第４話

うららかな春である。いつまでもベッドの中でまどろんでいたいような朝、シャナーンの寝室にそっとやってきたのは金色の輝く髪をした妖精だった。

妖精は手に持っていた黄色い大きな５枚の花びらの花をそっと眠っているシャナーンの側においた。その手が不意に掴まれて妖精はビックリ仰天していた。

「きゃっ」

「あれ？」

シャナーンはすぐに手を離していた。

驚いた妖精はそのまま後ずさり、「さよなら」と言って逃げるように去って行った。

「…………」

シャナーンは壁をすり抜けて行ってしまった妖精をぽかーんとした顔で見ていた。

「花を持ってきてくれていたのは、妖精だったのかな？」

シャナーンの枕元に、何度か花が届けられていた。贈り主は不明だったが、同じ妖精だったのだろうか、とシャナーンは思った。

シャナーンは黄色い花を手にとっていた。摘んだばかりのようなみずみずしい花である。

「輝く髪の、かわいらしい妖精だったな……」

シャナーンは花を見つめながら微笑んでいた。



一方、屋敷の外、空に浮いていた妖精は、あわてた様子である。

「あーびっくりしたー気づかれちゃった！　どーしよー！」

この妖精、以前ゆりの身代わりになってシャナーンと接してから、シャナーンのことが気に入ってしまったのか、何度かシャナーンの顔を見に来ていたのだった。

アリアスとダーナの娘で、光の妖精である。光の妖精らしく、金色の輝く髪の、かわいらしい顔の妖精である。

用心してきていたのだが、ついにばれてしまったようだ。

「ま、いいか。別に何をするわけでもないしね。ただ花をあげてるだけだし、あーシャナーンと一度でいいから思いっきり遊んでみたい〜」

声を出しながら妖精は去って行った。


日差しはもう温かい。陽気な一日が始まりそうだ。


さて、どうやらゆりは再び妊娠したようであるが、もう何度目にもなるので、ゆりの侍女達も涙ながらに祝福、という感じではないが、とにかく皆喜んでいる。

「王妃様には本当に脱帽ですわ。こうなったら１０人目を目指していただきたいですわ」

ラギの影響か、ミラまでこんなことを言っていた。

「妊娠はいいけど、出産がきついのがやよねー。神様みたいにぽんと産みたい」

とゆりは、今から出産のことを気にしている。

「ロイ様はメメントを捕ってくるって言ってましたよ」

「それもあったかー。こんなに早く食べなくてもいいんだけど……」

ゆりの左目が変わった。

「ラギ、いつになったらメメントに変わる食材が見つかるの。ちゃんと探してるの？」

蛇の目のゆりは、同じ部屋にいたラギに言っていた。

「一つそれらしいのをみつけたけど、水蛇がよく食べるロロコっていうでろんとしたなまこで、見た目がちょっとあれなんで、メメントの方がましかなって」

「なんでそういうのしかないのよ。もー」

蛇の目のゆりはぶーたれたまま消えた。

ミシェイラとレーヌがやってきた。

「ねえ、マー、石増えた？」

「増えてないよ」

「みせて！」

ミシェイラにせがまれて、ゆりな石の箱をもってきてあけてみせた。

「きれーね」

とレーヌ。

「あのね、この石がね、とつぜんふえるの」

「ふーん」

「つぎピンクがいいなあ」

「うん」

レーヌはミシェイラのおかげか、よく言葉を理解するようになった。

「早く石がいっぱいになったところがみたいなあ」

ラギも一緒に箱をのぞいている。

（１０人目を産むよりも、こっちをいっぱいにする方が簡単かも）

とゆりは思った。

ロイがメメントを捕ってきてしまったので、この夜は、ゆりだけベツメニューになってしまった。

「僕明日も捕ってくるね」

ロイは楽しそうである。

「いやまだいいわよ。一月、いや、せめて１０日は後にしてー」

ゆりは懇願するように言った。メメントになれたとはいっても、やはりそうそう食べたくはないようである。


その夜、一人で寝ていたゆりは、神の国に行くことができた。

「そうだ、鳥達はもっと大きくなったかな？　見に行こう」

ガーベラの神殿にいたゆりは、すぐにサントスの元に飛んでいた。カサンドラの神殿の外に、すごく派手なクジャクが一羽いる。

（ジャック、すっかり大人になってる！）

クジャクのジャックはゆりに気づくと、バババっと羽を広げてくれた。

「おー！」

ゆりはつい拍手している。羽はなんと七色に分れていた。なんとも豪華な鳥である。

「綺麗ねえ。ラーズも喜んでるんじゃない？」

ゆりは近くにいたネルに言うと、ネルはぷっと吹いていた。

「どうかしたの？」

「ジャックってばラーズ様の髪をむしっちゃうんですよ。それでラーズ様はジャックに近づかなくなっちゃって」

「えー、なんでむしっちゃうの？」

「ラーズ様の髪が綺麗だから、ジャックは自分の身体に入れたいらしくて」

「ぶっ……」

ゆりはラーズの髪をむしるジャックを想像して、つい吹き出していた。

「そのままでも綺麗なんだからむしらないであげてよ」

ゆりはジャックに言ってみたが、ジャックは誇らしげに羽を広げていた。その時、真っ白な大きな鳥が地上近くに下りてきた。

「あ、シロ」

こちらもかなりでかくなっている。ハヤブサのような顔立ちだが、真っ白で、足にはふわふわした毛も生えていた。シロは足で袋をつかんでいて、サントスに渡していた。

「ありがとう」

「何が入っているの？」

とゆりが聞いた。

「伝言貝です。最近お使いをするんですよ」

「賢い！」

シロはサントスになでてもらうと、気持ち良さそうに目を細めていた。


サントスは伝言を聞いてからそれになにやらささやいて、再び袋に入れてシロに渡していた。

「ヒルデリアのところにもっていって」

シロは宙を舞い、すごい速さで飛んでいった。

「それぞれ特色があっておもしろいわねー」

「ガーベラ、ちょっとこれから用事があるので、行きますね。また来てください」

「はーい。それじゃあね」

「さようなら、お母さん」

サントスとネルはどこかに出かけていった。

「今日はいちゃいちゃ気分でもないし、そーだ。イシュタールの子供を見に行こう」

ゆりはサラディンの元に飛んだ。


火の神殿には、ライオネルそっくりの火の神もいた。

「こんにちは、ガーベラ様」

「こんにちは。プータロー」

笑いそうなのをこらえて、ゆりは挨拶した。プータローは相変わらず獣顔である。身体は普通の人間と同じなので、なんとも不思議な感じである。

「えーと、バーナード君はどこにいるかな？」

「先ほど神殿の裏にいましたよ」

「ありがとう」

ゆりは神殿から出て裏手に回ってみた。ルティアナと数人の火の妖精に混じり、子供のバーナードもいた。逆立った赤い髪の子供がとことこ歩いている。

「かわゆい」

近づこうとすると、ルティアナはバーナードをくるっと回転させた。

「もしかしてまだ火をふくの？」

「まだふくんですよ。危なくて」

「そうなんだ」

バーナードはさっそくぼーと火を噴いていた。

「きゃははは」

そして走り回りながらボーボー火を噴いている。

「離れた方がいいですよ」

「じゃあね。サラディンによろしくいっておいてー」

ゆりは消えた。


「うーん、危なさ倍増してるじゃない。いちゃいちゃ気分でもないし、ジンラに会いに行こう！」

ゆりが移動したのはジンラの元である。が、移動先は空の上の神殿だった。ジンラは他の神様と歓談中だった。

（邪魔しない方がいいか、じゃあオルガに会いに行こう）

オルガは伝言貝の歌で気になっているが、本人に尋ねることはできない。

（昼間だから寝てるかな？）

夜の神殿に移動したゆりはオルガの寝室に行ってみたが、オルガはいなかった。

「起きてるのかしら？」

薄暗い居間の方を見てみたが、だれもいない。

ここに移動できたからにはオルガは神殿の中にいるはずなので、ゆりは神殿の中を探すことにした。

ある部屋の布をそろっとめくってみると、部屋の中にオルガが立っているのが見えた。

（あ、いた。オルガ）

この部屋は息子達の寝室のようである。大きなベッドが二つ並び、双子の男の子達が眠っていた。オルガは息子達をみているようである。

「オールガ」

ゆりは小さな声で言って後ろから近づいた。オルガは顔を向けなかった。

「どうしたの？」

ゆりはオルガの横に並び、オルガの顔を見上げた。オルガがようやくゆりに顔を向けた。

「あれ？」

オルガの瞳に、星の輝きがない。瞳は真っ黒だった。

ゆりはなんだか嫌な予感を感じた。

「オルガ？」

「眠れ」

ゆりはその言葉で目を閉じた。


目を覚ましたガーベラは、横にオルガが寝ているのに気づいた。両方服を着ていたので、ただの添い寝っぽいとガーベラは感じていた。

もぞもぞ動いていたらオルガが目を覚ました。その瞳には星の輝きがあった。

「ガーベラ、いつ来たんだ？」

「さっきよ」

「そうか。気づかなかった」

ガーベラはオルガに抱きついていた。


こちらは何事もなかったかのように時は過ぎ、人間界で目覚めたゆりは、何か夢をみたようだが、何の夢かは全く思い出さなかった。


その日は朝から雨が降っていた。昼過ぎには雨は止んで、空には大きな虹がかかっていた。

「きれー！」

「外に見に行こう！」

子供達は虹を見に行き、ゆりも自分の部屋のバルコニーから虹を見ていた。

「鮮やかで綺麗な虹ねー」

と感心していたら、側にやってきた男がいた。そのなんとも派手な姿にゆりはあっけにとられている。

「やあお嬢さん、元気かい？」

バルコニーに来たのはラーズだった。ラーズはゆりに会いに来たようなのだが、ゆりの方はぽかんとした顔つきだった。

「どうしたの？」

ラーズが顔を近づけると、ゆりは仰天して、「あの、ど、どちら様で？」と聞いた。

「え？」

「ラーズ様ー！」

アナスターシャとナナミがやってきた。

「ラーズ様、今日も素敵ですね」

ナナミが言った。

「母様、どうしたの？」

アナスターシャが固まっているゆりを見て聞いた。

「お母さん、私のことがわからないみたいなんだけど……」

ラーズが困惑した様子で娘達に言った。

「え？　なんで？　」

「ラーズ様よ。母様、何度も会ってるじゃない」

ゆりは目をぱちくりさせている。

「あ、わかった。鳥の一族の方？」

「何言ってるの？　ラーズ様は神様でしょ」

とナナミが言うと、ゆりは「えー神様？　神様なの！？」とこれまた驚いている。

「どうしちゃったのかしら？」

「おかしいなあ。なんか変だな」

「ラーズ様のこと忘れちゃったの？」

「ほら、真珠もらって喜んでたじゃない」

娘達がいろいろ言っても、ゆりにはさっぱりわからないようだった。

「まあいいや。私はいくよ。それじゃあ」

ラーズは首をかしげながら去って行った。


「母様、ラーズ様よ。本当に忘れちゃったの？」

「神様なんて知らないわよ」

とゆり。

「えーじゃあハロルド様は？」

アナスターシャが聞いた。

「ハロルロ？　だれ？」

「クーリーフンは？」

「クリ？　何？」

「ガーベラ様は？」

「知らない」

ゆりは首を振り、娘達は顔を合わせた。

「どういうこと？」

「さあ」

アナスターシャとナナミはシスとラギを呼んで、ゆりが神様のことを覚えていないことを知らせた。

「えー！　嘘でしょ。ガーベラ様だよ？！　僕達が大好きな、あのガーベラ様のことを忘れちゃったの？」

ラギは驚いてゆりに言ったが、ゆりはさっぱり反応しなかった。

「私が神様と知り合いなわけないでしょ」

「もう一人の母様！」

シスの言葉に蛇の目のゆりが出てきた。

「お母さんは覚えてるでしょ？　神様のこと」

「さっきの人、すごい派手だけどいい男だったわねえ」

蛇の目のゆりは頬をなでながら言っていた。

「ラーズ様だよ」

「あなたたち、いつの間に神様と知り合ったの？　私にも紹介してよ」

「だめだこりゃ」

「一体どうなってるんだか……」

子供達は皆首をかしげている。

「わかった。昨晩母様熱でも出たんじゃない？　それで神様のことだけ忘れたとか」

アナスターシャは閃いて言った。

「えー熱？」

「熱なんて出てないわよ」

とゆり。

「じゃあなんで忘れちゃったの？」

「そもそも、私が神様と知り合いなわけないじゃない」

子供達の言葉もゆりにはさっぱり通じなかったのだった。


つづく

１１部


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