第１０話

「おめでとうございます」

「将軍おめでとうございます！」

今日はロナウドの２００歳の誕生日だった。屋敷にはいっぱい花が届けられている。ゆりからの花もあった。ラクシュミからは「おめでとう」との思念も届けられた。

今日一日は、ロナウドの屋敷は訪問客であふれている。夜通し宴会の予定でもある。

「将軍、おめでとうございます」

お祝いにやってきたイシュタールが言った。

「ありがとう。まさかこんなに平和で200を超えることができるなんてなあ……」

ロナウドは感無量といった様子である。

イシュタールは微笑んでいる。様々なことがあったが、今はそれを懐かしむ余裕さえあった。

１００年で国の様子はがらりと変った。人々の笑顔も増えた。街に活気もある。

「王妃のおかげだなあ」

「はい」

イシュタールはうなずいていた。


夕方ロナウドの屋敷には様々な客が訪れていた。

ミカエルはお祝いにやってきていたヴィクターに、「将軍はそろそろ引退したらどうですか？」などと言っていた。

「私は300まで引退しない」

「300まで生きる気なんですか？」

「生きちゃ悪いのか？」

「いえ、どーぞ長生きしてください」

「北はシャナーンに渡すもんね。お前には渡さないもんねー」

ヴィクターは子供のように言っていた。


「全く困った人ですよ」

ミカエルは、その後王の間にやってきていた。

「シャナーンが１００歳を超えるまで粘る気なんですよ」

その場にいたラクシュミとフレイは苦笑している。

「４人とも元気で、まあいいことですがね」

「ロナウドが200歳か。キースは今年いくつなんだ？」

ラクシュミが聞いた。

「190くらいですかね」

とフレイ。

「その年で子供が２人増えることになるとはなあ。ヴィクターが222、ナザニエルが215、ロナウドが200でキースが190か。今思えば、キースが将軍になったのってかなり若かったんだな。

今のミカエルくらいだろ？」

「そうですね。私はもう将軍なってもいいと思うんですが、上がどかないとなれないなあ……」

「将軍になったら、王妃と遊んでる時間が減るぞ？」

フレイの言葉にミカエルはぎくりとしていた。

「やっぱりもうしばらく上にいてもらおうかな」

ミカエルはあっさり考え直している。

「ゆりとお前達も長い付き合いになったな」

「王妃はさらに魅力が増しているんですから、すごいことですよ」

フレイが微笑んで言った。


３人の目の前にミシェイラがぱっとやってきた。

「おじーちゃん、けっかしてあげる」

ミシェイラはフレイを見ながらにこにこしていっている。

「けっか？」

ミシェイラが手を出すとフレイの周りに濃い結界ができた。

「おお、これはこれは……」

「ミシェイラ様、私にもしてください」

ミカエルが言うと、「いいよー」とミシェイラはミカエルの周りにも結界を作っていた。

「うれしい？　うれしい？」

「うれしいです」

「ばいばーい」

ミシェイラはぱっと消えた。

二人の結界はいまだ持続中である。結界を作る潜在能力は、アナスターシャよりもミシェイラの方が上である。

「ゆりは本当にいい王妃だ……」

ラクシュミはしみじみと言っている。

（むちゃくちゃうれしそう）

ミカエルはぷっと笑っていた。




さて、その頃ゆりの部屋にはユリウスとジュメがやってきていた。こちらもロナウドの屋敷に寄ってきた所である。

「ロナウド将軍はすごく楽しそうでしたよ」

「そう。200歳ってやっぱり感慨深いんだろうね」

「そうですね」

「そうよね。ところでユリウス、今年はどうなったの？」

ゆりの左目は変わっていた。ジェナサイトの肌に完全な蛇が出てから、ユリウスの様子がおかしくなったと聞いていたのだった。

「え？　いきなり私の話ですか？」

ユリウスはぎくっとしている。

「今年の赤い月は大丈夫だった？」

「はい」

「ほんとにー？」

「気合いで乗り切りました」

「気合いで？」

ゆりは笑って聞いた。

「フランツ君にはっぱをかけられて」

ジュメは笑っている。

「フランツが？」

「『妹か弟はママが違っても僕はいいけどー』って言われました。それで、こっちから襲う気でがんばりました」

ユリウスは拳を握りしめている。

「はあ」

ゆりは想像してみたが、ちょっと無理だった。

「今日は気はいりませんか？」

ユリウスがゆりに聞いた。

「ユリウスもしかしたら妊娠したかもしれないから、やめとく」

「大丈夫ですよ」

「今度の妊娠結果が出てからね」

「はい」

「イシュタールは彼女が二人妊娠中だから、どうなったの？　赤い月は独り占めできたとか？」

「いえ、新しい方が彼女になってますよ」

「そうなんだ」

「どうやら、一人はイシュタール様の子供じゃないみたいなんですが、それでもイシュタール様はうれしそうです。彼女が妊娠できたことが、とにかくうれしいって」

「イシュタールらしいね」

ゆりは微笑んだ。


夕食後、ゆりが部屋で竪琴の練習をしていると、ラギが部屋に入ってきた。なんだかにやにやしている。

「どうかしたの？」

ゆりは手を止めて聞いた。

「あのね、お父さんがさ、夜寝室に来てっていってたよ」

「え？　本当に？　まだ赤い月からそんなにたってないのに？」

「機嫌がよさそうだったよーよかったねー」

ラギはにやにやしながら去って行った。

「将軍が誕生日だからご機嫌とか？」

他に理由が思いつかない。


その夜、王の寝室でゆりが待っていると、ラクシュミは比較的穏やかな表情でやってきた。

「王様今日はどうしてご機嫌なの？」

「ま、いろいろあってな」

「ロナウド将軍が200歳の誕生日、以外に何かあったの？」

「それもうれしいことだ。将軍達４人が今まで生きていてくれてうれしい。ヴィクター達までいなくなっていたら、私はとてもじゃないがもたなかったろう。お前のおかげだ」

ラクシュミはゆりに近づいてゆりの頬をなでた。

「私？　将軍については何もしてないけど」

「とにかくお前のおかげだ」

「よくわからないけど、まあいいや」

ゆりはラクシュミに抱きついた。

その夜、幸福と快楽に包まれたゆりの肌には、金色の蛇が２匹浮かんでいた。

「お……」

「あ、あー金蛇だ！　しかも2匹、もしかして復活したのかしら？」

「そのようだな」

ラクシュミはゆりの足に出た金蛇をなでていた。

「あれ？　子供は双子じゃないよね？」

「違うと思うが」

「それなのに２匹なんだろう？」

金蛇達は人になったら生意気な二人だが、それでも愛着がある二人である。

「ミカエル達が喜ぶな」

ラクシュミが言った。

「喜ぶのかなあ。ミルキダスともいろいろあったし、なんか一波乱ありそうだけど」

喜ぶだけでは終わらないような気がしてきたゆりだった。



その夜、ロナウドの屋敷では将軍４人が宴会中である。酒を飲まないキースは、酒のにおいだけで酔っ払って寝ていた。

「ロナウド、秘蔵の酒をもっともってこい！」

陽気にヴィクターが言った。散々高い酒を飲み干した後である。

「そうだそうだ。絶対、後30本は隠してるだろ」

とナザニエル。

「ほとんど飲んだろ。最後にヴィクターがもってきた酒を飲むか」

ロナウドはテーブルの上に酒瓶をどんとのせた。

「なじみの商人がくれたんだ。お祝いの時に飲んでくれってさ。麒麟の王族が飲んでる酒だ」

とヴィクター。

「麒麟といえば、ヴォトカか」

ロナウドが四角い瓶を眺めた。蛇の国の主流はブドウの酒だが、世界各国では様々な酒が造られている。麒麟では野菜から作られている酒があった。それがヴォトカである。

アルコール濃度の高い酒である。

杯に注いでみると、まるで色はついていなかった。透明な酒である。

「これを飲めばさすがに酔えるかもな」

「そーだなあ」

ロナウドとナザニエルは透明な液体を眺めていた。



その次の朝、城の北にある街の人々は騒然としていた。早朝、ロナウドの屋敷で召使いの悲鳴があがったのだ。

その声で目覚めたキースは、周りにいた３人が机に突っ伏したり床に倒れているのを見た。

「一体どうしたんだ！？　しっかりしろ！」

３人はすぐに病院へと運ばれたのだった。


「え？　将軍３人が病院に運ばれたって？」

「一体何があったのかしら？」

「なんでもアルコール中毒らしい」

「ええ？　嘘でしょう！？」

「一族の方が酒の飲み過ぎで倒れるなんて！」

街の人々は不安顔で噂した。戦士達があまり口にしないように、と言っても、人の口を塞ぐことはできなかった。噂は次々に広がっている。

「それでどうなの？　将軍達は大丈夫なの？」

「わからない。キース様は大丈夫だったらしいが……なんでも３人とも意識不明らしい」

「いやよーヴィクター様ー」

商店街の女将さん達が騒ぎ出した。ヴィクターは主婦のアイドル的存在だったらしい。

「誰か確かな情報をもってきておくれよ。将軍たちは無事なのかい？」

「気になって仕事どころじゃないよ！」


病院の外は人でごった返していた。

みな３人の心配をしていたが、戦士達が病院の扉の外に陣取って人々を入れないようにしていた。そこに、中から蒼白な表情で女性が３人でてきた。３人とも泣いている。

「まさか、こんなに早く……うう……」

「しっ」

他の女性がその口を塞いで、３人は瞬間移動で消えてしまった。

「どういうことなんだ？」

「まさか……」

街の人々がざわめいたところにミカエルがやってきた。

「将軍達は無事だから、皆帰ってください」

「さっき女の子が泣いてましたよ。将軍は本当に大丈夫なんですか？」

「本当のことを教えてくださいよ！」

「大丈夫だから。本当に」

ミカエルが皆をなだめていると、扉が開いて中から女の子が出てきた。女の子は泣きながら出てきたのである。

「あーん、父様が死んじゃったよー！！」

「あ、ミーシャちゃん！」

「父様ー！」

ミカエルは女の子を抱えて消えてしまった。


街の人々はしんと静まりかえった。

「本当に死んだのか？」

「将軍……うう……」

「将軍ー……」

人々は悲しみに泣いた。新聞記者も来ていたが、涙があふれて記事を書けなかった。


街にいた戦士達は人々の問いには答えなかったが、皆一様に暗い表情をしていた。

やはり噂は本当らしい。将軍達に何かあったらしいと人々は察し、噂は巡り巡っていた。



夕方蛇の国、北の国境から旅人や商人向けの馬車が出発した。しばらく走った所で馬車は途中の民宿で泊まり、全員が下りた。

周りは森に囲まれた物騒な所にある民宿であるが、獣が中に入れないように、民宿の四方には強力な結界が張られていた。

聖地の守護がある民宿である。馬車から降りたはげた小男が民宿には入らずに、きょろきょろ周りを見渡しながら裏に回った。

周りは真っ暗である。

「頭、ヴィクターのやろう、死んだようですぜ。他の連中はわからねえが、ヴィクターは死んだって街じゃ大変な噂だったよ」

小男はひっそりした声で言った。

「本当に死んだんだろうな」

大木の側に黒いフードをかぶった男がいた。

「死んださ。娘がわんわん泣いてたからな。朝には死んじまってたんだよ」

「そうか。長かった。やつの信用を得るために５０年もかけたんだからな」

男は片手を広げていた。

「長かったですねえ」

「全くだぜ」

「蛇の男が酒で中毒なんておかしくて笑えるぜ」

「あの酒が残っていても毒はでねえ。少量じゃ効かねえのよ。あいつらのことだから大量に飲んだんだろうな。他には飲んでないのか？」

「病院に運ばれたのは将軍が３人だけだ」

「そうか。じじいが３人とは残念だぜ……まあいい。上級を３人も、となれば万々歳よ」

「一生遊んでくれせますね」

「おおう」

男がうれしげに片手をあげた時、ぱちぱちと拍手の音が聞こえてきた。

「なんだ！？」

拍手は上から聞こえた。木の上から人が二人も下りてきて、男達は驚いた。

「げえ！」

「あれが怪しい酒だって将軍は気づいてたよ。５０年もがんばったのに残念だったな」

下りてきたのはヴィラとジュノーだった。

「将軍は以前あの酒をみたことがあったんだよ。王族御用達の酒には特殊な栓がついている。あそこの職人でしかつけられない栓だ。将軍がもらった酒の栓は違っていた。

つめが甘いね」

「酒好きをなめるなよ」

「ちくしょー！！！」

男達は腰からナイフを取り出していた。

「二人だけかあ。たいした組織でもなかったな」

ジュノーは残念そうだった。

「せっかく二人も来たのにな。さて、殺すならちょっと離れないとな。宿のマスターに怒られる」

「うおおおお！！」

二人は襲いかかってきた男達を難なくかわして、男達と共に森の奥へと移動した。悲鳴はわずかだった。

すぐに二人は宿に戻ってきた。

「せっかくだから王妃にお土産でも買ってあげたいんだがなあ、なんかあるかな」

ジュノーが言った。

「宿に何かあるかねえ」

二人は涼しげな表情で宿の中にはいって行ったのだった。


次の日の夕方、ゆりの部屋に、二人からの土産が届いた。なんと海の魚の干物である。

「どこで売ってるの？　ありがとう！」

ゆりは喜んだ。

「国の外に行ったんでしょ？　どうだった？」

ラギとシスがすぐ二人に会いに来ている。

「国外といってもそんな遠くじゃなかったんですがね」

「どういう作戦だったの？」

ラギが聞いた。

「怪しい商人は二日も前に国を出ていたんですが、密偵にばれないように張り付かせて、我々と連絡をとっていたんです。さっさとやっちゃえばよかったのにと思ったんですがねえ」

とジュノー。


「わざわざあんな芝居をしなくても……」

王の間で呆れた声を出していたのはミカエルである。その横にはピンピンしているヴィクターとロナウドがいた。

「いいじゃないか。２００の記念になったし。なあロナウド」

「ついのってしまったが、今考えれば全く大人げなかったな。娘には呆れられてしまった」

ロナウドはちょっと恥ずかしげである。

「うちのミーシャはうまくやってたらしいな。ははは」

ちなみにその前に出てきた女性３人はシャナーンの彼女達である。シャナーンはさすがに芝居に加わらなかった。

「おばさま方はみんな泣いてましたよ」

「酒で中毒ってシャレなのか？」

ラクシュミも呆れ顔だった。

「フレイ様によれば、中毒のように死ぬ毒らしいですよ。ミニグラスに一杯飲むと死ぬらしいです」

ミカエルが言った。

「良い商人だと思っていたのになあ。残念だ」

「３人そろってよくやりますよ……」

その日の朝の新聞には、「将軍は無事」、との記事が載っていた。敵を欺くための芝居だったとも。

「ふふ、キースに内緒にしてたんだが、後で殴られた」

「そりゃそうですよ」

ミカエルとラクシュミの脳裏には、キースの怒った顔が目に浮かんでいた。


そして調理場では、ゆりが鼻歌を歌いながら干物を焼いていたのだった。


つづく


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