17話
朝、王の間の前にやってきたミルキダスは、扉の横にピンクの布に包まれた物がいるのを見た。
「あ……」
それが動いてこちらを見あげた。数日前に城にやってきたブタラのモモであるが、頭の上には白いレースの飾りをつけているし、身体もフリフリのピンクの服を着ていた。
「このモモちゃん、賢いんですよね。ここにいたら王様に会えると思ってるんですよね。ちゃんと待ってるんですよ」
「まさかブタラが王様に謁見する日がくるなんてびっくりしますよね」
と番兵たち。ミルキダスは口元をむずむずさせながらモモの後ろに並んでいた。
（ブタラの後ろに並んでる自分が笑える！）
ミカエル達があまりに「王妃そっくりだ」と言うので、ミルキダスもついゆりを重ねてモモを見てしまうのだった。
このブタラはミルキダスが見たブタラの中でもだんとつにかわいいといえる。
モモの一件は新聞には載らなかったのだが、ミルキダスの子供達はモモのことを知っていた。ミカエルの子供経由で話が広がったようだ。子供達はみんなブタラを見たがった。
ヴィクターが門の外に現れた。
「おっ、おはようモモちゃん。じゃあな」
ヴィクターはモモの頭をなでて、ミルキダスに手を上げて去って行った。ミルキダスは「おはようございます」と挨拶した。
扉が開いてモモは真っ先に中に入っていき、「ミルキダス様もどうぞ」と言われたのでミルキダスも一緒に中に入った。
ピンクのふりふりは素早い速さで王の間の奥まで進んでいき、ラクシュミの側で止まっていた。
（ブタラと一緒なのも笑える）
と思いつつミルキダスもラクシュミに近づいた。
「おお、なんか毎日服が違うな。本物のゆり以上におしゃれだな」
ラクシュミがモモをなでなですると、モモは目を細めて、かなりうれしそうな顔をしていた。ミルキダスはついその顔にゆりの顔を重ねてしまった。
（やっぱり王妃にそっくりかもしれない。だめだ。わ、笑えてしまう。たえられない）
「くくくく」
ミルキダスは初めてラクシュミの横で笑ってしまったのだった。
その頃ゆりの部屋では、蛇の目のゆりの前にジュノーとヴィラが座っていた。双方真面目な表情である。テーブルには紅茶のセットがおかれ、湯気が上がっていた。
「さ、白状してください。王妃、ハロルド様と何があったんですか？」
ヴィラが聞いた。
黒目のゆりに、「あっちの私が真実を私に話そうとしないのよ。ちょっと聞きだしてちょうだい」とヴィラが頼まれて、こういう状況になっているのだった。
「みんな誤解してるようだけど、何かのお礼にモモちゃんをもらったわけじゃないのよ。ただ日頃の愛の証でくれただけなのよ」
蛇の目のゆりはしれっとした顔で言っていたが、ヴィラもジュノーも全く信じていなかった。
「ついにハロルド様と最後までしたんですか？」
ジュノーが聞いた。
「いや、隠してるのがあやしい。もっと他に何かあったでしょ」
ヴィラは敏感に察しているようだ。
「教えてくださいよ」
「いやよ」
「王妃の方が迫ったんだけど、ハロルド様の方がその気にならなかったんでしょ。それで代わりにブタラをくれたんでしょ」
ヴィラがずばっといい、ゆりは「うっ」とうめいていた。
「え？ そうなんですか？ ハロルド様ひどい！」
とジュノーは怒っている。
「相手は神なんだから別に恥ずかしくないですよ。内緒にしなくても……」
とヴィラ。
「違うの。ハロルドの方がその気満々で迫ってきたんだけど、私はその時ジュノーがくれたすごい下着を着ていた。それを見たハロルドが腹がよじれるほど大爆笑して、
その気がなくなったんで、笑ったお詫びにモモをくれたの」
蛇の目のゆりは面倒になったのか、正直に暴露していた。
ジュノーもヴィラもぽかんとしている。
「え？ 下着って、最近あげたあれですか？ ひどい。私が最初にみたかったのに！」
ジュノーはショックを受けた様子だった。
「どんなの？」
ヴィラが聞いた。
「胸丸見えでスケスケ。まさかハロルド様が一番に見るなんてー」
「別に見せようと思ったわけじゃないもん」
ゆりは口をとがらせている。
「お前どこでそんなの買ってきたんだ」
ヴィラはジュノーの頭をはたいていた。
「特注に決まってるだろ」
とジュノー。
「あっちの私がショックを受けると思って黙ってたのに」
「ショックを受けるとは思いますが、何もなかったのならほっともするんじゃないですか？ しかし、ハロルド様を大爆笑させるとは、逆にすごい」
「次に会ったときには着てくださいよ」
「絶対いや！」
蛇の目のゆりは断言していた。
蛇の目のゆりは引っ込んで、ジュノーとヴィラは黒目のゆりに先ほどのことを話した。黒目のゆりは予想はしていたが、やはりあの下着を見られたのはショックだったようだ。
「でも、あれを着ていなかったらそのままやっちゃってたのかな、と思うと、着ててよかったような気も……」
ゆりは小声でぶつぶつ言っていた。
男二人はちょっと不思議そうである。
「王妃はハロルド様のこと好きなんでしょう？ ガーベラではそういう仲なんですから別にいいじゃないですか」
とジュノー。
「えーややこしくなるからいやー」
「普通は喜ぶところだと思いますけどね。ガーベラじゃなくても抱きたいと思ってくれてるんだから」
「そうだ！ あれを着てたらハロルドよけになるかも？ いや同じじゃだめだわ。他にその気がなくなる下着を頼んでくれない？」
ゆりは真面目である。
「えーあれ以上に強烈となると思いつかないですよ」
「逆にものすごくババくさい下着とかいいかも。ヴィラ、買ってきて」
「え……」
「それとも自分で店に行って選ぼうかなあ」
ゆりは真剣に考えていたので、ジュノーとヴィラの二人はつい笑っていた。
これほどおもしろいやりとりができる人間の女性は、ハロルドにとってはゆりだけだろう。わざわざゆりに会いにやってくるわけである。
「ハロルド様も、楽しくてしょうがないだろうな」
「だよな」
二人はハロルドとゆりのやりとりをのぞいてみたい気になったが、ハロルドに会うのも怖かったので、それは我慢することにしたのだった。
過去の時代である。
へびっちと一緒に過去の時代にやってきたカーライルは、幸運なことに出番がなかったので、自分の子孫であるカールにひっついて、たまに現れてはあちこちうろちょろしていた。
過去の空気は自分がかつて生きていた時代の空気と似通っている。懐かしい気分ではあるが、子供のようにはしゃいで毎日を過ごしたわけではない。やはり未来のあの
薄い空気の方が、カーライルの中では刺激的になっているのかもしれない。
カーライルの子孫であるカールやその双子の妹達は、魔力の高さは申し分なかった。将来的には上位の騎士を狙えるほどである。
（さすが我が子孫）と鼻が高いカーライルだったが、上の方に行けば行くほど仕事は大変である。敵と争うことが少ないこの時代ならば、ほどほどの力でいるのが一番
幸せのような気がする。
カールは女性関係については頼りなさげでいまだ赤い月を異性と過ごせていないようだが、そこについてはカーライルはさほど心配してはいなかった。
カールは未来のエルバートほど頼りないというわけではなく、そのうちにどうにかなるだろう、とカーライルは思っている。
なにせこの時代には女は豊富にいるのだ。そのうちカール好みの女が現れるだろう。
カーライルはエルバートとしたように、夢の中でカールと会うことがあったのだが、カールの頬にいる蛇がどうにも気になっていた。
ついじーと眺めてしまい、カールにきょとんとされている。
「そんなに気になりますか？ もしかして、この蛇が知り合いのどなたかに似ているとか？」
カールが聞いた。
「その蛇が、というわけではないんだが、肌の蛇について最近考えることがあったんで、気になっている。大昔、息子と肌の蛇について会話をしたことを思い出したんだが、
内容までは思い出せない。何を話したんだったかなあ……」
カーライルはあごに手をあてて考え込んでいる。
「ご子息のカール様ですか」
「あいつは蛇と人間の混血児、蛇の血が濃いせいかいろいろ変わったことを言っていたなあ、とここに来て思い出したのだ。その詳しい話が思い出せない。当時は重要な話
ではないと思っていたせいか、あまり真剣には聞いていなかったからなあ。他の子供達は何か言ってたかな？ うーん……」
「あまり関係ないかもしれないですが、たまにメス蛇がベッドにくるんです。まあ人間の女性が忍んでくるよりはいいんですが」
カールが恥ずかしげに言い出して、カーライルは笑っていた。
「魅力があるというのはいいことなんだぞ。世の中女を選べない男の方が多いんだからな」
「はい」
「未来では純血の一族の女すら少ない。男も女も愛ではなく、子孫繁栄を心に刻んで赤い月を過ごしている。お前達もできることなら、子供を作って欲しい」
「はい。ハインリヒ様も、未来で頑張っていらっしゃるんですよね。私にとってハインリヒ様は憧れだったんですよ。子供だったときに声をかけていただいたことがあって、
いつか一緒に仕事がしたいと思っていたんです。ハインリヒ様がいなくなって、その時は結構ショックだったんですよ」
「そうか。ハインリヒは未来で結構楽しくやってるぞ。あっちの方が合ってるんだろう」
「そうですか。未来にいらっしゃるハインリヒ様に会ってみたいですね」
カールは目を細めていた。
（赤い月には肌の蛇の性格がでる、という仮説が本当ならば、このカールも赤い月にはかなり性格が変わる可能性があるなあ。言っとくべきか？ いや、言わない方がいいかあ……）
カーライルは、カールの強気の蛇を見ながらそう思っていたのだった。
さて、妊娠中の女王は、すぐにでも出産してもよいくらいにお腹は膨らんでいる。周りはドキドキの日々である。
「なんだか怖い。嫌な予感がする……」
出産間近の女王は気弱だった。
「何をおっしゃいますやら。順調ですぞ。二度目の出産は一度目よりは楽ですぞ」
医師達は女王を慰めながらも部屋に待機中である。
女王は臨月を迎えたもののなかなか陣痛が起きなかった。
女王の年齢も高いゆえに、医師達は陣痛を誘発すべきかどうか頭を悩ます事態に陥っていた。
一つ間違えば女王と赤ん坊の命に関わるのである。
月が変わり、８の月に入った。この日女王を診察した医師は、「陛下、これ以上は待てません。陣痛を誘発します」と、とうとう決心した。
「わ、わかった。そうしておくれ」
女王は了承した。
（赤ん坊の力が弱まっている？）
女王は自分でもそのことを感じていた。体内にいる赤ん坊の気が弱まっているのを感じていたのである。
（早く産まねば）
医師は薬草を処方して女王に飲ませた。
「夕方から夜にかけて陛下が出産なされます」
医師が周りの者達に宣言し、城の中の緊張が一気に高まった。
「母様がんばって！」
息子のアゼルや騎士達も、女王と赤ん坊の無事を祈った。
「大丈夫ですぞ」
老人ムサカはアゼルの手を握りしめた。ディラン達上位の騎士達も落ち着かずに、城の中で待機している。
日が変わるころ、とうとう女王の出産が始まったとの思念が回ってきた。
「陛下、がんばってください」
「陛下！」
城の者も、国中の者達も皆祈っている。今夜ばかりは皆酒も控えている。
騎士カールも城の中、ディラン達とは別の部屋にいた。
―へびっちはどこにいるのだろうか
カーライルはへびっちのことが気になったようだ。
「アゼル様と一緒にいらっしゃるようですよ」
―そうか
「陛下の気が不安定になってきましたね。気の力が弱まっているようです」
―すんなり出産できればいいが……
女王の不安定な気は、城の中にいる者達を不安にさせていた。
女王の出産はかなり長引いた。赤ん坊がすんなりとでてこなかったのである。医師達は回復魔法で女王の身体を覆っている。
「陛下、もう少しですよ。がんばってください」
医師達も魔法をかけながら必死に女王を励ましている。女王は苦痛に顔をゆがめながらも、我が子のことを気にかけていた。
（早く……早くださねば……）
「頭が出てきました！」
「陛下……」
「陛下の気が……」
アゼルの部屋にいたへびっちは、部屋の外に飛び出して行った。
「僕もいくよ！」
アゼルはへびっちに触れて女王の部屋の前まで移動した。女王の部屋には強力な結界がはられていた。
へびっちは扉をどんどんたたいて開けようとしている。
「殿下、今はだめです！」
「開けて！ 中に入れて！」
アゼルは門番の制止を振り切り、扉を開けさせてへびっちと一緒に中に入った。
赤ん坊はすでに産まれていたが、気はかなり弱く、全く声もあげなかった。ムサカが赤ん坊を腕に抱き、回復魔法をかけているところだった。
「母様！」
赤ん坊の様子に女王もショックを受けているようである。
「殿下、手伝ってください！」
「わかったよ！」
医師の言葉にアゼルはあわてて、自らも女王に回復魔法をかける手伝いをした。
「ムサカ……ムサカ……赤ん坊は……」
起き上がろうとした女王を医師達は制している。
「今は安静にしてください」
「陛下、必ずや、助けますから」
ムサカは赤ん坊に魔法をかけながら女王を励ましていたのだが、赤ん坊の気力は一向に回復しなかった。
（どうか、どうか頑張ってくだされ……）
へびっちがムサカに近づいた。
「へびっち！？」
赤ん坊に手を伸ばしたへびっちの身体は消えていた。着ていた服は下にどさりと落ちた。へびっちは赤ん坊の身体にひっついたのである。
「！？」
ムサカは命の輝きを感じた。へびっちが何かしていると、ムサカは感じていた。
―フークス、皆を連れて早くこの場に！
ムサカはあわててフークスを呼んでいた。
カーライルはへびっちから何かのサインを感じたような気がした。
「へびっち！？」
ムサカの腕にいた赤ん坊が不思議な力に包まれている。やがて、「あーん」と赤ん坊が泣き声をあげた。
部屋にいた誰もが赤ん坊の泣き声にほっとした。ムサカは床に、緑色の精気のない蛇がいるのを見た。
いつの間に赤ん坊から離れたのか、床にいたのは確かにへびっちである。
「ムサカ様！ 陛下！」
フークス、ディラン、レイアス、ルークの４人が部屋にやってきた。
「フークス、急いでへびっちに回復魔法を！」
説明している暇がなかった。
「へびっち！？」
フークスがへびっちを抱き上げた。へびっちにはまるで生気が感じられない。しっぽもだらんと垂れ下がっている。
「へびっち、しっかりしろ！」
「へびっちがどうかしたのか？」
女王がへびっちの異変に気付いた。
「陛下、眠ってくだされ」
女王は医師たちにより眠らされた。アゼルは涙を流している。
フークスはへびっちを回復させようとしたが、へびっちの気力は回復しなかった。
「へびっち、しっかりしろ！」
「へびっち！」
部屋にやってきたカーライルは気力がないへびっちに気づいた。カーライルはとっさに、未来でのミシェイラと子蛇の出来事を思い出した。
「へびっちを肌に入れろ。肌に入れば復活するはずだ！」
「へびっち、おいで！ 僕の肌に入るんだよ！」
レイアスはへびっちに触れていたが、肌には入れなかった。へびっちは明らかに死にかけている。
「へびっち！ がんばれ！」
「がんばって入ってくれ！」
ムサカの腕にいる赤ん坊は、手足を動かしていた。こちらはもう大丈夫のようだ。
「へびっちは赤ん坊に生気を与えてくれたのだ。なんとしても助けたい。どうにか助かっておくれ」
「へびっちがんばって！」
「死なせるわけにはいかない」
「そうだよ！ 元気になって未来に戻るんだろ！？」
「力を─」
フークスが３人を見た。その瞳は蛇の瞳に変わっていた。肌に現れたのは薄い金色の鱗である。３人がうなずいた。
レイアス、ディラン、フークスの瞳も蛇の瞳に変わっていた。肌にも薄い鱗が現れている。
レイアスはへびっちを抱きしめたまま、フークスとディランはレイアスに触れて、ルークはその二人に触れて円陣を組むような恰好になった。
フークスの魔法を元にして、３人の力がそれに合わさった。濃い力が４人を取り巻いた。
男たちの様子を見た医師たちは、「変化？」「いや、まるで先祖返りのようだ」とつぶやいていた。
「先祖返り？」
カーライルはその言葉に反応していた。
（先祖返り……そうだ、昔私は、カールとそういう話をしたぞ！ あれは……魔法の話ではなかったか）
「お前がこんなところで死ぬわけはない。そうだろう？ へびっち。がんばって私の中に入るんだ」
レイアスが抱きしめていたへびっちの姿が消えた。
「へびっち！」
レイアスはあわてて前をはだけてみた。胸元に、緑のあざやかな蛇に包まれるように、薄いへびっちがくっついていたのだった。
つづく
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