第7話
今日の蛇の国は曇り空である。空一面灰色の雲に覆われているが、山も森も新緑にあふれ、花は咲き乱れている。
王の間にはミカエルがやってきていた。
「王、カーラさんなんですが……」
「カーラがついにどうかしたのか？」
ラクシュミがちょっと不安げに聞いた。
「いえ血色もいいし元気ですよ。ずっと元気なんで最近妊婦だってことも忘れられてるくらいです」
「そうか、びっくりしたじゃないか」
ラクシュミはほっとしていた。新聞の片隅にカーラ情報が載っていたが、もう載せることがないのか、掲載も終わっていた。
次に新聞に載るとしたら、子供が生まれた時だろう。
「家にこもるのも嫌だと言って、元気に働いてるくらいですよ。本当に妊婦なんだか、そこが疑わしいほどですよ」
ミカエルは苦笑していた。
「ところで王、ついに８人目の子供ができることになりますが、心境的にはどうですか？」
ミカエルはちょっとにやっとして聞いた。
「さあなあ、なんだか夢の中にいるような気分でもあるな」
「王はこの３０年ですっかり穏やかな顔つきになりましたよ」
「このまますんなり楽隠居したいものだな」
ミカエルは「ははは」と笑っていた。
「子作り記録はどこまで伸ばせますかねえ」
「すでに想像は超えてるからな。この先はさっぱり予想できない」
「掛け率は８対2で男優勢です。女の子に賭けとこうかな」
とミカエル。すでに気が早い賭けは始まっているようだ。
さてその頃ゆりは、自分の部屋で机に向かって書き物をしていた。何を書いているのかといえば、「イカとカニ」である。
写実的な絵ではなく、子供が書くような簡単な絵である。
「イカにカニ……うーん、なぜこの二つをほしがったんだろう……」
ゆりは絵を見ながらうなっていた。カニは川で見かけることもあるが、イカとなると今の記憶では元の世界以来である。
「あ、あの神様、海に潜るのが得意だから頼んだとか？ 海の男って感じの肌色だったし」
ゆりはハロルドの肌がちょっと茶色かったのでそう思った。ハロルドが海に潜っている所を想像中である。そしてクロールをしているハロルドを絵に描いていた。
「何キロでも泳げそうな感じ」
私があの神様を殴ったってのがわからないけど、殴られて好意を持ったってことに関しては、分ってきたわ。あの神様は、ずばり、虎気質なんだわ。
虎の男って強い女が好きだしね。あの翼の神様はどうして私が好きなんだろう？ 真珠をくれるなんて、ステキだけど……
ゆりはイカとカニの横に泳いでいるハロルドを描き、さらにラーズらしき人物をかいていた。もちろん簡単な絵だが。
「またあの姿がみたいなあ。来てくれるといいな……」
背中に翼をかいていたら扉がノックされた。中に入ってきたのはヴィラである。
「雨降りそう？」
ゆりが聞いた。
「まだ降ってないですよ。なんですか。これ」
ヴィラは部屋に入ってきてゆりの絵を眺めた。
「前に私が食べたというイカとカニ。それとハロルド様とラーズ様」
「これが？」
ヴィラは絵を手にもって眺めている。
「このハロルド様は何をしているんですか？」
「海で泳いでるの」
「泳いでる？」
ヴィラはそう見えなかったのか、絵を離して眺めている。
「他の神様にも会ってみたいなあ」
「まだ神様のことは思い出さないんですか？」
「うん。子供達ったら変なこというのよねえ。私が愛欲の女神ガーベラと親しくしてた、とか。ガーベラになって神の国に行ったことがあるとか。本当だとしたらすごいけど、
どうやってあんな女神と知り合ったんだろう？ 神の国に温泉があって、私が喜んで行ってたっていうのよ。本当だったらまた行きたい」
ゆりは湯けむりがあがる温泉を想像中である。
「神様もやっぱり温泉が好きなのかしら」
「好きなのは火の神くらいでしょう。他の神様は入らないみたいですよ」
ヴィラは絵を机の上に置いていた。
「そうなの？ いや、知られてないだけで、アシュラン様だってたまには湯治に行くかもよ」
「湯治……」
ヴィラはおかしそうな顔つきである。
「神の国には秘湯が絶対あると思う」
「秘湯……あるといいですねえ」
ヴィラはゆりの襟元を見た。
「神様からもらった宝石、つけてないんですか？ つけた方がいいですよ」
「あ、忘れてた」
ゆりは棚に飾ってあった宝石をもってきた。
「これをくれたのはだれなんだろう。ハロルド様は違うっぽいけど」
「つけてあげますよ」
ゆりは髪をかき上げて、ヴィラはネックレスをゆりの首に回して止めた。
「私、これをどうしてもらったのか言ってなかった？」
「これをもらったのはもう一人の王妃の方ですよ。王妃はこっち」
ヴィラは石の箱を指さした。
「どちらにもくれるなんて豆な神様よね」
「記憶が戻らないと、石も増えないですね」
「そうよね。どうやったら石が増えるのか、言ってた？」
「さあ、箱を贈った相手も、きっと残念に思ってるでしょうねえ。それじゃ私はもう行きます。王妃の様子を見に来ただけなので」
「そう、またね」
「また」
ヴィラは部屋からでていった。
「箱を私に贈った相手は、私が記憶をなくしたこと知ってるのかな。せっかく20個以上も石があるのに、これで終わるのは残念よねえ。
私はせっせと石を集めてた気がするなあ……」
ゆりは箱を開けて石を眺めている。そこにまたノックの音が聞こえてきた。入ってきたのはヴィラである。
「王妃、雨が降りそうですよ」
「またきたの？」
「また？」
「さっき来たじゃない」
「いえ、今日ここに来るのははじめてですよ」
ヴィラは目をぱちくりさせている
「ええ！？ またまた、さっきここに来て私と話をしたでしょ」
「してないですって。さっきまでシス様と一緒にいましたし」
「ええー！？ じゃあさっきのヴィラは何？ まさかドッペルゲンガー！？」
ゆりはひーーと両手で頬を押えている。
「なんですか？ それ」
「もう一人の自分に会ったら死んじゃうのよ。絶対会っちゃだめ」
ゆりはあわててヴィラの両腕に手を当てて言った。
「はあ？」
「絶対会っちゃだめよ！」
「さっぱりわからない」
ヴィラは首をかしげていた。
もう一人のヴィラに会ったのはゆりだけだったので、ゆりは子供達から「勘違いか記憶違いじゃない？」と言われていた。
ゆりが何かされたわけでもなかったので、たいした騒ぎにもならなかった。
「本当にヴィラだったんだけどなあ……服もまったく同じで。やっぱり私をかついでない？」
ゆりは首をかしげっぱなしである。
「そんなつまらない嘘はつかないですよ」
「それでそのヴィラと何かしたんですか？」
話を聞いたミカエルがやってきていた。ミカエルが調べても、やはりヴィラはシスと一緒にいたし、別のヴィラが他のところをうろついていることもなかった。
「何かって、別に、ただネックレスをつけてもらっただけよ」
「よかったですね。別室に行ってなくて」
「私の話、信じてくれる？」
ゆりはミカエルの手を握っている。
「はあ」
ミカエルはあいまいに答えた。
「もしかしたら、王妃を思う私の心がそのような姿を作って王妃の元に行ったのかもしれないですねえ」
ヴィラは真面目な顔でそんなことを言い出していた。
「やめてよ。本人が来てちょうだい」
ゆりはちょっとおびえた様子で言った。
城の遙か上空、灰色の雲の上に座っている神がいた。アシュランである。
「さて、気分転換もすんだ。オルガに話をするなら、夜がいいな」
アシュランはそのまま消えて、城にいたゆりは、一人になるのを恐れて、夜寝る時もラクシュミの横で寝たのだった。
神の国である。今宵はこちらも夜空は黒い雲に覆われていた。アシュランに呼ばれたオルガは空の神殿にて、闇の王の要求を聞いて驚いている。
オルガにとっては、まさに寝耳に水の出来事である。
「息子を一人渡せだと？ そんなことができるわけはない。まさか了承したんじゃないだろうな」
「了承などしていない」
「無理だ。断ってくれ」
「とりあえず、あの二人に話す必要がある」
「やめてくれ！」
オルガは泣きそうな顔つきだった。
「ようやく生まれた子供なんだぞ。まだ、生まれたばかりだといっていいほどだ」
「もしそうなっても、お前は二度と会えないわけじゃないだろう」
「会えてももう触ることはできない。ガーベラは、二度と会うこともできないんだぞ」
「とにかく、子供に話をさせてくれ」
「アシュランは、あちらの要求を飲んでもいいと思っているのか？」
「あいつがああ言ってくるということは、よっぽど強い願望なんだろう。光の神はあちらでは生きられんが、星の神ならば……」
「冗談じゃない！」
オルガは身を翻した。
「とにかくそんな要求は聞けない。それに子供たちが心底嫌がったらどうするつもりだ？」
「その時はまた考えるさ。まさか強引にあっちにやる気はない。私だってあの子達の名付け親なんだからな」
オルガは挨拶もなくアシュランの間を去って行った。
オルガはカサンドラの神殿に移動した。カサンドラは読書の最中だった。たまに人間界の本を仕入れて読んでいるのである。だが、神々には決まりがあって、
神話の本を神が読むことは禁じられている。
「カサンドラ、悪いが相談に乗ってくれ」
「いいとも。何かあったのか？」
カサンドラは本を閉じて聞いた。
「実は……」
オルガは先ほどアシュランから聞いた話をカサンドラに伝えたのだった。カサンドラも驚いた様子である。
「あちらの狙いはなんだと思う？」
「うーん……嫌がらせでもないとしたら、本気で星の神が欲しいと思っているのだろう。あちらはあまり星が輝かないようだからな」
「子供達と離れるなど考えられない」
「アシュランも、まさか強引に向こうにやったりはしないだろう。子供達が嫌がったら、拒否するのではないか？」
オルガは無言だった。
「いくらアシュランでもそんなかわいそうなことはしないと思うが」
「それがな、あの子達がこの話を聞いたら、嫌がらない可能性がある。私はそれを恐れているのだ」
「ほう？」
「あの子達は、あちらの世界のことを薄々知っているし、あちらが必要としていると言われたら、行きかねない。だから、アシュランに話をさせたくないのだ」
オルガは沈鬱な表情である。
「小さいのにすでに神としての自覚があるというわけか」
「やっかいだがそういうことだ。向こうに神が増えればあいつの力が増すことになるが、それについてはアシュランはどう考えてるんだ？ 千年前ならば、アシュランも
そんな話はすぐに突っぱねただろうに」
「まあそうだな。千年前ならば突っぱねただろう。星の神が一人きりなら無理だと言っただろうが二人いる。アシュランもできることならばオルガに言いたい話ではなかっただろう」
「あいつと直接話がしたいと思うが……」
「うーん……オルガとあの神では存在が近すぎる。やめた方がいいだろう」
「やはり無理か」
オルガはうなだれた。
大昔、闇の神から生まれたのがオルガである。全く別の人格であるが、面と向かって話をすると、あちらの力に引きずられる可能性があった。
「なあ、あちらとこちらの全面的な戦いは、この先起きると思うか？」
オルガはぽつりと聞いた。
「来ないであろうな。あの神自身が今まで動いたことはない」
「カサンドラならば知っているんだろう？ 本当に我々は敵対しているのか？」
光の神々と闇の神々、アシュランは表だってはっきり敵だ、と言ったことはなかった。
「……まあ、世の中善と悪にはっきり分れているならば簡単だが、実際はそうではない。この世界に住んでいる我々神でさえも、全くの善人ではないのかもしれん。
なぜ我々は分れて、あちらの神々はあそこで一つの国を作ったのか。アシュランはあちらの人間を忌むべき者達と定めているが、実際には憎悪すべき対象ではないのかもしれん。
あちらの存在も、こちらの世界にとっては理由があることなのだろう。いろいろ思うことがあるが、この世界で大きな声では言えないことなのだろうな」
「……私は子供達にこの話をするべきか？」
「子供達を一人の神と認めているのならば、話を伝えるべきだろうが……私でさえやりきれない思いだ」
カサンドラも辛そうな表情をしていた。
神同士で別れなどないと思っていたが……
オルガはその話を子供達に伝えることがどうしてもできずに、数日が過ぎていた。
神の国では星が瞬く夜、オルガは星がまばらな世界へと身を置いていた。光の世界と比べると光景もかなり寂しげな場所である。
荒涼たる大地と、どんな生き物がいるのかもわからぬ妖しい森、人間が住む場所はわずかな世界である。
草木もはえぬ崖の上に降り立ったオルガは、冷たい空気を肌に感じていた。
「おや？ おじさんじゃないですか」
近づいてきた影があった。背中に黒い翼を持った男である。
「ああ、相変わらず恐るべき風貌をしてるな」
オルガはその神を見て言った。クーリーフン以上に妖しい風貌をしたその神の名前は、ゲイルである。ゲイルはオルガから少し離れた所に下りた。
ゲイルは今日は素の顔である。
「どうしたんですか？ 浮かない顔つきですね。まさか振られて落ち込んでるとか、そういうくだらない話ではないでしょうね」
ゲイルはちょっとちゃかすように言った。
「まさか、まあいい、親戚のよしみで、話を聞いてくれ」
「よしみで……ね」
「実はお前の父親に息子を一人要求された」
「はあ」
「それで困ってるのだ」
「……どうして？」
「息子と離れたくない」
「拒絶すればいいじゃないですか」
ゲイルは簡単に言った。
「要求を聞かねばならない理由でもあるんですか？」
「拒絶したら何かしでかすんじゃないか？ あいつは」
「暴れるとか？ 暴れるところがみたいですね。逆に。それが怖くて息子を差し出すんですか？」
ゲイルはちょっと笑っている。
「そういうわけじゃないが……あいつはなぜそんなことを言ったと思う？」
「そーですねえ」
ゲイルは上空を眺めた。
「もっと綺麗な星空が見たかったとか……実をいうと、王の力が最近低調気味なんで、神を増やしたいと思われたのかもしれないですね。こちらではそんなに神も増えないし、
人間も、そちらに邪魔されてばかりであまり増えてないですし」
「本当か？ 結構街は賑わってそうだが」
「そんなことはないですよ。そうだ。息子ではなく、おじさんがこっちに来たらどうですか？ それとも親子そろって来たらいいじゃないですか。そしたら王もすごく喜ぶと思いますが」
「はあ？ 冗談じゃない」
「あなたは冷たい。一緒にこの世界に来て、王を支えてあげて欲しかった」
「あいつとは相容れん仲だ。昔から何を考えてるやらさっぱりわからんやつだし、意見も全く合わない」
「では僕らは敵同士ですか？」
「わからん」
ゲイルはふっと笑っていた。
「まあ、所詮、僕もあなたも、壮大な茶番劇の役者にすぎないのかもしれない。二人とも嘘を突き通す気でいるんだからなあ」
「何の話だ？」
オルガが聞いた。
「あなたが全く気づかないのが不思議なほどですが……もしかしたらアシュランに記憶操作でもされてるのかな？ この世界のからくりについてですよ。僕はとっくに気づいていましたよ。
表向きは知らない振りをしてますがね」
オルガは何の話かわからないといった顔つきである。
「大昔、アシュランと闇の王が戦った。敗れた王はこの世界に来て国を作ったんでしょう。王はなぜアシュランと戦ったんでしょうか。勝算があったから？ 勝算もなく戦うほど、当時は
熱い性格だったんですか？」
「さあ。その頃のことはあまり覚えてはいないが……」
「王は他の神々を引き連れてこの世界に来た。中には腕の良い職人などもいて、彼らが城を作ったりと働いてくれた。この世界には怪しい獣なども多く生息していたが、王がその者達を
抑えている。そのおかげで、人間界と神の国に現れる闇の獣の数は減ったんじゃないんですか？」
「え？」
「僕の考えでは、昔はもっと多くの獣がそっちに現れていたんじゃないかと思うんですよ。王のおかげでそれが減ったとしたら、それは偶然ではないでしょう。
アシュランと王はわざと戦って、王は敗れた振りをして、この世界にきた。すべての世界を守るために、などといったらやっかいな神々がこちらに来るわけはない。
表向きはアシュランと敵対しなければならなかったんでしょう」
「あいつがまさか……そんな自己犠牲をするとはおもえんが……」
オルガはかなりうろたえていた。
「こちらに来た神々はこの世界の瘴気にあてられてしまうために、アシュランも人間達にこちらの神をあがめさせるわけにはいかなかったんでしょう。まさに壮大な茶番じゃないですか」
「それが本当の話ならばだが……」
本当ならば、天地がひっくり返るほどの衝撃である。
「人間界に現れる獣は、こちらの神官達が呼んでいるのではないのか？」
「彼らにそんな力はないですよ。ただ、彼らがいる場所は、つながりやすくなるようですがね。そちらにも神官がいるし、獣は神が駆除していいことになってるんでしょう？
王の力にもいろいろ限界があるんですよ。まあ、問いただしても認めはしないでしょう。僕も永遠に気づかないふりをしますが、あなたには、王を嫌ってほしくはなかったのでね。
随分長い間話し込んでしまった。じゃあこれで」
「ああ」
ゲイルは翼を広げて飛んでいき、オルガもその世界から消えた。
（あいつがまさか、そんな理由であの世界に行ったというのだろうか？）
『オルガ、私と共に来い！』
（私はあの手を振り払った。もしそういう理由を話されていたとしたら、私はともに行っただろうか？）
ゲイルの言葉と闇の神がどうしてもオルガの中で一致しなかった。
闇の神が闇の世界の獣を抑えるためにあの世界に行ったなどと、どうにも信じられない。
オルガはふと、ついこの間、大量の獣が神の国のはずれに現れたことを思い出していた。
（まさかあいつの調子が悪いから大量に獣が？ 二つのことに関係があるのか？ 神官達にとってはあちらの神官は敵だが……
向こうの神官を神が殺してはいけないというのは、そういう理由からなのか？ 向こうの人間が極端に減るのは、この世界にとっても困ることだから？）
「いろいろ考えてると混乱してきた」
オルガは頭を抑えていた。
早朝神の国、アシュランは肩を揺すられて目を覚まし、目の前にオルガがいたので驚いていた。
「うわっ、なんだ？」
「朝だ。起きろ」
「なんでここにいる」
「聞きたいことがある」
「聞きたいこと？」
アシュランは頭をかいていた。
「こんなに早くこなくてもいいだろう」
「夜が明けるまで待ってやったんだ。さっさと支度しろ」
オルガは寝室から去って行った。
「全くなんなんだ」
アシュランは仕方なくベッドから離れていた。
アシュランが支度をして広間に行くと、オルガは腕を組んで立っていた。
「重要な用件なんだろうな」
「重要な用件だとも。聞きたいことがある。なぜ、神の国のはずれに闇の獣が現れるのだ？」
「は？」
アシュランにとっては思ってもいない質問だったようだ。
「なぜだ」
「さあ、としかいえない」
「獣たちはどこからくる？」
「あっちの世界だろうなあ」
「どうやってつながってる？」
「私だっていろいろ試したが、時々つながるらしい。どうにも防げない」
「なら、大昔はもっと多くの獣が現れていたのか？」
「ん？」
アシュランは眉をひそめている。
「どうなんだ？」
「大昔とはどれくらい昔だ？」
「人間が生まれた頃」
「そんな昔のことはあまり覚えていないが、お前は覚えてるのか？」
「それが、私もあまり覚えていない。獣が多かったのかどうかも分らない。誰かが私の記憶を消したんじゃないのか？」
オルガはあからさまにアシュランを疑ってみせた。
「さあ、私は知らんぞ。そんなの」
「なら、あの世界にやつがいかなかったら、今頃世界はどうなっていたのだろうか？」
「…………」
アシュランは無言だった。
「どうなんだ？」
「さあ、どうなってるだろうな。神の国はてんやわんやになっていた可能性は高いが……」
「あいつはうまい具合に面倒な神々を全部引き連れていったな」
「そうだな。まあ、それは感謝している」
アシュランはとぼけた様子で言った。
（壮大な茶番か。どうやら本当にそうらしい。驚くべきことだが……）
オルガはゲイルの推理があたっているのではないか、と思い始めていた。今までそれを考えなかったのは、やはりどこかでアシュランの力が働いていたのだろか。
おそらく他の神々にも、そういう力が働いているに違いない。
「子供達に、あの話をしようと思う。もしそうなったら、ガーベラは悲しむだろうな……」
「そうだな」
「じゃあな、起こして悪かったな」
「いや……」
オルガはアシュランの間を去り、神殿の外に出た。
神の国は快晴である。
「何を考えてるかわからんやつだったが、世界を守るためとは、なんともらしくない選択をしたものだな」
オルガはまぶしげに空を見つめて、去って行ったのだった。
つづく
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