第１４話
ヴィラとディランの夢はすぐにつながらなかった。つながったのは３日目の夜である。緊張しまくっていたヴィラは、「あーよかった。よかった」と心底ほっとしていた。
ヴィラはその夢ではじめてカーライルの姿を見ていた。カーライルはへびっちと一緒に人になって夢にいたのである。
「すごい。こうして姿を見ると感動するなあ。ディラン殿、こちら、カーライル様です。へびっちにどうしても一緒に過去に行ってほしいと言われてきたんですよ」
「カーライル様？」
ディランはヴィラに近づいてきながら聞いている。へびっちはカーライルの手をひっぱっていた。どうしても一緒に行くつもりのようだ。
カーライルはディランよりも夢の中をきょろきょろ眺めていた。
「一体どういう仕組みなんだ？ さっぱりわからん……お……やはりすごいな」
カーライルはディランに目を向けると、感心したような声をあげた。
「カーライル様……どこかで聞いたような……」
ディランはカーライルの姿に驚いたのか、すぐには思い出せなかったようだ。
「詳しくはカーライル様から聞いてくださいね。無事女王様が出産するように祈ってますよ」
ヴィラは早口で告げて、夢は終わった。
カーライル様、カーライル様……はて、どこで聞いたんだっけ？
悩みながら目覚めたディランは、横に人になったへびっちが裸でいたので驚いた。
「うわっ！ へびっち、帰ってきたんだな？」
へびっちはうんうんうなずいている。
「じゃあ、さっきの水色の髪のお方も一緒に？」
周りをみたがそれらしき人物はいない。
「へびっち！ 帰ってきたのか？」
ディランが思念を送ったので、レイアスが飛んできた。
「へびっちー」
レイアスはへびっちを抱きしめて頬をすりすりしている。そのレイアスの表情がちょっと冷ややかなものに代わっていた。
「あれ？」
ディランはレイアスの変化に気づいたようだ。
「驚いた。本当に過去に来ることができるとは……」
ディランはきょとんとしてレイアスを見ている。
「私はカーライルという。へびっちがどうしても来いとしつこいんで一緒にやってきたのだ」
「はあ……」
へびっちはうれしそうにカーライルに抱きついていた。
「じゃれつくな。全く……」
カーライルはへびっちの身体をひっぺがしている。
「カーライル……あれ？ 人になれた昔の蛇様ですか？ カールのご先祖様の」
「ん？」
城の中で、騎士カールはレイアスに入ったカーライルと出会い、涙を流していた。
「まさか、本当にカーライル様なんですか？ すごい！ 奇跡だ！ すごい！」
カールは急なことで頭が混乱しているのか、泣きながら「すごい」を連発していた。
（すごく自己主張の強い蛇をくっつけたやつだな……）
カーライルはカールの顔の蛇を見ながらそう思っていた。
「私の子孫がちゃんと存在しているのがうれしい」
「私には妹が二人いるんですよ。是非会ってください」
「妹もいるのか。素晴らしい」
カーライルは自分の血が続いていることに、素直に喜んでいた。
「ハザーク様に雰囲気が似ていて、ステキな人だったよ」
一緒にいたディランが言った。
「そうでしょうねえ。しかし、どうして遠い未来にいらっしゃったんですか？」
「それが……」
へびっちは、カーライルの腕を引っ張っていた。そしてどこかにつれて行こうとしている。
「どうしたんだ？」
ディランが聞いた。
「女王の所にいかそうとしているんだろう。せっかくだからカールの方に入ろう」
カーライルはレイアスからカールへと移動した。突然目覚めたレイアスは、「あれ？」と周りをきょろきょろみている。
「僕はいつの間に城に？」
へびっちは今度はカールの腕を引っ張っていた。
「わかった。わかった。そうせかすな」
カールに入ったカーライルは、へびっちに引っ張られて歩いて行ったのだった。
女王はちょうど朝の診察が終わったところだった。へびっちが再びきたと聞いて驚いている。
「へびっち、今回は早かったのう。おや、カール？」
へびっちと一緒に来たカールの異変に気づいた女王は、不思議そうな顔を向けている。
「私の名前はカーライル。人化できた昔の蛇なのだが、変な縁で未来の世界にいたのだ。へびっちに強引に連れてこられて、今カールの中にいる」
カーライルは簡単に説明した。
「はあ……カーライル……カールのご先祖様の？」
「そうだ」
「なんとまあ……不思議なことが……」
女王が驚いていると、へびっちは女王のお腹に顔を寄せてひっついていた。
「女王の赤ん坊が逆子だと聞いたんだが、どうなった？」
「逆子？ ああ、二日前に正常に戻りました。へびっちはそのようなことを未来で言っておるのですか？」
「直った？ そうか。よかった。へびっち、だから言ったんだ。わざわざ私が来ることもなかった。それで、いつまで過去にいる気なんだ？」
カーライルが聞くと、へびっちは女王のお腹から何かが出る仕草をした。
「出産までやっかいになる。そんなに日にちはかからんだろうから、それまでカールの仕事を休んでもいいか？」
「ええ、ご自由にどうぞ」
「へびっち、私はしばらく自由にするぞ。それではな」
カーライルは部屋から出て行った。
「まさか、亡くなった蛇様までもが未来にいらしたとは……カールも喜んだことだろうのう。へびっちはなぜカーライル殿を連れてきたのだ？」
女王はへびっちに聞いてみたが、へびっちは逆子が直ったのがうれしかったのか、にこにこしていて女王の問いには答えなかった。
来た突端にお役御免となったカーライルは、この際と、ちょっと国の中をうろついてみることにした。
「それにしても、綺麗な城だな……」
庭園に出て城を眺めると、なんとも不思議な気分になってくる。幾重もそびえる塔を見上げながら、（あれ？ ハザークはここにはいないようだ）とカーライルは気づいた。
「どこかにはいるだろうがなあ……」
「あ、いらした。カーライル様！」
近くにやってきたのはレイアスである。
「握手してください。先ほどは突然身体に入られたんで驚きましたよ」
レイアスは両手を出して、カーライルの右手を握っていた。
「ハザークはどこにいるんだ？」
カーライルが聞いた。
「ハザーク様はこことは違う城にいらっしゃるんですよ。ご案内しましょうか？」
「いや、いい」
近くを羽がある蛇が飛んでいた。蛇はじーとカーライルを見ている。
「蛇もなんか気づいてるんですかねえ」
「さー」
地上を見ると、でかい蛇もカーライルをじーと見ていた。
「ハザークにわざわざいうんじゃないぞ」
カーライルはレイアスにではなく、蛇に言っていた。
「カーライル様はどのくらい未来にいらっしゃるんですか？ ドルイド様のこととか、ご存じですか？」
「ドルイドの噂は知ってる。実際に会ったことはないが、私が未来にいたのは、１０年くらいか」
カーライルは歩きながら言った。レイアスは後を追っている。
「そんなに」
「綺麗な庭園だな」
バリカの花が咲き乱れて、チョウチョがひらひら飛んでいる。
「あ、そうだ。こちらに来てください」
レイアスはカーライルの腕にふれて、瞬間移動した。
やってきたのは噴水がある庭園である。カーライルはゆりの石像を見てぶっと吹き出していた。
「もはや伝説だな。しかし、こんなに忠実に作らなくても……」
「素敵な石像ですよ。僕達はこのゆり様を見るたびに懐かしく思ってるんです」
「そうか」
「未来のことを知りたいと思っても、へびっちとは意思の疎通もなかなかスムーズにいかなくて、いろいろ教えてください」
「うーん……未来のことは、そんなに知らなくていいと思うがなあ……知っても気をもむだけだろうし。だが、過去の情報をいろいろ仕入れてきてくれと言われた。へびっちの恋人のことが
知りたいと王妃に言われて」
「巫女のエレノア様のことですか？ へびっちによれば、エレノア様の赤ちゃんにはへびっちの子蛇がくっついているそうなんですがね」
「へえ」
「未来の僕の孫蛇は元気ですか？ ２匹生まれたって聞きましたよ」
レイアスが目を輝かせて聞いた。
「ロンロンとリンリンか。元気だ」
「見てみたいなあ……エレノア様の所にご案内しましょうか？」
「そうだなあ。ま、急ぐこともないか。ちょっとあちこち散歩してくる」
「わかりました。いつでも言ってください」
カーライルはゆりの石像の近くにある神々の像を眺めていた。
へびっちが人化できた蛇の霊を連れてきたというので、一部ではかなり噂になっていた。
「僕もお会いしたい！」
王子アゼルまで興奮している。
そのカーライルは、夕方にはカールの中に引っ込んでいて、カールに妹たちを紹介されたりもしていた。４０代の妹は双子でそっくりだった。しかもかなり強そうである。
「カーライル様、どうかお兄ちゃんに活を入れてください」
「お兄ちゃんってば、赤い月には女から逃げ回ってるんですよ。ほんと情けないんですよ！」
妹はこんな兄情報までカーライルに暴露していた。
（エルバートと一緒でカールも女には苦労してそうだな……）
とカーライルは思ったのだった。
その頃、蛇達による伝言ゲームがハザークの元にとどいていた。
カーライルを見た蛇は、やはりカーライルの姿が見えたのか、かなり気になったようである。
『きになるへびのれいがいたよ』
『きになるへびがいた』
『きになるへびがいたんだって』
『きになるへび』
『きになる』
『なにかがきになるんだって』
「何が気になるんだ？」
伝言されたハザークにはさっぱりわけがわからなかった。
『？ なにか』
「何が？」
『？』
その蛇もよくわからないようだ。
「今日、女王の城で何かあったか？」
ハザークは侍女に聞いていた。この時代には白い髪の侍女はいない。侍女は普通の人間である。
「今日はこれといって聞いておりませんが、女王陛下もお健やかにお過ごしですし……あ、そういえば、へびっち様がまたいらしたそうですよ」
「へびっち？ ああ、前に出会ったおかしな蛇か。またきたのか。一体どこから来てるんだ？」
「さあ、それは私どもにはわかりませんが……」
「なんか我に内緒にしてるような気がする。やはり我に何か関係があるのか？」
ハザークがぶつぶつつぶやいていると、王子アゼルが尋ねてきた。
「ハザーク様、今日へびっちがまたやってきたんですけど、どうしてもこれをハザーク様にあげたいみたいで……」
「王子をこきつかうとは、あの蛇はかなり大物じゃないか？」
ハザークは皮肉っぽく言った。
「僕がもってきたかったんですよ」
アゼルは画用紙を一枚ハザークに渡した。子供が描くような絵だが、にたような女が５人いて、下の方に蛇が２匹いた。両方緑色の蛇である。
「何の絵だ？」
「さあ、僕にもわからないですが、もらってください」
「いらん」
「飾ってあげてくださいよ」
「いらん」
「そういわずに」
「いらんというに」
アゼルは強引にハザークに絵を渡していた。
「最近性格が変わったんじゃないか？」
「そうですか？」
「その蛇も気になるが……」
ハザークはアゼルの手にいる蛇の顔を見つめながら言った。
「まあ気にしないでください。それでは失礼します」
アゼルは出て行った。
ハザークは絵を眺めた。笑っている白っぽい髪と服の女が５人いる。白い髪なのか銀色の髪なのか、それは謎である。
「なんでこれを飾らにゃならんのだ」
ハザークはぶつぶつ言っていたが、捨てるのもちょっとためらわれる。
「まあいい。ちょっとの間おいておこう」
ハザークはその絵をそのまま棚に立てかけておいたのだった。
つづく
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