第１５話
カーライルが過去の時代にやってきて３日が経っていた。カーライルに会えた騎士カールは未だ興奮状態である。カーライルの方も自分の子孫に会えてかなり喜んでいたのだが、
平和な世界でのんびりしていると、なぜか強烈な違和感を抱くのだった。
どこを見渡しても一族の者しかいない世界、平和で豊かなこの世界が、まるで夢のように現実味がない。
遙か昔には、自分は確かにこういう世界にいたはずなのだが。
カーライルはバリカの庭園のベンチに腰を下ろしてぼんやり考えていた。
（うーん、どういうことだろう。未来の世界に過ごして１０年にしかならないというのに、私はすっかりあの時代になじんでしまったということなのだろうか。
過去の豊かな時代の方が生きていた期間がはるかに長いというのに。私は未来の人達が好きなんだろうな。あの、必死に生きている人々が……）
この時代の人達が必死に生きていないというわけではないだろうが、やはり未来の緊迫した状況で日々過ごしている人々よりもはるかに心に余裕がある。
この時代ならば、赤い月も男達が義務だと思い過ごすこともないのだろう。未来の世界にいた時には過去の時代が懐かしいと思っていたものだが、今は、未来のあの時代こそが、
自分がいなければならない場所のような気さえする。いや、きっとあの時代の行く末を、見届けたいと今は思っているからそのように思ってしまうのかもしれない。
（ますます未来の王が気の毒に思えてきた。ここにいる女達を１００人ほど未来につれて行ってやりたいくらいだ）
世界を覆う空気はまるで違う。それはそのまま王の力の差にもなるのである。この時代ならば、ラクシュミの力もぐっと引き上げられるにちがいない。
（この時代の濃い空気だけでも未来に運べたらいいのに）などと思っていると誰かが近づいてくる気配があった。顔を向けると側にきていたのはハザークだった。ハザークはあきらかにこちらを
気にしているようである。
（……どうしようかな。大体こいつ、私のことを覚えているのか？）
それすらも疑わしい。
「ハザーク様、こんにちは」
カーライルは普通の騎士のごとく挨拶をしてすっとぼけてみた。ハザークの方はちょっといらっとした顔付きである。
「おい、そこの蛇の霊。どうしてこの世にいるんだ？」
ハザークはカーライルに聞いていた。やはり見えているようだ。
「どうして、と聞かれても『さあ』としか言えないな」
「…………」
ハザークはいぶかしげな表情である。
カーライルからみて、未来のハザークと今のハザークの外見はまるで同じだった。
（いや、やっぱり違うか。子供と遊びだしてかなり変わったからな）
「パパ笑って」などと言われて素直に笑おうとしている未来のハザークを、このハザークに見せてやりたいくらいである。
ハザークはそのままカーライルの前を通り過ぎて行った。
（まあいいか。いろいろ話すのも面倒だし）
カーライルはハザークを引き留めずに見送った。するとハザークがくるりと振り返った。
「おい、我の部屋に来てくれ。話がある」
「話？」
「とにかく来い」
ハザークはカーライルの腕を引っ張って強制移動させたのだった。
神の国である。ハロルドは息子のジェイクと剣を合わせていた。二人とも人間が目で追うのが困難なほどの速さで動き、剣を振るっている。
少し離れたところにペガサスが舞い降りてきた。ペガサスに乗っていたのはキュリアとバリアスである。バリアスは最近ではよく話すようになった。ちょっと分別もついてきたようである。
キュリアも最近ではちょくちょくペガサスにバリアスを一緒に乗せている。今日はガーベラの子供達のところを回ってきたのだが、
キュリアは最近生まれたばかりのぶどうの妖精ライラがかわいくてしょうがないのだった。
「ああ、ライラがお父さんの子供だったら一緒の神殿でいられるのになあ。なんでお父さんの子供じゃないのかしら。残念すぎる」
バリアスはペガサスから下りると草の上に寝転んでいた。
「そういえば、ねえバリアス、前に言ってたでしょ。兄弟がまだ増えるって。夢で見たって言ってたじゃない。何人増えるかわかる？」
キュリアはバリアスの顔をのぞきこんで聞いてみた。
「ん？ うーん、なんかいっぱいいたかな？」
「いっぱい？ １０人くらい？ 全部お父さんの子供なの？」
「さあ？」
バリアスは首をひねっている。
「女の子はいた？」
「うーん、さあいたかも。わからん」
「いっぱいいたんなら女の子だって何人かいたんじゃない？」
「さあ、うーん、あ、あんなんがいた」
バリアスは空を指さしていた。
「あんなん？」
空を飛んでいたのは真っ白なハヤブサのような鳥である。その後ろを虹の女神サーラが追っていた。
鳥の方はガーベラの神獣、シロである。
「あんなんって、どっちのこと？」
キュリアが聞いた。
「背中になんかあんじゃん。あれがあるのがいたような気がする」
「背中って……翼？」
キュリアはサーラの翼を見ていた。
「僕ライのところにいこーっと」
バリアスは走って去って行った。
「翼がある子がいたのかな……」
ハロルドの剣の稽古は終わったようである。二人はキュリアに近づいてきた。さすが神、あれだけ動いたというのに二人は荒い息も吐いていなかった。
「さっきバリアスがいなかった？」
ジェイクがキュリアに聞いた。
「ライオネル様のところにいくっていっちゃった」
「やっぱりいたんだ」
「バリアスが夢で私達の兄弟を見たって言ってたでしょ？ その中に翼がある子がいたんだって」
「えー？」
「何の話だ？」
ハロルドが聞いた。
「バリアスの夢の話ですよ。いずれ、僕達はお父さんと一緒に戦うって。僕は盾、バリアスは鎧、それから他にも誰かいるんだって言ってました」
「へえ？」
「その中に翼がある子がいたって。父様に翼をある子ができるのかなあ。サーラみたいな女の子が欲しいなあ」
キュリアはわくわく顔だった。
「翼って、そうそう翼がある子なんてできないだろう」
とハロルド。
「ニイニみたいに父様とラーズ様と母様の子供ならできるんじゃない？」
「はあ？」
「あ、それならできそうだね」
意味が分ってるのかどうなのか、ジェイクはにこにこ顔で言っていた。
「何言ってるんだ。冗談じゃない！」
「どうして？」
「ラーズの力なんかがまじったら、絶対弱くなるだろ！」
問題はそこじゃなかったが、無邪気な子供達にあっちの説明はできなかった。
「でも、翼がある子がほしいー」
「ニイニはおもしろい妖精だし、お父さんとラーズ様の力が混じったら、きっと楽しい子供ができますね」
「ねー」
二人は無邪気そのものだった。
「ばからしい。ラーズには絶対言うんじゃないぞ。ガーベラにも」
「「はーい」」と返事をしつつ、二人は、「二人の力が混じったらどういう神ができると思う？」などと話し合っていた。
「戦いと虹を混ぜたら……なんだろう。想像つかないね」
「男なら戦い系、女の子なら？？？ あー楽しみ〜〜〜」
キュリアは腰をくねくねゆらしていた。
（あいつと一緒にガーベラと、なんて、絶対いやだ。翼がある子？ 別にラーズの力がまじらんでもできるんじゃないか？）
などと思ったが、今の所翼がある神はクーリーフンにラーズにサーラだけである。
（まあどうにかなるだろう。あいつと一緒なんて絶対いやだからな！）
ハロルドは心の中で言っていた。
人間界過去の時代では、騎士カールに入ったカーライルは、ハザークの部屋に移動していた。
場所は未来の塔ではないが、部屋の中の様子はそう変わりはない。
（未来ではおもちゃが部屋に散らばってるけどな）
カーライルはつい心の中で笑っていた。
「あれからどれくらいになるだろう。千年ほどか？」
ハザークがぽつりと言った。
「え？」
「お前が亡くなってから……」
「ああ、私のことをちゃんと覚えていたのか」
「覚えてる。カーライルだろ？」
「正解だ。よく覚えていたな」
カーライルは、ハザークが自分の名前を覚えていたことに驚いていた。遙か未来ではすっかり忘れられていたのである。
「母のことを知っている、数少ない蛇だったからな」
「ああ、そうだったな」
カーライルは部屋の中に目を向けて、棚の上にある絵に目をとめた。
「あれは……」
「ああ、へびっちとかいうおかしな蛇がくれたんだが、なんだか捨てがたい。あのへびっちは我の関係者のような気がするし……」
へびっちが描いたのは５人の侍女と緑の２匹の蛇である。この未来までには後７８００年以上もハザークは生きねばならないのだ。そう思うと、カーライルの心も痛んだ。
なんという長い道のりだろう。このハザークはそんなに長い時を生きることになるとは、思ってもいないのだ
ディラネイラ、お前の息子は、なんて過酷な運命を背負って生まれてきたんだろう……
カーライルは金髪の美しい女の顔を思い出していた。自分とは恋仲になることはなかったが、人化する蛇同士、気になる存在だった。
ディラネイラは子供ができてとても喜んでいた。その子供が、一族の行く末を見守る存在になるなどとは、思いもしなかったに違いない。
「へびっちのことを知っているか？」
ハザークが聞いた。
「変わり者だという噂は聞いた」
「未来からきているらしいが、いつかははっきりわからない。今でさえ人になる蛇も少ないというのに、全くおかしな蛇だ」
人になる蛇も、近い将来まったくいなくなってしまう。いずれ、５匹の白蛇達が人になるその時まで、ハザークは孤独な時を過ごすことになるだろう。
「ハザーク、ディラネイラの代わりに抱きしめてやろうか？」
カーライルは両手を広げていた。
「はあ？ 何言ってるんだ」
ハザークはあわてて後ずさっていた。
「遠慮しなくてもいいぞ」
カーライルが前に出た。
「結構だ。昔なじみと話がしたかっただけだ。一体いつまでいられるんだ？」
「残念ながらそんなに長くはないだろう」
「そうか」
カーライルはこれからのハザークの孤独を思い、ここにとどまってもいいか、とちらりと思ったが、すぐに考えを改めていた。
（私がいたんじゃハザークの歴史が変わってしまうかもしれない。かわいそうだが……）
「いっそのこと蛇霊神になったらどうだ？」
ハザークに提案されたカーライルは、「それは遠慮したい」と即座に答えていた。
未来、神の国では、夜ガーベラになれたゆりは、すぐにぶどうの妖精に会いに来ていた。想像以上に愛らしい妖精である。
何この子、超かわいい！ 連れて帰りたい！
「かわゆーい！」
ちょこまか動く妖精は、ゆりに抱きついてきたのでゆりはライラを抱き上げた。
「超かわゆーい」
大きな緑の瞳はきらきら輝いて見える。
ゆりはついライラに頬擦りしていた。ライラの服に触ってみると、生の葉っぱの感触がした。
「この葉っぱは枯れないのかしら？」
近くにアマンザがやってきた。
「アマンザ、かわいい妖精ができてうれしい？」
「はい、うれしいです」
「サーラみたいにそのうちに話せるようになればいいね」
「はい」
「ジンラも喜んでる？」
「はい、ラーズ様の気持ちがわかるって言ってます」
「そうなんだ」
ゆりはジンラの元に飛んだものの、ちょっと恥ずかしかったのでまだジンラに顔を見せていなかった。
ライラはゆりの腕から飛び降りると、ぶどうの木を登っていった。小さいのに器用に登っている。
「すごい。小猿ちゃんみたい」
「え？」
「いや、こっちの話」
「ガーベラ」
空から声がした。上をみると、ラーズが飛んできていた。
「ラーズ」
記憶が戻ってはじめてのラーズだったので、ゆりはうれしかった。ラーズは女神の様子に中身がゆりだと気づいたようである。
「なんか用事ある？ 一緒にいこうよ」
「いいよ。それじゃねアマンザ」
「はい」
ゆりはラーズに抱っこされて飛んでいった。
「記憶が戻ったのに来てくれなかったから悲しかったよ」
「ごめんね。いろいろあって。ラーズに会えてうれしい」
「私もだよ。ところでさ、ガーベラとオルガの様子がなんか変なんだが、何か知ってる？」
ラーズは表情を変えて聞いた。
「オルガ？」
「何かあったっぽいんだけどね……」
「そうなの？ 私にはわからないけど」
「そっか」
「長い恋人同士だもの。いずれ元に戻るわよ」
「そうだな」
前方からペガサスが飛んでくるのが見えた。
「あ……」
乗っているのはハロルドだったので、ゆりはちょっとびびっていた。
「ハロルドごきげんよ〜う」
ゆりは通り過ぎながら一応挨拶をした。ハロルドはこちらを見ていたが無言で通り過ぎて、くるりと回って引き返してきたのでゆりはどきっとしていた。
「おい、絶対に外でするなよ」
ハロルドはかみしめるように言って、再び横を回って通り過ぎて行った。
「ハロルド、もしかして私が外好きだと思ってる？」
ゆりは引きつった顔で言った。
「ジンラとも外でしたでしょ」
「なんで知ってるの？」
「ジンラが言ってたよ」
「ガーン！！」
まさかジンラに暴露されるとは思わなかったゆりはショックを受けていた。
「ああ言われると外でしたくなっちゃうなあ」
「ええ！」
「まあいいや。ガーベラの神殿でしよう」
「いや、別にそっち希望ってわけじゃなかったんだけど」
「記憶が戻ったお祝いをしよう」
「うう……うん……」
ラーズに微笑まれて、ゆりは思わずうなずいてしまっていた。
（またキラキラになってしまう……でも、お祝いだし、いいよね）
などといいわけをしつつ、ゆりはラーズと一緒に飛んでいったのだった。
つづく
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