第３話

暦は３の月に入った。気温の上昇とともに景色は色鮮やかになっている。城の庭園にも真っ白な蝶がひらひら飛んでいた。

綺麗に手入れされたゆりの花壇の花も、たくさんつぼみをつけていた。咲いている花もある。その近くにあるラギの花壇には相変わらずわけのわからない草が植えられている。

ゆりの花壇をぼんやり見つめている男がいた。シャナーンである。ぼんやりしていると肩をぽんぽんとたたかれた。横にいたのはヴィラである。

「やあ、ぼんやりしてどうしたんだ？」

「いえ、別に、春だなあと花壇を見てました」

シャナーンは軽く微笑んだ。

「最近はどうだい？　彼女が妊娠して、何か心境の変化でもあった？」

「え？」

「よかったら相談に乗るよ。先輩として」

シャナーンは目をぱちくりさせていた。

「どこか違うように見えますか？」

逆に聞いている。

「うん」

「そうですか。ヴィラ様は、最初に子供ができたとき、どうでしたか？　何か複雑な心境になったりしましたか？」

「複雑な心境？」

「うれしいんだけど、大喜びできないような何か、自分でもよくわからない感情があるんです。王妃との関係もどこか、変わったような……もやもやする感じで、

やっぱりよくわからないです」

シャナーンは頭を振っていた。

「ふーん、どこかわかるような気はするよ。そのもやもやも、いずれは解消されるよ」

ヴィラはシャナーンの横に並んで言った。

「そうでしょうか」

「大丈夫だよ。王妃との関係も変わらないよ。君は父親になるってだけだ。ヴィンセントが産まれた時、私はほっとしたよ。肩の荷が少し下りた気がした。

シャナーンも、子供が産まれたらきっとそういう気になると思うよ」

「そうですか」

「じゃあね」

（若いねえ。シャナーンはまだ70にもならないんだもんな。ほんと若いな）

ヴィラは去って行った。


「父親か……」

（大喜びできないのは、やはり王妃の態度が変わったように感じてしまうからなのだろうか。うれしいのにもやもやしてしまう。自分でもやはりよく分らないが

無事子供が産まれれば、きっと感動してこんな気持ちはふっとぶのだろうな）

シャナーンは妹のミーシャが産まれた時も目を潤ませたものだった。自分の子供が産まれれば、きっとそれ以上の感情に包まれるのだろう。

「シャナーン！」

声がして振り向くと、蛇の目のゆりがこちらにやってきていた。末の娘、レーヌも一緒である。レーヌは一人で歩いてシャナーンのところまでやってきたので、シャナーンはレーヌを抱っこしていた。

「こんにちは、王妃、レーヌ様」

「シャナ」

とレーヌ。

「今日はいい天気ね。春っていいね」

ゆりが笑顔で言った。

「そうですね」

「あ、あ」

レーヌはちょうちょを指さしていた。

「ちょうちょよ。かわいいでしょ？」

「うん」

「あっちの花壇の草は触っちゃだめよ。危険だからね」

ゆりはラギの花壇の方を示していた。

「うん。へびみっける」

レーヌはシャナーンの腕から下りて歩いて行った。

「大きくなりましたね」

「本当にね。よくしゃべるようになって」

二人の視線はレーヌをおいかけている。

「シャナーンは今年何歳になるんだっけ？」

「６８歳です」

「68？　まだそんな年なんだね」

「みんな驚きますよ。大人になるのが早かったですからね」

「そっか。シャナーンだけは大人になってすぐに恋人にしちゃったんだもんね。これからもずっとよろしくね。100歳になっても、200歳になっても」

「王妃……はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

シャナーンの瞳がちょっと涙でにじんでいた。

「王妃がいてくださるおかげで、人生楽しいですよ」

「私も、こうしてるだけで楽しいよ」

「マー、あれなに？」

石畳の上を、緑のカエルがぴょんとはねていた。結構でかい。

「カエルだ。どこからきたんだろう？　ロイがもってきたのかも。へびっちが喜びそう」

「あげる。あげる」

「へびっちは今日どこかなあ」

「探してみましょう」

「え？　いいの？」

「……ハザーク様のところみたいですよ」

シャナーンは素早く思念で誰かに聞いてくれたようだ。

「袋をもってくるから、シャナーンはカエルをみてて」

「はい」

蛇の目のゆりは瞬間移動した。

「カエルうまい？」

レーヌがシャナーンに聞いた。

「さあ、どうでしょう？」

シャナーンはレーヌの耳を見ていた。レーヌだけはゆり譲りの丸っこい耳をしているのである。

蛇の目のゆりが袋をもってきて、シャナーンがカエルをその中に入れた。レーヌとゆりはそのカエルをへびっちの元へと持って行った。


シャナーンはほのぼのとした一時に心が軽くなったような気分で、去って行ったのだった。


3の月８日、夜空に赤い月が浮かんでいた。赤い月の始まりである。

（金蛇が王様と赤い月を過ごしたいっていってたけど、あれはどうなるんだろう？）

二人のゆりは以前人になった金蛇が言っていたことが気になっていたが、あれから金蛇は何も言ってこず、夢で出会うこともなかった。

（まあいいか）

赤い月の初日の夜、王の寝室で待っていたゆりのもとにラクシュミがやってきた。

「王様……」

「ゆり、お前に出会えたことが私の人生最大の喜びだ」

優しいうっとりするような声で言われたゆりは、すっかりとろけそうになっていた。

「王様〜ん」

「さっそく一つになりたい」

「私も！」

ゆりはひしっとラクシュミに抱きついた。


その夜何度もラクシュミに抱かれて夢心地になったゆりは、両手に金色の蛇が浮かんでいるのに気づいた。

「蛇紋か」

ラクシュミもそれに気づいている。ゆりは、両手をラクシュミの胸にぴったりつけた。すると、金の蛇たちはするするとラクシュミの方に移動した。


『スキ、すっごくスキ。すっごくすっごくスキなの！！！』


「うわっ！」

ラクシュミは脳裏に声が聞こえたので驚いていたが、すぐに

「私もお前達が好きだ」

と返していた。


『キャー！！！』


金蛇達は消えてしまった。

「？　何か言われた？」

ゆりは不思議そうな顔つきである。

「ん？　いや」

ラクシュミは脳裏に聞こえた言葉についてはゆりに告げず、ゆりに口づけていた。



「やっぱいいよねーあの時の王様は」

「うーん、どこが違うのかったらいろいろ違うんだけど、なんかすごくいいよね」

二人のゆりは夢の中で出会っていた。どちらも腰はがくがくである。

「変化した王様って、王様の蛇の意思なのかな？」

黒目のゆりが首をかしげつつ言った。

「どうだろうね。王様の蛇はものすごく優しくて、体位にもこだわってる？」

黒目のゆりはぶっと吹いていた。

「だって、いろいろしてくれるじゃない。普段は立ったままとかしたことないし」

黒目のゆりは半笑いである。

蛇の目のゆりが横を指している。少し離れた所に、金色の長い髪の女が二人いて、こちらに背を向けていた。

どうやら金蛇のようだ。

「ねえ、あれで満足したの？」

黒目のゆりが聞いたが、二人は顔を向けなかった。

「考えてみたら、男の肌に消えちゃうじゃない？　あれって、あなたたちの分身ってこと？　戻ってこなくてもまた復活してるもんね」

蛇の目のゆりが言った。

「そうね。戻ってこないもんね。分身してるのかしらん？」

と黒目のゆり。

「ねー」

振り向いてくれないので黒目のゆりが側にいってみると、金蛇達の目がうるうるしていた。

「ど、どうしたの？」

「別にいいでしょ」

「関係ないでしょ」

「え？　関係ないことないと思うけど……」

黒目のゆりは後ずさりして金蛇から離れた。

なぜ二人とも泣いているのかわからず、二人のゆりは首をかしげあっている。

「ねえ、私の表面に出てくる話はどうなったの？」

蛇の目のゆりが聞いてみると、二人はきっとこちらをにらんでいた。

「そんなことできるわけないでしょ！」

「そーよ！　そんな恥ずかしいことできないわよ！」

金蛇たちにまくしたてるように言われて、二人のゆりはびっくりしていた。

「自分達が言ったんじゃないの」

と黒目のゆりが返した。

「あの王様は、側にいるだけで幸せなの」

「そーよ、スキっていってくれたからもういいの。満足なの」

「そうなの？　乙女ね」

「意外にかわいらしいとこあるのね」

二人のゆりはぼそっと言っていた。

ふたりの金蛇は、やがて蛇に変わってしまった。


残りの夜、金蛇達が肌に浮かぶことはなかった。

本当にあれで満足したのかどうなのか、二人のゆりには謎である。

幸せいっぱいで残りの夜も終わった。


「マー、今年もベツトーきたよー」

朝、ミシェイラがゆりのところにやってきて言った。

「そう、よかったねー」

とゆり。

「ベツトーやっさしいの」

ゆりは笑っているが、身体はどうも動かなかった。

「マーどしたの？」

「誰か呼んできてくれる？」

「はーい」

ミシェイラは去って行き、やがて子供達がぞろぞろやってきた。

「母様大丈夫？」

「なんか気が欲しいかもしれない」

とゆりが言い出した。上の子供達の顔がぱっと輝いた。

「私あげる」

「僕も！」

アナスターシャとシスが両側からゆりの手を握っている。

「母様、できたの？」

アナスターシャが聞いた。

「そうかも」

とゆり。

「やったあ！　8だ、８人目だ！」

ラギが騒ぎ出し、

「え？　ほんと？　やったあ、父様に私が知らせる。だれも知らせないで！」

ナナミはあわてて消えた。

「かー様、男がいいよ。一緒に悪いことすんだ」

とロイ。

「「「せんでいい」」」

ゆりとラギ、シスが同時に言っていた。

「８人目かあ。母様すごいよ」

シスは感動している。

「ここまできたら、きりよく１０人目指そうよ」

ラギが言った。


ナナミは王の間に入るなり、「父様、８人目だよー！！！」と叫んでいた。

「え？　８人目ができたのか？」

ラクシュミは驚いている。

「できたよ。できたよ。きっとできたよ！」

「王、おめでとうございます！」

王の間にいたミカエルが弾んだ声をあげた。

「王妃は本当に素晴らしい。儀式が楽しみだなあ」

ミカエルはもうそっちを楽しみにしている。

「みんなに回そう」

「だめー私に言わせて！　一度やってみたかったの。全員への思念」

「え？　ちょっと待て」

ラクシュミが止める間もなく、


―みんなー母様がね、８人目妊娠したよー！！！


ナナミは一族全員に思念を送ってしまっていた。


―おーおめでとうございます！

―おめでとうございます！

―おめでとうございます×100


「う、うるさい。ナナミ、こら、全員に送るんじゃない！」

ラクシュミは耳を押えて怒っていた。横でミカエルは苦笑している。

「だって、めでたいし、まあいいじゃない。ねー」

ナナミはくるりと回って消えた。


―おめでとうございます！！


「もうおめでとうはいい！」

しまいにはラクシュミは思念を閉ざしてしまった。

「ナナミ様、アナスターシャ様に似てきましたねえ。アナスターシャ様は王妃に似てるし、やっぱりどちらも王妃に似てるんですね♪」

ミカエルはのんきに言っていた。


ゆりは二人に気をもらってぐっすり眠っていた。

「あー疲れた。疲れたから今日は休みってことで」

アナスターシャはさっさと出て行き、部屋で教師に捕まっていた。



「お母さんはすごいなあ」

ベッドの側で、ラギはゆりを眺めて感心していた。

「疲れた？」

「大丈夫だよ」

といいながらも、シスは疲れた様子だった。


「どんなへびかな？」

「あか」

ミシェイラとレーヌは二人で何やら話している。

「みどりがいいよ」

「うん」

「おんなのこね」

「そーね」

二人のやりとりを聞いて、ラギとシスは微笑んでいた。


どうやらゆりが妊娠したようである。無事産まれれば８人目の子供になるのだ。どんな子供が産まれてくるのか、今から楽しみな子供達だった。


つづく

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