第１６話
朝食の時間、ゆりが食堂に来なかったので、食後子供達がゆりの部屋にぞろぞろやってきていた。
ゆりは今から食事をするところだった。ちょっと寝坊したようだ。
「あーマーキラキラ」
ミシェイラがゆりを見てすぐに言った。ゆりはぎくっとしていた。
「神の国で遊んできたの？」
とシスが聞いた。
「花が落ちてる。もらいー」
「私も！」
ゆりが座っている椅子の下にはピンクの花びらが３枚落ちている。
「じゃあ石も増えたんじゃない？」
とラギ。
「増えてないわよ」
ゆりはちょっときまずそうである。
子供達がテーブルにおいてある白い羽に気づいた。鳥の羽にしてはかなり大きい。
「あークーの？ クーの？」
ミシェイラが瞳を輝かせている。
「違うの。これはラーズの」
「なんだー」
ミシェイラは途端に興味をなくして去って行った。
「ラーズのかあ。さすが、こうしてみるとすごく大きいねえ」
とシス。
「そうだね。お母さん、ラーズの羽を引っこ抜いたの？」
ラギに真面目な顔で聞かれてしまった。
「違うわよ。そんなことするわけないでしょ」
とゆりは言ったが、前にラーズの羽を引っこ抜いたことを思い出していた。だが今回は違う。仲良くなった後に落ちていた羽をもらったのである。
これはラーズの一部だと思えば、かなり貴重な物である。
「抜けたのをもらったのー」
「そうなんだ」
「母様は時々キラキラになれていいなあ」
「ピンクにもなれるしいいよね」
アナスターシャとナナミが言っているのを聞いて、ゆりはあわててラギに「今ピンクになってる？」と聞いている。
「ちょっとなってる」
「ガーン」
「キレーね。トーにあげる」
レーヌはナナミからもらった花びらを持って消えた。
「……あれ？ レーヌが消えたわよ。今瞬間移動したよ！」
ゆりは部屋の中を見回して、レーヌがいなかったので驚いていた。
「知らなかったの？ たまにしてるよ」
シスが言った。他の子供達は全く驚いていないようだ。
「えー！ たまにベッドから移動してたのは知ってるけど、長距離もできるの？」
「ミシェイラが鍛えてるみたい。一緒に鬼ごっこしたいからって」
「えー！！」
「まだそんなに長距離は飛べないよ」
「女王様の子蛇、すごいよねー私も欲しい。女王様の子蛇」
アナスターシャはうらやましげだった。子蛇達の中で、女王様の子蛇は大きさも輝きも違うのである。
「私もーへびっちまた持ってきてくれないかなあ」
ナナミも同意見のようだ。
「女王様の赤ちゃん、まだ生まれないのかな？」
シスが言った。
「無事に生まれるといいねえ。カーライル様も無事に帰ってこられるといいねえ」
とゆり。
「カーライル様がいなくなって、エル元気ないって」
「カーライル様のこと、きっとお父さんみたいに思ってたんだよ」
「エルってちょっと頼りなさげよね」
「セリアがしっかりしてるからいいんじゃない？」
子供達は好き放題言っていた。
レーヌは二回目の移動で王の間の中に入っていた。
「トー、はな！」
レーヌは手に持っていた花びらをラクシュミに見せようとしたが、花びらはなくなっていた。
「おはよう。レーヌ」
ラクシュミは椅子から立ち上がり、レーヌに近づいた。
「花ない。ちゃんともってたのに」
ラクシュミがレーヌを抱き上げた。
「マーのとこにあったの。もってたのにないの」
「そうか」
ラクシュミはレーヌの頭をなでなでした。
「大きくなったなあ」
「もっとおおきくなる！」
「楽しみだな」
レーヌは無邪気な瞳で微笑んでいる。女王の気をまとっているレーヌの側にいると、ラクシュミも癒やされるようだ。
フリットが王の間に入ってきた。
「おはようございます。レーヌ様、今日もかわいいですね」
「だっこして」
「はい」
レーヌはラクシュミの腕からフリットの腕にうつった。
「フリットスキ」
フリットは微笑んでいたが、レーヌが自分の気を奪っているの気づいていた。レーヌだけが、他人から気を奪うというゆりの力を引きついでいる。
レーヌは誰かに言われたのかラクシュミから気を奪うことはしない。だが、他の者からは容赦なく奪っている。
「……レーヌ、ほどほどにしとくんだぞ」
ラクシュミがそれに気づいて言った。
「うん。ありがとー」
レーヌはフリットに下ろしてもらって走って去って行った。
「最近じゃ完全に自分の意思でやってるからな」
ラクシュミは苦笑している。
「レーヌ様は王妃と違って気が作れるようになったんですよね？ 他人からもらわなくても平気なのではないですか？」
女王の子蛇のおかげで、レーヌは気を作れるようにもなっていた。
「そうなんだが、子供達の話では、レーヌはミシェイラの遊びに付き合うために常に気を満タンにしておきたいらしい。ハザークからは毎日のように
奪ってるらしい」
ラクシュミは最後には笑っていた。
「あそこは毎日託児所だな。ハザークにも給料を払った方がいいかな？」
「保父さんの給料ですか？ ぷっ……」
フリットも笑わずにはいられなかった。
その夜のことである。薄い布団をかけて寝ていたゆりは、ふいにまぶたの裏が明るくなったのを感じて目を覚ましていた。誰かが明かりでもつけた感じである。
細目を開けてみると、ハロルドの顔がどんと見えたので、ゆりはびびった。
二人はしばし見つめ合った。ゆりは観念して身体を起こして、「こんばんは」と挨拶をしていた。
ハロルドは剣は持っていなかった。薄い黄色の半袖のチュニックにズボン、相変わらず腕の筋肉はすごいが、何より輝きまくっているので夜でもまぶしすぎる。
来るときは連絡くらい欲しいものである。心の準備がほしい。
「ど、どうしたの？」
「……ちょっと会いたくなってきた」
ハロルドは立ったままぼそりと言った。
会いたくなってきた！？
ゆりはあまりのセリフに硬直している。
「ほんとお前は男と遊んだのがわかりやすいな」
「ぐっ」
ゆりはまだまだキラキラしていたのでハロルドにはばればれだった。ゆりの左目が蛇の目に変わっていた。
げっ逃げた！
黒目のゆりはさっさと逃げてしまったらしい。蛇の目のゆりは「ハロルド会いたかった〜〜」とハロルドに抱きついてみた。
「ちょうどよかった。ちょっと来い」
「どこに？」
「ここはちょっとまずい」
ハロルドが右手をベッドにかざすと、ベッドの上に寝ているゆりが出現した。
「わっ！ すごい美人が寝ているわ」
蛇の目のゆりは大げさに言ったが、ハロルドは無視してゆりに触れた。どこかに移動する感覚があった。ゆりが次にいたのはどこかの寝室だった。
今までみたことはない場所である。
「ここ、神の国？」
「いや、近いがちょっと違う。前にお前達が試練の塔に行ったろ？ あれに近い場所だな」
「へー……」
この寝室には扉があった。部屋の中の装飾は派手ではない。大きなベッドに棚といった調度品だけであるが、よく見ると、木製のベッドは頑丈で豪華な作りである。
「もしかして、ここって、ハロルドが人間の女を連れ込むための部屋？」
蛇の目のゆりはずばり聞いた。
「違うわ。人間の女で来たのはお前がはじめてだ。というわけで、しよう」
「え？ 何を？」
「決まってるだろ？ お前が大好きなことだ」
ハロルドはゆりにずいっと近づいて言った。ゆりはぽかんと口を開けている。
「急にどうしたの？ あ、わかった。またラーズに嫉妬してるの？」
「ジンラともしたろ？ お前達はほんと、外でするのが好きだな」
ゆりの頬は引きつっていた。
「なんなら外でするか？」
「いえ、いいです。遠慮します」
「ならここでしよう」
「いや、ソー言われても、さすがに朝あっちにばれると思うし……」
「ばれたら適当に説明しといてくれ」
「はー？」
「実は、私は確かめたい。姿が変わっても愛という感情でいけるものなのかどうか」
「はあ？ え？ もしかして私に興奮する自信がないとか？」
「多分いけるかなーとは思っている」
「……いや、無理に興奮してくれなくてもいいんですけど」
「ガーベラだっていうなら意地でも興奮させてみろ」
「えー……」
なんだかめんどくさい展開になってきた、とゆりは思った。
（あっちの私は逃げちゃったし……私も逃げたい）
「別にそこまでしなくてもいいんじゃない？ 愛っていうのは一緒にいてうれしいとか楽しいって感情なわけで、こうして二人でいるだけで楽しいなら
愛してるってことで」
「それじゃつまらん。しかし、お前達はほんとよく妊娠するな。妊娠中だから万が一私の子供ができる心配がないからいいが」
ハロルドの手がゆりの寝間着のスカート部分を下から触って上にあげようとしていた。
「ちょ、ちょっと待ったー！」
ゆりは後ろに下がってその手をよけていた。
そういえば私、今すっごい下着を着てた。今日はやばい！！
昨日の夕方のことである。ジュノーがやってきて、「王妃、贈り物ですよー今度会った時に着てくださいね♪」と下着のセットをくれたのだった。
黒目のゆりは試しにその下着を着てみたが、あまりに恥ずかしかったのでラクシュミに見せることはなく、一人で寝たのだった。
さすがの私も、これをハロルドにはみせたくない！！
ハロルドが近づいてきてゆりはさらに逃げている。
「めんどくさい女だな」
ハロルドは強引にゆりを抱き上げてベッドに転がしていた。
「きゃー！」
「じっとしてろ」
ゆりの身体が硬直していた。魔法か何かで動かなくされたようである。
きゃー！ きゃー！！！！！
ハロルドの両手がスカートをたくしあげた。
そしてゆりの下半身までたくしあげたところで止まっていた。さらに上まであげて、胸のあたりまでたくし上げてから、ハロルドの手は服から離れていた。
「な……こ……これは……ぷ……ぷぷ……くくくくくくぎゃはははは」
ハロルドはこらえようとしたがこらえきれなかったのか、最後には爆笑していた。ゆりは手足が動くようになっていたので、真っ赤な顔であわてて寝間着を下まで下ろしていた。
「ひどい、そんなに笑うなんて」
「そ、それはなんなんだ？ な、なん……ぷぷっ」
ジュノーがくれたセクシーすぎる下着とは、真っ白のすけすけで、しかも大事な所は穴が開いているものだった。胸も下半身も露出されているのである。
下着としての機能を果たしているのかどうかは謎な下着である。
「まさか、それで王を誘ってるのか？ やめた方がいいんじゃないか？」
ハロルドは笑いながら言った。
「うるさいわね。無理矢理脱がせて笑うなんてひどい！ それにこれは、王妃が着る正統な下着なの！」
ゆりが胸をたたいて言うと、ハロルドはちょっとのけぞっていた。
「それが？ ああ、だから王が相手をしてくれなくて毎晩欲求不満なんだな」
ハロルドはかなり納得がいったような顔付きになっていた。
「違うわよ！ 人間はこれで興奮するの」
「本当かあ？」
「本当よ」
「私はもう、興奮するよりも笑いすぎて腹が痛い。くくっ」
ハロルドは横腹を押えていた。
こやつは……
「ひどい。神様が女性を侮辱するなんて……」
ゆりは傷ついた顔で泣き崩れた振りをした。
「あー悪かった。悪かった。まさかお前がそんな下着を着ていたとは思わなかったんでつい……あ、そうか。わかった。それは脱がさなくてもやれる下着なんだな。
次は着たままやろう」
「いえ、いーです」
結局、ゆりは下着を見られただけで元の場所に戻されたのだった。ハロルドは全くその気がなくなったらしい。ゆりはふくれっ面である。
「ひどい。あんなに笑うなんて」
「悪かった悪かった。お詫びになんかやる。イカ、カニときたら、次は……巨大タコか？」
「いらないわよ。私は肉の方が好き」
「肉か。わかった。じゃあな」
ハロルドはゆりの寝室から消えた。
「むちゃくちゃ恥ずかしかったわ。しかもあんなに笑われるなんて……肉って……鳥が１００羽とかきたりして……」
蛇の目のゆりは鶏が一杯いる庭園を想像していた。
「それにしても興奮するどころかあんなに笑われるなんてショック！ ハロルドに見られたなんてあっちの私には言えない」
蛇の目のゆりはショックを受けたまま眠ったのだった。
その二日後のことである。城の庭園にやってきたミカエルは、木の間にピンク色の物体がいるのを見た。
「ん？」
ミカエルが近づいてみると、かわいいピンクのお尻が見えたのだった。
「王、みてくださいよ。これー」
ミカエルはその生き物を王の間に運んでいた。４つんばいの獣である。鼻はせりでているが、ちょっと上につぶれている。
「ん？ なんだそれ」
「ブタラですよ。庭園にいたんですよ」
「ブタラ？ へー生きてるのを見るのははじめてだ」
ミカエルはブタラを下に下ろした。そのブタラは鮮やかなピンク色で、目はまん丸で、なかなかかわいい顔立ちをしていた。あまり大きすぎず、大人がだっこできるほどである。
メスである。
「なんかこのブタラ、王妃って感じじゃないですか？」
ミカエルはほのぼの顔で言った。
「確かにゆりって感じだな。 え？ もしかしてまた何かに変えられたんじゃないか？」
「今回はわかりやすいですね」
ミカエルがブタラの頭をなでなですると、ブタラは気持ち良さそうな顔付きになった。
「王妃」
「ぶひっ♪」
ブタラが鳴いた。
「おとなしいし、やっぱり王妃じゃないですか？」
などと言っていたらゆりがやってきた。
「なんだ、お前じゃなかったのか」
とラクシュミ。
王の間にやってきたゆりは、ピンクの生き物を見て目を見開いていた。
「ブタがいる」
「ブタラですよ。王妃」
「ブタラ？ かわいい！ 一体どうしたの？」
ゆりはブタラに近づいて背中をなでた。よくみると白い細かい毛がついているが、手触りがいい。この世界のブタラは、ゆりの世界にいたブタにそっくりである。
こんなにピンク一色のブタラを見るのはゆりもはじめてである。
「すごい色してるね」
「庭園にいたんだぞ。お前がもらったんじゃないのか？」
「え？ 私？ 何も頼んでないけど……もしかして、もう一人の私かも？」
「聞いてみよう。おーい、ゆり」
ゆりの左目が変わった。
「頼んだのはお前か？」
「確かに肉が欲しいっていったけど……まさかブタラがくるとは……まあいいや。今晩は焼いてブタラパーティー♪」
蛇の目のゆりは気楽に言った。
「え？ こんなに王妃そっくりなブタラを食べるんですか？」
ミカエルが真顔で聞いた。
「私そっくりって、どこが？」
「このかわいいお尻といい、つぶらな黒い瞳といい、この色は王妃が興奮した時の気の色に似てるし、どっからみても王妃そっくりですよ！」
「えー！！」
「確かにゆりに似てるぞ」
とラクシュミ。
「どこがですか！」
ブタラはラクシュミの足に寄り添って座っていた。かなり人なつっこいブタラである。
ラクシュミがなでなでするとブタラはうれしそうな顔付きになった。
それを見たゆりは、（確かにちょっと私に似てるかも？）などと思ってしまった。
王の間にラギとシスがやってきた。
「本当にブタラがいる。しかも、この綺麗なピンク色、これは最高級のブタラだよ。市場ではブタラの中でも一番高い値がつくくらいだよ。絶対においしいよ！」
ラギは目を輝かせていた。
「そうなんだ。綺麗なピンク色だね。こんなブタラはじめてみたよ。かわいいね。大人なのかな？」
とシス。
「ちょっと育った頃が食べ頃らしいよ。きっと今が一番おいしいよ」
「へー」
「王妃にそっくりじゃないですか？」
ミカエルはまだ言っている。
「母様に？ ふふ、そう言われれば似てるかなあ」
シスも笑っている。
「えーそんなことないよ。お母さんも食べたいよね？」
ラギはゆりの袖を振っている。ゆりの左目は黒目に戻っていた。
「あっちがもらったって言ってた？」
「言ってた。肉が欲しいと言ったらしい」
ラクシュミが答えた。
「じゃあハロルドが？」
（ハロルドがどうしてこれをくれたのかしら？）
ゆりはそこを考えてちょっと青ざめていた。
（あの晩、私はあの下着で寝ていたはず。いつの間にか朝になっていたし、まさかあっちの私とハロルドが仲良くなっちゃったのか！ ブタラはそのお礼！？
あれをみ、み、みられたのかー！？）
ゆりはガーンとのけぞっていた。
まさかあれをハロルドに見られたなんて。あれで興奮されすぎてついにそうなっちゃったのかしら？ な、なんてこと……
「朝全く気づかなかったわ……気づきそうなものなのに……」
ゆりは小声でぶつぶつつぶやいている。
「お母さん、今晩、ブタラを食べようよ」
ラギはどうしても食べてみたいようだ。ゆりはショックで魂が抜けた顔付きになっていた。
「お母さんってばー！」
ゆりは我に返った。
「え？ あの子を食べるなんて、かわいそうじゃない？」
「かわいそうって、昨晩だってブタラ食べたじゃない」
「そうだけど、王様が蛇以外の動物をかわいがるなんて珍しいじゃない。王様が食べたいなら食べてもいいけど」
「お父さーん」
ラギはすがるようにラクシュミを見たが、ラクシュミは「私も、ちょっとこのブタラは殺せない」などと言っていた。
「え？ どうして？」
「どっからどうみてもゆりそっくりだし、もしかしたらゆりが変えられてるんじゃないかとまだ疑っている」
「え？」
「私はここにいるわよ」
ゆりは胸をたたいた。
「本物か？ 本当はこっちが本物なんじゃないのか？」
ラクシュミはブタラをなでなでしている。
「本物がいるのになんでそう思うのよ！！」
「僕も、ちょっとこのブタラを食べるのは……」
シスまで言い出した。
「えー！！」
「だって、父様にあんなになついてるし、あんなにピンクのブタラは珍しいから、生きたままおいておこうよ。ブタラじゃなくてプリモの仲間だと思っていたらどう？」
「最高級なのになあ。今が食べ時なのになあ。育ちすぎるとおいしくなくなるみたいなのになあ……」
ラギ一人がぶつぶつ言っている。
アナスターシャとナナミとロイはブタラを見て「おいしそう」と言ったが、ラクシュミが殺さない決定をしたのでちょっと残念そうだった。
「カニはすぐに食べたのにね」
「そうよね。カニとブタラの違いってなんだろうね？」
二人はそこが疑問のようだ。
「カニにはあんな鼻ない。そこが違いじゃない？」
ロイは的外れなことを言っていた。
ミシェイラとレーヌは、ブタラをはじめてみたのでうれしそうだった。
「ピンクだーマーと一緒ね。ミーと遊ぼうね」
「ぷひっ♪」
「おいでー」
ブタラはミシェイラにとことこついていった。
「ミシェイラにも一緒っていわれた。私の気の色に本当に似てるんだ……」
ゆりは自分の気の色は見ることができない。あんなピンク色なんだ、とはじめて理解していた。
「気だけじゃなくて全体的に似てますよ」
ミカエルがにこやかに言って、ゆりはミカエルに肘鉄を食らわせていた。
「本当に王妃そっくりだ。かわいい！」
「お尻も似てる！」
「確かに、かわいい」
他のゆりの恋人達も、ピンクのブタラを見ては「ゆりそっくりだ」と言って和んでいた。ゆりとしてはなんとも複雑だが、子供達が蛇以外の動物をかわいがるのも
いいかもしれない、などと思っていた。
ミシェイラはブタラに「モモ」と名前をつけて、ハザークの塔までつれて行って一緒に遊んでいた。
モモをはじめて見たハザークは、
―王、なんかすごくおいしそうな生き物がいるんだが、食っちゃまずいかな？
などとラクシュミに思念を送っていた。
―耐えてくれ
とラクシュミからは思念が返ってきた。
「このおいしそうな生き物はどうしたんだ？ 買ってきたのか？」
ハザークがミシェイラに聞いた。
「お庭にいたの。ミーたちと遊ぶためにきたんだよ。ねー」
「うん」
レーヌはうなずいている。
「遊ぶため？ これは食い物じゃないのか？」
「ちがうよ。パパ、モモちゃん食べちゃだめよ」
「う……」
モモは床に寝そべって眠りだした。まるっきり安心しきった様子だが、ハザークには食べ物が床に転がっている、としか見えないらしい。
（食べたい）
ハザークは眠るブタラをみながら食欲を抑えていた。
ラギが改めて調べたところ、鮮やかなピンクのブタラは、ブタラの中でも最も高値で取引されていた。ピンクの色は鮮やかなほど値が高いらしい。
まだら色になるほど値が落ちるのだ。ちなみにいつも食べているブタラは茶色っぽい色をしている。
最高級のピンクのブタラは一体どんな味なのか、目の前にいるけど味見もできないのは残念である。まさかモモの肉をちょっともらうわけにもいかない。
「そうだ。モモに子供を産ませて、その子供なら食べてもいいかな？」
ラギはシスに聞いていた。
「それはちょっと……やめた方がいいんじゃないかな？ ミシェイラ達が号泣しそうだよ」
ラギはその場面を想像してみた。
「そうだよね。名前までつけちゃったらもう無理だよね。神様も、次は肉の状態でもってきてくれればいいのになあ」
心底残念そうなラギに、シスは笑っていた。
「タロウさんが来る時にはモモを隠さないとね」
「そうだね。絶対焼かれるからね」
ラギは笑っている。
こうしてブタラのモモは、食べ物ではなくペット的存在として城の中で暮らすことになった。大蛇に食べられないように蛇よけの首輪をつけられている。
モモは夜になるとミシェイラの部屋で一緒に寝ていたが、排泄物などのしつけは難しくはなかった。モモは綺麗好きなようで、ミシェイラの部屋で粗相をすることも
なかったのである。
「ブタラってこんなにかしこいんだ？ それともこの子が特別なのかなあ？」
ラギは初めて食べること以外でモモに興味を示していた。
「農場では凶暴なブタラもいるみたいだよ。この子は神様がくれたから特別なんだよ」
とシスが言った。
「そうかもね」
ラギは納得していた。
ブタラのモモは知能は高い方なのか、ミシェイラとの遊びが終わった後などは、王の間の前にうろうろやってくるのだった。番兵が扉をあけてやると、モモは
一目散に走ってラクシュミの元まで行くのだった。どうやらラクシュミが好きらしい。ラクシュミに会えるとピンクのしっぽをふりふりしている。
「ゆり、元気だったか？」
ラクシュミはモモをなでながら言った。
「王様、私の名前で呼ぶのやめて」
王の間にはゆりとフリットもいた。
「つい……私の中ではこのブタラはもう『ゆり』なんだが」
とラクシュミ。
「ひどい」
「王はこの子をかわいいと思ってるんですよ、王妃」
フリットが言った。
「え？ そうなの？」
「かわいい」
「そうなんだ」
（かわいいならまあいいかあ）とゆりは思ってしまった。
「王が他の動物をこんなにかわいがるなんて珍しいですね」
とフリット。
「ゆりがブタラに変身したらきっとこうだぞ。本当にゆりが変身してないか？」
本物が目の前にいても、まだ疑っているラクシュミだった。
ゆりはブタラのモモを眺めて、（ここまで来るのなら裸はまずいかも、何か着せてあげよう）と思いついた。
ゆりは仕立屋に頼んでモモの服を作ってもらった。こうして、王の間にはピンクのスカートをはいたブタラがやってくるようにもなったのだった。
つづく
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