第１３話
へびっちが過去に行く少し前、蛇の国では恒例の、妊娠結果の発表があった。
「王妃ー彼女が妊娠しました！」
「おめでとう！」
ゆりの部屋に喜びの報告に来たのはミカエルである。
「これでミルキダスに並びました。うれしい！」
「よかったねえ」
ミカエルは心底うれしそうだったので、ゆりも喜んでいた。
「これでもう思い残すことはないです。いや、王妃と思う存分愛し合った後なら死んでもいい」
ミカエルはゆりの手をなでながら言った。
「こらこら、他の人はどうだったの？」
「セリアも妊娠したようなんです。あんなに若くして妊娠するなんてびっくりですよ」
「セリア？ え？ それじゃ、親子で妊娠ってことになったの？ 相手は当然エルよね？」
「そうです。びっくりですよね。セリアは王妃にまた気があげられないとか言ってましたよ」
「親子で妊娠、すごーい。カーラは元気？」
「元気ですよ」
「恋人ではミカエルの彼女だけだったの？」
「他には――」
「王妃ー！ 彼女が妊娠しましたよ！」
言いながら部屋に入ってきたのはハインリヒである。
「えーおめでとう！」
とゆり。
「うれしい。ドルイドに弟か妹ができる」
ハインリヒも喜んでいる。
「去年に続き今年もよかったねえ。王様もご機嫌ね」
「あのお茶のおかげですよ。妊娠したのはお茶を飲んだ彼女ですから」
ハインリヒがぽろっと言い、ゆりは鋭く、「お茶を飲んでない彼女もいるの？」と聞いていた。
「ばーか」
ミカエルが小声で言っている。
「それじゃ仕事なんでこれで」
ハインリヒはさっさと去って行った。
「ユリウスはどうだった？」
ゆりはハインリヒのことは置いておいて聞いた。
「ユリウスは妊娠してないみたいですよ。まあまだ若いですからね。この先いくらでも機会はありますよ」
「そうね」
「しかし親子で妊娠なんて本当にすごいですよ。王妃は本当にこの国にとって幸運の女神ですよ」
ミカエルはゆりのほっぺをなでなでしていた。
「どうもありがとう」
「ロアンナさんが元気すぎてフリットがぼやいてますよ」
ミカエルが笑いながら言った。
「えー相手はだれなの？ 私が知ってる人？」
「同世代の人ですよ。普通はね、強い男があれほどの年齢の女性を相手にしたりはしないんですが、ロアンナさんも相手の方も、赤い月の呪縛から解放されて
赤い月を楽しむようになったんですよ。すごいことだと思いませんか？」
「え……」
「私やフリットにすればすごいことなんですよ。我々は小さい頃から子孫を残すことが義務だと教わってきてますからね」
「そっかあ」
「ロアンナさんも楽しそうですよ」
ミカエルは、ロアンナの相手がだれなのかはっきり言わずに去って行った。
とうとう赤い月を楽しむ女性が現れたんだ……そう思うと感慨深いな……強い男って言ってたし、将軍だったりして……となると……
「ナザニエル将軍かな？ 髪の色も一緒だし、お似合いじゃない」
ゆりは想像してにやっとしていた。
去年はヴィラとイシュタール、シャナーンの彼女が、今年はミカエルとハインリヒの彼女が妊娠した。
確かに恋人達の彼女の妊娠率はすごい。
しかもエルに子供ができるんだ。水蛇様も喜んでるだろうなあ
あのガーベラのお茶で女性達の女性力がぐんとあがったんだわ。それが継続してるなら、来年もあるかも？ ユリウスやジュメもまた妊娠すればいいなあ……
ゆりが王の間に行ってみると、やはりラクシュミはご機嫌だった。
「ゆり、私は今、最高に気分がいい」
なんと自分でも言っている。
「今晩はお前を愛でてもいいくらいだ」
『愛でる』なんてなかなか言われない言葉なので、ゆりはかなり驚いていた。ラクシュミの横にはシスとラギもいた。二人ともニヤニヤしている。
ゆりの左目が変わっていた。
「お母さんヤッタネ！」
「うるさいわね。ねえハザーク様の侍女さんは今年どうだったのかしら？」
「さあ、まだ聞いてないよ」
とシス。
「聞いてこよっと。じゃあね、王様」
蛇の目のゆりはラクシュミの頬にちゅっとキスして去って行った。
ハザークに聞いたところ、へびっちは今年もかなりがんばったみたいだが、侍女達が妊娠した感じはないようだ。
「卵を生んだのが奇跡的だからな」
「そうですね」
そのへびっちはまだ過去に行けず、７の月に入り、ヴィラとディランの夢がつながり、へびっちは過去に行ってしまった。ハザークの侍女達は心なしか元気がなかったが、
へびっちと侍女の子蛇、ロンロンは元気に育っている。ロンロンとルー、ゴショクの３匹をハザークの部屋に並べてみても、血のつながりがあるかどうかなどわからず、
ハザークもゆりも子供達も、「うーん」とうなるばかりだった。
さて、過去の時代である。レイアスは再びへびっちに会えて喜んでいる。
「元気だったかへびっち。子蛇は生まれたのか？」
へびっちはうんうんうなずいていた。
「へびっちはすごいなあ。いっぱい子供を作ったな」
レイアスはへびっちの頭をなでなでしていた。へびっちはジェスチャーで何やら訴えている。
「陛下に会いたいの？ 会いに行こう。陛下も喜ぶよ」
「へびっち、そっちで生まれた子蛇は、普通の蛇なのか？」
ディランが聞いた。へびっちは大きくうなずいたが、その後首をかしげていた。
「へびっちもまだ分らないのか？」
へびっちはうなずいている。
「陛下はもうお腹が大きくなってきているんだ。あまり刺激しないようにな。夜忍んで行っちゃだめだぞ。絶対」
へびっちはそっちがありそうなので、レイアスはそこを念押しした。
へびっちはちょっと考えて、お腹が大きい仕草をしている。
「そうそう。お子様がもう少しで産まれるんだよ」
へびっちは目を輝かせて、早くつれて行け、とばかりにレイアスの腕を引っ張っていた。
「わかったわかった。じゃあおめかししような」
レイアスはへびっち用の服を持ってきてへびっちに着せたのだった。
その頃城では、女王は朝の診察を受けている。女王のお腹は大きくなっていた。子供が生まれるまでにはさらに大きくなるだろう。
「あーきつい」
女王は侍女に腰をさすられていた。
「きつい。早く産んでしまいたいものじゃ」
「あと少しの辛抱ですよ」
「ほんときつい。どうじゃ。逆子は直ったか？」
「直りませんなあ」
侍医は聴診器をあてながら残念そうに言っていた。どうもお腹の中の子供は逆さになっているらしい。
「あー……まだ直らんか」
「出産までには直ることもありますから」
「うー……うー……」
「逆子が直る体操をちゃんとやってください。それでは夕方またきます」
侍医は女王の機嫌が悪いのでさっさと部屋からでていった。
「あの体操もきついというのに……まったく……」
侍女の一人が女王の側にやってきて耳打ちした。
「へびっちがまた来たのか？ 入れてよいぞ」
部屋にへびっちとレイアス、ディランが入ってきた。
「陛下、おはようございます。昨晩へびっちがまたやってきまして」
「久しいのう。へびっち」
へびっちは女王に近づくなり女王に抱きついて、おなかに耳をあてていた。
「こらこら」
レイアスがへびっちをひっぺがそうとしたが、へびっちは離れない。
「やはり陛下とへびっちの子蛇が、赤ちゃんにくっついているんですかね」
へびっちの様子にディランはそう思った。
「そうなのか？ へびっち」
女王がへびっちに聞くと、へびっちはうなずいている。
「そなたにはわかるのか？ 私にはさっぱりわからんが……」
へびっちは女王のお腹を眺めながら、大きく首をかしげていた。
「なんか不思議そうだね。やっぱり子蛇がついてなかったとか？」
レイアスが聞いた。
へびっちは右に左に首をかしげている。
「何か気になることでもあるのかな？」
へびっちは服の上から女王のお腹に触っていた。レイアスもディランもそろって首をかしげている。
「もしかして、赤ん坊が正常な位置にいないのに気づいたのか？ どうも逆さになっておるらしい。お腹の中で遊び回っておるのじゃ」
女王が説明すると、へびっちはレイアスを見た。
「赤ちゃんが逆さになっているんだよ。こういうこともよくあるんだよ。早く直ればいいですねえ」
「まったくじゃ」
「それじゃへびっち、そろそろ行こう」
ディランが促して、レイアスとへびっちは部屋からでていった。
へびっちは部屋の外で何かを訴えている。
「あ、巫女様に会いたいんだ？ つれて行ってあげるよ」
レイアスは、巫女エレノアの元にへびっちを案内した。
「へびっち様！」
エレノアは大喜びである。こちらはまだお腹は出ていなかった。
へびっちはエレノアのお腹に耳をあてていた。そして親指を立てていた。ばっちりとでも言いたげである。
「赤ちゃんに、へびっち様の子蛇がついてるんですか？」
エレノアが聞くと、へびっちはうなずいていた。
「本当ですか？ うれしい！！ へびっち様、もっとお話しましょう。しばらく預かりますから行っていいですよ」
エレノアはレイアスに言った。
「へびっち、あんまりエレノア様を興奮させないようにね」
レイアスはへびっちに言ってから一人出て行った。
「へびっち様ー」
エレノアのうれしそうな声を聞きながら。
「まだお腹が大きくなってないからいいか」
レイアスは自分の仕事に向かったのだった。
へびっちはエレノアと過ごした後、話を聞いた王子アゼルに呼ばれてアゼルと過ごしたりもした。アゼルも大喜びである。
「へびっち、君の子蛇、大事にしてるよ」
へびっちはアゼルの肌にいる子蛇を見て、目を輝かせていた。こちらはへびっちにとってははじめての対面である。
「この子の姉は未来の王女様にくっついてるんだよね？ そっちも見てみたいなあ。アナスターシャ様と子蛇の見せ合いとかするのが楽しみなんだー」
アゼルはうれしそうに身体を揺らしていた。
「未来では何か変ったことがあった？ そうだ。未来でもへびっちの子蛇ができたとか聞いたよ」
へびっちは何かかきたそうだったので、アゼルはすぐに紙とクレヨンを用意してへびっちに渡した。へびっちが来たという話を聞いたフークスとレイアスもへびっちに会いに来ている。
夕方である。女王は再び侍医の診察を受けた。お腹が大きくなってから、女王は公務は控え、ゆったりした服を着て過ごしている。
何せ女王は結構な高齢であるので、女王も周りもぴりぴりしていた。
「あとどのくらいで生まれるかのう？」
「そうですな。１０日から１５日でしょうな」
侍医は答えた。
「それまでに逆子が直らなかったらどうする？」
「そうですなあ……あ、そういえば、私どもはまだ、陛下のお腹に浮かんだ子蛇について詳しく聞いておりませんが、朝のへびっち殿が父親というのは本当なのですか？」
侍医は完全に話題をはぐらかせていたので、女王はじろりと侍医をにらんでいる。
「ずっと不安でおられるのはよくないですぞ。陛下はでんとかまえていてくだされ。いずれ、なるようになります」
「はー……」
女王は大きなため息をついていた。
侍医が去った後、アゼルとへびっちがやってきた。へびっちは女王に花の束を渡している。
「へびっちが取ってきたのか？ ありがとう」
そこらで無造作に摘んだ花束だったが、女王はにこりと笑って侍女に花を渡していた。
「へびっち、僕に弟か妹、どっちができるか知ってる？」
アゼルが無邪気に聞いた。へびっちは首を横に振っている。
「どっちだろう。楽しみですね」
「そうだな」
へびっちはぼんやり女王とアゼルと眺めていたが、やがて何かを思いついた顔をして、一人で部屋を出て行った。
「へびっち、どこに行くの？」
アゼルが追って行ったが、へびっちはもう廊下にはいなかった。
その頃騎士長であるディランは執務室で書類にサインをしている最中だった。そこにフークスがやってきた。
「ディラン、お届けものだよー」
フークスは手ぶらだったが、足からにょろんとへびっちが出てきた。
「はじめて肌に入ったけど、奇妙な感じだねえ。へびっちが君に会いたがってたよ」
「私に？ へびっち、どうしたんだ？」
ディランは蛇姿のへびっちに聞いたが、へびっちは何も答えずにディランの足に入ってしまった。
「私に来るなんてどうしたんだろう？」
「もう未来に帰りたいんじゃない？」
フークスが言った。
「もう？ 随分早いなあ」
「向こうにも子蛇がいるから気になるんだよ」
「そうなのか？」
へびっちからは寝てほしいというような意思が感じられる。
「わかったわかった。でもな、寝るにはまだ早いぞ。ヴィラ殿だってこんなに早く寝ないからな。陛下や殿下にはお別れを言ったのか？ お別れを言ってからにしような」
「へびっち、未来のみんなによろしくね」
フークスはディラン越しにお別れを言っていた。
ディランは女王やアゼル、エレノアにもへびっちが帰りたがってると伝えた。皆「もう？」とがっかりした様子である。
その夜、うまい具合にディランとヴィラの夢がつながったのだが、ほんの一瞬といってもいいくらいの時間だったので、二人は挨拶をする間もなかった。
目覚めたヴィラは、「随分帰るのが早かったなあ」と驚いている。その時誰かの顔がぱっと浮かんだ。水色の髪の男の顔である。
「エルバート？」
へびっちはヴィラの肌から出てきて人になった。そして裸のまま、ヴィラに何かを訴えていた。
「エルバートがどうかしたのか？ 会いたいのか？ わかった。だが、まだ夜も明けてないし、夜が明けてからにしような」
ヴィラが優しく言うと、へびっちはうなずいて、ヴィラの横に並んで寝転んでしまった。そして眠っている。
「自由なやつだなあ……」
ヴィラは苦笑して横で寝転んでいた。朝ヴィラが目覚めると、へびっちはやっぱり横にいた。夢ではないようだ。
―なあ、へびっちがもう帰ってきたぞ
ヴィラはジュノーに思念を伝えた。ジュノーからは「はやっ」と帰ってきた。
―なんか怒られたんじゃないかあ？
―さあ、へびっちはエルバートに会いたいらしい。へびっちの服を持ってきて
―わかった
ヴィラがエルバートに連絡したところ、ヴィラの屋敷にエルバートが来ることになった。
ヴィラとジュノーはへびっちがエルバートに何の用なのか想像し合っている。へびっちは一生懸命紙に絵を描いていた。
「おはようございます」
エルバートがやってきた。
「おはよう。朝から悪いね」
「いいえ。一体どうしたんですか？」
へびっちはエルバートに一枚目の絵を見せた。でかく「カーライル」と書いてある。
「おお、文字も書けるんですか？ すごい」
エルバートは拍手している。
「どうやらカーライル様に用があるらしいよ」
ヴィラが伝えた。
「そうなんですか？ わかりました」
エルバートの目つきが鋭くなった。
「どうしたんだ？」
へびっちは二枚目の絵をばんと見せた。お腹が大きな女の人である。白い髪で、頭には冠があった。
「わかった、女王様だろう？」
ジュノーが指摘した。へびっちはうなずいている。へびっちは女性のおなかを指していた。
「過去の女王様は、今妊娠中なんですよ」
ジュノーがカーライルに説明した。
「それがどうしたんだ？」
とカーライル。へびっちは女王のお腹あたりに指で円を描いていた。ヴィラとジュノーはじーとそれを見ているが、意味はわからないようである。
「……なんか嫌な予感がする」
とカーライルが言い出した。
「どういうことなんですか？」
ヴィラが聞いた。
「過去の女王の子供が逆子だといいたいんだろ？」
カーライルは眉間にしわを寄せて言った。
「え？ あ、そういうことかあ。それでカーライル様にどういう関係が？」
「そういえば、カーライル様は何人かの妊婦の逆子を直してましたね」
ジュノーが言った。
「へびっちはそれを知ってたんだ？」
へびっちはうんうんうなずいて、絵をほおりなげて、カーライルの手を握っていた。
何かを訴えてる目だ。
「もしかして、カーライル様に一緒に過去に来てほしいと訴えてるんじゃないですか？」
ジュノーが言うと、へびっちは大きくうなずいていた。
「冗談だろう？」
カーライルはへびっちの手を払っていた。
「７０００年以上も過去だろう？ 私が行かんでも、医者はいっぱいいるはずだ」
「でも、カーライル様は５人もの妊婦の逆子を直したって聞きましたよ」
とジュノー。
「医者も顔負けですね」
ヴィラまで言い出した。
「うるさい。そんな大それたことはできない。むちゃくちゃすぎるだろう」
「へびっちの存在自体むちゃくちゃですからねえ」
ジュノーはぼそりとつぶやいていた。
「とにかくいやだ。断る」
カーライルは消えてしまった。
へびっちはじとーっとジュノーを見ている。
やがてへびっちの目が潤んできた。
「お前初期に比べて感情が豊かになりすぎだろう。うーん、ところで、カーライル様を連れて過去に行けるのだろうか？」
まずはそこが疑問である。
「さあなあ、カーライル様は霊だから、人がいくよりも簡単にいけそうじゃないか？」
とヴィラ。
「そうかもしれんがなあ。逆子ってそんなに大変なのか？」
「さあ？」
二人ともそっちの知識はさっぱりなかったので、ラクシュミに断りを入れた上で、ゆりを交えて、フレイに話を聞くことになった。
フレイもゆりも驚いている。
「あの時代なら、医者も一杯いるでしょう？ カーライル様がわざわざ行かなくても大丈夫じゃない？」
ゆりが言った。
「わしもそう思いますが……お腹が大きくなってからすぐの逆子はわりとすぐ直りますよ。出産間近の逆子はちょっと大変ですが」
「こっちではお腹を切って赤ちゃんをだしたりできるんだっけ？」
ゆりが聞いた。
「かなり危険な状態の時にはそうしたこともありますが……その場合母胎の保証はできないんですよ」
「そうなの？」
「女王の時代ならば、魔法で……いや、あの時代でも魔法は無理かもしれませんなあ。よくわかりませんが、優れた医者は大勢いそうですがなあ」
「ところで、へびっちは今ジュノーにひっついてるの？」
この場にへびっちは出てきていなかった。
「それが、出かけていっちゃいました」
へびっちはなんとエルバートを追っていってしまったのだった。そしてエルバートにひっついてずっと何やら訴えている。
３時間もそんな状態だと、エルバートの方が参ってしまった。
夕方、城にカーライルがやってきた。へびっちは身体にひっついたままである。
「おい、王族の家系図かなんかあるだろ？ 見せろ」
カーライルはゆりの部屋に来るなり不機嫌そうに言った。
「家系図ですか？ 女王様のところがみたいんですか？」
「そうだ。無事子供が生まれたとへびっちを納得させろ」
「それがですねえ……わかんないみたいで」
ゆりは小声で言ったので、カーライルは「は？」と聞き直していた。
「わからないみたいなんです」
「なぜわからんのだ」
ゆりはラギに見せてもらった家系図の本を見せた。カーライルは、黒いシミを見て頬をひきつらせている。
「その子供の家系図はないのか？」
「王様しかないみたいなんですよねえ。文句はこれを書いた人に言ってください」
「ふざけおって」
カーライルは本を乱暴に閉じていた。
「カーライル様、過去に行くのがそんなにいやなんですか？」
「私が何かをして、過去の女王か子供に何かあったらいやだ。そういう重要な用件には関わりたくない」
「でも、現に何人もの逆子を直してくれたじゃないですか」
「逆子なら何でも直せるわけではない」
へびっちは身体から出てきて、裸のままカーライルに手を合わせて頼んでいた。ゆりは布を持ってきてへびっちの腰に巻いている。
「こうなったら、行くだけ行ってみたらどうですか？ カーライル様が無理だったら無理でしょうがないですよ。向こうの医者にまかせましょう」
「いやだ」
「あの時代に興味はないんですか？」
「興味はあるが……」
へびっちはカーライルに抱きついたままである。
「うう……うーん……へびっち、私は医者じゃない。過剰な期待はするな。それでも行ってほしいのか？」
へびっちはうなずいている。
「お願いします。へびっちの気が済むようにしてください」
「うーん……本当に行って帰ってくることができるのかな」
「大丈夫じゃないですか？」
「お前は気楽でいいなあ……」
カーライルはため息交じりに言っていた。
「……というわけで、へびっちと過去に行くことになった」
カーライルがハザークに説明すると、ハザークはぽかんとした顔付きになった。
「そんなにお手軽に過去に行けるのか？」
「さあ、無理ならへびっちもあきらめるだろう」
「そうだろうが……」
「寂しいなら寂しいといってもいいんだぞ」
カーライルが言うと、ハザークは微妙な顔付きになった。
「女王のことは多分無理だろう。私の手には負えない気がする」
「ではなぜいくんだ？」
「実は、私の子孫がその時代でもいるかどうか知りたい。血が絶えていたら、寂しく帰ってくるさ」
「はー……」
「もし帰ってこなかったら、寂しいだろ？ な？」
カーライルはハザークにではなく、侍女に言っていた。
「寂しいですわ。絶対にへびっちさんと帰ってきてくださいね」
侍女はへびっちを強調していた。
「もし過去に行けたとして、過去のハザークに会ったらなんといったらいいかな？」
「我か。うーん、そうだな……ちょっとは楽しくやってるとでも……いや、何も言わない方がいいかも？」
ハザークは頭を悩ませていた。
その夜、カーライルはヴィラの身体に移動して、エルバートやセリアに別れを告げた。
「カーライル様、絶対帰ってきてくださいね」
「絶対ですよ」
二人とも、涙で目が潤んでいる。
「もし帰ってこなくても、元気な赤ちゃんを産んでくれ」
「そんなこと言わないでください」
エルバートの方は号泣していた。
こうして、ヴィラはカーライルとへびっちをつけて寝ることになった。
「むちゃくちゃ緊張する」
今回ばかりは、一月後というわけにはいかない。
「すぐに夢がつながるように……」
何日も緊張したくなかったヴィラは、切にそう願って今宵ばかりは眠り香をたいて眠ったのだった。
つづく
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