ドルイドは消えた。
「訓練か。なんかやる気になってるのかな？」
ハインリヒは枕を直して寝転んだ。
カレンにもあの姿を見せてやりたいが……言ったらびっくり仰天だろうな。
恋人は４人になってしまった。私も随分こっちに染まったな。赤い月間際に相手を決めるなんて……
「まあいいか。私ももっと子供が欲しいしな。また誰か転生してきたりして……」
（さすがに二人目にそれはないだろう）、などと思いながら再び眠りについたハインリヒだった。
二の月の下旬、とうとうジュノーの彼女が出産した。女の子だった。
城ではゆりも子供達も大興奮である。
戦士達からはジュノーにお祝いの言葉が届けられ、ラクシュミからも「おめでとう。次もがんばれ」というありがたい言葉が届いていた。
「女の子かあ、あー早くみたいなあ。名前はなんていうの？」
城にいるゆりは子供達に聞いている。
「名前は、ティナにしたって」
シスが言った。
「ティナちゃんか。かわいい名前ね」
「お母さんの恋人の子供はこれで１４人目だよ。２０人いきそうだね」
ラギが言った。
「１４人目かあ。もうそんなになるんだ」
最初に生れた子供達は今年３０歳である。
ゆりはラクシュミに会いに王の間に行った。
「ジュノーの子供、女の子だってね」
「ああ、母親も疲れてるが無事のようだ。よかった」
「そうなの。よかった」
「乾杯しよう」
「はい」
二人は休憩室の方に移動した。
「赤ちゃんっていいよね。私も今年がんばるー」
「そうか。頑張ってくれ」
「女の子が続いたから次は男の子かなあ。それとも女の子３人続いちゃったりして」
ゆりは一人でぶつぶつ言っていた。男達の恋人は全員で１４人だが、ゆりは一人で７人も産んでいるのである。この国ではなんともすごいことである。
世界的にもすごいことのような気がする。
（８人目か……8ってすごいな。過去の私に言ったら、『嘘だろ』、で終わりそうな数字だ。これだけ産んで元気なゆりはすごい）
ラクシュミは目の前にいる元気すぎる妻に素直に感心していた。
「ゆり、これからも元気でいてくれ」
「王様もね」
暗い時代を知らない子供達。子供達のためにも明るい時代が続くように、さらに妻の健康を願って、ラクシュミはゆりと杯を合わせたのだった。